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心の傷を癒やす。心の自然治癒力=共感されているという実感。


 愚痴を聞くことで相手に寄り添いたい。そういう心の暖かい読者の方々がいらっしゃる。私は親業のことを思い出しました。
 以前「合気道の間合いで人と論議をしない」という話を書き置いたことがあります。これも昔読んだ「親業」のテクニックの応用であります。



 親業とは50年以上前にアメリカのトマス・ゴードン博士が考案提唱した子供に接する方法の理論です。



 私達はついつい子供に対してこのような12の方法で接してしまいます。

1.命令、指示。
ちゃんと○○しなさい。

2.脅迫、警告。
○○しないとあとで困るよ。

3.説教、義務付け(すべき、当然のこと、など)。
○○しないと駄目じゃない。ちゃんとしなさい。

4.提案、助言、忠告。
○○するようにした方がいいんじゃない?

5.論理による説得。
○○のままだと失敗するよ。だからきちんとしなさい。

6.批判、非難。
だからあなたは駄目なんだよ。

7.悪口、侮辱、はずかしめる。
いつまでそんなことしてるんだ。恥ずかしくないのか。

8.解釈、分析。
そうやっていつも先延ばしにしているから間に合わなくなるんじゃないの。

9.同情、なぐさめ、激励。
頑張れ。大丈夫。あなたなら出来る。

10.尋問 (原因・動機・理由を探る)。
どうしていつもそういう困ったはめになるの?

11.賞賛、ご機嫌とり、同意。
あなたは良くやってるよ。すごいよ。

12.ごまかし、皮肉。
まあきっとなんとかなるよ。



 これらの対応は相手の抵抗を生じさせるとして「親業」では要注意の行動であります。
 これらの12の対応の共通点は「相手に対して自分の意見を示す」ということであります。否定や指示だけでなく、なんと肯定的なアドバイスや励ましでも、よろしくない。「親業」ではそう説明されます。

 ではどうすればいいのか。
 それは自分の意見を挟まず、相手の言うことを聞くことに徹するべき。と「親業」ではいいます。そしてそれは受動的な聞き方と能動的な聞き方の2つであります。

受動的な聞き方。
1,きちんと相手の顔をみて話を聞く。
2,話の腰を折らない。自分の意見を挟まない。
3,相槌を打つ。話を促す。へえ。そうなんだ。ふうん。それでどうなったの?・・・
4,微笑みながら聞く。

能動的な聞き方。
1,相手の言葉を反復する。
2,相手の言葉を言い換える。
3,相手の気持ちを表現してあげる。

 能動的な聞き方とは、たとえばこんな感じです。

「今日失敗しちゃった。」
「あら、失敗しちゃったんだ。(反復)」
「うん。宿題持っていくの忘れちゃったんだよ。」
「家に置いて行っちゃったんだね。(言い換え)」
「そう。せっかく宿題やったのにさ」
「うむ。残念だね。(相手の気持ちを代弁)」
「やっぱり宿題は忘れないように前の日に準備しようっと。」

 私たちは、ついつい最初の一発目から
「だからきちんと前の日に用意しておけっていつもいってるじゃない。」と叱ってしまいがちです。^^;

 しかし驚いたことに、こちらの意見を挟まず、相手の意見を反復するだけで、相手は自分で最適な回答を見つけるのです。これが「親業理論」の凄いところです。



 人はいつも誰かに共感してもらいたい生き物です。とくに挫折や失敗の時はそうです。
 そして相手に共感を与える方法が「受動的/能動的な聞き方」です。否定であれ肯定であれ、自分の意見を相手に言わない。これがコツであり真髄であります。

 そしてなんと人は「自分が共感されている」とわかると、自分で解決方法を見出すのでした。それは子供でも大人でも同じであります。

 人間には自然治癒力があります。これは心の傷についても同様であります。人から共感を得ているという安心感によって、最適な解決方法を自分自身で辿り着く。なるほどね〜。



 人が挫折に強いかどうかは、周囲からの共感を得られている自信と大きな関係があるといいます。
 寄り添って愚痴をきいてあげることも必要では。という読者の方々のご意見をきき、昔読んだ親業の理論を思い出しました。
 それは私にも必要なお話でありました。



 本年もお読み頂きありがとうございました。
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愚痴陰口の考察補足。

この2つの違い。おわかり頂けますでしょうか。

「愚痴を聞きますよモード」と「寄り添い共感すること」とは似ているようで非なるものです。そのように私は思います。

 人は人に共感されることで励まされます。共感されることは傷ついた心を癒やす素晴らしい薬であります。傷ついている人に対して、共感と肯定で寄り添うことは、大切なことであります。



 一方「愚痴聞きますよモード」とは、相手が陰口に油を注ぐ聞き方のことであります。
「○○って、ひどい。あんなひどい奴、○ねばいいのに」
「そうそう、わかる。○○ひどいよね。信じられない」

 これが「愚痴を聞きますよモード」です。
 おわかり頂けたでしょうか。
 これは聞く方も同じように「○○ってひどいよね。わかるわかる。」と名指しで相手を非難し始めています。
 両者が二人で特定の個人を非難し始めること。これが「愚痴を聞きますよモード」であります。
 もう少し考察を続けてみましょう。



陰口や愚痴が出てします3つのステップ。

 人はなぜ陰口や愚痴を言いたいのでしょうか。それは次の3つのステップによって起きます。



ステップ1
相手から攻撃される。否定される。無視される。まずこういう仕打ちを社会で受けます。

 しかしこれは「私だけ」理不尽な仕打ちを受けているのではなく、この理不尽さこそが、社会の実相であります。
 十牛図では最後の10枚目では、理不尽でごった煮である社会であるから、面白い。そのような心境が語られています。という話は置いておいて。。。



ステップ2
相手に反論できない。NOと言えない。

 このことで自分の中で抑圧が溜まり始めます。自分の中で「自我が否定された嘆き」が鬱屈して蓄積されます。



ステップ3
他の人に相手を攻撃してもらうことで、鬱屈の代償行為をする。

 自分が直接相手に反論できない。NOと言えない。しかし誰か他の人に「あいつはひどいやつだ」と言わせることで、反撃の代償行為をします。
 この瞬間、自分の自我は一旦は安心します。自分がNOと言えなかった相手。しかし本人がいない場所で、他の人に「あいつはひどい」と言わせることで、一時的に溜飲が下がります。

 しかし問題なのは、これで問題が解決したわけではないのです。それは一時的な痛み止めみたいなもので、根本の解決は何一つ行われていません。

 痛み止めから覚めるとまた、自我はズキズキ痛み出します。するとまた、親しい人に愚痴をいい「あいつはひどい奴だよね」と共感を求めます。痛み止め追加ください。と。これが愚痴が中毒性になる理由であります。



 じゃあさ。どうすればいいのさ。その理不尽な社会で、理不尽な仕打ちされたら、どうすればいいのさ。



 残念ながらそれに対する特効薬の解決方法は存在しません。なぜなら、その試行錯誤こそが人生の醍醐味だからであります。その過程をわかりやすく解説したものの一つが十牛図です。
 人は誰でもオリジナルの「自分道」を見つけ出すために、時間限定で生まれて来ました。
 そして、この理不尽な社会で理不尽な仕打ちを受けた。なぜ?どうして?ここからが「尋牛」という「自分道」の第一歩であります。



