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最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

父の遺した写真 21 草津の天井川

2016年11月07日 | 鉄道
父の遺した写真 21 草津の天井川

 父が数十年前に撮影した写真の内、交通に関連したものを順に紹介している。東海道線から見えた印象的な車窓風景を紹介して、滋賀県まで来ている。

21-1 草津のトンネル 1960.3.25

 東海道本線の草津川トンネルは1889年に開通した。平地より高い所に、堤防に支えられて流れていた草津川の下を貫くトンネルである。写真の右側のレンガ造りのうちの一つがそれだろう。左側のコンクリート製のトンネルは、現在はさらに二つ増やされているから、合計6線のトンネルである。トンネルの造設時に塞がれたものがあるらしいので、もうすこしややこしい。この写真は、トンネルの京都側から撮影したもの。

21-2 トンネルの上から見た京都側 1959.3.5

21-3 トンネルの上から見た草津駅側 1959.3.5

 草津川の堤防から見た写真もある。上は京都側で、客車列車が通過している。下は草津駅側で、貨物列車が見える。この写真を撮った堤防付近は現在緑地となっているが、トンネルはそのまま残っている。上を流れていた草津川は、2002年に南に移動され、現在は天井川ではない。国道のトンネルは、それに伴って河道をくずされて今はトンネルではなくなっている。

 こういった天井川の下を鉄道が通るトンネルは、全国に20か所ほどあるが、近畿地方にとくに多い。鉄道線名でいうと、東海道本線・草津線・奈良線・片町線・近鉄京都線・養老鉄道に複数の天井川トンネルがある。

21-4 草津追分 1959.3.5

 草津川で分断されていたのは、もちろん鉄道だけではない。この写真は一般道で、やはり石積みのトンネルが作られている。草津駅の200メートルほど南の旧東海道で、南つまり京都側から撮ったもの。写真中央の灯篭のような石柱に「東海道いせみち」と彫ってある。写真を撮っているところの後側が草津本陣だから、京都から来たら宿場を抜けてすぐに東海道(と伊勢路)と中山道の分岐があったことになる。江戸時代には宿場、現在は市役所のある南側と、駅のある北側の間に天井川があったのだから、ずいぶん邪魔な存在だったのだろう。
 写真の転載はご遠慮いただきたい。

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