奥井みさき、旅の記録と徒然日記

仕事の合間に旅行、旅行の合間に仕事。
フリーライター・奥井みさきの旅日記と、日々思うこと。
OYOYO美術部所属。

撮り鉄、711系電車を撮りに来た

2014-03-31 05:18:55 | 鉄道



たまに私のブログに登場する東京在住の撮り鉄が先日、
1泊2日でやってきました。

1月にもやってきて、貨物列車を撮りに来たばかりだというのに…。
その時のブログはコチラ → http://blog.goo.ne.jp/okui-m/e/35cf6a94d1568dee771f132abdfe0f5a

今回のターゲットは来年で引退になる711系電車。
この車両は私も好きなので、喜んでお付き合い致しました。

まずは15時ころ新札幌駅で待ち合わせ、その後711系が走っている岩見沢方面へ。
日没までの短い時間でしたが、3本の711系を撮ることができました。

翌日は早朝から出撃、江別―岩見沢間で2本の711系を撮った後、
岩見沢の先から美唄付近まで移動しながらの撮影。

5本の列車を無事撮影し、昼過ぎに札幌へ戻ってきました。
そして彼はあわただしく東京へ帰って行った。

撮影にためとはいえ、忙しい事よのう…。

天気もまずまず、風もなくいい撮影日和でした。
残念だったのは原色編成に遭遇しなかったこと。

JR北海道は運用を公開したらいいのにね。

釧路支社ではキハ40朱色塗装車の運用を公開しているので、
やろうと思えばできるはず(3月で公開終了)。

ということで、その時の成果をアップします。

※私は乗り鉄なので、これから引退まで乗りまくるぞ~
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「北都プロレス、100市町村開催記念 ファン感謝デー」 … 選手との交流編

2014-03-30 07:39:59 | 北都プロレスほか



トークショーの後は選手との交流タイム。

選手との記念撮影は会場が参加者が入り乱れての大繁盛。





女性限定の“お姫様抱っこ”はプロレスラーとの交流ならでは、
これもまた女性陣が狂喜乱舞の大混乱。

また北都プロレスが今年新たに作ったパンフレットは、
買った方は選手のサインがもらえるとあってこれも飛ぶような売れ行き。

サインペンが足りなくてご不便をおかけしたことをお詫びいたします。

それからこれもプロレスラーとの交流ならではという、
“プロレスラーに技をかけられる”という時間も。

皆さん好きですね、わざわざプロレスラーに技をかけてもらいたいなんて。
ということで、画像はOYOYOを代表してSさんの四の字固め。





やっぱりね、プロに技をかけられると本当に痛いというのがわかるSさんのこの表情。

その後、最近キレがなくなってきたといわれているクレイン中條さんのダジャレ募集、
北都プロレスオリジナルグッズの公募を正式に発表するなどと続きました。

抽選会もあり、会場の皆さんには選手のサイン入り色紙などの景品が当たりました。

そして最後に、ファン感謝デー参加者だけの特典発表。

この日のファン感謝デー参加者で3月24日に行われたワンデータッグトーナメント観戦者は、
試合後リングの上で記念撮影ができる!

中学生のころからプロレス観戦をしている私でも本物のリングには上ったことはない。
これはさすがファン感謝デーならではの特典だ。

その他ここに書ききれないこともたくさんありましたが、大盛況のうちにお開きとなりました。。

何はともあれ会場にお越しいただいた皆さん、
そして北都プロレス他ご協力いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

OYOYOではこれからも北都プロレスを応援していきますので、
これからもよろしくお願いします。

終わり
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「北都プロレス、100市町村開催記念 ファン感謝デー」 … トークショー編

2014-03-29 04:45:23 | 北都プロレスほか



OYOYOでは3月19日、
「北都プロレス、100市町村開催記念 ファン感謝デー」
を開催しました。

当日参加いただいた方は以下の通りです。

クレイン中條(北都プロレス代表)、池田昌樹、河原成幸(以上北都プロレス)
梅沢菊次郎(プロレスリングアライヴ)、ラ・マルクリアーダ(世界プロレス協会)
木戸忍(NPO法人北海道スポーツコンシェルジュ理事長)

