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素敵なことば。


 私達日本語脳は、まず全体を把握してから、だんだんと個を把握する思考形態です。たとえば
「大きな家の居間の机の上にある本。」
という様に表現します。しかし英語では逆です。
「A book on a desk in a living room of a big house.」
英語脳はまず個の認識からはじまります。


 住所もそうですね。
「東京都千代田区丸山町3-6-9」
という住所を英語表記しますと、
「3-6-9 Maruyama-cho Chiyoda-ku Tokyo」
となります。番地から先に書くなんて意味があるのかしらん。と日本語脳では思います。まず全体から把握せなあかんとちゃうの?と思いますが、英語脳では、「個」からです。


名前もそうですね。
「丸山たいぞう」
という名前でありますと、「丸山家の人間でっせ。その家のたいぞうです。」という認識順序です。しかし英語では、
「Taizo Maruyama」
というように「個」のファーストネームが先です。「個」が属している「全体」のファミリーネームは後です。


 私達日本語脳は、このように「全体→個」というように把握するようにできています。自分が話す時も「全体→個」ですし、聞くときも「全体→個」です。

 ですから日本語脳のまま英語を話そうとすると、いちいち文の語順を逆にしなければなりません。まず脳内に「全体→個」が浮かびますが、これを「個→全体」に置き換えます。ヒアリングもしかりです。「個→全体」で耳に入ってきたものを、「全体→個」に置き換えます。うむ。
 英語が話せる人とは、英語を話そうと思った瞬間に、思考形態を英語脳に切り替える訓練ができる人である。と言えます。単なる文法の理解や、単語の記憶ではなく、何百時間英語思考に脳をさらしていたか、が重要であると思います。日本語脳とは正反対の「個→全体」という思考形態を構築する必要があるからです。



 さて日本人の思考形態に話を戻します。
 日本語脳とは「全体→個」でありますから、常に「全体」がどうであるか、を無意識のうちにとらえている思考形態なのです。日本人が「空気を読む」というのも日本語脳からすれば当然なのかもしれません。
 「個」よりも「全体」の空気が先に認識されるからです。


 日本人の特質の一つに、他の民族より「個」の意識が薄いという点があります。私はこれは誇るべき特長であると思います。日本人はなぜモノを生み出すのが得意なのか、なぜノーベル賞がたくさんとれるのかという理由につながると思います。
 悲しい話でありますが、特攻という攻撃方法も日本人の「個」という意識が薄く誰もが「全体」を常に意識していたために、できた戦法であったのではないでしょうか。

 逆に大災害の時でも略奪などがほとんど発生せず、みんなじっと行列に並んだり、治安が保たれていたのもまた「個」の意識より常に「全体」の意識が上位にあったからであろうと思います。


 これは前回の「主語」があいまいに通じますね。日本人は「個」の意識が薄いので、他の言語に比べて「主語」があいまいになるのではないでしょうか。


 「個」が薄い文化だから、日本語が保たれたわけですし、逆に日本語で考えるから、「個」より「全体」が優先されて認識される思考形態になるのであろうと思います。
 そして発声もまた母性の母音が主体です。かくのように「個」が薄く母性の発音である日本語とは、素敵な言語であると思います。これから世界は母性の時代に回帰するかもしれません。その時、未来の世界で話されているのは、日本語のような母性の言語であろうと思います。



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情緒のことば。



 私達日本人は、もう中学生の頃からずっと英語を勉強しておりますが、英語が下手だと言われます。
 その理由の一つは、先日お話した母音脳であると思います。私達の脳は母音をもって聞き取るように出来ております。英語のように子音だけの単語は元来聞きづらいようにできているのだと思います。

 英語をヒアリングするときに、数少ない母音にたくさんの子音がくっついているため、単語一つ一つを聞き取ることができないので、何を言っているのかさっぱりわからん。ということになりがちなのだと思います。


 そして英語が苦手のもう一つの理由は文法であると思います。
 英語は必ず自分という主語があります。しかし日本語脳は主語があいまいであります。

 日本語が「主語があいまい」というのは日本人の文化に根付いています。日本人は古来から「個=我」という認識が、他文化に比べると希薄であるように思います。
 日本語を英語に訳そうとして一番困るのは、元々の日本語の原文には明確な「主語」がなくて、それを英語に訳す時はいったい何にすればいいのか、う~む。という状態であります。
 日本語で話している時は、主語があいまいでも意味が通じます。しかし英語ではそれでは全く意味が通じません。


 私達は西洋式文法に慣れてしまっていますから、文には必ず主語があると思っています。主語と述語は必ずある。と思っています。でも日本語は本来主語があいまいなのです。

たとえば「は」とか「が」という助詞がつく言葉が主語だと習いますね。

私は、日本人です。
私が、日本人です。

 ね。「は」「が」という助詞がつく「私」が主語です。ちゃんと日本語に主語があるじゃないですか~。と教わりますが、もう一度良く見てみましょう。


 助詞の「は」必ずしも主語を意味しません。たとえば、

今日は家にいます。

 という文章の主語は何でしょう。「今日」ではありませんよね。たぶん「私」とか「私達」とか「その人」などでしょうか。この文章では、それらの主語があいまいに隠されています。

今日は家にいます。

 つまり普段は家にいないことが多いですが、今日という日ならば家にいることは確実です。という意味ですね。
 日本語の「は」とは、「他と違って」、という強調を意味する助詞なのです。
 だから「は」は、西洋式文法の主語という役割の名詞につくことが多いです。しかし必ずしも西洋式文法の主語であるという意味ではありません。


では「が」は、どうでしょう。

私が、日本人です。

 確かに「が」がつく言葉は西洋式文法の主語であります。ただし私達の会話の中でこの「が」を使うことは実はそれほど多くありません。

 たとえばこの今日の記事で、これまで書いた文は31文あります。しかし主語として「が」を使用しているのは、2文しかありません。圧倒的に少ないですね。大半は主語があいまいだったり、「は」を使っていたりです。明確な主語だぞ~。という「が」は31文中2文しかないです。約6%。消費税より少ないです。ためしに全ての文章に、主語と「が」をつけて話してみると、我が強い妙な会話になってしまいます。日本語としては不自然な。


