裸のヤコブ

・・・ ・・・・

【ビ】最終章 生身の身体を抱えて〜感謝〜(2) 最終回

2006年02月27日 | '05 ジャマイカ旅日記



 こんな偶然をいろいろ体験し、こんな考えにたどり着いた。今回のレコードや本の件のように「必要なときに必要なものに出会える偶然」というものが、今までの自分の生活を支えてくれているのではないだろうか、と。偶然というよりもむしろ、あちらからよばれていると言ったほうが良いかもしれない。今回の旅だってそうだ。レゲエを歌う上で必要なこととして「リズム」という答えを見つけ、そのリズムのためにジャマイカへ渡り、太鼓を習う。一見、お金と暇さえあれば誰にでもできたことかもしれない。しかし、

○インターネットで見つけたペムコ・アパートメント。
○その管理人であるみよこさんとの出会い。
○みよこ
さんの紹介で出会ったティーバ。
○ティーバのおかげでわかったラスタマンとの共通点。
ティーバと出演した独立記念日のライブ。
○俺をビンギマンと読んだジャマイカンたち。
○あ
の頃FMで頻繁にかかっていたジプシャン。

 
 これらすべては、ジャマイカに行ったから、あの時期に行ったから、太鼓を習いに行ったから出会えた偶然だ。特に時期がずれているとライブに出演もできなかっただろうし、そうするとジャマイカンは俺のことをビンギマンと呼んではくれなかっただろう。するともっといやな思いもしたかもしれない。もう少し遅かったらジプシャンの曲はあそこまで何度もかかってはいなかっただろう。

 実は今回の旅の計画を立てているとき、旅先の第1候補はジャマイカではなく、エチオピアだった。エチオピアのラスタマンの集落(シャシャマネ)にステイし、太鼓を習ってくるつもりだったのだ。でも、結局行ったのはジャマイカ。エチオピアには呼ばれていなかったのだ。ジャマイカに呼ばれたのだ。そう思っている。これから先もきっと「必要なときに必要なもの」に出会えるだろう。もし出会えない場合は、まだ時期が早いのか、必要と思う気持ちが足りないかのどちらかだ。そんな感覚もシリアスタイムを聞くたびに思い出すだろう。だから、この曲は旅の思い出としてだけではなく、自分の信じた道を進むための鍵になりうると思っている。

 これから先もふと、あの壊れかけたラジカセから流れていた太鼓の音が耳をよぎるのかな。きっとそうだろう。そのたびにあの熱いリズムと美しい偶然と、そしてたくさんの人への感謝の気持ちを思い出だろう。この旅にかかわったすべてのものへ・・・感謝です。






 長期にわたりつたない文章を読んでいただきありがとうございます。素人が書いた文章はたいへん読みづらく、意味がわかるまでに何度も読み返してくれた人もいるかもしれません。ありがとうございます。
 「考えが甘いな」と思われた人も、ジャマイカの本当の姿ってのは違うんじゃないかと思われた人もいることでしょう。それでも、これが私にとってのリアルなジャマイカ旅行だったのです。そしてつたない文章の中にも伝えたかったメッセージを込めたつもりです。ほんのちょっとでもそのメッセージを感じていただけたのなら光栄です。

 これからも、この旅で得たことを糧に自分としてできることを探しながら活動していきたいと思います。このブログの今後はアフリカ旅日記「夫婦そろってスワヒリ・タイム」や音楽や本の話などを公開できたらと思っています。

「ビンギマンと呼ばれた男」を読まれた感想などをいただけると嬉しいです。

では。



kaneshilohさん
resouce martのお二人
nestaさん
DR.ZEEさん
Vino Nevello Sallentさん
アサさん
 
orange sunriseさん
DSKさん
Niwa☆Neilyoungさん
マイケルさん
seimei19さん
mayuさん
manaさん
pauolehauoliさん
サィコぷーさん
てつや(ぼん)さん
shinyaさん
たびっとさん
michael-usaさん

(順不同)

長きに渡ってコメントをいただきありがとうございました。皆様の励ましにより「ビンギマンと呼ばれた男」を無事終了することができました。今後もIyahkieと裸のヤコブを御ひいきにしていただけると幸せです。


ONE LOVE

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【ビ】最終章 生身の身体を抱えて〜感謝〜(1)

2006年02月24日 | '05 ジャマイカ旅日記

愛読書「迷走王 ボーダー」


 帰国後しばらくの間、人と会うのがちょっと苦痛だった。会う人会う人、「無事帰って来れたね。どうだった、ジャマイカ?」と好意的に話をしてくれるのだが、残念ながらこちらの体はまだ日本モードに入っておらず、会話をしていてもとても遠くからもう一人の自分が会話をしているような、心がこもっていないような(心をこめて話をしているのだが…)、そんな状態だったから申し訳なかったのだ。それともうひとつ。この体の中にあるリズム、これがレゲエ・ミュージックにとってとてつもなく重要だと考えていたから、人と会話を交わせば交わすほど日本のリズムを注入され、ジャマイカのリズムが失われてしまうのではないかと思っていたからだ。いや、思っていたというよりも過去の経験から、いくら長い旅をして得たものでも日本の生活になじむほどそれらが消え去っていくのが生身の体だと知っていたからだ。(同じようなことを、漫画「迷走王 ボーダー」の主人公である蜂須賀センパイが言っていたのは偶然である。向こうのほうが先だけどさ。)

 太鼓を学んできたはずが、それ以外でも大きな収穫があった。歌である。帰国後の歌声はなぜかリズムが良くなっており、これはうれしい誤算であった。ああそれなのに、あの強烈な日々でせっかく得たリズムも、日本という平和で穏やかな国の生活の中で日に日に薄れていくのである。さびしいかぎりだ。そんな時、あることを発見した。それは、あの日々の中で聞いていた音楽を聴くことで、薄まる意識がある一定のところでとどまってくれるのだ。特にその効果が大きかったのは今までの章にも何度も出てくる「ジプシャンのシリアスタイム」という曲だ。この曲、ジャマイカでレコードを探したが、結局見つからなかったことは前述したとおりである。それがつい先日、別のCDを買おうと近くのレコード屋さんに行き、それを残念ながら見つけられずにいた時、ふと顔を上げると、目の前に「シリアスタイム」の7インチレコードがあるではないですか! そのときの喜びぶりはすごかったはず。はたから見てたらきっとキ○ガイのようだったと思う。それを購入しようとレジに向かう途中、今度はふと手にとったDVDの中にこの曲のプロモーションビデオが入っているのを見つけ、またまた狂喜乱舞。ジャマイカで見つけることができなかったものが、この日本で手に入れることができたのだ。ちょっと話がそれたが、この曲を聞くとあのジャマイカの日々を思い出し、薄まっていく意識を思いとどまらせることができる。すごいことだ。音楽の力というのを再認識させられたできごとであった。





