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"おいない"の京都最新情報

2017-07-07 17:30:57 | 京都最新情報

 【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】
 

§「七夕」の七日、京都市内の神社では、ササ飾りが並ぶ境内で、さまざまな七夕行事があり、大勢の参拝客でにぎわった。

北野天満宮:「七夕祭」

★北野天満宮では、午前中に神前に菅公愛用の「松風の硯」や水差し、梶の葉(短冊の代用品として使われていた)、季節の野菜、御手洗団子等をお供えして御手洗祭を行います。
また、午後から七夕祭として、楼門前広場で七夕の踊り等があります

地主神社・「七夕祭」:ササに結ばれたこけし形の短冊


★地主神社と言えば本殿前の「恋占いの石」が有名ですが、今日は七夕の日。紙の「七夕こけし」に、自分の名前と相手の名前をそれぞれ仲良く書いて笹竹に吊し、良縁達成・恋の成就祈願をします。
縁むすびの神さま、大国主命を主祭神として祀っており、境内にある一対の「恋占いの石」。一方の石からもう一方の石へと、目を閉じたまま歩いて無事に辿り着く事ができれば恋が叶うと言われています。

白峯神社:蹴鞠奉納(観客)04’、7

★「七夕」の七月七日、平安時代に蹴鞠を大成した公家・飛鳥井家が守護神として「球技や技芸の神様」として知られる精大明神を祀る上京区・白峯神宮で、恒例の「精大明神例祭」が催され、境内では蹴鞠保存会による蹴鞠奉納と「織り姫」「彦星」役の他、地元の五歳から十二歳までの女児二十人が、元禄時代の鮮やかな衣装に身を包んでおしろいに紅を差し、太鼓を打ち鳴らし、短冊で飾ったササの周囲を音頭に合わせて優美な七夕小町踊「織姫舞」を奉納する。
小町踊りは、元禄年間に西陣の少女が芸能の上達を祈り踊り歩いたことや、公家が七夕の日に詠んだ歌を御所に届ける文使の共が、道中で舞った踊りが始まりとされる。同神宮では元禄時代の衣装を復元し、一九六二年から毎年この日に披露される。蹴鞠の奉納も行われる。

 

白峯神宮で小町踊り


 §蹴鞠について§
日清戦争の際、広島の大本営で京都在住の公家が明治天皇に蹴鞠を披露した。その後、天皇から蹴鞠を保存せよとの御下賜があり、明治三十六(一九〇三)年に蹴鞠保存会が出来た(今年で創立百十年目)。
雅な王朝風の遊戯であり、サッカーの元祖とも言われる。
蹴鞠の歴史は、約千四百年前に中国から仏教とともに日本に伝わった。
鎌倉時代には後鳥羽天皇のバックアップもあり、「蹴鞠道」として出来上がった。
公家は「歌鞠両道」といって、和歌と共に蹴鞠は必要条件だった。
蹴鞠は勝ち負けがないのが特徴で、使うのは右足だけで、ひざを曲げず、靴を地面に擦るようにして蹴る。鞠を受けたら三回目に上半身は動かさずに相手に渡すのが基本。
蹴鞠の際の掛け声「アリ」・「ヤウ」・「オウ」の意味は神様の名前を呼んで応援を請うている。アリは夏安林、ヤウは春陽花、オウは秋園。鞠の製法は裏返しにした二枚の鹿皮を、馬の背皮で縫い合わせている。
蹴鞠を行う庭は約十五㍍四方の大きさで、四隅に掛かり木があり、神様が宿っているとされ、鞠庭に入るのは、神仏に祈るような心境。装束にも特色があり、装束や烏帽子は位によって色や形が違う。袴は張りがある葛で作られる。鞠靴は革の靴と足袋をくっつけ形で、脱げにくい。
「逸 話」… 蹴鞠で脱げた中大兄王子の靴を藤原鎌足が拾ったことで二人が接近し、六四五年の大化の改新につながったと言われる。 

貴船神社「水まつり」(横長」)

