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『騎士団長殺し』(村上春樹 2017年)読書日誌② 絵画論として読む

2017年05月05日 | 『騎士団長殺し』読書日誌

 『騎士団長殺し』(村上春樹 2017年)読書日誌②


 2.絵画論として読む


 『騎士団長殺し』第1部顕れるイデア編を読み終え、第2部遷ろうメタファー編の60章まで読んだ。あと4章が残っている。物語にいろんな仕掛けが施され時々予兆(作品の未来からの言葉)も組み込まれていて、読者としては退屈することなく読み進められるのではないかという印象を持った。

 この作品に出て来る料理に触れた文章に出会った。


村上春樹『騎士団長殺し』の料理が昭和レトロな件。実際につくって検証してみた(特別寄稿・鴻巣友季子)エキサイトレビュー 2017年4月23日
http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20170423/E1492849566524.html


 作品の批評は、もちろん作者のモチーフの線上に接近してモチーフと化した作者と対面しようとすることが中心的な課題だとても、作品は読者によってどのようにでも読まれ得る。したがって、作品の批評もまたいろんな角度から入って行くことができる。今まで流行を取り入れてきた作者であるが、この「料理が昭和レトロ」ということもこの作品世界や作者の表現の有り様を幾分か明らかにするものかもしれないと思う。つまり、どんな細部にも作品世界に込めた作者の意識的あるいは無意識的なモチーフと何らかのつながりを持っているはずである。

 わたしもそれに倣ってこの作品を作者、村上春樹の絵画論という角度から入ってみようと思う。『1Q84』の主人公天吾は数学が専門で予備校の先生をしているという設定だった。しかし、数学という世界からの認識が披露されることはほとんどなかった。

 この『騎士団長殺し』という作品では、主人公の「私」が画家であり、「私」を通して絵画についての捉え方が披露されている。わたしは素人ではあるが「私」の絵画などの造形に対する認識や考えはずいぶんその道の修練を積んだもののように感じられた。作者は、この作品の中で絵画的なものを造形するためにそれなりの絵画の世界の体験や修練を積んだはずだと思われる。なぜなら、作者を通してしか「私」の絵画把握や絵画観は物語世界にやって来ないからである。

 まず、素人なりのわたしの大雑把な絵画把握を書いてみる。

 言葉による物語の世界では、ある人が、〈作者〉に変身して〈表現世界〉に入り込み、何か表出の欲求が芽ばえ、具体的なモチーフとなって流れ出すとき、その表現世界という舞台では、それまで特定の時代の下周囲の世界と関わりながら固有の生活史・精神史を歩み積み重ねてきた〈作者〉が、〈語り手〉や〈登場人物〉を派遣してその〈表現世界〉という舞台にひとつの〈物語〉を築いていく。〈作者〉が〈表現世界〉で言葉(精神化された文字)を書き記していくわけであるが、〈物語〉を進行させて行くのは〈作者〉に派遣された〈語り手〉や〈登場人物〉たちである。〈作者〉は普通は〈表現世界〉上で〈物語〉の後景に控えていることになる。

 これは、言葉による表現である物語の場合であるが、絵画(美術)表現の場合も同様であると思う。ただし、物語の場合の〈語り手〉や〈登場人物〉は〈作者〉から分離・派遣されることはなく、〈作者〉自体が〈表現世界〉に入り込みそこに〈キャンバス〉を据えて精神化された〈キャンバス〉と対話しながら〈物語〉の場合の言葉ではなく、〈キャンバス〉に点・線・面を選択・構成したり色を選択しのせていく。つまり、〈作者〉は、情感を持ったり精神化した線や形や色を駆使して精神化された〈キャンバス〉と対話をくり返しながら、ひとつの固有の世界を造形していく。この表現の過程で湧き上がる言葉は、重たいとか暗すぎとか軽やかなど主要には内臓感覚的な言葉であり、言葉は線や形や色に溶け込んでいると見なせると思う。

 この作品は、作者の絵画論として読むこともできる。画家の「私」を通しておそらく作者の絵画についての捉え方や考え方が披露されている箇所を抜き出して見出しを付けてみる。全体として作者は十分に絵画修業をしてきてこの作品に取りかかっているように感じられた。絵画を長らく画いている人ならそれがどの程度か大体わかると思う。わたしの感じでは、絵画のことが言葉の描写で表現されているから作者の村上春樹の言葉の深さも関わっているが、付け焼き刃程度の絵画修業ではないという印象を持った。