 このように、日本語の主語があいまいなのは、日本人脳は「が=我」を主張することに抵抗がある漠然とした前提があるからでありましょう。
 しかし英語などの西洋文法は「主語=我」ありきです。「我」がない文章は考えられないことでしょう。
 だから私達日本人が頭で思いついた日本語を英語に置き換えようとする限り、なかなかうまく話すことはできません。


 つまり、私達がいくら長期間英語を習っても、多くの日本人がなかなか上達しない理由は、日本語のヒアリング脳で、子音言語の英語が聞き取りづらい。ということが一つ。そしてそもそも日本文化では「主語=我」があいまいなので、これを一つ一つ置き換えることも難しい。という理由が二つ目であります。
 私達が英語上達して、日常会話が話せるようになるというのは、英語を話そうとした瞬間に、脳が「我」の視点に切り替えることができるようになってからです。


 この上記二つが、日本語が情緒の言葉であるという大きな理由であると思います。そして、もう一つその理由があります。それは日本語の語順にあります。三つ目です。つづくかも。



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大自然の声が聴こえる言語脳


 日本人の脳は、自然の音を言語脳(左脳)で聴くと言われています。虫の音だけでなく、動物の鳴き声、風の音、波の音、川のせせらぎ、これらの音は「言語的に意味がある音」として、日本人は聴くわけです。しかし他の国、他の言語の人たちはこれらを意味のない雑音としか耳に入りません。

 日本語脳だと自然の音は、雑音ではなく、自然の言葉に聴こえるということです。他の言語の人たちは、同じ言語の人間の社会で暮らしていますが、日本人は人間だけでなくあたかも自然の精霊に囲まれて暮らしていると認識されているということになります。といっても日本人である私は目に見えない精霊なんて見たことはありませんし、精霊の言葉なんて聴いたこともありません。しかし意識下の脳の処理としては、意味がある音、意思がある言葉として、無意識に捉えていたということです。

 そういわれれば、日本人は西洋人のように大量の木を伐採して山を切り開いたり、海や川を埋め立てるのに、漠然とした抵抗感があります。そうそう、地鎮祭と言って土地の精霊におことわりする風習は今でも続いています。それは私たち日本人は自然の中に、私たちと同じ存在を感じているということであります。その自然は、精霊と呼ばれたり、神様と呼ばれたり、水木しげる氏のマンガのような妖怪と呼ばれたりするかもしれません。私たち日本語脳は自然を私たちと同じ意思あるものと捉えます。

 私たち日本人が他言語脳の人たちと異なり、自然を畏れ敬うのも同じ理由でありましょう。たとえば荒れ狂う大嵐は、ただ気圧が低くて大気が急激に流れ込む現象には思えません。日本語脳の人には、大いなる空の精霊が大気を震わせて大地を踏み鳴らしているように感じられることでしょう。

 またあるいは自然とは母なる恵みであります。日本人が生む出す性質、母性を強く持っているのは、母なる自然に包まれて生活している。と意識下に感じていることと深い関係にあるように思います。日本語脳とは、日常生活の自然の中に母なる愛情を感じられる人たちであるといえます。

 そう。自然言葉とは母音のことです。日本人は自然言葉を聴くことができる文化であったため、私たちの言葉には全て母音が含まれることになりました。脳科学者の方々は、日本語全てに母音が含まれるから、日本語脳は自然の音を言語脳で処理すると唱えます。しかし恐らく因果関係は逆で、自然の声を聴いていたからこそ、人と人の会話にも母音がふんだんに含まれるという文化が保たれたのではないでしょうか。

 母音とは大自然の言葉であります。面白いことにヘブライ語は子音しか表記しません。たとえば、maruzoという言葉はmrzと書きます。母音とはその場の生きた音でありますから、文字として記録しておくのは、子音だけで充分だったのかもしれません。はるか昔々の古代のイスラエルでは。しかし現代では母音は雑音と扱われ、子音だけが重要であるという脳が人類の大半を占めています。母音=自然の声=雑音。と脳で処理される言語体系。

 さてもう一つ、面白いことに日本の古来からの音楽についても、日本人は左脳=言語脳で処理します。しかし西洋音楽は日本人でも右脳=音楽脳で処理します。日本人の古来の音楽とは母音の音楽であり、楽器を使って大自然の言葉で話していたということであります。

 毛利氏が、大気圏を出て宇宙に入る時には、何とも言われぬ良い音楽が毎回聴こえると仰っておりました。雅楽のようなバロックのような。と。私は、毛利氏は地球と宇宙の端境で、母音の大自然の声を耳にされていたのではないかと思います。地球もまた太陽という大母性の磁気の海に浮かんでいる青い精霊であります。



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(静止軌道衛星上の太陽電子束が大きく乱れていますね)



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誠意の談話。


 本日は終戦記念日です。大戦で亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りいたします。
 昨日安倍さんの談話が発表されました。誠実で、非常に丁寧で細かく配慮されたとても良い談話の文章であったと思います。
 安倍政権のことが嫌いな人は、いろいろあげつらって批判非難することでしょう。どちらにしろ。
 しかし、安倍政権に対してニュートラルな世界の人たちにとっては、安倍さんの誠意を充分に感じることができる文章であると思います。でありますから、あの談話はとても良いと思います。私達日本人を癒やしそして未来に導く談話であったと思います。


 今年はいろいろな節目の年であるようですが、この談話も一つの歴史の区切りがついたことを、国の内側と外側に示すことができたと思います。日本人を過去の呪縛から解き放つお言葉を発表してくださって、一人の日本人として、安倍さんに感謝を述べさせて頂きたいです。ありがとうございます。


 昨晩は講和のあとNHKの9時のニュースに安倍さんが出演されておりました。それまでのこの番組のキャスターは先日降板され、新しいキャスターさんでした。できるだけ中立を保とうとしている緊張感がこちらにも伝わり、こちらも良い番組であったと思います。親安倍でなくて構いません。左に偏向していなければそれだけでもう充分です。
 女性キャスターは安保法制についても原発についても、安倍政権に疑問を持つという質問を行っておりましたが、これは視聴者の大半の素朴な疑問であったと思います。
 この質問に対する安倍さんの説明の内容は、やはり朴訥としたものでありました。安倍さんを好きな人はわかるけど、そうじゃない人には伝わらないだろうなあ。という説明でした。でも、それ良いし、それしかないと思います。
 なぜなら言葉の美辞麗句で国民を扇動する時代は、少なくとももう日本では終わりになりつつありますし、そうあるべきと思います。私達国民は、政治家の持つ「ウソのつけない」空気をみて、その人を判断する時代になるべきであると思いますから。
 安倍さんは、朴訥としているし、決して説明が上手とは言えないし、人を恍惚と高揚させることはできないけど、でもでも誠意さだけがじわじわと伝わってくる語りだけで、もう本当に充分であると思います。ありがとうございます。


