こちらはマルス券など切符のご紹介です。
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これもマルス券かと問われると微妙なところではありますが、こちらでは立派にマルス券の扱いをしたいと思います。横浜駅きた改札に設置されているMV30型で乗車券150円区間(往復券)を購入した時に合わせて領収書も発行させてみました。券面を見ると3万円以上の領収書に必要な収入印紙を貼る際に適用される「印紙税申告納付につき渋谷税務署承認済み」と印字されています。これはMVで3万円以上でも以下でも領収書を発券すると最初から定型で印字される様式となっているのでしょう。今回、乗車券300円の領収書でもこのような定型文が見られると、何か大きな買い物でもしたかのような感覚にもなりました。さらに、この「渋谷税務署」の表示も発券するJR各社の支社が違えばその管轄となる税務署名も違ってくるのでしょう。横浜駅で渋谷税務署というのはJR東日本の本社管内での関係なのでしょうか、そのあたりを調べてみるのも面白いかもしれません。このように、窓口のJR職員が操作するマルスと、ほぼ同じ機能を持ち合わせるMV端末はJR職員に嫌な顔されずにマニアックな発券も自由に出来ますので、乗車券以外に思わず領収書も発券して余計なマルス券を手にしてしまいました。MVでも個室指定券や瞬殺するSL列車などの臨時列車、複雑な経路の乗車券などを操作して購入出来るようになればもっと良いのですが、このような輩が多くなってMVを占領し、ビジネスマンなどがすぐに買いたい新幹線指定券などが買えなくなってしまうを防いでいるのでしょうか(笑)

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新幹線であり新幹線でない線があります。博多南線です。山陽新幹線の博多から博多南までの間、元々は博多総合車両所までの線路があり、その車両所のすぐ脇に駅を作って博多南駅として営業しています。構造物や線路規格などは九州新幹線へと繋がる物でもあり、将来的には新幹線区間になるのでしょうが、現在のところ正式には新幹線区間では無いので、新幹線の車両を使いながら在来線扱いとなり、この区間を乗る場合は「特定特急券」が必要となります。しかも特定特急券とは言え料金は100円です。乗車券190円と特定特急券100円で新幹線に乗れます。 このような線に、上越新幹線越後湯沢〜ガーラ湯沢間も乗車券プラス特定特急券100円で乗車出来ます。この特定特急券の発券には博多南駅の自動券売機もありましたが、その横に併設されているJR九州の旅行センターにあるマルスからの発券で、博多南線はJR西日本管轄ですので(6−タ)となりました。

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ELSLみなかみ物語号が平成12年1月6日から8日の間、上野―高崎―水上間で運転された時の指定券です。客車は磐越西線で使用されている「ばんえつ物語号」仕様の12系を使用して、上野―高崎間はお召し機であるEF5861が牽引しました。高崎―水上間は通常のSL奥利根号同様SLが牽引しますがこの時はD51498ではなく普段は秩父鉄道で使用されているC58363で運転されました。この運転に先立って2000年末のC58363が試運転をしましたが単独での牽引力不足から高崎までの運転予定だったEF5861が次位補機になる形で引き続き運転され、C58363との重連で水上まで運行されるという、電機機関車のゴハチと蒸気機関車のゴハチが重連という夢のような列車でした。この列車は上野からEL牽引で始まっている所からか、列車名にELが先となり、ELSLとなっているのも興味深いところです。現在では牽引する機関車もそのときによって違う車両になっていますが、高崎−水上間のSL区間はD51498が牽引しています。


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今から7年前、平成13年10月に只見線でSLが復活運転された時の「SL&DL会津只見号」のマルス券です。現在でも真岡鐵道のC11325がJR東日本管内を所狭しと出張して各線で運転されておりますが、真岡鐵道以外でC11325と言えば只見線でしょうか。この時は運転初年度というか、まだ試行錯誤的な要素も数多く、只見線でSL運転される事自体が大きな事件となり、平成13年10月6〜8日の3連休で運転される事になりました。この3連休で運転初日の10月6日と8日が会津若松−会津川口間まで、そして中日の7日だけが只見まで運転されました。しかも往路はSL運転でしたが、復路は最後尾に連結されていたDE10による牽引でC11はそのままぶら下がりで戻る列車となり、列車名も「SL&DL」となったのです。翌年から全日只見までの運転となり、只見での転車台整備も行って往復SL単体で運転されるようになりました。さらにその2年後の2004年2月には真冬の只見線での運転が実現され、この時に再び後部にDLも連結され、SL&DLとなりましたが、これ以降、冬季での運転はされていないまま現在に至っています。運転初年度もそうですが、この時の指定券は瞬時に売り切れとなり、只見線に限らずSL列車の人気も高いようです。

