昭和45年(1970)特撮の神様、円谷英二氏監督の逝去の後、東宝は特撮部門を大幅に縮小します。
特撮関係のスタッフたちは、辞職して自分達で会社を立ち上げたり他の部門に異動したりと、大リストラが敢行され、伝統ある東宝特撮の火は消えるかに思われました。
当時の日本映画界は危機的状況にあり、東宝としては会社が生き残るために、金のかかる特撮部門を会社から切り離す決断をしたのです。
しかしプロデューサーの田中友幸は、こんな大変な時期だからこそ、もう一度ゴジラに賭けようと思い、70年の大阪万国博覧会の三菱未来館で、故・円谷監督の助手をしていた坂野義光に依頼、坂野氏は依頼を引き受け、当時社会問題となっていた公害によって生まれた怪獣とゴジラが戦うという企画を立案しました。
それが『ゴジラ対へドラ』です。
坂野氏は第一作目の『ゴジラ』を相当意識していたようです。一作目が原爆の恐怖をテーマとしていたなら、今回は公害の恐怖だ、ということでしょう。
しかし先述したように社の財政は逼迫しており、相当安い製作費で作らなければなりませんでした。当時スタッフに関わっていた川北紘一氏は、こんな安い製作費でどうやって作れっていうんだ?と、暗澹たる思いだったとか。
そんなこんなで制作された『ゴジラ対へドラ』ですが、シリーズ中屈指の「異色作」となっています。
宇宙から飛来した生物が、公害によって汚染された海のヘドロの中で怪獣化し、「へドラ」となります。
このへドラのデザインを見ていますと、私はある映画を思い出すんです。
なんか、ベタッとしたものが貼りついていて、目がギロッとしていて、ずるずる引きずるような歩き方をするんですね。なにかピンと来ません?
そう!あなた正解です!…って誰だよ(笑)
そうです。映画『リング』の貞子です。
案外貞子の原型はこのへドラなんじゃないの?なんて秘かにほくそ笑んでます。変な奴…(笑)
なんかね、へドラって憎悪と苦しみの塊のような気がするんです。こいつを見ていると、他の日本の怪獣にあるような悲哀がない。あるのは憎悪、そして延々と続く苦しみ。私にはそう感じられるんです。
へドラはいってみれば「怨霊」なんですよ。そういう意味では、貞子との共通点もあるわけですね。
では何の怨霊なのか?どうもそれがはっきりしない。公害によって汚染されてしまった、海や空に、大地に生きる者達すべての怨みの結晶、とでも言ったら良いのか。よくわからんのですが、でも間違いなく、こいつは怨霊です。
その怨霊をゴジラが祓い、鎮め、成仏させる。まあだから言ってみれば、この映画のゴジラは弘法大師か安倍晴明ですね…って、うーん、自分で書いててわけわからなくなってきたぞ、いいのかこれで!?
続けましょう。映画全体の出来としては、一言でいって「素人臭い」ですね。前衛的と言えば聞こえがいいですが、なんだか学生監督が撮ったような素人臭さがあって、アニメーションを入れたみたり、マルチスクリーンを使ったりと、色々小技を駆使してるんですが、正直鬱陶しいです。
頑張っているのはわかるんです。少ない製作費でいかに面白く見せるか、一生懸命に考えたんでしょうね。でも残念ながら、うまくいってないですね。
ただ、70年代という時代の重苦しさというものが、映画全体からにじみ出ており、この時代の空気を感じるには絶好の映画かもしれません。子供の頃に観たら、トラウマになったかも知れない。それほどの重苦しさがあるし、子供にとってはかなり怖い映画だったでしょうね。
ストーリー展開もかなり雑です。主人公格の青年(柴俊夫、当時柴本俊夫)があっさり死んじゃうし、自衛隊は右往左往するばかりでほとんど役に立たないし、ほとんどゴジラが一人で、祓い浄めをやっちゃう。場面と場面の繋ぎが唐突すぎるし、もうちょっと丁寧に繋げよ!と言いたくなります。
大体ゴジラは何故、へドラを「祓い」にやってきたのか?単純に人類の味方だからということではないようです。へドラを祓った後に人間達をギロッと一睨みしてから去ってゆく。「二度目は助けてやらねーぞ」と言っているように見えます。まあ人類のためというより、地球の、日本の環境保全の為やってやったぞ、これからはちゃんとしろよ、という感じでしょうか。
総合的には、映画全体の作りはかなり雑、ただへドラという「怨霊」の存在感だけは半端なく凄い。インパクトという点だけで言えば、ゴジラシリーズ中屈指のインパクトを放っているといえるでしょう。
「怨霊」は祓われました。しかし海には、早くも新たな怨霊が…。公害を無くさない限り、第二第三のへドラが現れるというオチは、近年のホラー映画のエンディングを連想させますね。やっぱりへドラは怪獣と言うより、怨霊ですね。
『ゴジラ対へドラ』
制作 田中友幸
脚本 馬淵薫
坂野義光
音楽 真鍋理一郎
特殊技術 中野昭慶
監督 坂野義光
出演
山内明
川瀬裕之
木村敏恵
麻理圭子
柴本俊夫
吉田義夫
中山剣吾
中島春雄
昭和46年 東宝映画
そうそう、この映画でゴジラは、なんと空を飛んじゃうんです!
放射能火炎を推進力にして、後向きに空を飛んじゃう。
是か非かは、あなた次第。