風の向くまま薫るまま

その日その時、感じたままに。

穢れと芸能民 ~その7~ 浄めと穢れ

2016-10-13 19:30:03 | 歴史・民俗





道路に落ちているごみや動物の死骸を片づけたり、公共トイレの清掃を行われている方々には、とても有難い想いを抱きますね。かつてはこれは、河原者、穢多非人の仕事でした。







奈良や平安の頃は、亡くなった方の遺体を埋葬する習慣がまだ庶民にまでは行き渡っていなかったようで、遺体はその辺の河原や空き地にそのまま捨てられていることが多かったようです。



そのままにしておいたのでは、かなり悲惨な状態になるので、これを片づける者達が必要だった。


それを行っていたのが、「河原者」と呼ばれた人々でした。



江戸の頃には、処刑の下働き、例えば斬首される者の身体を押さえつけるだとか、処刑された遺体の処理、獄門首を実際に晒し、また処理することも、彼ら穢多非人の仕事だったし、牢屋内の清掃や捕物の下働き。また「番太」といって、町の辻に建てられた辻番所にあって、往来を監視することもまた、彼らの役目だったようです。よく中村主水さんが、番所の中でお茶を飲んでましたよね(笑)あの時主水さんの相手をしていたのは、非人だったんですね。さすが主水さん、そんなことはまったく気にしてませんでしたね(笑)



このように、一般的に人の嫌がるような仕事をやらされていたのが、彼ら河原者、穢多非人だったわけです。




「穢れ」とされたものを直接的に取り除く、これもまた彼ら河原者、穢多非人の職掌でした。



彼らは自社に隷属し、寺社内に穢れが侵入しないよう「監視」することも行っていたようです。




寺社内で穢れを発生されるような行為を行った者を取り締まるのも彼らの役目でした。祇園社の「犬神人(いぬじにん、つるめそう)などがこれにあたります。


寺社の祭礼の際の警固や、神輿の先頭に立って、穢れが祭りに影響を及ぼさないよう気遣う。寺社によっては、実際に神輿を担ぐのも、彼ら以外には許されない場合もあったようです。



穢れにたいする防御として、穢れているとされた者たちを使ったわけですね。





「毒を以て毒を制す」というような使い方か、とも思われますが、果たしてそれだけでしょうか。






彼らの仕事を総じて「浄目」といったのだそうです。


「浄める」つまりは浄化する、ということですね。




私は思う、この「浄化」こそが、彼らの最大の職掌だったのではあるまいか、と。







この世の事象はすべて表裏一体です。


陰と陽、男と女、明と暗、善と悪、正と邪、清と濁、聖と俗……。

そして、浄と穢。



これらのものに限らず、およそこの世の神羅万象すべてに裏と表あり。そして表裏は一体のもの。

いずれもどちらか一方だけでは存在し得えない。



穢れているといわれた者達は、実はその穢れを浄化させる力を持っていた。だからこそ、彼らは多くの穢れを見に追ったのだ、とはいえないでしょうか。


蘇民将来は、まるで乞食のように汚れた姿をした旅人に、親切に一夜の宿を提供した。その旅人は実は武塔天神あるいはスサノオ、つまりは神であったそうな。

このように、みすぼらしい薄汚れた姿をした者が、実は尊き神仏であったとする説話はよく聞きますね。神は時に汚れた姿で人を試すのか?

いや、というより、汚きものの中、穢れたものの中にこそ、尊きものがおわす。

ということなのではないだろうか。



穢れを浄化する彼ら河原者、穢多非人は、実は尊き人々、神に近い人々であり、だからこそ、彼らの行う芸能は、強い「祓い」の力を持つとされたのだ。


だから彼らは、「忌むべき者たち」とされたのでしょう。



以前にも書きましたが、「忌む」という言葉の本来の意味は「畏れ憚る」ということです。神聖なるものだから、むやみに触れてはいけない者たちだった。



しかし時代の変遷とともに、その神聖性は薄れていきました。「忌む」という語は、単に「忌み嫌う」という意味に転化していき、やがて彼らは賤民化していきました。




成る程、そういうことか。






続く、かも知れません。
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2 コメント

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Unknown (トキトキ)
2016-10-16 22:07:18
博士。こんにちは。
今、海老蔵主演のテレビドラマで、石川五右衛門始まりましたよね。
これで、茶茶と五右衛門が恋仲に!?というほのめかしがあるのです。
これって、秀吉と茶茶の息子の本当の父親は、石川五右衛門だった!
というトンデモな訳です(笑)。
本当にそうなるかは分かりませんが、
博士のお話とちょっと関連していて、面白い解釈でした。さすが、海老蔵‼︎です。
Unknown (薫風亭奥大道)
2016-10-17 11:23:18
おトキさん、それもテレ東だあ〜(笑)。
秀吉は指が6本あったといいます。遺伝子に異常があって、子供が出来にくい体質だった可能性もあります。ですから茶々の子が秀吉との間に出来た子ではない可能性は捨てきれないんですよね。
ドラマは面白く作れたらそれでい、『真田丸』が見事に証明してます。面白い時代劇になればいですね。

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