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こんな列車があったのか・・・と思わせるような名前ですが、過去に本当にあったのです。中央東線開業90周年を記念して運転された快速ムーミンすわ号は平成7年11月に運転されましたが、最初は、ただ撮影だけしようという計画でしたが上諏訪までの乗車券を買うついでに、冷やかし目的で聞いてみたらマルスから指定席券が出てきたので、思いがけずEF55牽引の客車列車で旅が出来ました。今ではEF55の運転はEF5861と同様に事実上難しいと思われますが、EF55の愛称名である「ムーミン」の名前をそのまま列車名にしてしまったこの当時のJR東日本は、今は遠くになりにけり(笑)と言った所でしょうか。





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乗車券や座席指定券ではありませんがマルス端末では色々なイベント券が発券できます。その中でイベント券ではありませんが駅レンタカー券も発券でき、券面は使用する区間も表示されるので、乗車券類に似ています。しかも駅レンタカーの営業所の所在地も詳細に表示され、札幌駅のような大きな駅の場合は出口が多数あり駅レンタカー営業所がわかりづらい為か東側高架下と補足説明も表示出来るようです。レンタカーのクラスやAT/MT指定なども予約段階で確定出来たり、レール&レンタカー切符も同時発券出来るJRマルス端末と連携出来る強さもあります。個人的に駅レンタカーの予約もマルス券で出てくると安心してしまいます(^^ゞ

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懐かしの夜行列車シリーズは休止して再びマルス券です。今回は真岡鐵道で運行されている「SLもおか」のSL整理券です。SL整理券は指定券と同様に乗車日の1ヶ月前からJRのみどりの窓口で購入できます。「SLもおか」は50系客車3両で運行され、座席指定では無く座席定員制で乗車出来る列車なので整理券方式をとっていると思われます。座席の人数分だけ整理券を発売する格好です。ただ、1号車・2号車は人数分のSL整理券をJR窓口(もちろん真岡鐵道の窓口)でも発売していますが、3号車は途中の無人駅からの乗車を考慮してSL整理券の発売分以外の乗車客をこちらに誘導しているようで、いわゆる「車掌売り」の予備席みたいな格好です。SL整理券なのですがマルス券面は企画切符の様式となり、120mmの横長な切符となり、1号車か2号車か、乗車する車両だけを指定され、その後は車内のどの座席に座っても構わないようになっています。指定はされていませんが座席定員分しか整理券を発売しないので必ず座れるようにはっていますが、途中無人駅からの乗車客が整理券を持たずに1号車・2号車に乗車すると整理券発売以上の乗客が発生してしまうので、そのような時に3号車があるのでしょう。同様な方式では秩父鉄道の「SLパレオエクスプレス」でも整理券方式をとっていますが、こちらは指定席の設定もあるので自由席はこのような乗車整理券ですが、指定席は座席番号が表示されています。

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さて、本日はJRダイヤ改正という事で、寝台急行「銀河」も廃止になってしまった日でもありますが、今回は同じ急行でも寝台車両のみで組成された列車では無い「急行・かいもん」の寝台券です。昭和34年9月に熊本−西鹿児島間に準急としてディーゼル車での運転開始から昭和40年に急行に格上げ、その後昭和43年10月に客車運用に変わり、その当時からずっと座席車と寝台車の混成で運転されて平成5年3月に廃止になっています。北海道内で完結する座席・寝台の混成列車と似た性格で「かいもん」も九州内で完結する列車でした。それにしても夜行列車が次から次へと廃止になってしまうのは非常に寂しい限りです。。。