 人類の大きな課題の一つは「最悪を想定し備える」という能力に欠けていたということでありました。これが欠けていることでここ数万年のうちにいったいいくつの文明が消えたでしょうか。と思います。
 今回の安保法制は、今の日本の一番の弱点の最悪を想定したものでした。一番の弱点ですから、想定すること自体タブーでありました。たくさんの人達が洗脳されておりました。
 しかしこの最悪の想定も、安倍さんを筆頭に日本を大切に思う人達の心で、実現に向けて着々と進んでおります。まことにありがとうございます。


 そしてそれと同時に日本は世界の人たちに役に立つ国へと進んでいくことでしょう。こちらこそは私達日本人が最も得意とするところであります。片方では日本人の苦手な最悪を想定をなんとかクリアし、そしてもう片方では日本人が一番得意な、「人の役に立つ」という本領発揮の土台ができました。本当に今年は節目の年であり、それも良い方向への節目でありました。うむ。
うむ。


 私達は個人的な生活では、誠意ある人というのはもう純粋であればあるほど、鏡(カガミ)であるようになることを知っております。目の前の人を損得勘定なく助け続ける人は、やはり、いろいろな人から陰から助けられております。あるいはその誠意な人に悪意を向ける人は、いつの間にか自分で自滅していったりしていることを、私達は経験上知っております。
 国際的にもやはりそれは同じで、日本が他の国を助けようという誠意の国であれば、日本自身が周囲の国への鏡になると思いますし、そうあるべきだと信じております。


 これから私達日本人の努力によって、日本が世界の鏡となるべき国にしていくべきであります。が、昨日の安倍談話はその大きな道を開いた一つの誠意の碑であると思いました。本当にありがとうございます。



 話は変わりますが、先日東海道新幹線で起きた不審な車体カバーはずれ。なぜかボルトが2本なくなっていた事件は、これから日本がテロに対しても、もっと想定外の場所を懸念せよ。というお知らせのように思います。小難ですんで幸いでした。また話は変わりますが、中国で起きた大爆発事故。亡くなった方のご冥福をお祈りしますが、天津(てんしん)という地名を日本語訓読みにした発音は、日本人としては畏れ多いものを感じる人もいらっしゃるかもしれません。



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日本人からの伝言。放蕩息子の旅。

フランス語圏の方々へ。日本人まる(=・3・=)ぞうの一人言。



 いろいろな宗教が世界にはありますが、どの宗教においても創造神に相当する神様は名付けられておるようです。やはりこの宇宙の奇跡的な営みを知ると、そこには「神さま」としかいいようのない荘厳さと畏れ多さを感じるのは、人類共通の知恵であるのかもしれません。


 私は日本神道や日本仏教以外の他の国の宗教については詳しくはありませんが、キリスト教やユダヤ教やイスラム教ではヤハウェ(アラビア語でアッラー)と呼ばれているそうですね。ヤハウェとはYHWHの略と言われ、「我、在りて有るものなり」という意味だという説もあるそうです。とても興味深いです。名前のつけられない創造神というのが創造神の本当の名前である。という気持ちがこめられているように私には思えます。



 さて私達一人一人には「個(エゴ意識)」があります。自分は切り離された一人であるという感覚であります。またそれと同時に「全体(共有意識)」を持ちます。私達は心の奥底では繋がっているという意識であります。幼児と母親の関係に私達は「共有意識」の典型を見ることができます。多くの母親にとって乳児は自分の一部であるように感じていることでありましょう。


 私達は普段の生活の中で「エゴ意識」と「共有意識」間を振り子のように揺れているかのようです。
 ある時は仕事上や、恋人などの親しい人に、自分は裏切られて見捨てられて完全にひとりぼっちのように感じる時もあります。
 またある時は、チームの仕事が成功した時やスポーツ観戦をしている時は、自分は他の人や他の人たちと繋がって、一体感に浸る時もあります。
 ただ人によって「エゴ意識」で切り離されているの割合が高い人もいれば、「共有意識」に浸っている割合が高い人もいるかもしれません。



キリスト教には次のような放蕩息子のたとえ話があると聞きます。
==========
ある人に二人の息子がいた。弟の方が親が健在なうちに、財産の分け前を請求した。そして、父は要求通りに与えた。そして、生前分与を受けた息子は遠い国に旅立ち、そこで放蕩に生きて散財した。大飢饉が起きて、その放蕩息子はユダヤ人が汚れているとしている豚の世話の仕事をして生計を立てる。豚のえささえも食べたいと思うくらいに飢えに苦しんだ。
我に帰った時に、帰るべきところは父のところだと思い立ち、帰途に着く。父は帰ってきた息子を走りよってだきよせる。息子の悔い改めに先行して父の赦しがあった。
父親は、息子のために祝宴を開く。しかし、兄はそれを妬んで父親に不満をぶつけ、弟を軽蔑する。兄は父親にたしなめられる。
(Wikipedia「放蕩息子のたとえ話」より)
==========


この喩え話にはいろいろな解釈があるかと思いますが、私にはこれは私達の心の中の上記の振り子を表しているように思われます。私達の「エゴ意識」とは、放蕩息子の次男です。「エゴ意識」は、実家の「共有意識」を飛び出て、世界でいろいろな体験をし、辛酸をなめます。




しかし最後には「共有意識」という実家に戻ることとなります。そのかつてのエゴ次男は、一度も共有意識を出たことのない長男より、父に歓待して迎えられます。つまり、この宇宙で最も貴重なことは、一度「エゴ意識」をとことんつきつめたあとに、やはり「共有意識」に戻っていく「旅の過程」である。という喩え話のように思えます。この宇宙を創造した神様がいるのであれば、神様という宇宙の働き(原理)は、この宇宙により深い彩りという変化を常に与え続けることであろうと思うからです。



日本人の共有意識についてお話したかったのですが、今回ははからずもキリストの喩え話の自己流解説になってしまいました。しかしこのお話は私の好きな新約聖書のエピソードであります。



