フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

3月5日(日)晴れ

2017-03-06 17:53:35 | Weblog

8時半、起床。

トースト、サラダ(炒り卵)、紅茶の朝食。

11時過ぎに家を出て、神楽坂へ。今日は二カ月に一度の「いろは句会」(第21回)が「SKIPA」で行われる日だ。

本日の出席者は6人(紀本さん、恵美子さん、真由美さん改め理衣さん、蚕豆さん、こかよさん、私)。私以外の5人はすでにいらしていた。あゆみさんと餃子屋さんは欠席で、投句のみの参加。

抹茶オレを注文。初めて飲んだが、美味しかった。句会に合っていると思った。

今回の作品は24句。一人3句で(自由題2句、兼題=「鬼」1句)。

選考が始まった。

徐々に絞り込んでいって、最終的に私が選んだ3句は以下の作品。

 天(5点) 私語の無い自習のような菜種梅雨

菜種梅雨(なたねづゆ)とは菜の花の咲く頃に降り続く長雨のことである。春のうきうきした気分に文字通り水を差すもの憂い雨である。しかし、春愁(しゅんしゅう)という言葉があるとおり、春の底にはどこかしら沈んだ気持ち(憂鬱)があるものである。こうした心情はとくに4月に始まり3月に終わるというサイクルで仕事をしている教師の私にはよくわかる。さようなら、お元気で。やれやれ、また一から始めるのかと。「私語のな無い自習のような」という比喩が秀逸。しとしとと音もなく降る雨なのである。小野小町が「花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」と詠んだとき、彼女が眺めていたのはそういう雨である。

 地(3点) 花束を赤子のように抱けば春

この花束はおそらく職場を去る人が受け取る花束であろう。それを赤子を胸に抱くようにそっと抱くのである。その人が定年退職で職場を去るのであれば、その赤子は孫と重なり、その人が出産退職で職場を去るのであれば、その赤子は自身の子どもと重なる。春は人生という舞台の一つの幕が下りて、新しい幕が開く季節でもある。人生は演劇だとシェークスピア(の芝居の登場人物の一人)は言っている。

 人(1点) ひとつふたつ根に持っている鬼は外

兼題「鬼」を詠み込んだ句から一つ採った。「鬼は外!」と叫びながら見えない鬼に向かって、あるいは鬼の面を被った誰かに向かって、豆を投げつけるとき、そこにいくばくかの私怨が込められていることを詠んだ句である。わかる、わかる。でも、ちょっと怖い。

各人が選んだ句が披露され、集計が行われた墟、作者が明らかにされる。結果は以下の通り。

10点(特選) 私語の無い自習のような菜種梅雨  あゆみ

今回欠席のあゆみさんの句である。私と理衣さんの二人が「天」を付けた。選評の中で「のような」という直接に比喩であることを示す語が使われている点がいかがなものかという感想もあったが、「私語の無い自習」という独創的な比喩をもちいる場合、「のような」を使わないと比喩であることが伝わりにくのではないだろうか。たとえば、「私語の無い自習中の教室の窓から春の雨を眺めている」というような情景がミスリードされてしまうのでないだろうか(この句は「教室」という物理的空間とは関係がない)。

9点 白梅が好きと唇うごきけり  たかじ

私の句。恵美子さんから「天」、蚕豆さんから「地」、理衣さんから「人」をいただいた。先日、卒業生のチヒロさんと池上の梅園にと行ったときのこと。私が彼女に「白梅と紅梅、どちらが好きですか?」と尋ねたら、彼女は「白梅が好きです」と答えた。「上品だから」というのが理由であったが、そう答えたときの彼女の口元は紅梅を思わせるものだった。そういう句である。成人向きの句です(笑)。ずっと以前の句会で、私が「カキ氷女は赤き舌を出す」という句を披露して、マブチさん(最近お目にかからないが)から「こういう品のない句はいけません」と評されたことがあった。もしマブチさんがいらしたら同じことを言われたかもしれない。

6点 猫の恋そっと寄り添う草書体  蚕豆

紀本さんが「天」、こかよさんが「人」をつけた。これも成人向きの句である。いや、成猫向きというべきか。ポイントは「草書体」で、しなやかな感じが猫の身体を連想させる(最近、私は毎日野良猫をよしよししているのでなおさらだ)。ただし、「猫の恋」(春の季語)というのはやたらに騒がしいもので、「そっと寄り添う」という表現がそぐわないと感じる。その点を感想で述べると、蚕豆さんいわく、「猫にもいろいろいて、穏やかな猫の恋といのもあるのではないでしょうか」。う~ん、個体差をもってこられると、一般論ではものが言えなくなりますね(笑)。

