ポートさえ、うまくいけば、もうすぐ退院。一時、帰宅させてもらって、新薬、ぞうさんに、いれてもらって、彼は急ぐところがあるのでかえっていった。途中からいっこうにはいらなくなって、病院でみてもらったら不具合だそうでその夜、オペをした。1つはぬくべきで、2つ目は、出血で、とり、3つめは、不具合でとり、今新品がついているが、早く傷が治り帰りたいな〜
食欲もでるようになり、よくなりましたが。今回の高熱はーとの可能性と、みて、それをすぐとり、その後、道測に、小さいぐるぐるまきのポートをいれたのですが、アバスチン初めたばかりで、出血多く。結局最初のポートを、おまたのほうに、うえました。明日は。アブラキサンをそこから、注入しに、家にかえります。これが、みなさん複雑な、混合医療の中止やら、未承認薬薬のたいへんさんです。未承認薬は、自費ですのでわたいへんかかります。それに、家に酸素をおき、携帯の酸素も用意しました。生きてくのは、たいへんだけどがんばらなくちゃ

入院2日はエコーなど、検査した。胸水が、あきらかふえていいるようす。でも、先生のかんななのだろ。さっさと、ぬいてしまった。量そくで。6、5り、とりでしたー 当然、がん性リンパ炎とりました。左は、黄色で、右は赤だった。左は、炎症性?
窓から、日がさんさんとそそいでいます。久しぶりに、目覚めた様なきがします。じつは、いまでもですが、高熱が、落ちないで、入院してます。まだ、苦しい状態、がんばりますので、お願いします。 携帯からいれているのであさからずー
暮れから、高熱が続いていて、2週間過ぎてしまった。正月休みには、回復してるだろうというのは甘かった。
正月があけてしまって、仕事が始まった。最初の頃は昼間は、微熱程度で、普通?にはたらいたつもり、だんだんしんどくなってきた。
先週後半から、しんどくなり、採血結果も悪くなり、金曜日には、ジェムザールの抗がん剤がうてなくて、代わりに輸血ということになってしまった。
次回から、アブラキサン(タキサン系DDS剤)、これは未承認だから、ドラッグ・ラグ解消している以上、残していた、最後の治療だが〔私にとって)はじめることにしていた。
もうこれが最後の抗がん剤だろう。
しかし、この熱、5日前くらいから、昼も、夜も、辛い状態になり、食欲がなくなってきた。
それで、動くのは、しんどい。
いよいよ、火曜日になり、午後は、東松戸病院だった。家族に、休めないの、急病で、休診ということにして、薬が必要な人は、どなたか、先生に書いてもらいなさい、といわれたが、それを押し切って、でてきた。
幸い患者さんは少なかった、内科の先生に、相談した、安達先生は、熱心にきいいてくださり、「僕は、腫瘍医ではまく、膠原病ですが、よく、やはり、困る熱がでることがあります。不明熱といって、感染源があるか、他科の先生いも診ていただきますが、なかなか、みつからず
、結局、膠原病自体の、悪化ということがあります。」
また、じっと、考えるようにして、しばらくして、「先週のCTは悪くなかった。ワイセも5000だった。CRPも高くなかった。LDHガ急にあがった。
これは、腫瘍の増悪でしょうね。僕も先生と同じ意見です。抗がん剤を使っていいとおもいます。」と真剣なおことばだった。
私は先生似、体を押される様にして、都内の腫瘍内科に向かい、点滴をしてもらった。
ここのところ、4週間、休薬だったので、早く仲間(抗がん剤)が体にはいってきてくてて、うれしかった。
熱があることいわないで、ごめんなさい。でも、これは、私にとって、大切な、選択だったのです。
10時頃帰ってきて、夕食もすこしですが、食べられて、早く横になりました。
はじめて、夜中に熱もでず、すっきりおきられました。
あ〜、この選択は、正しかったと確信できた。
