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聖と邪と。ムハマンドの預言。


 聖と邪についての中道の考察。本当はあと1回ほどでこのシリーズは終わるように考えていたのですが、ユダヤと皇室。ユダヤとキリスト教の話題になってしまうと、どんどん脱線していってしまいます。
 本当は昨日や今日などは、年末にあたり時事問題の考察などを書きたかったのですが。もう少しだけ、妄想を書き留めさせて頂きたいと思います。



パレスチナ人こそ古代ユダヤの末裔


http://d.hatena.ne.jp/boogierock/20100528/1275053430

 遺伝子検査の結果、パレスチナ人とシリア人は古代ユダヤ人の末裔であることがわかりました。そしてこのパレスチナ人とシリア人とは虐殺を受けている民族であります。

 自分たちこそ本物のユダヤだと主張している人達(イスラエル)こそが、実は遺伝子的に本当のユダヤの末裔である民族を根絶やしにしようとしている。

 本物と主張する中に邪を潜ませるのは彼らの典型的なやり方であるのでしょう。キリスト教という宗教が魔人イエスによって起こされたのも、古代ユダヤ民族を抹殺するためのものであったと私には思えてならないのです。

 話しは少し脱線しますが、それが、なぜ極東の島国でユダヤの契約が秘密として隠されているか。という理由でもあるかもしれません。もしそれが世界史のオモテに出れば、必ず抹殺されることになりますから、「徹底的に秘せ」が、極東における神からの啓示であったことでしょう。



イスラム教。古代ユダヤの系統を引き継ぐ。

 イスラム教の開祖であるムハマンドはユダヤ教ではありませんでした。しかし古代ユダヤの祖、アブラハムの血を引いていると想像できます。彼も「契約の民」の末裔であったのではないかと思います。イスラムにも伝わる割礼の儀式が古代ユダヤの証明であるかもしれません。日本にも皇室に割礼の儀式が伝わっているのと同じように。

 さてオリジナルのユダヤ教の一族から預言者が出たのは、聖人イエスが最後であったようです。もう残念なことに今のユダヤ教の人達の中からは、預言者は現れるのは難しいことでしょう。人々が預言者を求めるところにはもう本物の預言者があらわれないことでしょう。
 とくに、預言者の啓示とは、人々がそれぞれ自分の心の中の唯一神から「無言」に受け取る時代になっているのであれば、なおさら。


 さてムハマンドの時代です。彼が歴史上、最後のユダヤの預言者となりました。そしてその最後の預言者は、正統なユダヤ教徒からは発生しませんでした。正統のユダヤ社会ではない、まだキリスト教に破壊されていない地域(社会)において、ヤハウェの大天使(ガブリエル)から呼ばれたとコーランは伝えます。

 話は脱線しますが、これは日本史において、幕末において北朝の皇室が途絶えたときに、長州に隠れて存続していた南朝の皇統から明治天皇が輩出されたことと似ているように思います。本家ユダヤ教=北朝。新興イスラム教=南朝。そのような系譜に思えます。どちらも元は同じアブラハムの子供たちであり、古代ユダヤの遺伝子を運ぶ人達です。
(残念ながらイスラム教もまた、ムハマンドの死後、彼らの約束を維持することは失敗したかのように思えます。それほど、唯一神を心の中で維持する伝統は困難だということです。もうこの約束が維持され残されているのは、大どんでん返しの隠された日いずる国のみであります。)



キリスト教対イスラム教の構図

 閑話休題。上記が、キリスト教(魔人の宗教)と、イスラエル国家が、パレスチナ人とシリア人に対するのと同じように、徹底的にイスラム教(古代ユダヤの末裔)を排除しようとしているのかという本質的な理由です。そして今なぜ世界のあちこちで紛争が終わらないのか。という理由であろうと思います。

 なぜイスラエルがパレスチナ人を迫害するのか。なぜシリアで紛争が終わらないのか、なぜイスラム教徒=テロリスト。という刷り込みが西側のマスコミによって繰り返し行われるのか。

古代ユダヤの末裔=パレスチナ人でありシリア人。原理主義ではないイスラム教徒
魔人イエスの末裔=キリスト教右派、イスラエル右派、エジプトの一つ目魔神を崇拝する人達。

 妄想ですと断り書きをいれても、もう書いててどんどん怪しい内容になってしまいますので、話を元に戻します。



当時の中等社会におけるユダヤの啓示=コーラン

 イスラム教は私達日本人にとってとても馴染みが薄い宗教です。過激な宗教であるとか、女性蔑視の宗教であるという認識が強いのではないでしょうか。
 しかし、ムハマンドがヤハウェ(アッラー)の大天使から、啓示を受けた内容は、私達一般人の思う「イスラム教」とは異なるようです。


「神は両方の性に、生まれながらの尊厳を与え、どちらも地球上での神の信託者としました。(参照:クルアーン17章70節、2章30節)」

 ムハマンドを通して語られる預言(神様から預かった言葉)では、男性も女性でも神性なる陰陽であると伝えられております。

 もちろん現代の日本社会と当時の中東社会は大きく異るでしょう。その差分を差し引いても、ムハマンドが述べている言葉に流れている言葉は、女性に対する尊敬の心でありました。コーランとは、父性のヤハウェ(=アッラー)の言葉であります。女性には、母であれ妻であれ娘であれ、最大の敬意を払って、そして大切に守りなさい。そういう厳しい父親の言葉であるように私には感じられます。



 イスラム教における女性観については下記サイトをご参照ください。
http://www.islamreligion.com/jp/articles/2132/

 もちろんイスラム教徒の中には、女性差別や女性蔑視の人達もいることでしょう。ただしそれは、ムハマンドが伝えた大天使の啓示とは無関係あるいは正反対に解釈されたものであると思われます。
 それはたとえば聖人イエスが「隣人を愛せよ」と伝える啓示を人々に残しても、現代のキリスト教国家の中には「隣人を攻撃迫害」している人達がいるのと同じです。
 聖なる言葉が、エゴによって正反対に解釈されることは、どこでも起きることであります。それが聖なる言葉であればあるほど、魔なる邪(よこしま)な解釈にすり替えられる危険性が高いと言えます。



 さて聖と邪の陰陽について。もう少しだけ続きます。
 来年もよろしくお願いいたします。


 ありがとうございます。





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聖なるもの。邪なるもの。預言者列伝。



預言者についての妄想メモ。

 世の中はすっかり年末です。この押し迫った観じが好きな方も多いことと思います。そして私の妄想記事度合いも深まる傾向にあるのでしょうか。本当にすみません。以下は、どうぞ話一割(90%はウソ妄想)でお読み下さい。



ユダヤ民族の「約束」とは?

 絶対神ヤハウェとの約束を自らに課した古代ユダヤ民族からは、多くの預言者が輩出されました。ヤハウェの言葉はその時代時代にあった形で、預言者の口を通して、ユダヤ民族を正しい方向に導くために示されたのでしょう。
 ヤハウェとは民族の守護神であり、宇宙の唯一神であり、自分の心の中にある唯一神であり、父性であり、母性であり、様々な次元を同時に持ちます。



 さて、ユダヤ民族の約束とは何か。それは人類が次の進化の段階に至るまで、オリンピックの聖火のように、「心の神性(唯一神)」を代々絶やさず維持することであったことでしょう。
 なぜそんな聖火リレーが人類に必要なのか。それは人類の大部分が未熟な人類はロボットから脱しきれていないからです。このため私達人類の多くは、神様とは「心の中の唯一神」という抽象的なものではなく、「生贄に捧げて願いを叶えてもらう」という現世の偶像神としてしか捉えられないのです。

 その証拠に、多くの宗教は、その始まり(開祖)は、「心の中にある唯一神の詩(啓示)」から始まりますが、魂が未開のロボットである大衆は、それを理解することができず、時代を下るにつれ「偶像神」に置き換えてしまいます。

