いろはにほへと

3人娘も社会人になり、夫婦2人の生活が始まりました。第二の人生の始まりです(^ ^) どう、生きていくか、模索中です。

野際陽子さんの訃報を聞いて

2017-06-16 08:28:04 | 日記
昨夜、ネットニュースで見て、びっくりしました。女優さんとしても好きだったけれど、この方は、私の好きだった父方の伯母にお顔がよく似ているのです。それで、昨夜は、つい、伯母のことに想いを馳せていました。

父の兄弟姉妹は、女2人男4人の6人。野際陽子さん似の伯母が、1番上。真面目な長女。2番目の伯母は、あの時代においても自由奔放な芸術家肌の二女。3番目が、要領のいい長男。そして、遊び好きのお人好しの父。要領良く動こうとするけど、実はとっても要領悪い三男。貴公子然として、みんなに可愛がられた末っ子の四男。6人もいたら、いろいろいるけど、仲の良い楽しい家族でした。

母である私の祖母は、子宮癌を患いながらも、家族の支えで、何年って言ってたかな?13年とか18年とか?聞いた覚えがあるのですが、かなり、長く闘病生活を続け、私が5歳の時に亡くなりました。

野際陽子さん似の長女は、祖母が亡くなった後、数年後には東京在住となりましたが、父である私の祖父は、年に何回か泊りがけで、訪ねて行っていました。当時、祖父と同居していた私は、夏休みなどには、祖父に連れられて東京に行ったものです。結婚前に国語の教師をしていた伯母は、読書家で、家にはたくさんの本があったので、私は夢中で読みふけり、従姉妹たちに、「せっかく来たのに!」とボヤかれたものです。本好きということで、多分、たくさんいる甥や姪の中で、私は、特に可愛がってもらってると思っていましたが、仲の良かった父の兄弟が、祖父が亡くなった後、喧嘩になり、それから、めっきり、伯母とは会うことがなくなったのです。

その喧嘩の発端を作ったのが、この伯母でした。祖父は、亡くなるかなり前から、不動産は、男兄弟4人に、現金は当時、未婚だったもう1人の伯母にと、子どもであった私すらも何回も聞いたほど、みんなに何回も何回も、不動産の分け方まで言っていたのですが、祖父が亡くなった後、伯母が、「今の民法では、子はみんな平等に遺産をもらえる権利がある」と言い出し、三男がそれに同調して裁判だなんだと騒ぎだしたのです。でも、現実、住んでる者、仕事場として使っている者といて、どうやって、平等に分けるのかと、私たちは引っ越すことになるのかと子供心に心配したものです。よくある、醜い遺産争いです。

私は、子どもだったので、詳しいことはわかりませんが、結局、祖父の遺言通りの分け方となり、ただ、兄弟間のしこりだけが残ったようです。

もう、残っているのは、父と三男の叔父だけですが、数年前、末の叔父の葬儀の時にも、親族の中で叔父夫婦だけが離れて座り、どうにもやりきれなかった私は、焼香の時に、ドキドキしながら、私の前に入ってもらうように叔父夫婦に声をかけました。父の機嫌が悪くなるかなと心配でしたが、精進落としの時には、やはり離れて座っていた叔父夫婦に、娘に甘い父は「Kが気を使うから、こっちに座れよ」と声をかけてくれました。叔母は、私に何度も「ありがとうね」と言ってくれましたが、元々、そんなに仲良くない2人です。「何かのおりに、口をきける」たったそれだけのことに何十年もかかるなんて、本当に悲しいことです。

ひとつ残念に思うのが、あの頃、末の叔父が海外にいたこと。もし、叔父が日本にいたら、みんなに可愛がられてた叔父がいたら、完全にこじれてしまう前に、きっと、もっと簡単に笑い話になっていたのではないかと思うのです。

当時、私は、中学生で、あの伯母がどうしてそんなことをいうのか?調子者の叔父が、その場その場で自分の都合のいいように言うのはなんとなくわかったのですが、伯母に関しては、とても、不思議でした。

今になって、違うかも知れないけれど、少し、わかるような気がします。寂しかったのではないでしょうか?

しっかり者の長女で、両親にきっと、1番心配をかけず、たくさんの親孝行をしてあげた伯母です。後で聞いた話ですが、伯母の娘である従姉妹たちは、祖父に自分たちが孫の中で1番可愛がられてると思ってたそうです。そして、祖父と一緒に住んでいた私の弟たちも、やはり、自分たちが1番可愛がられてると思っていました。私は、祖父が男である弟たちに期待と希望を持って、可愛がっているのを知っていましたが(笑)

自分も自分の娘たちも、祖父母にたくさんの孝行して、可愛がられてたのに!でも、何も受け取れないと、わかっていても、いざ、祖父が亡くなってみると、本当に寂しかったのではないでしょうか?

今、自分も親の立場に立って、平等に子どもたちは、可愛い。しかし、後のことを考える時、もし、財産があれば、単純に平等に同じだけ残すというふうに考えるでしょうか?私は、違うと思うのです。どの子も、後の生活が、人生がうまく行くように、立ちゆくようにと考えた残し方をしたいと思うのではないかと、思うのです。子どもたちが、同じように幸せに暮らしていけるようにと。親からの平等と子どもたちから感じる平等は違うのではないかと思うのです。

祖父の分け方は、そうでした。しかも、兄弟の相性まで考えての分け方だったと思います。長女である伯母に関しては、当時の家の考え方もあったでしょうが、嫁ぎ先も、しっかりされているので、安心していたのでしょう。可愛い、可愛くないの問題でなかったと思います。

親の思いと子の思いのすれ違い。子どもは、幾つになっても、どんなにしっかりしていても、親に自分のしたことを認めて欲しい。無視しないで!と思っているのではないか。そんな気がします。理屈でわかっても、感情では、寂しくて、納得いかないのでないか。実は、私は、自分の弟たちを見ていて、そういう親子の気持ちのすれ違いがあると気がついてしまったのです。だからと言って、理屈で説明しても、自分が本当に認められてると感じられなければ、納得はいかないようなのですが。

伯母が亡くなって、もう、何年になるのでしょうか。父に連絡が来たのも葬儀も終わってからでしたから、当然、私も、葬儀にも行っていません。それだからか、いつまで経っても、伯母がいないとは、なかなか思えなくって。

私が最後に会ったのは、結婚して、数年した頃ですから、もう、30年近く前のことです。ずっと、年賀状だけの近況報告を兼ねたお付き合いは続いていましたが。

だからでしょうか?私の中の伯母は、テレビの中で、美しく年を重ねてこられた野際陽子さんと被ってくるのです。そして、その野際陽子さんも亡くなってしまった。伯母が亡くなったと聞いた時も、もっと早くに会いに行けば良かったと思ったものでしたが、今、また、もう一度、伯母に会いたかったなと思います。

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