今日は、午前に安達先生に「先生大成功です。熱がさがりました。ありがとうございました」
「よかったですね。それはよかった」とよろこんでくださった。
明日、以降も見ていかなければ結果は、最終的なものではないが、今日は、午前、午後と混んでいて、終了時間は、8時20分だった。
いつものことながら、片野さんが、待っていてくださって、天王台まで送ってくださった。本当に、助かる。体がしんどいときなんか。。いつも、感謝している。
東松戸病院も、松戸駅から遠いから、まにあわないといけないと、医事課の、西川さんが送ってくださって、助かった。
このたび、たくさんの皆様の御心配を頂いて、ありがとうございます。
明日も、元気に働きます。小倉恒子医師の休診はありません。
正月があけてしまって、仕事が始まった。最初の頃は昼間は、微熱程度で、普通?にはたらいたつもり、だんだんしんどくなってきた。
先週後半から、しんどくなり、採血結果も悪くなり、金曜日には、ジェムザールの抗がん剤がうてなくて、代わりに輸血ということになってしまった。
次回から、アブラキサン(タキサン系DDS剤)、これは未承認だから、ドラッグ・ラグ解消している以上、残していた、最後の治療だが〔私にとって)はじめることにしていた。
もうこれが最後の抗がん剤だろう。
しかし、この熱、5日前くらいから、昼も、夜も、辛い状態になり、食欲がなくなってきた。
それで、動くのは、しんどい。
いよいよ、火曜日になり、午後は、東松戸病院だった。家族に、休めないの、急病で、休診ということにして、薬が必要な人は、どなたか、先生に書いてもらいなさい、といわれたが、それを押し切って、でてきた。
幸い患者さんは少なかった、内科の先生に、相談した、安達先生は、熱心にきいいてくださり、「僕は、腫瘍医ではまく、膠原病ですが、よく、やはり、困る熱がでることがあります。不明熱といって、感染源があるか、他科の先生いも診ていただきますが、なかなか、みつからず
、結局、膠原病自体の、悪化ということがあります。」
また、じっと、考えるようにして、しばらくして、「先週のCTは悪くなかった。ワイセも5000だった。CRPも高くなかった。LDHガ急にあがった。
これは、腫瘍の増悪でしょうね。僕も先生と同じ意見です。抗がん剤を使っていいとおもいます。」と真剣なおことばだった。
私は先生似、体を押される様にして、都内の腫瘍内科に向かい、点滴をしてもらった。
ここのところ、4週間、休薬だったので、早く仲間(抗がん剤)が体にはいってきてくてて、うれしかった。
熱があることいわないで、ごめんなさい。でも、これは、私にとって、大切な、選択だったのです。
10時頃帰ってきて、夕食もすこしですが、食べられて、早く横になりました。
はじめて、夜中に熱もでず、すっきりおきられました。
あ〜、この選択は、正しかったと確信できた。
今日は、午前に安達先生に「先生大成功です。熱がさがりました。ありがとうございました」
「よかったですね。それはよかった」とよろこんでくださった。
明日、以降も見ていかなければ結果は、最終的なものではないが、今日は、午前、午後と混んでいて、終了時間は、8時20分だった。
いつものことながら、片野さんが、待っていてくださって、天王台まで送ってくださった。本当に、助かる。体がしんどいときなんか。。いつも、感謝している。
東松戸病院も、松戸駅から遠いから、まにあわないといけないと、医事課の、西川さんが送ってくださって、助かった。
このたび、たくさんの皆様の御心配を頂いて、ありがとうございます。
明日も、元気に働きます。小倉恒子医師の休診はありません。
私は、22年、一般的にみて、つらいであろうと、考えられる、ガン、という病気と闘ってきた。
