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パラレルワールド。その5。


 「時をかける少女」というSF作品は多くの方はご存知であろうと思います。原田知世さんの角川映画で有名です。また細田守監督でもアニメ化されました。その後、仲里依紗さん主演でリメイクされ、またドラマ化もされるようですね。しかし私が小学生の頃は「時をかける少女」を知っている人はあまりいませんでした。そもそもこの作品は、NHK少年ドラマシリーズの「タイムトラベラー」の原作本でありました。このドラマにハマった私は、筒井康隆氏の書いたこの原作本を購入し、何度も読みふけったのでありました。
 この小説には、二本の短篇小説が収録されており、その一作が「パラレルワールド」でありました。実はこの短い短篇小説の方が、私の心にずっと残っていたのでありました。
 それはこういうお話です。この宇宙にはこの世界と並行してそっくりの世界が無数に存在している。というのです。ただその隣どうしは、非常に似ています。それは、10分前の世界と、10分後の世界がとても似ているように。しかし、それらはとても似てはいますが、それはしかし隣の世界とは、やはりどこかは微妙に違う全く別な世界なのでありました。
 そしてこの小説の主人公は、ある事故に巻き込まれ、隣の並行世界に、次々と飛ばされて行く。というお話でした。

 さてこのパラレルワールドはこの宇宙に本当にあるのでしょうか。
 私とヨメの日常の会話ではありますが、「このこと前に言ったよね」「いや聞いてない」「いや絶対言ったよね」「絶対に聞いてない」ということがよくあります。こういう時に、きっと私は昨夜寝ている間に、隣のパラレルワールドに飛ばされたんだな。と思ってしまいます。昨日まで私がいた世界では、確実にヨメにこのことは事前に伝えていたのでした。しかしこの世界にいたまるぞうは、きっとヨメにはそのことを伝え忘れていたのだろうと思います。(笑)





 昨日までAさんとBさんに激しい敵愾心を燃やし続けていた私でありましたが、不思議なことに昨日からその敵愾心はすっかり消滅してしまっていたのでした。もう彼らからどんなに意地の悪いキツいメールが来たとしても、それを抱擁出来てしまうであろうという自分の心の変化に自分自身驚いていました。

 と感じていた時、Bさんからどうしても今日打ち合わせをさせて欲しいと電話がありました。私はもちろん快諾しました。そしてうちの狭い事務所に現れたのは、Bさんと上司のAさんでありました。

 彼らの話はこうでした。大口のある企業C社さんから、まるぞう会社のシステムを採用したいという問い合わせがあったそうです。それについて、彼らは是非まるぞうシステムを売り込みたいので、何とか協力して欲しい。ということでありました。
 そういえば、半年前ほどでしょうか、この大口企業C社さんから直接まるぞう会社に技術的な問い合わせがありました。この企業のユーザー会員登録システムはちょっと特殊であったため、関連会社のショッピングサイトと連動させるには、まるぞうシステムじゃないとちょっと難しいかなあ。という話でありました。競合さんのシステムを導入すると数千万から一億円くらいかかる大掛かりなものになるはずです。きっとC社さんの中でうちの製品の購入検討が進み、販売代理店であるAさんの会社に問い合わせが言ったのでしょう。

 さて、つい数日前まで、Aさんが私に対して、「おたくのところのような(まるぞう会社の)製品の品質では、本来ならうち(のような大手企業)が扱うベきレベルじゃないんだよ」の面と向かって言っていたのがウソのようです。
 しかし、私の心の中の敵愾心が消滅した次の日、現実は私の想像もしない様相を私に見せてくれていたのでした。
 あのAさんとBさんが、うちの狭い事務所に足を運んで、まるぞうシステムを大口某企業C社さんに売り込みたいので、是非協力して下さい。と頭を下げているのでした。そして私も「何とか彼らの役に立ってあげたい」と思うのでした。数日前までは、私も、もう彼らとの取引は停止したい。とずっと思っていたのでしたが。



 私は、昨日自分がパラレルワールド(そっくりだけどどこかが違う並行世界)に飛ばされたんだな。と感じたのでありました。


つづく



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。



下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら

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パラレルワールド。その4。


 当該大手販売代理店さんの新しい担当者Aさんの部下であるBさんから、毎日のようにクレームメールが届きます。「カクカクシカジカのテストデータを本日21時までに報告すること」そんなこと言われても、あと3時間しかないし、その作業するのに、他のお客さんの仕事を全部止めても丸一日はかかるし、そもそも社員は18時には帰宅してもう会社には誰もいないし、そもそもそんなテストを行うのはうちの会社の責任範囲じゃないし。「本日の対応は無理です。またそのテスト実施および報告は御社との契約業務対象外です。」と返信しても、「お客様が大きな迷惑を被っている緊急事態です。御社はメーカーとしての責任があります。先のテスト結果を大至急実施して21時まで報告してください。」

 う〜ん。これって完全に喧嘩売ってるよね。あなたたちの不手際をこちらになすりつけようとしてるよね。
 しかしクレームメールは書く方は攻撃なので楽でしょうが、守勢は心理的負担は比べものにならないくらい大きいです。サポート担当の女性社員は、夜思い出すと寝られなくなります。と言い始めておりましたが、とうとう体調不良で突発で休んでしまいました。

 ここまで追い詰められると、今までの私であれば、彼らとガチの戦争をしていたことでしょう。しかし、どうも引っかかります。このまま彼らと戦争していいのだろうか。チラリとでもそう思い始めたのは、それは彼らの中に自分自身の影が見えた瞬間があったからでした。ひょうっとして?そう。いつも私は誰かと闘っている。しかし本当は自分自身の影なのではないか。
 きっと、私がこの人生を終え、一生振り返る時、自分の人生で闘ってきた無数のカタキたちは、全員、私が自分の影を投射した相手でありました。そして私は死後の時間が止まった世界で、彼らカタキの本質である自分自身の影とととに、永く永く二人だけでいることになる。そのような風景がチラリと見えた瞬間があったためです。それは何百回目、何千回目かの後悔の長い長い期間となる予定でした。

 私は毎日送られてくる嵐のようなクレームに対し、AさんやBさんに対してではなく、自分自身の影に対してと思いクレーム対応の返信を書き始めました。もちろん彼らの無理な要求に対しては、出来ないことは出来ないです。こちらも商売ですから。しかしお客さんが困っているのを助けたいという原点は同じです。出来るだけ公平に出来るだけ誠実に、毎回それを心掛けてみようと思ったのでした。

 しかし言うは易し、行うは難し。私は煩悩凡人でありますから、頭ではわかっていても、やはり彼らからの意地の悪い文面を見ると、心臓はキュッとなり、コンチクショウとメラメラと燃え上がる闘争心を、苦労して抑えるのでした。
 ああ、こんなやりとり、いつまで続くのだろう。永遠に出口が見えないように感じていました。そんな葛藤を数週間つづけた、ある日、いつものようにBさんへのクレームの返信の最後に、ふと次の言葉を付け加えたのです。

「弊社も開発メーカーとして出来るだけのサポートをさせて頂きますので、お手数をおかけしますがよろしくお願いいたします。」

 何気ない文章でありますが、私の心の中の何かを崩す最後の一押しでありました。
 何週間も悶々としていたトンネルから抜け出したことが直感的に感じました。永遠に崩れないかもと打っていた槌でありましたが、崩れる時の最後の一打ちは本当に些細な一振りだったのでした。
 そう。不思議なことにAさんとBさんに対する敵愾心が、ウソのように消えてしまっていましたのでした。もう彼らから、たとえどんなに厳しいクレームや意地の悪いメールが来ても、何とか助けてあげたいな。と思うことはあっても、さっきまで私の心の中にあった彼らへの闘争心と敵愾心は完全に消えていたのでした。この感覚は今でも本当に不思議です。
 それは子供の頃、乳歯が抜ける時のようなタイミングでした。何週間もグラグラしていた歯でありますが、抜ける時は、ほんの些細な何気ない刺激でポロリと抜けることは、誰もが覚えのあることでありましょう。
 人は百八つの煩悩があると言われます。私など何千もの煩悩があることでしょうが、そのうちの何千ものうちの一つが消えた瞬間ということだったのかもしれません。



 私の心の奥底の声は、ずっと自分の人生を信じろと伝え続けていました。どんな先の長いトンネルのように思えても、自分の人生を信じろと伝え続けていました。トンネルを抜ける時、それは自分の「自我」が予想もつかない結果となるよとも伝えてくれていたように思います。が。それが何を意味するのかは、私は全くわかっていませんでした。それがわかったのは、その日からわずか数日後のことでした。


