横手市議会議員 奥 山 豊 和 公式ブログ

明日への責任~市政に若い力を

3月定例会、閉会~車の両輪の現実。

2017-03-23 23:38:51 | 日記

道路脇の雪もすっかりなくなり、温かい春の日差しに季節の移ろいを感じながら、長丁場の3月定例会は昨日閉会を迎えた。

新年度予算案が無傷で通過するなど、当局から提案された案件はすべて可決ということで、ここ最近の横手市議会では珍しい平穏な中での閉幕に映ったかもしれない。

しかし、最後の最後に大きな山場があった。

市当局の事務執行に対する、市議会からの「監査請求の緊急動議」が提出されたのである。

まず、事の発端は、3月9日に行われた一般質問において取り上げられたコンプライアンスの問題。つまり、横手市役所では、法令を順守し公平公正の業務遂行が行われているのかという当たり前のことを問われたことに対し、答弁が不十分であると判断したことを受け、その事実確認を求めるために、3月13日の議会運営委員会での決定を経て、議長から市長に対し資料提出を要求したことから始まる。

その答えが3月17日に提出され、議会運営委員会での協議を経て、昨日の一般会計予算特別委員会終了後、今定例会最後の本会議が開かれる間の時間を使って、議員全員協議会において、改めて当局から提出された資料を基にしての説明が行われたわけである。

その中に含まれていた、私がこれまで取り上げてきた専決処分により処理された「無保険の公用車が起こした事故の損害賠償」の件については、これまで説明されてきたこととほとんど変わらない内容で、保険対応できなかった81000円の損害賠償額をいつ市の会計から支払ったのかという問いかけには、提出されたペーパーには記載されておらず、再度問われてからようやく答えるという状況であった。

そもそも、私が議案説明会の場において、「どうして無保険だったの?」と聞かなければ、「ことさら強調する必要もない」そのままやり過ごそうとしていた案件だったのでしょう。

責任ある立場の方から反省の弁があったものの、聞かれなければ答えない姿勢に、どうしても私には、真正面からの直球ストレートな言葉には聞こえなかった。

また、ある体育施設において発生した売上金等が一時紛失した問題については、「原因は不明」という、議会の調査権というものを何だと思っているのかと、まさに怒りに震える誠意のない報告書が提出された。

無くした日は分かっているのに、その後いつ見つかったのかという説明がない。金融機関に入金した日は分かっているのにも関わらずである。

そもそも、事務所の中で失くしたお金が10日後に出てくるなどという不自然なことが起こり得るのだろうか?本当に見つかってよかったなと私も思う。当局にとっては微々たる金額なのかもしれない利用者からお預かりした公金を、もしも紛失してしまったとなれば、それこそ大問題になっていた事例である。

先週行われた総務文教常任委員会・分科会での審査の中で、施設の使用料金が歳入として市の財布に入ってくる流れについて一般論を確認させて頂いた限りでは、「現金取扱員に任命されている人が適切に管理し、その日のうちに金融機関に入金すること(休日であれば翌営業日)」が大原則なのである。

そのルールが形骸化されていて、守られていなかった事実がそもそもの問題でしょうよ。現金を手元に置いておく時間が長ければ長いほど、紛失や盗難のリスクが高まるのは当然である。

大原則を守っていないのにも関わらず、それでも「原因は不明」だと言い張る当局の感覚は、どのように理解したらいいのだろうか。

この、体育施設での「売上金一部紛失」の事案と、「障害者就労勤続支援訓練等給付費の支払遅延」の2件について、市当局の再度の説明が不十分であることから、それぞれの事務執行に対する議会からの監査請求を求めたというのが、今回出された緊急動議の一連の流れであった。

この監査請求を議会として求めるのか?という採決が行われ、1票差で成立し「監査を求めること」に決定したわけであるが、議会が持つ調査権を執行しようとすることに、敢えて「反対」する理屈が今の私には分からない。

「重箱の隅を突く」?

突かれるようなことを平然と繰り返す今の横手市役所組織の体制に「おかしいだろ」と思って何が悪いのだろうか?突かれるようなことを、「反省」という上辺だけの言葉で取り繕って同じことを繰り返しているではないか。

「不祥事」が繰り返されていることは、我々のチェックが甘いということを突き付けられているのだと思う。

「議会に説明するタイミング」?

