フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月3日(火) 晴れ

2017-01-04 14:52:44 | Weblog

9時、起床。

今日も穏やかな正月日和。

お昼に川越から妹夫婦が来る。

鮨は「濱清」からとる。いつも個別の桶にしてもらっていたが、今年は三人分を一緒盛りにしてもらう。

一緒盛りの長所:見た目が華やかである。

一緒盛りの短所:自分が何を食べたかを忘れてしまい、同じネタを二貫食べてしまったりする(あるいはそうならないように気を遣う)。

今年もよろしくお願いします。

見慣れない人がいるので入りにくそうにしている野良猫のなつ。

3時頃、妹夫婦は帰って行った。駅まで見送る。

サンライズ商店街の中ほどに、古い、まだ入ったことのない喫茶店がある。純喫茶「リオ」である。

正月なので入ってみることにした。私は馴染みの店に繰り返し行くタイプだが、たまに新規開拓もする。

「営業中」の札の隣に「タバコを自由にお吸いいただけます」の札が出ている。昭和の喫茶店である。

店内は意外に奥行きがあり、4人掛けの手テーブル席が4つほどと、カウンター席で構成されている。テーブル席に先客が一人(中年男性)、コーヒーを飲みながら煙草を吸っていた。マダムがカウンターで新聞を読んでいた。80歳くらいだろうか。瘦身で、背筋は伸びている。

コーヒーとトーストを注文。

注文したあと、鞄の中を見たら、財布が入っていないことに気づく。またやってしまいました。初めての店である。「ツケ」は効かない。「ちょっと電話して来ます」とマダムに断わって、店の外で妻に電話をして、お金を持って来てもらう。

この店のトーストは厚切りではなく、8枚切りのパンを2枚使っている。焼きはまんべんなく、バターもまんべんかく塗ってある。丁寧な仕事だ。

この店は初めであることを告げ、昔からやっているお店のようですが・・・とマダムに話しかける。「はい、60年になります」とマダムは答えた。「昭和31年の創業ということですか」と私が確認すると、「そうです」とマダムは少し誇らしげに答えた。「ずいぶんお若い頃から開業されたんですね」と私が言うと、「ええ、若い頃ですが、15や20そころでは開業できませんからね」と言ってマダムはニヤリとした。つまり、25歳のときだとしても(ご夫婦で始めたのだろう)、今年で85歳ということになる。90歳近いのかもしれない。それにしてはかくしゃくとしている。土地の方で小学校は相生小学校だという。「私も相生小学校の卒業生です」。ここからはもう会話はスムーズである。たくさんおしゃべいをした。「リオ」を始める前は銀座で働いていたこと、喫茶店で食事を出すのはいかがなものか(料理の匂いが店内にこもるから)という考えをもっていること、少し前に閉店した喫茶店「麦」のマダムのご主人は一流のバーテンダーであること(ただ酒を出すだけではバーテンダーとはいえない)、輸入盤のレコードの音のいいこと、退会した喫茶店の組合への不満などなど、たくさんお話を聞けた。民話の語り部とフィールドワークの民俗学者のようであった。

夕食は雑煮。

食後、1時間ほどして、妻とウィーキング(&ジョギング)に出かける。今夜も寒いという感じではない。専門学校のキャンパスの周囲を妻は6周、私は10周する。妻が先に帰宅し、風呂に入り、妻が風呂を出る頃に、私が帰宅するという流れである。

深夜、録画しておいた『孤独のグルメ』特別編を観る。2回分に相当する内容だったが、「井之頭五郎の長い一日」という副題が示す通り、昼食の上海家庭料理と深夜のステーキは別の日ではなく、同じ日なのだろう。スゴイな(別の日でもスゴイけど)。番組の性質上、主人公は同じ店を再訪することはないが、今回は同じ店を再訪しようとして、一軒目は満員で(川崎の焼肉屋)、二軒目はすでに閉店していた。あの演出の意図はなんだったのだろう。たんに腹ペコ状態の演出のためであろうか。いや、そうではあるまい。腹ペコ状態の演出ためだけであればわざわざ一度行った店を出す必要はないだろう。おそらく「番組で取り上げた店のその後」はどうなっているのかという関心あってのことだろう。一方に番組で取り上げられたせいもあってますます繁盛している店があり、他方に何らかの事情で閉店してしまった店もあるという、明暗というか、栄枯盛衰というか、この番組もそれなりの歳月の中で作られているわけで、その歳月に思いをはせたかったのではないだろうか。シーズン6が決定したという告知もしっかりされていた。

3時、就寝。

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