リンパ節13個の転移ということで、予後不良、3歳、5歳の子供を、養わなくては、いけないと、頑張って働いた。シングル・マザーだったから、
養育費も、たまたま、私立だったからたいへんだった。
いまだに、お兄ちゃんのつんつるてんの、体操服が忘れられない。
中1で、145センチだったのが、卒業時は180センチ。
どうにもこうにも、小さくて、何回買うからといっても承知しない。
卒業写真の、体操服での撮影は、一番端にめだたないようにたっていた。
「うちはお母さんしかいなくて、たいへんだから」、と先生にいっていたそうだ。これは経済的なこと、
再発したら、もっとたいへん、それでも、休みなしで働かなければならない。
いままで、苦しかったのは、骨転移の痛みで、ねむれなかったこと。
夜中に、胸水のための、呼吸苦で、どんな、体位をとっても、眠れない。これも。
朝になってしまって、1時間でいいから寝たい、と思い、精神安定剤を28錠のんで、やっと、眠れた。1時間だけ。
次の日も、休まない。仕事が大事。
今は、熱が辛い、夜中の39度が、毎日は、辛い。やはり、人間、自由に動けないのが一番つらいかも。
頭のなかで、ネガティブな考えが広がってしまう。
がんだけではなく、万と病気があり、皆、苦しんでいる。
ここのところ、自由に、動いていない。こんなひと、リウマチ、脳出血でも、パーキンソンでも、、一杯いる。私は、当時、22年前には、ガンとは人にいえなかった。
自分が、不幸に、感じた。まだ、若いのに。と
他人も、そのことをいうと、口を閉じてしまう人が多かった。
今、熱で、苦しんでいるが、もっと、もっと苦しんで、なんとか、しなくては、と考える、チャンスなんだろう。
昨日は、採血の結果が、すべて、特に貧血がひどく、はあはあする。
尾形先生が、輸血をしてくださった。
今日は、肩で、息をしてない。随分楽だ。
はたして、夜中の、熱は?
リンパ節13個の転移ということで、予後不良、3歳、5歳の子供を、養わなくては、いけないと、頑張って働いた。シングル・マザーだったから、
養育費も、たまたま、私立だったからたいへんだった。
いまだに、お兄ちゃんのつんつるてんの、体操服が忘れられない。
中1で、145センチだったのが、卒業時は180センチ。
どうにもこうにも、小さくて、何回買うからといっても承知しない。
卒業写真の、体操服での撮影は、一番端にめだたないようにたっていた。
「うちはお母さんしかいなくて、たいへんだから」、と先生にいっていたそうだ。これは経済的なこと、
再発したら、もっとたいへん、それでも、休みなしで働かなければならない。
いままで、苦しかったのは、骨転移の痛みで、ねむれなかったこと。
夜中に、胸水のための、呼吸苦で、どんな、体位をとっても、眠れない。これも。
朝になってしまって、1時間でいいから寝たい、と思い、精神安定剤を28錠のんで、やっと、眠れた。1時間だけ。
次の日も、休まない。仕事が大事。
今は、熱が辛い、夜中の39度が、毎日は、辛い。やはり、人間、自由に動けないのが一番つらいかも。
頭のなかで、ネガティブな考えが広がってしまう。
がんだけではなく、万と病気があり、皆、苦しんでいる。
ここのところ、自由に、動いていない。こんなひと、リウマチ、脳出血でも、パーキンソンでも、、一杯いる。私は、当時、22年前には、ガンとは人にいえなかった。
自分が、不幸に、感じた。まだ、若いのに。と
他人も、そのことをいうと、口を閉じてしまう人が多かった。
今、熱で、苦しんでいるが、もっと、もっと苦しんで、なんとか、しなくては、と考える、チャンスなんだろう。
昨日は、採血の結果が、すべて、特に貧血がひどく、はあはあする。
尾形先生が、輸血をしてくださった。
今日は、肩で、息をしてない。随分楽だ。
はたして、夜中の、熱は?