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今回も券面の列車名から辛うじて夜行列車の部類になろうかと思われますが、しかし乗車区間はいよいよ夜行列車の域から脱してしまった感もあるのはご愛敬ということで。さて前置きはこの辺で。今回は懐かしの夜行列車の中である、寝台特急「みずほ」です。昭和36年に登場して寝台特急「さくら」と共に、東京と熊本県、長崎県を結ぶ九州ブルトレの1つとして長らく活躍しておりましたが、平成6年12月に廃止に。思えば、この「みずほ」から東海道ブルトレが1つ1つ消滅していく始まりとなってしまっています。その「みずほ」の中でもただ単に寝台券だけでは芸がないので「みずほ」号利用の「立席特急券」をご紹介します。寝台列車の末端区間で寝台を座席として利用する列車があります。この場合、寝台料金は取らずに「立席特急券」として開放していることがあります。俗称として「ヒルネ」と呼ばれる事もあります。「立席特急券」は自由席特急券と同じ料金で、特定特急料金が設定されている場合、特定特急料金と同額になります。この券面では「B立席特急券」となっており、この区間(博多−長崎)では特定のB特急料金が適用されます。「立席特急券」を利用した場合、原則として座席は保障されず、もし空いていれば座ることもできますが、「はやて」・「成田エクスプレス」などJR東日本の昼行列車の立席特急券については着席できないことになっています。この場合は「みずほ」と列車名が表示されていますが、あくまで「立ち席」であり、座席番号が指定されないのが最大の特徴です。「立席特急券では着席できません」とありますが、寝台列車のヒルネ(座席利用)の場合は座っても問題ありません。

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これは「懐かしい夜行列車」のうちに入るのか?と問われると微妙な所ではありますが、しかし今となっては貴重な夜行列車の部類になってしまうと思いましたので今回はこの列車の、この号数です。青函トンネルが開業した昭和63年3月13日から運転を開始した寝台特急「北斗星」。翌年の平成元年3月からは寝台列車の定期運転では珍しい3往復体制になったのでした。北斗星5・6号は運転開始からJR東日本が担当する編成で運転され、A寝台個室やB寝台個室の内装は共同運行のJR北海道と比べると好みもありますが可もなく不可もなく・・・と言った感じになるでしょうか。マルス券面を見るとお判りの通り、この寝台券はA寝台1人用個室ロイヤルの寝台券です。ただこの当時の個室券にはソロやロイヤルなどの個室の俗称?がマルス券面に併記されておらず個室の部屋番号だけな淡泊なものでした。この時はまさか北斗星が1往復のみの運転になるとは思いもしませんでしたが、この先の行く末も考えただけでも寂しさを増しそうな感じです。かつては臨時北斗星81・82号も設定されて数字だけでは82が最大でしたが定期列車で運転された6号が北斗星の最大数字となりそうです。更に右下に目を向けると「席」と記入されておりますが、ここでは割愛させて頂きます。

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現在も臨時列車となって運転しておりますが今回は「急行ちくま」です。この列車自体は「おが」と同様に案外と長い歴史を持つ列車で、「ちくま」として大阪〜長野間を運転開始してから約50年が経つ列車だそうです。この列車が通る地方名「筑摩」から列車名を取ったとも、日本最長の川である「信濃川」の長野県での呼び名である「千曲川」だという説もありますが、まぁ深くはこのブログでは追求しない方向です。さて、この列車は完全な寝台車で組成された列車では無く、座席車との混結編成で運転され、寝台車は14系(初期は20系。のちに14系寝台を経て14系15形に変更)、座席車は12系が使用されていました。このような組成の夜行列車は「だいせん」や北海道・九州内での夜行急行で運転されていた形態でした。この寝台券の券面から寝台料金が5150円であるところから、14系の3段寝台である事もうかがえます。機関車のヘッドマークは設定されておらず、客車側のテールマークだけがイラスト化されていたようで、そのあたりが急行列車であるがゆえなのでしょうか。

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今回は急行「おが」号です。平成4年まで東北・奥羽線経由で上野−秋田間を運転されておりましたが運転末期は臨時列車の扱いでした。しかしながら使用車種が20系という事もあり立派に寝台急行の部類に入ります。20系が使用されていたのは平成4年まででそれ以降は平成6年まで14系座席車に変更になりそのまま運転廃止となりました。この当時の20系寝台車は貴重な存在で定期で使用される列車も少なくなった頃でした。料金も急行料金でしかも寝台は3段なので一律5150円となっていましたが、20系寝台の中段などは乗っていられない程の狭さで寝るしかありません。それでも車内は夜行列車の趣は十分に感じられ、3段寝台が当たり前のようだったのも今は昔です。