おひさま、ありがとうございます。

「日本人からの伝言」フランス語版 http://maruzo.over-blog.com


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日本人からの伝言。無縁仏。

日本語で「仏さま」とは、お釈迦さまのことを指します。仏とは中国から日本に仏教が伝わった時に、お釈迦さまの意味で日本に伝わりました。しかし日本えは「ほとけさま」とは各自の仏壇でお祭りしているご先祖様の意味でもあります。
そして、なんと、自分の家系に関係のない亡くなった人全般にも「ほとけさま」と呼ぶのです。日本の刑事ドラマなどでは、刑事が殺人事件の被害使者のことを「それでほとけさんの身元はわかったのかい」というセリフは日本人にとってとても身近なものであります。


日本では亡くなった方を全般に「ほとけさま」と呼ぶと知れば、仏教を伝えた他の国の仏教徒の方々は驚くことでありましょう。たとえばもし仏教よりキリスト教が先に伝わったとします。しかし日本人は元々のキリスト教の教えにはない「死者を悼み先祖を供養する風習」をキリスト教の教えであるとしていたらどうでしょう。
たとえば仮想の並行世界ではこうです。確かに各自の家庭にはイエス壇があり十字架があります。しかし私達が「イエスさま」と呼んでいるのは、「イエス・キリスト」のことではなく、自分の家系で亡くなったご先祖さまのことを指しているのだとするとどうでしょう。日本人は毎日イエス壇の十字架にお線香を立てたり、お花を供したり、食物の一部を捧げたりします。「イエスさまにお供えしなきゃ」と言って。しかしここで日本人の言う「イエスさま」とはイエス壇の十字架に祀られている自分のご先祖であるのです。
そしてテレビの刑事ドラマでは、殺人犯の被害者をさして「それでイエスさんの身元わかったのかい」というセリフが流れます。



多くの日本人は自分たちの宗教は仏教であると考えています。しかしそれは用語だけを仏教式にした、中身は元々日本古来から伝わる日本人の「死生観」であります。日本人は亡くなった方はすべて尊いものだと手を合わせる死生観があったのです。



日本では無縁仏という言葉があります。「供養してくれる縁者がいない仏さま」という意味です。身寄りがない故人や身元不明の死者のことです。もし自分に子孫がいれば、自分が亡くなったあと彼らが自分を思い出し供養してくれることでしょう。しかし子孫や親類などの身寄りがいない人や、あるいは身元がわからないまま亡くなった人はどうでしょう。誰も彼らに手を合わせてくれないのです。それはやはり亡くなった方には気の毒であろう。と日本の人たちは考えたようです。日本の墓地やお寺には、彼らのことを「縁者がいないほとけさま」として供養をする石碑や石像があります。



キリスト教文明の国の方々にとって、もし身寄りのない身元不明の故人たちを「無縁イエスさま」とまつっている民族がいたら、きっと奇異に思うことでしょう。しかし日本の人にとっては、それはそれでありえたかもしれない。と思うのではないでしょうか。表面の形式や用語はどうであれ、日本人とは自分に直接関係のない死者であっても、尊び哀悼するのはごくごく自然なことであるからです。




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日本人からの伝言。百寿者。

日本人の宗教は、他のメジャーな世界宗教とは異なっている点があります。一般的に日本の宗教は神道や仏教と言われます。その神道とは開祖も経典も戒律もありません。神道のそもそもの元祖は山や海を畏れ敬って拝んでいたこととされます。その大自然の精霊をお祭りするときに、一時的に大自然の精霊が降りてくる場所が、今の神社と呼ばれるお宮になっていきます。ですから神社のお宮の裏には山や森があるのが基本でありました。


また日本人の多くが自分の宗教という仏教といっても、日本人のいう仏教とは、インドの釈尊の教えを信仰するものでもありません。これは日本人の先祖崇拝の習慣であります。戦前まではどの家庭にも仏壇がありましたが、この仏壇とは釈尊をお祭りしているというより、その家系先祖代々のご先祖様をお祭りしている場所でありました。



ほかの多くの世界宗教の方々は神が自分を守ってくれるという信仰によって、このきびしい社会生活の支えとしています。しかし日本人の多くはいわゆる「神の救い」というものを信仰していないといえます。





日本の平均寿命は女性は世界1位(87歳)で男性は世界4位(80歳)です。このような長寿命社会では100歳を超える老人も増えてきています。この100歳超えの老人を「百寿者」と呼びます。この「百寿者」を調査すると興味深い結果が出ました。彼らには共通した2つの特徴があったのです。


一つは生活の些細なことにでも感謝する傾向が強いということでした。もう生かされているだけでありがたい。という心境なのです。
そしてもう一つはすでに亡くなった家族知人といつも一緒にいる。という感覚でした。100歳を過ぎると多くの知り合いはもう鬼籍に入っていることでしょう。子どもや孫でさえ先に他界しているかもしれません。しかし百寿者の多くは毎朝仏壇にお線香を立てる習慣の中で、彼らが自分とともに生きていることを実感しているのです。うむ。



これこそが日本人の死生観の典型であります。なぜ日本人は心の拠り所となる世界宗教を輸入する必要がなかったのか。それはすでに「家系のご先祖たちと共に生きる」という文化が日本人の長い生活の中に染みこんでいたからであろうと言えます。


これは、スイスのジャーナリスト桃棒さんのご指摘にある
==========
欧州、アメリカ…西欧社会では、個人の幸福の追求こそが世の中全体のレベルを上げていく、という考えです。日本ではどちらかというとまず全体の幸福を追求し、そのあとに個人の幸福がやってくる、というものでしょうか?
==========
という日本人の特性にもつながります。



私は日本人なので自分たちのことはわかりにくいのでありますが、確かに他の地域の方々に比べると「個の意識」と同じように「全体の意識」が強いと言えるかもしれません。
日本人は「全体の意識」に溶け込みやすい傾向があるからゆえ、家系のご先祖さまと一体になる先祖崇拝の習慣が広まったのか、あるいは先祖崇拝の習慣が文化として土壌があるから、「全体の意識」に溶け込むという性質が育まれたのか。おそらくその両方であろうとおもいます。



おひさま、ありがとうございます。


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日本人からの伝言。母性の喪失感。

スイス在住のジャーナリストの方から、メールを頂きました。彼は先日、来日して伊勢神宮の御参りをされたそうです。


==========
まるぞうさん、こんにちは。

欧州の大都市にて人混みの中を歩くと、何千人もの人々がそれぞれが持つ個人の問題に没頭しつつ歩いているのを感じます。
日本でスクランブル交差点など、人混みの中を歩く時、この事について考えていました。いったい日本人も同じなのか?それとも彼らはもっと全体的なもの(集合的なもの)に向かって思考を進めているのか。
欧州、アメリカ…西欧社会では、個人の幸福の追求こそが世の中全体のレベルを上げていく、という考えです。日本ではどちらかというとまず全体の幸福を追求し、そのあとに個人の幸福がやってくる、というものでしょうか?