 特効薬はありませんが、私が個人的に思う鉄則はいくつかあります。



1,違法行為と暴力行為から身を守る。

 まず毎回言うことですが、違法行為や暴力行為。こういう理不尽さは、すぐ法律の専門家や警察に相談すべきです。
 パワハラと過労で自殺するケースがあります。そういう違法や暴力の理不尽さ。私たちは最も警戒すべきことです。
 そして、そういう人は「忍耐」や「下から目線」がその人の課題なのではありません。
(`・ω・´)キリッ

 自分の身を守ること。それがその人の課題であります。

 しかしこの世界の皮肉。
 もう少し挫折を経験して下から目線を学んで欲しい人ほど、挫折の前に捨て台詞をはいて転職してしまいます。
 逆にそんなひどい環境は早く辞めるべきだという人ほど、ブラックな環境で身体と心を疲弊破壊させて行きます。

 逃げずに辛抱すべき課題の人ほど、他人を攻撃して逃げる。
 逃げて身を守るべき課題の人ほど、なぜか逃げずに身も心も壊していく。
 真ん中の道はほんに難しい。



2,仕事のプロ(給料を貰うこと)は厳しい道です。

 私は経営者であります。従って仕事の進め方。これについてはどうしても厳し目の見方になります。以下の表現。箇所によってはきつめですが、申し訳ありません。

 本人は「上司が悪い。同僚が悪い。客が悪い。」そのように愚痴を言うかもしれません。でも私はたいてその言葉をそのまま信じることはできません。
 確かに世の中にはブラックな職場は勿論あるし、違法や暴力なパワハラもあります。そういう場合は上記の1の項目をもう一度読んでね。
 しかし他の社員は問題なく普通にパワハラを受けずに仕事が出来ているのに、自分だけ理不尽な扱いを受けている。そういう場合は自分の仕事の仕方を、もう一度客観的に見直す必要があるかもしれません。

 ただこの内容をこれ以上掘り下げて書くのは、ナントナク気が進まないので今回はやめておきます。



 話は変わりますが、私が新人社会人に必ず言うことはあります。

 ・必ずメモをとること。メモをとる理由は同じ失敗を二度としないため。同じ失敗を二度三度繰り返人は、給料をもらう資格はありません。というぐらい仕事は厳しいものなのです。

 ・こまめに相談すること。とくに、一番相談しづらい厳しい上司または先輩から。そして悪い情報ほど早めに伝えること。
仕事ができない人の共通点は、この報告を行わないことのように思えます。特に怒られるからといって、報告しないで、ずるずる物事を悪化させる人。こういう人も給料はもらう資格はありません。というぐらい仕事は厳しいものなのえす。

 ・社会人として常識が欠けている人。特に挨拶と返事(反復復唱)は大事です。



3,怒られることが給料のうち。

 もし「きちんとメモをとり同じ失敗は繰り返していない」「悪い情報ほど早く上司に報告する」「職場での挨拶と返事は大きな声で」をしているにも関わらず、上司から理不尽な叱咤がある。
 その場合はどうしたらいいでしょうか。

 それは「怒られることが給料のうちだ」と割り切って「はい。はい。」と受け流すプロに徹することであります。
 仕事とはそういうものであります。上司もまた厳しいノルマの環境にいる、必死で生きている一人の魂であります。



4,相手に正面からNOという勇気。これ大事。

 日本人とはなかなかNOとは言えない民族のようです。特に女性は。

 ただし。ただし。親しい人に愚痴を言わなければならないほど抑圧たまっているのであれば。親しい人に陰口をこぼすいうという痛み止めがないと、精神が辛い。そのぐらい抑圧されているのであれば。という条件の場合は。それならば、きちんと相手にNOと言うべきと思います。
(ただしこれはこの文章を読む読者御本人が、愚痴陰口を言う側のケースです。その場合は勇気をもって本人にNOと言うことが必要と思います。親しい人に愚痴陰口という迷惑をかけるならば。
 ただしもしこの文章を読む読者御本人が、愚痴陰口を聞く立場の場合。この場合は、相手に寄り添うけれど、特定個人への悪口は同調しないこと。が重要と思います。ケースバイケース。痛み止めが必要な場合もあります。しかし根本を治療せず、痛み止めが常習になると逆に本人に良くありません。)



 相手にNOと言えない人にとっては「耐えて下から目線を学ぶ」が人生の課題なのではありません。正反対です。「きちんと勇気をもってNOと言う」が最大の課題。そういう可能性もご自身の心に問うて頂きたいと思います。

 では、なぜ相手に直接NOと言うことが必要なのか。それを克服することが必要なのか。
 それはそのことが、相手と共感するために必要な過程だからです。

 自分の深い心の視点では、自分と他人には、本当は境がない。そしてそれを実感するためには、嫌な相手にきちんと対峙するという過程と昇華が必ず必要だからです。
 そう。相手も必死で生きている一人の魂だということを知るためには、勇気をもって相手にNOと言える踏み込みが必要なのです。

 過去自分が傷つけられた恨み。これを昇華すること。それは親しい人に陰で愚痴を言うのでは決して解決しないです。それは一度勇気をもって、きちんと相手にNOとぶつかるしかないのです。
確かに過去の嫌な相手にはもう会う機会はないかもしれません。ただ人生同じ課題は合格するまで繰り返されます。ですから次に同じ境遇になった時。これは「相手に真正面からNOと言う」追試の機会かもしれません。



 逃げずに耐えること。下から目線を学ぶことが課題の人。
 逃げて身と心を守ることが課題の人。
 親しい人を利用した愚痴陰口という痛み止めをやめるのが課題の人。(=勇気をもって相手にNOと言うことが課題の人)

 社会はいろいろです。でもやはりごった煮と理不尽なこの社会こそが最高です!



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人生に幸運をもたらす宝について考えてみた。


 年末の仕事納め。知り合いのA社長の会社に顔を出しました。この会社は、敏腕やり手の営業マンB氏を部長職に迎えたのが半年ほど前でした。
 しかし打ち合わせに出てきたのは社長のA氏だけでした。

 あれ?今日はBさんは?お客さん廻り?

