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とある事務所でK氏とプロレスの話をしていました。
最近のプロレスではなくて昭和の、全日、新日、国際のメジャー3団体があった頃の話。
あの頃はよかったよね、などととりとめもなく。
その香りが色濃く残っているのが北都プロレスで、それもなかなかいいなどと。
それを聞いていたS氏が目を輝かせて私に話しかけてきた。
そうか、お前さんもプロレスが好きだったか。
そこで私は力説した。
北都プロレスはいい!
今後の試合日程や参加選手、また私がかつて観戦した試合の模様など。
また北海道スポーツコンシェルジュというNPOが主催するイベントも案内した。
「なつかしの昭和プロレス」2ndシーズン<IWGPシリーズ>
詳しくはコチラ → http://www.npohsc.com/information/natsukashinozhaohepuroresu2ndshirizuiwgpshirizukaicuinoozhirase
早速それぞれHPで確認したようだ。
そしてそれを見て大いに感激した様子。
「NPOでこんなことしていいんですか?」
などと不埒なことをのたまう。
いいのだ、それも社会貢献だ。
そこにまたH氏が乱入、プロレス談義に花が咲く。
H氏よ、あ〜たもプロレスが好きなのか。
昭和なプロレスが好きな御仁は本当に多い。
みんな集めて北都プロレスを見に行こう!
北都プロレスちとせモール大会(7月21、22日)はみんなで観戦だ。
何人集まるかな。
最近のプロレスではなくて昭和の、全日、新日、国際のメジャー3団体があった頃の話。
あの頃はよかったよね、などととりとめもなく。
その香りが色濃く残っているのが北都プロレスで、それもなかなかいいなどと。
それを聞いていたS氏が目を輝かせて私に話しかけてきた。
そうか、お前さんもプロレスが好きだったか。
そこで私は力説した。
北都プロレスはいい!
今後の試合日程や参加選手、また私がかつて観戦した試合の模様など。
また北海道スポーツコンシェルジュというNPOが主催するイベントも案内した。
「なつかしの昭和プロレス」2ndシーズン<IWGPシリーズ>
詳しくはコチラ → http://www.npohsc.com/information/natsukashinozhaohepuroresu2ndshirizuiwgpshirizukaicuinoozhirase
早速それぞれHPで確認したようだ。
そしてそれを見て大いに感激した様子。
「NPOでこんなことしていいんですか?」
などと不埒なことをのたまう。
いいのだ、それも社会貢献だ。
そこにまたH氏が乱入、プロレス談義に花が咲く。
H氏よ、あ〜たもプロレスが好きなのか。
昭和なプロレスが好きな御仁は本当に多い。
みんな集めて北都プロレスを見に行こう!
北都プロレスちとせモール大会(7月21、22日)はみんなで観戦だ。
何人集まるかな。
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先日、スーパーのダイイイチ発寒中央駅前店に行ったら売っていました。
「オホーツクはまなす牛コロッケ」
オホーツクはまなす牛とは、JAオホーツクはまなすで生産されるブランド牛。
HPによると、紋別市と滝上町の7戸の農家さんだけで育てられているそうです。
このコロッケが美味しかった。
パッケージの写真を撮ろうと思っていたのですが、撮る間もなく娘に食べられてしまった。
コロッケ評論家の娘も味を賞賛していたので、美味しいのは確かです。
製造はダイイイチ発寒中央駅前店だったような気がする…。
他の安いコロッケと比べて何が違ったかというと、もちろん素材の牛肉です(笑)。
もちろん牛肉も美味しかったのでしょうが、まずタネがぎゅっと締まっていた。
変なつなぎなどは使わず、ジャガイモをふんだんに投入したのでしょう。
“これぞコロッケ”、という歯ごたえでした。
コロッケって、昔より不味くなったと思いませんか?
値段は昔より安くなりました。
安ければ1個30円ほどで買うことができます。
でも、昔に比べて明らかに不味い。
姿かたちは似ていれども、これはコロッケではないという代物ばかり。
昔のコロッケは素材の味が生かされていたのに、
最近の物はいかにも“安物”という味がする。
その昔の味がするコロッケでした。
昨日またダイイチに行ったら売っていなかった。
限定品だったのかな?
また食べたい、久々そう思えるコロッケだったのに…残念。
「オホーツクはまなす牛コロッケ」
オホーツクはまなす牛とは、JAオホーツクはまなすで生産されるブランド牛。
HPによると、紋別市と滝上町の7戸の農家さんだけで育てられているそうです。
このコロッケが美味しかった。
パッケージの写真を撮ろうと思っていたのですが、撮る間もなく娘に食べられてしまった。
コロッケ評論家の娘も味を賞賛していたので、美味しいのは確かです。
製造はダイイイチ発寒中央駅前店だったような気がする…。
他の安いコロッケと比べて何が違ったかというと、もちろん素材の牛肉です(笑)。
もちろん牛肉も美味しかったのでしょうが、まずタネがぎゅっと締まっていた。
変なつなぎなどは使わず、ジャガイモをふんだんに投入したのでしょう。
“これぞコロッケ”、という歯ごたえでした。
コロッケって、昔より不味くなったと思いませんか?