また、西洋社会で宗教的行事に出席すると、キリスト教であれユダヤ、イスラム、どの宗教も、信者が集まり、そして祭式執行者(司祭など)を中心にしてに神に祈ります。私は桃日和と一緒に数度伊勢に行きました。そこでは人々はそれぞれ、建物の前に立ち、お辞儀をして、手を2回叩き、再びお辞儀をしてからさっさとその場を離れます。その周りに居る他の人々(信者)と言葉を交わす事も無く、すぐその辺りに居る関係者(神官)に何か話すでもなく。

宗教はReligion 、 Re 再び Lier 繋ぐ(神と人を再び繋ぐ)のラテン語から来ています。神道は道徳的な意味で日本の社会の骨組みになっているとのことですが、私が驚くのは、一見、神道はさっぱり「繋いで」ないように見える事です。

西洋に限らず、一神教では個々の信仰が最重要です。宗教が社会的な力を持っていた時代(欧州では20世紀中頃まで、イスラム諸国では現在でも)は、とにかく信者が定期的に集まる事が、社会的秩序を保つ役割をしていました。インドとかはどうかはよく知りませんが。

以上が私の、興味深いと思う日本の側面です。
==========


非常に興味深いお話です。桃日和の相棒さん(略して桃棒さん)メールを頂きましてありがとうございました。


人間にとって宗教が大切である理由はいくつかあるでしょう。私が思う最大の必要性とは、人間個々が切り離されている喪失感であると思います。人間は誰でも無意識に母性を求めています。まだ無力であった乳児の頃から、私達は無力で、母性の庇護がなければ一日たりとも生き延びることはできませんでした。しかし私達が成長するにしたがって、望んだとおりの母性が与えられない経験を積み重ねていきます。うむ。
私達は生き延びる本能として自分を守ってくれる母性を求めます。学校に入ったり、そのあと、社会に出て行くと私達はもうかつての乳児時代の様に無条件で自分を守ってくれる母性からは、切り離されていることに失望します。


私達男性が母性の女性に無意識に惹かれる理由であります。また女性が父性の男性に惹かれる理由であります。この場合の父性とは厳しい男性性ではなく、自分を外界からの攻撃から庇護してくれるといいう、やはり広義の母性であります。



母性の喪失を埋めるために、多くの人は恋愛に夢中になります。彼氏彼女こそが、自分の求めていた母性を与えてくれる存在である。そのように投射することでお互いが求め合います。母性を周囲に醸し出している人は、男女を問わずモテる理由でありますし、逆に、相手から母性を提供させるために、「自分はこれだけ相手に尽くしているのに」「自分はこれだけ我慢しているのに」と勘定してしまう人は、どうしても恋愛で問題を起こす傾向があるかもしれません。
それは一重に誰もが、自分の奥底の「母性の喪失感」を、誰かに埋めてもらいたい。という欲求があるからです。



そして恋愛とともに「母性の失望感」に当てはまるのが宗教であるといえます。なぜなら多くの国の宗教も「神があなたを守ります」と述べてくれています。「自分が神を信じる限り、神があなたを守ります」という契約形態であることもあります。たとえ社会が自分に厳しい環境であったとしても、「神が私を守ってくれる」という支えで、多くの人が社会の厳しさを乗り越えることができるのでありました。



しかしユニークなことに、日本人の多くは、他の地域の方々のように、自分を守ってくれる神(宗教)を信じているわけではありません。



つづくかも。



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日本人からの伝言。死とはご先祖の集団に溶け込むこと。という死生観。

数万年というガラパゴス環境で、日本人の中には同質性という特長が温存されていました。
おそらく太古の人間は現代人より自我が薄かったかもしれません。
自我がより集団に溶け込んでいたかもしれません。



日本というガラパゴスでは、太古の人間の性質が温存されていたと考えられます。
他の地域の人たちに比べて「集団と自我の垣根が低い」という傾向もそうでしょう。
自然を敬い感謝するという自然崇拝の原始的な宗教観もそうでしょう。
また祖霊を敬うというこれまた原始的な宗教観もそうでしょう。


※この宗教観についてはまた別の記事でもう少し詳しく述べたいと思います。


さて戦後日本の文化は大きく破壊されたので、だいぶこの傾向は薄まりましたが、戦前までの日本人の宗教は先にのべた「神道という自然崇拝」と「先祖供養」という祖霊崇拝でした。


この祖霊崇拝による日本人の死生観とは、生きている間は自分たちはご先祖様に守られており、自分が死んだら今度は家系の子孫たちを守る。というものでした。
祖霊崇拝の日本人にとって、死とは先祖の一団に溶け込むということでした。
したがって生きているうえでの道徳観としては「ご先祖様に顔向けができるかできないか」「家(家系)を守っているかどうか」という価値基準でありました。


最近日本で100歳以上長生きした老人を対象にした調査がありましたが、彼らの特長の一つは生きているこの生活の中でも、死んだ故人達といっしょにいるという感覚でした。
彼らにとって死とは恐れることでも悲しいことでもないのでした。


現代の日本人にとっては100歳ぐらい越えないとなかなかそういう境地の人はもう少ないのかもしれません。
しかし毎日祖霊崇拝の仏壇にお線香をあげ、家を大事にするように育った戦前までの日本人にとっては、死とは現代の我々が思うほどには「怖い」ものではなかったかもしれません。