いいことも、悪い事もあった、お正月休み。
実は、ここのところ、TS-1や、ジェムサールの抗がん剤がうまくスケジュール、どうりできなかったり、副作用がでたりで、きっと、体内では、ガンの勢いが増しているだろう、と、思っていた。
それが、発熱という形で、でてきました。暮れの27日から、夜中になると、熱が、38度くらい、毎日でるのです。
ロキソニンをのむと、2時間くらいで落ちます。それが、昨日は、39度を越えたので、
平和台病院で、採血しました。ワイセも、CRPも高くないから、感染症ではない。貧血がすすんでる。肝機能も悪くなっている。
LDHが特に、高くなった。これは、肝機能をみますが、ガンが悪くなると、必ずたかくなります。
なんとなくがっかり、今度の、尾形先生の診察の時、TS-1をもう1度使う、ということになったけど、絶対いやだ〜という気持ちに、なりました。
もう、限界だ!腫瘍内科クリニックの、スーパーナースのSさんに、こうなんだけど。。
と話すと「そうだね、腫瘍が暴れてるね。ここが考え時、やり時だね。」「アブラキサン、と考えたんだけど、どうですか?」「そうね、いいと思う」「では、ほぼやる方向で、N先生に、いっといてあげるね。」
ということになった。アブラキサンとは、タキサン系のDDS剤で、未承認薬です。
私は、ドラッグ・ラグ解消を訴えてきて、その途中で、未承認薬を使うのは、気がひけるのですが、
もう限界です。その前に、命がもちません。使ったら、どうなった、こうなった、値段も次回おしらせします。
PS
Daisyさん
飲み込めないのは、麻痺なのか?嚥下の力がないのか、病院の耳鼻科で、嚥下機能検査をしてもらったらどうでしょう?
frogさん
血清 Her2の検査は、陰性でも1年に1度は計っています。
転移がひどくなてくると、陽性になることもあるようです。
実は、ここのところ、TS-1や、ジェムサールの抗がん剤がうまくスケジュール、どうりできなかったり、副作用がでたりで、きっと、体内では、ガンの勢いが増しているだろう、と、思っていた。
それが、発熱という形で、でてきました。暮れの27日から、夜中になると、熱が、38度くらい、毎日でるのです。
ロキソニンをのむと、2時間くらいで落ちます。それが、昨日は、39度を越えたので、
平和台病院で、採血しました。ワイセも、CRPも高くないから、感染症ではない。貧血がすすんでる。肝機能も悪くなっている。
LDHが特に、高くなった。これは、肝機能をみますが、ガンが悪くなると、必ずたかくなります。
なんとなくがっかり、今度の、尾形先生の診察の時、TS-1をもう1度使う、ということになったけど、絶対いやだ〜という気持ちに、なりました。
もう、限界だ!腫瘍内科クリニックの、スーパーナースのSさんに、こうなんだけど。。
と話すと「そうだね、腫瘍が暴れてるね。ここが考え時、やり時だね。」「アブラキサン、と考えたんだけど、どうですか?」「そうね、いいと思う」「では、ほぼやる方向で、N先生に、いっといてあげるね。」
ということになった。アブラキサンとは、タキサン系のDDS剤で、未承認薬です。
私は、ドラッグ・ラグ解消を訴えてきて、その途中で、未承認薬を使うのは、気がひけるのですが、
もう限界です。その前に、命がもちません。使ったら、どうなった、こうなった、値段も次回おしらせします。
PS
Daisyさん
飲み込めないのは、麻痺なのか?嚥下の力がないのか、病院の耳鼻科で、嚥下機能検査をしてもらったらどうでしょう?
frogさん
血清 Her2の検査は、陰性でも1年に1度は計っています。
転移がひどくなてくると、陽性になることもあるようです。
今年の、冬休みはゆっくり過ごさせて頂きました。
10年くらい、ゆっくり、紅白歌合戦を観たことがありませんでした、が今年は、じっくりみました。
特に、YELLの唄う後ろで、コーラスとして出場する、中学生が、松戸市立第一中学校なのです。
甥っ子の、出た学校です。おいは、今年、、大学にはいりますが、中学在学中から、日本で、2位くらいでした。
そのときの、全国大会でのCDを聞かせてもらって、感動しました。
在学中の、お母さん達は、近くのホールに、招待されて、聴いたそうですが、みんな、泣いていたそうです。
コーチって大事ですね。それと、子供たちの、やるき、うまくなりたいから、先生のいうことを、素直に聞くんだという気持ち。
それから、スーザン・ボイルさんの歌声、彼女は、叔母さんだけど、心がキット綺麗なんでしょう、天使の歌声です。
次の日、彼女の、CDを買いました。素晴らしい、いろんな歌が入っているけど、何の癖もなく、しかし、どれも、それぞれの特徴をいかしたうたいかたで、最近買った、CDのなかでは、ベスト1になりました。
元旦は、いつものご挨拶、御節を食べて、父と、深川の七福神巡りにいきました。
いつもより、混んでいて、やはり、景気がよくなりますようにと、神だのみなのでしょうか?