 第1部
1. P262L6-P263L15
2. P281L5-L18,P282L8-L12
3. P299L1-P300L2
4. P33017-P331L181
5. P357L8-L16
6. P361L7-L15
7. P392L3-L10
8. P429L6-L19
9. P476L6-L17
10.P482L4-L15
11.P496L1-L11
 
 第2部
12. P13L11-P14L4
13. P111L2-L15
14. P155L10-L15
15. P218L1-L9

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 第1部
1. P262L6-P263L15
 (ひとつの情念につながる色。情念を統合するイデアのようなものが必要。)


 そうしてできあがった絵画を眺めているうちに、次の色が自然に頭に浮かんできた。オレンジ。ただのオレンジではない。燃えたつようなオレンジ、強い生命力を感じさせる色だが、同時にそこには退廃の予感が含まれている。それは果実を緩慢に死に至らせる退廃かもしれない。その色作りは、緑のときより更にむずかしかった。それはただの色ではないからだ。それはひとつの情念に根本で繋がっていなくてはならない。運命に絡め取られた、しかしそれなりに揺らぎのない情念だ。そんな色を作り出すのは簡単なことではない、もちろん。しかし最終的にには私はそれを作りあげた。私は新しい絵筆を手に取り、キャンバスの上にそれを走らせた。部分的にはナイフも使った。考えないことが何より大事だった。私は思考の回路をできるだけ遮断し、その色を構図の中に思い切りよく加えていった。その絵を描いている間、現実のあれこれは私の頭の中からほぼ完全に消え去っていた。・・・中略・・・免色のことすら考えなかった。私が今描いているのは言うまでもなく、そもそも免色の肖像画として始められたものだったが、私の頭にはもう免色の顔さえ思い浮かばなかった。免色はただの出発点に過ぎなかった。そこで私がおこなっているのは、ただ自分のための絵を描くことだった。
 どれくらいの時間が経過したのか、よく覚えていない。ふと気がついたときには室内はずいぶん薄暗くなっていた。秋の太陽は既に西の山の端に姿を消していたが、それでも私は灯りをつけるのも忘れて仕事に没頭していたのだ。キャンバスに目をやると、そこには既に五種類の色が加えられていた。色の上に色が重ねられ、その上にまた色が重ねられていた。ある部分では色と色が微妙に混じり合い、ある部分では色が色を圧倒し、凌駕していた。
 私は天井の灯りをつけ、再びスツールに腰を下ろし、絵を正面からあらためて眺めた。その絵がまだ完成に至っていないことが私にはわかった。そこには荒々しいほとばしりのようなものがあり、そのある種の暴力性が何より私の心を刺激した。それは私が長いあいだ見失っていた荒々しさだった。しかしそれだけではまだ足りない。その荒々しいものの群れを統御し鎮め導く、何かしらの中心的要素がそこには必要とされていた。情念を統合するイデアのようなものが。しかしそれをみつけるためには、あとしばらく時間を置かなくてはならない。ほとばしる色をひとまず寝かさなくてはならない。それはまた明日以降の、新しい明るい光の下での仕事になるだろう。しかるべき時間の経過がおそらく私に、それが何であるかを教えてくれるはずだ。それを待たなくてはならない。



2. P281L5-L18,P282L8-L12
 (何ひとつ知らない免色渉という存在を総合的なひとつの形象として絵画的に、画面に浮かび上がらせる)


 私はスツールから起ち上がり、絵の具箱の中から急いで白い絵の具をかき集め、適当な絵筆を手にとって、なにも考えずに分厚く、勢いよく、大胆に自由にそれを画面に塗り込んでいった。ナイフも使い、指先も使った。十五分ばかりその作業を続け、それからキャンバスの前を離れ、スツールに腰掛け、出来上がった絵を点検した。
 そこには免色という人間があった。免色は間違いなくその絵の中にいた。彼の人格は―それがどのような内容のものであれ―私の絵の中でひとつに統合され、顕在化されていた。私はもちろん免色渉という人間のありようを、正確に理解できてはいない。というか、何ひとつ知らないも同然だ。しかし画家としての私は彼を、総合的なひとつの形象として、腑分けできないひとつのパッケージとして、キャンバスの上に再現することができる。彼はその絵の中で呼吸をしている。彼の抱える謎さえもが、そのままそこにあった。
 しかしそれと同時に、その絵はどのような見地から見ても、いわゆる「肖像画」ではなかった。それは免色渉という存在を絵画的に、画面に浮かび上がらせることに成功している(と私は感じる)。しかし免色という人間の外見を描くことをその目的とはしていない(まったくしていない)。そこには大きな違いがある。それは基本的には、私が自分のために描いた絵だった。
 