値段は昔より安くなりました。
安ければ1個30円ほどで買うことができます。
でも、昔に比べて明らかに不味い。
姿かたちは似ていれども、これはコロッケではないという代物ばかり。
昔のコロッケは素材の味が生かされていたのに、
最近の物はいかにも“安物”という味がする。
その昔の味がするコロッケでした。
昨日またダイイチに行ったら売っていなかった。
限定品だったのかな?
また食べたい、久々そう思えるコロッケだったのに…残念。
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学園都市線(桑園ー新十津川)もうち、北海道医療大学までが電化します。
開業は6月1日、いよいよ間近に迫ってきました。
当初は全列車のうち7割ほどが電車化、その後今年10月に完全電車化になります。
それに伴い新型車量も投入、既に営業運転についているため乗車した方も多いでしょう。

尚、石狩当別ー新十津川間の列車は今まで通り気動車での運転になります。
そこで気になるのは、車両の動き。
増備される車両があるということは、廃車になる車両があるということ。
学園都市線で使用されている車両はキハ40系、キハ141系、キハ201系で、
このうちキハ40系とキハ141系(これは50系客車の改造)が電化区間の運用から外れます。

そのまま廃車になるのか、どこかに転属するのか?
転属するとすればどこに行くのか、行った先で現在運用している車両はどうなるのか?
噂によると室蘭地区で車両の動きがあるとか。
私が愛してやまない711系(赤い電車)が札幌圏で増備されるという噂があります。
そうならば個人的に嬉しい。
また141系の中には“キサハ144形”という珍しい車両もあります。
これは「付随車」といって、エンジンも運転台もついていない車両。
気動車なのに付随車とは珍しい。
この車両の動向も気になる。
一般の利用者とは別な視点で、“鉄”的に気になる学園都市線の電化です。
開業は6月1日、いよいよ間近に迫ってきました。
当初は全列車のうち7割ほどが電車化、その後今年10月に完全電車化になります。
それに伴い新型車量も投入、既に営業運転についているため乗車した方も多いでしょう。
尚、石狩当別ー新十津川間の列車は今まで通り気動車での運転になります。
そこで気になるのは、車両の動き。
増備される車両があるということは、廃車になる車両があるということ。
学園都市線で使用されている車両はキハ40系、キハ141系、キハ201系で、
このうちキハ40系とキハ141系(これは50系客車の改造)が電化区間の運用から外れます。
そのまま廃車になるのか、どこかに転属するのか?
転属するとすればどこに行くのか、行った先で現在運用している車両はどうなるのか?
噂によると室蘭地区で車両の動きがあるとか。
私が愛してやまない711系(赤い電車)が札幌圏で増備されるという噂があります。
そうならば個人的に嬉しい。
また141系の中には“キサハ144形”という珍しい車両もあります。
これは「付随車」といって、エンジンも運転台もついていない車両。
気動車なのに付随車とは珍しい。
この車両の動向も気になる。
一般の利用者とは別な視点で、“鉄”的に気になる学園都市線の電化です。
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今まで履いていたスニーカーがダメになった。
スニーカーがいよいよダメになる時はどうなると思いますか?
何か履き心地が悪いなと思って靴を裏返してみると、底が抜けていた(笑)。
そうか、最後には底が抜けるのか…。
それではさすがに履けないな。
というか、そうなる前に気付けよ…このワタシ。
ダメになったスニーカーはもう何年履いていたかわからないくらい長年使っていました。
娘が言うことには、
「お父さんの靴はそれしか見たことがない」
ということは、この靴は少なくても娘が物心がついた時から履いていたことになる。
少なくても10年以上、もしかしたら15年以上履いていたのかもしれない。
私は物持ちがいいのである(←自慢にはならない)。
そこで3週間ほど前、新しいスニーカーを買いました。
Kappa社のもので、QUICK-FITという機能が搭載されたモデル。
現品限りで安かった。
ところがまたこの新品の靴を履く機会がない。
こんな調子だから靴1足が10年以上も持つのである。
そこで一昨日、必要がないのに無理やり履いた(笑)。
あら、さすがに新しい靴は履き心地がいい。
調子に乗ってランニングまでしてしまった。
次に新しいスニーカーを買うのはまた、10年以上先になる。
それまで、大事に履こう。
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映画「テルマエ・ロマエ」がイタリア全土で上映されます。
現地のアジア映画祭で賞をとったのがきっかけだとか。
年内に50館以上で上映される見込みだそうです。
古代ローマ人を日本人が演じ、ローマでイタリア人が見る。
日本の温泉とか銭湯とか、イタリア人はどう思うのかな?