2日は、楽しい、伊勢丹のバーゲン、福袋です。
昨年は苦しい、福袋として、ブログにも書きましたね。
今年は、買うもんか?!
ぐずぐず、していて、10時からなのに、5時過ぎてしまった。
ひととおり、ぐるっとまわって、レオナールを覗いた。
もう、福袋はなかった。こんな遅くちゃあたりまえよね。
レオナールのプリントは美しくて、大好きなのだけど、高くておいそれとは買えない。
普段は・・だが、福袋だけは、超、お徳です。
一人、私を覚えてくれている、店員さんが、挨拶してくれた。「こんにちは、福袋の女です。でもいまごろ、きたってないはずよね。」「いいえ、どうぞ見てください。ぴったりのが1つだけ、残っております。」
端のほうに、かけてあった。オフホワイトのロング丈のスカート、色鮮やかな、ピンクの花柄の美しいTシャツ。そして、息を呑むほど、綺麗な配色のスカーフ。
もう、終わりだからかな、それとも。売っちゃいたいのかな?試着していいですよ、といってきた。
着て見たら、なんと美しい。「買います」、と買ってきた。
ここの、福袋は、いつも、5万円。でも私は、スカーフだけでも、それ以上と思った。
今回は、値札がついていて、全部で、33万円のしろものだった。
だから、私は、いつも、福袋だけの女です。
今年も、皆さんがお元気でありますように。
10年くらい、ゆっくり、紅白歌合戦を観たことがありませんでした、が今年は、じっくりみました。
特に、YELLの唄う後ろで、コーラスとして出場する、中学生が、松戸市立第一中学校なのです。
甥っ子の、出た学校です。おいは、今年、、大学にはいりますが、中学在学中から、日本で、2位くらいでした。
そのときの、全国大会でのCDを聞かせてもらって、感動しました。
在学中の、お母さん達は、近くのホールに、招待されて、聴いたそうですが、みんな、泣いていたそうです。
コーチって大事ですね。それと、子供たちの、やるき、うまくなりたいから、先生のいうことを、素直に聞くんだという気持ち。
それから、スーザン・ボイルさんの歌声、彼女は、叔母さんだけど、心がキット綺麗なんでしょう、天使の歌声です。
次の日、彼女の、CDを買いました。素晴らしい、いろんな歌が入っているけど、何の癖もなく、しかし、どれも、それぞれの特徴をいかしたうたいかたで、最近買った、CDのなかでは、ベスト1になりました。
元旦は、いつものご挨拶、御節を食べて、父と、深川の七福神巡りにいきました。
いつもより、混んでいて、やはり、景気がよくなりますようにと、神だのみなのでしょうか?
2日は、楽しい、伊勢丹のバーゲン、福袋です。
昨年は苦しい、福袋として、ブログにも書きましたね。
今年は、買うもんか?!