 私はそれからなおも半時間近く、スツールに座ってそのポートレイトをじっと見つめていた。それは私自身が描いたものでありながら、同時に私の論理や理解の範囲を超えたものになっていた。どうやって自分にそんなものが描けたのか、私にはもう思い出せなくなっていた。それは、じっと見ているうちに自分にひどく近いものになり、また自分からひどく遠いものになった。しかしそこに描かれているのは疑いの余地なく、正しい色と正しい形をもったものだった。




3. P299L1-P300L2
 (ある意味ではあなたはこの絵を発見したのです)


 私は彼の顔を見た。その目を見て、彼が本当の気持ちをそのまま語っていることがわかった。彼は心から私の絵に感心し、心を動かされているのだ。
「この絵には私がそのまま表現されています。」と免色は言った。「これこそが本来の意味での肖像画というものです。あなたは間違っていない。実に正しいことをした」
・・・中略・・・
「しかしどのようにして、あなたはこの絵を発見することができたのですか?」と免色は私に尋ねた。
「発見した?」
「もちろんこの絵を描いたのはあなたです。言うまでもなく、あなたが自分の力で創造したものだ。しかしそれと同時に、ある意味ではあなたはこの絵を発見したのです。つまりあなた自身の内部に埋もれていたこのイメージを、あなたは見つけ出し、引きずり出したのです。発掘したと言っていいかもしれない。そうは思いませんか?」
 そう言われればそうかもしれない、と私は思った。もちろん私は自分の手を動かし、自分の意志に従ってこの絵を描いた。絵の具を選んだのも私なら、絵筆やナイフや指を使ってその色をキャンバスに塗ったのも私だ。しかし見方を変えれば、私は免色というモデルを触媒にして、自分の中にもともと埋もれていたものを探り当て、掘り起こしただけなのかもしれない。ちょうど祠の裏手にあった石の塚を重機でどかせ、格子の重い蓋を持ち上げ、あの奇妙な石室の口を開いたのと同じように。そして私の周辺でそのような二つの相似した作業が並行して進行していたことに、私は因縁のようなものを見ないわけにはいかなかった。ここにあるものごとの展開はすべて、免色という人物の登場と、あの真夜中の鈴の音と共に開始されたようにも思えた。




4. P33017-P331L18
 (いっさいのプランを持たず、何も考えずに、まず一本の縦の線を引いた。私が語るのではなく、線とスペースに語らせるのだ。線とスペースが会話を始めれば、やがては色が語り始める。そして平面が立体へと徐々に姿を変えていく。)


 (註.「私」が妻に別れようと言われて車で放浪の旅に出たその旅先で見かけた男、「白いスバル・フォレスターに乗っていた中年男」の肖像を書き始める)

 今回、私は下描きから始めることにした。私は起ち上がって木炭を手に取り、キャンバスの前に立った。そしてキャンバスの空白の上に男の顔の居場所をつくっていった。いっさいのプランを持たず、何も考えずに、まず一本の縦の線を引いた。そこからすべてが始まっていくはずの、中心をなす一本の線だ。そこにこれから描かれるのは、痩せて日焼けをした一人の男の顔だ。額には深い皺が何本も刻まれている。目は細く、鋭い。遠くの水平線を凝視することに慣れている目だ。空や海の色がそこに染み込んでいる。髪は短く刈り込まれ、まばらに白髪が混じっている。おそらくは寡黙で我慢強い男だ。
 私はその基本線のまわりに、木炭を使って何本かの補助的な線を加えていった。そこに男の顔の輪郭が起ち上がってくるように。自分の描いた線を数歩下がったところから眺め、訂正を加え、新たな線を描き加えた。大事なのは自分を信じることだ。線の力を信じ、線によって区切られたスペースの力を信じることだ。私が語るのではなく、線とスペースに語らせるのだ。線とスペースが会話を始めれば、やがては色が語り始める。そして平面が立体へと徐々に姿を変えていく。私がやらなくてはならないのは、彼らを励ますことであり、手を貸すことだ。そして何より彼らの邪魔をしないことだ。
 その作業が十時半まで続いた。・・・中略・・・その時点までに仕上がった下絵を、私は少し離れた場所から、あちこちの角度から眺めてみた。そこには私の記憶している男の顔があった。というか、その顔が宿るべき骨格ができあがっていた。しかし少しばかり線が多すぎるような気がした。うまく刈り込む必要がある。そこには明らかに引き算が必要とされていた。でもそれは明日の話だ。今日の作業はここらで止めておいた方がいい。