 いやあ、まるぞうさんにも言わなきゃいけないけど、Bは今月頭に退社したよ。

 ええ?だってまだ入社したばっかりじゃないですか。

 うん。残念だったけど。

 そうですか。



愚痴は言わない。愚痴を聞かない。

 期待された人物が半年もたたず退職した。ということはそれはハッピーな物語ではありません。そこには何かやはり残念な事情があったに違いありません。
 そういう時は、事情を聞かないのが大人のルールです。

 自分が人に愚痴を言わないのは当然でありますが、できれば人の愚痴をきかないのも、大人のルールである。私はそう思います。

 人間とは弱いものです。相手が「あなたの愚痴ききますよ」モードになると、ついつい、愚痴を言ってしまうのです。
 しかし愚痴とは、言った本人の負債になります。愚痴もまた陰口の一種でありますから。
 ですから基本的には相手の愚痴も聞き出さないのが相手のためになるのです。

 社会に生きているといろいろな理不尽があります。ひどい目や不誠実な態度を受けることも少なからずあるでしょう。
 でありますから、ひどいことされたなあ。私達が心の中で思うことは仕方ありません。
 しかしある一定期間の年月の中で、そのひどい相手の態度も、必ず水に流されるのです。
 それが私達の「心の働き」なのであります。心には生命力があります。生命力とは浄化能力であります。必ず、私達の心は、それを水に流すのであります。相手を赦すのであります。いつかは。

 しかし相手の陰口や愚痴を「言葉」にして置いてしまうと、それは質量を持ちます。それはまるで「石」であります。「言葉」とは質量を持つのであります。

 でありますから、一度相手への非難を口にしてしまうとそれは重くなります。せっかく私達の心には水に流す浄化過程があるのに。陰口や愚痴という言葉(石)にしてしまうと、その心の浄化が100倍も困難になってしまいます。残念!
 陰口や愚痴を言葉に出してしまうということ。それは自分自身を強い縄で縛ると同じことであります。残念!

 陰口や愚痴を誰かの前で言葉として置く。確かにその瞬間は気持ちが良いかもしれません。しかしその「言葉」という質量は、その人を赦して水に流すということをどんどん難しくしてしまうのです。
 結果、自分自身をどんどん苦しく縛ることになります。



 ですから、私は決して人の陰口は言わない。愚痴も言わない。相手が「愚痴ききますよ」モードで接してきたとしても、口は開かない。そして私も相手の愚痴は聞き出さないようにする。
 自分自身でその決意をしました。それでもついつい陰口を言ってしまうこともあるし、愚痴ることもあるかもしれませんが。
 しかしそれでも自分の心にそれを誓っております。

 人は実はその人がまとっている「空気(心のニオイ)」でその人の本質を見抜いています。あなたも。私も。
 そして陰口や愚痴をこぼすことが習い性になっている人の空気は、なんとなく臭いニオイである。漠然と相手にそう感じさせているのではないでしょうか。



陰でお客さんを呼び捨てする営業マン。

 A社長は深くを語りません。しかし私はB氏が早々に退職した理由は何となくわかりました。
 彼はやり手の営業マンという触れ込みでした。確かに頭の回転も早く、行動的でありました。
 しかし1点だけ気になることがありました。それは陰で、相手のお客さんのことを呼び捨てにしていたことでした。

 人間一事が万事であります。人は相手の見ていないところで自分が相手を呼び捨てにしたり小馬鹿にしていても、それはバレないと思っております。しかしそれは必ずバレるのであります。本人のまとっている空気でそれが相手に何となく伝わるのです。



挫折。それは厳しい。だけど最大の恩寵。

 B氏がもし一皮剥けることができれば、本当に腕のある営業マンになれただろうな。そのように思います。しかしそのためには、大きな挫折が必要であると思います。
 なぜなら多くの人は下から目線を獲得するには、「厳しい挫折」という経験が必要だからです。
 しかし「下から目線(陰日向ない謙虚さと誠実さ)」を獲得すると、その後の彼の人生、彼は多くの幸運を手に入れることが出来たでしょう。
 でありますから、「厳しい挫折」とは人間誰にとっても大いなる恩寵(=プレゼント)である。それは万人に共通の真理であります。



 ただしどうやらB氏は今回もまたその恩寵を自分から辞退したようです。彼はその厳しい挫折と対峙する前に、またしても会社を辞めてしまったのでした。何度も転職を繰り返す人のパターン。

 自分は頭の回転が早く行動力もある。客は馬鹿ばかりだ。陰で呼び捨てし小馬鹿にしても相手には伝わらないと思っている慢心。そして失敗する営業活動。なぜか離れていくお客たち。本当の理由はB氏にはわからない。馬鹿だから離れていく。そのようにしか捉えられないのでしょう。そして挫折を受け取る前に、逃げて辞める。
 馬鹿しかいない会社でやってられるか。ぐるぐるとその繰り返し。



誰の心も母性がこんこんと湧いている。必ず。

 人の陰口と愚痴を決して言わない。本人のいないところでは、馬鹿にするような言葉は決して発しない。
 一見窮屈なルールです。しかしこれは私達の心をぐっと自由に軽くしてくれる大きな助けとなります。陰口悪口愚痴という「言葉(=質量)」を自分に置かないこと。

 私達の心の本質は母性であります。私達の心は誰もが母性の寛容さが自然と内側からこんこんと湧き出てきております。

 B氏の心の奥にはやはり明るい母性がありましたよ。しかし自分のか細いプライドを守るためでしょうか。陰で人を悪く言うこと。その負債の言葉(=質量)が、彼の生き方をどんどん狭めていっているのでした。



 どんな人にとっても、「下から目線(誠実さと謙虚さ)」は人生に幸運を呼ぶ最大の宝であります。しかしそれを手に入れるには「厳しい挫折」という過程が必要なのであります。
 そして人生を振り返るとその「厳しい挫折」こそが、人生に幸運(宝)をもたらす、大いなる「プレゼント」でありました。



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十牛図私的メモ。補足。



尋牛(じんぎゅう)

 社会に暮らすということは、様々な理不尽さに出会うということです。本当はこんな仕事辞めたい。誰もが思うことでしょう。しかし自分や家族の生活費を稼ぐためには、仕事を続けなければならない。あるいは子供や両親の面倒を見なければならない。
 どうして自分の人生はこのように辛いのだろうか。どうすればその辛さから抜けられるのだろうか。そのように尋ねること。それがこの十牛図の旅の第一歩となります。




見跡(けんぜき/けんせき)

 「どうすればその辛さから抜けられるのだろうか」この世の中には、その答がいたるところに示されております。しかし正しい答に辿り着くか、罠の答にハマってしまうか。それは各個人の縁であります。
 引き寄せの術とか、見えない世界に願掛けする。そのような近道を選びたがる人は、罠(魔道)にハマってしまいます。おーこわブルブル要注意。

 本当の正解とは、ごくごく当たり前の「道徳(誠意と地道な努力)」でありました。
 もう私達の日常生活にはそんな「正しい道へのヒント=見跡」が至るところに示されているのでありました。人生に誠実に向かう人は自分の縁でその「見跡」を見つけることになります。
 縁がない場合、いくら人から「正解=道徳」を示されても、機が熟さないとそれは本人には観えないのでありました。




見牛(けんぎゅう)

 釈尊の教えも、2000年前のユダヤ青年聖者の教えも生活の中の道徳こそ全て。地に足ついた地道な生活こそ、本当の魂の成長の一番の近道である。そのように教えております。それは。。。

 人に誠意をもって接すること。陰日向無く接すること。弱い人から奪わないこと。騙さないこと。ウソをつかないこと。陰口を言わないこと。赦すこと。慢心しないこと。謙虚であること。油断しないこと。最悪を想定して備えること。今自分が所有していると思っているものはいつでも簡単になくなることを忘れないこと。だから今の生活はありがたい。そのことを忘れないこと。




得牛(とくぎゅう)