 またまた話がそれるが、こんなこともあった。ぶらっと立ち寄った本屋さんで「レゲエ入門」という本を偶然見つけ、購入し読んでみると、レゲエというものを太鼓のリズムの面からどう発展して今の形になったのかという内容が書かれていたのだ。まさに今だから余計にその内容がわかるというものだ。

 こんな日本での経験を経て「やっぱりそうだよな」と、こんなことを考えてしまっていた。


ONE LOVE





次回予告 ◆「ビンギマン呼ばれた男」最終章 生身の身体を抱えて〜感謝〜(2)をお届け予定です。ついに最終回。長々と続いたジャマイカ旅日記も次でおしまいになります。書いているこっちが何だか寂しくなっているのはなぜなのでしょう。とりあえず、次回最終回です。
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【ビ】第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(3)

2006年02月23日 | '05 ジャマイカ旅日記

http://hawaii.s21.xrea.com/cassiopeia/ca_29.htmより
問題があればご連絡ください



 夕食の時間にはちょっと遅いかな…くらいの時間に空港到着。再び家族に電話。「ああ、本当に後1時間もしないうちに旅が終わるんだ。」と。しか〜し、そうはいかなかった。空港から街へ向かう快速バス、ANAの飛行機の到着時刻にあわせ運行されており、私が乗ったJALは無視。時刻表を見ると後1時間半くらい待たなければならない。バス会社は2つあるんだからどっちかがANAなら、もう一方はJALに合わせればいいべやな!と自分勝手に思っていた。(どうでしょうか、バス会社のみなさま。いいアイデアだと思うのですが。)

  結局JRを使って戻ってきた。空港にはほとんど人がいなかったので感じることがなかったあの感覚が、駅についたとたんぶり返してきた。そう、自分と他の人との間にある見えない壁だ。「あれ? これって東京(都会)だったからだと思っていたのに・・・」。そう。どうやら都会限定ではなく、日本の社会や日本の皆様との間にできた壁のようだ。道行く人達がすべてにおいて速すぎる。聞こえてくる話し声、スピーカーから流れてくるアナウンス、歩く速さ、身振り手振り、とにかくすべてが速い。ついていけないほど速い。今まで感じたことのないスピード感ですべてが過ぎ去っていく。ふと、あのビンギセンターでのすごし方を思い出した。ティーバが絵を描いている後ろで鳥の声を聞きながらぼんやり外を眺めていた時間を思い出した。あの時間を心地よいと感じてしまったのだ。どうやら自分のほうのリズムが遅くなったらしい。 日本のリズム感を失いながらも地下鉄を降り、あとは家まで数分間歩くだけだ。しかし旅が終わったという安堵感やもっと続けたかったという感じをもつことができなかった。それほどリズムの違いが強烈だったのだ。


  「ただいま〜」。

 残念ながら娘は寝てしまっていた。妻の「おかえり〜。無事帰ってきたね!」の言葉と娘の寝顔で、やっと安堵感が生まれ、旅の終焉を感じ取ったのであった。


ONE LOVE


次回予告
 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」最終章 生身の身体を抱えて〜感謝〜(1)をお届け予定です。帰国後のこと、感じたことなどを書いています。お楽しみに。
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【ビ】第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(2)

2006年02月22日 | '05 ジャマイカ旅日記
 帰国の手続きは簡単に終了。やっぱり問題は税関だ。アメリカであれだけしつこくやられたというのに、日本の税関も「ジャマイカに旅行してきた」というだけでかなりのしつこさだ。今回は若い女性の係官。不慣れな対応から係官歴が短いと見た! 鞄の中身や太鼓の入った布を開けながら色々と質問して来るのだが、それをさえぎって「いや〜、またですか。ジャマイカっちゅっても、いったんアメリカに入ってから帰ってきてるのわかりますよね。アメリカで飛行機に乗ろうとするとすっごく厳しく検査されるのも知ってますよね。だったらどうしてここでもすべて開けてまで調べようとするんですか? どうやってあの厳しい検査をすり抜けて、いつヤバイ物を持って来られるんですか? そんなこと可能だと思います?」と申し上げた。するとその若い女性係官の手がぴたっと止まった。「これはいける!」とふんだ私は「こんな見た目で怪しいかもしれないけど、本当にやばい物を持ってこようとする人はこんな格好で帰ってこないですよ。もっと『まじめなビジネスマン』みたいな格好で帰ってきますって!」とだめ押し。するとその係官は「そうですよねぇ」などといいながら鞄の上のほうを見ただけで「わかりました。ご協力ありがとうございました。」と開放してくれた。ラッキー。言ってみるもんだな。