5. P357L8-L16
 (見ればみるほど鮮やかに息づいて見える)



 (註.「私」は、雨田具彦の息子の政彦と美大時代からの知り合いで、その縁で伊豆高原の施設(療養所)に入っている画家、雨田具彦が住んでいた家に今住んでいる。)

 雨田具彦が日本画の筆と顔料で描きあげた架空の人物が、そのまま実体をとって現実(あるいは現実に似たもの)の中に現れ、意志を持って立体的に動きまわるというのは、まさに驚くべきことだった。しかしじっと絵を見ているうちにだんだん、それが決して無理なことではないように、私には思えてきた。おそらくそれだけ、雨田具彦の筆致が鮮やかに生きているということなのだろう。現実と非現実、平面と立体、実体と表象のはざまが、見ればみるほど不明確になってくるのだ。ファン・ゴッホの描く郵便配達夫の姿が、決してリアルではないのに、見ればみるほど鮮やかに息づいて見えるのと同じだ。『騎士団長殺し』という絵を眺めながら、私はあらためて雨田具彦の画家としての才能と力量に敬服しないわけにはいかなかった。



6. P361L7-L15
 (音楽表現も絵画表現と同様のものと見なしている。おそらく作者の考えと同じ。)


  (註.「イデア」が「形体化」して登場した「騎士団長」が、「私」に語る場面。)

「あるいは諸君はその絵を描くことによって、諸君が既によく承知しておることを、これから主体的に形体化しようとしておるのだ。セロニアス・モンクを見てごらん。セロニアス・モンクはあの不可思議な和音を、理屈や論理で考え出したわけじゃあらない。彼はただしっかり目を見開いて、それを意識の暗闇の中から両手ですくい上げただけなのだ。大事なのは無から何かを創りあげることではあらない。諸君のやるべきはむしろ、今そこにあるものの中から、正しいものを見つけ出すことなのだ。」
 この男はセロニアス・モンクのことを知っているのだ。
「ああ、それからもちろんエドワードなんたらのことも知っておるよ」と騎士団長は私の思考を受けていった。




7. P392L3-L10
 (言葉の作品と違って、置かれた場所や見る角度によって絵画作品はイメージが異なる。)


 (註.免色に依頼された肖像画が出来上がり、「私」の谷向かいに住む免色宅を「私」が訪れた場面。)

 私はその革張りの椅子に腰を下ろし、緩やかなカーブを描く背もたれにもたれ、オットマンに両脚を載せた。胸の上で両手を組んだ。そしてあらためてその絵をじっくり眺めた。たしかに免色が言ったようにそこは、その絵を鑑賞するための理想的なスポットだった。その椅子(文句のつけようもなく座り心地の良い椅子だった)の上から見ると、正面の壁に掛けられた私の絵は、私自身にも意外に思えるほどの静かな、落ち着いた説得力を持っていた。それは私のスタジオにあったときとはほとんど違った作品に見えた。それは―どう言えばいいのだろう―この場所にやってきて新たな、本来の生命を獲得したようにさえ見えた。そしてそれと同時に、その絵は作者である私のそれ以上の近接をきっぱり拒否しているようにも見えた。



8. P429L6-L19
 (絵画作品の読み。事実と作者のモチーフ。)


 (ヨーロッパ留学から強制送還のようなかたちで帰国し、日本画に転向した雨田具彦が、秘かに屋根裏にしまっていた「騎士団長殺し」というテーマの絵を「私」が見つけた。)