つづく



 ありがとうございます。
※本日は新月週間ですね。



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パラレルワールド。その3。


 販売代理店に新しく赴任したAさんとその部下のBさんからの、厳しいクレームが毎日のようにうちの会社が届くようになりました。内容は、おたくのところの製品(ソフトウェア)に問題があり、さまざまなお客さんのところで大問題となっている。至急対策内容を報告せよ。というものでした。
 もちろんうちの製品にも問題はあるのは間違いないですが、立て続けに彼らのお客さんたちが、一斉に炎上する(炎上とはシステムトラブルを起こすこと。本当の火事の意味ではありません)というのは、どうもおかしいです。そこで私はそれらのお客さんのシステム担当者さんに直接連絡をとって何が起きているか確認しました。


 新しく赴任してきた販売代理店のAさんは知りませんでした。実は私がどのお客さんの担当者さんたちとも「親しいパイプ」があるのでした。普通、販売代理店がものを売るときは、お客さんとメーカーの間に入り、私たちメーカーは直接お客さんと付き合うことはありません。しかし、うちの会社の製品のように、マイナーだけど好きな人だけが評価するという製品の場合は、私も彼らと一緒に営業を回って、売り込まなければなかなか売れるものではありません。従ってまるぞう会社の製品を買ってくれるお客さん(システム担当者さん)は、どの企業も私が良く知っている方ばかりでありましたし、私のことを気に入ってくれている方ばかりでありました。


 お客さんたちの話を聞くと、うちの製品があちこちで炎上していたのは事実でした。うちの製品にも問題があったのも事実ですが、それらはやはり大きな問題ではありませんでした。させていた原因は、実は当の販売代理店の対応にありました。
 販売代理店の中で、うちの製品を熟知している担当者さんたちが、短期間に次々と異動してしまったので、新しく赴任したBさんが、これまでの経緯を知らず、まるぞう製品の入っているあちこちのお客さんで、いろいろやらかしてしまったのが原因でありました。
 うちの製品はマニュアルだけ読めば使いこなせるというものではなかったのです。いろいろ専門知識も熟知していることが前提の尖った商品(プログラム)でありましたので。


 担当のBさんと上司のAさんは、それらの一連の炎上事件をうちのせいにしてお客さんに報告していたのでした。彼らは、私が直接お客さんと情報をやり取りできることは知りません。(本当はルール違反なので私も緊急時しかこんなことはしません。) それをいいことに、彼らはこちらの責任に被せようとしていたのでした。


 このため私たちに高圧的な態度を取っていたわけです。一方では、お客さんとのやりとりの情報を私達に遮断しておいて、もう一方で高圧的な「指示」が送られて来たのでした。もし彼らの言う事を全部聞いていたら、本来彼らがやるべき仕事(お客さんから高い金額をもらっていたはずの作業)の責任まで、全部こちらが、タダで負うことになっていました。
 このような小さな会社を営んでいると、社会のいろいろな事に遭遇します。大手の会社であっても、みな保身のために弱いものをに責任を押し付けるババ抜きは、このようにどこにでもあるのでしょう。


 一連の炎上事件の本当の真相を知った私は、このAさんとBさんに、どうギャフンと言わせてやろうかと策を巡らせ始めました。これは私の人生で何度も何度も繰り返し起きていたことです。私に高圧的に接してくるものに対し、倍返しで刺してやる。今回も同様でありました。いや、あったはずでした。今回だけは少しだけ違っておりました。


 今回は、もうそろそろやめたら?という自分の内側の声が聞こえたのでした。高圧的に相手を支配しようとしているAさんは、これまで私が出会ったパワハラ上司たちと同じ臭いでありました。そしてそれは自分の臭いでもあったことに、初めて気がついたのでありました。
 私はこの人生で、何度も何度も「高圧的でパワハラな」自分自身に影に繰り返し繰り返し、遭遇していたに過ぎないのかもしれない。そのように気がついたのでした。


つづく



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パラレルワールド。その2。


 私が大学を出て最初に入社したのは、ある大手メーカーの研究所でした。配属されたチームは10人ほどで、和気あいあいという言葉がぴったりのチームでした。上司も研究所の体質にあったリベラルで温厚な方でありました。そういう恵まれた環境で私は一人前の技術者として育てられ始めておりました。
 しかし1年もしないうちに、チームリーダーが異動となり、今までのリーダとは正反対の人物が我々のリーダーとなりました。その人物は、今の言葉で言うとパワハラ上司でありました。軍隊的な規律でチームをまとめるのが彼のリーダーシップの流儀でした。まず一人ターゲットを決めて個人的に指導(攻撃?)をします。それは仕事の指導だけでなく、個人的な内容にも及びます。そうして、とにかく口答えしない、どんな無理な指示であっても「はい」というまで、その個人攻撃は続きました。
 リベラルな空気で仕事をしていた先輩たちは、当然そういう軍隊的な規律は反発しましたが、やはり数ヶ月も個人攻撃をされていくうちに、順繰りにおとされて行ったのでした。
 わたしはそこで始めて知りました。人の良い大人しい先輩ほど、一旦落ちるとパワハラ上司の忠実な下僕になっていくのでした。きっとこれは戦時中の日本軍でも同じことがあったのだろうな。と思います。召集令状が来るまでは、優しい一市民だった人たち。大人しい良い人であるがゆえに一度パワハラに屈すると上官に忠実なパワハラ兵になることも多かったのではないでしょうか。

 私は最後まで「Yes」とは言わない人間でありました。先輩たちがみな陥落したあとも、あるいは自ら退社していった同僚たちのあとも。私の性分は最後までパワハラ上司には屈しませんでした。
 多くの先輩たちが陥落し、彼らのしゃべり方や言葉での責め方は、パワハラ上司にそっくりになっていきます。もうこのままこの体制がずっと続くと思ったところ、意外な結末を迎えます。そのパワハラ上司は、部下の女子社員と不適切な関係であったことが、本社の人事部に知られ、そのパワハラ上司はどこかに左遷されてしまったのでした。

 しかしこれで終わりではなく、私はそのあと、何回か別のパワハラ上司と付き合うこととなります。しかしいつもパターンは同じで、
① どんな命令にも部下が絶対服従するまで、個人(の人間性)攻撃(指導)する。
② 大人しい従順な部下からパワハラ上司のコピーとなる。
③ パワハラ上司は、自ら失脚していく。

 特に③については、社内に敵を作りすぎて失脚するとか、お金の使い込みや社内不倫がバレて失脚するというにがお決まりのパターンでした。パワハラ上司の闇については、人間のサガの闇でもあります。



 さて本題でありますが、どのパワハラ上司であっても最後まで屈しなかった私ではありました。それは誇るべきことではありません。鼻っぱしらが強くて一番使いにくかった生意気な部下であったということです。
 そしてそれは私の本質が、彼らと同じパワハラ上司と同じ要素を持っていたということでありました。陰と陽であり、この社会での出方は正反対で相剋関係でありましたが。
 私の本質がパワハラ上司でと同じ根であったことは、私が人生の中でそういったパワハラ上司に何回も引き合って、激しい相克を繰り返していたことが、それを裏付けています。



 そう。激しく相克を繰り返す相手ほど、その相手の本質は自分自身なのでありました。
(つづく)



 ありがとうございます。




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パラレルワールド。その1。


 先日このブログでもとりあげた、NHKスペシャルのキラーストレスという番組がありました。その中で一人の男性が職場のストレスから鬱病になってしまう話が冒頭にありました。その男性は消費者からのクレームサポートを担当している方でした。とにかくこのサポート業務という仕事は非常に心労の厳しい仕事であります。クレーマーからの敵意と憎悪を最初に身に受けるお仕事でありますから。


 うちの会社も小さい会社ではありますが、IT業界でありますので、うちの製品について毎日10件以上の問い合わせやクレームがあります。
 私はココイチの社長にならい、これらのクレームをまず社長である私が全部読み、どのように返信するべきかという文案を作りサポート担当者に指示をします。


 ココイチの社長いわく、クレームは宝の山だ。そうです。うむ。多分それは本当です。
 しかしやはり一部にはかなり敵意のこめられたクレームも来ます。そういうメールの対応が続くと、本当に心が凹みます。が、私の人生魂の視点で観ると、自我が強い私が忘れていた「何か」を思い出すためには、このぐらい厳しい環境が丁度良いと思われます。