ぐずぐず、していて、10時からなのに、5時過ぎてしまった。
ひととおり、ぐるっとまわって、レオナールを覗いた。
もう、福袋はなかった。こんな遅くちゃあたりまえよね。
レオナールのプリントは美しくて、大好きなのだけど、高くておいそれとは買えない。
普段は・・だが、福袋だけは、超、お徳です。
一人、私を覚えてくれている、店員さんが、挨拶してくれた。「こんにちは、福袋の女です。でもいまごろ、きたってないはずよね。」「いいえ、どうぞ見てください。ぴったりのが1つだけ、残っております。」
端のほうに、かけてあった。オフホワイトのロング丈のスカート、色鮮やかな、ピンクの花柄の美しいTシャツ。そして、息を呑むほど、綺麗な配色のスカーフ。
もう、終わりだからかな、それとも。売っちゃいたいのかな?試着していいですよ、といってきた。
着て見たら、なんと美しい。「買います」、と買ってきた。
ここの、福袋は、いつも、5万円。でも私は、スカーフだけでも、それ以上と思った。
今回は、値札がついていて、全部で、33万円のしろものだった。
だから、私は、いつも、福袋だけの女です。
今年も、皆さんがお元気でありますように。
生まれてこのかた、男性と、クリスマスの夜を過ごしたことはない。
ところが、この、あらかんの年になって、ディナー・ショウに誘われた。
あら、うれしい、何を着ていこう?その日は、外来も混んでいたし、抗がん剤とアレディアを済ましていかなければならない。
間に合うかな?外科にいったら、尾形先生が、「結果見た?」「いいえ」忙しくて見る暇がなかったのだ。
「ワイセ、2400、あと貧血あり、肝機能が悪い。」今日は抗がん剤はできない、ということになった。「あの、私、どうも、ジェムザール、相性悪いかな?なんて思ってきちゃって。先生、京都の戸井先生のメトロノミック療法で、UFTとエンドキサン、本当は、
アバスチンをそこに加えれば最高なんですけど・・どうでしょうか?」
と、言うと、「僕は、UFTは信じてない」「確かに、私もです」もう、自分でドラッグ・ラグの解消を、と運動していながら、私の、命が持たない。アバスチンを、やるべきか?
と考えていたら、次の薬は、TS-1を少量でという事に決まった。
TS-1といえば、極量で、黄疸指数(ビリルビン値)がでた、つわものだが、少量では、でないかもしれない。
アバスチンは、私のように、過去に脳梗塞をしたものは、禁忌だ。心筋梗塞、脳出血なども・・
でも、来年から、TS-1だって、副作用が又出るかもしれない。アバスチンもやろう!どっちにしろ、命がかかっている。
アバスチンは、そのうちそのうちといっても、なかなか、承認にならない。
高価な薬だから、2週に1度、最低量にちょっと届かない量、200mgをどこか、
腫瘍内科で、やってもらおう。そう決めた。あとは、考えないこと。今年は、抗がん剤が入らない、日々を楽しもう。
そう、思って、耳鼻科外来に戻って、皆と今年もご苦労様会食をして、また、来年もよろしくね。といって、外来化学療法室にいった。
アレディアだけだから、救急室だと思ったら、予約してあったので、快適な、化療室だった。
「申し訳ないんですけど、2時間のところ、内緒で、1時間でいれてくれませんか?」
「ディナー・ショウに、いくの、間に合わないから、すみません」
「いいですよ。どこに何時?」と遠藤婦長がきいてきて「6時に、東京會舘」「オーケー、間に合いますよ〜」
みんな、なんていい人。頭柔らかい人なんだろう。1時間で入れて貰って急いでいって、
どん、ぴしゃ。
会場は、ほぼ、一杯のお客様だった。彼は格好いいスーツをきていた。
タンゴの夕べだった。アルゼンチン・タンゴの素晴らしい足さばきも見られた。
お客様は、世界一周クルーズの旅の方、たちだった。
隣の、老紳士に話しかけられた。「あなたも、船によく乗るの?」「いいえ、のったことはありません。踊りは好きです」
すると、「タンゴ、踊るの?」「はい、アルゼチン・タンゴではなくて、コンチネンタルタンゴを」
「僕もソシアルすきよ。」「コンペするの?」「いいえ、プロの先生にデモしてもらいます。」
「そう、僕もデモは4回はしたかな?」「そうですか、すごいですね?」、、本当は私は
30回くらいやってるけど、そんなの何の自慢にもならない。黙っていた。。「僕は、B級の先生に習っているのよ」「其れは凄いですね!」、、、私は、A級の先生に習っているんだ、といいたかったけど。
帰り道、東京までの道が、イルミネーションできれいだった。踊りの話をしていて、彼(ぞうさん)は、柔道もそうだ、と私に技を掛け始めた。