 たとえば「偶像を作るな、集団を作るな」とうったえた釈尊の教えは、数百年後には、正反対の巨大な仏像や政治に干渉する集団へと変質しました。

 日本神道でさえ、「小銭を拝殿に投げつけてお願いごとを叶えてもらう」という「魂が未開のロボット宗教」として認識している人も残念ながら多いのではないでしょうか。
 日本神道とは、各自の心の中にある「言上げされない」神性の文化そのであると思うのですが。



 そんな偶像神しか持てない、未開の人類では、この文明が再び絶滅の危機にさらされる可能性が高いです。このため、人類の魂が十分成熟する次の世代まで「心の神性」文化をこの現実界に紡いでいく約束を自らに課した一団が、ユダヤと呼ばれる民族の人達でした。

 しかし彼らも何度も何度も脱線滅亡しそうになり、その都度、彼らの民族は自分たちの中に、方向修正を伝える「預言者」を出現させたのでした。



アブラハム

 アブラハムはユダヤ教(当然キリスト教も)およびイスラム教(どちらも本質は同じ)の最初の預言者とされます。
 偶像信仰など未開魂レベルにより、前文明が滅びたあと(ノアの箱船伝説)、再度人類文明やり直しのため、アブラハム一族が選出され、彼は「偶像崇拝ではなく心の中の唯一神」を維持する任務を自ら一族に課します。



モーゼ

 絶対神ヤハウェは、父性と母性の両面を持ちます。そしてモーゼは父性のヤハウエからの啓示を受けた預言者と言えるでしょう。
 モーゼはこのヤハウェからの啓示により、エジプト人たちから奴隷虐待を受けていたユダヤ人たちを救いました。
 また、「一つ目ピラミッドの偶像崇拝者であるエジプト人たち」の奴隷になったそもそもの因子がユダヤ民族の奢りにあった戒めからでしょう。モーゼはユダヤ民族に「十の戒律」を、父性のヤハウエから授かりました。

 この「十戒」は当時のユダヤ民族の道徳を修正し、悪因子の昇華、善因子の蓄積という役割がありましたが、もう一つ隠された意図もあったと思われます。
 モーゼはこの「十戒」の原板を「契約の箱」に入れ、ある場所に埋めたとされます。遠い将来、人類が次の魂の進化に成功するための最後の一厘の大どん返しの布石であるかもしれません。

 そしてモーゼは日本に来ていたという説も有名ですね。

 ユダヤ民族は「契約の民」であることは世界中で有名です。しかしその契約を完遂させるには、その当事者たちについての「契約」は秘められている必要が本当は大切です。陰と陽の因子の視点により、陰の中にこそ陽があることがおわかりになるかと思います。
 オモテに出る契約(中東のユダヤ民族)には「魔」も「障害」もたくさん惹きつけられることでしょう。だから本当に「契約」を維持する一派においては、その「契約」は外にも内にも秘められている必要があります。
 
 「契約の箱が隠されている」=「真の契約実行者は隠されている」

 ヤハウェの父性と母性。陰と陽。父性のユダヤは陰として。母性の日本は陽として。しかしユダヤの契約は世界に明かされ、皇室(古代ユダヤ末裔)の契約は秘されています。陰と陽。契約を維持する神仕組み。一厘の大どんでん返しの布石。ふむふむ。



イザヤ

 ユダヤ民族が北イスラエル王国と南ユダ国に分裂し、再び民族の危機となりました。このとき民族を救ったが預言者イザヤでした。

 イスラエル王国がじきに滅亡する。この時、ユダヤ民族の滅亡を避けるために、心あるものは、日ののぼる土地に向かえ。このイザヤの預言により、その言葉を信じた人達は大挙して、東へ東へと向かいました。
 それは、かつてモーゼが、大どんでん返しの布石を埋めた約束の土地に。
 そしてそれは、太古の昔、エデンの園があった母性の大地に。

 イザヤの預言を信じた人達は、イザヤが示す約束の土地、極東の島国を目指しました。そしてその時、古代ヘブライ語でヤハウェの名前が刻まれた石板も、その約束の土地に運ばれました。
 その土地では、そのヤハウェの石板は、太陽神から託された契約の鏡として二千年以上にわたり現代でも大切に維持されています。

 おそらく極東の島国に辿り着いた時に、その一派の中に新たなる啓示を受けた預言者もいた事でしょう。父性のヤハウェから母性のヤハウェの変化と、そして契約の証である三種類の宝物を秘し守ること。という啓示。その預言者の名前はユダヤの歴史にはありません。しかし極東のその土地では神話の中にその名前が残っているかもしれません。ニニギノミコトとして。



イエス

絶 対神ヤハウェの母性の啓示を受けたのが、聖人イエスであります。キリスト教徒の中では「マリア信仰」が根強い理由であります。

「あなたの廻りにいる一番弱い人の中にこそ神様がいます」
 聖人イエスの言葉はいつも弱い人に向けられていました。それは弱者に対する暖かな視線の中に、母性のヤハウェが存在することを知っていたからでありましょう。

 聖人イエスは自分を十字架に掛けるものたちにさえ、弱者に対する慈しみの眼差しを向けておりました。彼は本当に人の心の中にある本質だけを観ていたのでした。


ムハマンド

たぶん続く



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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聖なるもの。邪なるもの。三大宗教。



聖と魔についての備忘メモ。つづき。

 ユダヤ教とキリスト教とイスラム教は兄弟の宗教です。同じ絶対神を信仰しています。
 聖地エルサレムはこの3大宗教の聖地でありますのは、それは元は同じ宗教であるからであります。
 そしてこの聖地は、世界紛争の最大中心地の一つでもあります。世界最大の聖地が世界紛争の中心地であるというのは、本当に皮肉であります。
 この「皮肉」こそが、聖を突き詰めると魔を生み出す。という陰陽原理を示していいます。



ユダヤ教の特徴

 ユダヤ教は、ユダヤ民族と父性の厳しい絶対神「ヤハウェ(エホバ)」の間の契約の宗教です。
 このためユダヤ教は他民族に布教をしません。それはユダヤ民族のアイデンティティそのものだからです。その点は日本の神道と似ています。ただ神道において日本人は「自分が選ばれた民族だ」という意識はありません。一番大きな違いかもしれません。そしてこれが神道がユダヤ教のような「魔」を発生する因子がなかった理由であります。

 先にも述べましたが、ユダヤ民族の一部の人達が強い「選民意識」を持ったため、彼らは彼ら自身の民族の不幸の因子を生んだのでした。他の民族より優れているという優越感は、陰陽逆転して「他の民族から迫害を受ける」因子を生むこととなったと考えられます。



キリスト教

 キリスト教はユダヤ教から生まれました。しかしユダヤ教と決定的に異なるのは、「布教をする」世界宗教であることでした。
 ユダヤ教は絶対神「ヤハウェ」の信仰でありますが、キリスト教は「神の子イエス」へ信仰にすり替えられています。

 「聖人イエス」は敬虔なユダヤ教徒であり、彼は磔処刑されるまでの短い期間「隣人への愛」を説きました。しかしイエス御本人は自分が宗教の教祖になることなんて夢にも思っていなかったことでしょう。

 「聖人イエス」が処刑されてこの世からいなくなってから、「神の子として自分を信じよ」というイエスが現れたのでした。私はこれを「魔人イエス」であると妄想しております。「聖人イエス」の言葉を原作として「魔人イエス」が教祖となる宗教が誕生したのでした。という妄想どす。

 初期のキリスト教は、「聖人イエス」の言葉を信じるユダヤ同胞をローマ人の手によって残酷な方法で殺戮される自作自演の方便だったかもしれません。
 その後、「魔人イエス」の宗教は、ローマ人たちのミトラ教と入れ替わりローマの国教となります。ミトラ教も魔神の宗教でありましたから、ローマのミトラ教徒たちとの相性は良かったことでしょう。この時、聖人イエスの言葉も大幅に改ざんされ、聖と魔が半々に混ざった毒まんじゅう(=新約聖書)が生まれたのでした。キリスト教の方々すみません。^^;