 人にはそれぞれの人生の課題があります。ある人は人に寛容であることが課題です。ある人は人にNOときちんと言えることが課題です。ある人は慢心せず油断せず最悪に備える気配りが課題であります。約束と時間を守る課題の人も。謙虚に感謝することが課題の人も。。。

 誰もが自分が一番苦手なことが、課題であります。そして一朝一夕には巨木は育ちません。
 人は小さな挫折、大きな挫折を繰り返しながら、一歩一歩前に成長して行きます。それが私達の人生ではないでしょうか。




牧牛(ぼくぎゅう)

 人に誠実に生きること。謙虚に油断しないで生きること。執着せず感謝をもって生きること。人それぞれ自分の課題の道を歩いて行く。そういう人生の積み重ねにより、人生の視点が広がっていきます。
 かつては自分しか観えなかった人生。しかし今は相手の視点にも共感できるようになります。嫌だった相手もまた、精一杯もがいて生きている一人の魂なのでありました。




騎牛帰家(きぎゅうきか)

 どの麓の登山道から山を登っても、それは同じ山頂へと繋がります。誠実な人生を送るぞ。そのように決心し登っていくことで、どんな職業、環境、年代の人でも同じ人生の真理(山頂)に辿り着きます。

 私にとってその真理とは、陰と陽は同時に生まれる。宇宙はこの陰と陽の無数の振動の組み合わせからなる壮大な美しい機織りものであります。
 そして、人はそれぞれ自分の言葉で、その人生の真理を観ております。




忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)

 人から認められたい、大切にされたい、与えてもらいたい。そういう気持ちも消えています。なぜならば。。。




人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)

 結局この人生とは自分の良心との二人旅である。どんな時も。




返本還源(へんぽんかんげん/へんぽんげんげん)

 ・・・




入鄽垂手(にってんすいしゅ)

 いろいろな人がいる社会。そのごった煮と理不尽さこそ、最高だね。



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十牛図私的メモ。


十牛図補足考察


尋牛(じんぎゅう)





見跡(けんぜき/けんせき)
過去の苦しさから自分を解き放つ道は必ずあるはずだ。



見牛(けんぎゅう)
それは過去の恨みを水に流すことであると知った。



得牛(とくぎゅう)
過去の恨みを水に流そうと試す。しかしふとした時に、やはり過去を思い出して辛い気持ちになる。



牧牛(ぼくぎゅう)
結局相手は私を傷つけていたのではなく、自分自身を傷つけていたのだ。ということを知る。



騎牛帰家(きぎゅうきか)
オモテに見える行為と、ウラにある実相とは真逆であった。



忘牛存人(ぼうぎゅうぞんじん/ぼうぎゅうそんにん)
社会の中で、人から一目置かれたい。認められたいという気持ちもいつの間にか消えていた。



人牛倶忘(じんぎゅうぐぼう/にんぎゅうぐぼう)
結局この人生とは自分の良心との二人旅である。どんな時も。



返本還源(へんぽんかんげん/へんぽんげんげん)
・・・



入鄽垂手(にってんすいしゅ)
いろいろな人がいる社会。そのごった煮と理不尽さこそ、最高だね。



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見えることと見えない因子は真逆であるという思い出。

達観していた知人の話。

 学生時代にAという友人がおりました。彼はリーダーシップもあり頭が切れて、しかも人情味厚く、我々友人仲間から一目置かれている人物でありました。

 そのAの知人にはBという人物がおりました。AはBのことを大変高く評価しておりました。Bはすげえ。あいつは本当にすげえ。
 それがAの口癖でした。

 私が一目置いているのはAでありました。そのAが一目置くのだからBはどんなに凄い人物なのだろう。と思いますが、実際会ってもピンと来ません。
 Aのような強烈なオーラもなく、何が凄いんだろう。どこにでもいる理系の学生ではないか。そういう印象でありました。

 Bは凄えよ。その日もAは言います。
 ふうむ。Bの何が凄いの?私は尋ねました。

 奴はさあ、物事の本質は真逆だって言うんだ。そして必ず偽物から先に現れる。なあ、すげえだろう。

 当時に私はそれの何が凄いのかはわかりませんでした。
 そりゃ、物事の表面と真理が逆なこともあるだろう。しかし逆じゃないこともあるだろう。世の中いろいろ。たまたまだろう。



人生見かけと因子は逆である。電磁気学が示すこと。

 当時私はBのことを評価していませんでしたし、お互い惹かれることもなく、彼と会話したのは数回だけでありました。

 あれから約30年たち、今の自分であればBのことを評価できたであろうか。そのように思います。

 物事の見かけと本質は真逆である。彼はなぜそのような真理に辿り着いたのであろうか。自分で発見したのであろうか。あるいは誰かから教わったのだろうか。
 いずれにせよ、それは何千年も前から老子という達人先生が伝える宇宙の真理であり人生の知恵でありました。



 学生の頃、私は電磁気学を専攻しておりました。その頃教わったことのほとんどはチンプンカンプンでありました。
 しかし電磁気学の公式や理論こそ、純粋な陰と陽の科学でありました。時々、このブログでも電磁気学のグラフを掲載しております。計算式は理解できなくても、宇宙の模様曼荼羅として観ると美しい模様であります。



 陰と陽は同時に発生する。片方は見える事象として。片方は潜在因子として。ミクロからマクロまで。無数の陰陽の周期が組み合わさって、私達の世界が振動しています。



良心に背く人は、自分の人生をゆっくり破壊している。

 過去に自分を侮辱した人達。蔑んだ人達。傷つけた人達。私達はそういう人達をなかなか許すことはできません。彼らから受けた心の傷はいつもまでも残っております。ふとしたときに思い出し、疼き、私達を苦しめます。
 しかし陰陽の理論はこういった人生の辛い体験も、俯瞰して観ることを教えてくれます。

 彼らは私を傷つけた。それは実際に起きた事象です。ということは真逆の因子が彼らに発生したということです。その潜在因子とは、彼ら自身が傷つけられるという因子。それを彼らが自分の人生の未来に置いたということであります。

 特に、無垢な人を騙したというような行為ほど、後に自分自身の人生を破壊する潜在因子を自分自身に置いたということになります。彼らは私達を傷つけ奪ったように見えますが、潜在因子としては、正反対であります。



相手を恨み続ける間、自分が不幸になる。

 でありますから、そういう相手に対しては、もう陰と陽の成り行きにお任せするのが一番であります。

 しかし私達が相手のことをいつまでも恨みつづける限り、今度はこちらが負の因子を作っていることになります。相手が破滅するのを阻止しているのは私自身でありました。自分が苦しいだけで、相手を助けている。人を恨むというのはそういう行為であります。人を恨めば恨むほど、自分自身を傷つけているということです。

 逆に過去の相手の行為を水に流すと、負の因子は一気に相手に流れます。相手を許すと、自分がせき止めていた負の恨みはダムの決壊のように相手に流れます。


相手を恨む間は、自分が傷つく。
相手を許して水に流すと、負債は相手に返る。


 相手の不幸を願う間は、自分が不幸になる。もう相手のことは許したよ。水に流したよ。その人の不幸をもう願っていないよ。心の底からそう宣言した時、相手に負債が流れるのでした。皮肉ですね。
 やはりBが言ったように、この宇宙は表面と真理は真逆でありました。



