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今更STAP細胞

2016-09-17 23:30:06 | 日記
週刊新潮で連載されていた、高橋昌一郎氏の、反オカルト論という本が、光文社新書から出た。
徹底的に小保方晴子氏を批判した本で、まだ、僕のところには本は届いてないが、15日発売ということで、高橋昌一郎さんは張り切っている。
高橋さんは、twitterで、良く、学生や僕の投稿なんかにも、返事をくださる方だ。
専門は分析哲学で、感性の限界。知性の限界。理性の限界。という三部作も、講談社現代新書に著されておられるが、この三部が、カントの、感性、悟性、理性を踏まえて書かれていることは明らかだ。
高橋さんの本は、基本的に、何人かの人が会話するという、ソクラテスメソッドで書かれている。
これも、分析哲学を分かり易く伝えたいという、高橋さんの希望から産み出されたものだろう。
反オカルト論も、助手と教授の対話という形式で書かれている筈だ。週刊誌連載中がそうだったから。
高橋さんの小保方批判は、要するに、反科学的で、STAP細胞を信じるなど、オカルト的発想だということに尽きるだろう。
確かに、割烹着の研究者は、一時期、リケジョの象徴のように扱われた。
アエラなど、盛んにヨイショしていた。
しかし、この割烹着の女に疑義が生じたのは言うまでもなく、要は、世界中の研究者が、再現しようとしても誰も出来ないのだ。
科学とは、普遍的な筈だ。ところが、このSTAP細胞に関しては、誰も再現出来ないという奇妙な事態が生じた。
それどころか、この割烹着は、博士号をとっているが、博士論文にも疑義が生じた。
勤め先の理研や、博士号を与えた大学は猶予期間を設けたが、結局、STAP細胞なるものは、IS細胞と同じと判明し、博士論文も他人の論文のコピペとバレてしまった。
一番問題なのは、この女の上司に当たる人間が、科学者としての良心から、自ら命を絶ったことだ。
しかし、割烹着は病院に入院し、要は逃げ隠れた。
なんで、こんな人物を理研はチームリーダーにして、研究を任せたのかという話になる。
そこを徹底的についたのが高橋さんの本になった連載だったのだが、奇妙な事態になった。
小谷野敦という文学者が、Amazonの書評で、この本を批判して、5段階評価で1をつけたのだ。
しかも、高橋さんによると、高橋さん寄りの書評は、書いても何故か掲載されず、今でも、小谷野氏の書評しか載っていないが、この書評は役に立った。と評価する人が少ない。という、ますます奇妙な事態になっている。
その書評で、小谷野氏は高橋さんに会ったことは無いと断言している。
会ったことはないから個人的な恨みはないのだろうし、別に、小保方さんを擁護する人がいてもいい。
いてもいいが、今になって擁護しても仕方ないので、小保方さんは明らかに、科学者として間違っていた。と断言せざるを得ないし、そもそも、他人の論文のコピペを平気で提出するなど、普通の学者なら、その精神を疑われる行為だ。それは研究ではない。
しかし、小保方晴子を擁護する人もいる。
それなら、会ったことないというのだから、二人で公開討論会を開催すればいい。
どちらが説得力ある話が出来るかだ。高橋さんにはtwitterでそう伝えておいた。
他にも、反オカルト論、には、東大教授が死後の世界は存在する。と断言して本を著しているのを批判した回とか、江戸しぐさー今では、小学校の道徳教科書に載っているらしいーを批判した回もある筈。
教授が、死後の世界を信じるのは個人の趣味だが、それは科学的な姿勢とはいい難いし、江戸しぐさ、に根拠の無いことは、江戸東京博物館の館長さんも断言していることなので、高橋さんの主張には概ねうなずける。
この妙な事態はどうなるのか?
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