風呂文化もかなり違うだろうなぁ。
私は“イタリア人が撮ったテルマエ・ロマエ”も見てみたい。
それを見比べる、というのが面白そうだ。
現地のアジア映画祭で賞をとったのがきっかけだとか。
年内に50館以上で上映される見込みだそうです。
古代ローマ人を日本人が演じ、ローマでイタリア人が見る。
日本の温泉とか銭湯とか、イタリア人はどう思うのかな?
風呂文化もかなり違うだろうなぁ。
私は“イタリア人が撮ったテルマエ・ロマエ”も見てみたい。
それを見比べる、というのが面白そうだ。
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さっき知った。
丸井で羊羹の催事を行っています。
羊羹ばかり、全国から80店以上も集まって。
羊羹ばかり、80店以上ですよ。
どんだけ甘い催事なんだ?
道内からは五勝手屋や標津羊羹、三八菓舗など。
道外からは宮城の菓匠三全、東京の榮太楼總本舗やとらや、千葉のなごみの米屋など。
なごみの米屋は成田市にあって、私は本店に行ったことがある。
立派なお店であった。
ことばで語るよりまずこれをクリックしてみなされ。
この催事に行きたくなるから。
http://www.marui-imai.jp/sapporo/s_a9_saiji/20120523_1.html/
会期は明日まで。
気付くのが遅かったなぁ。
行けるかなぁ。
丸井で羊羹の催事を行っています。
羊羹ばかり、全国から80店以上も集まって。
羊羹ばかり、80店以上ですよ。
どんだけ甘い催事なんだ?
道内からは五勝手屋や標津羊羹、三八菓舗など。
道外からは宮城の菓匠三全、東京の榮太楼總本舗やとらや、千葉のなごみの米屋など。
なごみの米屋は成田市にあって、私は本店に行ったことがある。
立派なお店であった。
ことばで語るよりまずこれをクリックしてみなされ。
この催事に行きたくなるから。
http://www.marui-imai.jp/sapporo/s_a9_saiji/20120523_1.html/
会期は明日まで。
気付くのが遅かったなぁ。
行けるかなぁ。
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2日前のブログで支笏湖有料道路のことを書きました。
この有料道路ができる前は丸駒温泉などは船で行くしかなかった。
そこで当時の船の時刻を調べてみました。
資料は1967(昭和42)年2月の「北海道全線時刻表」(鉄道弘済会発行)。
支笏湖畔有料道路開通以前の時刻表です。
運航は支笏湖観光運輸、2月号なので冬ダイヤですね。
1日2便あります。
夏ダイヤだとかなり様子が違うのでしょうが。
で、そのコースはというと…。
支笏湖畔ーポロピナイー丸駒温泉ーグランドホテルーオコタン荘ー丸駒温泉ーポロピナイー支笏湖畔
グランドホテルとは支笏湖グランドホテルのことで、オコタン温泉にありました。
オコタン荘は同じくオコタン温泉にあり、
現在はオコタン野営場(現在休業中)の管理棟となっている模様。
それと、いとう温泉がない。
この頃、いとう温泉はなかったのだろうか?
所用時間は2時間10分ほど。
あの支笏湖を2時間以上かけて船が行き来していたなど、今では考えられません。
1979(昭和54)年の時刻表ではオコタン荘の名前はなくグランドホテル新館の名があります。
これはオコタン荘が名前を変えたものと推定していますがどうかな。
それとやっぱりいとう温泉の名前がない。
いとう温泉はいつから営業しているのか、謎である。
いつか現地に行く機会があったら、温泉の歴史などを聞いてみたいものである。
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江差線は五稜郭(列車の起点は函館)から江差までのローカル線。
このうち五稜郭ー木古内間が北海道新幹線開業に伴い、
第3セクターで存続することが正式に決まりました。
この区間は輸送密度もそこそこ高いですし貨物列車も走っているので、
当面存続するのは予想されていました。
とはいえ開業初年度から赤字が見込まれるという中で厳しい経営を強いられそうです。
問題は木古内ー江差間。
この区間はJR北海道の路線として残る、というのです。
木古内ー江差間の輸送密度は41人/キロとJR北海道の中で最も低い(H24.5.24朝日新聞朝刊道内版より)。
現在この間は上下あわせて12本の列車がありますが、
報道の通りなら1列車あたり約3.4人しか乗車していないことになる。
これでは最悪の場合は廃止の可能性があります。
というか、廃止しなければいけないレベル。
私も乗ったことがありますが、車内は閑散としていました。
もはや鉄道としての使命が終っているのは明らか。
JRとしても廃止にしたいのでしょうが、そう簡単にいかず…というところでしょう。
これから北海道新幹線開業までこの区間の廃止が話題になるでしょうが、
私は廃止になっても悔いのないようにもう一度乗ってみたいと思っています。
地元の意向はどうなのでしょう?