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クリスマス小話。


 昨日はクリスマス・イブ24日でした。子供が友達を自宅に招いてクリスマスパーティをしたいといいます。

どうぞ。と答えます。

子供は更に、一つお願いがあるのだけれどといいます。

なんでしょう。

できれば父ちゃんは夕方までどこかに出かけていて欲しい。

その日はヨメは一日所用で外出です。ですから私が家でゴロゴロしていたら邪魔だということです。

わかりました。では夕方まで出かけていましょう。

もう一つお願いがあるんだけど。

なんでしょう。

お昼ごはん何か皆の分作っていって。

うむ。父ちゃんが作れるのはいつものトマトのスパゲッティだけどそれでいいでしょうか。

いいよ。本当にいいの? やった〜。ラッキー。



 当日昼前、たっぷりのオリーブオイルに、ニンニクと鷹の爪を刻んでいれてじっくり煮込みます。
 スパゲッティは人数分、1時間ほど水につけておきます。こうすると茹で上がりがモチモチ生麺になり、茹で時間も短くなります。
 そこで子供たちが帰ってきます。どやどや。



 私はもう出かけるので、作り方を説明します。

1,ニンニクを煮出したオリーブオイルにトマト2缶と、この小皿に取り分けた塩とローリエ葉を入れて20分弱火で煮ること。

2,こちらの鍋のお湯にはもう塩は入れてあるので、沸騰させてスパゲッティを茹でること。3分くらいたったら味見しながら、アルデンテで。

3,お湯を切ったパスタはトマトソースの鍋に投入すること。

4,その前に、泡立て器でトマトソースを良く撹拌すること。オリーブオイルとトマトソースが分離しているから充分撹拌して乳化状態にするのがコツ。

5,スパゲッティをソースに戻して、火をつけながらソースを麺になじませれば出来上がり。

6,粉チーズをかけて召し上がれ。



 子供たちにメモを渡しながら、説明をします。みんなわかったようなわからないような反応です。普段料理していないと、この説明は難しいかな。
 ただ一人だけうんうん。とダイレクトな反応の子供がいました。多分この子は料理経験があるのでしょう。

・・・

 夕方私が帰宅すると、子供たちのパーティも終わる頃でした。みんな帰り支度を始めます。
 私は居間に座り、いつものようにパソコンを開いて作業を始めます。しかしどうも視線を感じてふっと見上げると、先程の子供がじっとこちらを見ていたのでした。
 視線が合うとすぐにその子は「お世話になりました。スパゲッティとても美味しかったです。」とピョコンと頭を下げて私に挨拶をしたのでした。

 その子は帰り際に私に挨拶をしたくて、でも声はかけづらいから、じっとそのタイミングを伺っていたようでした。



 皆が帰ったあと、ヨメにあの子はどういう子なのか聞きました。あの子は非常にきちんとしている。
 あの子は福島の子なのよ。311で東京に避難してきているの。ほらお土産ももらった。福島の薄皮饅頭よ。私はこの薄皮饅頭大好き。本物のは美味しいんだから。



 人を気遣う視線とは、人生の宝であります。本人に幸福をもたらすかけがえのない宝であります。
 人を気遣う視線とは、弱いものに寄り添える視線であります。仏教的には慈悲の視線でしょうか。「下から目線」でもあります。
 生まれつき「人を気遣う視線」を持って生まれた人もいるでしょう。でも多くの人は、人生の挫折を通して、「人を気遣う視線」を後天的に獲得するように思います。



 人生の最大の宝である「人を気遣う視線(=慈悲の視線=下から目線)」
 これを獲得する過程で体験する人生の数多くの挫折や辛い経験。
 やはり本当に何が人生の幸いであるのかは、短期の視点ではわかりませんね。塞翁が馬。



 「人を気遣う視線(=下から目線)」が人生の宝である理由は、これが本人の人生を守り、そして幸運を引き寄せるからであります。
 二千年前に実在したと言われるユダヤの聖者青年も同じ言葉を残したようです。一番弱い人の中にこそ神がいる。
 下から目線の眼に神が映る。まさに、その視線は人生の宝であります。



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男はつらいよ


 単純作業の時に、パソコンyoutubeでヘッドホンで曲を聴きながら作業をしています。その曲はだいたい1ヶ月ごとにマイブームがあるのですが、最近良く聴く曲は「男はつらいよ」です。ご存知「姓は車、名は寅次郎」というあれです。

 歌詞の中で、「いつかお前(=妹のさくら)の喜ぶような。偉い兄貴になりたくて。」というところが、日本人的でいいな。としみじみ思います。

 自分のために偉くなりたい。というわけではなく、妹がお嫁に行けるように。そして妹に心配かけないように。そして妹が喜んでくれるように。自分は偉くなって妹を喜ばせたくて、奮闘努力する。そういう歌詞です。



 車寅次郎は柴又の団子屋で生まれました。父と芸者の間に生まれた子供でありましたが、正妻が寅次郎を引き取ったのでありました。父、母、長男、次男(=寅次郎)、長女(=さくら)という家族構成でありました。


たった1枚残された寅次郎の家族写真。一番右が寅次郎。さくらは母の膝です。しっかりした兄と厳しそうな父。

 しかし寅次郎は高校の時に、父と大喧嘩して家を出てしまいます。
 その直後、事故で、父、母、長男は亡くなり、妹さくらだけがたった一人で残されました。(家を出た寅次郎はそのことを知らない)

 父の弟夫婦が、団子屋を継いで、さくらを育てます。そしてそれから20年後。家を出た寅次郎が戻ってくる。そこからこの物語が始まります。

 もともとはテレビドラマでした。このような国民的大ヒット作品になるとは、誰一人予想もしていませんでした。



テレビドラマのさくら役は倍賞千恵子さんではなく、長山藍子さんでした。


成功人生の陰と陽

 男はつらいよシリーズは48作まで作られました。地位も名声も得た渥美清氏。
 渥美氏は、極貧の生活から這い上がった成功物語であります。

 しかし実は彼は癌でありました。告知を受けたのは1976年の第18作頃であると言われています。当時の癌宣告はもう余命いくばくもない死を覚悟する病気でありました。
 しかし彼は自分が癌であること。そしていつ身体中に転移して寿命が尽きるかはわからないこと。これは家族以外には誰にも知らせませんでした。
 このエピソードも渥美氏が亡くなったあと、ご長男のインタビューで初めて明かされたことです。

 ここでもまた人生の陰陽のバランスを感じます。どんなに成功しているような人であっても、陰では相応の対価を払っているのです。

 人が羨むような成功人生であった渥美氏は、いつ癌が広がり命がなくなるかもしれない。そういう覚悟で毎日撮影に臨んでいたことでしょう。

 私達も成功で幸福な人生を得たいと思います。が、その時に、では自分は何を手放せるのか。人生のどの部分でストイックに生きるのか。それをしっかり自分で決意する覚悟が必要である。そのように思います。