 さてこの半年、特にある販売代理店のAさんとその部下のBさんからのクレームがやはり強い強い敵意が込められておりました。そのクレームの3割はもちろんうちの会社の製品が原因でありますが、7割は誤解でありました。うちの製品の問題ではないですよ。とお伝えするのですが、「お客さんがカンカンになっている。どう対応してくれるのか。大至急今日中に回答せよ。」という内容のメールがほぼ毎日のように来るのでした。戦時中の軍部が民間企業に対する態度はこのぐらい高圧的ではなかったかしらん。と思わせる内容のメールが続きました。


 このAさんとBさんとは、半年前に配属替えになって、その販売代理店会社さんのこの部署に来たのでした。その部署はうちの会社の製品を扱っているのですが、前任者の人たちはうちのまるぞう会社とも相性が良く、お互い和気あいあい仕事をしていたのでした。


 日本の大手の販売代理店の担当者さんにはいくつかパターンがあります。一つは前任者さんたちのように、小さいベンチャー企業に好意を持てる人たちです。技術力はあるけれど小さい会社はフットワークが良いので、上手に付き合うといろいろメリットがあるのでした。こういう小さな技術力のある会社は、強力な競合市場に切り込む部隊として使い勝手は良いのです。


 そしてもう一つは、前者とは正反対で、小さい会社ベンチャー企業は大嫌い。という人たちです。とにかく実績のある大企業の製品しか扱わないという人たちです。トラブルが起きればその製品を取り扱った責任を負わなければならなくなりますから、それは当然のことといえましょう。
 だいたい日本の企業では後者の人たちの方が断然圧倒的なのです。中小企業のベンチャーでもきちんとした製品なら取り扱ってもいいかな。と思ってくれる担当者は全体100人のうち1人か2人くらいです。そういう少数の新しもの好きの人たちによって、うちの会社のような中小のベンチャー企業は支えられています。


 その販売代理店も、前任者の方はそういうった新しもの好きの人たちでありました。とにかく製品はいいんだから、絶対売れるって。といって、大口のお客さんをいくつも紹介してくれました。もちろんプログラムのトラブルもたくさんありましたが、一緒になって解決しよう。と自分たちが防波堤になってくれたことも一度や二度ではありません。


 しかし長年つきあっていたその販売代理店の担当者さんたちがほんの数ヶ月の間に次々と部署替えとなり、変わりに入ったAさんと部下のBさんは、「ベンチャー中小企業大嫌い」という人でありました。


 もし最初からAさんがこの部署に配属されていたとしたら、始めから決してうちの製品を扱うことはなかったでしょう。
 このAさんにしてみると、配属替えで新しい部署に来てみると、まるぞう会社とかいう小さなまともじゃない会社の製品が、もう何社も大きなお客さんに入っているのでした。しかも過去の経緯では、いろいろトラブルを起こしているではありませんか。
 本当であれば、このまるぞう会社の製品はすぐにでも打ち切って、大手の製品に切り替えたいところであったことでしょう。しかしすぐには代替の製品はないため、やむを得なく、しばらくはまるぞう製品を使うしかなさそうです。


そこでAさんがとった対応は、「まるぞう会社を徹底的に軍隊式に教育する」という方針でありました。



つづく



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ガラガラポン。


 もし英国の国民投票が離脱派が勝つとするならば、世界はやはりもう私達の想像を超える速度で、ガラガラポンの時代に入った証であるなと思っておりましたが、はたして何と僅差の逆転で離脱派が勝ちを納めました。やはり時代はガラガラポン!に突入しているということだと思います。


 最近の社会は「隠していたことがドンドンオモテに現れるようになる」という方向に動いているなあ、と感じてはいたのですが、もうそれだけでなく「硬直していた制度が崩れていく」という世の中の大きな大きな波に動かされているのではないでしょうか。


 英国がEUを離脱することの余波は、思いもかけないところに影響を及ぼすかもしれません。ドイツと関係の深い中国など。この国は莫大な不良債権を国家ぐるみで隠蔽しておりましたが、以外なところから足をすくわれるかもしれません。それとともにこの国と周辺地域の治安も。硬直した制度の破壊。


 国際社会はより混乱の時代になるのであればアメリカの大統領選もそうでありましょう。一般的には激動の時代には、人は保守的な選択を行います。実は民主党のヒラリー候補は保守的で、共和党のトランプ候補は過激派です。このため混乱の時代ではアメリカの人々は保守的なヒラリーを選ぶ可能性が高いと思いました。が。もしこの社会が、激動を選ぶ時代「硬直したものが崩される時代」になのであれば、トランプ候補が逆転して僅差で選出される可能性もあり得るかもしれません。トランプ=硬直した体制を崩す。


 国際社会だけでなく、私達の身の回りの世の中(仕事や身近な人間関係など)の変化においても、「隠していたものが現れる」「硬直した体制が崩れる」という方向に物事が進みやすくなりつつあるという視点で観察して行きたいです。


 ありがとうございます。



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鍵。


本当の鍵は、万人がいつも目にしている、まさかそこにはないだろう。と誰もが思い込んでいる「その場所」に隠されている。by 先生



 NHKスペシャルで、キラーストレスという特集がありました。この番組の中で興味深い点が二つありました。

 一つはマインドワンダリング。心の彷徨い=漏電。であります。過去自分が受けた理不尽な仕打ちを思い出して悩んだり、将来理不尽な目に再び遭遇するのではないかと悩む。心が過去と未来の心配で、エネルギーが漏電する状態が、ストレスを生む。というものでした。
 そして私達の日常生活の約半分の時間は、私達の心は過去と未来の心配を彷徨う漏電状態である。というのです。


上司に叱られた過去を思い出したり、また明日も叱られるかもと想像する


マインド・ワンダリング(こころの迷走)


目の前のことを考えていない「マインド・ワンダリング」47%


(マインド・ワンダリングが)止まらなくなるとだんだん落ち込んでいく


自分の状況に満足できる人がストレスに強い。


 この番組でもう一つ興味深いのは、自分がいまどういうストレスを受けているか。を観察することが、その人のストレス耐性を高めるというものでした。
 これは「自分の心の状態を観察する」行為が、過去と未来の被害妄想に彷徨っていた私の心をこの瞬間に留めるということなのだと思います。

 番組ではこれを利用して、日常生活の中で、ストレス解消となる小さな行為を出来るだけ見つけ書き留め、自分がストレスを感じた時にそれを小まめに実践することや、自分の呼吸を静かに観察する10分ほどの瞑想が、ストレス解消に有効だと紹介されていました。どの方法も、彷徨っている自分の心をこの瞬間に留める手法として効果的であると思います。
 ただしどれも対処療法であるように思われ、その点が残念です。どういうことか?それは、、、



 「キラーストレス」という番組のタイトルのごとく、ストレスは心と身体を蝕む忌むべきものだ。という発想がこの番組の根底にあるのです。それは、どうやってこのストレスをなくすか。という発想です。しかし私たちの生活からストレスがなくなることはありません。逃げても逃げても尽きることなく追いかけてくるのが、生活の中のストレスです。
 もし「ストレスをなくしたい」「ストレスから逃げたい」という発想で、上記の対処療法を行っても、それは限界があることではないでしょうか。ではどうすれば?、、、



 私はストレスについては正反対の捉え方です。つまりそれは「ストレスこそ人生の恩寵である」というものです。ただしそれは真正面から受け止めた時のみです。もしストレスから逃げようとするならば、その恩寵であったはずのストレスは、キラーストレスという猛毒になってしまいます。

 STAP細胞然り、長生き細胞(サーチュイン細胞)然り、細胞を若返らせる必須条件は、細胞に対する適度なストレスであることが、最近の研究で明らかになっています。本当はストレスは恩寵であると捉えた瞬間にに、ストレスの原因である、マインドワンダリング(心の彷徨い)が停止する。そのように私は思います。



 もちろん番組で紹介されたような対処療法で、ストレスを乗り切ることは否定しません。しかし結局再び現実に戻ると、逃げたかったストレスが波のように伝わってくることに現実に戻ってきます。ストレスの本質を見極めない限りそれは繰り返し遭遇することになります。キラー(殺し屋)を一つ一つ退治する対処療法では限界があるのではないでしょうか。本当はキラー(殺し屋)ではない、そのストレスの本質を思い出せば。。。
 そう。ストレスを逃げずに呑み込むと覚悟した瞬間に、私たちの心は恒常的にこの現実に留まり続けることができます。