 意外と短い時間で開放され、次のチェックインを済ませてから家族に「成田到着」の電話をかけ終わると、またしても長い時間を無理やりつぶさなければならなくなってしまった。「今度こそお店屋さんでうだうだしよう」などと思っていたのだが、そうはいかなかった。別に何か障害があったとか、不意のトラブルがあったとか、そういうことじゃない。空港内を歩いていたのだが、どうもだめなのである。周りの人達や店の中、いや、自分とそれ以外のものとの間にすごく密度の濃い気体があるような、自分だけ水槽の中にいるような、双眼鏡を逆からのぞいたように自分がすごく遠くにいるような、自分だけが取り残されているような、そんな感じで自分の居場所を確保することができないのである。「さっすが新東京国際空港。都会は違うなぁ。田舎者にはついていけないよ〜。」などと呑気に考えていた。「疲れたんだなぁ」などとおとぼけちゃんになっていた。まぁそんな状態なら空港内を徘徊する必要もないので、搭乗ゲートあたりでボケーっとすることにしたのだが、ここもかなりの混雑。はぁ…ため息しか出ない。すると見慣れた顔を発見する。Yさんだ。カナダに行って帰ってくるのが同じ日かもしれないと話には聞いていたが、ここでばったり。世間は狭いなぁ。(前にインド旅行した帰り、韓国でトランジットしたときに同じ職場の人にばったり出くわしたことがあった。せまいなぁ。) Yさんとは別の飛行機ということで彼女は先に空の上に。残された私はぼけ〜〜〜〜〜っと、魂のない人のようになっていた。その状態は帰りの機内でも同様で、何度か客室乗務員さんに「何かお持ちいたしましょうか」と声をかけられるほど。この辺もアメリカの航空会社とは大違いだな。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(3)をお届け予定です。空港→帰宅です。
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【ビ】第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(1)

2006年02月21日 | '05 ジャマイカ旅日記
 なんだかんだあったが、しばらくして機内の人となり、十何時間かボケ〜っとしてたらいつのまにか日本に到着ってなことになります。最後の最後でもやっぱりアメリカ人女性アテンダントの作り笑いにはなじめず、両隣の人のひじがこっち側のひじ掛けにきていたりすると「ちぇっ」って思ってしまうんだな、これが。ジャマイカ帰りだと言うのに相変わらず人間の器が小さい自分がいる。

 右隣のアジア系アメリカ人女性は機内食をサラダ→牛肉の主食→フルーツ→ケーキの順で食べていました。一緒に飲んでいるのは水。左隣の太ったアメリカ人男性は牛肉の主食→ケーキ→フルーツ→サラダは残して…の順でコーラと一緒に食べていました。どうでもいいことだけど何だか気になっちゃう…。やっぱり健康的なのが一番美しいな、と。

 さて、長いフライト。時間を睡眠にあてると感覚的に早く到着するのだが、またしても時差ぼけの餌食になってしまうし、まだまだ日本に帰りたくない心境。まだ旅を続けていたい。これから十何時間を寝ない覚悟で映画漬け。まずは手始めに「ビューティーショップ」「カンフーハッスル」を見ることにした。実はこの2本、行きの機内でも見るつもりだったのだが「カンフーハッスル」は半分くらい、「ビューティーショップ」は全部、寝てしまっていた…。幼稚園児の遠足前夜状態による睡眠不足が原因。

 早速見てみると台詞は全部英語だが、けっこう内容がわかったのは娯楽映画としての完成度が高かったからだろうか、もしくは短期海外生活の賜物か? リスニングは慣れが大きいと旅をするたびに毎回実感する。



 偏西風の影響で行きよりも余計に時間がかかったが、無事この旅も終わりに近づいてきている。着陸体勢に入った機内はたくさんの人のまだ抜けきれていない睡魔と、やっと着いたという安堵感に支配され、このときばかりは時間がゆるやかに流れている。そんな機内を知っているかのように機長は静かに機体を着陸させてくれた。成田到着である。「飛行機が完全に止まるまで、お席に着いて…」というアナウンスがかき消されるかのように、さっきまでゆるやかだった時間が急速に速度を速めていく。乗客は降りる準備に大忙しだ。「ああ・・・帰ってきちゃったな…」。いつも思うのだが、残念ながら旅は永遠に続かないもの。もし続いたとしたら、それは旅とはよばず「生活」となってしまうのだから。


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 ◆ 「ビンギマンと呼ばれた男」第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(2)をお届け予定。無事帰国しましたが…
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【ビ】第16章 小さな人種差別体験(3)

2006年02月20日 | '05 ジャマイカ旅日記

http://www.jsdi.or.jp/~y_ide/ph_010911.htmより
問題があれば連絡ください


 海外を旅していると、日本では味わうことのできないいやな思いをすることもあるものだ。その原因が(いやな思いをさせる人が)一般市民であればまだいい。そういう人に会わないような行動をすればいいから。でも、警察とか空港の職員だとか、権力を持った人がそうだと、けっこう逃げ場がない。今回もその悪いほうのパターンだ。

 きっと「イメージ通りの日本人」みたいな人しか見たことがなかったのだろう。私のように調子こいている日本人は初めてだったのだろう。そして、アジア人のくせに調子こいているのが気に入らなかったのだろう。彼の場合は私を年下だと思っていた感もある。だが、国際空港が存在するような都市で、しかも世界のリーダーという立場を主張している国の国際空港で、国籍による、あるいは見てくれによる差別というのはいかがなものだろうか。それは行きの空港での件も同様だ。「国際都市」という看板を掲げるのであれば、空港をきれいにするとか、案内板をいろいろな国の言葉で書くとか、その国特有の土産物屋さんがあるとか、そんな外見的なことではなくて、どんな人にもハートフルに振舞うことができる人間がたくさんいることのほうが重要ではないだろうか。少なくとも、空港の職員というのは、その職についている以上、自分の好みなどを封印し、どの国の人にも、どんな見てくれの人にも同様に心地よい旅をしてもらおうとする気持ちが必要ではないだろうか。

 確かに911のテロ事件などもあり、国際情勢はハートフルに物事を進められない局面にあるのかもしれない。「油断をするとやられる」と考えたほうが安全なのかもしれない。しかし、だ。あの対応はあまりにもひどいのではないだろうか。私が言いたいのは「ハートフルな対応をすること=手を抜いた安全対策」ではないということ。調べるところはしっかり調べる。そのときどんな態度でどんな言葉をかけるのがよいか、ということだ。ジャマイカを出国するときにこんなことがあった。それは新しくできた出国検査でのできごとだ。


私 「(長い列を並び終えて)出国検査なんてできたんですね。」
係官「(パスポートをめくって過去の訪JAを確認し)そうなんですよ。やはり危険なことがありますからね。」
私 「おかげでチェックインとここと、2回並ばなくちゃならないですよ。(うんざり顔)」
係官「そうですよね。私たちも申し訳ないと思っています。でもこうすることであなたの安全を確保していると考えてもらえたら理解してもらえるはずだと思っています。皆さんの安全を考えると、こういったチェックは何回あったら安全というものではないですから。申し訳ありません。」