だから嗅覚が鈍い、政治センスがないと言われるのである。
正解などあるはずない。くしくも市長がおっしゃっていた「その時々の判断」というのは確かに正論ではある。

しかし、事実を隠ぺいしていたことは明らかであり、そのことによって市民にご迷惑をかけ、不信感が募り、大きな混乱が起きていることも、これまた事実である。

別の立場から読んだらどう考えても疑問だらけのペーパーが、平然と議会に出てくるという究極の「無責任・無関心体制」が今の状況だということが、そもそもの大きな問題でもある。

監査の結果は、次の6月定例会までに示されることになる。
そこで、真実が明らかになるものと思う。


もう1件、横手市内公共温泉9施設を、平成30年4月1日までに全て民間に譲渡しようとする案件について。

「温泉は民間で」というのが、どうやら現在の横手市の揺るぎない決意のようである。例外はない、ということである。

その中で、旧市町村内で2施設ある場合は、譲渡先が見つからなかった時、一方を平成30年3月末日をもって閉鎖することもこれまで語られてきた事実であり、市長の覚悟である。

具体的には、雄物川町には雄川荘があるので「えがおの丘」、大森町にはさくら荘があるので「大森健康温泉」、そして、増田町にはさわらびがあるので「ゆーらく」、この3施設が対象となるものと思う。

そういう状況において、9施設の内「えがおの丘」は唯一プールを備えた施設であり、健康増進という目的からすれば「一概に温泉施設と捉えるのはいかがなものか」という指摘がなされており、昨年12月議会に、「えがおの丘温水プールの存続」に対する陳情が提出されている。

利用者にとっては愛着ある施設であり、無くされては困る施設だという想いは理解している。

継続審議となっていたこの陳情の採決が今回行われ、付託された産業建設常任委員会での「採択すべき」という判断を受け、本会議場での最終結論は、賛成13反対10で「採択すべき」、市議会として「えがおの丘を残すべき」という判断が下されたのである。

「『えがおの丘』はプールがある。体育施設として残さなければならない」という理屈が強調されていた。

私は、熟慮の上「反対」をさせて頂いた。

「同一地域内にある2つに1つは閉鎖する」という大前提を覆すものと思ったからである。

私が入る前から含めて、これまでガラス細工のように積み重ねてきた議論をひっくり返し、ゼロに戻すものだと判断したからである。

 ↓

その後行われた、市議会に昨年9月に特別委員会として設置した「公共施設の在り方に関する調査特別委員会」の中間報告。

「人口減少や少子高齢化の進展による財政状況の悪化が懸念され、今後の公共施設の維持更新費用が大きな財政負担になると予測されることから、いかにして適正な水準に抑えていくのかが喫緊の課題」

「各委員の共有した方向性として、『大型施設の複合化』と『市民参加の仕組みづくり』が挙げられる」

「公共施設の複合化は、まさに時代のニーズに応えるもの」

「公共施設の再配置は、『新たなまちづくりの出発点』・・・市と市民が一体となった計画の推進を図ること」

 ↓

そして、閉会後に開かれた議員全員協議会において、「横手市公共温泉施設の民間譲渡に係る公募要項」の最終案が議会に提示された。

陳情の結果は重く受け止めるとしつつも、「えがおの丘は、温泉施設である」ということである。


この、連立方程式を、私はどのように理解したらいいのだろうか?

あえて賛成しなかった責任として、新しい視点で、市民に愛される多機能かつ複合的なプール施設の在り方については、今後しっかりと議論していかなければならないと思っている。

私は、公共施設の再配置を行うこと、横手市財産経営推進計画いわゆるFM計画の推進が、持続可能なまちづくりのために、未来に誇れる横手市を次世代に引き継いでいくための全ての入り口にある議論だと思っている。

これを乗り越えられなければ、横手市の未来を語る資格はないとさえ思っている。

「あれもこれも」の時代から、「あれかこれか」を選択しなければならない。みんなでそれをやること、地域に暮らす市民を巻き込んでやらなければならないのである。

スクラップアンドビルドという現実から目を背け、右肩上がりの発展論のみを強調するのであれば、アリーナ?なる夢を議論していく資格もない。


車の両輪とはどうあるべきか?

