どんぴんからりん

昔話・絵本いろいろ。語るのを目的としたものでしたが・・。それにしてもまるで森に迷い込んだ感じです。(2012.9から)

銅のなべ、ものいうなべ・・・デンマーク

2017年09月20日 | 昔話あれこれ
                  子どもに語る北欧の昔話/福井信子・湯沢朱美:編訳/こぐま社/2001年
                  ものいうなべ/メリー・C・ハッチ・文 渡辺茂男・訳/岩波書店/1964年

 日本の昔話は、各地に同じような話が存在します。

 外国でも事情は同じだと思うのですが、それぞれの国の代表的な本が翻訳されているだけで、このあたりについて詳しく知ることはできません。

 「ものいうなべ」は再話というのですが、おなじような話の「銅のなべ」と比較してみると・・・。

 「銅のなべ」は、川を渡るのを助けた子が、男からもらったのは、三本の脚と柄は鉄、それ以外は銅でできているなべ。
 この鍋が、母親と二人っきりで貧しい暮らしをしている息子を助けてくれます。

 「おいらの出番だ、でかけるぞ!」という銅のなべが、地主のところからもってくるのは、おかゆ、銀貨。

 「ものいうなべ」は、貧乏な百姓が牝牛を売りにいって、交換したのが三本足の鉄鍋。

 このなべが「わたしは、はねてく、とんでいく」「山こえ、谷こえ、金持ちさんへ」と金持ちからもってくるのは、プリン、麦、そして金貨。

 おわりは、どちらも鍋に翻弄されることになります。

 はっきりいえば、なべがいろいろなものを盗んでくる?のですが、貧しいというだけで、盗む行為が免罪されているようなのはどうでしょうか。

 あっけらかんとしているので、鍋の掛け声を楽しみながら聞く話でしょうか。
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絵描き話

2017年09月19日 | いろいろ
                   明かりが消えたそのあとで/マーガレット・リード・マクドナルド・著 佐藤涼子・訳 出久根 育・画/編書房/2004年

 副題に「20のこわいお話」とあります。

 怖い話はともかく、興味をひかれたのは絵描き話「黒ネコの話」。

 まさしく絵をかきながらお話を展開するというもの。トミーとサリーの頭文字TとSではじまり、最後は黒ネコ。

 家を作りながら窓、煙突をかきながら。

 最後、黒ネコというのは少し苦しいおわり。(できあがりの絵がなかなかネコに見えない)。

 もうひとつオーバヘッド・プロジェクターをつかった「魔女のシチュー」。

 シチューに、コウモリの骨、トカゲのしっぽ、ネコの目などなど得体のしれないものをどんどんいれていきます。

 以前、絵本で同じものをみたことがありますが・・・。

 いろんな工夫があるというのが理解できました。

 絵本でおなじみの出久根 育さんの絵も楽しい。
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みらくるミルク

2017年09月19日 | 絵本(日本)

                   みらくるミルク/中西敏夫・文 米本久美子・絵/福音館書店/1996年


 絵本によく見る対象年齢表示。小学中級とありますが、大人が読んでもびっくりすることがいっぱい。

 いつも思うのは、年齢表示が邪魔になることもありそうです。出版社は親切に表示しているのでしょうが、逆に対象者をせばめていないかということ。

 ミルク利用について、どの程度知っているでしょうか。

 人間がミルクをとったのはヤギが最初で、ウシの利用は8千年前から。

 それでは日本では?
 539年に百済からつたわったのが最初。しかし長く利用されず、復活したのは明治の初めといいますから、日本ではつい最近のこと。

 人間が他の動物のミルクを飲んだり、チーズやヨーグルトなどの乳製品を食べるようになるまでの歴史や背景を、楽しく知ることができ、最後にはバター、ヨーグルト、チーズ、アイスクリームの作り方まで。ミルクについての情報が満載です。

 ウマとミルクというのが結びつかなったのですが、モンゴルの人はウマのミルクが好きということ。

 広大なモンゴル帝国を築くことができたのも、ウマのミルクが寄与しているようです。
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おこった月

2017年09月18日 | 絵本(昔話・外国)

              おこった月/再話:ウィリアム・スリーター 絵:ブレア・レント 訳:はるみ こうへい/童話館出版/2006年


 (今回の台風で被害にあわれた方にお見舞い申し上げます。関東は夜に台風が通過して、あきれるほどの熱さです。)