★京の奥座敷・洛北貴船の貴船神社は生活に欠かすことの出来ない水を司る神社として、水商売をはじめ、酒屋・風呂屋・傘屋・染色業・農業の人など、水のおかげで生活できる人々の信心を集め、又船員や船旅に出る人が、お参りに行きます。平安朝の昔には、朝廷の勅使が雨乞いのときには黒馬を、止雨のときには白馬を神前に奉納して祈願したといわている。
現在も三月九日に行われる雨乞祭にそのなごりがしのばれる。
七月七日には京都の年中行事として有名な「貴船の水まつり」が毎年盛大に行われます。この祭りは水徳をたたえ一年の水の恵みに感謝をこめて祈願するものです。
神事の他、裏千家による献茶・楽辰會の舞楽奉納・烏帽子姿の生間流家元による式包丁があり、古式にのっとった鯛、鯉の料理が披露され、藤森神社鳴鳳雅楽会の雅楽雅楽奉納が行われます。
全国から水関係の信者が毎年多数参拝されているようです。
八月六日までは、貴船一帯日没から午後八時まで「七夕ササ飾りのライトアップ」が行われる。(土・日・祝日は午後九時まで) 八月十五日まで。
青竹の筒に入れられたろうそくの光が、優しく足元を照らします。 

 ☆また、山峡の風情を味わう「貴船川納涼川床料理」で自然の涼しさいっぱいの京の別天地へお越しになっては如何でしょう。
残暑の厳しい京都、九月中旬頃までは賑わいます。十六軒の料理屋さんが貴船川に沿って立ち並んで居ります。どことも川に床を出しての席で情緒と涼しさは抜群です。
その分、料理のわりには値段は少々↑?のようです。

貴船神社・水まつり:「生間流家元奉仕による式庖丁」

§ 周辺の見所は §
▲貴船神社は水の神様と共に縁結びの神様としても有名で、男女の縁だけでなく、人と人との縁も結ばれると言われ、子授けなどあらゆる縁結びに霊験あらたかであると伝えられています。
▲下流に蛍岩と呼ばれている大きな岩があり、平安中期の歌人・和泉式部が夫の心が遠のいたのを嘆いて、祈願したときに詠んだ歌の場所です
▲もともと貴船神社の本社であった今の奥宮の神殿の下には日本三大竜穴の一つ、貴船竜穴(その他 大和の室生竜穴、備前の竜穴)があります。

           【祇 園 祭 シ リ ー ズ】

★山鉾巡行で綾傘鉾の先頭を歩く稚児に選ばれた五~六歳の男児六人の「社参の儀」が七月七日、八坂神社であり、巡行の無事を祈った。
六人は、町内の子どもとして受け入れる儀式の「結納の儀」を済ませ、金色の烏帽子と華やかな狩衣姿の稚児が保護者に連れられ、八坂神社の南楼門から入り、本殿に上がった。玉串を奉納し、神木のスギの葉を包んだ「杉守り」や、宮司から「神の役」を務めることを認める「祇園祭神役之事」と書かれた「宣状」を順番に受け取り、正式な稚児と認められた。
続いて「お千度の儀」では、本殿の周囲を歩いて三周回り、正面と背面で手を合わせ、巡行本番の安全を祈る。
綾傘鉾の稚児は保存会の推薦を受けた子どもから選ばれ、山鉾巡行(十七日)では綾傘鉾の先頭を歩く。

★祇園祭の雰囲気が高まるこの時期に、井上流門下生による祗園甲部「みやび会」の芸舞妓約八十人が夏場の健康と芸事の上達を祈願する恒例の「お千度」を七月七日、祗園・八坂神社で営まれた。
京舞井上流家元の井上八千代さん門下生らが新調したそろいの白い浴衣姿で勢揃いし、境内は華やいだ夏の風情に包まれた。京舞井上流のお弟子さんたちは家元の井上八千代さんに「おはようさんどす」と挨拶を交わしたあと、本殿の周囲を静かに歩いて願をかけた後、本殿神職からお祓いを受けた。
今年の浴衣は白地にひょうたんをあしらったデザインで、日傘を手にした芸舞妓たちが午前九時半ごろから次々と神社を訪れた。いかにも涼しげなデザインの新調した揃いの浴衣姿で参拝し、境内を華やいだ雰囲気に包んだ。境内を華やいだ雰囲気に包んだ。
居合わせた観光客らや大勢の写真愛好家たちは、京情緒が漂う光景に参
拝姿をカメラに収めていた。

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