あれは,あれで良いのかなPART2

世の中の様々なニュースをばっさり斬ってみます。
ブログ界の「おか上彰」を目指し、サボりながらも頑張ります!

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

あれから12年,決して忘れてはいけない

2007年01月18日 01時02分44秒 | 災害・危機管理
阪神淡路大震災から昨日で12年たちました。
神戸の町はだいぶ復興しましたが,一方で,まだまだ震災の傷跡は大きく残っているようです。

「震災知らぬ市民」3割に 阪神大震災12年(朝日新聞) - goo ニュース

決して忘れてはいけない,これが私たちの使命

この地震,私たちに大きな衝撃を与えました。地震の少ない西日本で,しかも大都市での大震災,さながら「首都圏直下型地震」のシミュレーションとも思われる想定でした。
一方で,この地震を通じ,問題点となる事項を改善するなど,阪神大震災を活かしていこうという動きも多くありました。身近な代表例は,「防災用品を家庭におこう」ということでしょうか。
1月17日,私たちはこの日を決して忘れてはいけません。この震災で犠牲になった方々のためにも,私たちは「今をしっかり生きる」こと,そして「災害対策をしっかりやること」が求められると言えるでしょう。

一方で,先の津波警報では避難する人がほとんどいなかったり,猟奇的殺人事件やいじめ自殺など,災害を軽視し,また人命を軽視する動きもかなりあります。
この光景を犠牲者の方が見たらなんと思うでしょうか?

よろしければ1クリックお願いしますm(__)m人気blogランキングへ
ランキングジャパン

TB先一覧
http://blog.livedoor.jp/duskin/archives/50803947.html
http://imprezza-inada-1973.seesaa.net/article/31577792.html
http://blog.livedoor.jp/masa19681209/archives/50845753.html
http://ameblo.jp/takeyan/entry-10023530907.html
http://blog.goo.ne.jp/menthol7171/e/787bc64f745dfa077a7ee870a0fc21f2
http://fukucat.pussycat.jp/danna/2007/01/12.html
http://rocking-daddy.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/12_511f.html
http://a007mark.fruitblog.net/?45aeb1a00d8cf
http://blog.goo.ne.jp/stardustkid0627/e/43b3acbe9fa0045a3105fd4e7cee7d8b
http://silvertree9201.cocolog-nifty.com/blog/2007/01/1556__e3be.html
http://blog.goo.ne.jp/westimpact19950117/e/0daa3484d8a2c87f2a279952174911f9
http://landscape.at.webry.info/200701/article_1.html

ジャンル:
災害
コメント (10)   トラックバック (11)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« よく分かる(?)シリーズ ... | トップ | 子供か!地方議員不祥事相次ぐ »
最近の画像もっと見る

10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
>あれから12年 (takeyan)
2007-01-18 01:43:52
神戸市役所のずさんな防災施策、そして、関西人の「地震は来ない」という思い込みなど、人災の要素山盛りの事案でしたね。
私も関西人としてあちらにいたときは油断しまくりでした。

特に神戸港の退潮を決定付けたという意味では、神戸市役所はとんでもないミスを犯したと思っています。
他人を批判するより (ともっち)
2007-01-18 11:47:12
我々はどうでしょうか。
きちんと防災への備えをしているでしょうか。
できていないというのがじったいでしょう。

我々は行政を批判する前に
備えをしっかりしましょう。

実体験が無くても (masa)
2007-01-18 12:27:20
 この12年間、私は神戸に移住はしていません。仕事などの滞在もありません。しかし、つくづく「生かされている」と感じるようになりました。
 それまでは架空のものだけと思われていた出来事が現実に起き、多くの犠牲者が出たのですから・・・。

 21世紀になり、実体験が無い人たちでも、この事は忘れてはいけないものだと痛感します。
 そして’90年代からの天災とは、現代のすさんだ多くの殺人・自殺事件への警鐘ではないでしょうか?
遠い日のことなのに・・・ (たかしろ)
2007-01-18 15:56:27
検索から飛んできました。

昨日のように思い出される震災の日。
復興を見れず不本意なまま嫁いで行った無念を、
今こうして五行歌という形で残そうと頑張っています。
どんなスタイルであれ、震災を自分の中から消してはいけない。
それは自分に「どんな言い分があっても自殺してはいけない」と言い聞かせることと同等です。

よろしかったら見に来てください。
>ともっちさん (takeyan)
2007-01-18 15:57:02
私は自治体の議員なので自治体の事が気になります。正直、他人の批判ばかりしている人間には辟易としていますので(笑。
議会にもいますので。

自分の身は自分で守る。ただし、自治体もまた、自治体自身のこと、そして住民への広報、と役割がたくさんあります。その自治体の振る舞いをしっかり監視し、提案したりするのが議員の役目であり、その議員を監視したり、直接自治体に意見するのは住民の役割です。
住民の自衛だけでは街や暮らしは守れません。
takeyanさんへ (ともっち)
2007-01-18 17:28:11
失礼をお許しください。