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2008年の1発目からは「懐かしの夜行列車シリーズ」(笑)と題しまして、またもや緑色のマルス券をご紹介し続けるという暴挙に出ますのでご了承下さい。さて、表題の通りの懐かしの夜行列車、第一回目はJR北海道で運転されていた全車指定席の快速「ミッドナイト」号です。昭和63年7月に運転開始の札幌〜函館間の快速として運転されていた列車で、運転当初はキハ27の2両編成で1両は座席車、もう1両は車内一面にお座敷列車のような長い床にカーペットを敷き、そこで横になれるという「カーペットカー」の組成でした。座席車の座席も当時の特急グリーン席で使用されていたリクライニングシートで角度の深いものが使用されていました。快速という事で乗車券の他に指定席料金だけで乗車出来て、しかも北海道の普通・快速列車の指定席料金は300円という事もあり、この価格設定で仮眠するには両者ともに十分な設備でした。平成12年12月に使用車種が変更となりキハ183が使用されると上記のようなグリーン座席・カーペットカーではなく普通座席のみに代わりシートピッチも狭くなり、その1年後には運転自体が廃止になりました。画像の指定券はキハ27が使用されていた時のものですが快速なのに急行券扱いとなっています。この当時は普通・快速列車で指定席を設定する列車が少なかったのでマルスでは急行券区分で設定していたのでしょうか。料金の内訳には急:0・指300となっている所も発券には特殊な雰囲気が漂います。

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また緑色の切符で恐縮ですが今回は一葉券です。乗車券と特急券・グリーン券が一枚の切符に全て収まっているものですが、最近では個室指定券を除きこのような一般的な特急指定席券での一葉券は自動改札をそのまま通れるように定期券サイズの85mmの切符で発券されるので、このような横長の120mmサイズで個室の指定券では無く座席の指定券では普通に発券されるだけでは余り見られないタイプになりました。乗車券と指定券の区間がほぼ同じなのでこの画像の券面では指定区間は「上野」までで、カッコ書きで都区内と表示され、この都区内が乗車券の行き先となっています。そしてその乗車券の有効期間も併記され、指定列車に乗らなかった場合でも乗車券は有効期間内であれば使用出来る切符となります。この画像の切符に関して見ると、上越新幹線の「あさひ」のグリーン券です。この当時の上越新幹線は最速列車が「あさひ」で各駅停車タイプが「とき」となっていて、現在では最速タイプが「とき」なのと、現在では「あさひ」という列車名は消滅しています。さらに、この当時はまだ東京まで開業していないので終着が上野になっているのも懐かしいです。この「あさひ308号」はその当時200系新幹線が240km/h運転を行う最速列車で新潟→上野間を1時間58分運転でした。

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緑色のマルス券で恐縮ですが、早くもネタ切れな感もあり、ここからは古いので茶を濁す手段もやっていこうかと(汗) そんな中でも懐かしい雰囲気が残るのが「大垣夜行」と呼ばれていた東京発大垣行きの普通列車です。列番が345Mで「さん・よん・ご」と語呂が良かったので覚えやすかった列車でした(末期は375Mになっていました)。今の「ムーンライトながら」の前身にあたる列車です。この列車にはグリーン車が2両連結されていて東海道本線の東京口普通列車と同様の組成に近いまま大垣へ行く長距離列車でしたが使用車両が165系という急行形電車でグリーン車もサロ165が2両連結され、一段と豪華さを放っていました。しかし普通列車ではあるものの、その当時の普通列車では臨時列車などを除けばグリーン指定席は無かったと記憶しており、現在の「ムーンライトながら」のように全車指定席というものでは無く、普通車・グリーン車の全車自由席であったので、グリーン券を購入していても100%座れる保証は無く春・夏休みシーズンなどは発車数時間前から並んでおく必要もあったりしました。しかし青春18切符ではグリーン車には乗れない規則でしたのでグリーン車も自由席とは言え普通車に比べると競争率は低かったと記憶しています。さて、このグリーン券の券面を見ると値段の下に小さく「税1割共」と表記されています。これは消費税が導入される前のものでグリーン券には通行税が適用され、このような税として徴収されていました。グリーン料金は現在と同じく距離によって価格が異なっていましたが、この当時でも東京−大垣間が通しで最遠の普通グリーン料金となっていました。さらにこの切符は発行が(3−タ)という事で東京駅発行でもJR東海の窓口で発券されたもので、切符の地紋はJR仕様ではなく国鉄仕様、昭和62年発行という事で、このあたりも稀少なグリーン券に仕上がっています。

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