司会は木戸さんにお願いし、まずは選手とのトークショーで幕を開けました。

クレイン中條さんや各選手、普段リング上では見ることができない素顔満開。
“素”の北都プロレスさらけ出しまくりのトークショーとなりました。

とにかく何を語っても面白く興味深い話ばかり。
会場はとにかく終始爆笑の渦、私も主催者の立場を忘れ笑いっ放しでした。

考えてみれば、普通はプロレス団体の代表や選手たちのお話を聞く機会など滅多にない。
北海道に根を下ろしている地元の団体とはいえ、それは北都プロレスも同じ。

その滅多にない機会、これはプロレスファンでなくても興味深いはず。

私もクレイン中條さんとは打ち合わせなどで幾度も話をしていますが、
池田、河原両選手の話をじっくり聞くのは初めて。
その上他団体の選手も一緒となると、面白くないはずがない。

その面白さは私の筆では到底表現することができないので、書きません。
文字にできない、怪しいく危ない話もテンコ盛りでしたし。

その中からひとつだけ、池田選手のキャラが素敵。

梅沢選手とマルクリアーダ選手から他団体との違いも話題に出ました。





その結果わかったこと。

「北都プロレスは、かなり“ゆるい”」

他団体はかなりピリピリした雰囲気もあるそうですが、北都プロレスは全く違うらしい。

そうでしょう、わかりますよ…そのゆるさ。
それはクレイン中條さんの人柄ゆえでしょう。

トークショーでは北都プロレスの魅力を再確認できました。

明日はイベント編
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 盛岡観光(もりおか歴史文化館・2階)

2014-03-28 05:49:04 | 道外の博物館
4日





特別展「南部火消の世界~粋でいなせな男たち~」を見た後に常設展へ。





常設展は盛岡市と盛岡藩、南部氏についての展示が中心です。
盛岡市は盛岡藩の居城があったところ、城主は南部氏です。

盛岡市の成り立ちから藩政時代、そして近代まで。

目を引くのが城下町絵巻シアターです。

当時の街並みを絵巻にして再現しそこで営まれる人々の生活を、
方言の入った音声と映像で見せてくれます。

大迫力ですごく楽しく見ていて飽きないのですが、
惹きこまれて見ていると時間がいくらあっても足りない。
クオリティ高く作りすぎるても、それを見るこちらが大変だ。

あとは藩政時代の行政組織や商業などの展示が続きます。
商業は近江商人が中心になった。

それにしても盛岡藩は広い。
岩手県の中北部、秋田県の一部と青森県の東半分で合計9郡。

この広い領地を治めるのは大変だったでしょう。
そして度々の飢饉や幕府から命じられた蝦夷地の警備など、
かなりの苦労があったとの解説もあります。

その他南部家ゆかりの品々を並べたコーナーやテーマ展示室を見たあと、
近代の盛岡のコーナーへ。

ここでも映像で昔の盛岡の様子を見せてくれました。

全体に映像が多い施設です。
それが私のような部外者が盛岡を知るには助けになる。

なかなか質の高い、お得な展示でした。

※再び一旦中断し、数日後に再開します



*もりおか歴史文化館

住    所:盛岡市内丸1-50
開館時間:9:00~19:00(11月から3月は~18:00)
入 館 料:一般300円、高校生200円、小中学生100円(「でんでんむし」一日乗車券提示で団体料金)
休 館 日:第3火曜日(祝・休日の場合翌日)、12月31日~1月1日
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 盛岡観光(もりおか歴史文化館・1階)

2014-03-27 05:51:08 | 道外の博物館
4日

もりおか歴史文化館は盛岡城跡公園の一角にあります。

1階は盛岡のお祭りに関する展示とミュージアムショップで無料、
2階は常設展示室と特別展示室で有料になります。

まずは1階から。





山車展示ホールでは藩政時代から300年続く盛岡山車を展示しています。





明治期の高さ9mもある山車とそれより高さがかなり低い現代の山車を再現。
明治期は電線なども少なかったので高さを競ったのですね。

目の前で見る祭りの山車は迫力満点です。
昔の映像などもあり、このお祭りがどんなものかがよくわかります。

祭り常設展示室はチャグチャグ馬コとさんさ踊りの紹介。

盛岡のお祭りといえばこのふたつの名前をよく聞きますね。
ですがどんなお祭りか、ご存知ですか?