責任感が強いお方で安心しました。

逆に言えば行政におんぶにだっこでも
いけないと考えています。
そのためにも、我々にできることを必死に探し
やらなければならない。
行政ができること、我々ができることの
峻別が必要だということでしょうか。

その辺り、お組み取りいただきますよう
お願い申し上げます。
takeyanさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-19 00:32:46
こんばんは。
大災害の多くは,実は人災にあるといわれているくらい,無防備なところほど被害は大きくなるものです。
そして,被害を最小限にするためには,防災という発想だけではなく「減災」という発想も必要であるといわれています。
当然ながら,これは,行政だけの力ではできず,住民の力も必要になります。
つまり,「お互いに頑張ろう」という発想で行うことが重要なわけです。
ともっちさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-19 00:36:26
こんばんは。
防災対策というと,「とにかく避難所に行けばご飯が食べられる。あとは行政が全部やってくれる」と安易に考えている人がまだまだ多いのではないでしょうか。
しかし,「防災とは,基本的に自己責任である」という発想を持たなければなりません。実際,避難所に避難しても,普通に食事が配給されたのは,3,4日たってからという場合が多かったです。
防災用品や非常食,水などは,3日分を各自で用意しておくことが防災通の間では常識となっていますが,まだまさ底まで備えていない人の方が多いのが実情でしょうね。
まず,こういうところからもっと意識改革をする必要があるでしょう。そして,それには行政の力も必要なのです。

つまり,行政と住民は,「車輪の両輪」関係にあるのです。
masaさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-19 00:39:02
こんばんは。
阪神大震災は,本当に衝撃を覚えました。映画やドラマ上でしか見たことのない光景が現実に起こってしまっていたからです。
だからこそ,私たちは「未来に残す」ことと「未来に活かす」ことをしなければならないのでしょう。
当然ながら,命を大切にするということは,犠牲者の方々のためにも必須アイテムといえるでしょうね。
たかしろさま,コメントありがとうございました (おかにゃん)
2007-01-19 00:41:20
こんばんは。
五行歌,拝見しました。胸に詰まる思いを感じずに入られませんでした。
ただ,歌を見る限り,多くの方が「過去を振り返りつつも,未来を見ている」という感じがしました。
やはり,「これからいかに生きるか」というのが一番重要なテーマだったのかもしれませんね。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

11 トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
664:阪神大震災から12年 (今日の私感neo)
第664回。今日は… 1)阪神大震災から、今日で12年 の1本でいきます。
阪神大震災から12年 (和光市議会議員(37歳、最年少) 松本たけひろの「持続可能な改革」日記)
防災の話題になるといつも、あの震災を思い出します。 埼玉に既に移り住んでいた私は、大阪在住の、家内の親戚からの電話で目が覚めました。 地震の直後でした。 「凄い地震があったよ。家の食器が全部割れた」 慌てて私は兵庫県明石市の実家に電話しました。 ...
阪神・淡路大震災から12年 (新・だんなの屋根裏部屋)
1995年1月17日午前5時46分、6434名の犠牲を出した阪神・淡路大震災。 ...
阪神大震災1.17から12年 (「感動創造カンパニー」城北の部屋!仕事も人生も感動だっ!)
あれから12年・・・・
12年 (Still Crazy)
明日で阪神大震災から12年が経ちます。今日も生きていることに
1.17 の出来事 (ニュース☆もう新聞紙は要らない)
阪神大震災から丸12年  被災地で地震発生時刻午前5時46分にあわせ追悼セレモニー 6,434人が犠牲となった阪神大震災から、17日で丸12年がたった。 被災地では、地震が起きた午前5時46分にあわせて、追悼のセレモニーが行われている。 犠牲者への追悼セレモニー.. ...
去年も書いたけれど・・・震災の意味 (江戸っ子masaの言いたい放題)
 今日という日と言えば、やはり「1.17」が話題の筆頭に来る。  12年前ということは、干支もひとまわりしてしまったのである。  
1・17 (しっとう?岩田亜矢那)
12年目の朝は冷たい雨の中迎えた。 夕方4時頃、三宮東遊園地に着いた。 献花しようと記帳していると、隣からしきりと 「すいません、すいません」と言う声が。 声の方を見ると、おばちゃんが 「なんか、あの時の事思い出して…字書けんようになってもうて」 ポ ...
#1556 12年目の「1.17」。心の中の風化を止めよう。 (続「とっつあん通信」)
けさの被災地は涙雨でした。 午前5時46分。 いつものようにテレビの前で黙祷。
水ぐらい撒いて行けや! (深いクレバス~阪神淡路大震災を五行歌で語り継ぐブログ~)
一進一退の 被災地に 本当の春は 遠すぎるのか 世相がそうさせている 鎮魂の日に いつも思う 昆陽(こや)池に行きたい! 北淡町で燈籠を流したい! 東遊園地で黙祷したい! とめどなく燃え続ける 街の上を 我が物顔で飛行する 報道ヘリさんよ 水ぐらい撒いて行 ...
あれから12年、震災の日・・・" Sphere-Conference" (「緑」の基地プロジェクトへ、ようこそ・・・)
また、1/17という日が巡ってきて、 普通の日と同じように過ぎていく。