日々

しあわせにと祈る

老人

2017年04月21日 22時59分02秒 | 
最近自分バッシングが根強い
いままで、昨日まで、なぜ生きてきたのか
どう生きていたのか
その意味は何だったのか
今は幸福か?不幸か?
そんな思いが堂々巡りしている。
なぜなぜなぜ?
生きている?
そんなにも騒がれながら
認知症者が運転する
危ない、危険。
どう止めさせる?
介護施設が足らない、介護者が不足する
そんな声が婆をバッシングする。

さようならさようなら
もう、しっかり生きてきた
十分生きてきた
もういいよ。
そんな声が腹から聞こえる。
そうだ、その声が自分バッシングなのだ。
これが、老人なのだ
老人は辛い。
介護する人は辛いことだろう。
徘徊する父母、どう乗り切る?
でも、本人はもっと辛い、大変だ。
そう言ってくれてもいいじゃない?
生きるって今はたいへんだねっと

婆はこれからを思うと
自分バッシングで憂鬱。

そんな老人の悲哀を身に浴びながら
ここ何年生きただろう。
でも、
だからといって、時は解決してはくれなかった。
老人の本音に耳を傾けて、
音なき声に関心を向けて

申し訳ないです。

そう思いながら、明日は忙しい
ここの所、すごく忙しい。
孫の喘息と受診。
自治会の会計。
庭仕事。
掃除洗濯買い物食事作りに片付け。

こんなにも活躍しているのに
自分バッシングは将来の自分
近づく無能。

普通の老人は
こういう風に憂鬱になっていくだろう。
そして
老いぼれて
しぼんで
消える。

この老人心理を乗り越えるには?
肉を食おう
果物を食べよう
明日はすき焼きとスイカ

ああ、しんど
これでいいのだ
そんな明日でいいのだ。
笑え笑え
しんどいとちゃんということ
それでいいのだ
それが老人の目的なのだ。
ジャンル:
きいて!きいて!
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