大きな課題を残しながらも、とても勉強になった、濃い3月議会であった。


別れと出会いの季節へ・・・

触れ合った全ての方々から頂いたエネルギーを、前に進む力に変えて、これからもチャレンジし続けます。


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続・委員会審査の中から。

2017-03-20 22:43:26 | 日記

多岐に亘った総務文教常任委員会・分科会での審議。



ここは、初日に管内視察で訪れた「横手市総合交流促進施設・金沢孔城館」であり、閉校した旧金沢小学校を改修したもので、いよいよ4月1日の開館を迎える。

リフォームされた館内をみさせて頂いて、あれだけの部屋数を金沢地区住民の交流施設として活用しきれるのだろうかというのが、率直な感想であった。

このエリアの地域資源として外せない「後三年合戦」というキーワードを活かしながら、いかにして地域の稼ぐ力を高めていくのかということを真剣に考えれば、現在行っている「金沢城跡発掘調査」等と関連した展示を行うなど、近くにある既存の「後三年合戦金沢資料館」と連携した魅せ方をすることによって、地場産品の販売なども積極的に行いながら、観光客と地域住民の交流を深めることのできる拠点となってくれることを願っている。

横手市全体のために、この立派な施設をどう活用していくのか?

地元だけの問題ではないのである。


増田まんが美術館については、いよいよ一大プロジェクトが動き出す。

「増田の町並み(伝統文化)とまんが美術館(マンガ文化)という異種の日本文化を一体的な観光資源として捉え、横手市増田ふれあいプラザを、マンガの収蔵・展示に重点を置いた『新しいコンセプトの増田まんが美術館』にリノベーションし、増田の町並みとの相乗効果を図ることを目的」にし、この4月から2年間、改修工事のため一時閉館される運びとなる。

マンガ原画の収集とデジタルアーカイブ化をメインとし、文字通り原画収蔵数世界一の「マンガの聖地」を目指すことになるわけであるが、マンガツーリズムによる交流人口の拡大やクールジャパンの推進といったような観光的要素というのは、あくまでも成果として後からついてくるものであり、収集とアーカイブ化を愚直に行うことがこのプロジェクトの柱であるということは、これまでの度重なる審議の中で再確認された点である。

しかし、これがわが国の文化遺産を守るためのプロジェクトであるとするのならば、なぜ横手市の一般財源で行わなければならないのかという素朴な疑問が残る。

だからこそ、私が12月議会の一般質問で指摘させて頂いた通り、国家プロジェクトとしての位置づけで、国の「MANGAナショナルセンター構想」の中核を担うべく、様々なチャネルを駆使しながら、しっかりと働きかけて頂くことを強く要望するものである。受け身では何も進まない。それが政治だ。

加えて、最終的には世界の中の日本の「マンガの聖地」を目指すことがこのプロジェクトのゴールだとするのならば、そこまでの戦略図は描けているのだろうか?企画展をやればやるほど赤字の垂れ流し、施設の維持管理に莫大な市民の税金が投入されることなどあってはならないのである。

そもそもこのプロジェクトは、前市長が現在の雄物川町えがおの丘周辺を6次産業化の一大拠点とする「食・農・観deまちづくりプロジェクト」として、「食を手段に農を元気に観につなげる」という構想があったものを、現市長が「費用対効果、採算性に疑問」を感じ白紙撤回したことにより始まったという経緯がある。

であるとするのならば、この「マンガ原画と増田の町並みを活用した交流人口拡大プロジェクト~よこて版クールジャパンの推進~」事業にも、当然のことながら、「費用対効果」が求められるのである。

そこをあいまいにしたまま、「文化施設」だから採算性は度外視していいなどという理屈は断固許されない。政治判断をした責任がある。

では、工事のため閉館される2年間に何をやるのかということが、今後もの凄く大事になってくる。

移動特別企画展や移動子どもマンガ教室などを行い、増田のまちなみの中で原画を展示していく考えを持っているようであるが、私は、大迷走した「増田庁舎オープンリノベーション事業」により未だ使い道の定まらない「貸事務所」を活用することを提案した。

