舞台一面に砂が敷かれている。
上演中に砂が掛かる恐れがあるので最前列のお客さんには荷物に砂が入らないように座席の横にビニール袋が準備されて、観客全員に芝居チラシとともにマスクと飴が配られた。
劇団ギザ十のこの用意周到さが、芝居にも欲しかった。
開演で暗転になり、暗闇のなかに蒼い照明が射し一面の砂を浮かび上がらせる。まるで夜の砂漠に迷い込んだような幻想的な幕開けに今宵の舞台へ期待が高まる。
ここまでであった。
芝居が始まるとともに、お芝居ごっこのような台詞、間合いの悪さにボー然とする。
高校演劇とかのアマチュア劇団でもない限り、芝居が弾まないですねなんて偉そうな感想を私のような素人のお客は普通使わない。
後半で唐突に、母を強姦して、父を殺してというシーンがあり、開演ギリギリに到着して事前知識のまるでなかった私でも、ああ、オイディプスが下敷きらしいと分かる。
でも、意味が全然分からない。
赤子のオイディプス王は、狼に食われるかもしれない森の中に捨てられたが、私生児として生まれた彼は親類に引き取られて親子の名乗りは出来ないものの母親は叔母として彼の成長を見守っていたであろう。
知らずに母と姦通してしまったオイディプスは衝撃を受けたに違いないが、彼はいっさいの事情を知りながら叔母である母親を強姦している。穏やかに暮らし、無抵抗で息子に殺されていく父親を平然と手に架ける。
最後に彼は、自分の手で自らの目を潰す。
オイディプス王は、知らずに父を殺し、母を姦淫していた。真実が見えない目ならばと、自分の眼を突いて盲目になった。しかし、相手を承知の上で母を犯し、父を殺害しているのだから、これは眼(まなこ)の責任ではなかろう。
それは、自分の判断能力の問題であり、彼自身の人間性の問題である。
いったいそれ程の、「何の恨み」あったのか?
から騒ぎとしか思えない芝居の前半部分からは、その意味は判りかねる。
絡みの部分がすれ違いで退屈極まりなかったからだ。
芝居の下手な役者をわざわざ登場させることもなかったのでは・・・。
相手役がフォローできるレベルではない。
どんなにこだわりを持ち、長い間あたためていた作品であっても、だからといって本番舞台がよいとは限らない。
ずうっと以前に観た高校演劇の地区大会で、上演1週間前に配役が決まって優秀賞を勝ち取った高校があった。あざといかも知れないが、芝居は脚本と時代を読み取るイマジネーションが勝負だと思う。
みんなが野田秀樹にはなれない以上、演出家が、役者として舞台に立つのは如何なものだろう。
*ちょっと辛口評かなと心配なので、公演最終日を待ってアップします。
上演中に砂が掛かる恐れがあるので最前列のお客さんには荷物に砂が入らないように座席の横にビニール袋が準備されて、観客全員に芝居チラシとともにマスクと飴が配られた。
劇団ギザ十のこの用意周到さが、芝居にも欲しかった。
開演で暗転になり、暗闇のなかに蒼い照明が射し一面の砂を浮かび上がらせる。まるで夜の砂漠に迷い込んだような幻想的な幕開けに今宵の舞台へ期待が高まる。
ここまでであった。
芝居が始まるとともに、お芝居ごっこのような台詞、間合いの悪さにボー然とする。
高校演劇とかのアマチュア劇団でもない限り、芝居が弾まないですねなんて偉そうな感想を私のような素人のお客は普通使わない。
後半で唐突に、母を強姦して、父を殺してというシーンがあり、開演ギリギリに到着して事前知識のまるでなかった私でも、ああ、オイディプスが下敷きらしいと分かる。
でも、意味が全然分からない。
赤子のオイディプス王は、狼に食われるかもしれない森の中に捨てられたが、私生児として生まれた彼は親類に引き取られて親子の名乗りは出来ないものの母親は叔母として彼の成長を見守っていたであろう。
知らずに母と姦通してしまったオイディプスは衝撃を受けたに違いないが、彼はいっさいの事情を知りながら叔母である母親を強姦している。穏やかに暮らし、無抵抗で息子に殺されていく父親を平然と手に架ける。
最後に彼は、自分の手で自らの目を潰す。
オイディプス王は、知らずに父を殺し、母を姦淫していた。真実が見えない目ならばと、自分の眼を突いて盲目になった。しかし、相手を承知の上で母を犯し、父を殺害しているのだから、これは眼(まなこ)の責任ではなかろう。
それは、自分の判断能力の問題であり、彼自身の人間性の問題である。
いったいそれ程の、「何の恨み」あったのか?