 さてローマ国教となったキリスト教は、「布教」という大々的な宗教活動を行ない、世界中の人々の魔の心にどんどん共鳴して広がっていきました。中世に欧州で発生した魔女狩りや、中南米の原住民の虐殺、アフリカ奴隷、などキリスト教が本来的に内在する魔の心は、何世紀かかけて世界中に拡散し、世界最大の宗教となりました。

 ここまでキリスト教が世界中に拡散した最大の理由は、キリスト教が本物の「聖人イエスの愛の言葉」を切り取って利用していたからであろうと思います。
 陰陽の法則の視点では、魔の言葉は、聖なる言葉の中に散りばめることが一番強い威力を発揮すると考えられます。このためキリスト教が「ローマ国教」として定められた時、それまでのイエスの言葉は大々的に編纂され、外側は聖人イエスの愛の言葉の薄皮で、中身は魔神の洗脳餡こ(あんこ)という毒まんじゅう(新約聖書)が生み出されたのでした。

 新約聖書の中で、神の子である自分と契約しない限り、神に救われることはない。と繰り返し繰り返し繰り返し述べるこの部分が、猛毒餡こ(あんこ)の部分であります。


イスラム教

 イスラム教はユダヤ教から生まれました。当時、預言者ムハマンドの言葉は本当の神の言葉であったことでしょう。
 キリスト教のように聖人イエスの言葉が改ざんされ、魔神の教えになってしまった教訓から、ムハマンドが寄り代となった神の言葉=コーランは、改ざんすることは厳禁とされました。翻訳することも原則禁止であります。

 しかし残念ながらイスラム教もまた、人々の魔の心に共鳴していくこととなります。

 神の言葉とは、各自が自分の心の中で無意識に観じる言葉なき言葉としてのみ存在し得るからでした。それゆえ神の言葉は決して固定してはならないのでした。なぜなら神の言葉とは聖なる霞(かすみ)のようなものですから、それは固定してしまった瞬間に、神の言葉ではなくなるからです。固定された霞は霞ではないことと同じです。

 日本の神道でも「言上げ(ことあげ)せず」と言われます。神の言葉は決して書き留め固定化してはいけないものなのでした。

 神の言葉は、固定化された瞬間に、正反対の魔の言葉に変化(へんげ)する因子を生むことも多い事でありましょう。神の言葉とは固定化された瞬間、魔神が人を釣るのに最良の釣り餌になるからです。

 神の言葉とは、自分の無意識に言葉なき言葉として観じられるか、あるいはその瞬間だけ、一番身分の低い、一番馬鹿にされる人の口から語られるか、あるいは一番自分が嫌っている親や伴侶や上司の口から語られることがあるかもしれません。陰と陽は真逆です。まさかあの人が、という人の口からこそ、聖なる言葉が実は出ていたのでした。私達の目の前に現れる神の言葉はそれゆえ大部分は無私されていることでしょう。

 そして逆に、神の言葉を語る「聖人」として人から扱われた瞬間、その人物は「魔神」へと変貌する因子を生みます。オーコワ。新興宗教の生まれる過程の多くのパターンであります。だから神の言葉は、決して「言上げ」してはいけないのでした。

 そしてイスラム教は「誰が正当なムハマンドの後継者であるか」にこだわることにより、皮肉にもどんどんムハマンドの言葉から離れていくのでした。聖なるものを突き詰めると魔を生む。陰陽真逆でありました。

 これはイスラム教は同胞のシーア派とスンニ派で紛争が絶えない理由、同じ兄弟宗教でありながら、キリスト教ととも紛争が絶えない理由でもあります。

 どちらが神に近いか。を突き詰める行為は、皮肉にも自分たちをどんどん神から離していくのでした。



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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聖なるもの。邪なるもの。中道。



分離する宇宙と融合する宇宙の呼吸

 聖と邪、善と悪、神と魔、それぞれの振り子を無限に繰り返している時代から、それらの真ん中の中道に戻る時代へと、私達の世界は向かっているのかもしれません。

 この宇宙には、変化の無い単一の世界から、聖と邪、善と悪、神と魔、という2元論の分離の世界に向かっていく宇宙と、聖と邪、善と悪、神と魔、という2元世界から一つの中道の世界に戻っていく宇宙があることでしょう。

 それは、分離していく宇宙と、融合していく宇宙。それも大きな宇宙の呼吸であり、大きな大きな陰と陽のうねりであります。



それは平均台のゲーム

 私達のいるこの世界は分離から融合へと向かうステージなのだと想います。
 今我々が挑戦している、この「中道を保つ過程」はとてもやり甲斐のあるゲームと言えるかもしれません。。それは長い長い平均台をバランスを取りながら渡っていくゲームにも例えられます。
 そう。私達の心は、油断するとすぐ片方に寄ってしまいます。私達の心は、油断するとすぐ平均台から落っこってしまいます。

 私が正しい、相手が間違っている。と思った瞬間にもう私達の心はバランスを崩し始めています。
 そして逆に、自分はダメな人間だ。消えてしまった方がいいんだいいんだと卑下した瞬間にも、もう私達の心はバランスを崩し始めています。

 あるいは、もう働くの大変。逃げたい。辞めたい。という生活からの逃避の気持ちが一線を越えると、私達の心は平均台のバランスを崩してしまいます。
 また、もっともっと欲しい。使い切れなくてももっと貯めたい。失うのは嫌だ。手放すのは嫌だ。という執着の気持ちも一線を越えると、私達の心は平均台のバランスを崩します。

 人を見たら泥棒と思え。と誰に対しても懐疑の目で見る狭小な心もバランスを崩しやすいでしょうが、人はみんな天使だと、自分や家族の命を危険にさらすのもまたバランスを崩すこととなります。


 この世界は上記のように無数の軸の陰陽振動があり、私達はそれぞれの軸において中道バランス平均台の挑戦をしていると言えます。



ロボット(無明)が永遠の振り子

 そう。私達の魂は平均台の中道を試しにこの融合に向かう世界にいるのでしょう。しかし心がロボットのままだと、永遠に右に左に振れ続けます。ある魂は、自分が誰かに怒りを持ち、その次は自分が誰かから怒りを向けられる振り子を続けるかもしれません。
 またある魂は傲慢さと惨めさの振り子を何度も往復する(ロボット)魂であるかもしれません。

 私達の魂はこの世に生まれて育ち、そして死ぬその瞬間まで、自分自身で中道平均台のチャレンジをしているのでしょう。
 このゲームは難しいです。少しでも油断するとあっと言う間に落っこちてしまいますから。この中道平均台は、宇宙で最も挑戦しがいのあるゲームであるかもしれません。
 そしてこのゲームを挑戦したくて、この宇宙は融合と分離の振動を繰り返しているのかもしれません。



 極端な想いと極端な行動は、必ず反作用の因子を生み、振り子は永遠の輪廻として振れ続けます。
 そして私達は油断すると、簡単にロボット魂に戻ってしまいます。
 やられたらやりかえすを無限に繰り返す条件反射のロボット魂。



中道の極意は、振り子の中にあり?