 こういうこと。これでジャマイカがよい国でアメリカが良くない国ということではない。個人の問題。せっかくアメリカには誰かがくしゃみをしたら、近くにいる見ず知らずの人が「Bless you.(筆者意訳/お大事に)」って声をかけてくれる風習があるじゃないですか。そんな見ず知らずの人を気にかけてあげる気持ちを、どこの国の人にも持って欲しいと願ってやまないのです。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第17章 無事帰国へ〜何だか違和感(1)をお届け予定です。そろそろ旅の終焉が近づいてきています・・・
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【ビ】第16章 小さな人種差別体験(2)

2006年02月17日 | '05 ジャマイカ旅日記
 ちょっと離れたところに通され椅子に座るよう指示をされる。これも何回もやっているのでいつもどおり。まずは足元からチェックを受けるので心の準備をしていた。私を担当したのは若いドイツ系と思われる男性係官。彼は早口で、しかも小声でなにやら言っていた。当たり前だが、聞こえなかったので「パードゥン?」と聞き返したらいきなり私の左足を蹴り上げるように自分の足で強く持ち上げ「足を上げろって言ったんだよ!」と。で、めんどくさそうにチェックをしている。左足が終わると、今度は右足を殴ってきた。頭に来る!でもここで反抗的な態度をとってしまったら、ありもしない罪状をくっつけられて、今まさに帰ろうとしているのに強制送還扱いで二度とアメリカに入国できなくなっても困るので我慢することにした。心の中では「畜生」でいっぱいだった。足が終わったら、今度は服を摘み上げ腕を上げさせる男。腕と上半身のチェックだ。胸ポケットにジャマイカで買ったタバコが入ったままだ。「これを見つけたらまたいちゃもんをつけるんだろうな」と思った瞬間、その男の手が胸ポケットに伸びてきた。このタバコ、ジャマイカの最終日にJAドルを使い切るために買ったもので、普通の箱と違って小さな10本入りだった。みつけるやいなや

「おい! 見てみろよ! こいつこんなタバコ持ってるぜ! 10本入りだってよ〜。○×△◎〆∈仝∀∂・・・・」

あとは何を言っているかわからない。でもあきらかに馬鹿にした態度であることは間違いない。周りの係官がその男を相手にしていなかったのが唯一の救いだった。誰からも相手にされていないのに何度も何度も「おい! 見てみろよ〜」とやっている。哀れだ。ひとしきり大声を出した後に、男が今度は手持ち式金属探知機で全身をなめまわし始めた。案の定ある一部分でしか反応をしない。指輪を首からぶら下げている位置だ。ここでもまためんどくさそうに何か入っているなら出せ!と態度で示す男。皮ひもを引っ張りあげ指輪を出す俺。そしてしげしげと見る男。指輪の内側には結婚した日付と「from○○」と妻のイニシャルが入っている。それを見つけた男の目つきが変わった。そして態度も変わった。「結婚しているのですか?」と聞いてきたので、「そうだ! そこに日付が書いているべや!」と今度は無言で指差してやった。すると何か自分が失敗でもしてしまって、それを隠すかのように「(早く行けよ〜といった感じで)もう行ってけっこうですと」俺から離れたい一心のようだった。「え?もう良いんですか?」ととぼけながらポケットから出したものをわざとゆっくりしまったり、ベルトをつけるのに一回ズボンのチャックをはずしていつも入れることのないシャツを入れたりしながら「こうやっていて何か見つけたことはありますか?」などとこちらから質問してやったりして、わざとそこに長時間いてやった。本心を言うと、ここでなんだかトラブルがあったかのごとく振舞っていたら上司とかが出てくるだろうから、そこで「この国では旅行者に対してこういう扱いをするんですか?」と聞いてやるつもりだったのだ。残念ながらトラブルになるほどの時間稼ぎができず、その計画は失敗に終わったのだが。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第16章 小さな人種差別体験(3)をお届け予定です。こんなことを考えました。
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【ビ】第16章 小さな人種差別体験(1)

2006年02月16日 | '05 ジャマイカ旅日記



 おかしな3人組はデトロイト空港に到着。今までの睡眠不足がたたってちょびっと酔った。気持ち悪い。デトロイトは初めての空港。さすが自動車都市だけあって空港内にGMのミニカー専門店がある。すごい。空港自体もまあまあ大きくて、各ゲートへの移動はモノレールを使うらしい(自分は歩いたのだが)。空港にモノレールがあるのは大して珍しくない(関西空港もそうだし、シカゴもそうだった)が、そのモノレールが建物の中を走っているっちゅうのはなかなか見ることができないのでびっくりしてしまった。おのぼりさん状態で上を見上げながら「お〜!来た来た!」って興奮する頭爆発男(私だ!)と冷静なパフィーもどき。この空港からはこのパフィーもどきともお別れ。んでもってせっかく来たこともない空港だったので自由に動き回りたくて「ここでお別れをしよう」と切り出す。パフィーもどきからは「名残惜しいからもうちょっと一緒にいて欲しい」とお願いされ、この2名の機内預かりのスーツケースを受け取りに行くまで一緒に行くことにした。これが今回の体験の元凶になってしまう…。

 自分のことじゃないからか、どこにあるかなんか気にしていなかったため勘を頼りに探し回り、バッケイジクレイムをやっとのことで発見。ターンテーブルみたいなところまで行って「バイバイ」。お役ごめんである。この時ちょっと気になっていることがあった。それは、「ここに来ちゃったらまたチェックインしなくちゃだめなのかも。いや、チェックインは良いとしてもゲートをくぐる時のボディーチェックなんかはもう一回やらなくちゃだめだろうな…」というもの。その憂いはまもなく現実のものとなる。ターンテーブルみたいなところからの唯一の出口となるエスカレーターを上ると、そこはまんまとチェックインカウンター。チェックインは免除されたが、やはりボディーチェックはしなくてはだめということで、もうひとつエスカレーターを上ると、そこにはもう見慣れてしまった長蛇の列が待ち受ける。やっとのことで自分の番。鞄を置き、身に付けている金属製品をすべてはずし、探知
機を通過。「ピンポーン」。やっぱりね。だって金属製品をすべてはずしたといっても、結婚指輪ははずれないからね。はずれないといっても指からではない。今回の旅は太鼓を叩くことが目的だったため、薬指から指輪をはずし、かわりに皮ひもで作ったネックレス状のものにくくりつけて首から下げていたのだ。「まぁ、ピンポーンとなったからといって別室はないだろう。手持ち式の金属探知機で全身なめまわされ、機械が反応した原因をつきとめることができればそれで開放されること間違いなしである。いつものこと。向こうに行って検査を受けなさいと無言で指をさす係官。「はいはい」と。このとき、あの小さな人種差別を受けるとは夢にも思っていなかった。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」第16章 小さな人種差別体験(2)をお届け予定。金属探知機に引っかかったIyahkieの運命やいかに?
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【ビ】第15章 バイバイ・ジャマイカ(4)