廃止を叫ぶのは鉄道オタクだけで地元は淡々とバス転換を選ぶ、
もしかしたらそんな構図になるのかもしれないとちょっと想像しています。
このうち五稜郭ー木古内間が北海道新幹線開業に伴い、
第3セクターで存続することが正式に決まりました。
この区間は輸送密度もそこそこ高いですし貨物列車も走っているので、
当面存続するのは予想されていました。
とはいえ開業初年度から赤字が見込まれるという中で厳しい経営を強いられそうです。
問題は木古内ー江差間。
この区間はJR北海道の路線として残る、というのです。
木古内ー江差間の輸送密度は41人/キロとJR北海道の中で最も低い(H24.5.24朝日新聞朝刊道内版より)。
現在この間は上下あわせて12本の列車がありますが、
報道の通りなら1列車あたり約3.4人しか乗車していないことになる。
これでは最悪の場合は廃止の可能性があります。
というか、廃止しなければいけないレベル。
私も乗ったことがありますが、車内は閑散としていました。
もはや鉄道としての使命が終っているのは明らか。
JRとしても廃止にしたいのでしょうが、そう簡単にいかず…というところでしょう。
これから北海道新幹線開業までこの区間の廃止が話題になるでしょうが、
私は廃止になっても悔いのないようにもう一度乗ってみたいと思っています。
地元の意向はどうなのでしょう?
廃止を叫ぶのは鉄道オタクだけで地元は淡々とバス転換を選ぶ、
もしかしたらそんな構図になるのかもしれないとちょっと想像しています。
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支笏湖温泉と千歳市幌美内を結ぶ道路は現在、国道453号線になっています。
この区間は全線支笏湖畔に沿っており、
山と湖を眺めながらドライブができる風光明媚なところ。
私のお気に入りの道路でもあります。
開通したのは1967年9月20日、当初は観光用として有料となっていました。
それが「支笏湖畔有料道路」です。
この道路の開通によりそれまでは支笏湖温泉から、
船で行くしかなかった丸駒温泉や幌美内が道路で結ばれました。
そういうときに丸駒温泉に行ってみたかった。
さぞや本当の秘境気分が満喫できたことであろう。
有料道路の話に戻ります。
建設費は約6億1千万円、1984年の無料開放までの通行車両は約583万9000千台、
収入は12億8500万円余りにも及びます。
建設費の償還が終ったことと産業道路としての利用が高まったことから無料化して一般道路となりました。
料金所は支笏湖畔側に設けられ北海道企業局が管理し、夜間は無料開放していました。
料金の徴収は概ね4月から11月で、12月から3月までは経費の関係でこれも無料でした。
通行料金ですが開通時は小型乗用車(2000cc以下)で150円、1976年からは250円。
画像のチケットは150円になっていますので、
1967年から1975年の間のものとわかります。
このチケットがどういう経緯で私の手に入ったのかは覚えていません。
その頃この区間を通ったという記憶もないのですが、判然としない。
いずれにしろ今となっては貴重な資料であることは間違いありませんね。
この区間は全線支笏湖畔に沿っており、
山と湖を眺めながらドライブができる風光明媚なところ。
私のお気に入りの道路でもあります。
開通したのは1967年9月20日、当初は観光用として有料となっていました。
それが「支笏湖畔有料道路」です。
この道路の開通によりそれまでは支笏湖温泉から、
船で行くしかなかった丸駒温泉や幌美内が道路で結ばれました。
そういうときに丸駒温泉に行ってみたかった。
さぞや本当の秘境気分が満喫できたことであろう。
有料道路の話に戻ります。
建設費は約6億1千万円、1984年の無料開放までの通行車両は約583万9000千台、
収入は12億8500万円余りにも及びます。
建設費の償還が終ったことと産業道路としての利用が高まったことから無料化して一般道路となりました。
料金所は支笏湖畔側に設けられ北海道企業局が管理し、夜間は無料開放していました。
料金の徴収は概ね4月から11月で、12月から3月までは経費の関係でこれも無料でした。
通行料金ですが開通時は小型乗用車(2000cc以下)で150円、1976年からは250円。
画像のチケットは150円になっていますので、
1967年から1975年の間のものとわかります。
このチケットがどういう経緯で私の手に入ったのかは覚えていません。
その頃この区間を通ったという記憶もないのですが、判然としない。
いずれにしろ今となっては貴重な資料であることは間違いありませんね。
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