サムライの切腹という儀式もそうです。
家を守るために自らが犠牲になる社会の儀式でした。
当時の彼らは、自我と集団(家、家系)の垣根がずっと低かったわけですし、自分も死後はご先祖の集団に溶け込み子孫たちを守る側になると信じていたわけです。
現代の我々が考える「死刑」とは違う意味を持っていたに違いありません。
打首などの死刑はご先祖さまに顔向けはできないでしょう。
しかし切腹は自らの意志で命と引き換えに家を守るわけですから、ご先祖さまに顔向けができると考えていたと思います。


さてついこの間の70年ほど前の太平洋戦争です。
カミカゼに代表されるような特攻で多くの日本人の若い兵士が、命と引き換えに敵陣に飛び込んでいきました。
なぜ多くの若者がそんなことができたのでしょう。
自分から進んで特攻に志願した人たちがほとんどです。
国や家族を守るために自分の命を捧げることは、尊いことだというのが彼らの死生観であったからでありましょう。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


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日本人からの伝言。空気を読む。




これはY染色体の遺伝子分布の図です。
Y染色体とは男性遺伝子ですから、父親から息子にのみ伝わります。


これを見るとD系統遺伝子は分布の遍在が大きく、日本列島とチベットとインド洋の孤島だけにあり、他の地域ではほとんど見られません。
これはどういうことかというと、これらの地域の男性は他の地域に移動して子作りをしていないということです。
少なくとも統計上有意になるようなレベルでは民族の移動がなかったということです。


D系統遺伝子が発生したのはおよそ3万8千年前と推定されていますから、このD系統の人たちはもう数万年レベルで、この日本やチベットなどから外に出ていかなかったということになります。


ダーウィンの進化論ではガラパゴス諸島が有名です。
外界から閉ざされることで独自の進化をとげた生物が多数いる島です。
日本もチベットも一種のガラパゴス環境でありました。
かたやヒマラヤの山々に囲まれ、かたや海に囲まれた極東の島国です。
この地形のとりでのお陰で、3万年前の人類がそのまま温存されております。


海外の方々からみた日本人の特色であった「治安の良さ」「礼儀正しさ」については、その理由はこのガラパゴス環境が原因であると私は推定しております。
※ガラパゴス・チベットについての考察は話がそれるのでまた別の機会のお話とさせていただきます。


長い長い歴史の中で、外部からの侵略がほとんどなく、同質の民族により独自の文化をはぐくんできたことで、日本人は他の国にはない「同質性」という特色を持ちます。


侵略される経験をもたず、その同質性から治安の良さと礼儀正しさの独自文化をもつ極東の島国は、見方によっては東方のエデンの島と言えるかもしれません。


さてこの同質性ですが、それは他人と自分の境界の垣根が低いと定義されます。
つまり自分自身を「個」としてではなく「集団の一部」として認識している傾向が強いということです。


たとえば子育て中の母親や、子供を自分の一部として認識する傾向が強いと言えるでしょう。
自分がは食べなくても子供に食べさせたいという衝動は、自分の「個」よりも子供との「一体」として自分を感じているからです。


そしてガラパゴスであった日本人もまた、同じ日本人どうし「個」よりも「集団の一体」として自分を感じております。
これが「治安の良さ」や「礼儀正しさ」の根底の理由です。
また日本の創造性の特長でもあります。
「個」として突出するのではなく、常に「全体最適」を一人ひとりが自然と心がけているところに日本人の創造性の特長があります。
これも詳しくはあとで述べたいと思います。


日本では「空気を読む」という言葉があります。
これは自己主張をしなくても、無言のうちに相手の立場や状況を汲む。という意味です。


日本人の行動を理解するうえで重要なポイントの一つがこの「空気を読む」という性質です。


つづく



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日本人からの伝言。3つの気質。

日本に実際に来られている数多くの海外の方々の視点をまとめると
次の3つにカテゴリーわけできます。



1,同質性

治安が良いとかルールを守るという評価の元をたどると日本人のもつ同質性にたどりつきます。
これは他者と自者の区別や区分認識が希薄であるということです。
極東の島国という数万年のガラパゴス環境と関係があるかもしれません。



2,清潔さ

街にゴミがないこともそうですが、日本人は全般的にお風呂が大好きです。
この清潔さは日本人の宗教観ととても密接に関係があります。
日本の文化の根底にある宗教は「神道」とよばれる自然崇拝です。
これも後で詳しくお話することができればいいなと考えております。
「神道」の奥義は「清潔さ」と深く関係があると私は考えております。


もし海外の方でも日本に来ることができて、そして日本神道の総本山である伊勢神宮に来ることができれば、日本人の「清潔さ」の原点を体験することができます。


自然を畏れ敬うことと、自分の生活を清潔に保つことは一見無関係のように思われるかもしれません。
しかし大自然が発する非常に清浄な気配を知ることができれば、その二つはとても関係深いことがわかります。
古来から日本人はその「大自然の清浄な気配」を「神気」と呼びとても畏れ多いとうといものとしてきました。


今の私達日本人は特に努力して清潔さを保っているというよりは、もうそれが生活の深くに染み込んだバックボーンであるように思います。
自然崇拝の宗教観は日本人一人一人が意識しない心の奥底で、しっかりと存在しています。


神道とは宗教としては海外にはほとんど認知されておりませんし、日本人自身もいかにその神道が自分たちの生活に深く影響を与えているか認識していません。
しかし日本人が「なぜそうなのか」を語るうえでは実はとても重要な要因なのです。



3,創造性

世界の若者が日本を知るきっかけは「アニメ」でしょうか。
日本の創造性は他の国の創造性とはまた異なる特色のあるものです。
それぞれの民族にはそれぞれの得意な種目があります。
たとえばそれはそれぞれの国の自動車の違いと似ています。


たとえばアメリカ人は作る車はとにかく大きくてパワーがあるものが得意でした。
たとえばイタリア人の作る車はとにかくおしゃれです。耐久性がないのも味のうちです。
たとえばドイツ人の作る車は堅牢です。
たとえばイギリス人の作る車は哲学的です。ただし長く乗らないとその良さはわかりません。


日本人の創造性は一人一人が職人の道をきわめるというところです。
設計者から下請け会社工場のパートの女性まで、みなそれぞれ職人の道をきわめようとしてるとしか思えません。
何に限らず、日本人には自分の仕事に関しては人から評価される表だけでなく、人の目につかないところでも自分の職人気質を貫くという傾向が強いようです。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


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日本人からの伝言。自分をPRしないことの美徳。

1月24日の記事に対する桃棒さんからのご指摘は以下のようなものでありました。

==========
まるぞうさんへ

記事の内容はとても興味深いものでしたが、いくつか問題、および疑問点があります。

1)>そのために当時世界最大のGDP国=眠れる清と戦争します。まさかの勝利。

「まさかの…」をimprobable と訳しましたが違和感がぬぐえません。ある国が戦争を仕掛けた場合、それは勝算があるからではありませんか?

