横手市議会議員 奥 山 豊 和 公式ブログ

明日への責任~市政に若い力を

一般質問の届け出。

2016-12-01 21:12:34 | 日記

師走。ことしもあと1ヶ月。

いろいろなところでみなさん言われていることであるが、本当に1年はあっという間である。2016年締めくくり、しっかりと臨みたい。

タブレット端末を導入してから初の定例議会ということで、皆さん操作自体には大分慣れてきている印象は持っているが、自分が思っていた以上に、紙に比べて様々な資料を見比べるのに苦慮した。

また、議席によっては頭上の照明が反射してしまい画面を見るのが大変だったという話も聞かれていることから、まずは自分の席のベストポジションを見つけること。それと、バッテリーの残量にはそれぞれが十分に気を配らなけれならない。

やはり、その日の議事日程は紙と併用で正解。会議の流れを把握するためには、常に手元にあると安心するし、特に最終日にように採決が連続する場合は、混乱の防止とスムーズな議事運営のためにも必要だろう。

紙の削減はもちろん、しっかりと端末を使いこなすことによって、議論の深まりにつなげていかなければならないと思っている。

さて、昨日は一般質問の要旨届出日であった。

今回の登壇は15名ということで、近年にない数のようだ。

同部屋でお世話になり、日頃から親しくご指導頂いている会派「新風の会」の皆さんは、なんと5人全員が登壇。持ち味を発揮され、当局との真剣勝負が展開されることを楽しみにしています。

それでは、以下私の質問内容です。

~~~~~~~~~~

1.「マンガ原画と増田の町並みを活かした交流人口拡大プロジェクト」
(秋田県市町村未来づくり協働プログラム)について

「増田庁舎オープン・リノベーション事業」における様々な経験をどう活かし、どのようにして秋田県ならびに横手市全体の未来づくりに貢献しつつ、地方創生へと結び付けていくのか。以下、6点について問う。

1)増田まんが美術館改修に係る総事業費の見込みと、今後のスケジュールについて。

2)庁内における「部局横断」の取り組み状況と、外部との連携・協働のあり方について。

3)多くの方々に、施設の価値やマンガに対する理解を深めて頂けるような取り組みと、関連事業も含めた市民に対する「丁寧な説明」の仕方について。

4)マンガ文化の担い手となる次世代の育成について。

5)横手版DMOにおける位置づけの見通しについて。

6)クールジャパンとしての海外への売り込みを含めた、情報発信における具体的戦略について。

~~~~~~~~~~

全体のちょうど真ん中、来週6日(火)の3番目ということで、午後1時位になります。久しぶりに横手かまくらFMさんで生中継される時間です。

9月議会で行った総括質疑の流れから・・・どうなることやら。今は頭の中の構想を整理しているところで、これから原稿作成に取り掛かりたい。

ぜひ傍聴にもお越し下さいませ。お待ちしております。

ということで、今日は議会だよりの編集会議が行われた。

一般質問の想定が12名だったことから、今回は2ページ増やすことになった。
他にも、各委員会の行政視察や議員研修会、議会報告会でお寄せ頂いたご意見に対する回答(の一部)など、盛りだくさんの内容となっている。

議員各位には原稿の提出、よろしくお願いします。新年1月15日発行、どうぞご注目下さい。 



 


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母校・大曲高校陸上競技部OB会と、12月議会開会。

2016-11-28 22:17:05 | 日記

本日、12月定例議会が開会。

冒頭、10月4日に急逝された故齊藤勇議員への黙祷を捧げ、菅原副議長からは追悼演説が行われた。

私の議席は勇さんの斜め後ろ。あの背中がもう見られないのかと思うと、また込み上げてくるものがあった・・・ 

実にシンプルな市長の所信説明演説の後上程された議案の審議では、補正予算の部分で1点だけ質問。

商工費・増田のまちなみ振興事業559万円について。

これは、JRが行う「大人の休日倶楽部」や「行くぜ、東北。」キャンペーンにより、増田を訪れる観光客の増加が見込まれることから、最寄駅からバス・ジャンボタクシーを運行させるための予算のようである。