9月の総括質疑で取り上げて以来、その後あの貸事務所が一体どうなったのかということは、一切私たちに説明がなされていない中で、庁舎管理費の部分で改めて質問してみたところ、調整中?交渉中?というよく分からない答弁で、結論は「まだ入居していない」というのが事実である。

もう1年引き続き募集をかけるとはいうものの、いつになったら入るか分からないものに期待を寄せるよりも、貸事務所や面談室も含めたあのフリースペースを、思い切ってマンガ原画の展示やマンガ図書館にし、マンガに触れながらくつろぐことのできるマンガ喫茶にしてしまった方がいいのではないか。

「目的外使用となるので、国と協議してみないと・・・」などというお決まりの行政の理屈を並べてはいたが、だとすれば本当に、あのリノベーション事業は何だったんだろうと今更ながら思う。

国の委託事業を受けるための要件を満たすために、「貸事務所」なる機能が必要条件だったのかもしれない。しかし、それが結果として今現在も使われていない事実がここにある。

まんが美術館を2年間閉館する間、まんがの街としての意識を、マンガファンを繋ぎ止めておくための拠点をどうしなければいけないのかという思いが、もしかしたら、1年前には持ち合わせていなかったのではないのだろうか?

これも、「予算ありき」の典型的な末路である。

この2年間をどう使うのかということが、このプロジェクトの命運を左右しているように思えてならない。今後もしっかりとチェックしていきます。


地域公共交通費には、来年度も生活路線バスの維持も含め、1億6100万円が投入される。

横手市として、生活の足を維持していくためのビジョンは描けているのだろうか?今後の公共交通の在り方についてどのように考えているのだろうか?

多発する高齢者ドライバーの交通事故を受け、警察では運転免許証の返納を働きかけている。観光2次交通の課題もある。子どもたちの通学のために、スクールバス運行事業に1億3276万3000円が今年も投じられる。

横手市のいわゆる「デマンド交通」は、近隣自治体に比べてもドアツードアということで誇るべき制度のようだ。しかしながら、路線バスの空白域での運行という制約もあることで、必ずしも利用者にとっては使いやすいものにはなっていないものと思う。

考えてみてほしい。

今ハンドルを握れている私たちも、10年後、20年後、30年後には、公共交通に頼らなければならない日が必ず来るのである。自動運転の技術革新により、無人バスがまちを駆け抜ける時代も来るのかもしれない。

そういうことを総合的に勘案しながら、市民にとって安心安全の公共交通の在り方をしっかりと議論し積み重ねていくことが、住み続けたいまちづくりのために欠かすことのできないテーマであると思う。

駅から観光地へシャトルバスを走らせるためには、外から来るお客様のためには、何のためらいなく安易に税金を投入する。

交流人口の拡大も確かに大切である。しかし、「赤字でした」で笑って済ませていいのか?それが「市民ファースト」の政策だと胸を張って言えるのか?冗談ではない。

公共交通の在り方というのは、必ず全ての市民に関わってくる課題だということを重く受け止めて、私たちの世代からもっとこうあるべきだということを発信していかなければならないのだと思っている。


以上、質問準備をしたノートをざっと振り返ってみて、ほんのごく一部を紹介させて頂いた。改めて、言いたいことが全然言えてなかったなとしみじみ思う。それはそれでいい。次に繋げればいいのだから・・・


課題が山積し、それぞれが広範囲にわたっている現状を考えると、縦割りの予算、厚生・産業建設・総務文教という縦割りの一面的な議論だけでは、物事の本質にたどり着くことはできない、そういう課題が増えてきているように思う。

公共交通をとってみても、高齢者の視点、観光客の視点、子どもたちの通学という視点からみると、全ての委員会に関わりがでてくる話である。

最後に、当局には、増田関連事業に投じられている事業費について整理して総額を示してほしいということを要求している。これまでの縦割りの議論では盲点になっていると感じたからである。

今こそ、真実をみんなで共有すること。

そのことが、未来に繋がる議論になるのだと信じている。


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委員会審査が終わり・・・「シティセールス2020事業」に大いなる疑問。