 キラーストレスと言って忌み嫌っていたストレスこそが、マインドワンダリング(心の彷徨い)を停止させる鍵であることを思い出すのでありました。



 そしてもう一つ思い出すことは、(暴力と犯罪を除く)理不尽をまるっと呑み込む覚悟は、「愛情」と同じものなのであるということでした。
 覚悟した心の中には愛情があることを発見します。あるいは愛情があるから覚悟できたのでありました。それはニワトリとタマゴ。同じことのウラオモテ。車軸の両輪でありました。


 ストレスとは決して「キラー(殺し屋)」なんかではなく、自分の心の中に「覚悟」と「愛情」を育む、恩寵であったのでした。




 ありがとうございます。
※本日は中潮ですね。



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帰ってきたヒトラー。

映画『帰ってきたヒトラー』予告編



 この映画はコメディでありますが、怖い映画であります。本当に怖い映画は観た目はコメディに映るのかもしれません。
 ご存知のように現代のドイツの人たちはナチスを忌み嫌っております。しかしもしヒトラーが現代のドイツにタイムスリップしたならば、彼らはヒトラーを忌み嫌うだろうか。ひょっとしたらまたヒトラーに国の運命を託してしまうのではないだろうか。そういう映画です。


 原作では、現代に現れたヒトラーをドイツの人たちは面白いコメディアンだと受け入れます。しかしだんだんと彼の言葉に惹かれて言って、そして最後にはドイツの大衆たちは。。。というお話だそうです。


 そしてこの小説の映画化にあたり、監督はある実験をしました。ドイツの様々な場所で、現代に蘇ったヒトラーを、本当のドイツ人たちはどう反応するのだろうか。という実験です。これらのシーンはほとんど筋書きなしでドキュメンタリーのようにアドリブで撮影されました。本当のドイツ人たちはどのように反応したのか。ちゃんとヒトラーを忌み嫌ったのでしょうか。それともヒトラーの言葉に心を動かされた人が、今でも少なからずいたのでしょうか。

==========

“一番の悩みは賃金よ、私はね。”
“民主主義に参加してるという実感は?”
“ないわ。選挙には行かない主義なの。票は操作されるし、何も変わらないわ。”


“ドイツの問題は何だ?”
“外国人の流入よ。うれしくはないわ。”


“ヒゲだらけの連中さ、うさん臭いよ。どこでもいい、追い出してしまえ。”


“帰せばいい。”


“ドイツ、ドイツ!”


“アドルフと撮ってくれ。”


“ヒトラー大好き!”


“ハグしても?”
“喜んで。”

http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/catch/archive/2016/06/0613.html
==========

 私はこの映画は観ていませんので結末は知りません。ただもしヒトラーが現代のドイツにタイムスリップしたらという思考実験はとても興味深いと思います。



 さて、ヒトラーは大衆の心の中にある隙を熟知していたのでしょう。私たち大衆は、本人たちがどんなに気をつけていても、簡単に操られる隙を持っているのでした。その心の隙は二つの要素から成り立ちます。

 一つは、何か一つ忌み嫌うべき対象を作り上げて、それらを徹底的に忌み嫌うように大衆の条件反射を社会に作ってしまうことによって大衆の心の隙ができてしまいます。思考停止という隙ができてしまいます。
 それは手品のトリックと同じです。左手でハンカチをヒラヒラさせて、大衆の目線をハンカチに集中させている隙に、右手は内ポケットからさりげなく鳩を取り出すように。
 徹底的に忌み嫌う対象を社会に作り出し、大衆の思考を停止させる隙間が作り出されたときに、大衆は知らず知らずに操られます。右のイデオロギーでも左のイデオロギーでも同じです。徹底的に何かある対象を忌み嫌うように扇動する政治家は、全てこの大衆の隙(思考停止)を広げようとする魔物のようであります。

 話は少し脱線しますが、古くはキリスト教社会の中で、悪魔という存在が忌み嫌うべきモノとして社会に刷り込まれました。私は悪魔という存在が本当にあるかどうかは知りません。見えない世界のことは私は全く見えないからです。しかしもし悪魔がいるとするならば、いちユダヤ青年の純朴な愛の言葉を、キリスト教という名の、悪魔を忌み嫌う宗教 に変質させたと思います。悪魔に対する忌み嫌いという大衆の隙をついて、悪魔的なことを実践したことでしょう。私の妄想です。すみません。でも中世の魔女狩りとか、キリスト教を広めるという名の下に南米などで起きた残酷な殺戮など。これらは、大衆が悪魔を忌み嫌えば嫌うほど、大衆が悪魔の罠にハマってしまった例であるように思えてなりません。悪魔が本当にいるかどうかは知りません。でもいるのなら私達の心の隙に生まれるのかもしれません。


 そう。大衆の心の隙は、宗教的であるか、イデオロギーが右か左か、は全く関係ないのです。忌み嫌う象徴を社会に刷り込みそれに対する思考が停止してしまうことから生まれます。
 だからこの映画を観たドイツ人の多くが、「あちゃー。オレももしヒトラー目の前にいたら、洗脳されちゃうかもしれないな。怖い怖い。」と肩に力を抜けてこの映画を観ていられるのなら、まだ大丈夫なことであろうと思います。自分は洗脳されるかもしれない、心の隙をもった弱い存在かもしれない。と自覚できる間は大丈夫であろうと思います。
 しかし危ないのは、「私は絶対ヒトラーなんかに洗脳されることは絶対にないです。キリッ。そもそもこういう映画は不謹慎で危険です!キリッ。」というカチンカチンに固い人です。こういうカチンカチンな人ほど心が隙だらけだと思います。


 そして、大衆の心の隙をつくもう一つの要因は、現実の不平不満の解決を、何かに(誰かに)託してしまうことです。それは宗教の罠でもありますし、ヒトラーのような独裁者の罠でもあります。
 自分の生活で起きる理不尽、不平不満は、本当は誰かに解決を委ねるのではなく、自分自身が覚悟してまるっと呑み込むしかないのでありますが、誰かに託して、逃げよう逃げようとする人たちは、愚かな大衆として悪魔に隙を付け入らさせてしまうことでしょう。


 私たちは、「自分の生活の悩みを誰かに何かに救ってもらおうと逃げ始めたとき」心の隙ができ、「社会でタブー視されるような忌み嫌う対象には思考を停止する」というトリックを使って、操られます。これが数千年に渡った大衆を操る魔物(私たちの心の隙のこと)の手口でありました。たぶんね。



==========
ドイツで賛否両論。ヒトラーが現代に甦り、YouTubeの人気者に『帰ってきたヒトラー』

(略)
 本書の下巻にこんなくだりがある。
 総統はある人からホロコースト行為について批判を受ける。なぜそんな非道なことができたのかとなじられた後で、こう答えるのだ。

「一九三三年には国民はだれひとり、巨大なプロパガンダ的行為で説得されてはいない。そして総統は、今日的な意味で〈民主的〉と呼ぶほかない行為で説得させられてはいない。
 自らのヴィジョンを非の打ちどころがないほど明確に打ち出したからこそ、彼を、人々は総統に選んだ。ドイツ人が彼を総統に選び、そして、ユダヤ人も彼を総統に選んだ。
 真実は、次の二つのうちのひとつだ。ひとつは、国民全体がブタだったということ。もうひとつは、国民はブタなどではなく、すべては民族の意思だったといことだ」

 総統は「民主的」に選ばれた。その事実の重さを我がこととして受け止めよ、と本書は語る。「民主的」ってなに? と読者はページを繰りながら呟くことになるだろう。

http://www.excite.co.jp/News/reviewbook/20140130/E1391046882338.html?_p=4
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 ありがとうございます。



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EUは沈みゆくタイタニックなのか。


 明日は英国のEU離脱か残留かの国民投票です。世論調査では拮抗していると伝えられますが、勢いでは残留派の方が有利に思えます。
 しかし、英国がEUを離脱すると、英国は経済的に不利な状況になると言われているのに、なぜ離脱派はEUを出たがっているのでしょうか。移民問題でしょうか?いいえ。実は移民問題は、表層の問題にしか過ぎないというのです。

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それでも、英国がEUから出たい理由

(略)
 ただし、この移民問題だけで離脱派への支持が高まる理由がすべて説明できるわけではない。離脱派の中でも、より所得水準が高く、より教育水準の高い層は、別の理由から離脱を主張している。端的に言えば、英国の将来の姿に対する憂慮だ。それは、「EUの中にいては、将来はない」という考えである。

(略)
 日本でも有名なデザイン家電メーカー、英ダイソンの創業者、ジェームス・ダイソン氏も、個人として離脱を支持することを公にした。その理由は、タスティン氏同様、EUの中にいる限り、英国は永遠に自立できないというものだ。「私にとって最大のリスクは、自分の将来を人の手に委ねてしまうことだ。EUにとどまる限り、英国は自らの力で成長する自由を奪われる」。英国の地元紙に、ダイソン氏はこう考えを述べている。