観光政策における2次交通の重要性は、今さら申し上げることではない。

DMO等の観光関係のお話を聞いていると、団体客よりも個人客、日帰り客よりも宿泊客、公共交通機関を利用して来て下さったお客様に、いかにして地域全体を回遊して頂くかという指摘がされている。

ハード・ソフト両面での対策が必要であることは明確な中で、今回の事業は、冬期間の土日祝日に1日6便運航する予定のようであるが、そもそも冬期間だけでいいの?

JR東日本と横手市が特段連携をとっているような話でもなかったし、たまたまこのような話が出てきたから補正で措置したというような印象を受ける。

今回の取り組みを一つの実証実験として、市としての2次交通の在り方について検討していくそうなので、しっかりと経過を見守って参りたいと思う。

観光に行政がどの程度関わっていくのか、その線引きは難しいという考え方もあるかもしれない。

しかし、先日訪れた別府市ではまた新しいPR動画を配信しており、 100万回再生が実現されれば、遊園地と温泉を合体させた施設、その名も「湯~園地」を建設するということを市長自らが公約しているのだから、半端のない覚悟である。


さて、26日(土)は、雄物川体育館で行われた「横手わか杉カップ・東日本中学バレーボール大会」の開会式に参加。

北海道から千葉県まで男女8チームずつが参加。女子バレー日本代表のコーチがわざわざお越し下さり、各道県の精鋭たちは大いに刺激を受けたことだろう。

ここでの経験が2020に繋がることを願ってやまない。

運営の皆さまにも敬意を表します。


そして夜は、母校・大曲高校陸上競技部OB会総会に4年連続の参加。
近年にない盛会であった。

なんと、乾杯の発声をせよとのご指導を頂き、大先輩や先生方を前に大変恐縮したところであるが、次世代からということで指名を受けた次第である。

大曲高校で陸上をやっていなければ今の自分はないと、胸を張って言うことができる。

やってやれないことはないし、個人競技だから、当然自分自身を追い込んで努力することの大切さはもちろん、みんなで一緒にやるということの素晴らしさも学ぶことができたと思っている。

選手強化費の支援が話題になったが、現役には事細かく口を出さない分、Track&Fieldで躍動する母校の選手たちに、皆大きな期待を寄せているのである。

それがOB・OGにとっての喜び、会を組織する意義だと思っている。

執行部や参加者の顔ぶれをみると、平成ひと桁と20年代卒が充実している印象を受ける。

再来年は設立10周年の節目を迎える。黄金世代である私たちの年代がもっと存在感を示していかねばならない。




明後日は、一般質問の届け出です。


 

 


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マンガの聖地へ~増田まんが美術館の役割とマンガ文化の可能性 Part3

2016-11-24 22:58:13 | 日記

首都圏で11月に初雪が降ったのは54年部りだそうで、フェイスブックで繋がっている皆さんの投稿も、一面雪景色である。

秋田はそれ以上に降っていると思われているかもしれませんが、確かに朝は真っ白になりましたが、一日とてもいい天気でした。

真冬の寒さ。皆さまご自愛下さい。


さて、京都精華の吉村先生のお話もこれで3部作完結編。
これまでお付き合い頂いた読者の皆さんには、今しばらくお付き合い願います。


前回までは、「原画」が持つ価値と唯一無二の魅力について紹介をしてきた。では、私たちはどうやってマンガそのものに対する価値について抱いたらいいのか。そして、「マンガに税金を使うことの意義づけ」について、いよいよクライマックスです。

現在国内には、マンガ雑誌と言われるものが200近く存在し、この圧倒的物量が日本がマンガ大国であることの証の一つである。

我々日本人は、今からおよそ60年前からマンガを読んできた。だから、平成に入ってからの国内のマンガ市場は半分が大人だそうである。確かに私も愛読している週刊誌がある。年を重ねるごとに、手にするマンガ雑誌も変わっていった。つまり、マンガは子どものものではないということなのだ。

では、クールジャパンの象徴として掲げられているマンガそのものを、日本人自身がかっこいいものと思っているのか?