2017-03-19 22:31:57 | 日記

この1週間は、13日(月)から15日(水)までの3日間は、総務文教常任委員会での審議。

16日(木)は、地元・大雄小学校2期生の卒業式ならびに祝賀会に出席。



つばさ学年34名の巣立ちを見送った。

子どもたちの夢を叶えられるステージを、その選択肢を、政治行政に関わる我々は提供し続けなければならないのである。

17日(金)は、議会だよりの編集会議と、横手かまくらFMさんの番組「もっと教えて、横手市議会」の今後四半期について打ち合わせ。新年度は、一皮むけた放送を市民の皆様にお届けできるよう、何か工夫を考えなければならないと思う。責任ある立場として、率先して取り組んで参りたいと思う。

そして昨日は、尊敬する地元代議士の国政報告会に参加。県知事選挙の目前ということで、話題はそちらに集中。いずれにせよ、8年ぶりの知事選挙となる。積極的な政策論争が、県民一人ひとりの未来への選択に繋がることを願っている。


さて、3日間にわたる総務文教常任委員会・分科会の審議。当局から提出された条例案予算案は、全て「可決すべきもの」という結論に至った。

己の力不足を痛感し、結局は「財政の壁」に跳ね返されたなと、ギリギリまでもがき誰よりも発言したものの、それでも言いたいことの半分しか言えなかった、不完全燃焼の3日間だった。

そして、新年度人事の内示が発表され、一部組織機構の変更も発表された。

もし仮に万が一、委員会での結論で新年度予算が飛んでいたら、この人事はどうなっていたのだろう。もちろん、内示前ということで、当局側から我々に対してその詳細が示されることはなかったわけで、今になって思えば、4月1日からの組織体制を知る一部の方々にとっては、私が申し上げた提案というのは、どのように聞こえたのだろう。

所詮すでに決まっていることに、私は抗い、問題提起をし、提案をし、最後は賛成した・・・

市政を動かすためには、根底に揺るぎ無い「計画」があり、その裏付けとなる「予算」があり、それを実行する「人事」がある。

何のためにこの事業を行うのか?という問いかけに対し、人事の方向性を伏せたままでの議論というのは、一体どんな意味があるのだろう。

この政策を実現させるための新年度予算であり、そのための人事だということを、なぜ一体で示さないのだろうか?横手市議会1年生の私には、到底理解できない世界である。

前回のブログの続きでもあり、私が一般質問で取り上げたテーマでもある、「シティセールス2020事業」。

2020年に迫った東京オリンピック・パラリンピックに向けて、新年度庁内に「シティセールス2020会議」なる組織を立ち上げ、市民応援団を募集し「おもてなしの勉強会」?を開催。

在日大使館や外国観光局協議会を表敬訪問?し、アドバイザーを派遣してもらい、各国の風習や食習慣などのアドバイスに加え、横手市の新たな魅力の探索などを行う予定?

そして、市民応援団による首都圏キャラバンを実施し、インバウンドなら横手をPR?するそうだ。

シティセールス活動の動画を作成し、多言語化したものを海外に発信し、大使館や留学生を通じて母国にPRして頂く?

という内容のようだ。

この事業に、公益性はあるのだろうか?大いなる疑問を私は抱いている。

2020に向けたロードマップがあるわけでもなく、何をターゲットに、どんな戦略で臨むのかという調整もあいまいで、そもそも、市役所内部でこの事業の目的が共有されているのかということも怪しい。

スポーツ振興課が中心となって行う「2020東京五輪ホストタウン事業」は、インドネシアのバトミントンチームに何が何でも横手に事前合宿に来てもらうという目標が明確である。

「足並みを揃えて行う」とは言うものの、そんなことは当たり前で、意味不明で何をもって成功したといえるのかも曖昧な「シティセールス事業」を行うより、命懸けでホストタウンを実現させることが一番なんだと私は思う。

市民応援団?おもてなし?