 乱暴に言えば、こうした主張は官僚的な大企業を飛び出す起業家に例えられる。融通の利かない、EUという官僚組織で小さくまとまるより、リスクはあるが離脱し、結果も責任もすべて負う国の方が、英国にとっては好ましい、というものだ。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/report/15/110879/062000369/?P=1
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 私は欧州はこれからはゆっくり沈んでいく時期に入ってしまったと思います。残念ながら。
 文明には成長繁栄する時期と、衰退没落する時期のサイクルがあります。アフリカや中東の移民が大量に欧州に流入している今日の社会現象は、その衰退の時期に突入していることを示している一つであると思います。
 EUを実質的に統合したドイツが、EUを衰退させる難民移民政策を積極的に進めていることも、本当に運命の皮肉を感じます。右と左を入れ替えながら、歴史は繰り返していくのですね。

 欧州が成長繁栄した一番大きな理由は、アフリカや中東、アジア、中南米などを植民地化したことによります。当時の欧州白人には二つの選択肢がありました。一つは彼らと富を分かちあい共存する選択。もう一つは彼らから富を収奪し自分たちだけが富む選択。欧州白人の人たちにはどちらの選択も可能なパワーと自由が与えられておりました。(パワーと自由を与えられるというのは、とても責任重大で畏れるべきことであります)
 結果的に欧州は後者の収奪する選択をし、植民地であった地域の人たちを犠牲にして欧州の繁栄を謳歌することとなりました。

 ただし陰と陽は同時に生み出されます。欧州が繁栄したという陽の事実と同時に、衰退するという陰の因子も彼らは内包することになりました。そして今日、かつて植民地支配した地域の子孫たちが欧州に大挙してきているのは、その陰の因子がゆっくりと現実に現れ始めている一つであると思えてなりません。なぜわざわざ治安が悪くなる状態を自分たちで呼び込むのか。はたから見ると不思議ではありますが、陰と陽の大きなサイクルでは、バランスをとるために、貯めこんだものを手放すように流れていかざるを得ないのかもしれません。



 この沈みゆく欧州と一緒に道連れになるのか、少しでも距離を置くのか。というのが今回の英国民の選択です。

 英国も植民地の帝国を築き大繁栄した国家でありますから、当然衰退の因子を大量に持っております。ただ英国は世界の覇権を米国に譲るなど、ある程度自発的に陰の因子を昇華しているようにも見えます。権力や富を積極的に手放すことは、陰の因子を昇華するとても有効な方法であると思います。



 さて、もし英国がEUを離脱すれば、英国が経済的に大きなダメージを受けることは間違いないでしょう。世界中の経済学者や政治家の言うとおりです。しかしEUに残っても、EUと共に沈んでいくリスクもとても高いです。こちらはあまり誰も言いませんが。

 しかしイギリス人の半分(離脱派)は、EUから離脱することで、少しでも身軽になるべきだと考えているようです。英国人の嗅覚はさすがだと思います。小さな島国でありながら、7つの海を支配した生き残りの遺伝子がまだ多くの英国人の中に残っているのでしょうか。きっと彼らの嗅覚と本能はこう伝えているのでしょう。大きな危機に遭遇する時は、できるだけ身軽な方が生き残る確率が高いと。(これは企業経営でも同じです。)



 現在は世界中のほとんどの人はEUというタイタニック号は沈まないと思っています。しかしイギリス国民の半分はタイタニックを信じていないのでした。救命ボートをおろして英国だけでもこのタイタニックから遠ざかるべき。と「英国人の嗅覚」で感じているようです。
 しかし一方では「こんな荒海の中を小さなボートで漕ぎ出す方が危ない。安全なタイタニックの中に留まった方がいい。」という世論も英国の半分ではありますが。
 表面的にはEUにとどまるべきだという残留派の意見は共感を覚えるものが多いです。しかしその根底には、EUの衰退に惹かれていく、英国の中の衰退の因子を感じるのは私個人の妄想であります。すみません。しかし衰退するものどうしが惹き合うことはよくあるのです。

 大陸の欧州人と異なり、島国の英国人は、寄らば大樹の陰という行動とは逆張りの精神で生き残ってきました。あんな端っこの小さな国の言葉が世界の公用語となり、この小さな国の時刻が世界の標準時間になっています。考えてみればそれはすごいことです。
 その彼らの生き延びた民族の遺伝子が、EUからできるだけ距離を置け。と囁いているのが非常に興味深いです。

 私は欧州人の視点であれば、英国に離脱して欲しくないです。なぜなら船が沈む時は、できるだけ負債を割り勘してくれる友人が多いほどいいからです。しかし英国人の視点であれば、たとえ衰退するにしても単独で大西洋に漕ぎ出して孤高の中で衰退する方がまだマシとと思うかもしれません。



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大人の麻婆豆腐。その4。


【材料】だいたい2人前(写真は材料倍です)
豚コマ肉:100〜150g
豆腐:1丁
ニラまたはネギまたはワケギまたはニンニクの芽:大さじ3杯
ニンニク:半かけ〜1かけ

豆板醤:大さじ1〜1杯半(激辛が好きなら1杯半)
豆ち(ない場合は醤油か八丁味噌で代用):大さじ1杯
醤油:大さじ1杯
お酒(あれば紹興酒):大さじ1杯
花椒:小さじ1杯
水溶き片栗粉:片栗粉

熱湯:200cc
鶏がらスープ:小さじ半分

オリーブオイル:最初大さじ3杯、最後大さじ2杯
胡麻油:最後大さじ1杯




1,豚ひき肉を粗みじん切りにして、中華鍋で中弱火で加熱します。お肉がくっつかないように、オリーブオイルを多めに入れます。あとニンニクひとかけも。





2,脂身が溶け出して透明の油が溜まりだし、赤身が自分自身の油でこんがり揚がり始めます。私は10分ほどじっくり加熱します。



試してガッテンデータだと、ここで豚肉をこんがりさせることでコクがでるそうです。





3,旨味が凝縮された油ができたら、豆板醤を投入します。もし豆ちがあればみじん切りにして一緒にいれます。そして醤油を鍋肌から入れます。





ここで強火にし、豆板醤が焦げる一歩まで加熱します。調味料は焦げる一歩手前が一番コクがでます。





4,ここで熱湯を一気に中華鍋に注ぎ込みます。もわもわと水蒸気が出るくらい勢い良くがコツだそうです。



この時に旨味の油の分子が細かくなって水分子と混じりあう乳化が起きます。マヨネーズが油なのに水分と溶けこむのと同じ原理です。パスタのアーリオ・オリオ・ペペロンチーノでニンニクオイルができたら、パスタの茹で汁を混ぜるのも同じです。乳化によりとろみのある極上のソースができます。
鶏がらスープの元とお酒も加えてかき混ぜます。



5,豆腐を投入します。私は豆腐は包丁ではなく手でちぎります。断面の表面積が広がり味がしみこみやすいからです。



熱湯が少ないようであれば、追加し豆腐がひたひたになるようにします。

ここからくつくつと煮込みます。豆腐の真ん中は常温ですが、これがスープと同じ100℃になるように4〜5分煮込みます。沸騰するまで強火。沸騰してからは中火で。

豆腐は熱を加えるとタンパク質が切れて、脂質が水分と混じりやすくなります。上記に述べた乳化作用と似ていますね。簡単にいうと、100℃で加熱していくと、お豆腐がプルンプルンになるということです。



6,片栗粉と同量のお水で水溶き片栗粉を作り、4回にわけてお鍋に投入します。


①1/4投入しかき混ぜながら「おいしく」
②1/4投入しかき混ぜながら「な〜れ」
③1/4投入しかき混ぜながら「おいしく」
④最後の1/4投入しかき混ぜながら「な〜れ」

水溶き片栗粉が全体に行き渡ったら、いよいろ味の決め手となる花椒とニラをいれ、軽くかき混ぜます。





オリーブオイルと胡麻油を満遍なくふりかけ、そのまま「かき混ぜず」に、一気に強火にして、最後の「焼き」に入ります。焼く時間は30秒から40秒ほど。

鍋を焼くことで、
①鍋底で調味料が焦げて香ばしさが増す。
②スープの油が上面に浮かび上がり油面で蓋をする。
③加えたオリーブオイルと胡麻油に加え浮かび上がった②の油膜でスープに蓋がされ、温度が100℃を超える。110〜120℃くらいまで。
④温度があがると、先に述べたように豆腐内部で乳化が進みプルプルになる。水溶き片栗粉の糊化が進みプルプルになる。