 中道とは正反対の事象の中に正解があることを発見する過程であるとも言えます。
 神聖なるものと祭り上げる集団の行為は世俗の因子を生み、俗世(毎日の理不尽な仕事生活)の中に、神聖に至る自分の心の道があるように。
 盲目的に溺愛することが子供の生きる力を失わせる因子を生むのとは反対に、ハングリーで厳しい環境が、子供の生命力を大きく鍛えるように。

 であるならば、中道の正反対であるロボット振り子の中に、最も中道に近い回答が潜んでいるかもしれません。
 人に認められて喜ぶロボット自分も愛おしいです。
 人に馬鹿にされて怒るロボット自分も愛おしいです。
 人から無視されて哀しむロボット自分も愛おしいです。
 仕事をサボって楽したいロボット自分も愛おしいです。
 ロボット自分を否定すれば否定するほど、自分はロボットになっていき、ロボット自分を認めそれを受け入れることで、ロボット自分から解放されることでもあります。

ふうむ。


 ありがとうございます。
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聖なるもの。邪なるもの。つづき。


神性と魔性の考察について。つづき。なぜ二千年前にユダヤの民に、神性のイエスと魔性のイエスが同時に誕生したのか。



 人の想いが何かを強く求めると、必ず正反対の因子も同時に生まれます。陰と陽は同時にこの宇宙に因子として生まれるからです。
 通常、陰と陽の因子は時間差を置いてこの世に出現します。まるで振り子の様に。まるで波の様に。
 しかし二千年前のユダヤは異なりました。陰と陽(聖と魔)の救世主は同時彼らの前に出現したのでした。



 人の想いが何かを強く求めると、必ず正反対の因子もこの世に生まれます。ユダヤ教とは戒律の厳しい宗教でありました。多くの古代ユダヤ人たちの、その厳しい戒律による「聖なるもの」への希求の蓄積が、正反対の想いの因子を同時にこの宇宙に生まれていったのでしょう。というのは私の妄想です。以下の文章も妄想であります。こんな妄想を他の方が読むようなこのブログという場所に置くことは良いことなのかどうなのか。判断はつきませんが、とりあえず妄想を書き進めます。行ってみましょう。

 ユダヤの民は神から選ばれた民族でありました。人類の中で選ばれたヤハウェと契約している民族でありました。
 これはどういう意味かというと、人類の中で非常に責任重大の民族である。という意味でありました。神から選ばれているという彼らの伝承が本当であるならば、それは彼らが優れているという意味ではなく、重い重い責任を背負っているという意味です。人類に対する責任を重く背負っているという意味です。

 でありますから、多くの古代ユダヤの人達はこの責任を感じ、謙虚に敬虔に自分たちの生活を紡いでいたことと想います。神から選ばれることの責任の重さ。
 しかし中には、傲慢になっていた古代ユダヤ人たちもいたかもしれません。自分たちは選ばれた民族である。他民族より優れた民族より優れた民族である。そのような選民傲慢さを育てていった人達もいたかもしれません。

 多くのユダヤ人たちが聖なる神を希求しました。厳しい戒律と共に蓄積された想いにより、神の言葉を伝える聖なる子供が、彼ら民族に誕生しました。しかしそれは魔性の言葉を伝える子供の誕生と同時でした。

 厳しい戒律という抑圧と、自分たちが他の民族より優れているという選民意識が、大きな負の因子となって蓄積していたのかもしれません。
 どんな宗教であっても、原理主義要素が強まると、自分たちが優れているという選民意識が強まると、神の仮面をかぶった魔物を引き寄せることとなります。
 神を求める行為はたった一人で実践されなければなりません。なぜなら複数人の集団となった瞬間に、上記の過程を経てかならず魔性の因子を蓄積しだすからです。集団で神を求める瞬間から、「神を求める選ばれた私達」「本当の神の声を知らない哀れな彼ら立ち」という線引が無意識に芽生えるからです。その線引は魔性を引き寄せます。神を求めようとすればするほど正反対のものを引き寄せます。
 だから神を求める行為はたった一人で、自分の心の中でのみ、成されなければなりません。



 私達は注意深く自分たちの想いの陰と陽について、いつも観察する必要がると言えます。
 何かを強く希求すると、正反対の因子がこの世に誕生し、自分に跳ね返ります。

 何かを強く欲すると、同時に等価のものを手放さなければならない因子が自分に生じます。
 人を強く攻撃すると、同時に自分が別の誰かから自分が強く攻撃される因子を自分に生じます。
 人に強く嫉妬羨望しその人の不幸を願ってしまうと、同時に本来自分が与えられるべき因子も消滅し、自分が不幸になっていきます。

 そして自分たちは優れた民族であるという選民意識とともに聖なる存在を希求すると、それは同時に魔性の存在も引き寄せることとなります。その魔性の存在は、自分たちの民族が他の民族から迫害差別される、選民思想と正反対の因子を引きつけます。



 ここで釈尊の中道の意味もまた深い示唆を与えてくれます。釈尊は決して極端な想いは推奨しませんでした。自分を抑圧して聖なるものを求める厳しい修行(=苦行)を否定されました。

 釈尊が示されたことは、最も聖なるものは最も俗なものの中にある。ではないでしょうか。釈尊の示唆は、私達の日常の労働の中に、最も聖なるものがあることを教えてくれます。

 厳しい戒律と抑圧によって、聖なるものを突き詰めることは、必ず魔性の因子も同時に生みます。それでは意味がありません。神性と魔性の振り子の輪廻を永遠に振れ続けることになります。

 振り子を止めること=中道のバランスを取ること。
 それは決して片方を否定してもう片方に偏ることではなく、その両者の中に中道の因子が存在することを、注意深く観察することにあるのです。



 見えない世界に神性なるものを強く求めることは、他人への優越意識という魔性の因子を同時に生む危険性があります。しかし逆に、日常の仕事の理不尽な相手に誠意を尽くすことが、自分の心に聖なる因子を生みます。ふうむ。
 もっとも聖なる真理は、もっとも理不尽な生活の中に存在していたのでした。神性さとは他者から与えられるものではなく、自分の心の中に灯されるものでした。心の中にロウソクの火が灯るように。
 誰もが逃げ出したい俗な生活の俗な理不尽さから「逃げない」と決心した瞬間。自分の心の中にもっとも聖なる灯が着火するのでした。ふうむ。

 もう少しだけメモを書き足します。



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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聖なるもの。邪なるもの。備忘メモ。


 私的メモです。以下は断定文体でありますが、内的仮説の備忘メモです。「〜であるかもしれない」「〜であると考えられる」などの推測表現が本来必要な内容ではありすが、下記メモについてはそれらが省略されておりますのでご了承ください。



「聖なるもの」と「邪(よこしま)なるもの」について。

 人類の大いなる錯覚は、どちらも自分の心の外側にあると認識すること。本当はどちらも自分の心の中に陰と陽の因子として存在するものです。

 「聖なる神様は自分の外に居て、自分を罰したり救ったりする」ことがないのと同じように、「邪の悪魔も自分の外で人間を誘惑する」のではなく、どちらも自分の心の中の働き(想い)が「(聖なるものあるいは邪なるものの)核」になっています。

 ギリシャのダスカロス先生は、悪魔とは地上の精霊の一つであり、大自然の中ではそれ自体は、善でも悪でもない。人間の心の内の邪(よこしま)さに同調して、悪い精霊(悪魔)となる。と述べられております。私もまさにそのように思います。



 私達は、この世に生を受けて寿命が尽きるまでの生きている期間は、常に自分の心の中で様々なものを創り出しています。他の人と共感する「善い想い」もあれば、他の人を傷つける「悪い想い」もあります。

 「善い想い」も「悪い想い」も、それは振り子のように両側に均等に振れるようにできています。振り子が決して片方にしか振れることがないように、それは必ず両方に均等に振れます。このように私達の想いは善いものと悪しきものの両方に必ず均等に振れるようにできています。



 古来からの数多くの聖職者たちの間違いは、自分の想いを聖なるものだけで埋めようとしたことでした。自分の想いの悪しきものを完全に排除しようとしました。
 しかし振り子は必ず両方均等に振れます。邪(よこしま)なるものを排除しようとすればするほど、邪なるものは先鋭化します。排除しようとすればするほど、自分の心の隙をついてそれは現実に出て来ようとします。

 それは、なぜ聖書という最も聖なる書物の中に、魔性の言葉が隠されることとなったのか。という理由であります。大勢の真面目な聖職者たちが、魔性のものを自分の心の中から排除しようと多大なる努力を積めば積むほど、消されるべき邪なるものは最も聖なるものの中に隠されることとなります。陰を極めたところに陽が出現し、陽を極めたところに陰が出現するという現象がここでも発生します。
 神様に最も近い第二位の聖なる大天使が堕天使に変じたという伝承に隠された真実であります。陰陽のリズムとは、創造→調和→破壊の三拍子のリズムでもあります。