チャグチャグ馬コは着飾った馬が練り歩くところがニュース映像で流れます。
さんさ踊りも、街中を踊りながら練り歩く様子がテレビで見ることができます。

それを見るとあぁそうだな、そういう時期だな…と思う。
私は祭りの背景を知らないので、季節の風物詩としてニュースを見ていました。

ここに来るまでは。

しかしここで知ってしまった!
このふたつのお祭り、見たい、参加したい!

様々な映像も見て、そして解説も見て素直にそう思いました。
特にさんさ踊りの、その踊りの優雅さ。

♪さんさ踊るなら品よく踊れ、品の良い娘を嫁にとる

だそうです。

盛岡のお祭り、素敵だ。

次は2階
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 盛岡観光(でんでんむしと盛岡城)

2014-03-26 06:10:26 | 道外の旅日記
4日

4日は北上から盛岡へ移動し、しばし市内観光です。
荷物を預け駅前のバスターミナルで「でんでんむし一日乗車券」を買う。





「でんでんむし」は盛岡都心循環バスのことで、
盛岡駅を出発し市内各所を経由し盛岡駅に戻るコースを走っています。

運賃は1乗車100円、一日乗車券は300円という安さ。
そして運行頻度も“右まわり”がほぼ10分毎、“左まわり”はほぼ15分毎という高頻度。

両まわり合わせて1時間に10本も走っているので非常に便利。
市内観光には欠かせないお得な乗車券です。

左まわりに乗車、中央通一丁目で下車。

まずは盛岡地方裁判所構内にある「石割桜」を見学。





本当に岩の割れ目から桜が生えていました。

盛岡を象徴する名所ですが当然花は咲いていないので
一見してもこれが何なのかよくわからない。

春になればさぞ綺麗な姿を見せてくれるのでしょう。

そして盛岡城跡公園(岩手公園)へ。





南部氏・盛岡藩の本拠地だったところですが、今は城郭などはありません。
本丸があったところまで行くと市内がよく見渡せます。

いいロケーションだ、お殿様はここにいたのか。
“城下”とはいい表現ですね。

石垣が綺麗な城跡でした。

さて、吉例により博物館見学へと参ります。

もりおか歴史文化館へ
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 気仙沼から北上へ

2014-03-25 05:54:21 | 道外の旅日記
3日

ここからは宮城県を離れ、岩手県の内陸に向かいます。

気仙沼からは大船渡線(通称・ドラゴンレール)で一ノ関へ。
出発まで少し時間があるので近所を散歩、そして駅でまったり。

待合室には「ドラゴン神社」があり、
鉄道で使っている滑り止め用の砂を持ち帰り用に置いてあります。





“滑らない”という、受験生へのプレゼントですが、私もひとつ所望。
これで私も今年は滑らないでしょう。

気仙沼発車は14:20、一ノ関到着は15:38、乗り換えて北上到着は17:06.

