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ハルマゲドン考察。


陰謀論の与太話であります。
エルサレムで紛争を起こしたがっている人達。妄想論では、それはキリスト教原理主義の人達ともう一つ。

まず一つ目のキリスト教原理主義とは。
この世の中を救うためには、救世主を降臨させなければならない。
そのためには、エルサレムに神殿を復活させなければならない。
キリスト教を信じる人達の中で、特に真面目に教義を深掘りする人ほど、そのような極端なゴールに辿りつくことでしょう。

なぜならキリスト教とは元来そういう宗教でありますから。
キリスト教とは、人間と神の間に、神の子という仲介者が必要。そういう宗教であります。

もともとのユダヤの青年聖者であった後世キリストと呼ばれる人物は、人々に愛を語っただけでありました。
私達のそばにいる一番弱い人。その人の中に神がいる。そういう例えをする。愛の本質を語る人物でありました。

この青年キリストはローマ人によって処刑されます。(ただし後世の記録では正反対、ユダヤ人によって処刑されたことになっていますが。)

青年キリストの死後、別のキリストと名乗る人物が、パウロを利用して、キリスト教と呼ばれる新興宗教を起こしました。このためキリスト教はパウロ教とも呼ばれます。
(そもそも青年キリストが、亡くなったあと、イタコみたいにパウロと通信するなんておかしいと思いませんか。百歩譲って、もしキリストが復活してイタコ通信できるなら、ではなぜパウロにしか通信しないのでしょう。2000年間のキリスト教の歴史、ごく初期のパウロにしか「私と契約せよ」と通信してないなんておかしいです。死んだキリストとイタコ通信できたのは、生前一度も青年キリストと会ったことのないパウロだけ。それが新約聖書。)

このパウロの発明は、
・人間と神の間に神の子キリストという介在が必要だと主張したこと
・人間は罪深いので、代理人の神の子に一任しないと救われないこと
・神の子に救われたかったら神の子と契約すること
この3点であります。

現代社会のネットワークビジネスと基本は全く同じです。この新興宗教ネットワークビジネス3大発明により、キリスト教は世界3大宗教にまで発展しました。



自分が救われるためには、神の子という介在におすがりしなければ救われない。という教義がローマのパウロ教の本質です。

この教義が行き着く終着点が、キリスト教原理主義であります。

人類は救世主が降臨しなければ救われない。
そのためには、エルサレムでハルマゲドンを起こさなければならない。



私は救われる側だ。だって神の子を信じると契約したのだから。でも生活が苦しい。早く最後の審判の日が来て欲しい。そうして悪魔を全部焼き払って、神の子と契約した自分たちを天国に連れて行って欲しい。



キリスト教原理主義とは、決してアメリカの極端な宗教を信じている人達ではありません。それは私達一人一人の心の中にある「依存心」それが本質の正体であります。

多くの人々が、「誰か自分の生活を楽にしてくれないかなあ」と願かけをしてしまいます。人々のこれらの「生きる苦労から逃避したい」この願いの集大成。
国際紛争とは過激な思想団体が、勝手に起こすものではありません。負の因子として人類の想念が積み上げたもの。蓄積したもの。それらが栄養源となっているのです。

そして国際社会で起きることと、私達の些細な日常生活で起きていることは、マクロとミクロで連動しております。フラクタル理論。

でありますからどこかショッカーの組織のようなところで「ハルマゲドン起こせ」「イーっ」ということが起きているのではなく、私達一人一人の「願掛け依存。現実逃避の心」が、負の因子として蓄積している。その負の因子の集大成が、実際目に見える社会事件、紛争を形づくっている。私にはそう思えます。



パウロにキリスト教を書かせた存在。いうなればそれは人類の心の悪魔でありました。
ローマにはもともとミトラ教というキリスト教の原型がありました。今のクリスマスもミトラ教の冬至のお祭りが原型であります。
ミトラ教とは生贄を捧げて、自分の願を叶えてもらう宗教でありました。
人々の「地道な努力は報われない。誰か天から自分を救ってよ。」この気持ちが、蓄積したもの。それが「悪魔」と呼ばれるものであります。

青年キリストの愛の言葉だけでは世界宗教にはならなかったのでした。
ミトラ教を信じていた多くのローマ人が欲していたのは「あなただけ救われる。人生の苦労を救います。」そういう契約でした。
キリスト教がミトラ教に代わってローマの国教となります。そしてキリスト教は世界中に広がりました。私の人生の苦労を救ってくれる契約。その言葉に引きつけられる人達がたくさんいたからです。



悪魔とは人々のそういう気持ちが集まって創られたものであります。
悪魔とは私達一人一人の心の中にある、生きる苦労から逃げたいという気持ち。人を犠牲にしても自分が楽したい。人が自分より良い暮らしをするのは我慢できない。そういう気持ちが人類意識下の中で集積されたものであります。



この悪魔の気持ちと正反対の気持ち。そうです。それは神と呼ばれるものです。それは。

生きる苦労から最後まで逃げない気持ちであります。
要領よく生きなくて結構。人から評価されなくて結構。
生きることは苦労の連続。結構。
最後まで生ききる。生きる苦労=創造だから。
この気持ちが神であります。

青年キリストが言った「一番弱い人に向ける自分の暖かな眼差しの中にあなた自身の神様がいます」この言葉と通じます。



自分は人生の苦労からは逃げない。腹をくくるぞ。その下から目線からの思い遣り。苦労を受け切る=創造。これが神であります。

逆に、自分の苦労はチャラにしてもらえるよ。神の子と契約すれば救われるよ。契約しない人間は業火に焼かれるよ。という上から目線。苦労からの逃避=自己の神性の否定。これが悪魔であります。



ハルマゲドンとは神と悪魔の最終戦争と呼ばれます。
いろいろな方が仰っておりますが、それは正しいと思います。そう。ハルマゲドンとは、人類一人一人の心の中の、悪魔と神の闘いである。この比喩はまさにそのものであろうと思います。


「救われたい」という気持ちは人間の心に悪魔の因子を生む。
「救われなくて結構」腹くくりは人の心に神の因子を生む。



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