どうでしょう。麻婆豆腐の醍醐味は舌が痺れる麻(マー)ではあるのですが、
①しっかり焼いて香ばしさとコクを出すこと
②お豆腐とスープをプルプルさせること
が最大のコツなのでありました。

豚肉をしっかりラードで揚げる、豆板醤を焦がす一歩手前まで炒める、最後に鍋底を焼くワザは、どれも香ばしさとコクを出す秘訣でありました。

また豚油に熱湯を注ぎこみ乳化させる、水溶き片栗粉を満遍なく混ぜ、油膜で蓋をし最後に100℃以上に加熱するワザは、どれもお豆腐とスープをプルプルにする秘訣でありました。



7、出来上がり



召し上がれ〜。



もっと興味がある方はこちらのサイトをご参考ください。

大発見!マーボー豆腐 激うま調理術
http://www9.nhk.or.jp/gatten/articles/20060913/index.html

麻婆豆腐徹底研究
http://hayashimasaki.net/mapo/



 ありがとうございます。



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拮抗。駆け引き。裏か表か。


 英国で、EU残留派の女性議員が、EU離脱派の男性に路上で殺害されました。本当に痛ましい事件であります。しかしこの事件でイギリスの世論は、残留派に傾き出しております。それまで離脱派が有利に移行していましたが、今回の事件で、流れが大きく変わったようです。

 ただ今回の事件は、少々出来過ぎの点が気にかかります。犯人の男性の自宅からナチス紋章が押収されたと報じられています。特に欧州圏では「ナチス=絶対悪の象徴」ですからこの報道により、「EU離脱派=極右=ナチス」という印象を国民に植え付けられたことでしょう。

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英国民投票世論調査 議員殺害後 EU残留が上回る
6月19日 10時28分

(略)この事件が投票にどう影響するのか注目されていたなか、主な世論調査会社の1つ、サーベイション社が事件のあとの17日と18日に調査したところ、残留が45%、離脱が42%と残留が3ポイント上回りました。同じ会社が16日の事件の前に行った調査では残留が42%、離脱が45%と離脱がリードしていました。

調査結果を掲載したイギリスの新聞、デイリー・メールは「衝撃的な事件を受けて、有権者がリスクを避けようとするのではないかという指摘を裏付けるものだ」と分析しています。また、別の会社が事件の前と後に行った調査でも、事件後に回答した人は残留を支持する声が多くなったということです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160619/k10010561571000.html
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 出来過ぎの事件には裏があるように思ってしまうのは、三文推理ドラマの見過ぎでしょうか。これにより、イギリスの国民投票は、残留派が多数を占める公算が大きくなりました。もしアメリカがこの時期大統領選でなければ、結果は違っていたかもしれません。イギリスはアメリカ経済陣営に強力に引っ張られたかもしれませんが、今はアメリカはもう自分のことで精一杯ですから。イギリスに出て行ってもらえない大陸欧州の引力が僅差で強いのかもしれません。



 また当のアメリカ大統領選も歴史に残る大接戦です。フィリピン大統領選もそうでしたし、ペルー大統領選もそうでした。2016年は世界的に大接戦の年なのかもしれません。このあとの未来が決まる分岐路に我々が立たされていることを暗示しているかのようです。



 アメリカにおいても歴史的な出来過ぎの銃乱射事件が発生しました。犯人はイスラム教ISに忠誠を誓ったとされますが、出来過ぎくんです。最近のISにそんな余力があるのか、という話もありますし、そもそもISを育てたのは、イスラエルとアメリカ軍産業勢力ではないか、と妄想しておりましたので。欧州ではナチスが絶対悪の象徴ですが、アメリカでは、イスラム教テロリストが絶対悪の象徴です。この事件後、犯人の背景はあいまいなまま、米国民全体に、イスラム=悪 という印象を更に上書きされたように思います。
 そしてこの乱射事件のあと、トランプ氏は追い風とばかり、自分のイスラム排斥方針が正しいことを主張し、クリントン氏が劣勢に回るかに見えました。しかし実際は、この事件のあと意外にもクリントンの支持率がグッと伸びたのでした。

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フロリダ銃乱射、トランプに逆風の意外

(略)
高濱:まず、トランプ、クリントン両氏が「オーランド・テロ」にどう反応したかを見てみましょう。
(略)
 トランプ氏はさらに続けてこうツィートしています。「フロリダ州オーランドで起こったことは始まりに過ぎない。われわれの指導者(オバマ大統領)は弱すぎて無力なのだ。私はイスラム教徒の入国禁止を要求した。もっと強硬にならなければだめだ」。
(略)
 「彼女(クリントン氏)はイスラム過激主義が何なのか全く分かっていない。我々の移民制度は壊れており、イスラム過激派を米国内に入国させてしまっている。テロの歴史がある地域からの移民を禁じるべきだ。私が大統領になったらテロの歴史を持つ地域からの移民は一時的に全面禁止する」
(略)
 「今日はオーランドの犠牲者を追悼するために政治休戦する」といったクリントン氏もさすがに堪忍袋の緒が切れたのでしょう。トランプ氏に猛反発しました。13日にはステートメントを発表。その中でクリントン氏は、犠牲者になった性的マイノリティを悼み、彼らの権利を再確認しました。

 そしてこう続けています。「(容疑者がイスラム教徒であったからと言って)これによってイスラム教徒を悪霊のように見ることがあってならない。反イスラム教的なレトリックが燃え上がれば、自由を愛し、テロを憎む大多数のイスラム教徒の人たちが傷つくだけだ。米国は寛大な心を持つ公正な国家なのである」。
(略)

 トランプ、クリントン両氏による非難の応酬を見た米国民はどちらに軍配を上げたでしょうか。

 ブルムバーグ、CBS、ワシントン・ポストが15日、相次いで最新の世論調査を発表しました。ブルムバーグの「今、選挙が行われたらだれに投票するか」との問いに対する回答は、「クリントン」が49%、「トランプ」が37%。クリントン氏が12%もリードしました。(リバタリアン党のゲリー・ジョンソン大統領候補は9%)

 銃乱射事件が発生する前(6月8日発表)にフォックス・ニューズが実施した調査では「クリントン」42%、「トランプ」39%と僅差でした。それが12%に広がったわけです。

 またトランプ氏の「オーランド・テロ」についての発言について、CBS世論調査で「不支持」が51%。「支持」は25%に過ぎませんでした。
(略)
○テロとの戦いを任せるなら、クリントン、トランプのどちらが信頼できるか。

トランプ 45%
クリントン 41%
分からない 15%

 「『今、誰に投票するか』という問に対する回答で、ヒラリーがトランプに12%もの大差をつけている。これは、米有権者の半数がトランプのこれまでの言動から、この人物が知識、経験、気質、モラルの面で欠陥だらけで、とても大統領になる資格はないと判断している表れだ。たとえヒラリーが嫌いな人でもね」

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/261004/061700019/
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 一見トランプ氏(FBI勢力?)有利に見えたこの乱射事件でしたが、蓋を開けるとクリントン氏(CIA勢力?)有利に働いています。
 ただテロとの闘いに絞られるなら、トランプ支持がクリントン支持を上回ります。しかし総合的に大統領として選ぶなら。逆に過激なトランプ氏は支持を落とすのでした。どちらが有利からは本当にわからないです。こちらは壮大な駆け引きの真っ最中なのでしょう。
 2016年は世界のあちこちで勢力が拮抗する年のようです。そういう時は、自分の勢力を有利にするために、自作自演のテロ事件を起こすことも、世界を牛耳る人たちの間では、常套手段なのかもしれません。出来過ぎたテロ事件は、最終的に誰が得するかがという視点で観察したいと思います。



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大人の麻婆豆腐。その3。


 麻婆豆腐は多くの中年おじさんの好物であり、手を抜いて簡単作ることができるため、あちこちの食堂で提供されています。しかし、なかなか「これは!」という麻婆豆腐に遭遇することは少ないです。それは作り手の麻婆豆腐に対する3つの誤解があるからのように思います。



(1)豚肉に対する誤解

 私が思うのは、麻婆豆腐のひき肉は具ではないということです。もし具にするならひき肉にしないで小間切れの肉を使った方がいいですし、ひき肉を具にするなら、ハンバーグや肉団子にした方がいいです。でもなぜひき肉を使うかというと、豚のひき肉は良い出汁をとる調味素材であるからなのです。キリっ。