そもそも、大学で学ぶようなものなのか?という評価があること。

麻生政権時には、「国営のマンガ喫茶など不要だ、マンガに税金を使うのか?」という風潮が蔓延していたではないか。

これらの根底には、「たかがマンガ」、「マンガは簡単なもの」という決めつけた思想が透けて見える。

私たちは、これにどう向き合っていくのか?ということである。

確かに、マンガとは高尚な芸術作品というよりも大衆娯楽であり、しかも大量に複製されたものである。唯一そこにあるわけでもない。

しかし、実はマンガには複雑なルールがあって解釈や表現は多種多様だ。

どうしてそのマンガを私たちは「簡単なもの」と思ってしまうのか。それは、本来複雑な文法を持つ日本語を私たちは難なく身に着けているように、日本に暮らしていると、幼児期からマンガや絵本の読み聞かせやテレビアニメとの接触を通じて、いつのまにかマンガが読めるようになっている、ということである。

私自身、誰かにマンガの読み方を習った記憶はないし、そんなことはこれまで考えたこともなかった。

現代の子どもたちはマンガの読み方が分からなくなってきているとも一部言われているが、それは読み方が変わってきたからだそうで、少年マンガはコマとコマの間にきちんと隙間があって、早い展開、バトルやスポーツものが向いていて、一方少女マンガはそうではないから、深みを与える表現ができるのだそうだ。

確かに、姉が持っていたマンガを読もうとしても、ストーリーがよく分からなかったように記憶している。

様々な擬音語も、マンガから学んだという人もきっと多いはずだ。

(『北斗の拳』の有名なフレーズも印象的ですね。)

このように、簡単に読んできたからこそ、イコール「マンガは簡単だ」という考えに結びついているのである。

そして、マンガの新古書店の多さ。コンビニコミックの普及。

手軽に買って読んでは売ったり捨てたり、そして、また別の人がそれを手にするというサイクルが商売として成立しており、食堂や床屋さん、病院の待合室など、ありとあらゆる場所でマンガに触れる機会に溢れていること自体、日本特有の環境なのだそうだ。

ブラジルから京都精華大に来ている留学生にとっては、古本が売られていることが驚きで、マンガは1冊5000円以上するもので、買ったら手放さないもの、そもそも庶民にはなかなか手が出せないものなのだそうだ。

じゃあブラジルの子どもたちは何をして遊んでいるのかというと、男の子はサッカー、女の子はサンバを踊っているそうで…

なるほど、ブラジル人=サッカーが上手いという私たちが抱いているイメージが、日本=マンガだと考えるとしっくりくる。

税金でマンガのハコモノ建ててどうするの?マンガを集めてどうするの?

この感覚こそが、日本人にとってあって当たり前で、あまりにも身近すぎる「マンガ」の影響力を物語っているのだ。

実際に「難しいマンガ」を、吉村先生からいくつかご紹介頂いた。確かに簡単に読み込める内容ではないものもたくさんある。主人公が発していた方言の中に、突然標準語が混じっている。これは何を伝えたいのか、何が見えてくるのか…といったような具合にである。

しかし、あまりにも身近すぎるマンガは「簡単」なもの。そのことに価値づけをすること、公としてそれに取り組むことの「難しさ」。

「マンガは難しい。」とは、きっとこういうことなんだろうと私は理解した。


まとめとして、留学生やインバウンドの増加に伴う国際的な期待の高まりや、最近話題の「聖地巡礼」。自治体にとっては何とかして地域活性化に結び付けようという動きも見られるように、自覚的にアニメやマンガを用いる側面はこれまで以上に増えてきている背景がある。