一ノ関駅前には一関商工会議所があり、
その建物に“カスリン台風洪水位”の表示があります。





北上川の氾濫で起こった洪水、この付近の水の高さは3m。

北上ではまずホテルにチェックイン、
用事を済ませさくらの百貨店で食料を調達しホテルへ戻る。

4.5畳の和室、お風呂は大浴場、私にはこういうお部屋が合っているようです。

大浴場でゆっくりした後は部屋で夕食。
前日の仙台での洒落たホテルよりはよほど寛げる。

このホテルのことは別な機会に書くとしよう。

仙台から三陸を回って北上までの長い一日が終わりました。
就寝します。

明日は盛岡へ
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … そして気仙沼まで

2014-03-24 05:42:14 | 道外の旅日記
3日

BRTは時々専用道路に入りながら北上していきます。





津波の被害がなかったところでは一見震災などなかったような風景が、
そして津波の被害があったところは志津川と同じような平地が。

重機やトラック、ダンプの数が多いのは復興工事のためか。
破壊されたままの気仙沼線の高架橋もあちこちに見えます。

途中に「仮設住宅入口」の看板を発見。

その場所は街外れにある小高い丘の上、
仮設住宅自体は林の中でバスの車窓からは見えませんでした。

こんなところにあるのか。

津波の被害にあった市街地には住めず、かといって適当な平地が少ない三陸。
仮設住宅はわずかな平地を探して中心部から外れたところに建てるしかなかったのでしょう。

そんな小規模な仮設住宅があちこちに建てられたと想像されます。
これでは地域のコミュニティがバラバラになる。

近くに知り合いも少なく、お店などもない、
出かけるのも億劫になるでしょう。

早く町を再建したいがどうしようもないという現実がここにもあります。

いろいろな問題がたくさんありすぎて、行政も大変だ。
被災自治体では人手が足りないそうですが、さもありなんと思う。

震災は終わってないなぁ、これからも問題山積、いつ終わるかもわからない。
それが現実です。

ということで、ほぼ定時に気仙沼に到着です。





ここから宮城県を離れ、岩手県へ
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 志津川で考える

2014-03-23 03:53:32 | 道外の旅日記
3日

引き続き志津川です。

ここは南三陸町の中心、合併前の志津川町の中心でもありました。
震災前はもちろんここに市街地が形成されていた。

ですが今は更地、建物は仮設ばかり。
コンビニも商店街(南三陸さんさん商店街)も仮設、志津川駅も仮設。





平地は草が生えて草原のようですがそこに建物の土台だけが見えて、
震災前にはここに建物が密集していたことを物語る。

震災直後と現在で違うのは、がれきが片づけられただけに見えます。
復興も復旧も何もしていない、3年も経ったというのに何も進んでいません。

“3年も”経ったのではないのですね、“3年しか”経っていない。

被災地から離れて住んでいると震災の被害を忘れてしまうのですが、
現地ではまだ当時のままなのだということがわかります。

震災の被害は今も続いている、それは直後と何も変わっていない。

福島県では震災関連死が直接死を上回ったという報道がありましたが、
まさにそれが現実なのですね。

震災の被害は今もなお、続いている。

偉い政治家や電力会社の幹部はお連れを引き連れないで現地に行きなさい。
自費で訪問し地元の宿泊施設に泊まり地元で食事をして話を聞きなさい。
名刺を出さないで一個人として真摯に耳を傾けなさい。

無理だろうけど。
もし行ったとしても感性も鈍っているから何も感じないだろうけど。

ちなみに現在は臨時のベイサイドアリーナ駅付近が町の仮の中心となっています。
そこには銀行や消防署、図書館や公立南三陸診療所などがあります。

南三陸町は今でも仮のまま、街の運営がなされています。

次は気仙沼まで
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宮城・岩手早回り、5日間の旅 … 石巻から志津川まで

2014-03-22 07:45:30 | 道外の旅日記
3日

石巻の出発は10:32の石巻線、途中の前谷地は10:52着で出発は10:54、
ここから気仙沼線に入って柳津到着は11:15、下車した乗客は11名。





気仙沼線が開通しているのはここまでで、この先は終点気仙沼まで不通です。
この区間はBRTによる運行、柳津出発は11:37、気仙沼到着は13:31で約2時間。

ちなみに、柳津出発時点の乗車は11名。
列車を下車したお客が全員乗車したのか?

さて、BRT運行区間はほぼ三陸海岸に沿って走ります。

一部にあるBRT専用道路の他は主に国道45号線を通りますが、
柳津から気仙沼までのこの道は私もかつて仕事で何回も通った道。

そして津波の被害が甚大だったところでもあります。

さて、どんな景色が見えるのでしょうか。

ところで三陸海岸はリアス式海岸、
小さな岬がいくつも海に突出しその根元の平地に集落があります。

国道も鉄道も岬の根元の山を越え平地に降り、また山を越えて次の集落への繰り返し。
津波はその平地にある集落を襲いました。

さてBRTに乗車、30分ほどで志津川(南三陸町)に差し掛かります。

その専用道路から撮った南三陸ホテル観洋。





ここは震災の時、壊滅状態の南三陸町の中で避難所などに使われました。

国道を走っているとこのホテルのすぐ横を通ります。

マスコミの取材拠点にもなっていたので当時は相当映像に出てきました。
また避難者へのボランティアが様々訪れ、その様子もまた映像になっていた。

さて志津川駅は南三陸町の役場があったところに近い。
役場の職員が避難しその大半が犠牲になった防災対策庁舎もあります。





バスの中からの撮影なので鮮明ではありませんが、
画像の中で3階建ての鉄筋の骨組みがそれです。

続く
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