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相模原殺傷から一年

2017-07-23 22:44:31 | 日記
経つ訳ですが、基本的に植松被告には、情状酌量の余地がない。
障害者差別の思想に、措置入院後の、又麻薬かなんかで、妄想状態に陥り、犯行に及んだ。というのは見やすい。
薬物が怖いのは、ドーパミンに働きかけて、統合失調症と似た妄想、幻覚を生じさせる所にあるから、刑罰も厳しくて、一回で、執行猶予刑になる。
で、障害者の問題がクローズアップされる訳だが、国の方針として、知的障害者も、精神障害者も、施設から地域へ。という流れだ。
流れだけど、地域へ戻っても、支援してくれる福祉士やらが少ないから、どうにも施設から出られない障害者が多い。
DSMでは、精神障害を、mental disorder、と書く。
disorderであって、disabilityではない。
そこには、適切な治療や支援を受ければ、障害は回復する。という考えがある。
例えば、自閉症スペクトラム障害の「こだわり」とは、健常者が持っているこだわりと、質的には違わず、量的に違うだけで、つまり、健常者の延長線上にある。
例えば、本を一巻から順に揃えなければ気がすまない。ある作家の作品は皆買わないと気がすまない。これは、健常者でも持っているが、本の◯巻がないので、見つかるまで延々と探すというと、いささか「量的に」過度であり、それが、自閉症スペクトラム障害者の病理的側面と言える。
しかし、健常者の延長線上にあるということは、適当な支援を受けて、そのエネルギーを別に回すことが出来れば、障害は解消する。ということを意味するので、disabilityではなく、disorderを使う。
で、思い出すのが、名古屋大の元学生の殺人。
死とか、薬物に、異常な「こだわり」を示した、やはり、発達障害な訳だが、仮釈放で20〜30年で、でてくるのだが、理解できないのは、出てきたら、また危ないことをするんじゃないか、という声。
長いこと、治療を続けりゃ、そのこだわりが解消する。ということが、何故か理解されない
名古屋大の学生だから、アタマはいい訳で、そのエネルギーを別のことに使えば、当然、社会に役立つはず。
しかし、今の健常者はそこが理解できないから、障害者は閉じ込めておけとなる。
植松被告と似た考えの人が多いとすれば悲しい。
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