2)>帝国主義も金儲け主義も、エッセンスを吸収し自分たちの流儀で世界トップクラスに育てました。しかしこれらは日本人の元々の性質とは相容れないものだったようです。

日本は帝国主義、経済活動、どの分野でもトップクラスに行けた、そしてそれは今でも続いているのではありませんか?アメリカのように大企業があって、莫大な収益を得て、中には芸術活動を助けたり社会貢献に使う方々もいるでしょうが、日本人には「利益を上げる事へのあくなき追求」つまり利益への欲求は今でも大多数の国民の意識に染み付いているのでは有りませんか? 

3)>日本人の元々の性質とは、寛容性と、あとは自分の創意工夫で創り出すことでした。
それで人が喜んでもらえれば本当に幸せなのです。
植民地を増やすこととか、金融資産を倍々に増やすことは、本当は日本人がやりたかったことではありませんでした。

記事の大部分は、日本がどのように帝国主義を目指し成功したか、日本がどのように産業を発展させて経済活動でも成功していたか…それらの分野ですぐれていたことが読み取れますが、いきなり記事の最後にこの文章は納得しかねます。日本人に実在する「元々の性質」ではなく、まるぞうさんが夢に見ている「本来日本人がこうあるべき姿」を読まされている感じがします。

桃棒より
==========


もちろん私が夢見ている日本人像というものが私の意識の根底にあるのは間違いありません。
しかしそれでもそれが事実であるという客観的な確証があるものだけを何度も推敲したものを記事にしようと試みています。
自分の思いたい日本人像と乖離した内容でもそれが事実であれば、やはりそれはきちんと公平に公正に評価すべきものであるのです。


したがって1月24日の記事については、序盤でありますから、記事のペースを少しおとしてできるだけ客観的なところからゆっくり噛み砕くことにいたしました。


客観的とはたとえば学術的な数字の統計データなどです。
あるいは日本人ではなく他の国の人々が日本に対してどう見ているかという意見なども準客観的な意見といえます。


以上が日本語読者の方々への前振りでありまして、以下からがフランス語訳にして頂きたい本文であります。はじまりはじまり。



==========
昨日の記事について海外の方が日本をどのように観ているかというインターネット掲示板の意見を抜粋しました。
実はこのようなサイトは数多くありまして、海外の人たちが私達が気がつかない日本の特徴を指摘しておりとても興味深いのです。


彼らの日本人に対する指摘は大きく次の二つです。

1、治安のよさ、礼儀正しさ、清潔さ

2,独特の文化、創造性、好奇心

この2点は実は日本人を語るにはとても重要なポイントであると思います。
ただ私が上記内容をいくら褒めたたたえても、それは私が自分の中の願望を詩にして歌っているにすぎません。



だからたとえば海外の日本人ファンの人たちは、こういう視点で日本人の美徳を魅力に感じているみたいですよ。
という例をまず述べました。


しかし昨日の記事に対する日本の読者の方の反応をみますと、4人コメント頂いたうち3名が「外国人が日本人を褒めるコメントの抜粋」に対して感情的にネガティブな反応でありました。


これこそ非常に日本人の特徴を表している事例であろうかと思います。
日本の文化とは「自分はすごいんです」とPRすることは良いことではないと思う文化であります。
本当に自分がすごいのであれば、自分は黙っていても、まわりが自ずとそれを認めてくれるはず。
自分は黙っていても隠れていても、必ず観ている人はいるのだから、「自分はすごいんだぞ」と自己PRをすることは、恥ずかしいことなのです。


私達日本人の社会ではこれはアタリマエのルール(空気)です。
しかし一歩日本を出るとこの謙虚さは美徳ではありません。
もし本当に日本がスゴイのなら、きちんとPRすべきである。
もしPRできないのであれば、それは本当はすごくないからではないか。
もしPRできないのであれば、それはやましいところがあるからではないか。



フランス語圏の方々に知って頂きたいことは、このように日本人とは「自分をPRしないことが美徳である」という価値観が根底にあるということです。
これはこの記事のシリーズの後半最後に関連してくると思います。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


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日本人からの伝言。日本人にはアタリマエであるけれど。

桃棒さんから、1月24日記事は欧州の方には理解しづらい内容であるというご指摘を頂きましたので、再度推敲してみました。
いくつかの記事に分割して推敲してみて書き下ろしました。

フランス語訳は下記から開始してください。
==========


私は日本人でありかつ日本が大好きであります。
ですから今回のこの文章は「日本が好き」という内容になります。
できるだけ客観的なデータを基づき、できるだけ客観的に判断しようと努力はしますが、それでも結論は「日本が好き」という流れになることでしょう。


海外におきましても日本に興味がある人はいらっしゃることでしょう。
海外の方たちが日本のどの点に興味があるかちょっとネットからみなさんのご意見を拾ってみましょう。




1,礼儀正しさ


これは道路を渡る小学生の様子がたまたま運転を鹿害したものに映っていたものです。

kids bow when crossing the road


・日本の子供達は皆素晴しい、ここまで礼儀正しいなんて信じられないよ。
・日本ではこれは特別なことじゃなくて当たり前のことなんだよね。
・日本の学校では授業の開始前に礼をするって本当?
・↑本当だよ、それが当たり前の習慣になってるんだよ。
・日本の学校に留学してたことがあるんだけど、授業前と授業後に起立して、よろしくお願いします、ありがとうございましたってお辞儀をしてたわ。





・考えてみれば日本の武道とかも挨拶はメチャメチャちゃんとしてるもんね。
日本人が礼儀正しいのはこういう小さい時からの積み重ねがあるからだと思うな。
・止まってくれた車の運転手にお辞儀して感謝を示すって凄いよな。
あそこまで感謝されるなら自分も止まってあげようって思っちゃうかな。
・アメリカじゃ車にお辞儀をするどころか中指立てる奴もいるんだが(笑)
・日本の治安がよくて犯罪率が低いのは子供達への教育が素晴しいからなんだろうな。