2006年02月15日 | '05 ジャマイカ旅日記




 予想通りの展開で一番最後に税関を通り抜け、うだうだと空港内の店で身内の土産物チェックなどをしていた。さすがメンフィス。プレスリーとサンスタジオGOODSで満載だ。「でも、ソウルの生まれた街でもあるのに、キング牧師が暗殺された街でもあるのに…」などと考えながら義理の父母のためにサンスタジオのTシャツとキャップのお土産を購入し一路空港ロビーへと向かう。

 途中、ガラス越しのカフェからドンドンとガラスを叩き、こっちに向かってなにやら叫んでいる変な人達がいる。あの入国検査で変な日本語で話し掛けてきた日本人女性2人組だ。店を飛び出し「何でこんなに遅いんですか!」といきなり言われた(彼女らは税関でこんなに時間がかかったのだと思っていたらしい)。お土産の購入の話をして納得。 この2人組、名古屋からジャマイカに3日間の滞在でやってきたレゲエ好きの保育士、T子さんとY子さん。ともに25歳。なんか知らないけど、俺の会話のリズムが独特で、「何とかなりますよ〜」って台詞が気に入ったらしい。色々と話をしてみると、この2人、かなりはんかくさい。平気で馬鹿なことができる素敵な女性。面白い。この街(メンフィス)での宿泊先と明日のデトロイト行きの飛行機が同じであることが判明。しばらく行動を共にすることになった。 ホテルにチェックイン後、どこかのレストランに繰り出そうとしたのだが、この日は日曜日でどのくらいの数の店が営業しているのかわからず、空港近くにホテルがあるため繁華街(ビールストリート:ブルースバーなどが建ち並ぶ観光地)まで出かけるのにタクシーで片道25$もかかり、しかも時間が七時近くになっていたため観光&レストランを断念。いったん空港に戻って食事をすることにした。空港に戻ってびっくり! 国際空港、しかもノースウエスト航空のキー空港なのにハンバーガーショップみたいなものしかない!だいの大人が夕食にハンバーガー…。ジャマイカで2週間スローフードを多く食してきたのに、一気にファーストフード。さすがアメリカ!さすが合理主義国。しかも閉店が8時。まぁ四0分くらいあれば余裕で食べ終わるけどね。なんてったってハンバーガーだし。行きのメンフィスの夕食に比べればこれでも何十倍もゴージャスだよな、と気を取り直し「No.3のセットをプリーズ」などと言っている自分がいる。

 贅沢な夕食の後、ホテルに戻って3人でジャマイカ話に花が咲いた。特にデジカメを見ながらの体験談。デジカメってこういうところが良いよね、すぐ見られるから。彼女たちはデジカメとフイルム合わせて300枚以上写真をとったらしい。3日しかジャマイカにいないのに…。一番盛り上がったのは彼女たちが宿泊していたハーフムーンホテルのこと。というか、そこで挙式をあげた話。「い〜な〜」ってうらやましいというような反応しかないのだが、長々とそんな話をしていた。話をしている最中、よく言われたのが「テンポがゆっくりしている」ということ。「なんか、独特ですね」と。何回も言われるから「それはあなた達が名古屋の速いリズムでいるからでしょう。まぁ、俺のほうにちょっとジャマイカ時間が入ってきているかもしれないけど、地元ではこれが普通。」と答えていた。この時は自覚がなかった。私のほうが普通じゃなくなっていることに気づくのはもう少し先の話なのである。

 


 翌日早い時間の飛行機のためそそくさと各部屋に戻って就寝。朝起きてロビーに行くと彼女たちがおそろいのTシャツで迎えてくれた。笑える。「君たち、パフィーみたいだなぁ」というと「古い!」と返されてしまった。25歳でも「パフィー」は古いのか…。くだらない話をしながら空港に向かう。機内では別々の場所に座った。ここで2人と別行動を開始していれば、デトロイトでいやな思いをしなくてすんだのに…。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第16章 小さな人種差別体験(1)をお届け予定。だから・・・

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【ビ】第15章 バイバイ・ジャマイカ(3)

2006年02月14日 | '05 ジャマイカ旅日記

 