 それは陰の中に陽があり、陽の中に陰が発生する宇宙の陰陽のリズムであります。





 だから逆に、自分の心の中に邪があることを認める人がもっとも強い理由でもあります。柔らかい木ほど折れにくいと同じ理由です。
 陰を排除しようとすればするほどその陰は強くなります。しかしその陰を認め受け入れることで、陰の因子はその時点で昇華します。

 自分は心の弱い人間であること。いつも他人と自分を比べて自分を否定していること。他人の成功を妬んでいること。性的妄想に満ちていること。他人を傷つけても自分が得をしたいと願っていること。
 その上で、そういう想いが自分の中にあることを認め、そういう弱い邪な自分を静かに受け入れること。自分の邪さを静かに受け入れたポイントに、自分の聖なる神性が生じます。興味深い現象です。

 陰と陽の振り子は私達の心の中にも常に振れています。陰を極めたところに陽が生じ、陽を極めたところに陰が生じます。「邪なるものを排除し聖なるものを突き詰める」とそこには「先鋭化した邪なるもの」が発生しますが、反対に、「邪なるものを静かに認め受け入れる」ところに、正反対の「神聖さ」が生まれます。

 ふうむ。







 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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クリスマスの日。


 本日はクリスマスですので、12月25日にちなんだ妄想話を書き留めて、私の心の整理とさせて頂きたいと思います。以下の文章の多くは歴史的に証明されていない仮説と私の中の推測です。ご了承ください。



 12月25日はキリストの誕生日とされていますが、本当の誕生日ではなく、もともとはローマの土着宗教であったミトラ教の冬至のお祭りでありました。
 キリストの死後300年後、ローマ帝国はあれほど弾圧していたキリスト教を国教と定めました。その時、もともとあったミトラ教の冬至のお祭りが、キリストの誕生のお祭りとして入れ替わったのでした。

 ミトラ教は太陽信仰の一種と考えられるため、冬至は「太陽の誕生日」であり、大切な宗教儀式の日でありました。しかしミトラ教とは、表向きは太陽神の信仰でありますが、その実態は牡牛を生贄とする秘密の儀式の怪しげな宗教でした。

 生贄と秘密の儀式がなぜ必要かというと、それは交換条件の宗教であったからでした。見えない世界と契約し、生贄を捧げることで自分の願いを叶えるという宗教であったからでした。秘密の宗教とは交換条件の生贄を捧げるということであります。



 さてキリストの死後300年たち、なぜキリスト教がローマ市民に受け入れられたかというと、それはキリスト教の中にある、神性と魔性の配分比が、当時のローマ市民たちに受け入れられるような丁度よい比率にとなっていたからでした。


 キリスト教は神性のイエスと魔性のイエスという二人のイエスの教えから成り立っています。


1,トマスによるイエスの幼時福音のイエス
魔性のイエスの幼少期が記されています。

2,新約聖書に登場し、十字架磔になるまでの3年半のイエス
神性のイエスの言葉が記されています。

3,新約聖書にある、復活後のイエス
魔性のイエス。人々に自分との契約を諭します。



 どうして2000年前の地上に、聖なるイエスだけでなく、同時に魔性のイエスもこの世に誕生したのか。それはあたかも私達の心の中と同じであります。
 私達の心の中に、聖なる愛の心と、魔性なるエゴの心があるように、この世界も聖なる次元と魔性の次元が折り合わさって成り立っているからでした。それが聖の極であればあるほど魔の極の誕生の因子も生むこととなります。聖と魔の陰陽は2000年前に同時にこの世に誕生したのでありました。

 純粋に聖なる言葉100%では、それがこの世に発せられても、それは多くの人の心には溶け込むようには広がらず、ごく一部の人達に伝えられるだけのものとしてこの世からは隠されてしまうことでしょう。
 しかし魔性の言葉とブレンドされることで、それらは、多くの人達に広まることとなりました。何と聖と魔の二人のイエスの言葉は、人類の三分の一の人達が信じるほどまでに世界に広がったのでした。


 イエスの聖なる言葉は、多くの人類を救いました。誰もが自分の心にある「一番弱い人の中に神様がいる」という思い遣りを聖書は思い出させてくれました。
 しかし一方でイエスの魔性の言葉は、多くの人類を自我との契約で縛りました。救われるためには神の子のイエスと契約しなければならない。という縛りで、誰もが本来自分の心に持つ自由な神性を捨てることとなります。キリスト文明下で行われた無数の残酷な出来事は、原因を遡ると、みな自分の心の中の神性を契約で封印してしまったから起きたことと言えましょう。

 そして重要なことはなぜ魔性の言葉がこれほど人類に広がったかというと、本当は人類の心の半分が魔性の言葉を求めていたからでした。特別な神様と契約することで、自分が神様から守られて救われたい。という気持ちの集合体が魔性の存在を人類に生み出していたのでした。

 ローマ市民は、彼らの契約いけにえ宗教としてミトラ教からキリスト教に切り替えることができたのは、キリスト教もミトラ教と同じように、契約によって自分たちが救われるという教えがあったからでした。自分の心の中の神性を信じなくても良いからでした。契約と引き換えによって神が自分を救ってくれるという教えであったからでした。



 キリスト教に限らず、世界の宗教のほとんどが、ご利益契約宗教となってしまっています。日本における神道でさえ、多くの日本人は初詣で小銭を拝殿に投げつけてその見返りにお願いごとが叶うように祈るのです。



 しかし陰と陽の長期の振り子の視点からは、そろそろ人類は、神様をご利益を与えれてくれる契約の対象ではないと気付きはじめる時代に入ろうとしているかもしれません。
 人類の魂はその進化のために、陰の時代、陽の時代、と数千年数万年周期で振れておりました。誰もが自分の心の中に神性を感じていた時代から、自分の心の中の神性を全く信じられなくなる時代へ。そして再びまた誰もが自分の心の中の神性を感じ信じられる時代へと。

 本当のイエスの聖なる言葉は、30歳から33歳までのイエスの言葉は、「神の子との洗礼」という後づけの契約とは全く無関係に、人類全ての人の心にあることを、私達は思い出す時代にはいりつつあるのかもしれません。





 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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一般参賀の記録。


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 天皇陛下が83歳の誕生日を迎えられた23日、皇居で一般参賀が行われた。

 陛下が今年8月に退位の意向を示唆する「お言葉」を表明されたこともあり、この日の参賀者数は、平成で最多の3万8588人に上った。即位20年と結婚50年が重なり、それまで最多だった2009年の3万560人を大きく上回った。
http://www.yomiuri.co.jp/national/20161223-OYT1T50030.html
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 昨日は初めて天皇誕生日に皇居に参賀に参らせて頂きました。5〜6年前に新年参賀には参ったことがありますので、一般参賀としては2回目でありました。
 皇居は東京のど真ん中であり、東京駅や大手町駅など交通の要所であるすぐそばであるため、東京近辺に住んでいる多くの人は1時間前後で皇居に足を運べるはずなのですが、いつでも行けると思うとなかなか来ないものなのでありましょう。
 私も天皇誕生日の参賀も新年参賀も毎年行きたい行きたいと思いつつ予定が入って行けなかったのですが、今年はちょうど午前中の予定がぽっかり空いたので、再度参賀に参らせて頂くことといたしました。

 宮内庁のホームページを見ると開門は9時30分。第一回目のお出ましは10時20分とあります。これに合わせて皇居に向かいます。
 一般参賀の場合は特別に普段は許可されない皇居正門から二重橋を渡って皇居宮殿前まで入ることとなります。最寄りの駅は、東京駅の丸の内中央口か、地下鉄なら大手町、二重橋前、日比谷、桜田門の駅となります。



