書評⑥ (2007/7/5) hirohisa
山田太一『異人たちとの夏』新潮文庫,1991年
物語のあらすじ。テナントが入るような都会のマンションの一室に住む、妻子と別れ、孤独な日々を送る48歳のシナリオライターが、幼いころに死別したはずの父母と偶然浅草で出会い、そこで死んだときの年齢である35歳の両親とともに不思議な団欒を経験する。一方、同じマンションの一室に住むケイと恋仲になる。胸にやけどの跡があるといって見せようとしない彼女。そんな彼女が「もう両親と決して会わないで」と彼に懇願するが・・・。
「自分は幻覚を見ているのではないか」、「両親に会いたいという気持ちがみせている錯覚ではないか」と自分の精神を疑いながらも、何度も浅草に住む両親に会いに行く主人公。仕事であるシナリオづくりも絶好調。両親のいる浅草という憩いの場の存在と、仕事の快調なすすみ具合により、生気がみなぎり、気分がよいと感じる。順風満帆。そんなとき、脚本の打ち合わせで会ったプロデューサーに怪訝そうな目で見られながら言われる。「・・・身体、なんともありませんよね?」
都会の一角で、主人公が「異人」たちと交流する姿を描くファンタジー。
前回読んだ山田氏の小説である『飛ぶ夢をしばらく見ない』に続いてこれもファンタジーなのだが、その中にあるリアルな人間描写が面白い。主人公は幻覚ではないかと両親に「似た」人物を疑う。しかし次第に幻覚であるかどうかなど問題と感じなくなり、「向こうの世界」に没入していく。
私が今回この小説で印象に残ったところは、主人公が12歳のときに死別してしまった両親と出会い交流を深めていくところを描いた部分。一緒に食事をし、酒を飲み交わし、たわいもない会話をし、硬球でキャッチボールをし、花札をし・・・という具合に、とにかく死別の時までにできなかったことをやる。そこには家族というかたまりがもたらす平和さというか幸福さが滲み出ていて、気持ちがあったかくなる。親子の絆なんていうと大それた言葉に聞こえるが、そのような種類のものが感じられる。しかし、そこには死んだときの年齢35歳の両親と48歳の息子(主人公)という年齢のずれがある。それでも親子は親子。48歳だろうがなんだろうが、息子は息子なのである。両親に囲まれた時間と空間に居心地のよさを感じる。
ファンタジーなんだけれど、心理描写がリアルでおもしろい。主人公の精神状態はいつも正常と異常の狭間をうろついているような感じがする。死んだはずの両親と再会するという事態に遭遇する主人公だが、このような何か突飛な事態が起こったときに、それを自分の精神のせいにして考えてしまう主人公は、とても現代人だと私は思う。現代人は心労がたえないものだ。
山田太一『異人たちとの夏』新潮文庫,1991年
物語のあらすじ。テナントが入るような都会のマンションの一室に住む、妻子と別れ、孤独な日々を送る48歳のシナリオライターが、幼いころに死別したはずの父母と偶然浅草で出会い、そこで死んだときの年齢である35歳の両親とともに不思議な団欒を経験する。一方、同じマンションの一室に住むケイと恋仲になる。胸にやけどの跡があるといって見せようとしない彼女。そんな彼女が「もう両親と決して会わないで」と彼に懇願するが・・・。
「自分は幻覚を見ているのではないか」、「両親に会いたいという気持ちがみせている錯覚ではないか」と自分の精神を疑いながらも、何度も浅草に住む両親に会いに行く主人公。仕事であるシナリオづくりも絶好調。両親のいる浅草という憩いの場の存在と、仕事の快調なすすみ具合により、生気がみなぎり、気分がよいと感じる。順風満帆。そんなとき、脚本の打ち合わせで会ったプロデューサーに怪訝そうな目で見られながら言われる。「・・・身体、なんともありませんよね?」
都会の一角で、主人公が「異人」たちと交流する姿を描くファンタジー。
前回読んだ山田氏の小説である『飛ぶ夢をしばらく見ない』に続いてこれもファンタジーなのだが、その中にあるリアルな人間描写が面白い。主人公は幻覚ではないかと両親に「似た」人物を疑う。しかし次第に幻覚であるかどうかなど問題と感じなくなり、「向こうの世界」に没入していく。
私が今回この小説で印象に残ったところは、主人公が12歳のときに死別してしまった両親と出会い交流を深めていくところを描いた部分。一緒に食事をし、酒を飲み交わし、たわいもない会話をし、硬球でキャッチボールをし、花札をし・・・という具合に、とにかく死別の時までにできなかったことをやる。そこには家族というかたまりがもたらす平和さというか幸福さが滲み出ていて、気持ちがあったかくなる。親子の絆なんていうと大それた言葉に聞こえるが、そのような種類のものが感じられる。しかし、そこには死んだときの年齢35歳の両親と48歳の息子(主人公)という年齢のずれがある。それでも親子は親子。48歳だろうがなんだろうが、息子は息子なのである。両親に囲まれた時間と空間に居心地のよさを感じる。
ファンタジーなんだけれど、心理描写がリアルでおもしろい。主人公の精神状態はいつも正常と異常の狭間をうろついているような感じがする。死んだはずの両親と再会するという事態に遭遇する主人公だが、このような何か突飛な事態が起こったときに、それを自分の精神のせいにして考えてしまう主人公は、とても現代人だと私は思う。現代人は心労がたえないものだ。