 麻婆豆腐の起源は諸説あり、本場中国では豚肉ではなく牛肉だという説もあります。その中の豚肉説では、貧しい肉行商人が、売れ残った豚の脂身の多い部分を、麻(あばた)のお婆さんに頼んで、料理してもらったのが始まりとも言われています。

 そうなんです。現代の日本人の健康志向からは逆行いたしますが、麻婆豆腐は豚の脂が出汁の基本となっているのです。このためこの大人の麻婆豆腐は健康志向の方にはそぐわないです。しかしここ一番「念」を出さなきゃというギラギラする時には、この麻婆豆腐は、頼もしい味方となってくれることでしょう。



 一般的に日本人が麻婆豆腐を作るとなると、フライパンでひき肉を炒めます。お肉の色が変わったら麻婆豆腐の元を入れることでしょう。
 しかしお肉を出汁として使うのであれば、ラードをとるように、豚肉を弱火でじっくり加熱します。火が強すぎると赤み部分が焦げてしまいますから。
 こうして中弱火でじっくにお肉を加熱することで脂身のラードが溶けて透明になります。この透明のラードが赤身お肉をカリカリに揚げてくれます。
 この時が、豚肉が最高の調味食材になった瞬間です。前回のブラジルのフェイジョンもそうでしたし、ひき肉のキーマカレーを作る時も、私はこの方法を使います。



 透明のラードには豚の赤身の旨味がたっぷり溶け込みます。そして赤身は、上質のベーコンのようにカリカリに香ばしくなります。この豚肉の旨味が溶け込んだラードスープと、赤身の旨味が凝縮されたカリカリのひき肉が、プリプリの淡白な豆腐との相性を引き立てるのでありました〜。



(2)激辛の誤解

 日本では激辛というと唐辛子の辛さのことです。外食で激辛麻婆豆腐を頼んでも、唐辛子の辛さの辛いだけです。でもこれは本当の麻婆豆腐の辛さの半分しかありません。


 中華では辛いの意味は、麻(マー)と辣(ラー)の二つを意味します。辣(ラー)は辣油の字の如く唐辛子の辛さです。日本人が激辛の時にイメージする辛さです。
 一方、麻(マー)は麻薬の字の如く痺れる辛さです。日本では味わうことはあまりありません。うちのお店は本場の四川料理です。とうたっている食堂であっても、麻の辛さが入っていないことも多くあります。やはり多くの日本人はこの麻(マー)は慣れていないため、入れる量を加減しているようです。


 数年前、私は一度だけ香港に出張したことがありました。香港の街中は台湾と同じで、漢字は私達日本人が読める繁体字であるため、外食のメニューを読むには不自由しませんでした。ある食堂で麻辣麺を頼んだのですが、出てきた麺の、もう麻(マー)の辛さは尋常ではありませんでした。二口三口と食べ進めると、もう舌が痺れてきて、味がわからなくなります。半分も食べるともう身体の限界。とても無理〜。ですが、もう我慢して苦行のように食べました。辣(ラー)の激辛とはことなる、初めての麻(マー)の激辛でした。
 こんな辛い麺は香港人だって無理っしょ。と思って店内を見渡すと、みんな平気でこの麻辣麺を食べています。きっと慣れるとこの麻(マー)の痺れる辛さがやみつきになるのでしょう。


 ちなみにインドカレーも辛いのは香辛料による辛さ(スパイシーホット)です。唐辛子の辛さ(チリホット)とは違います。日本で激辛カレーというと唐辛子の辛さ(チリホット)ですが、インドでは唐辛子の辛さが苦手な人も多いようです。唐辛子は南米原産の食材です。インドは胡椒などのスパイスの国。日本人には同じ辛さに思えますが、彼らからすると全く別物でありました。日本人のカラシとワサビぐらい別物です。閑話休題。


 日本人には本場中国の麻(マー)の辛さをそのまま再現するは多分行き過ぎではありましょうが、「おお、舌がピリピリする」程度の麻(マー)の辛さは新鮮であり、麻婆豆腐の醍醐味であります。
 このため大人の麻婆豆腐を作るためには、次の2点の調味料はご準備頂きたいと思います。


①豆板醤(トウバンジャン)
 いわずと知れた四川味噌です。これは日本人に馴染みのある唐辛子の辛さを出します。


②花椒(かしょう、ファオジャン)
 これがあの痺れる麻(マー)です。最近では大きなスーパーの中華食材コーナーにもあり購入しやすいです。
しかし2012年にこの花椒に猛毒のカビが検出され、輸入花椒の検査が強化された事件がありました。正直中国原産の食材は控えたいところでありますが、残念ながらこの花椒は日本では育てることができないようなので、全て中国産となります。
せめてエスビーやギャバンのように日本のスパイスメーカーが輸入したものを選んで、安全の確率を確保するしかなさそうです。
 もちろんそこまで無理して麻(マー)を体験したいかという話しもそもそも論としてあります。なくても日本人が美味しいとおもう辣(ラー)の麻婆豆腐は作ることは可能です。花椒をお使いになる方は、自己判断でお願いいたします。



(3)の誤解につづく。麻婆豆腐は、煮るのではなく、焼くのです。



 ありがとうございます。※今日は中潮ですね。



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理不尽の扉。


 この備忘録では、私達の生活に起きるどんな理不尽なこと(暴力と犯罪は除く)でも、覚悟をもってまるっと呑み込む。ということを私的なメモとして書き留めていました。
 理不尽をひたすら耐えるという構造は、人によっては、この世界がSで、私達がMであるように受け取られる方もおられるかもしれません。しかし私が感じるこの世は、それとも少し異なります。


 私が感じるこの世とは、いじめるとか耐えるとか試練とかとは少し違うのです。やはりこの世界は常に白紙で私達が自由に描くキャンバスのように思えます。私達の想念のゆらぎが、そのままこの宇宙に反映され形作られているように思えるのです。私達が心に思い描く想念は、その陰と陽が同時にこの宇宙に描かれる(=現れる)というように。
 そしてその陰と陽は、この世にあらわれるには片方が時間差が生じます。その時間差とは、質量と関係があるかもしれません。質量のない世界では、陰と陽は同時に存在し、そして同時に消えていくのかもしれません。


 最新の物理学では、相反するように見える量子力学と相対性理論を統一した式では、時間のパラメータはありません。つまりこの意味はそもそもこの宇宙には時間が存在しないということであるそうです。過去と現在と未来は同時に存在するということでした。ふうむ。やっぱし〜。
 ということは、陰と陽を別々に認識するために、私達には時間という錯覚が必要であったのかもしれませんね〜。うむ。小難しいお話はここまで。所詮素人の脳内妄想です。閑話休題。



 私がこの世の理不尽をまるっと呑み込む覚悟が凄いなあと思うのは、この覚悟の瞬間に誰もが、この現実に留まるということです。(今風に)これってすごくないですか〜。



 過去何千年もの無数の求道者たちはこの境地を求めてました。過去も未来もない、この現実のこの瞬間に留まること。この境地を目指して、ありとあらゆる行法を試したことでしょう。座禅、滝行、苦行、瞑想、断食、祈り。などなど。などなど。
 しかし現在に留まる試み(宇宙の真理を体現する試み)はどれも失敗しました。数多くの求道者たちは、努力むなしく、目覚めることもなく、また再び自我のロボットパターンを繰り返さざるを得なかったのかもしれません。


 しかし、しかし、私達の日常生活の理不尽の中にその答がありました。一番身近な生活の中にその答がありました。誰もが平等に生活の理不尽を体験しています。誰もがその理不尽から逃げたいなあと願います。しかしその生活の中の、仕事の中の理不尽にこそ、この現実に留まる扉(この宇宙の真理を思い出す扉)があったのでした。もっとも何百億人の先人たちはみなそれを知っていて、気づいていなかったのは「私だけ?」かもしれません。一応これは私的なメモでありますので。


 ああ、仕方ない。とまるっとその理不尽を丸呑みする覚悟をした瞬間に、誰もが現実にとどまっていたのでした。



 宇宙と一体になるなんて、もっともっと難しいことと思っていました。聖なる場所、聖なる時間、聖なる師匠、聖なる言葉、聖なる儀式。それらが必要と思っていました。しかしそんなものは全くの嘘っぱちでありました。なぜ宇宙の真理を知りたいの?なぜ悟りを開きたいの?なぜエンライトメントを取得したいの?それはこの世界の理不尽から逃げたいからでありました。うまく行かない家族関係。うまくいかない友人関係。うまくいかない仕事関係。もうこんな理不尽な社会は嫌だ。私は悟りを得て、この理不尽な世界から逃げ出したい。そういう私は何回転生しても、決してこの「現実に留まる」ことはできませんでしたのでした。