男はつらいよの2番の歌詞。

♪ドブに落ちても根のある奴は、いつかは蓮(はちす)の花となる。

自分も泥の中で蓮の花を開かせたい。不器用だけれども一生懸命努力して生きる。それは、自分のためではなく妹(=家族)を喜ばせるために。
それがこの作品の本来の主題でありました。



男はつらいよ 主題歌 (歌詞付き)

映画第一作の主題歌。この時もまだこれほどの大ヒットになるとは誰もが思っていませんでした。栄光を手に入れる人生上り調子の渥美氏の歌声。勢いがあります。



玉置浩二/男はつらいよ

玉置浩二バージョン。しみじみと心に響く。



島津亜矢 男はつらいよ

日本人の心はやはり演歌でしょ。




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塞翁が馬の備忘メモ。


塞翁が馬に関するメモ。

 私達の人生は常に振り子である。陰と陽の間を行ったり来たりしている。さまざまな周期の無数の振り子の集合体。それはこの宇宙が「必ず変化を維持する」という絶対法則がゆえである。



 上記図は、電界と磁界の変化を示す。電界の振動は磁界の振動を生み、また磁界の振動が電界の振動を生む。
 磁界が最大値の時、電界はゼロである。電界が最大値の時磁界はゼロである。



 私達の人生も上記電界磁界のグラフと同じである。目に見える世界の事象と、目に見えない因子の事象。陰と陽の周期の位相。



 私達が目に見える世界で、全てを失ったと見えるとき。逆境だらけと思える時。実は陰に蓄積された幸運の因子の蓄積が最大になっている。だから、何も持っていない時、全てを手放した時、逆境で苦しい時こそ、本来は喜ぶべき瞬間である。
 冬至こそ日が一番短いが、あとは日が長くなる一方だから。
 しかし人は自分自身で不幸を作る。全て失った、自分だけが辛い思い。そのような悲観論は自分を縛る。せっかく陰の因子は最大であるチャンスにも関わらず、自らその幸運を、嘆きの縛りで捨ててしまう。勿体ない。
ピンチはチャンスとは陰陽論からは真実。
逆境の時は悲観せずまるっと受け入れること。これが人生をコントロールするコツ。



 逆に、人生絶頂と思える時。この時は、陰に存在する幸運の因子はすでに空っぽである。だからあとは下降線。人生下がる一方となる。こわいこわい。慢心している人が、人生急転直下になる理由。
 こういう時は、こわいこわいあぶないあぶない。そのように自戒して、とにかく謙虚に謙虚に。自分の持っているものを気前よく感謝の気持ちで手放すこと。手放す因子の局面だから。奪われるのではなく、自ら快く感謝の気持ちを持って手放すこと。
自分の意志で裸一貫になること。これが幸運が持続する秘訣。奪われる前に自分で手放す局面。
これが人生を自分でコントロールする視点。



 見た目どん底の時。悲観論で腐らなければ必ず、人生の運気は上がる。それは人生の振り子だから。注意すべきは、腐ってしまって、せっかくの運気を自分で捨ててしまうこと。
 幸運の絶頂の時。謙虚になって自ら持っているものを感謝の気持ちで手放せば、大難が小難無難になる。

逆境でも腐らないこと。絶頂でも慢心にならないこと。これは陰陽の因子を観ることで自ずと導き出される。

φ(..)



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安売りすることと与えることの考察。後編。


 与えるということにも強さが必要なんだ。このシリーズの結論であります。なんだそうだったのか。知らなかったよ。

 安売りをすること。もしそれが自分の甘えや弱さから来るのであれば、それは結局自分も相手も不幸になってしまう。

 与えること。これも短期的な視点で相手を甘やかしてしまう結果になるのなら、それもまた相手も自分も不幸になってしまうことです。



優しさと弱さは別のもの。正反対。

 これは優しさと強さは同じ事象のウラオモテであることを示しています。陰と陽。優しさと強さ。

 一見、優しさは弱さと混同されることがあります。自分が弱いだけなのに、自分は優しいと勘違いしてしまう。
 自分が自分に対して厳しくできないこと。相手に対してきちんとNOと言えないこと。この弱さを、自分が優しいからだ。と勘違いしてしまうこと。そういうこともあるかもしれません。



ハングリーさを失いつつある日本人たち。

 特に現代の日本社会はその傾向があるかもしれません。
 残念ながら日本人の生命力(ハングリーさ)は周囲の国々から比べるとかなり見劣りがするように思います。
 何でも与えられる環境で、人(我が子含む)にも厳しくできず、自分にも厳しくなれず。

 現在日本社会が蓄積されている因子を観察すると、日本人のハングリーさ(生命力の強さ)を試される逆境を自ら招きつつあるように思います。もし「強い優しさ」を持つ日本人の割合が増えれば、逆境の因子は薄まります。しかし「弱さを優しさと勘違いする人」の割合が、増えれば増えるほど、引き寄せている逆境はより厳しいものとなります。

 「自分の弱さが相手への優しさである」と勘違いしている人は、「無防備が日本の平和の道である」と勘違いしている人と同じ色に思えます。



母性が商売繁盛の基本である。ただし。

 母は強し。
 そして本当の母性(男女年齢を問わず)とは強さと厳しさという土台があってのことである。
 商売の成功には母性が必須条件であると思いますが、それは相応した強さと厳しさという覚悟も要求されることであります。

 なるほど〜。このシリーズ終わり。



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安売りすることと与えることの考察。中編。


 「与える」ということは人の最も大きな喜びの本質であります。
 生命の本質は自分と他者の区別はありません。から人に与えるという行為の本質は自分に与えるということ。そのものであります。

 ただしこの「与える」は、残念ながら相手を不幸にしてしまうケースがあります。それは相手の甘えと依存を醸造してしまう場合です。


私達は自分が思う以上のしたたかな生命力をもつ。

 人の生命力とは無限の可能性を持ちます。私達の生命力というのは、本来私達が思っているより、もっとしたたかで強いものであります。

 ただしその生命力を発揮させるには、スイッチが必要であります。そのスイッチとは「逆境」と呼ばれます。
 しかし人は、考えられるありとあらゆる逆境に耐えられる力をもっております。本来は。
 逆境こそが、私達の生命力をパワーアップさせてくれる鍵であります。

 そして私達がこの人生から離れる時、振り返って本当にこの人生は良い人生だった。と思える美しさ。その美しさとは、逆境をスイッチとして、自分の生命力が光った時期。これであります。
 そう、人生を振り返り、その時、自分の生命力が光り始めて入るのを改めて客観的に観た時、ああ、なんてキレイな光であるか。そのように感動することであろうと思います。

 生きている時は、逆境とは避けるべき不幸であると思っておりました。もちろん自分や家族が不幸にならないように注意深く生きることは大切です。
 でもそれでも避けきれず直面しなければならない逆境。しかしその逆境こそ、自分の人生が、本来の生命力を取り戻し、光始めたのでありました。