から騒ぎとしか思えない芝居の前半部分からは、その意味は判りかねる。
絡みの部分がすれ違いで退屈極まりなかったからだ。
芝居の下手な役者をわざわざ登場させることもなかったのでは・・・。
相手役がフォローできるレベルではない。
どんなにこだわりを持ち、長い間あたためていた作品であっても、だからといって本番舞台がよいとは限らない。
ずうっと以前に観た高校演劇の地区大会で、上演1週間前に配役が決まって優秀賞を勝ち取った高校があった。あざといかも知れないが、芝居は脚本と時代を読み取るイマジネーションが勝負だと思う。
みんなが野田秀樹にはなれない以上、演出家が、役者として舞台に立つのは如何なものだろう。
*ちょっと辛口評かなと心配なので、公演最終日を待ってアップします。










劇団キザ十は、芝居を観ての自由な感想を自分のブログにアップすることに反対するとは思えないのだけれど。
反論というからには、私の書いたどの部分に関してなのかを具体的に書いて頂かないと分かりません。
表現には様々な受け取り方があるものです、とお書きになっていらっしゃるのに、私の受け取り方を否定するのは、矛盾していませんか。
あなたの方の感想は、キザ十のブログで読めますか。
そちらに、感想の書き込みが載るのを楽しみにしております。こんなに喜んだお客さんもいたのだと分かればバランスも取れますものね。
自由に自分のブログで感想を書けばいいと思います。
アンケート用紙では書ききれないし、
あとから湧いてくるものもあるでしょう。
もっともっと書いてほしいと思います。
私も役者の力不足が目につくお芝居だったと思いました。
劇団ギザ十は何度か見ていますが、
これまでもずっと、役者の力不足が目につくお芝居をされている。
今回はわかりやすい物語だったと思いますが、
複雑にしてしまったのは役者だと思います。
作品を作品として成立させるためには、やはり良い役者が必要です。
そこを、代表・演出はどう考えているのか。
きっと作品の真意は別のところあったのだろうと思うけれど、伝わらない。
お金を出し、時間を割いた客のひとりとしては腹立たしかった。
広島にはあまりない劇団だと思うし、数少ない応援している劇団ですが。
私は演劇が好きなので,これからも続けていくと思います。良いもの を求めていますので,全ての意見は謙虚に聞くべきだと思っています。それが演出力につながり,演技力や舞台表現力になります。芝居に対して誠意ある表現者でありたいと。そう言うことになるのかもしれません。ですから,ここでの議論がうれしくもあります。が,不愉快な思いをさせてしまった事は事実で。なんと申したらいいのか。どうしたらいいのか分かりませんが。この議論に当事者が居座るとおかしな事になるのでこの辺りで。
一度観たくらいで何が分かるのだと常連のファンの方に言われると、申し訳ない気持ちもいたします。
今までも残念ながらステージを一回しか観ることが出来なかったお芝居も多い。
その感想も、書き留めておきたいのです。
何度も劇団の芝居を観ていらした方から、同じように感じられたと書いていただき、少しホッとしています。
演出が専任でなさったら、お芝居もっと面白くなるんじゃないかなって思いました。
その舞台をぜひ観たい。
いつもは辛口の感想になる時には、なるべくブログには書かないようにしています。
書いても無駄だと思えは、尚更のこと。
役者さんは、急に上手くはならないでしょう。
そのアラをうまくフォローするのも演出の技量(?)かなと思います。
普段であれば人様のブログに自分の感想を寄せるなどという馬鹿げたマネはしないのですが、
私と全く同じ事を感じられた方が「反論」されていることに違和感を感じ、
ご迷惑かとは思いましたが私の感想をコメントさせて頂きました。
この芝居誰一人、「役」として舞台に立っている役者はいなかったように思います。
舞台上で一般人がモゾモゾしているだけ、気持ちが悪いとさえ感じました。
特に作業員?研究所員?のガチ袋を下げた男性。
おそらく何箇所かアドリブがあったように思いましたが、
アドリブをやる前にやるべきことが星の数ほどあるように思います。
腹立たしくなりアンケートをかかず帰りました。
そうすけさんはどうも勘違いをされているようですが、
「芝居を世に公開する」のと、「ブログを世に公開する」のとは全く違います。
気に入らないことがあれば自身のブログでそれをぶちまけるべきです。
であれば私はそれを面白く読ませて頂きます。
それがブログというものの面白さでしょう。
おけいさんのこの記事、とても愉しく読ませて頂きました。
芝居に対する感想は別にしても、非常にわかりやすかったです。
今後も楽しみにしてます。
私もいずれ自分のブログで感想を書きたいと思います。
私は、自分でブログにも書きますが、他の人の感想をブログ検索して見に行くのも大好きです。