確かに、彼は、柔道で、奨学金がでて、60キロ級では、日本で2位だったことも、ある人だが、今はしていない。続けていれば、オリンピックにでて、今はオリンピック選手を育てているだろうな。
でも、変に思っただろうな。ロマンチックな場所で、アラカンペアが、柔道している。
あのころは、こんなデートできなかったね。18と21じゃ、将来もどうなるかわからない、お金もないし。
でも、今日が素晴らしければよかったね。
ところが、この、あらかんの年になって、ディナー・ショウに誘われた。
あら、うれしい、何を着ていこう?その日は、外来も混んでいたし、抗がん剤とアレディアを済ましていかなければならない。
間に合うかな?外科にいったら、尾形先生が、「結果見た?」「いいえ」忙しくて見る暇がなかったのだ。
「ワイセ、2400、あと貧血あり、肝機能が悪い。」今日は抗がん剤はできない、ということになった。「あの、私、どうも、ジェムザール、相性悪いかな?なんて思ってきちゃって。先生、京都の戸井先生のメトロノミック療法で、UFTとエンドキサン、本当は、
アバスチンをそこに加えれば最高なんですけど・・どうでしょうか?」
と、言うと、「僕は、UFTは信じてない」「確かに、私もです」もう、自分でドラッグ・ラグの解消を、と運動していながら、私の、命が持たない。アバスチンを、やるべきか?
と考えていたら、次の薬は、TS-1を少量でという事に決まった。
TS-1といえば、極量で、黄疸指数(ビリルビン値)がでた、つわものだが、少量では、でないかもしれない。
アバスチンは、私のように、過去に脳梗塞をしたものは、禁忌だ。心筋梗塞、脳出血なども・・
でも、来年から、TS-1だって、副作用が又出るかもしれない。アバスチンもやろう!どっちにしろ、命がかかっている。
アバスチンは、そのうちそのうちといっても、なかなか、承認にならない。
高価な薬だから、2週に1度、最低量にちょっと届かない量、200mgをどこか、
腫瘍内科で、やってもらおう。そう決めた。あとは、考えないこと。今年は、抗がん剤が入らない、日々を楽しもう。
そう、思って、耳鼻科外来に戻って、皆と今年もご苦労様会食をして、また、来年もよろしくね。といって、外来化学療法室にいった。
アレディアだけだから、救急室だと思ったら、予約してあったので、快適な、化療室だった。
「申し訳ないんですけど、2時間のところ、内緒で、1時間でいれてくれませんか?」
「ディナー・ショウに、いくの、間に合わないから、すみません」
「いいですよ。どこに何時?」と遠藤婦長がきいてきて「6時に、東京會舘」「オーケー、間に合いますよ〜」
みんな、なんていい人。頭柔らかい人なんだろう。1時間で入れて貰って急いでいって、
どん、ぴしゃ。
会場は、ほぼ、一杯のお客様だった。彼は格好いいスーツをきていた。
タンゴの夕べだった。アルゼンチン・タンゴの素晴らしい足さばきも見られた。
お客様は、世界一周クルーズの旅の方、たちだった。
隣の、老紳士に話しかけられた。「あなたも、船によく乗るの?」「いいえ、のったことはありません。踊りは好きです」
すると、「タンゴ、踊るの?」「はい、アルゼチン・タンゴではなくて、コンチネンタルタンゴを」
「僕もソシアルすきよ。」「コンペするの?」「いいえ、プロの先生にデモしてもらいます。」
「そう、僕もデモは4回はしたかな?」「そうですか、すごいですね?」、、本当は私は
30回くらいやってるけど、そんなの何の自慢にもならない。黙っていた。。「僕は、B級の先生に習っているのよ」「其れは凄いですね!」、、、私は、A級の先生に習っているんだ、といいたかったけど。
帰り道、東京までの道が、イルミネーションできれいだった。踊りの話をしていて、彼(ぞうさん)は、柔道もそうだ、と私に技を掛け始めた。
確かに、彼は、柔道で、奨学金がでて、60キロ級では、日本で2位だったことも、ある人だが、今はしていない。続けていれば、オリンピックにでて、今はオリンピック選手を育てているだろうな。
でも、変に思っただろうな。ロマンチックな場所で、アラカンペアが、柔道している。
あのころは、こんなデートできなかったね。18と21じゃ、将来もどうなるかわからない、お金もないし。
でも、今日が素晴らしければよかったね。
あなたは、コップに水が入っている時に、例えば、半分入っていたとしましょう。
そのときに、もう、半分しかないと、考えますか?あるいは、まだ半分も在ると思いますか?