 本当に、生きている人生の舞台。オモテで見えることと、ウラの因子は真逆であります。
 私達は自分の人生を俯瞰する時に、改めてそれを発見することであろうと思います。



過保護は相手の生命力を奪う最強の環境。

 「与える」こと。これが行き過ぎると「過保護」になります。「過保護」は相手の生命力を衰えさせるもっとも効果的な方法です。

 小学校によっては「悪平等」の教育が行われているところがあるかもしれません。子供たちに競争させることは悪だという思想です。その「悪平等」は子供たちに「負ける免疫」「挫折の免疫」を得る機会を奪います。

 挫折の免疫がない子供たちが学校を卒業をして社会に出る。社会は甘くありません。
 「悪平等」「過保護」で、生命力が退化した子供にとって、いきなり厳しい社会に飛び込まさせることは、本当に気の毒です。



「与える」ことは、大切であります。ただしそれは「相手の依存心」を育てないバランスが必要であります。
「与える」のも母性ですが、「与えない」ことも母性であります。



 昨日の「安売りをすること」が必ずしもお客さんのためにならないということ。
 本日の「与えること」が必ずしも相手のためにならないということ。



明日に続きます。



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安売りすることと与えることの考察。前編。


 先日読者の方からご質問を頂きました。ご自宅の敷地を駐車場に貸している。与えるの視点からは、また更に値引きするべきであろうか。という内容でありました。

 これについて私は相場を調べて、相場以上には値下げはするべきではない。とお答えいたしました。きちんと駐車場を整備して店子に貸しているのであれば、それ相応の対価を頂くのが、結果的にお互いのためであると思ったからです。

 今回の読者の方とは直接関係ありませんが、値付けの方法については、私も常に思い悩むことであります。今回が値付けに関するメモをここに書き置きたいと思います。



値段とはプロ意識の証明書。

 自分で値段をつけるというのは難しいことであります。私も自分で会社を作って自分のサービスに値段をつけるときに、本当にこの値段で良いのか。と悩みました。

 「値段」というのは、自分はこれだけのプロである。という証明書であります。高い値段をつけるというのは勇気が必要なことです。
 それは自分に対して「プロ意識」がどこまでストイックか。という、自分自身に対する挑戦であるからです。ふうむ。

 「プロ意識の薄い人」「自分に甘い人」は高い値段を自分自身につけることができません。

 安い値段というのは、一見お客さんのためになるように見えます。しかしそれは「プロ意識の薄さと自分に対する甘さ」から来ている。そういうこともあるかもあるかもしれません。

 自分自身の「プロ意識の薄さと甘え」からの安い値段。これは不幸の始まりです。
 お客さんは、相手の自信のなさや甘えは空気で感じます。値段安いけれど、本当に大丈夫かな。という疑心を持つことでしょう。
 あるいは売り手の弱みに漬け込んで、さらに値引きを迫るかもしれません。買ったあとも「これも無料でやってよ」というタダ働きを要求するかもしれません。

 プロ意識の薄い甘えた人が、自分の仕事に安い値段をつける。高い値段をつけるほどには自分がストイックではないから。
 その安い値段。多くのお客はその自信のなさを見抜いて疑心を抱きます。なぜこんなに安いのに売れないんだろう。そういうことになります。

 あるいは自信のなさにつけこまれて、あれもこれもタダでやれ。そのように強い値引き交渉を受けるでしょう。
 おかしいな。自分の夢を仕事にしているはずなのに、何でタダ働きばかりなのだろう。

 「安い値段」は、往々にしてそのような不幸を招きます。なぜならその安い値段とは「自分はプロ意識は自信がない。そこまでストイックになれていない」という態度のあらわれであるからです。



プロとは自分に厳しくあるということ。

 自分の仕事にプロ意識を持つ人は、あえて自分の仕事の値段は高くします。そしてそれは自分自身へのストイックさとの戦いの宣言であります。
 ビジネスによっては、その値段のせいで最初はなかなかお客さんがつかないこともあるでしょう。しかしここが勝負の場所であります。大きな岩は転がりだすときが一番抵抗が大きいのです。

 もちろんどんなにプロフェッショナルな仕事であっても、市場のニーズから離れていれば、失敗に終わります。
 自分のビジネスに対する警告は、自分の生活の中でさまざまな経路で自分に伝えられます。謙虚であること。常に「自分は間違っていないだろうか」というニュートラルなアンテナは感度高くしておく必要があります。
 常に「最悪を想定する」ことは必要です。

 それでも自分の仕事に対するプロ意識とストイックさは常に最上のものを求め続ける必要があります。



戦略的な「低価格」ならこれもプロの仕事。

 世の中には「低価格」を武器に成功しているビジネスがあります。しかしそれは、それで「プロフェッショナル」なのでありました。

 まず「低価格」で供給できるには、次の2つの要素が必要です。
・従来に対して低価格で提供できるコロンブスのアイデア
・低価格と引き換えにお客さんにNOと言える強さ

 安売りで成功しているビジネスは、逆に無理なお客の要望に対してはきちんと「NO」と言えています。謙虚でありながらも「NO」と言えるのはプロの意識が高い証拠です。

 また安売りの場合もきちんとその理由があります。物流が画期的なのか、仕入れ方法が画期的なのか、製造方法が画期的なのか、販売方法が画期的なのか。いずれにせよ、どこかにコロンブスの卵という逆転の発想があります。
これがなくて、ただ弱い人にタダ働きさせて「低価格」を実現する。というのは、不幸の因子を積むだけであります。



つづく



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御新札=御神札の実験。


 私は近所の氏神神社に月1回御参りをしております。・・・本日も個人的趣味私見のお話であります。

 その時、白い封筒に「神恩感謝」と書いて、真新しい千円札を奉納します。うちの氏神神社は神主さんが御宮の隣の社務所に住んでいるため、その千円札が入った封筒はお賽銭箱にお納めしています。ただ賽銭泥棒も多いと聞きますので、神主さんが常駐されていない神社では、直接社務所に奉納した方が良いようです。



 奉納する千円札は真新しいピン札です。これは日頃から、買い物のお釣りにピン札が入っていたら、奉納用に取り分けておいてあるのです。
 奉納用のピン札=新札貯金であります。



 この千円の御新札は、月1回の氏神参拝の時だけでなく、新年の御神札を頂く時、伊勢神宮で剣祓札を頂く時、遷宮御寄付の時にも使用させて頂いております。



 これは私の趣味の実験でありますので、人にお勧めするわけではありません。
 そういえば、質素倹約の考察で、「倹約して貯金した時点でそれは自分のお金ではない。自分を含め誰かに与えるお金である。」そのような仮説を書いておいてみました。
 それは千円の御新札についても同様であります。買い物のお釣りなどからピン札を奉納用に取り分けた時点で、そのお金は神様のものであります。そして神様に奉納するお金とは、実は自分自身に奉納するお金でありました。


 人にはいろいろな趣味があります。どんな趣味であっても、人はお金を使って、時間を使って、手間を惜しみません。
 そしてこの「仮説実験(御新札奉納実験)」は、純粋な私の趣味であります。趣味でありますから御利益などの見返りはありませんが、単純に自分自身のこの行為が面白いのです。



