奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
OYOYO美術部所属。

小利別駅(ふるさと銀河線探訪)

2016-11-30 05:30:34 | 北海道の“鉄旅”日記



網走線が野付牛(現・北見)まで延伸開業した1911年に開業しています。

駅舎は1990年にコミュニティセンターと合築されたもの、
かつては大きな集落だったようですが今は閑散としています。








雪のない季節に訪れたならいろいろな発見がありそうです。

陸別町は寒いところですが、ここは更に寒そうだ。
季節柄もあり、うら淋しい気分になりました。

十勝のどん詰まり感、半端ないな。
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仙美里駅(ふるさと銀河線探訪)

2016-11-29 07:07:22 | 北海道の“鉄旅”日記



本別町にあるこの駅も網走線開業と同時の開業、
開業当時の駅が姿を変えたとはいえ今でも残っているのはさすが。





勇足駅と同じく駅舎は1992年にコミュニティセンターと合築されたもの、
会議室と仙美里鉄道資料室があります。

資料室には仙美里駅の歴史が解説されています。
これがなかなか綺麗にまとめられている。





また近くは旧陸軍の軍馬補充部が設置されていました。

そこに1932年のロス五輪・馬術競技で金メダルを獲得した西竹一が勤めていたことから、
彼の関連資料も展示されています。

“バロン西”、ですね。

軍馬補充部の跡は北海道立農業大学校となっています。
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勇足駅(ふるさと銀河線探訪)

2016-11-28 06:07:58 | 北海道の“鉄旅”日記



ここも高島駅と同じく1910年の網走線開業と同時に開業しました。

駅の北側、本別市街地寄り北海道糖業の工場があり、
当駅から貨物の引き込み線が伸びていたこともありました。

収穫期は近隣からビートを満載した運搬車が道路を行き来しています。
運搬車はどれも結構な大きさで、一斉に工場に向かうさまは迫力があります。

引き込み線があった時には鉄道がその役割を担っていたのでしょう。

国鉄時代から残っていた駅舎は1993年に改築され、
地区のコミュニティセンターと合築され現在も残っています。

コミュニティセンターは会議室、談話室を備え、
隣接するパークゴルフ場の休憩所としても利用できます。

駅はなくなっても地域の中心として機能しています。
沿線にはこのような駅がいくつかあります。

特に本別町は町内にここ勇足駅と仙美里駅がコミセンとなっており、
本別駅と岡女堂駅も何らかの形で現存しています。

町内にあった5駅のうち4駅が残る、そこが沿線の他町村とは違うなと思います。

文化度の違い、それはかつて私が指摘していたことでもあります。
    → http://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/07b76034800629c1dca8734956cec0b1

本別町はどこか違うな。
廃線跡からも何となくわかります。
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高島駅(ふるさと銀河線探訪)

2016-11-27 06:00:58 | 北海道の“鉄旅”日記



1910年、網走線開業にともない開業という歴史の古い駅です。

かつては殖民軌道・居辺(おりべ)線が士幌町居辺まで伸びていました。

高島はそれなりに重要な地にあったことがうかがい知れます。
いまでもそれなりの市街地が形成されていることでそれはわかります。

駅舎は撤去されましたが跡地にはホームや駅名標などが残っています。





駅名標の両面は国鉄時代と三セク時代のそれぞれが書かれていました。
どちらの時代も思い起こせる、いい駅名標ですね。

駅の来歴を記した案内板がありました。
そこにはいかにもの国鉄風な駅舎が写っています。





昔はこのような佇まいの駅舎がたくさんありましたが、
現存するものは少なくなりました。

その駅舎は2008年に解体されたそうですが、
解体される前に来たかったなぁ。
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北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線探訪

2016-11-26 06:56:12 | 北海道の“鉄旅”日記
池田と北見を結んでいた北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線の略歴は以下の通り。

1910年  官設鉄道・網走線として池田ー淕別間開業
1911年  野付牛(現・北見)まで延伸開業
1912年  網走まで全通、網走本線となり網走までのメインルートになる
1932年  石北線全通、網走へのメインルートから外れる
1961年  国鉄池北線と改称
1987年  JR北海道発足
1989年  第三セクター、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線となる
2006年  全線廃止


沿線にはまだ線路跡やら駅舎やら、まだいろいろ残っています。
私も今までいろいろと訪問しました。

陸別駅 → http://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/cac5f341830fdaf8412c86aaf869e4ff
愛冠駅 → http://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/c85d5791a3ec6f6ef33557ed2cf064aa
置戸駅 → http://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/539fd69dcb4ce00c689f829cf807f8a3