 あおるように搭乗させられ、窓の外の景色にお別れを言う暇もなく(窓側じゃない上に、となりが太ったおじさんでかなり窮屈だった。)離陸。仕方がなないので眠ることに。充実していたとはいえ、疲れていたのだろうか。結局機内サービスを一切受けることなくメンフィス空港に到着。
 機内ではアメリカに入国するための「入国カード」なるものを配られたはずだが、機内食同様自分のところには置いてくれた気配もなく、そのカードの姿が見えない。このカード、記入しなくちゃ入国させてもらえないのだが、機内で書いていないからといって入国拒否させられたなんて話は聞いたことがないので、帰国の便のチケットとパスポートだけ持って入国検査の列に…列に……列がない! ほとんどが米人だったということだな。1・2・3で入国検査官のところに行き、「入国カードをもらっていない」と先制攻撃。さすがノース・ウエスト航空の中心都市メンフィス。「あそこに日本人用のものがあるから書いておいで」とにこやかだけど完璧なディフェンスをされる。教えられたところに行くと、なんだか不審な動きをしている若い日本人女性を発見。あきらかに不審。でもこういうときにあまり不用意に声をかけると「ナンパ」と勘違いされるのもいやなので気にはしつつも自分のカードを見つけたらそそくさとカウンターに行くつもりだった。するとその女性から「・・・・日本人・・・・の方・・・・です・・・・か?」とこれまた間のあいた変な日本語で声をかけてきた。話を聞くと、入国カードを機内に忘れてきてしまったので「どうしよう…どうしよう…」ってなっていたらしい。しかも私のこの姿かたちから日本人だと断定できなかったために変な日本語で声をかけてしまったようだ。「何とかなりますよ。女性には特にやさしいから。」と答えると、「え〜、でも〜」「何とかなりますって。何も書かずに出してみてください。きっと質問しながらむこうでかってに書いてくれますよ。」と。あまりにも当たり前のように答えたせいだろうか、変な説得力があったらしく納得してカウンターに向かっていった。するとそこにはもう一人の日本人女性がいた。「なんだ、友達と一緒だったのなら、なお心配しなくても良いのに・…」とほっとしながら自分は別のカウンターへと向かう。心の中では「俺はね、入国検査は簡単にパスするの。だけど税関で絶対全部開けられて、色々質問されて、で、パッキングを一からやり直ししなくちゃならないの! 君たちは税関なんてスルーだよ、きっと」と思っていた。

 思っていたとおり入国検査は即パス。税関は・・・「英語は話せますか?」から始まった。「一人旅。ジャマイカ。長髪くるくるパーマ。この顔。」疑いをかけられる要素がほとんど一式そろっていたのだろう。それはわかる。 でも3人がかり。第一声が「ジャマイカですね? 大麻を持っていませんか? 大麻をやってきたでしょう? 」だ。NOとだけ答えていると今度は「この旅行期間なのに、どうしてこれだけしか荷物がないのですか?」と訳のわからないことで怪しまれた。その間じゅう鞄やら中の巾着やら何からなにまで全部あけている。「それはパッキングが上手だからだよ!でもつめるの大変なんだから!出したの全部あなたが入れてちょうだいよ!」と言いたかったが、余計なことを言って別室に連れて行かれてもめんどうなので日本人の得意な愛想笑いだけしていた。あ、「出したものはきちんと入れてください!」は言ってやった。「日本で仕事は何やっているのか」と聞かれ「…もしあなたの…ならば…かもしれませんよ!」と言ってやった。彼らはびっくりしていたが、その話以外に驚かれるものは何も出てくるはずもなく、税関通過。3人のうち女性の方だけが荷物をちょびっとだけ入れなおしてくれていた。「へぇ、めずらしい!」。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」第15章 バイバイ・ジャマイカ(4)をお届け予定。もうすでにアメリカに場所は移っているのですが…

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【ビ】第15章 バイバイ・ジャマイカ(2)

2006年02月13日 | '05 ジャマイカ旅日記


 今回来てみて、ジャマイカの空港の警備体制がずいぶん厳しくなったことに気づいた。だって、出国検査があるんだよ。過去2回なかったのに…おかげでチェックインを終えてからもまた長蛇の列に並ばなくてはならなくなってしまった。今までなら2時間前にチェックインすればけっこうな時間お店屋さんチェックができたはずなのに、今回は検査を終えたらボーディングタイムぎりぎり。ここでもまただ。すべてあの911からだ。ライターも鼻毛きりも911からだ。安全のためにしかたがないのだが、けっこう残念。(鼻毛きりの件については、ビンギマンと呼ばれた男終了後に公開を予定している「アフリカ旅日記」の中で紹介予定。乞うご期待。)

 中に入っても買いたかったビデオがあるかどうか確認しただけで、新しくできた土産物屋さんにも入ることもできず、水すらも買えなかった。ジャマイカのお金がだらせんしか残っていなかったのが幸い。これで最両替が必要なら時間が足りなかったところだ。最後のお別れをコーヒーなんぞすすりながらしんみりやろうと思っていたのに。このあわただしさったらないぞ。※まだ飛行機が飛ぶだけ良いけどさ!→下記参照


※・・・飛ぶだけ良い
 前回ジャマイカに来た時のこと。余裕を持って空港にたどり着き、チェックイン後お土産なんかを購入。「さてそろそろ搭乗時間も後半だな。まずはマイアミに行かなくちゃ。マイアミでは時間がないから、素早くチェックインだな。」などと考えながらゲートへ行くと、まだまだ長蛇の列。「おかしいなぁ」と思いつつもその後ろに並んで待つことに。そのうちフライト時間になってしまった。それでも動かない人の列。10分たち、20分たち、30分たつ。職員が客の前に姿をあらわし「クーラーの故障が見つかったのでもうしばらくお待ちください」とのこと。この時点でわかっていたので、その1時間後に職員が言った言葉には大して驚かなかった。  その言葉とは「この飛行機はエンジントラブルのためにキャンセルとなりました。いったんエア・ジャマイカのカウンターへお戻りください。」だ。驚かなかった。でもこの日のうちにNYへ行かなければならない。だって、一生このホテルには足を踏み入れられないだろうと思えるほど高いホテルの予約を取っていたたからだ。(戻るときに職員に「ここからは外に出られません」と声をかけられ、「飛行機が飛ばなくなったのに、じゃあどうやって外に出ろって言うんだ!」と爆発していた。若かった。)
 エア・ジャマイカのカウンターでは「しばらくお待ちください」と言われた後、2〜3時間してから呼び出され「NYまでの直行便を用意します。でも、いつ飛ぶかわかりません。臨時便なのでフライト用のTVモニターにも出ないと思います。ですからよく放送を聞いていてください。」と言われる。それからなんと十時間待たされ続けたのだ。飛ぶまでに何時間かかるかわからないので外に遊びにもいけず、放送が入るから寝るわけにもいかず、ただただ耳を大きくして狭い空港内で時間をつぶしていた。あれに比べれば、その飛行機が飛ぶだけ良いでしょう?