 皇居に入ると日の丸を配っているボランティアの方々が出迎えてくれます。そう私達は手ぶらでも大丈夫なのです。この日の丸を配っているのは「皇居参賀協力委員会」という団体の方々だそうです。


http://i0.wp.com/www.n-innovation.net/nextinnovation/wp-content/uploads/2014/12/IMG_0073.jpg より



 私達の生活では日の丸を振ることなど滅多にありませんから、このように日の丸を渡されるとワクワクします。




 皇居に着いたのはちょうど9時半です。すでに大勢の人達が正門から二重橋に入り始めています。
 参賀者はテロの警戒のため、手荷物検査とポケットなどの身体検査を受けなくてはなりません。ちょうど飛行機搭乗のセキュリティチェックと同じです。もう何万人という人が一斉に集まりつつあるのに、ほとんど列は滞ることなく、粛々と列が進んでいきます。宮内庁も警察も無駄なく効率よく群衆をさばくノウハウは流石だと思います。
(この場面の写真は撮り忘れたので、下記の写真5枚はネットからの借り物です。)


http://話題ネタ.com/wp-content/uploads/2015/01/CIMG0085-e1420296196742.jpg


http://www2u.biglobe.ne.jp/~hidemi_t/travel/PHOTO/sanga/PIC00004.jpg


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-28-c0/lunatic_rosier/folder/1474706/61/21324661/img_1?1163205947


http://inakappemaster.blog.fc2.com/img/DSC_0929.jpg/


http://blogs.c.yimg.jp/res/blog-bb-81/supercub1987/folder/432275/93/26307593/img_0_m?1419310352



 運営側の手際が良いため、そう長く待つことなく私達も正門に向かって移動することができます。
 前回5〜6年前の新年参賀の時は、右翼っぽい人達もチラホラおりましたが、今回はそういう人達は私が見た限りはおりませんでした。その代わり外国人観光客が多いのが驚きです。欧米白人の外国人だけでなく、中国語を話す観光客も楽しそうに日の丸を持って並んでいます。




 正門をくぐると皇居内です。緑が多いためか門をくぐると一気に空気が変わるようです。昨晩の暴風が晴れたせいか、大地から緑の匂いが強く立ち上っています。



 しかしやはりここは東京大都会のど真ん中であります。



 そして宮殿に到着です。10時頃です。



 ここで20分ほどじっと待ちます。後ろの方から君が代を合唱している団体?がおります。いよいよお出ましのようです。






 多くの人達が「天皇陛下、万歳」「万歳」「万歳」と叫んでおります。昨日の一般参賀は、「天皇誕生日」としては平成に入ってから最多の人数だったとのことです。
 右翼団体のように思想的に偏った人達が減りながら、純粋に日本と御皇室を敬愛する日本人や縁ある外国の方たちが増加しているのは、喜ばしいです。
 これから国際情勢がきな臭くなる時代に向けて、一人でも多くの日本人が日本に対して敬愛を持てていることは、本当に幸運なことであろうと思います。



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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快晴。


 昨日から今朝にかけて、日本の広い地域で暴風が吹き荒れたようです。この強風のせいで糸魚川で大火が発生し大きな被害が出たようです。被害に遭われた方々に御見舞申し上げます。ただ死傷者はいないようで不幸中の幸いでした。

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23日にかけて広い範囲で大気不安定 暴風や高波、猛吹雪や大雪に要警戒

西日本では22日夜遅くにかけて、東日本では22日夕方から23日夕方にかけて、北日本では22日夜のはじめ頃から24日にかけて非常に強い風が吹き、海は大しけとなるでしょう。また、北海道地方は猛ふぶきや大雪となるほか、本州では23日は広い範囲で雨が降り、雪解けが進む見込みです。暴風や高波、猛ふぶきや大雪による交通障害に警戒してください。
このほか、西日本から東日本にかけては、23日明け方にかけて寒冷前線が通過するため、広い範囲で大気の状態が非常に不安定となるでしょう。落雷や竜巻などの激しい突風に注意が必要です。

http://news.livedoor.com/article/detail/12451986/
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 東京においても昨晩はこの時期には珍しい大嵐でした。台風でも春の嵐の時期でもなく、この乾いた冬の時期に深夜から明け方まで大雨と暴風でした。

 しかしこの季節はずれの暴風は、まるで祓いであるかのように思いました。新しい年に向けて大地の穢れ(けがれ)を、強い風と雨で洗い流しているようだ。そのように思った方は私だけではないでしょう。

 果たして一夜明けると、昨晩の大嵐はウソのようなポカポカした好天です。今朝の東京は明るく澄んでおりました。世間の暦(こよみ)は年の瀬ですが、東京の空気は一足早くお正月が来たような清浄さです。










天皇陛下、お誕生日おめでとうございます。 万歳!!




 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。




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心の太陽。



 日本の子供はお絵描きをする時、太陽は赤く描くことが多いです。私もそうであったと思います。しかしこれは世界では少数派のようです。多くの国では太陽は黄色と描かれます。


日本の子供の絵







 しかしこれは考えて見れば当然であります。太陽が赤く見えるのは本当に日の出か日の入りの、太陽が地平に近い(太陽光が長い距離の空気層を通過して我々の目に届く時)時に限られます。昼間のほとんどの時間は、太陽は白色です。白色に近い黄色に描くのが正確と言えます。


アメリカの子供の絵





フランスの子供の絵





中国の子供の絵







タイの子供の絵







 しかしアジア人は太陽を赤く描く傾向があるようです。とても興味深いです。

 太陽を赤く描く子供は、太陽を実際の目で見ているのではなく、心の目で太陽を感じているのじゃないかと思います。
実際の見たとおりの太陽は、白色です。あるいは淡い黄色。
 しかし太陽(おひさま)を心の中で観じると、それは暖かな光の球であり、その暖かさを色で表すと「赤」なのでしょう。

 太陽を赤く描く人達は、太陽(おひさま)の暖かさを心で感じているのでしょうね。
 「月」と「星」の地域の人たちは太陽を目で見たとおりの黄色で描く。けれども、太陽を心で感じることのできる人は、それを「赤」で表現するのではないでしょうか。
 ちょうどそれは私達がハートを赤で描くのと同じなのでしょう。きっと。


 ありがとうございます。
※本日は小潮。新月週間ですね。




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夜明け。




 この世には不思議なことはいろいろありますが、その一つは、太陽をシンボルとした国がとても少ないなあ。ということです。少なくとも今の時代の地球を牛耳っている常任理事国とかOECD経済先進国と呼ばれる国々では、太陽を象徴としている国は日本の他におりません。



 その代わり、シンボルとして多く使われるのは、太陽ではなく「星」や「月」です。
 ご存知のようにイスラム圏は三日月ですね。





 しかしそれ以外の国は星が多いです。今の時代地球を牛耳っているのは「星」を象徴とした国々です。


ご存知アメリカ


中国国旗


EUも星です。



不思議なのは東側も西側も軍事大国と呼ばれる国は戦闘機に「星マーク」を付けていることです。不思議ですね〜。



アメリカの戦闘機の「星」マーク


ロシアの戦闘機にも「星」マーク


人民解放軍の戦闘機の尾翼にも「星」マーク。


北朝鮮の戦闘機も。



 月や星に比べれば、太陽の方がずっと明るく私達は恩恵を受けているのに、なぜどの国も太陽を自分たちの象徴として使わないのでしょうか。それは、あたかも今の文明では「太陽」のシンボルは使用しない。とでも(日本人以外の)現代文明人たちの意識の奥底に決められているかのようです。

 そういえばこの二千年の歴史は「星」対「月」の争いであったように思います。果たして「星」が勝つのか「月」が勝つのか。

 しかしひょっとしたら、もう星対月の争いの時代は終わりに近づいているのかもしれません。
 そう、ひょっとしたら、星でもない月でもない、太陽の時代に移るのかもしれません。星対月の世界の人達からすると、それは「別のもの」として表現されるかもしれません。