5点 春雨に地中の何か蠢(うごめ)けり  こかよ

蚕豆さんが「天」を付けた。作者いわく、「蠢(うごめ)く」という字を使いたかった」。「春」の下に「虫」が2つ並んだ字である。その気持ちはわかる。たぶんあゆみさんも「菜種梅雨」という季語を使いたかったのだろうし、蚕豆さんも「猫の恋」という季語を使いたかったのだろう。初めに言葉ありき。作品は後から生まれてくるのだ。ここで蠢いているものは何だろう。私が思うにオケラである。しかし、異界からやってきた化け物の可能性も捨てきれない。地中を掘ってみたくなる。恐怖より好奇心がまさるのだ。もしかしたら小さな鈴が一個出てくるかもしれない。なんだ、『騎士団長殺し』じゃないか。

5点 鬼ウマイとしか言わない男にチョコ  紀本直美

こかよさんが「天」を付けた。「鬼ウマイ」というのは若者(中高生)言葉で「とてもウマイ」という意味である(そうだ)。「チョーなんとか」の類語である。そういう馬鹿っぽいというか、ボキャブラリーの貧困な男に手作りチョコレートをプレゼントするときの女の気持ちを読んだ句である。手作りチョコでもコンビニチョコでも「鬼ウマイ!」なら後者でいいんじゃないかなと。

4点 雛たちも重きまぶたの昼休み  理衣

こかよさんが「地」、恵美子さんが「人」を付けた。3回目の参加の理衣さん。初回はぼうず(入選なし)だったが、前回と今回、連続で入選された。しかも前回の作品よりも今回の方がよい。私は「昼休み」というのは保育園とか幼稚園だと思って鑑賞したのだが、その通りだった。したがってこの「雛」は園に飾られている雛人形の意味と、子供たち(雛鳥)という二重の意味があるだろう。雛人形は一般にまぶたがふっくらとして眠たげであるし、園児たちも昼食を食べた直後はおねむになるだろう。

4点 しらじらと被爆していく梅白く  紀本直美

恵美子さんが「地」、蚕豆さんが「人」を付けた。原発事故による放射能のことを言っているのだとすれば、「被爆」は「被曝」が正しいと蚕豆さんが指摘した。確かに。3.11をモチーフにした句はNHK全国俳句コンクールのときもたくさん目にした。

3点 花束を赤子のように抱けば春  あゆみ

私が「地」を付けた。(鑑賞はすでに述べたので省略)。

3点 梅日和赤鬼泣いて乳せがみ  こかよ

理衣さんが「地」を付けた。「赤ん坊」を「赤鬼」に見立てた句。上の句の「梅日和」の必然性(以下との連結)が弱い気がする。

3点 三百五十日分の梅の色  恵美子

紀本さんが「地」を付けた。梅の開花期間を半月(15日)として、その15日間に一年の残りの350日分の梅の色が凝縮されているという意味だろうか。少々理屈っぽい印象。

1点 春めいていざめくるめくカレンダー  たかじ

私の句。紀本さんから「人」をいただいた。掛詞と洒落を使った戯れ句であるが、実は、主宰の紀本さんへのオマージュである。彼女の代表作「どの道もさくさくさくらミルフィーユ」を意識している。その紀本さんが選んでくれたので、してやったりである(笑)。

1点 ひとつふたつ根に持っている鬼は外  あゆみ

私が「人」を付けた。感想はすでに述べたので省くが、驚いたことに、今回、私の選んだ3句はすべてあゆみさんの作品だった。よほど相性がいいのだろう。紀本さんが「大久保先生はあゆみさんのファンクラブの会長だから」と言った。その言葉にはひとつふたつ根に持ったもの(嫉妬)が感じられて、私はギクリとしたのだった。鬼久保孝治です(笑)。でもね、さくさくさくらミルフィーユ! 私は紀本さんの宣伝部長でもありますからね(笑)。

選評を終えて、食事に移行する。定食が4人、チキンカレーが2人。

私は、昨日、チキンカレーを食べたので、今日は定食を注文した。

主菜は筑前煮。

食後にアイスチャイ。

2時過ぎに散会。

次回の句会(第22回)は5月14日(日)。兼題は「先」とあゆみさんからメールが届いた(兼題は特選の人が決める)。

恵美子さんにはつらい花粉の季節到来である。花粉が収まったら街歩きをしましょう。

今日は夕方から論文集の出版を祝う会がある。

それまで研究室で仕事。

5時から高田馬場のさかえ通りにある「さかえや」で『変容する社会と社会学』(学文社)の出版を祝う会。

正岡先生、出版社の田中社長、そして沖縄のA君と静岡のSさんを除く編著者ら9名が出席。

3時間にわたる充実した会だった。

いろいろな思いがあるが、それを語り出すと長くなりそうなので、やめておきます。

9時、帰宅。

おぼろな月が浮かんでいる。

3時、就寝。

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