「観光じゃなくて、音楽のためだったらいいよ〜。」これが妻の返事だった。
「ジャマイカでラスタの太鼓を教えてくれる人がいるんだって。日本人でも問題なくて、しかもHPで申し込めるんだって。行ってみたいなぁ…。それから、エチオピアにはハイレセラシエがラスタに与えた集落があって、そこにゲストハウスもあるんだって〜。いや〜、行ってみたいもんだよね〜。」などと半ばあきらめ気分で独り言のようにつぶやいたはずだった。ああ、それなのにこの返事。しかもそのあとに「来年になったら彩(娘の名前:しかし仮名)もパパといろいろ遊びに行きたいって言うだろうから、行くんなら今年しかないと思うよ。行きたいほうに行けばいいしょや。私達お留守番してるからさ。しっかりと音楽を学んでおいで。」とまで言われた。なんと素敵な家族なんだ、我が家ときたら。
その昔近くまで行きながらももろもろの事情で入国できなかったエチオピア。憧れはかなり強かったのだが、さんざん悩んだ挙句にジャマイカでラスタに太鼓に「ふっふっふっ」という自分の姿を想像し、それを実現させることにした。実際はシャシャマネで本物に太鼓を教えてもらえる確証がなかったからなのだが。
こうして3度目のジャマイカ旅行、しかも久しぶりの一人旅が決定したのだ。
ジャマイカ…1度目の訪問は7年前。初めてアジアを飛び出し、成田からシカゴ→マイアミを経由しての約3週間の滞在。初めて見るアメリカの大きさにびっくりし、憧れのジャマイカに心を振るわせた旅だったが…負け旅だった。敗因はアジア旅行が体に染み付いていたせいか、「いかに金を使わずに旅をするか」という考えから離れられずにいたことと、「ボブ・マーリーの生まれた国」「レゲエ発祥の地」としての夢と妄想を抱きすぎていたせいだと思う。分不相応な場所に身を置くと、やはり浮いて見えるのだろう。そんな浮いている人間を悪い奴らは見逃さない。友達ぶっていた奴らが豹変、ナイフをちらつかせた7名に囲まれ「ちょっと金をわけてくれよ〜」とやられた。でも意外とあまりびっくりしなかった。むしろ安心した。噂よりもソフトだったからだ。ネパールを旅行中に知り合った日本人に「ジャマイカはやばいよ。金出せっていう前に『キル・ユー!』ってくるからね。ようするにいちいち脅して金を奪うよりも殺してからのほうが確実に奪えるってことさ。」と聞いていたからだ。それからこういうときのための対処方法を、いろいろな国を旅する中で身につけていたことも大きいと思う。結局やつらに小金を与える代わりにタクシー代わりにバイクで目的地まで連れて行ってもらったりして無事きりぬけた。
そういう事件があったもののジャマイカを嫌いになることができなかった。絶対また来てやる!と思った。それはボブ・マーリーの眠るナイン・マイルズという村で出会った人たちが魅力的だったことと、そこで自分の魂を抜き取られた気がしたためだ。「今の自分ではジャマイカに負けてしまう。でも、もうすこし強くなって自分というものを持ったら絶対またここに来よう。そして失った魂をもう一度取り戻そう。」と決意した。そんな1回目の訪問だった。
そしてその3年後・・・ 次回につづく。
ONE LOVE
次回予告
◆ ビンギマンと呼ばれた男 まえがき(2)
2回目の訪JA、そして今回の旅についてです。乞うご期待。