多分、このブログを読んでいる人は,後者を思うでしょうね!
もちろん、私も後者です。
後に残っている、水は、綺麗な色で、特別甘いのです。
まだ、一杯ありますよ。つまり、楽しい人生が送れますよ、まだ、まだ。ということです。
ここ、数日、再発して、結構しんどい人の、ご相談が多い。
「後3ヶ月といわれたんです。」「それは、大変。それで、CTは、転移はどこで、どのくらい?腫瘍マーカーは?」
とうかがうと、わたしの、半分以下の転移で、腫瘍マーカーも30%くらい。ということ
は、私も、当然余命3ヶ月以内ということ。」
いろいろ、お話して、彼女と電話を切るころには、彼女は、もう、10年も20年も、生きることがでそうな勢いになっていて、
しょんぼりしている、主治医のK先生を、励まさなくちゃ?とさよならした。
私は、47歳の時に、再発した時に、子供のために、無理かも、しれないけど、あと10年生きたいと思ってきた。
あと、もうすこしで、57歳。成せば成るですね。
私が、22年前に、ガンになったときと、随分違ってきたのだから、あせらず、まだ、水は残っていると思って生きよう。
少なくなって、不安になったときに、誰かが、注いでくれるかもしれないよ。
神様?仏様?友人?最近、私は、友人が、毎日、大変な思いをして、水を探しにいって、注いでくれています。
本当に感謝してます。その水はもちろん、皆さんにも、お分けします。あるうちは・・
今度、具体的なことは、お教えします。その友達が、誰か?どういうことをしてくれるのか?うふふ
PS,
トリプル・ネガティブのかた。
再発しなければ、全然問題ないんですから、心配しないこと。
もう少しすれば、アバスチンも使えるし・・
そのときに、もう、半分しかないと、考えますか?あるいは、まだ半分も在ると思いますか?
多分、このブログを読んでいる人は,後者を思うでしょうね!
もちろん、私も後者です。
後に残っている、水は、綺麗な色で、特別甘いのです。
まだ、一杯ありますよ。つまり、楽しい人生が送れますよ、まだ、まだ。ということです。
ここ、数日、再発して、結構しんどい人の、ご相談が多い。
「後3ヶ月といわれたんです。」「それは、大変。それで、CTは、転移はどこで、どのくらい?腫瘍マーカーは?」
とうかがうと、わたしの、半分以下の転移で、腫瘍マーカーも30%くらい。ということ
は、私も、当然余命3ヶ月以内ということ。」
いろいろ、お話して、彼女と電話を切るころには、彼女は、もう、10年も20年も、生きることがでそうな勢いになっていて、
しょんぼりしている、主治医のK先生を、励まさなくちゃ?とさよならした。
私は、47歳の時に、再発した時に、子供のために、無理かも、しれないけど、あと10年生きたいと思ってきた。
あと、もうすこしで、57歳。成せば成るですね。
私が、22年前に、ガンになったときと、随分違ってきたのだから、あせらず、まだ、水は残っていると思って生きよう。
少なくなって、不安になったときに、誰かが、注いでくれるかもしれないよ。
神様?仏様?友人?最近、私は、友人が、毎日、大変な思いをして、水を探しにいって、注いでくれています。
本当に感謝してます。その水はもちろん、皆さんにも、お分けします。あるうちは・・
今度、具体的なことは、お教えします。その友達が、誰か?どういうことをしてくれるのか?うふふ
PS,
トリプル・ネガティブのかた。
再発しなければ、全然問題ないんですから、心配しないこと。
もう少しすれば、アバスチンも使えるし・・









