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若者に教えられた親切 香山リカのココロの万華鏡

2016年12月07日 12時48分25秒 | 
若者に教えられた親切 香山リカのココロの万華鏡
2016年12月6日 (火)配信毎日新聞社

 電車の中でのひとコマ。
 横並びで座るタイプのシートに座っていたら、ちょっと離れたところから、うなり声のような声が聞こえてきた。そちらに目をやると、手をバタバタさせる青年を、隣に座った人がなだめている。状況から、精神の障害がある若者と付き添いの職員だと思われた。作業所に行く途中かもしれない。青年はかなり大きな声を上げたので、近くに座っていた乗客は驚いて席を立ってしまった。
 声をかけるべきかと迷っていたら、向かいのシートに座っていた学生らしき若者が立ってさっと近づき、その職員に「お手伝いしましょうか」と小さな声をかけた。職員は顔を上げ、「大丈夫です、どうも」とひとこと。若者は「わかりました」と自分の席に戻り、しばらくして、その青年も落ち着きを取り戻した。
 ただそれだけのことだが、私は胸がいっぱいになった。いまの時代、面倒なことにはかかわりたくない、という人が多い。誰も自分のことで精いっぱいなのだ。ところが、その学生風の若者は違った。ためらう様子もなく席を立ち、決して押しつけがましくない形で援助を申し出たのだ。
 これは、簡単なようでなかなかできることではない。駅や商店で何らかの障害を持っている人を見かける機会は少なくないが、その人たちがちょっと困っていても、こちらから声をかけるべきかどうしようか、と迷っているうちに、タイミングを失ってしまうことが多い。
 知人の女性は、混雑している駅のホームで視覚に障害を持っている人を見かけたら、「改札口までごいっしょしましょうか」と声をかけることにしているそうだ。「いや、いいですと言われたら、わかりましたと引き下がればいいんだよね。きっと、その人も気を悪くすることはないと思う」という彼女の言葉は、まったくその通りだ。
 「お手伝いしましょうか」と申し出て、「お願いします」と言われたらそうするし、「けっこうです」と言われたら「では」と笑顔で離れる。それをためらう必要はないのだと、電車の中の若者に教えられた気がした。
 目的地の駅に着いて降りるとき、私もちょっとだけ勇気を出して若者に声をかけた。「先ほど、すごく親切なことをなさいましたね」。若者は「いや、どうも」と、照れくさそうに笑顔を返してくれた。
 その日は一日、気分がよかった。(精神科医)
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きいて!きいて!
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