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知識の現状についての覚書

2017年05月19日 | 覚書

 戦後思想に「知識人ー大衆」という捉え方があった。これはその時期にその言葉を生み出さざるを得ない必然的な根拠があったはずである。都市と農村が対立的な状況から生み出された近代の「都市と農村」問題も同様だったろう。現実の諸矛盾がそれらのキーワードを疎外する(生み出す)のである。しかし、現在ではいずれも死語に近い。したがって、現在からの視線でそれらの問題をあげつらったり裁断しても意味はない。ちょうど、現在からの視線(感性や意識や考え方)で、太古の人々の輪廻転生のイメージや考え方をなんて迷妄なんだと裁断するのと同様に。さらにまた、遠い未来からの視線で現在を裁断するのと同様に。

 つまり、状況が変貌してしまった。現在では、その「大衆」が知的に上げ底化されてきていて「知識人ー大衆」という対比は、「純文学-大衆文学」でも同様でその境界が曖昧になり液状化している。誰もがファッションのように様々な知識に深く通じるようになってきた。また、素人でも興味関心があれば、文学に限らず音楽やダンスなどの芸術に詳しくなることができる。また、政治や経済問題について論じることもできるだろう。しかし、ほんとうにその分野や領域について何事かを論じ見通せるようになるには十年以上の研鑽が必要なのは言うまでもない。この本質的なことは不変である。ただ、知的な世界というものに気後れしたり構えたりすることなく、気楽に知的な世界に出入りできるようになったことは良いことに違いない。

 ここで、「知識人ー大衆」問題を遙かな太古からの時間の流れから眺めると、その対比・対立の起源は集落の住民と巫女やシャーマンとの関係に原型があると思う。巫女やシャーマンは、普通より優れた「力」を持つ者として選ばれ押し出され集落の人々に仕えるようになったことが始まりだったろう。

 そこから遙かに下って来て、わたしたちは誰でも、気楽に知的な世界に出入りできるようになった反面、知的な世界の恐ろしさをなめてしまったり、知識の形骸に荒んでしまう可能性も持ってしまった。これらの反面は、わたしたちの日々のこまごまとした具体の世界をつまらないものや無意味なものと見なしたり、人間を平板な抽象性で捉えてしまう可能性も秘めているように見える。この現実の世界の具体的な関係で疎外されたり追い込まれたりしているという無意識を抱えている者の場合は特にそうだ。2016年7月26日に起きた「相模原障害者施設殺傷事件」を起こした青年は、ちょうどこのような知識の現状を背景にして負の使者として現れたのではないかと思う。

 現在のように普通の生活者の大半が総知識人になり得る、あるいはなってしまったような状況で、私たちの魂の場所とも言うべきほんとうに帰る場所、すなわち生活の日々の具体と具体的な人と人との関わりを価値の源泉のイメージとして把持するのはとっても大切なことだと思う。つまり、わたしたち普通の人々の「人間力」(内省力)が問われている。
 (ツイッターの「覚書 2017.4.26」のツイートに少し加筆訂正しています)

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