 構成は完璧だった。これ以上の構図はありえない。練りに練られた見事な配置だ。四人の人々はその動作のダイナミズムを生々しく保持したまま、そこに瞬間凍結されている。そしてその構図の上に、私は一九三八年のウィーンで起こっていたかもしれない暗殺事件の状況を重ねてみた。騎士団長は飛鳥時代の装束ではなく、ナチの制服を着ていた。あるいはそれは親衛隊の黒色の制服かもしれない。そして胸にはおそらくサーベルなり短刀なりが突き立てられていた。それを突き刺しているのは、雨田具彦本人であったかもしれない。そばで息を呑んでいる女は誰なのだろう?雨田具彦のオーストリア人の恋人なのだろうか?いったい何がかくも彼女の心を引き裂いているのだろう。
 私はスツールに座って、『騎士団長殺し』の画面を長く見つめていた。想像力を巡らせれば、そこからいろんな寓意やメッセージを読み取ることが可能だった。しかしいくら説を組み立てたところで、結局のところすべては裏付けのない仮説に過ぎない。そして免色が話してくれたその絵のバックグラウンドは―バックグラウンドと思われるものは―公にされた歴史的事実ではなく、あくまで風説に過ぎないのだ。あるいはただのメロドラマに過ぎないのだ。すべてがかもしれないで終わっている話だ。




9. P476L6-L17
 (画家である「私」の対象を見つめる視線、画家の視線の滲透。)


 (免色に頼まれて、「私」が秋川まりえの肖像画を描くことになる。秋川まりえは、「私」の絵画教室にも通っている少女で、同居している少女の父の妹、秋川笙子と一緒に「私」が住む家にやって来た。)

 秋川まりえと秋川笙子が並んで座っているのを見て、人がまず思うのは、二人はどの点をとっても顔立ちがまるで似ていないということだろう。少し離れたところから見ると、いかにも似合いの母子のような雰囲気を漂わせているのだが、近くに寄ると、二人の相貌のあいだには共通するところがまるで見当たらないことがわかった。秋川まりえも端正な顔立ちだし、秋川笙子も間違いなく美しい部類に入るのだが、二人の顔が人に与える印象は両極端といってもいいくらい違っていた。秋川笙子の顔立ちがものごとのバランスを上手に取ろうとする方向を目指しているとすれば、秋川まりえのそれはむしろ均衡を突き崩し、定められた枠を取り払う方に向かっているみたいだった。秋川笙子が穏やかな全体の調和と安定を目標にしているとすれば、秋川まりえは非シンメトリカルな対立を求めていた。しかしそれでいながら、二人が家庭内で心地良い健全な関係を保っているらしいことも、雰囲気からおおよそ推察できた。二人は母子ではなかったが、ある意味では実際の母子よりもむしろリラックスした、ほどよい距離をとった関係を結んでいるように見えた。少なくとも私はそんな印象を受けた。



10.P482L4-L15
 (人物を描くというのはつまり、相手を理解し解釈することなんだ。言葉ではなく線やかたちや色で) 


「今日はこれから君をデッサンする。ぼくはいきなりキャンバスに向かって絵の具を使うのも好きなんだけど、今回はしっかりデッサンをする。そうすることで君という人間を少しずつ、段階的に理解していきたいから」
「わたしを理解する?」
「人物を描くというのはつまり、相手を理解し解釈することなんだ。言葉ではなく線やかたちや色で」
「わたしもわたしのことを理解できればと思う」とまりえは言った。
「ぼくもそう思う」と私は同意した。「ぼくもぼくのことが理解できればと思う。でもそれは簡単なことじゃない。だから絵に描くんだ」
 私は鉛筆を使って彼女の顔と上半身を手早くスケッチしていった。彼女の持つ奥行きをどのように平面に移し替えていくか、それが大事なことになる。そこにある微妙な動きをどのように静止の中に移し替えていくか、それもまた大事なことになる。デッサンがその概要を決定する。




11.P496L1-L11
 (デッサンの意味)


 私は秋川まりえの三枚のデッサンを何度も手にとって眺めた。それぞれの姿勢と、それぞれの角度。とても興味深く、また示唆に富んでいる。しかしその中からどれかひとつを具体的な下絵として選ぶつもりは、私には最初からなかった。私がその三枚のデッサンを描いた目的は、彼女自身にも言ったように、秋川まりえという少女のありようを私が全体として理解し、認識することにあった。彼女という存在をいったん私の内側に取り込んでしまうこと。
 私は彼女を描いた三枚のデッサンを何度も何度も繰り返し眺めた。そして意識を集中し、彼女の姿を私の中に具体的に立ち上げていった。そうしているうちに、私の中で秋川まりえの姿と、妹のコミ(註.十二歳で病死した)の姿とがひとつに入り混じっていく感覚があった。それが適切なことなのかどうか、私には判断を下せなかった。でもその二人のほとんど同年齢の少女たちの魂は既にどこかで―たぶん私の入り込んでいけない奥深い場所で―響き合い、結びついてしまったようだった。私にはもうその二つの魂を解きほぐすことができなくなっていた。