 上司から理不尽な仕事を与えられても、いつの間にか自分の責任にされていても、仕方ないなあ。とまるっと呑み込む覚悟。
 あの理不尽もこの理不尽も結局は全部自分が責任をとらなければならないのか。まあ、仕方ないけどな。じゃあ、やるかあ。とまるっと呑み込む覚悟。
 世話をしても罵倒され、それでも下(しも)の世話をしなければならない介護。でも自分が面倒をみなければこの人は死んでしまう。うむ。仕方ない。最後までこの人の面倒を観よう。とまるっと呑み込む覚悟と愛情。


 日常の生活の中で私達が数多く遭遇する理不尽に対し、愛情と覚悟で、「まあ、いいっか。」と逃げずに丸呑みする瞬間に、私達はこの現実のこの瞬間に留まっていたのでした。


 もちろん私は凡人煩悩人でありますから、覚悟した次の瞬間は、やはり煩悩漏電に憑かれることばかりです。そのまるっと覚悟の瞬間は、現実のこの瞬間に留まれていても、しばらくすると、過去の悔しさや未来の心配の漏電に憑かれることばかりです。
 しかしそれでもいいのです。あほちんだけれども。そのたびに、日常の理不尽は、私にここに留まるための道標(みちしるべ)を教えてくれます。やはりその理不尽は覚悟と愛情をもって、まるっと受け入れるしかないな。と思います。
 

 そう。自分が一番受け入れがたい、この理不尽こそが、今自分が、この宇宙のこの現実の瞬間に留まる扉でありました。


 私の深い深い意識の潮流は、私をどこに連れて行こうとしていたのでしょうか。それは、私をこの瞬間にとどまらさせたいということでありました。全ての理不尽を逃げることなく真正面から受け切ろうとした瞬間に、私はここに留まるのでした。



 ありがとうございます。※今日は中潮ですね。



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連れて行くもの。


 大人の麻婆豆腐の続きを楽しみにしてくださる方には申し訳ありませんが、今日も心のメモ備忘録を記載させてください。
 麻婆豆腐については後日解説いたしますが、
① 豚肉は具ではなく調味料として使え。
② 麻(マー)と辣(ラー)の二つの辛さ。
③ 仕上げは「煮る」のではなく「焼く」。
この3点が、大人の麻婆豆腐のコツと言えます。



 さて備忘録メモです。
 昨日私が、大どんでん返しのハッピーエンドと表現したこと。あるいは自分の人生を信頼する。とは、昔々読んだスピ系のポジティブシンキング、成功哲学のフレーズに似ているなあと思いました。
 自分が成功しているイメージを強く想い続ければ、現実が引き寄せられる。自分の人生を信頼しましょう。などなど。
 しかし昔流行ったこれらのポジティブシンキングや引き寄せの成功哲学は、だいたい正反対の結末になります。なぜか。



 そう。私の運命の流れの根底にある、深い深い私の意識。この意識は私をどこに連れて行きたいのでしょう。この静かな潮の流れは、私を、私がこの世に生まれてきた目的へと運んで行きます。私がこの世界で体験したかったことに遭遇させるために、私の運命を運んでいきます。


 それとは真逆に、表面の私の自我は、いつもこう思っています。
 ・嫌な相手と仕事したくないなあ。嫌な相手と関わりたくないなあ。
 ・キツい仕事はしたくないなあ。ラクな仕事だけしていたいなあ。
でも、深い深い私の意識が望むことは、正反対であります。嫌な相手でも(暴力や犯罪を除く)「仕方ない」とまるっと呑み込む体験をしたかったのでした。キツい仕事でも(暴力や犯罪を除く)「仕方ない」とまるっと呑み込む体験をしたかったのでした。
 だから、私の自我は嫌な相手やキツい仕事から逃げようとすればするほど、私の深い深い潮流は、私が嫌な相手やキツい仕事に遭遇するように、私の人生を運んで行くのです。


 自分にキツくあたる職場の先輩。彼女にいくら感謝を送っても自分に対する仕打ちが変わらない。感謝の送り方が足らないのか。と悩む人もいらっしゃるかもしれません。しかしその方の深い深い潮流は、その先輩を「仕方ないなあ」とまるっと呑み込ませたかったのでした。だってそれが今回生まれ来る時に、心の底から自分が願ったことでありましたから。
 確かに先輩に感謝を送ることは大切なことでしょう。しかしその動機が「逃げ」である限り、本当の深い潮流は、やはり本人が「まるっと呑み込む覚悟」を決心しない限り、キツい先輩やキツい上司との遭遇は継続するように、本人を連れて行くことでしょう。



 そして私中の深い深い潮流が体験したかったことには「謙虚さ」もあります。ですから私が謙虚さを失い、慢心傲慢になるのであれば、私の自我が溜め込んでいるいろいろなものを手放さざるを得ないように私の人生を運んで行きます。それは富であったり、名声や地位であったり、私の自我が「手放したくない〜!!」とがっちりしがみついているものでした。場合によっては、謙虚さを体験させるために、健康を失わせるように運んでいくかもしれません。それほど謙虚さを体験することは、私の深い深い意識にとっては大切なことであるようです。



 私の中の深い深い潮流に耳を傾けると、私が本来は何を「まるっと呑み込みたかった」かを思い出すように、ただそれだけであるように思います。天国かどこかにいる神様が私達にバチをあてるとご褒美を与えるとかそういうことでは全くなくて、私達自身の深い深い意識がそれを思い出すかということなのです。多分ね。
 それゆえに、日々の仕事や逆境に対し「仕方ないなあ」とまるっと呑み込み、逃げずに正面から淡々と迎えていくことが、自分自身を思いもかけない「ハッピーエンド」に連れていくのでした。それゆえに自分自身の運命の潮流が連れて行く先については、絶大な信頼を置いても大丈夫なのでした。



 ありがとうございます。
※本日は中潮ですね。




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カガミ。


 本日も個人的な備忘録の内容で失礼いたします。
 ここ数日、相手と私の意見が異なる時、相手と口論するとき、相手と言い争う時、正しいのは相手で、間違っているのは自分(の自我)であるというよに自分を観察いたしますと、奇妙な事に気がつき始めました。それは自分はいつも心の中で誰かと闘い続けているということでした。過去の相手との闘いを反復し、そして未来の闘いのシミュレーションを反復しているのでした。


 この世はまさに白紙のままであり、私の想念が、想念に合う現実を引き寄せ、想念に合う現実を創り出しているのでした。
 私が今生でいろいろな人たちと闘い続ける人生を送っている理由は、ただ単純に私が四六時中、過去の闘いと未来の闘いを想念の中で反復し続けているからでありました。


 私の心の中を観て驚くことは、私は相手と仲良くすることを全く望んでいなかったということでした。私はてっきり、自分は誰とでも仲良く暮らして生きたいと願っているものだと思っておりました。
 そして私の毎日の生活が理不尽な闘いに明け暮れているのは、私を取り囲む理不尽な相手のせいだと思っておりました。
 しかし実際は、私の心は誰でもいいから闘いたかったのでありました。誰でもいいのでそいつと闘って相手をギャフンと言わせたかったのでありました。私の心は一生懸命、修羅を創り出し、そして私の周囲の白紙の現実は修羅に塗られていくのでありました。


 私の心の中を観察して発見したもう一つの事実は、私は自分の人生を全く信用していないということでした。
 最善の努力をしたあと は、もう自分の人生に結果をお任せする。それが大切であることは頭ではわかっておりました。最善の努力を尽くしたあとの運命のお任せは、自分の自我が想定していなかったような大どんでん返しのハッピーエンドを連れてくる。それは頭ではわかっていましたが、自分はそれを全く信じていませんでした。


 最善の努力を私は本当にしたのでしょうか。その努力の如何に関わらず、私は自分の運命に、手放しで結果を預けることはとても怖くて出来ないのでありました。私は手放す代わりに、闘いのシミュレーションを繰り返すのでした。きっと私の自我の想像を超えた大どんでん返しのハッピーエンドは玄関先まで届けられていたのでしょうが、私の修羅の想念がそのハッピーエンドを遠ざけていたのでした。ふうむ。


 今回の観察で発見した、非常に興味深い結果は、私の人生の生活の環境や、私の身体の状態は、若干のタイムラグはありましょうがが、まさに私の想念の通り、正確にトレースされて創られているということでした。
 ふうむ。



 ありがとうございます。



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