いろんな見方・感じ方があるのだなあと嬉しくなっちゃう。
学生時代に少しだけ演劇をしていたので、台詞を覚えて舞台で間違えずに言うだけでもとても大変なのことだと実感で知っています。
お金を払って観るからといって、一方的にけなしたりは出来ません。敬意は忘れずに、でも心にもないお世辞はかえって相手に失礼なことだろうと思います。将来のプロの「卵」の方たちですもの。
潜水座さんの感想もぜひ読んでみたいと思います。よかったらブログアドレスをリンクしておいて下さいませ。
出演者の大瀧です。
ガチ袋を下げていた者です。
劇団ギザ十を旗揚げして以来、ネット上でこのような議論をされているのを初めて見て、主宰同様びっくりしています。
御指摘の通りだと思います。
演出の世界観を反映するのが役者の仕事、と友人に言われた事がありますが、その点でいけば僕はまだまだ力不足なんだなぁと痛感する日々です。
同時に、楽しめる芝居を提供出来なかった事に申し訳無さと悔しさを感じています。
感じていますが、意見を出していただけるのは非常にありがたいのです。
肯定は励みに、御指摘はバネになります。
糧になります。
糧を吸収する力が足りていないのが現状ですが、だからと言ってへこたれずに精進していこうと改めて感じました。
そうすけさん、テスターさん、潜水座さん、おけいさん、ありがとうございます。
今後とも私共を見守っていただければ幸いです。
僕も当事者の1人なので書き込むべきか悩んだのですが。
これにて失礼します。
広島にはあまりない劇団ではないでしょうか。
若い人は好まないかもしれません。派手さも笑いも少ないので。
ギザ十さんは、
前回の公演も演技にばらつきがありました。
良い役者が出ていると思っても、今回は出ていなかったりして、残念に思います。
次回に期待したいですね。
こういった書き込みがあることが、私も楽しいです。
ちょっと、ドキドキします。
でも実際には、こうして素人の感想ブログに書き込んでくださる役者さんは、ほとんどいらっしゃらないので大歓迎です。
演技に関する謙虚なお心構え、感心しました。
今度はぜひ楽しいお芝居を見せて下さいね。
ギザ十は、広島ではちょっと変わった劇団だなあと思いました。
いろいろな劇団があったほうが、観に行くほうも楽しみが増えます。
日本はもう高齢社会なのですから、若い人ばかりじゃなく、いろいろの年代の人が楽しめる演劇があればと思います。
観ることでしか応援できないですけれど、懲りずにあちこちの舞台を観に参りましょうね。
なかなかアンケートや口頭で聞くことができない厳しい意見をうかがうことができ、ありがとうございました。
皆様の鑑賞に堪え得る俳優になるべく、以後精進してまいります。
ご覧になったのは二日目の二回目ですよねたぶん。う〜ん…。悔いが残ります。
二日目や三日目は、随分と舞台の様子が違ったのでしょうか?
役者さんが確実に目にするであろうアンケートや本人を目の前に感想を述べる時は、さすがに気が引けて言いにくい本音もあります。
まして公演中だったら、役者にも、観に行くことを決めている観客にもよい影響は与えないだろうと。
あと数回の舞台があることに気が付いて、慌てて更新をストップしました。
ただ、私がこれから観に行くことを予定している側だったら、こんな感想を事前に読みたかったなと思いますので、かなり悩みました。
自分が観客からどう見える演技をしているかがちゃんと分かるようになれば、もう一人前だと思います。
また、演じている人間が演じている役に見られないことはつまり、見るものが物語の中にすら入れないということで、論外。これはうまいへた以前に意識の問題です。脚本を書くもの、演出するもの、演じるもの、それぞれの意識。これは物語であり、自分たちは物語を見せるのだという意識。
そういった基本的な意識が高い演劇はたとえへたくそでも誠意がメッセージとなって伝わってきます。と、私は思います。
もちろんそれぞれの感じ方や表現の仕方があるというのもわかりますが、物語を見せるという意識が勘違いや思い過ごしによってぶれてしまうと演劇の土俵にもあがっていけません。
ギザ十さんに限らずそういう芝居は多いです。
ドラマや映画だってそうです。いつも腹立たしく思います。
今回ここの議論を面白く読ませていただいたので、自分も意見してみたくなりました。
よく分からなかったのだけれど、脳の中の記憶に残り続けて、繰り返し繰り返し思い返している。そして、いつか突然に腑に落ちる瞬間が来るのです。
サーストの舞台では、芝居の中に入り込もうとするたびに弾き返されてしまい、何かに強力にブロックされている感じでした。
疲れ果てて、しまった。
同じように感じる人がいらっしゃると知り、合点がいきました。
但し、役者の演技が上手ければよいという訳にもいかないのが舞台の難しさですね。