

常紋越えの蒸気機関車運転も無事終了した様ですね。見に行けずに残念な思いと、このところの天候不良でのネタ切れも手伝って、古い写真や資料を再発掘してみました。
初めて常紋信号所を訪問したのは1971年、大学4年の夏休みでした。この時の写真はポジにカビが生えて惨憺たる状態ですが、1年後の夏、会社の夏休みに渡道した時のポジは今でも何とか見られる状態です。
1971年にも72年にも、渡道の時に持って行った2冊の別冊週間読売、ボロボロですが今も本棚に健在です。この雑誌と35mm一眼レフ2台、レンズ3本を持って道内をあちこち回り、両年ともそのうちの1日を常紋信号所訪問に費やしています。
1972年に渡道した時の、既に拙HPやブログで掲載している列車ですが、少し違った角度のコマや、日の目を見なかったコマなどを今日から数回に渡ってご紹介したいと思います。
最初はD51608と29681のプッシュプル、朝の上り1590レです。夏なのであまり煙が有りませんが、後補機が頑張っている様子が伺えます。
この後、モノクロで数コマ撮って、更にカメラに持ち替えて、再びカラーで撮っています。蒸気機関車の速度が遅いので、こんなことも出来ました。
石北本線 金華〜常紋信号所 1972年8月2日撮影










確かに煙は薄いですが、現役の重みといいますか、雑多な貨車も併せてすっごい素敵ですね。
こういった様々な現役時代の写真を見て思いを馳せていたんで、そのイメージを大切にしたいなんて無理を言って(本当は仕事だったんですが無理すれば試運転は行けたかも・・・)行かなかった自分が情けないですね。憧れた地を信じて行けばよかったかな??
常紋シリーズ(ですよね)楽しみにしています。
ちなみに・・・71年って・・・まだ小学生でした。僕も大学生だったら・・・。たらればはいけませんね。(^^;;;
このエントリーを拝見し鈍器で頭を殴られた感じに
なりました。完璧に目の毒なものを見た気がします(笑)
71年〜72年は未だ会津線や只見線に引きずられて
行っていた頃で流石の祖父も父も北海道までは頭が
回らなかったようです。いくら家族パスがあると
言っても鼻たれガキが一人で北海道は無理でしたし。
もう少年のころからずっとずっと鉄道がお好きなんでしょうね!!
雑誌表紙のふるびた感じ、きっと饐えたにおいの古い本ですよね。
そのにおい分の思い出がつまった記事
これからも楽しみです。
>蒸気機関車の速度が遅いので、こんなことも出来ました。
今では考えられませんね。
ゆっくり旅したいなぁ。
常紋の思い出を少し綴りたいと思いますが、大した写真はないので、あまり期待しないで下さい。(汗)
71年〜72年というと未だ只見線に客車列車が残っていた時ですね。お祖父様やお父上と一緒に鉄道旅行とは羨ましい限りです。
これから何回か、カビくさい写真や退色した写真が出てくるかも知れませんが、懲りずにお付き合い頂ければ幸いです。
この続きも、楽しみにしております。