 現代文明で封印(?)されていた太陽の象徴でありますが、その封印が解け、太陽の時代に明けようとしているのなら、本当にそれは人類にとって幸運なことです。という妄想であります。すみません〜。

 「星と月」とは「夜」であります。「太陽」は「昼」であります。人類は「夜」の時代から「昼」の時代に大きく振れようとしているのかもしれません。「陰の時代」から「陽の時代」への夜明け。

 そう。夜明けの時代。そう。夜明けとは。それは極東の国から明け始めるわけですね。なぜ世界の一番東にある日出る国だけに、太陽の象徴が維持され、それ以外の多くの地域が「夜」の象徴が使われ続けられたのか。この数千年間。本当に不思議です。



 大和朝廷の先祖である(と私が妄想している)古代イスラエル人たちは、中東では太陽を信仰していませんでした。彼らの神は旧約聖書の絶対神ヤハウェでありました。

 しかし二千年以上昔のことです。イスラエル王国が滅びる時に、イザヤなどユダヤの預言者の言葉に従って、東へ、東へ、太陽の上る方角に進んだ部族がありました。

 そしてこの世の一番東の端(日出ずる土地)についた彼らは、父性の絶対神ヤハウェではなく母性の太陽を象徴を信仰する民に変容しておりました。
 当時(そして今も)人類は「夜」の時代でありますが、数千年後の未来、この日出ずる地から、人類の「夜明け」が始まる。という契約が、まるで古代イスラエルの末裔に与えられた如くであります。
 そう。彼らが極東の日出ずる土地に降り立った時、母性の太陽神をその時まで大切にこの土地で大切に維持する契約があったのかもしれませんね。そして日本の神話に似たような話しがありますから。

 極東に辿り着き、長い長い間、夜の地域とは鎖国していた太陽の民族でありましたが、いよいよ夜明けの時代に入りつつあるのかもしれません。



 また、夜明けの民族とは、日の出を見ると手を合わせて拝む文化を持った民族であるとも言えるのではないでしょうか。








 ありがとうございます。
※本日は小潮。新月週間ですね。




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神秘。


時間に関する私的メモ。

 時間は存在しない?
 あるいは、過去と未来と現在は同時に存在する?
 私達人間にはそれを理解するのはとても難しいかもしれません。しかしそれは円周率のようなものかもしれません。



円周率=時間の流れ



この図形中に無限の時間が存在します。

3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971・・・




 この数列は無限に続き同じ繰り返しはありません。それは私達が今体験している時間の流れと同じです。時間の流れは無限に続き、そして同じ繰り返しはありません。






 さて上記の円の図の中に無限の数列が存在しています。それは無限の時間のようです。もしその数列の中に身をおけば、それは過去から未来に流れる時間のようでありましょう。私達はその数列の流れを時間として捉えることでしょう。数列は過去から未来に一方的に流れる時間のように感じられることでしょう。

 ・・・6939937510 5820974944・・・ こんな感じで。



 円周率の百兆の百兆乗桁目はどういう数字なのかは私達は知りません。しかし超スーパーコンピューターを使うと百兆の百兆乗桁目は何なのかはじきに知ることができるでしょう。しかし私達がその百兆の百兆乗桁目を知る前は、どの数字が現れるのかは完全な白紙です。それは未来は白紙であること同じです。決まっているのに決まっていない。という矛盾が矛盾なく存在します。量子力学のシュレーディンガーの猫と同じです。観察者が観るまではそれは白紙です。観た瞬間に決定されますが、観る前にも決定していたとも言えます。白紙でありながら既に決定しているこの矛盾。私達は無限に続く円周率にそれを観ます。



 そう。その無限の白紙の数列はこの図形に存在します。





 私達は「円」を観ることで、そこに過去と未来と現在が同時に存在していることを知ります。無限に続くそして同じ繰り返しが二度と無い数列がこの中に存在していることを知ります。白紙でありながら同時に既に決定されている数列=円周率。



 大きい円だろうが、小さい円だろうが、宇宙の全ての円の中にこの円周率が存在しています。ふうむ。


円と直線。ブラックホール


円と直線。電流と磁界。





円周率と黄金率の裏表

 そして円周率と黄金率は、同じ宇宙のリズムの表裏であるようにも思えます。

円周率


黄金率




 円周率が宇宙のあらゆるところに遍在するように、黄金率もこの宇宙のあらゆるところに遍在します。



















 この宇宙は、時間が無限に流れます。しかし同じ繰り返しはありません。
 この宇宙は、空間が無限に広がります。しかし同じ繰り返しはありません。
 その宇宙のリズムを、私達は円周率や黄金率という形で垣間見ることができます。

 過去と未来と現在の時間は、この今このポイントに集約しています。し、無限広大に広がる宇宙の空間もまた、今ここのポイントに集約しています。


南方熊楠先生の翠点

 全てが集約される「イ点」が「翠点」と呼ばれます。この「翠点」は全てが集約する特別なポイントでありながら、同時に宇宙に遍在する私達の目の前の「今この場所」でもあるのです。



 ありがとうございます。





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一滴。


 先日ある業界の会合で初老の男性と話しをする機会がありました。彼はいろいろなベンチャー企業の面倒を見てきたと言います。私も小さなIT会社の経営者であることを知って、話しが盛り上がります。

 彼曰く、とにかくベンチャー企業は生き残るのは大変だ。10社以上見てるけど、生き残るのはほんの1社か2社だ。

 そうなのです。起業の成功率とはそのぐらいの確率であると統計でも言われています。うちの会社も何度も倒産の危機に直面していました。もちろん今だって全然安泰ではありません。

 ただ以前と違ってわかったことは、会社の売り上げと自分の謙虚さは比例しているということでした。これは私にとって本当に大きな発見でありました。その私自身の発見からうちの会社は変わったと言えます。

 もちろんこれはどの会社でも当てはまるという法則ではないでしょう。それぞれの企業にはそれぞれの課題がありますから。しかしうちのように小さな会社は「社長の魂の課題解決度合い」=「会社の売り上げ伸び度合い」という相関があるように思います。



 その初老の男性は尋ねます。まるぞう会社はどのくらいの売り上げ成長を目指しているのですか?

 もちろんベンチャーの代表であれば、自社のビジネスモデルはこうこうこうです。ですから弊社の売り上げはこのような成長を遂げます。こうなります。そのように理路整然とうとうとうと説明できるはずです。彼は私にその説明を期待したようです。そういうのが好きそうな方でしたから。しかし私はうむ〜。と黙りこくってしまいました。



 会社の売り上げが伸びるというのは、その会社の内なる因子の成熟度合いの結果であります。負の因子を昇華すること。正の因子を積むこと。その結果が自然と売り上げを呼び寄せる如きです。
 しかしもし「売り上げ至上主義」をとってしまうと、短期的に負の因子を増やして売り上げも増やす危険性があります。これはサラ金に借金して一瞬だけ景気が良くなるようなものです。


 ですから重要なことは、まず、会社の代表が負の因子を昇華し正の因子を蓄積すること。その次に組織として全員の負の因子を昇華し正の因子を蓄積すること。これが企業活動となります。
 社員とは同じ因子を持った人達が引き合って集まるわけですから、代表がその因子を掃除することが、まず重要であります。代表の個人的な因子の掃除で、その組織全体の因子の大部分が掃除できてしまったりすることでしょう。似たものの縁ある人達の集団ですから。


 では私には、会社の売り上げを大きく伸ばすためには、どれだけ昇華しなければならない因子があるのか。ふうむ。私は相当業が深いので、まだまだであるようです。たとえばそれは海の真砂(まさご)のようにも思えます。



 毎日毎日、私が昇華解決しなければならない因子は、順番に列を成してやってきます。それは「厄介な問題」「面倒くさい問題」というお面を付けて私の前に現れます。ですからそれが私の課題であることを知ることは簡単です。「厄介な問題」「面倒くさい問題」というお面は簡単に見分けられますから。