 本文に、訳者の注として、「むかし、北アメリカの大陸の、さらに北のほうにすむ先住民の村」とありますから、インディアンの昔話のようです。

 ラポウィンザという女の子が、「おこった月」につかまって、いなくなります。
 なかのよかったルーバンという男の子が、ラポウィンザを助けにでかけます。

 ルーバンが月に向かって次々に矢を射ると、その矢が鎖となって、やがて太陽の最初の光が矢をてらすと、鎖はたちまち空にかかるはしごにかわります。

 はしごを登るのですが、風に大きく揺れたり、雨にぬれたり、はしごで眠ったりと、長い道のり。長い道のりで食料といえば、髪の毛にさした枝に実った実です。
 あっという間に目的地に到着するのが昔話ですが、このへんは再話でしょうか。

 やがてあったのはおばあさんの国。ルーバンが空にやってくるのを助けたのは、このおばあさんでした。

 おばあさんからもらった、みどりの松ぼっくり、魚の目、ばらの花、ちいさな石のかけらをもって月のところへいくのですが、月から逃げるとき、ラポウインザとそっくりになきはじめ、大きな湖になり、ばらのしげみになり、小さな石はとてつもなく高い山になります。

 「おこった月」が悪者になっていますが、ラポウィンザが月につかまったのは、「顔じゅう あばただらけだわ。なんて みっともないんでししょ」と侮辱したのが原因ですから、もともとは悪者ではなかったようです。

 それにしても表紙の月の顔、こわいです。

 トーテムポールのような絵があちこちにでてくるのですが、トーテムポールは、北アメリカ大陸の太平洋に面した北西沿岸部に住む先住民の多くが、彼らの家の中、家の前、あるいは墓地などに立ててきた、柱状の木の彫刻で、人々の出自、家系に関わる紋章や、彼らが伝えてきて、かつ「所有する」伝説、物語の登場者などを彫刻したもののようです。












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虫めづる姫ぎみ

2017年09月17日 | 絵本(昔話・日本)

                     虫めづる姫ぎみ/森山 京・文 村上 豊・絵/ポプラ社/2003年


 平安時代後期の短編物語集「堤中納言物語」の中の一つで、虫好きなお姫さまの話です。

 たくさんいる虫の中でも、一番のお気に入りは毛虫。
 若い侍女はきみわるがって、おそばへちかづこうとしません。

 両親はほとほと困り果てていましたが、姫ぎみは「ものごとは 原因と結果をみきわめてこそ、おもしろいのです」「ひとが着る絹だって、かいこが まだ 羽の生えないうちに つくりだすのです」と平気です。

 男性中心の貴族社会で、人目をきにしないで虫とりの熱中する姫ぎみ。

 姫ぎみが魅力的なのは、まゆ毛をぬいて、かきまゆを作り、歯にはおはぐろをつけて、くろくそめるのがみだしなみのきまりとされていた時代にあって、お化粧なんていやなことだわと、わが道をいくところ。
 
 髪はばさばさながら、まゆはくっきり、白い歯のままながら、やさしく あいらしく たいそう美しい姫ぎみです。

 そのころの身分の高い女の人は、人前に出て、顔や姿を見せることは ありませんでした。これも男の身勝手でしょう。

 噂を聞いた若い公達と姫ぎみとの和歌をまじえたエピソードもあります。

 ラストまでわが道を行く姫ぎみです。
 男性中心の社会を念頭に置くと、自由奔放な姫ぎみが、いきいきとしている姿に共感します。

 毛虫は、チョウやガの幼虫ですから、チョウになった姿をイメージすると、きもちわるいものではありません。
 (ただガというのはあまり好きになれませんが・・・。)

 姫ぎみで、名前がないというのも当時の状況をあらわしているようです。



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こんにちは、ビーバー

2017年09月16日 | 絵本(自然)

                     こんにちは、ビーバー/佐藤 英治:文・写真/福音館書店/2000年


 アラスカのビーバーの写真絵本です。

 ビーバーの巣は食べ残した木の枝と泥。巣の出入り口は水の中にあって、ビーバーをねらう敵から身を守るため。

 ビーバーの生態が とてもわかりやすいものになっています。

 ビーバーは、森の木をどんどんたおしたり、町の近くにすみつたビーバーが公園の木をかじったり、排水口にダムをつくって、あたりを水浸しにしてしまうこともあるということから、あまり歓迎されない反面、上流から流れてきた栄養のある土が、ビーバーのダムにたくわえられ、草やプランクトンが育ち、魚や鳥が増えると、大きな動物たちにも、住みよい場所になり、動物たちの住みやすいい環境になるともいいます。

 このビーバーも17世紀、フランスでフエルトの帽子が大流行し、たくさんのビーバーが殺され、19世紀の終わりには、ほとんどのビーバーがヨーロッパから姿を消してしまい、ビーバーの絶滅を心配したアメリカやカナダではビーバーが保護されるようになった歴史を知ると、現在絶滅危惧種といわれる動物には、人間の環境破壊が影響しているのが思い知らされます。