(http://blog.livedoor.jp/zzcj/archives/51861807.html)




2,治安の良さ

またこれは大震災の時の日本人に強奪がなかったときの様子のコメントです。





anders
恐らく、日本における民族と文化の均一性が自然な団結力を生み出し
てるんだろうな。これは欧州では破壊されてしまったものだよ。
政府が途上国の移民を大量に押し付け、その外国人たちとの同化を
望んでない国民に強制したせいでね。

   smn1
   俺はそうは思わないな。
   略奪は第二次世界大戦中にもこの国にはびこってたさ。
   まだ途上国から移民が押し寄せる前のことだ。
   きっと略奪は一つの原因ではなく、もっと様々な理由から
   発生するものなんじゃないか?

therebelsaint
同じ理由から、東京は先進工業国の中で一番安全な大都市だ。

   Otsuka Duojinshi
   初めての東京訪問で俺は秋葉原(家電街)に行ったんだ。
   店の外の歩道に1mぐらいのテーブルがあり、その上にビデオテ
   ープ、ケース、フィルムなどが並べられていた。
   そして、閉店の時間になると店員たちはそのテーブルを店の中に
   収容せずにただ防水シートをかぶせていた。
   俺がそんな状態だと盗まれるのではと訊くと、お前は何を言って
   るんだというような顔をされたよ。そして、その回答は日本人の
   性質を十分に物語るものだった。
   「いったい誰が盗んだりするのさ?」 

   Snowman
   ↑ ( ;∀;)イイハナシダナー
   俺が育った所で店の外にテーブルをおいたらどうなってしまうか
   を考えると、凄く恥ずかしいよ。

Q46
略奪が起きてないって??
それは単に略奪する物がないからだろ。
記事の中の写真を見てないのか?

   Isabelle Sanders
   そうね。だけど、被災地の人々が水や食糧を得る為に長蛇の
   列の中で静かに立っている写真もあるのよ。
   暴徒にならず、押し合いにもならず、暴動も起こさず、誰もが
   自分の番を待っているの。
   私は同僚のアメリカ人たちが園芸ホースの特売の時に酷い振る
   舞いをするのを目撃しちゃったから、この記者の言いたいこと
   が良く分かるわ。

wakai1
俺は2年間ほど日本に住んでたことがあるんだ。
その初日に人通りが多い公園のとあるベンチに財布を置き忘れてしま
ったんだよね。中には2万2千円(200ドル)ほど入ってた。
翌日、絶望状態でそのベンチに行ってみたら、何とまだそこに財布が
残ってんだよ!! しかも、一円たりとも中身は減ってなかった。
何千人もの日本人がこの財布を目撃したはずなのに。
俺は日本が大好きだ。
彼らの為に祈ってるよ。そして何か俺にも出来る手助けを探してる。

ExposeDEMLiars
なぜ日本では略奪が起きないのか?
それは、日本が自由主義哲学に洗脳されてないからさ。
他人から奪えるものは何でも奪って良い " 権利 " があるという
思想に染まってないんだよ。

schifferj
4年間日本で働いていたことがある。25年も前のことだ。
彼らのメンタリティーが変わってないことが分かって嬉しいよ。
記者の問いに対する答えはとてもシンプルだ。
日本人は物心がつく頃から誠実さが全てだと教えられる。
" 面目 " や誇りを失うことは何であろうと受け入れがたいんだ。
盗み(略奪)は彼らの誇りを失うことになってしまう。
私の娘は、人格が形成される期間に日本人に囲まれて過ごした。
そして幸いにも、日本社会の多くの特徴が彼女の性分になったよ。

( http://japancool.sblo.jp/article/43852168.html )




3,清潔さ

これは日本のどこにでもあるショッピングモールを撮影したものです。
しかし海外の方々は我々日本人からすると意外なところに着目されておりました。

Japanese Shopping Mall !


・アメリカ|日本って、人を信用するんだね。こういった店にはたいてい窃盗防止用にドアや仕切りがあるもんだけど。

・イギリス|清潔だし、信じられないほどきちんとしてる。それにこっちのショッピングモールでは、ガードマンがいて写真やビデオを撮らせてくれない。一度4人のガードマンがすぐに近づいてきて、写真を撮るなって言われたことがある。バンザイ日本!

・オランダ|わたしの町のよりずっと清潔だわ。

・イタリア|日本は何でもキレイにしてるのがすごいよ

・カナダ|とてもキレイだし、明るいね。日本はどこもすごく清潔だよ。道やレストランやお店とかさ。他の極東地域と比べてみてもね。

( http://chou5yaku.blog.fc2.com/blog-entry-230.html )




3,文化の創造性

これは日本のある自転車駐輪場の説明の動画です。

Underground Bicycle Parking Systems in Japan


■ 信じられない! こんなことが現実に可能だなんて考えたこともなかった。ハンガリーだと自転車泥棒との戦いの日々だよ。大変なことなんだ。この方法は本当に凄い! 投稿ありがとう! ハンガリー

■ 日本に引っ越したい理由がまたできてもうた。 +3 イギリス

■ これスゲーわ O_o ドイツにも同じ物を作ってくれ―! ドイツ

■ 本当に心の底から日本に住みたくなるな :( アルゼンチン

■ 日本にはクールなものがなんでもあるよね。ズルい!w  アルバニア 

■ 日本をレポートするフランスの番組で紹介されてたよ :) フランス

■ 日本は車の駐車場もこんな感じだもんな。本当に天才的! アメリカ

■ 疑いの余地なく、日本人は世界で最も独創的な民族の1つだろうね。この駐輪場は、彼らの独創性のほんの小さな例に過ぎない。 アメリカ

■ 日本の姿を見てるといつも思うんだよ。どうしてあの国はこんなに変わってるんだろうかって。そして、どうしてすべてが清潔で新しく見えるんだろうって。 ブルガリア




これらはネットにあるほんの一部の情報でありますが、私達日本人にはアタリマエであることが、海外の方々には驚きである内容の共通点が浮かび上がってきます。



つづく



おひさま、ありがとうございます。


下記は静止衛星軌道上で観測される太陽からの電子密度グラフです。急な変動がある場合は地震や事故に備えて防災意識を心掛けましょう。特に注意が必要な期間は、メールやTwitterで防災意識リマインダーを受け取ることができます。詳しくはこちら
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