そんなあやふやなスローガンではなく、在京県人会の方々のネットワークを活用したキャラバン隊を結成して頂く方が、ふるさと会のみなさんと横手市との繋がりを再確認する意味でも有意義であると思う。

「第29回国民文化祭・あきた2014」の開催にあたり、県人会の皆さんが都心を練り歩き、大きな盛り上げにご協力頂いたことは記憶に新しい。

まずはインドネシアをターゲットにした、「ハラール」に対する認識を深めること、みんなでそれをを学ぶことに全力投球すべきである。

「横手市ってどんなところ?ということを同じベクトルで向かっていきたい」

とおっしゃるが、そんなことは、DMOの一体的戦略により行うべきである。あえて行政がしゃしゃり出る話ではない。

2020という冠をつければ何をやっても許されると受け止められかねない安易な発想。緻密な積み重ねもなく所詮スローガンに留まり、公金を使った「趣味の世界」を脱しない活動。

根拠となる計画の文言は?数値目標を示すこともない何となくの事業。それで一体誰が結果責任を負うのだろうか?行政が税金を使って行わなければならない事業だと心から言えるのか?

東京五輪を「口実」に横手を盛り上げたいのであれば、横手市出身の選手、ゆかりの選手が本大会に出場し、大活躍することである。メダルを取ることである。

みんなでパブリックビューイングを囲み現地に出かけ、声を枯らし応援し、涙を流して感動を分かち合う。

それが、スポーツの力である。

2020に向けた選手強化策の戦略はあるのだろうか?そもそも、JOCエリートアカデミーに、横手市に関係ある若きアスリートは派遣されているのだろうか?

自国開催のオリンピックに選手を出場させられなくて、「スポーツ立市」が聞いてあきれる。

この問題提起に対し、市役所内部はもちろん、広く市民全体に分かりやすい戦略図、根拠と全体計画を示して頂くことが、委員会として予算を認めたことに対する当局の義務である。

そのための、人事シフトが敷かれ、機構再編されたものと私は受け止めている。
しっかりとチェックさせて頂きます。決してあいまいにしてはいけませんよ。結果から逃げてはいけませんよ。

他にも、多岐にわたる議論が繰り広げられた委員会の様子は、また次回にお伝えしたいと思います。


追伸・アリーナよ再び?

またしても、議会がブレーキをかけているかのような雰囲気にされていることには、正直憤りを感じている。そんな単純な話ではない。

市内体育館はどこも手狭で老朽化もしている。横手市民会館や十文字文化センターの今後の在り方についてもまったなしだ。

横手市では第二次総合計画を策定し、財産経営推進計画(FM計画)の下で公共施設の維持管理についての議論も始まっている。そして、長年の懸案事項である公共温泉施設については、「全て民間譲渡、今後市営では運営しない」という市長の確かな方針が示されている。

そして、「協働」の名の下に市民に自主運営を促す、地区交流センター化。

体育館だけが横手市の課題ではない。ハコモノをどのようなかたちで運営していくのかというのは、総合的な判断、視点もなければならない。だからこそ、これからも横手市にとって必要な施設である体育館について、別に上から「やれ」などと押し付けられなくて結構である。

どこに、どんな規模で、どのような機能で設置したらいいのか。由利本荘市が動き出している今、広域的な視点も必要である。

まずは、中身の議論をしましょうよ。

目的が共有され、共感してもらえるような、広く市民を巻き込んだ議論をしていきましょうよ。

それは、上から目線ではなく、地に足をつけた私たち自身が、自分たちの故郷の未来のためにしていかなければならない議論である。施設の圧縮のためには、スクラップ&ビルドが基本という前提を覆してはならない。

最も、総論賛成、各論反対しているようじゃ、1ミリも前に進まないと思いますが・・・


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それは、DMOではない。

2017-03-12 22:46:41 | 日記

今回の一般質問は、「主体性ある『よこて版DMO』の実現に向けて」ということで、昨年6月に引き続き、Destination Marketing/Management Organization、つまり官民が地域全体で連携して観光振興に取り組む「観光地域づくり」組織のあり方について取り上げた。

6月は、DMOの旗印は何か、そして今回は、DMOの肝は何かということで、これから始まる新たな観光地域づくりの根幹に関わる部分についてお聞きしたのにも関わらず、6月の答弁は「10年20年とブランドを作り上げていく旗印を決めるためには、多様な業態の皆様との合意形成が最も重要」とした上で、「各地域で開催する座談会や説明会においてご意見をいただきながら」、これから合意形成を図っていくという答弁であった。

6月時点では設立発起人会が立ち上がる前であったため、今後の方向性を示す答弁であったと理解している。

しかし、近隣市町村との連携ではなく、横手市単独の「地域DMO」の構築を進めると表明してから1年。

未だにそのビジョンが示されないというのは一体どういうことなのだろうか?