 たぶんきっとおそらく、負の因子の昇華の継続作業は誰にとっても忍耐のいる地道な作業であることでしょう。やってもやっても一向に自分の生活が好転しないように感じられる期間がずっと続きますから。
 しかしそれはある一定の昇華量を閾値(しきいち)として、自分の生活に変化をもたらすという事象であります。水を一滴一滴貯めて、ある日突然コップから水がこぼれだすような事象であります。





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蘇った東京裁判。


 NHKスペシャル「東京裁判」全4回のドラマを観ました。私はNHKスペシャルはドキュメンタリーは良作が多いけれどもドラマはなあ。という印象を持っていましたので、正直期待していませんでした。しかしまあ、折角録画してあるし、観るか〜と観始めますとあっと言う間に引き込まれてしまいました。


海外ドラマのような日本の?ドラマ

 一つにこのドラマは、日本だけでなく、オランダ、カナダ、オーストラリアの合作でありました。そして舞台が東京でありながら、ドラマの空気は「海外ドラマ」でありました。NHKの良くある「ドラマ」ではなく、まさしく「海外ドラマ」であるところが驚きであります。
 そして登場人物も日本人はほとんど出演しません。オランダ判事の友人である作家として一人日本人俳優が出ているだけでした。日本を舞台にした日本のドラマでありながら、海外ドラマである点は「ドラマ・ウォッチャー」の一人としてとても興味深いです。



A級犯罪とは存在するのか!?

 もう一つには、東京裁判の判決をどちらかというと否定的に描かれていたことでした。NHKでもこのようなドラマが作れるのですね。
 11カ国から集まった各国の判事の中には「侵略戦争は罪だが、その罪で個人を裁けない」と主張する人がおります。そしてその主張が、このドラマの骨格となります。
 もともと戦勝国である連合国側が、日本の軍部幹部と政治家を処刑するのに、「裁判」という形を取りますよ。という茶番がこの東京裁判である(と私は思う)のです。そもそも東京裁判に起訴された軍人と政治家はGHQが選別したもので、その時点で恣意的であります。陰でアメリカに協力していたようなスパイさんたちは、始めから東京裁判の対象とはならないわけです。


 そんな茶番(失礼)の裁判でありますが、中には本当に真面目な判事さんがおります。第二次世界大戦の時点では、戦争は合法であり、侵略戦争という罪で個人を裁くのは、「事後法」である。と主張し続ける判事たちへの圧力がこのドラマの骨格でありました。

 A級戦犯というと靖国神社との関連を思い出します。日本人でも多くの人が勘違いされているかもしれませんが、このA級というのは、ランクABCという意味ではありません。

A:平和に対する罪(侵略戦争)
B:通常の戦争犯罪
C:人道に対する罪

 裁判上のこの大別による区分けであり、特にこのA級の侵略戦争に対する罪では人を裁けるのか裁けないのか。A級に区分けされた犯罪とは「事後法」であり不当ではないか。と揉めに揉めた内容であったわけです。この過程がこのドラマでは詳細に表現されています。



蘇った東條氏

 そしてこのドラマの最も感銘するところは、戦犯対象者が本人そのものであったということです。このドラマには日本人の役者はほとんど出てきません。その理由は、本人の映像が使われているため「役者が不要であった」からなのです。

たとえば東京裁判で残っているフィルムは白黒です。このような。



 しかしこのドラマでは、当時のフィルムを最新のデジタル技術で処理し、新しく撮影した今回の判事のシーンと組み合わせているのでした。以下は東条英機被告とウェッブ裁判長とのやりとりのシーンですが、どうでしょう。違和感がありませんね。








 このデジタル処理された東條氏は本当にリアルでした。東條氏は、昭和天皇の御意志を受け取り、最後の最後まで日米開戦を食い止めようとしましたが、結局開戦を止めることは出来ませんでした。庶民やマスコミからは弱腰外交と叩かれました。
 そして終戦後、東條氏は自宅で自決しますが、GHQの手により米軍病院で運ばれ、九死に一生を得ました。マッカサーの「東條を殉教者にしてはならない」という命令によるものでした。
 しかし生き残った東條氏は、おそらく戦争責任は全て自分が負うという覚悟でこの東京裁判に臨んでいたのでありましょう。


 私達戦後の一般庶民が知ることのできない東條氏の素顔を、私達はデジタルの最新技術で知ることが出来ます。



 ありがとうございます。





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日本が得る因子と失う因子と。



 プーチン氏の訪日が無事終わりました。本当に良かったです。ずっとオバマ政権の反対で実現できなかったプーチン氏の訪日が、この時期に無事成功したことは、日本にとって本当に幸運なことであったと思います。

 またこの訪日二日間で安倍首相に見せるプーチン氏の表情が本当に「安心している」という空気を醸し出しており、もうこれだけでも今回の首脳会談は成功であったと思います。

 プーチン氏はおそらくロシアの他の同盟国を訪問しても、このような無防備な笑顔を見せることはそうありますまい。プーチン氏が個人的に安倍首相と日本という国を信頼している。ということそしてその信頼が深められたということ、それが本当に何より大切なことであります。





 北方領土に関しては、日本には返還される因子の蓄積がまだ全然足りないように思います。もし今無理に4島の一部でも返還が実現しましたら、日本は得た分と相応の失う因子を生み出していたことと思います。それは日本にとって小難が大難になる可能性を生むということです。

 日本は約70年前の戦争で多くを失いました。それもまたそれ以前の陰陽の振り返しの結果でありました。一番大きいのは満州を得た行動でありましょう。これが相応の価値を失う要因を生み出したのでした。
 この世は勝てば勝った分、負ける因子を身にまとうことになります。だから本当の勝者とは負けながら勝つのです。勝っても手放すのです。実を取る時は名を捨てるのです。こうして積極的に負ける因子を自分で昇華し続けることが、大難を受ける因子を減らします。

 満州の土地を巡って日本は勝ち続けました。そして日本周辺の多くの領土を得ました。それ故、それに相当する負ける因子を蓄積していたのでした。負けながら勝つのならまだ良かったですが、日本は勝ちながら勝ったのでした。それゆえ、破滅の因子も大きく膨らんでいきました。
 そしてその結果、日本は、北海道、本州、四国、九州の4島以外は全て手放さざるを得なくなりました。

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日本が受諾したポツダム宣言(抜粋)

カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。
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 しかし、ひょっとしたら日本は現在の朝鮮半島のように分割されていた可能性もありました。日本人の多くはもうすっかり忘れてしまったようですが、日本の幸運により、北海道、本州、四国、九州は分割されず、日本のまま保たれることとなったのでした。その視点からの今回の北方領土とはどういう意味を持つでしょうか。



 たとえば、沖縄諸島はアメリカが支配しました。そして日本は沖縄を取り戻すために多大なる対価をアメリカに渡しました。一説には皇室の財産の大半がアメリカ支配層たちに渡ったとされます。沖縄を取り戻すために。また日本がアメリカに歯向かうことのできない政治、マスコミ、軍事体制が確立されました。日本はここまでの犠牲を払って、ようやく沖縄を取り戻す因子を積んだのでした。

 そして北方領土はソ連が支配しました。もし沖縄と同じように、ロシアに相応の対価の因子を蓄積することで、北方領土も返還される可能性も出てきましょうが、現時点では、その因子はまだほとんどゼロです。



 領土問題も大事ですが、実はこれからのしばらくの時代、国際社会は紛争時代に突入する可能性が高いと思います。この紛争時代が一段落するまでは、日本にとって大切なことは、他国から侵略を受けない国際外交の布石であります。

 これから日本が、ロシアに与える因子を蓄積することで、時期がくれば(国際紛争の時代が一区切りつけば)それは日本に自然な形で戻ることでしょう。
 そもそも世界有数の火山地帯の一つである千島列島からすると、日本人でもロシア人でも構わないから、大地に感謝を持てる人達に住んで欲しいと思っていることと思います。かつてのアイヌの人達がそうであったように。




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