ホルモン屋徒然草~珍しホルブロだ

新米ホルモン屋の親爺の日々。ホルモンのこと、店の出来事、周辺の自然や話題。

郷愁という湯気の香りに誘われて~天玉考2016年

2016-12-07 22:59:29 | 喰う、呑む
当店にもたびたびお見えになる桃知先生のブログ「モモログ4」の本日拝見した「そばバー イングの「天ぷら玉子そば」でランチ」に大いに触発されて「天玉」への想いを小一時間ほど募られた。
記憶は記憶を産み、波となって派生する。
とりとめもなく書き綴ろうと思う。

かの桃知先生のブログを拝見すると、「天玉そば」という呼称が本来で、「天ぷらたまごそば」というのは古めかしき田舎言葉のように覚えるが、それは先生が都会人であり、たぶんほんの少々自分よりお若いからなのかもしれない。
ワタクシ的には、はじめは「天ぷらたまごそば」であり、これを「通」風に「天玉そば」と駅そばのスタンドで注文するには最初の数回は少し勇気が要り、はにかみながら伝えたものだという記憶がある。
学生時代のことであり、お盆・正月に友人と連れ立つ帰郷の折に必ず寄った花巻駅の立ちそばスタンドで、少し大人ぶった風に「オレは天玉」などと「気取って」、おい天玉ってなんだという友人に誇らしげに笑い返したことも想い出す。

そもそも、そのころ、つまり自分の懐と意志で「食」と向き合い始めたころ、蕎麦といえば駅のスタンドであり、始まりは花巻駅であった。
年に数度の帰省・上京の際に、駅のスタンド蕎麦をいただくのがちょっとした贅沢であり、はじめはたぶん「月見そば(そば、たまご入れてね)」であった。
あつあつの汁に白身の端が透明から白く変化したあたりをすすり、熱により少しとろっとした黄身は中程で蕎麦に絡める。
その瞬間が立ち食いの醍醐味となった。
「天ぷら」はやはり「贅沢」であり、なかなか手が出なかった。
「天ぷらそば」と「えび天蕎麦」の違いはそのお代の違いから予測したが、「かき揚げ」という言葉を知るのはしばらくあとのこと。
まして「天ぷら」と「たまご」を一緒に摂るというのは贅沢そのもので、学生時代後期、少しバイトで財布があたたかいときにほんのちょっとの罪悪感とともに頼んだのがはじめだ。
「天ぷらそばにたまご入れて!」って。



最初に猫舌だけどあっつい汁をすする。
花巻のあたりまえのような黒っぽい(そのときはそうは思わなかったが)しょっぱめの汁を舌で味わい、その湯気を鼻で感じた。
天ぷらは少し置いてふやけたところを少しずついただき、最後に黄身に絡ませたそばで〆る。
特にも、年末押し迫り、バイト先が正月休暇に入ってすぐ汽車に乗り、花巻駅に着いてすぐにかけこむそばの味よ。
最初に「お帰り」を言う故郷の味は、駅の立ちそばスタンドの「天玉」であった。

「挽きたて、打ち立て、あげたて」の本格的な蕎麦屋のそばもいいが、自分にはもう一つの「そば」というジャンルの食べ物がある。
三十少し過ぎて、東京勤務になったとき、自分独り研究会のテーマの一つは「山手線そばスタンド食べ比べ」であり、もう一つの必要に迫られたテーマは「山手線構内トイレ」であった。
どの駅の何番線のどちら側のスタンドはどこの経営で、どんな汁で、蕎麦自体の腰や風味はどうで、どんな変わり種があって、いやいやスタンダードのかき揚げの野菜やあげ方や衣や大きさや、そんなあんなを頭にメモした。
同時にいささか腸の弱い自分が、さらに本部勤務のストレスで、なんの予告予兆なく催すものだから、駅の通路のどこらへんにトイレがあり、清潔度は、込み具合は、ペーパーの備えはなんて事を頭に入れておくのは必須のことだった。

業務用製品(外食向け食材)の開発担当だったときに、東京の蕎麦商組合からカレー蕎麦向けのレトルトカレーの開発依頼を受け、これぞとばかりに名だたる東京の銘店を食べ歩いたのは、蕎麦好き冥利につきたのだが、これは「蕎麦」というジャンルで「そば」とは違う趣向である。(従って、余談)

今は駅を利用する機会もほぼなく、大通の立ち食い蕎麦屋もとうに無く、なかなかあの「スタンドそば」には出会えない。
では、自分で作ればと思うこともあるが、単身赴任が「茹でそば 3食入り」なんてのを買うわけも無く、あの小麦粉だらけの天ぷらも今どきのスーパーには無い(立派そうなのはあるが)。
ただ、最近引っ越した事務所のそばの「川鉄」さんには、その手の天ぷらを数種、すごくお安い値段で一枚から買えるから、コストパフォーマンスは悪いけど(単価の問題ではなく)一食分の「茹でそば」を買ってトライしてみようかなどと考えることもある。
でも自分で作っていたんでは、あの「湯気」というご馳走にはありつけない。

写真は2010年のこのブログから引っ張り出してきたものだが(記事は「コチラ」クリック)、さて、今度花巻に帰ったら、早朝、駅(新幹線じゃなく在来線のほう)に寄ってみるかなどと思うが、明日になればまた忘れてしまうはかなきことなのだろう。

余談であるが(立ち食いそば、天玉の想いの波は次から次へと脳のひだひだから押し寄せる)、新入社員からしばらくの仙台支店から毎週の岩手出張の途中の高速道パーキングの立ちそばも想いのつのるものがある。
そして、かの花巻駅の立ち食いそばであるが、やはり同好者はいるもので、かの花巻東町の隠れ酒場「もっきり屋」の主人とはこの話題だけで何度盛り上がったことか。
湯気の中の真っ黒い汁の中、そばとともに懐かしく時にせつなく、こそばゆい想いが詰まっている。
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