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伊勢神宮に行って来ました。補足。


 今回の御伊勢参り。日本人なら一度は御参りして頂きたい。改めてそのように思います。

 御伊勢参りは神様から招かれないと行けないと言われます。それは正しいかもしれません。しかし重要なことは、日本に縁あって生活している方々。少なくともその方々は例外なく「神様に招かれている」。そのように思います。

 あとはその招きを受けるのか受けないのか。という私達の側の問題であります。



 多くの日本人が御伊勢に行けない理由は、時間がない。またはお金がない。であります。仕方ありません。
 でありますが、工夫しだいでは、時間をできるだけかけなくても御参りできます。お金をできるだけかけなくても御参りができます。そのように拙ブログにても私見を紹介させて頂きたいと思います。
 みなさんはもう伊勢の神様からのご招待を受けられているのです。生活のなかでなんとかやりくりされて、そして御参りする。そんなヒントの一つに少しでもなれば。そのように思っております。



 でも、です。でもでも、もし本当に御伊勢の神様からみなさんが招待を受けているとして、でも何のために行く必要があるのでしょうか。行くことで何の利益があるのでしょうか。商売繁盛や家内安全のための投資でしょうか。
 いえ、残念ながら御利益はないです。期待したものは何もないです。



 私がお勧めしたように、早朝の外宮参拝。そして団体客が始まる8時前の内宮参拝の時間帯であれば、朝の澄んだ空気に触れることができる確率がぐっと高まることでしょう。

 しかし、伊勢の神様が「よう来た。よう来た。」と声をかけてくれることはありません。神々しい空気に包まれるような体験もありません。懐かしくて涙が出るようなこともありません。

 御垣内参拝であっても、あれだけ準備してきたのに、あっと言う間に終わってしまう。なんかさあ、なんかもうちょっとさ、なんかあってもいいんじゃないの。と肩透かしを思うほど、頭が真っ白なまま何もなくあっと言う間にあっさりと終わってしまうことであります。



 しかし。しか〜し。御伊勢参りの重要なことは、実は、日々の生活の忙しい中で、何とか時間とお金を工面して、そして正装して、日の出の時間にわざわざ起きて、そして御参りに行く。その「手間と決心」なのでありました。

 全ての人が御伊勢の神様から招待を受けています。御伊勢参りという行動がこの世の中にあると知った人は、全て招待された人であります。
 一方、多くの人はそんな遠方に行くのは大変だ。この忙しいのに行くのは大変だ。そのように思います。

 しかし中には、その招待を受けようと決心した人もおります。日々の忙しさの中で、時間とお金を工面して、そして正装をもって朝早い御伊勢に行こう。そして神様に御挨拶だけしに行こう。そのような決心であります。御伊勢参りとはその「決心」をする自分自身一人の問題でありました。



御伊勢参り。それは結局は自分の中の神様との旅なのでありました。



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伊勢神宮に行って来ました。後編。


 私が使っていたスマホですが、いろいろカメラ機能が充実していることを最近知りました。今回はスマホでの写真撮影をいろいろ試してみました。今回の後編は写真をご覧ください。
 その前に伊勢神宮のお参りのポイントをおさらいしてみます。読者の方からご質問を頂きましたので。ただしあくまで私見でありますので一つの参考として。

【参拝順序】
 参拝順序は基本的に「外宮→内宮(→伊雑宮)」です。
 内宮は観光客が多いため、できるだけ朝早くがお勧めです。
 伊勢神宮参拝で良い思い出にならないケースは決まっていて、それは内宮の「人混み」「団体客のマナー」「猛暑炎天下」であります。
 でありますから、理想は朝8時ごろまでには内宮の五十鈴川を渡りたいですね。この時間は団体客もまだ着いていません。真夏でもこの時間帯ならまだ大丈夫です。
 ということは逆算して外宮は早朝6時とか7時のお参りになります。



【参拝所有時間】
 外宮の参拝は、慣れた人がかなり早足で30分。ゆっくりお参りするのなら1時間程度でしょうか。私は下記の順番です。
 社務所(遷宮寄付)→ 御正宮 → 多賀宮 → 水宮・土宮・風宮 → 社務所(剣祓札)
 内宮の参拝時間は、長い参道を早足で往復する御垣内参拝のみだと30分くらい。ゆっくり足で荒祭宮もお参りするなら1時間ぐらい。おかげ横丁もいろいろ見たいなら半日くらい。でしょうか。

 ただし時間に追われる参拝はできれば避けたいところではあります。神域に入ったならば、自分の心のペースでおまかせが一番であります。



【交通手段】
 外宮→内宮、内宮→五十鈴川駅は基本バスです。タクシーはバスの倍くらいの値段です。ということは2人以上であればタクシーでも良いと思います。
 バスの時刻表は三重交通のホームページに記載されています。

 伊雑宮は五十鈴川から近鉄志摩線の上之郷駅下車です。慣れない方は五十鈴川駅で駅員さんにどの電車に乗ればいいかを確認するのが良いでしょう。
 上之郷駅は無人駅です。帰りはホームで整理券を取ります。これで車内の車掌さんか降りる駅の改札口で現金精算をします。



【宿泊】
 最近は伊勢でもドミトリーという相部屋2段ベッドのバックパッカー宿があるようです。一泊素泊まりで2700円前後。
 ただドミトリーはプライバシーに敏感な人にはお勧めできません。他にも下記の問題があります。
・相部屋なので貴重品の保管は自己責任。
・早朝他の人が寝ている間に出発する場合気をつかう。目覚ましは鳴らせないなど。
・お風呂はない。シャワールームか近くの銭湯など。
・ドミトリーによっては、オーナーと宿泊者のコミュニケーションが濃い。中にはスピ系のオーナーがいるあやしいドミトリーも。

 しかし相部屋2段ベッド共同生活宿泊でも大丈夫そうで、オーナーがしっかりしているドミトリーなら2700円前後の宿泊は魅力であると思います。

 伊勢ゲストハウス紬舎
・築100年の古民家を改修。良く言えば風流。悪く言えば不便。
・シャワールームもトイレも一箇所のみ。銭湯は近くにあり。
・女子専用共同2段ベッドルームあり。女子には安心。

積極的にお勧めしているわけではありませんが、外宮から歩ける距離で、ゲストハウスを選ぶなら候補の一つであると思います。検討される方は、ホームページをご覧になって自己責任でご判断ください。



それでは後編。写真でお伊勢参りのお裾分け。始まり始まり〜。

【内宮編】












【伊雑宮編】



伊雑宮の並びの酒屋さんで、奉献するお酒を購入します。初めての人は酒屋さんに「奉献したいのですが」相談するといろいろ教えてくれます。特に指定しないと「白鷹」という銘柄になります。基本は一升瓶2本セットで3600円くらい。




奉献した御神酒はすぐ神前に備えられます。








上之郷駅は無人駅です。帰りは電車に乗る前にホームにある乗車票をとっておくのを忘れずに。



【番外編】



宇治山田駅すぐちとせの月見天ぷら伊勢うどん。早く閉まるのでいつも立ち寄れませんが、今回は来れました。天ぷらが本当にさくさくです。



 今回は思いもかけず、ゆっくりお伊勢参りができました。本当に良かったです。ありがとうございました。



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