などなど。

この沿線は毎年通るのですが、その度にあちこち寄っていました。
で、今年はできるだけふるさと銀河線痕跡を辿ろうと。

さて、そのご案内です。

まずは高島駅。
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稲士別駅

2016-11-25 05:52:02 | 鉄道
   





根室本線・札内ー幕別間にある稲士別駅は来年3月で廃止になるかもしれません。

1日の平均乗車人員は1名以下、普通列車でも通過する本数が多いという、
昔の仮乗降場にはよくあった停車パターンの駅です。

駅の出入口は町道に面しており国道の裏道として利用され通過車輌は多く、
周囲は人家も点在し“秘境駅”とされている割には賑やかな雰囲気。

駅は木張りのホームがあるだけの簡素な造りです。

Wikipediaによるとかつては待合室があり売店で乗車券を売っていたとのことですが、
そんな時代があったというのが信じられません。

そういえば名寄本線・潮見町駅も隣接していた商店で切符を売っていたな。

それはそれとして、稲士別駅はこれからどうなるのでしょう。
どうもこうもなく、廃止されるのでしょうが。
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廃線間近の留萌本線・留萌ー増毛間

2016-11-24 05:43:37 | 鉄道



いよいよ来月4日の営業をもって廃止になる留萌本線・留萌ー増毛間。
先日、増毛に行く用事があったので駅を見てきました。





営業列車の発着がない時間だったのが残念でしたが、駅舎やホームを見学。
営業期間内にはもう訪れることはなかろうともうと感慨もひとしおです。

ここもあと10日ほど…。

旭川へ向かう途中、留萌駅に立ち寄り、
増毛駅の入場券2種類と留萌→増毛の常備券を購入しました。





廃止区間への最後のはなむけ、ですね。
時間があればこの区間を乗車したかったのですが、叶いませんでした。

1921年の開業以来95年、お疲れさまでした。
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名古屋から仙台への5日間 … エピローグ

2016-11-23 04:59:47 | 道外の旅日記



旅行記は今日で終わります。

今回もいろいろ見ました。

フクイチのあたりのことは私も未だに消化できない。
それに野蒜駅前の何もない光景も衝撃でした。

あれから何年も経っているのにこの現状は、私たちに伝わってこない。
だからこそ現地で、見ておくべき。

この同じ時代に生きている者として。
特にいろいろな関係者は。

さて、今回蒐集した領収書をご覧いただきお終いにします。

次はいつどこへ行くのか?
その時まで、さようなら。
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名古屋から仙台への5日間 … 太平洋フェリー

2016-11-22 05:38:46 | 道外の旅日記
17~18日





中野栄から仙台フェリーターミナルへは宮城交通の路線バスで12分、140円。
乗船手続きを済ませ乗船、2等和室794号室9番が今宵のお席。





シップは「いしかり」(3代目)、15,762総トン、全長199.9m、定員は777名。
2011年に就航し以来現在までシップ・オブ・ザ・イヤーを連続受賞しています。

キャビンは5デッキから7デッキまで、2等和室は7デッキに4部屋、定員68名です。

まずは客室に設置されている更衣室で着替え、貴重品と大きな荷物をロッカーに預け身軽に。

まず恒例により出港前にお風呂、体がほぐれたところでプロムナードで晩酌、
そうこうしているうちに銅鑼が鳴り19:40に出港。

20:00からはシアターラウンジ「ミコノス」でラウンジショー、
この日は“やゆfish”という津軽三味線とパーカッションのユニットです。
    → http://yayufish.com/yayufish.htm





津軽三味線はなかなか聴くことがありませんがそういう演奏を聴けるのも船旅ならでは、
アンコールも含め1時間以上のステージでしたがなかなか聴きごたえがありました。

海は凪、快適な船旅、ぐっすり寝て朝日を見て朝風呂に入り朝食、
9:30からはまた“やゆfish”のステージを見て定刻11:00に苫小牧到着。

太平洋フェリーはいつもながら、とても快適だ。

あとはフェリーターミナルから高速バスに乗って札幌へ。
14日から5日間に及んだ出張が終わりました。

明日はエピローグ
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名古屋から仙台への5日間 … 仙石東北ライン

2016-11-21 05:02:16 | 道外の旅日記
17日(月)





仙台―松島間の鉄道は東北本線と仙石線が並行して走っています。
特に塩釜―松島間は両線が複雑に絡み合いなかなか面白い。

2015年5月30日、東北本線塩釜駅と仙石線高城町駅が短絡線で結ばれました。
これで東北本線から仙石線への直通運転が始まりました。

なぜそうなったかなど細かい話はナシにしましょう。

仙台15:15発石巻行快速列車はHB-E120系ハイブリッド気動車、
塩釜までは東北本線を軽快に走り接続線を通って仙石線高城町、そして野蒜で下車。

ハイブリッド気動車と仙石東北ライン接続線の初乗車、完了です。

仙石線高城町ー陸前小野間は津波によりしばらく不通でしたが昨年、
一部区間を内陸に移設したうえ開通しました。

野蒜駅は高台に移設、立派な新駅になっていましたが駅前は何もない更地。
これから新しい街が作られていくのでしょうがそれは気の遠くなる作業だな。

このような現実を見ると、復旧や復興などまだ何もなされていないのだ思います。

津波の被災地から遠くに住んでいるとついあの時のことを忘れてしまいますが、
現地はまだまだ当時のままなのではないかと感じます。

さて折り返し、高城町で乗り換え中野栄で下車。
これで名古屋から使ってきた「秋の乗り放題パス」とはお別れです。

最後、札幌へ。
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