 ビーバーがたおした木の写真には、こんな太い木をよくもまあ、かみきったと驚かされます

 巣は、クマの襲撃をうけても、なかなかくずれず、雪や吹雪にもびくともしない構造。あたたかい巣の中で冬をすごし、雪の解ける頃、赤ちゃんを産み、世代を引き継いでいきます。
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ジェイミー・オルークとおばけイモ‥アイルランド

2017年09月15日 | 絵本(昔話・外国)

                    ジェイミー・オルークとおばけイモ/トミー・デ・パオラ:作・絵 福本友美子・訳/光村教育図書/2007年


 ジェイミー・オルークは、アイルランド一のなまけ者。ジャガイモを育てるのもさぼってばかりで、おかみさんのアイリーンが代わりにイモほりに行くと、腰をひねってしまいベッドからおきれなくなります。
 飢え死にを心配したジェイミーが、真夜中に教会の神父さんの所へ相談に出かける途中、レプラコーンを見つけます。
 ジェイミーは、金貨のつぼのありかを聞くまで話さないとレブラコーンの上着のすそをがっちりつかむと、レプラコーンは、まだ金貨は1,2枚しかないからと、世界一大きなイモのタネをくれます。

 レプラコーンからもらった、タネを植えるが早いか芽が出てきて、びっくりするほどのおおきなジャガイモになります。

 ところがこのおばけイモは大きすぎてほりだすことができません。やがて村中の人がおばけイモを一目見ようとやってきます。
 村の人が総出でイモを掘り起こすと、ごろごろころがって、村に入る道をふさいでしまいます。

 村の人達はのこぎりや斧を使ってジャガイモを切り取り、馬車に積んでもってかえります。
 おかげで、村の人はきょうもあしたもジャガイモ料理。

 毎日ジャガイモ料理を食べなければならない村人は、かわりにいつもアイリーンとジェイミーのごちそうをとどけるからこれ以上ジェイミーがジャガイモをつくらないように頼みます。

 ジェイミーとアイリーンにはねがってもない暮らしがまっていました。

 絵本は、ジェイミーが「ジャガイモをそだてるなんてまっぴらごめんだ」とはじまります。
 ここにはアイルランドにおけるジャガイモの歴史的な背景があるようです。
 小作農家たちは以前は主に麦を栽培していたが、地主に地代を納めなくてもよい自分らの小さな庭地で、生産性の非常に高いジャガイモの栽培を始めようです。
 しかし、1845年から1849年の4年間にわたってヨーロッパ全域でジャガイモの疫病が大発生し、壊滅的な被害を受けます。

 この飢饉も一つの要因になり、アイルランドからアメリカにわたったアイルランド人。
 わたしたちもよく知るケネデイ、オバマ、ロナルド・レーガン、クリントン大統領、ウォルト・デズニィーなどのルーツはアイルランドにあります。

 また、ここにでてくるレプラコーンは、妖精たちのブーツやダンス用の靴をつくり、金貨をたんまりもらっているとありますが、アイルランド南西部には「レプラコーンに注意」 の交通標識があるといいます。

 ジェイミーとアイリーンがあまり苦労していないようにみえますが、ここには農民の願いが垣間見えるようです。



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チゲとむしろとおばあさんのとらたいじ・・韓国・朝鮮

2017年09月14日 | 絵本(昔話・外国)

               チゲとむしろとおばあさんのとらたいじ/小沢清子・文 譚小勇・絵/太平出版社/2000年

 「さるかに合戦」ににた昔話です。

 さるにあたるのはとら、かにはおばあさんです。

 ある日、とらがやってきておばあさんが大事に育てた大根をペロリと食べてしまうと、もっとうまいものをだせと、ぶたかめんどりを要求します。
 
 用意できないとお前を食うといわれたおばあさんが、嘆いているととおりかかったチゲ(日本の背負子)と筵が手助けしてくれます。

 「さるかに合戦」では、、蜂、臼、栗、牛の糞が活躍しますが、このお話では助けてくれるのはチゲと筵だけ。
 ほかのものはおばあさんが準備します。

 おばあさんは、火鉢に炭をカンカンにおこし、水がめには唐辛子の粉をたっぷり入れ、壁の手ぬぐいには縫い針をプスプスとさし、牛の糞を、戸の外にペタリペタリとまきちらします。

 これだけそろえば準備万端です。

 とらがかわいそうなぐらいひどい目にあうのがとてもリアルで、崖から落ちてしまいます。

 チゲと筵というのもお国柄をあらわしていますが、牛の糞が共通しているのも面白いところです。




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うさぎのいえ・・ロシア

2017年09月13日 | 絵本(昔話・外国)