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第15章 バイバイ・ジャマイカ(3)をお届け予定です。ジャマイカから足が離れてしまいます。
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【ビ】第15章 バイバイ・ジャマイカ(1)

2006年02月10日 | '05 ジャマイカ旅日記







 人間、「起きなくちゃならない」と強く思うと、けっこう睡眠不足でも目覚めることができるものだ。この日も7時ちょい前に帰ってきて仮眠を取った程度だというのに、9時半ころにすっきり…でもないが、目を覚ますことができた。今日でジャマイカともお別れ。部屋を掃除して、荷造りもチェックして、空港へと向かったらバイバイだ。悲しい。  

 1日が長く感じたジャマイカ入国当初、生まれ変わった朝、独立記念日の群集、ラスタマンの集落、俺をビンギマンと呼んでくれた男達。ここまで来ると早いものでもうお別れしなくてはならないのだとしみじみ感じてしまう。アパートに滞在していたせいかもしれないが、なんだか長く住んでいた部屋から引越しするような心境だ。大家さん(みよこさんのことだ!)に挨拶をして鍵を返すことまで引越しみたいだ。K君・Jちゃんカップルとも最後の挨拶をかわす。この3人とティーバにはいっぱいいっぱい感謝だな。この人達との出会いがなかったらここまで実り多い旅はできなかっただろう。ほんとうにありがたい。こういった出会いがあるから旅はやめられなかったりするのだ。バイバイ、みよこさん。バイバイ、ペムコ・アパートメント。いっぱい感謝。

 空港にフライト2時間前に到着してびっくり。「今までどこに潜んでいたんだ?」と思うほどの欧米人(おそらくほとんどが米人)がわんさかと、大荷物を抱えてチェックインを待っている。まぁ、考えたら「来るときの機内もアツアツカップルの集団ばっかりだったので、そりゃぁ帰りもいるわな。」といった感じだ。彼らはチェックインの際「e‐チケット」なるものでご利用されておりますが、私ときたら相変わらずのノーマルチケット。カウンターの人は「そこの機械を使ってチェックインしてね」みたいなことを言っているのだが、手に航空券の束(現時点ではかなり薄くなっているが)を握り締めている私には、そんなことはできません。それを伝えるとチケットを手にコンピューターに何かを打ち込んでいる。「やっぱりこうじゃなくちゃね」と思ったが、「e‐チケットだったら腹巻型貴重品入れもこんなに膨らんでいなかったのに…しかも盗難の心配がひとつでも減るから、もうちょっと楽しくダウンタウンも歩けたのにな…」とも考えてしまった。
 
 ああ、人間というのはなんて欲深き生き物なのだろうか・・・。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第15章 バイバイ・ジャマイカ(2)をお届け予定。もうすぐ搭乗です。
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【ビ】第14章 オールでダンスホール(3)

2006年02月09日 | '05 ジャマイカ旅日記


http://www.reggaezion.com/Articoli/new_generation.htmより。(問題があればご連絡ください)



 2度目の休憩が入ったあたりだっただろうか。踊りまくっているのに疲れた3人はお目当てのシンガーがまだ出ないだろうという予想のもと、休憩の意味もこめピア1の建物に入って一杯やることにしたのだが、振り返ってみてびっくり!入場した時は隙間だらけだったのに、視界全部が黒の塊。昨日の帰りなんか練習にならないほど、やはり本番はすごかった。まるでダンズ・リバーの滝登りのように、3人で手をつないで迷子にならないようにしながら建物に向かう。やっとのことでたどり着いたころには、3人とも疲れ果てていて、ビールを飲みながら長いことぼ〜っとしていた。

 どのくらいボケ〜っとしていただろう。今までかかっていたダンスホール系の音とは明らかに違うにおいがしてきた。リズムはダンスホールなのだが、音のにおいが違う。これはもしや! 聞いたことがなかったが気になっていたファンタン・モジャだ! ラスタ系ダンスホールDJ。慌てて外に出るも、ステージが見える位置にたどり着くまでにまた手間取ってしまう。やっと見えた! ステージの上ではバックパックを背負いながらファンタン・モジャが歌っている。その横で大きなラスタカラーの旗を振り回しているスタッフがいる。(俺の横ではジャークチキンを焼いている。いい匂い。)すごい数のお客さんもラスタカラーの小さな旗を振っている。おお!かっこいい! こんなコンサートやってみたい! 自分が若かったら絶対真似してステージの横で旗を振ってもらうところだった。危ない危ない。それくらいかっこよかった。

 ファンタン・モジャが終わってから、ジャークチキンで腹ごしらえ。そのあと何組かのミュージシャンが出ては盛り上がり、そして空が白んできたころ、バウンティー・キラーの登場だ。盛り上がる地元民たち。だんだん明るくなる空と比例して、あの熱い空気が薄まっていく。自分のテンションも下がってきて、足元のごみばかりが目に付くようになってきた。気持ちが入らない状態で見てしまったせいか、あまりいい印象はなかった。覚めていたと言うか、正直に表現すると「みんなどうしてそんなにやっきになってるの?」と思ってしまった。今考えると、とてももったいない体験だったなぁと思う。

 そして、バウンティー・キラーがステージを去るとこのイベントも終了。「あ〜あ、やっぱりBUJUは出なかったね。すっげぇ見たかったのに…」と3人でがっかりしながら話をしていた。もう完全な朝。ジャマイカンに時間を聞くと6時を過ぎたところ。もうダウンタウンは目覚めていて、危ないこともないだろう。「でも、あの人だかりの出口ゲートを通るのはいやだな。スリならまだいそうだし。」という共通の意見を持った3人はこっそり「ミュージシャン用出入り口」を使って外に出た。誰からもおとがめなし。となりにはさっき歌っていた名前も知らないシンガーが女性数名に囲まれてニコニコ顔をしていた。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第15章 バイバイ・ジャマイカ(1)をお届け予定。ついにジャマイカを離れる時がやってきてしまいます。
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【ビ】第14章 オールでダンスホール(2)