原画から読み取れる情報を、単に保存するのではなくどうやって皆さんに見てもらうか。

飽くなき研究と蓄積が必要である。マンガ専門の学芸員や司書の方々にとっては、必要な資料であり施設である。人材の育成にも繋がる。

原画を研究し収集する場所としての可能性。

国外流出しかねない貴重な原画に価値づけができる権利を持っているのが、私たちの「増田まんが美術館」なのだ。

原画がある場所こそ、マンガの聖地。


吉村先生のお話をお聞きして、改めて「増田」が唯一無二の存在であることを実感した。やはり、この刺激的なお話を一人でも多くの方に聴いて頂きたかったなと、とにかく残念で仕方がない。

聴衆がいないという部分について、当局には深く反省をして頂きたいと思う。マンガに対し、広く市民の方々の理解を深める絶好の機会を失ったことの意味は大きい。

マンガで未来を創る。

私たちは、決して「簡単ではない」ことにチャレンジしているのだから。


改めまして、吉村先生には、遠路京都よりお運び頂きありがとうございました。

今後とも宜しくご指導の程お願い申し上げます。


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原画の価値~増田まんが美術館の役割と、マンガ文化の可能性 Part2

2016-11-22 21:37:11 | 日記

早朝発生した福島沖の地震、お見舞い申し上げます。

マグニチュード7.4というかなりの規模、そして、5年半前の大震災の余震や関連として、これまでもM7規模の地震が各地で普通に多発しているという日本に暮らす以上、いつどこにいても備えをしていなければならない。覚悟をしていなければならない。そういう時代に私たちは生きているということである。

福島・宮城には津波警報が発令され、実際に1m前後の津波が観測。川を逆流する映像を見ているとあの日を思い出す。

どこの地域でも、住民の方々がすぐに高台へ避難している様子が放送され、いち早く出動していた岩手県山田町の消防団の方の「東日本大震災では多くの仲間を失った。我々も自分の命は自分で守ることをまず第一に考えなければならない。」という言葉が印象的である。

5年前の教訓。皆さん迅速かつ冷静な行動をとられた一方で、まだまだ課題も多いようだ。

防災減災に資するインフラ整備等、今できる備えは今のうちにやっておくこと。そして、国民一人ひとりの防災意識の向上。

同じ轍を踏まないためにも、最優先で取り組まなければならない課題は山積している。



さて、増田まんが美術館で行われた研修会について、以下、京都精華の吉村先生のお話を紹介していきたい。

国内にまんが関連施設が70も存在するというのは、世界に類をみない日本だけのことであり、そういった中で、増田まんが美術館の位置づけ、果たす役割とは何だろうか。

多くのマンガ家と出版社、京都国際マンガミュージアムをはじめとする関連施設との連携実績も圧倒的で、私たちの想像以上に外部からの評価が高いというのが、「増田まんが美術館」なのだ。

内側からは気が付きにくいこの事実を、まずどれだけの人が認識をしているのか、理解して頂くべく努力をしているのかということである。

マンガ原画を、しかも名だたる作家の主要作品をこれほど集めている施設など世の中にないし、しかもこの20年で大きく広がっており、今から集めようと思ってもそう簡単にできることではなく、この分野で「増田」が他の施設に追い抜かれることなど考えにくいようだ。

フランスに原画の収集を始めているところがあるようで、いくらお金を摘んでもいいから集めたいというのが、日本のマンガ原画の価値なのだ。

国としても、文化庁が「メディア芸術連携促進事業」ということで、浮世絵と同様、日本のマンガ原画を海外流出させてはいけないという取り組みが始まっており、「増田」に対する期待感というか、収蔵は「増田」でしか担えないという評価をしており、その先見性と優位性、原画の保管作業に従事する人材の育成とノウハウの蓄積に大きな期待を寄せている。