羽後町DMOのコンセプトは「里山留学」、大館市を中心とする秋田犬ツーリズムのコンセプトは「秋田犬王国へのいざない」、というように、この旗印、コンセプトが定まらない限り、何をするためのDMOか、どこをターゲットにして、何のためにマーケティングをし、マネジメントをするのかというビジョンも定まらないのだと思う。

「市内各観光協会との合意形成」を最優先してきた判断というのは、大事なことである。観光協会がうまくまわらずして、その先のDMOなどあり得ないからである。

やはり、そもそものスタートの段階、国の地方創生加速化交付金に飛びついて、組織化ありきで動き出してしまったことが間違いであったと、私は今でも思っている。

なぜ、昨年の3月議会でこの補正予算が提案された時、私は、「横手単独ではなく、近隣市町村を巻き込んだかたちの『地域連携DMO』を目指すべきだ」と提案したのかというと、それは・・・

いわゆる「地方消滅レポート」が想定する舞台である2040年、秋田県の人口は現在の100万人から30万人減の70万人社会が想定されている。そういう時代に、次の市町村合併があるかは分からない、道州制の議論が再び盛り上がっているかどうかもわからない。しかし、隣の自治体と、公共施設を一緒に持とうという議論にはなり得るのだと思う。

現在横手市が進めている「財産経営推進計画」、いわゆるFM計画の広域的な考え方というのは、必ず必要になってくるものと思う。だからこそ、今この時期に、「観光地域づくり」というキーワードから、今の自治体の枠を超えた連携をしておくことが、将来のまちづくりにきっと活きてくるのだと私は信じている。

多種多様な方々を巻き込んだ形のDMOにしていかなければならないのにも関わらず、12年前の市町村合併を彷彿とする、当時巻き起こった議論が思い出されるような進め方がなされているのが、なかなか合意形成が図られない要因であるように思う。

一般社団法人横手市観光推進機構なるDMOが今月中に発足される運びとなるようだ。国へのDMO登録認可申請を協議中であるというが、肝心要の「人材」が、全く固まっていないというのには、正直驚いた。

当局的には「これまでと方針は変わっていない」と言うが、そもそも昨年6月の段階では、「現在の横手市観光連盟と、横手コンベンション協会をDMOに改組して法人化する。分析も行えて実働的に動かせる組織に再編をしたい」と言っていたのにも関わらず、観光連盟とコンベンション協会は残した上で、新しくDMO法人を立ち上げるというのは、私には微妙にニュアンスの違いを感じる。

新しい「横手市観光推進機構」の専従職員は?との問いかけには、「観光連盟とコンベンション協会の職員が兼務する」という答弁。DMOの肝である専門人材、マーケティングとマネジメントを専門的に行う人材に至っては、「まだ決まっていない」というから、それは驚いたどころではなく、話にならない。

何をやるためなのかというコンセプトも決まっていない。Mを担う人材も決まっていない。

これでは、DMOと呼べないのである。

マネジメントの重要性について1例をあげるとするならば、昨年12月議会にJRの大型キャンペーンに合わせて、最寄駅から増田のまちなみへの2次交通を強化させるために、ジャンボタクシーやシャトルバスを走らせるための費用として559万円の補正予算が提出された。

担当レベルでは、「想定していたよりも利用者が少ない」との分析のようであるが、ただ何となく続けてきた観光行政の象徴的な話である。

DMOをやるとするならば、「地域の稼ぐ力を高めるためだ」というのならば、観光はビジネスであるという強い気持ちが必要である。営業の視点、経営の視点をもって、常に売り上げ目標を設定した上で利益を確保することをビジネス感覚でやらなければならない。それがDMOの本質である。

安易に「バスを走らせればいい」という発想は、ローカル線を乗り継いで目的地にたどり着くことが旅の楽しみであるという現在のトレンドを無視したものであり、そもそも、駅から増田のまちなみの間に、横手市として紹介したい、訪ね歩いてもらいたいものが何もないといっているに等しい行為でもある。意味不明である。