2006年02月08日 | '05 ジャマイカ旅日記
 昨日とはうって変わって、あの「犯罪可能地帯」に続く横断歩道を渡る前から、人人人人…すごいことになっているる。「さすがだ。やるなBUJU。」などと呑気なことを考えていたが、「こういうときにスリが多そうですよね。」とJちゃんに言われて気を引き締めなおした。会場まであと100mくらいから長蛇の列、ぐちゃぐちゃの人ごみ、スリをするなら最大のチャ〜ンス。しか〜し、なんと警察がいっぱい出ているじゃないですか! ちょびっと安心。まあそれでも入場ゲートをくぐるまで小額紙幣を握り締めた手をポケットに入れ続けていた。というかポケットに入れた手を出せないほどのギュウギュウ通勤電車状態だった。もうすでに若手シンガーやDJたちが演奏を始めており、こんなに混雑しているのに踊り始めているジャマイカンもいる。気持ちはわかるが迷惑だよ! あなたが右にステップを踏むとその周りの5〜6人も一緒になってステップを踏まなければならないじゃないか! まったくもう。

 ゲートをくぐると混んではいたがまだまだ隙間だらけ。さすがに野外イベントは会場が広くて良い。さっそくレッド・ストライプを買って人の隙間をくぐってくぐってすりぬけて、けっこう前のほうまで突き進み、「中に何人人が入れるの? いや、何人住めるの?」っていうくらい大きなスピーカーの直撃を食らう位置を陣取った。ベースのズンズンという音(ズンズンというかドンドンというか、とにかくすごい音。音?う〜ん…空気の塊?)が鳴るたび内臓がゆれる。眼鏡越しの眼球もそのたび押し付けられる。このまま音に寄りかかれそう。この音圧は初体験。日本のクラブの比じゃない。はじめはこの音圧に感動。それだけで体が勝手に動き出していた。でも、気が付くと踊っているのは我々日本人3人だけ。周りのジャマイカンは一切動いていない。リズムすら取っていない。どうしてかなぁ…と彼らを観察していると、演奏(歌というかDJ)が上手でいいリズムをたたき出しているミュージシャンの時は南国人気質バリバリで踊ったり声を出したりしている。盛り上がったら大きな山がジャンプしている感じで地響きもすごくなる。こんなになったら気持ち良いだろうなぁ。でも、ある一定のラインより質が下がると(下がったといっても日本人に比べるとすごいリズム感なんだけど)、一切動かない。ミュージシャンがかわいそうなくらい動かない。あんだけいっぱい人がいるのに、一人カラオケ状態。下手したら休憩時間にかかるCD(PCかな)のほうが盛り上がったりしている。ライブより音源とは…。ここでもまた恐るべしジャマイカであった。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」 第14章 オールでダンスホール(3)をお届け予定。さて、問題のブジュはどうなったのでしょう。お楽しみに。
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【ビ】第14章 オールでダンスホール(1)

2006年02月07日 | '05 ジャマイカ旅日記
 ブジュ・バントン(バンタンとも言う)がやってくる。そのニュースを知った瞬間から、そのイベントが出発前日の深夜から当日の朝までのイベントだということでどうしようか迷ったのだが、やっぱり行ってみることにした。

 もともとは彼のようなダンスホール系のレゲエはコンシャス系やルーツモノであってもほとんど聴かなかったのだが、妻が聴いているワイ・クリフのアルバムで彼の声を耳にして、その声にほれてCDを購入。その中の「Untold Stories」という曲にノックアウト。その彼を生で見ることができるなんて! しかも本場ジャマイカで!しかも1000〜1500円くらいで! かなりワクワクしながらその日を待っていた。

 師のお墓参りを終え、いったんは「仮眠」でもとろうかと考えていたが、ジャマイカ・ラスト2の日をうとうとするのはもったいないし、ここで徹夜すれば明日の日中は狂ったように眠くなって、帰国後も時差ぼけにもならないじゃないか! といいように考えダウンタウンのレコード屋めぐりをしたりして日が沈むのを待っていた。夕食はみよこさんが「最後の晩餐」をしてくれて、K君とJちゃん、そして自分の4人で食べた。そのあと予定調和のドミノ大会。時間があっという間に過ぎる。そして深夜0時ころ、K君とJちゃんと3人でアパートを出た。

 昨日よりもちょびっと遅い時間。前日よりも人の気配がない。サムシャープの大通り公園状態も、今日は深夜のコンビニくらいの人通りだ。昨日練習していたくせに、やっぱりビビッている。今襲われたら帰国前日なのでお金をもっていないから、何されるかわからんぞ!と。その反面「襲われたらまた土産話ができるなぁ…休みもまだあるしなぁ…」と不埒な考えももっていた。すまん、娘よ。ピア1に向かっている道中、K君たちから「大きなイベントでの注意事項」を聞かされていた。それは「ユスリ・タカリ・スリ」についてだ。(「さすがジャマイカ、ここでも韻を踏んでいる。」などと聞きかなが考えていた)実はこの2人、今回の旅の中で今日よりも大きなイベントに遊びに行っており、そのときにスリ&タカリのダブルパンチを食らっていたのだ。爆音に夢中になって踊っていて、気が付いたら財布の中のお金がなくなっていたってのが一発目。2発目は会場から出ようとしたときに出口のゲート(ここを通らなければ外に出られない)のところで悪そうなジャマイカ人5〜6人に、まるでボディーチェックをするかのように通せんぼされ、ポケットから鞄の中まで引っ掻き回されたらしい。幸い(?)そのときは、スリにやられてお金を持っていなかったために被害がなかったらしいのだが、「あれをやられたら避けようがないですよ〜」と声をそろえて言っていた。う〜ん、恐るべしジャマイカである。噂によると今日出演するバウンティー・キラーという人はゲットーの住人から圧倒的な支持を受けているらしく、今日のイベントにそういった低所得層の若者が多数来るだろうとのこと。

 まいったなぁ…と思ったが3人にはもっと心配なことがあった。それはさっき夕食のときにTVでやっていた今日のイベントのCMだ。なんと出演者の名前の中にBUJUの名前がない! 確認のために新聞も見てみたがそこにもない。今日の出演者の中ではナンバー・ワンの存在。客を呼ぶには絶対に必要な名前だ。それなのに名前がない。ジャマイカではフライヤーに名前が出ているのに本人が出演しないというのは良くあることらしいのだ。「…出るかなぁ…」。これがこの時の3人の心に最も引っかかっていることだった。


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 ◆「ビンギマンと呼ばれた男」第14章 オールでダンスホール(2)をお届け予定。またしても深夜のダウンタウンなのであります。
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