作家の立場からも、価値ある貴重なものを預けられる場所なのか、長く続けてくれるのか、信頼関係を築けられる場所なのかというのが重要視されている点である。

実際、石ノ森萬画館、藤子・F・不二雄ミュージアム、手塚治虫記念館等々、個人のマンガ家に関する施設は数多あれど、複数のマンガ家の原画を集めるということなど、普通ではできないということである。そこには、矢口先生はじめ地元出身の先生方の深いご理解とご協力の賜物であるということは言うまでもない。


次に、センター構想と地方創生の観点から、超党派の国会議員で組織する「MANGA議連」による「MANGAナショナル・アーカイブ構想」について。

これは、東京と京都、東西連携をハブにしたネットワーク型の構想で、明治大学が東京にナショナルセンターをつくり、京都国際マンガミュージアムと連携しつつ協働の収蔵庫群をつくろうとするものである。

これは、2020に向け、国内だけでなく海外からも日本の文化・学術に対する関心が高まることが期待されていることから、先述した国内70施設それぞれが入館者数を競い合うのではなく、海外からのお客様をお迎えし一つでも多くの施設をまわって頂けるようにするにはどうしたらいいのかということを、互いに連携して知恵を絞っていくことが大切なのだ。

その中で、「増田」の位置づけとして、原画枚数世界一という意義づけをし、20年の蓄積に自信を持ってやっていくということが、オンリーワンの「増田」の存在価値なのだと感じた。


次に、「原画ダッシュ」についてご紹介しよう。

これは、吉村先生の京都精華大学国際マンガ研究センターが行っているプロジェクトで、言わばもう一枚の原画、コンピューターに取り込んで色の調整をした複製品である。

現在600点ほどつくられているようだが、そもそもなぜわざわざこのような取り組みをしているのかと言えば、まず第一に、出版のための印刷を重ねているうちに紙が摩耗していってしまうということ。もう一点は、最近では海外から原画の展示をしたいというオファーが増えており、世の中にたった1枚の大切な原画の扱いが海外でもきちんとできるのか、一枚一枚にまで保険をかけるのかといったような管理に不安があるからである。

印刷してしまえば消えてしまうような線の1本1本が、この原画ダッシュには残されることによって、作品の裏側を知ることもできる。まさに、原画に触れる感動を多くの方に味わって頂くこともできるのだ。

このように、貴重な原画をいかにして後世に残していくのか。

普段は広く私たちの目に触れる機会の少ないこの原画に、いかにして価値づけをし、多くの方に理解をして頂くのか。それもまた難しいところなのである。

青春時代、誰しもがマンガに触れ、いつも私たちの思い出の隣りにあったマンガの貴重な原画を残したいという思い。

それは、もう手に入らないかもしれないという危機感からである。戦後日本のマンガ文化を支えてこられた先生方は、もうそういう年齢なのだ。

先生方の中には、原画は残しておいても仕方ないと廃棄してしまう人もいる一方で、出版社としては展示会を開くための原画保存のニーズもある。

最近は、作者の遺族から依頼されるケースも増えているようで、大切な故人の生きた証を、とにかくきちんと扱ってくれる場所を望んでいるようだ。

しかも、国内で原画保存を始めたのはそもそも戦後20年をすぎてからであって、現在は全てデジタルでのデータ入稿となっていることから、そもそもの原画が一枚も書かれていない状況なのである。

だからこそ、原画が存在した時代というのは、私たち日本人の歴史の中のごく一部の期間だけのことであり、貴重な文化遺産を後世に残すことに、そのことを公共事業として行うことの意味を私たちは理解しなければならない。


読者の皆様には、国内唯一の「増田まんが美術館」へ寄せられている大きな期待、価値というものを少しはご理解頂けたら幸いである。

それでは、原画ではなくマンガそのものが持つ価値について、まだまだ長くなりそうなので続きは次回に…


追伸・今日はいい夫婦の日。皆さんいかがお過ごしですか?


