大磯の風

<湘南発祥の地 大磯から

四季折々の香りをカメラスケッチ

でお届けするフォトログです>

『歴代首相夫人①』 伊藤博文公

2010年04月30日 05時44分06秒 | 日記

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             『歴代首相夫人①』 伊藤博文公

        大磯には<歴代首相の8人>が住まわれていました。

        伊藤博文(第1,5,7,10代内閣総理大臣)夫人。

        伊藤梅子。  本名はお梅、下関の置屋での源氏名は

        「小梅」といった。  伊藤には萩に妻・すみがいたが、

        お梅に惚れ込んだ伊藤は妻に三行半を突きつけ離縁。

        お梅を身請けして祝言を挙げた。  維新後は鹿鳴館

        外交のホステスをつとめるなど伊藤の政治活動を支え、

        また漁色家だった伊藤の女性関係には口を挟まず

        「当代随一の賢夫人」と謳われた。  1885年に内閣

        制度が成立し梅子は37歳で日本最初のファースト・レディ

        となった。

            <写真「大磯町郷土資料館蔵」>

 

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『大磯の町並』 長者町誕生

2010年04月30日 05時32分00秒 | 日記

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             『大磯の町並』 長者町誕生

         1890年(明治23)8月27日、南下町で出火した火事

         は北下町との境の月貫道路まで広がり、160戸余を

         焼失させた。  南下町全戸数の70%が焼失する大火

         であった。  多くの漁村がそうであるように南下町も

         狭隘な土地に人家が密集していた。  南下町の居住

         状況を改善しようつ罹災者移転を計画した。 ・・・

         こうして完成した新町が長者町である。  このことを

         忘却せぬようにと1892年2月に有志により弁天池の

         脇に移街記念碑が建設された。

             <大磯町刊行「おおいその歴史」より>

 

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『阿波多羅より』 駅から大門

2010年04月30日 05時19分04秒 | 日記

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             『阿波多羅より』 駅から大門

         司馬遼太郎の「胡蝶の舞」の中に松本良順が主役と

         して描かれている。  幕臣として蘭方医学を通し、

         開眼さをしめしている。  将軍家茂の信任厚く、乞われて

         同じ床に寝ている。  ・・・・

         幕臣の人材の多くは明治になって市井にかけれてしまった

         が、松本順は軍医総監となり、多くの人材を育てた。

         この寺の墓地に大きい自然石に林外務大臣筆で松本順

         先生墓と刻まれている。

               <重田哲三著「阿波多羅」より>

 

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『大磯今昔』 大磯駅

2010年04月30日 05時12分04秒 | 日記

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              『大磯今昔』 大磯駅

          大正時代の<大磯駅駅舎>です。  後方の

          坂田山斜面には未だ家が建てられていません。

              <「郷土資料館蔵」>

 

          

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『大磯随想 - 獅子文六』 大磯自慢

2010年04月29日 05時36分40秒 | 日記

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            『大磯随想 - 獅子文六』 大磯自慢

        暑くなって、大磯へきてるが、べつに涼しいこともない。

        東京に比べて、二度ぐらい温度がちがうかも知れないが、

        軽井沢の涼気は、まったく求められない。  それでも、

        ここへくれば、どうやら夏がしのげるのである。  風が

        あるし、第一、空気の吸い心地がいい。  水道も制限

        なく、いつでも出る。  魚と野菜が新しい。  人も

        来ないし、電話もかかってこない。  それくらいで、小生

        は満足であって、単に涼気を求めるために、あの軽井沢

        生活なるものをガマンする気になれない。  それに、

        大磯には、ほとんど、避暑地気分がなくなってしまったのも、

        気持ちがいい。  ・・・・・

        もう大磯は東京の郊外であり、昔の光今いずこというのが、

        大磯の現状であるが、そこがどうも私には捨て難い。

        シワだらけのばあさんになった名妓というようなものであって、

        キャバレーのNo1より話し対手にはよろしい。 ・・・

             <「獅子文六全集」より>

 

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『大磯の町並』 山王町

2010年04月29日 05時28分21秒 | 日記

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             『大磯の町並』 山王町

         昨日ご紹介しました<高麗>のすぐ西側に位置

         する<山王町>です。  写真の場所は<旧東海道

         山王の松並木>で11月上旬には「宿場まつり」の

         主会場となります。  一時、1月2日・3日に開催

         されます「箱根駅伝」もこの道をコースとしていました。

 

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『大磯の今昔』 花水川鉄橋

2010年04月29日 05時22分49秒 | 日記

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             『大磯の今昔』 花水川鉄橋

          大正時代の<花水川鉄橋>です。  この川が

          大磯町と平塚市の境界となっています。

             <写真は「郷土資料館蔵」>

 

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『気になるお店』 すとれんじふるうつ

2010年04月28日 05時25分38秒 | 日記

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            『気になるお店』 すとれんじふるうつ

         国道一号線をはさんで大磯中学校の斜前に

         <ギャラリー大磯>ありその二階です。

         たまたま<ピンポイントHP>を閲覧していましたら、

         お店が紹介されていましたので引用させていただきます

         「ジャズの生演奏などもしているそうです、天井高7M

         の吹き抜け空間にマジソン・スクェア・ガーデンに

         使われた巨大なスピーカーを設置。  LP4000枚を

         所蔵。  ライブ終了後の19時からは通常のジャズ

         喫茶となるそうです」

         一度覗いてみたいですね

 

 

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『万台より王福寺』 迎接院

2010年04月28日 05時12分03秒 | 日記

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            『万台より王福寺』 迎接院(こうじょういん)

         昭和52年の10月に県立博物館で神奈川県の彫刻展

         があった。  ことに大磯町から王福寺の薬師如来、

         慶覚院の千手観音・地蔵菩薩、迎接院の阿弥陀如来、

         善福寺の阿弥陀如来・親鸞聖人像等の六体。 ・・・

         迎接院に詣でた。  ここの阿弥陀如来は鎌倉期の

         ものとされているが均整がとれて定朝の様式で美しい

         顔をしている。

              <重田哲三著「阿波多羅」より>

         写真の迎接院は一昨年取り壊され、現在は新しい

         本堂が建てられています

 

         

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『大磯の町並』 高麗

2010年04月28日 04時55分39秒 | 日記

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              『大磯の町並』 高麗

        今日は<高麗の町並>をご紹介します。  大磯で

        一番東側に位置し、歴史のある地区です。

        写真左上は<旧山本丘人邸と堀文子女流画家>が

        住まわれている付近で堀邸には樹齢400年のホルトノキ

        が聳え立つように立っています。  写真右側は<元紀州

        徳川家の別荘跡>付近です。  明治29年6月25日に

        徳川茂承(紀州徳川家14代)がここで初めて土地を購入

        別荘を造りました。  高麗山の麓の人は紀州徳川家の

        別荘を紀州さんと呼んでいた。  高麗山に太古朝鮮から

        高麗権現を勧請したとの伝説があるので別荘を「高麗園」

        と名づけたそうです

             <「大磯宿HP]参考>

 

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