DMOが中心となり、地域一体となった戦略が必要だということを、この事例が物語っている。

冒頭、コンセプトが決まっていないことを指摘させて頂いた。

観光協会レベルでの合意形成も大事であるが、広く地域みんなで決めたコンセプト、何のためのDMOなのかという目指すべきゴールをみんなで「共有」できなければ、何のためにマーケティングをし、何のためにマネジメントをするのかという、そもそもの「判断基準」がブレてしまうのである。

多種多様な方々との「共有」がなされていない状況・・・

現在横手市では、各地域の公民館を核とする地区交流センター化を進め、市民に自主運営、「協働」を促している。

何のために?ということを、市民は「共有」しているのだろうか?

そうだよなと「共感」して頂けているのだろうか?

そのプロセスなくして、市民は動いてくれないのだと思う。いつまでたっても「共働」が「協働」に繋がっていけないのだと思う。

DMOについても、入り口の「共有」がまだなされていないのが実態である。このことをとってみても、これはDMOではないのだ。

議会に対しても同じである。

当局の姿勢は、「共有」ではなく情報を伝えただけに過ぎない。それは単なる一方通行で、最近に至っては不都合な事実を隠ぺいし、情報提供すら行われていない有り様である。

いい情報もそうでない情報も、「共有」をしなければ、車の両輪と例えられる市当局と議会の信頼関係は育まれないし、横手市が前に進んでいくことなどできない。

「動きが止まっている」とご指導頂くのは、議会の責任だけではないのである。

地域の多様な人たちが同じ目標に向かって主体的に行動することが、地域に根差したDMOを展開していく上での大前提のはずである。

今やろうとしていることというのは、予算ありきに始まり、どんな体制で組織化をするのかという手続き論に過ぎない。

どんな仕組みで組織をまわしていくのかという視点が欠けているだけでなく、明確な旗印の下で具体的に何をするのかという中身の議論がされていない、「共有」もされていないというのが、今の状況なのである。

このことを踏まえた上で、横手市の「情報発信」や、インバウンド、ホストタウンなどについても言及したいところであるが、またの機会に・・・


追伸・明日から3日間は、各常任委員会に分かれての詳細な質疑が行われる。一般質問への対応、当局には誠意を示して頂かない限り、互いに信頼し合っての議論などできない。


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あれから6年。

2017-03-11 21:49:24 | 日記

東日本大震災から6年。

今日は、午後から地元横手明峰中学校の第5期生卒業式に参列。冒頭、1分間の黙祷を捧げた。

土地のかさ上げができて、防潮堤ができて、避難指示を解除して・・・

それでも、人々が戻らなければ、「復興した」とは言えないのである。

被災地に寄り添うということ。今日は、みんなでそれを思い出す1日である。決して他人事にしてはいけないし、この教訓を、必ず起こる次の災害に活かすことである。

2020も結構であるが、備えは万全だと、胸を張って言えるのだろうか?

課題は山積している。


明峰中の卒業式。

体育館のステージ頭上には、真新しい校訓「明峰清冽」が、力強く掲げられていた。



議員になって初めての、地元小学校の卒業式で旅立ちを見送った子どもたちが、9年間の義務教育を終えるという瞬間に立ち会い、まさに光陰矢の如し。心身ともに、その成長の速さに驚かされる。

なんと堂々とした立派な卒業生たちだろう。

リーダーの雰囲気が組織に浸透するとは、まさにこういうことなのだと思った。

179名の君たちに。

これから先の人生、自分の思い通りにならないこと、壁にぶつかることの方がきっと多いことだろう。

でもそれは、あなたがチャレンジをしているという証である。

チャレンジして、失敗して、どうしてだろうと反省して、また立ち上がる。

口を開かなければ、一歩踏み出さなければ、確かに失敗はしないかもしれない。しかし、それでは決して、新しいこと、刺激的なことは何も起こらないのである。

果敢なチャレンジの先にこそ、未来がある。

私たちの仕事も、また然りである。

目先の利益に飛びついた、単なるすげ替えにしか見えない。それで、ふるさとの未来を創れると本気で考えているのだろうか?

そのことを踏まえて、一般質問の分析は次回に続きます・・・


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