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増田まんが美術館の役割と、マンガ文化の可能性 Part1

2016-11-20 21:59:42 | 日記

明日は12月定例会の議案説明会が開かれるなど、いよいよ今年最後の議会も目前に迫っている中で、昨日は、増田まんが美術館を会場に行われた「あきた未来づくり協働プログラム横手市プロジェクト」の講演会に出席。

京都精華大学副学長で国際マンガ研究センター長の吉村先生を講師にお招きし、「日本のマンガ文化における増田まんが美術館の役割」というテーマでご講演を頂いた。

吉村先生におかれましては、昨年行われた増田まんが美術館20周年式典の際にもご講演を頂いており、私たち横手市のプロジェクトのアドバイザーとしてもご指導頂きお世話になっている先生である。

私自身2回目の拝聴で、京都の国際マンガミュージアムにも2度お伺いしていることから、とても興味深く楽しみに参加をさせて頂いた次第である。



日頃現場で汗をかいている担当者には敬意を表しつつ、今回の件については、それにしても・・・参加者が少なすぎる。関係者以外で純粋に集まってくれた方々はいったい何人だったの?

例えとして適切かどうかは抜きにして、過去の経験上、政治活動の時局演説会であのような閑散たる状況だったら、完全にお先真っ暗崖っぷち、戦略を考え直すかあるいは撤退を覚悟しなければならない。

そうならないようにするためにも、必死に声をかけて一人でも多くの方に集まって頂く努力をするのである。
ハコモノで集会をやると決めたからには、それ位の覚悟が必要というか、それが当たり前だ、そう教えられてきた。

そもそも大ホールがあるのにも関わらず、最初から2番目の会場を設定している時点で、「やる気があるのか」と普通は親方から厳しいご指導を頂きます(笑)

どんな形で周知したかは存じ上げないが、行政が行うこの手のイベントに出ていると感じること。とにかく、必死になって参加してもらうという努力が足りないというか、していないに等しい有様である。

ゲストに対して申し訳ないなとかそういう風な思いに至ることはないのだろうか?

少なくとも、ホームページには載せていたの?私は見逃した。

このことに対して興味を持っている人たちに対する発信、アプローチをどのようにしたのだろうか?
マンガ研究の第一人者である吉村先生のお話を聞いてみたいという人は、きっと世の中にたくさんいると思う。

「聴きたかったのに知らなかった」というのが、一番まずいのだ。

本当の意味で、このプロジェクトを成功させるためには、吉村先生の刺激的なお話を一人でも多くの方に聴いてもらうこと。まずはそこから始めなければならないと、私自身は強く感じている。

終わったことに愚痴を言っても仕方ないので、私のブログの愛読者?の方々には、マンガ文化に対する理解を深めて頂けるように簿力ではあるが発信をして参りたいと思っている。

マンガに関わる施設をつくることにどんな意味があるのか。

キーワードは、「マンガは難しい。」である。

メモしたノートの分量から、とてつもない長文になりそうなので、頭を整理して詳細は次回に…



追伸・17日(木)、秋田市を会場に行われた、北海道東北ブロックの自民党青年部局長会議に秋田県連の一員として参加。



党本部青年局からは、衆議院議員の先生お三方に駆けつけて頂き、有意義な意見交換、ご指導を頂くことができた。鈴木馨祐局長・小林史明代理・佐々木紀次長、ありがとうございました。

各道県からは県議会議員の参加が主であったが、岩手県から親しい町議さんの姿が見えたことにホッとしつつ、新たな出会いにも感謝している。

青年団体との交流、若年層へのアプローチ等々、安倍政権の進める政策を広く理解して頂くために青年局に課せられた責任は大きい。

いつの時代も、改革の推進役は青年の力である。

責任政党の次世代を担う方々との交流に大きな刺激を受けつつ、私自身しっかりと地に足をつけた活動を展開していかなければならないと決意を新たにした次第である。


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