二人の母

戦後を苦労して子供達を必死で育ててくれた母親達を回想する。

父と母が大喧嘩

2017-06-19 11:26:49 | 日記
父の脊髄カリエスも良くなってきた頃、戦死者の肖像画の仕事は減少し、近くの映画館のおやじさんが、映画館の表に掲げる看板の絵を描いてくれるように頼まれて、そちらの仕事も掛け持ちしていたが、競輪はやめられず、日夜、ノートに選手の成績を付けて予想し、当たる確率を上げるように益々努力し始めた。時には大穴も当てられたが、それまでのレースにお金を使い果たしてしまい買うことが出来ず、やっぱり損ばかりしていました。

母の商売道具のお米をこっそり持ち出して売っていたりしたので、母が、ある日長男を競輪場についていかせ、お金を一部預からせて、いたそうです。ところが、競輪場の近くの浜で釣りをして待っていた長男のところへやってきて、お金を全部もっていたそうです。本命のレース前に使い果たし、あげくのはてに、近くに住んでいた父の妹の所行って「母がお財布を落として困っているので、お金を貸してほしいと頼まれた。」と言わせて、お金を借りさせたのです。その日は儲かったはずなのに返さず、何日か経て、妹から返済の話が来て、母はびっくり!妹も「子供までが私をだました」と怒り出す。
さすがに、母も腹に据えかねて、父と大喧嘩の末に、近くにあった物(たぶん、手に持っていたお茶碗)を投げて、父の額から、血が流れていたのを覚えています。小さかったのですが印象深っかたので、余程の大喧嘩だったのだと思います。
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