 第2部
12. P13L11-P14L4
 (画家である「私」の対象を見つめる視線と感覚的な対象把握)


 よく見ると、秋川まりえの目にはどこか免色の目を想わせるものがあった。以前にも感じたことだが、その共通性に私はあらためて驚かされた。そこには「瞬間凍結された炎」とでも表現したくなる不思議な輝きがあった。熱気を含んでいるのと同時に、どこまでも冷静な輝きだった。内部にそれ自体の光源を持つ特殊な宝石を想起させる。そこでは外に向かう率直な求めの力と、完結に向かう内向きの力が鋭くせめぎ合っていた。
 でもそう感じるのは、秋川まりえはひょっとしたら自分の血を分けた娘かもしれないという、免色の打ち明け話を前もって聞かされているせいかもしれない。その伏線があるために、私は二人のあいだに何かしら呼応するものを見いだそうと、無意識に努めてしまうのかもしれない。
 いずれにせよこの目の輝きの特殊さを、画面に描き込まなくてはならない。秋川まりえの表情の核心をなす要素として。彼女の顔の端正な見かけを貫き揺さぶるものとして。しかしそれを画面に描き込むための文脈を、私はまだ見出すことができなかった。下手に描けばそれはただの冷ややかな宝石としか見えないだろう。その奧にある熱源がどこから生まれてきたのか、そしてどこに行こうとしているのか。私はそれを知らなくてはならなかった。




13. P111L2-L15
 (描く対象と対象からの画家への働きかけということ)


 仕事は緩やかに、しかし滞りなく進んだ。私はキャンバスの上に秋川まりえの上半身を描いていった。美しい少女だったが、私の絵には美しさはとくに必要とはされていなかった。私が必要としているのは、その奧に隠されているものだった。別の言い方をするなら、その資質が補償として要求しているものだった。私はその何かを見つけ出し、画面に持ち込まなくてはならなかった。それは美しいものである必要はなかった。場合によっては、醜いものであるかもしれない。いずれにせよ言うまでもなく、その何かを見つけるためには、私は彼女を正しく理解しなくてはならない。言葉やロジックとしてではなくひとつの造形として、光と影の複合体として彼女を把握しなくてはならなかった。
 私は意識を集中し、線と色とをキャンバスの中に積み重ねていった。時には素早く、時には時間をかけて注意深く。そのあいだまりえは表情をまったく変えることなく、椅子の上に静かに座っていた。しかし彼女が意志の力を強くひとつにまとめ、それをじっと保持していることが私にはわかった。そこに働いている力を私は感じ取ることができた。「何もしないわけにはいかない」と彼女は言った。そして彼女は何かをしているのだ。おそらく私を助けるために。私とその十三の歳の少女とのあいだには、交流のようなものがまぎれもなく存在していた。




14. P155L10-L15
 (頭の中の架空のスケッチブックに、架空の鉛筆を使ってその老人の姿を描いた。)


 あてもなく考えを巡らせることに疲れると、私はさきほど目にした雨田具彦の身体の輪郭を脳裏に再現した。そして記憶を確かなものにしておくために、それを簡単にスケッチした。頭の中の架空のスケッチブックに、架空の鉛筆を使ってその老人の姿を描いた。それは私が日常的に、暇があればよくやっていることだ。実際の紙や鉛筆を必要としない。むしろない方が作業は簡単になる。数学者が脳内の架空の黒板に数式を並べていくのと、おそらくは同じ成り立ちの作業だ。そしていつか私は実際にその絵を描くことになるかもしれない。



15. P218L1-L9
 (作品が声に出して語りかけてくる)


 同時進行させていた二つの絵のうちで、先にできあがったのは『雑木林の中の穴』の方だった。金曜日の昼過ぎにそれは完成した。絵というものは不思議なもので、完成に近づくにつれてそれは、独自の意志と観点と発言力を獲得していく。そして完成に至ったときには、描いている人間に作業が終了したことを教えてくれる。(少なくとも私はそう感じる)。そばで見物している人には―もしそのような人がいたとすればだが―どこまでが制作途上の絵なのか、どこからが既に完成に至った絵なのか、まず見分けはつくまい。未完成と完成とを隔てる一本のラインは、多くの場合目には映らないものだから。しかし描いている本人にはわかる。これ以上手はもう加えなくていい、と作品が声に出して語りかけてくるからだ。ただその声に耳を澄ませているだけでいい。

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