                    うさぎのいえ/エウゲーニー・M・ラチョフ・絵 監訳: 牧野原 羊子・監訳/カランダーシ/2013年

 カランダーシというのは聞きなれない出版社ですが、どなたかが一人出版社と紹介されていました。

 絵は「てぶくろ」とおなじエフゲニー・ミハイロビチ・ラチョフ(1906~1997)さん。

 きつね、うさぎ、二匹のいぬ、はいいろおおかみ、としよりくま、おんどりの洋服は古いロシアの農民のイメージでしょうか。

 きつねに家を取られたうさぎを助けようと、いぬ、はいいろおおかみ、としよりくまたちが次々と登場しますが、きつねを追い出したのは、ちょっと恐ろし気な草刈鎌をもったおんどりでした。

 きつねがうさぎの家を乗っ取る駆け引き、きつねが、いぬ、はいいろおおかみ、としよりくまたちを脅かすやりとりがリズミカルで、おんどりがきつねをやりこめるところも楽しい。

 同じタイトルの絵本が、1969年に福音館書店から出版(作:内田 莉莎子 絵:丸木 俊)されていましたが、今は絶版で、見られるのは図書館だけのようです。

 きつねがうさぎの家に入り込む場面ですが、福音館書店版では、きつねが「おほほほほ、わたしですよ。きつねですよ。とおくの とおくのから 歩き通しで、足はくたくた。おまけに、あめにぬれて こごえそう」といかにもうさぎの同情をかうようにいうと、うさぎが、家に入れてくれるのですが、カランダーシ版では、うさぎが断っても、きつねが何とか頼み込み、はじめは庭に、次に玄関の先、家、暖炉のそばにと入り込むと、態度が一変し、うさぎを追い出します。

 またおんどりが、きつねを追い出すところも、おんどりときつねのやり取りが繰り返しあるのがカランダーシ版の特徴でしょうか。福音館書店版では、おんどりが狩人がきたと脅かすだけです。

 内田さんの再話も捨てがたいのですが、語るとするとカランダーシ版でしょうか。

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天馬ジョノン・ハル モンゴル馬頭琴ものがたり

2017年09月12日 | 絵本(昔話・外国)

               天馬ジョノン・ハル モンゴル馬頭琴ものがたり」/なすだ みのる:ビャンバサイハン・ツェレンドルジ・作 オユンツェツェゲ・プレブダガバ・絵/ひくまの出版/2008年


「スーホの白い馬」にもでてくるモンゴルの馬頭琴。どこかもの悲しさがあります。
 
 愛し合うナムジルとグンジドが可愛らしく描かれています。

 ナムジルが兵士になって出かけたさきでであったのはグンジド。たちまち好きになった二人ですが、ナムジルが故郷に帰ることになり、別れがおとずれます。

 グンジドがナムジルにおくったのはジョノン・ハルという黒い馬。

 ジョノン・ハルは不思議な馬で、二人が会いたいと思うと、どんなにはなれていても、いつでも、どんなときでも、ナムジルはグンジドにあうことができるのでした。

 ところが、ナムジルが好きな別の娘が、ジョノン・ハルの秘密を知り、ジョノン・ハルの翼を切り取ると、ジョノン・ハルは息絶えます。

 悲しみのうちに、何日もすごしたナムジルは、心を込めて楽器をつくります。

 その楽器は、さおの先にジョノン・ハルににせた馬の形をほり、ジョノン・ハルの皮を銅にはり、しっぽの毛で絃をつくった馬頭琴でした。

 「スーホの白い馬」は白い馬ですが、ジョノン・ハルは黒い馬。

 草原に響く馬頭琴はどんな音色なのでしょう。

 「スーホの白い馬」(福音館書店絵本)の馬頭琴とくらべると「天馬ジョノン・ハル」のほうが、強烈な印象です。




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だごだごころころ

2017年09月11日 | 絵本(昔話・日本)

             だごだごころころ/梶山 俊夫:石黒 なみ子・再話 梶山 俊夫・絵/福音館書店/1993年

 絵は「クムカン山のトラたいじ」の梶山 俊夫さんです。特に絵で選んだわけではありませんが、たまたま同じ時期になりました。おじいさん、おばあさんの瓢箪顔、首が見えない赤鬼といい、昔話にピッタリです。

 「だご」とは、団子のこと。
 おじいさん、おばあさんがでてきて、おばあさんがつくった「だご」がコロコロ転がって、おちた穴にはこわーい赤鬼がいて、おばあさんが鬼につかまって、やがてそこから逃げ出します。

 逃げ出すとき、助けてくれるのは赤とんぼ。おばあさんは、蜘蛛の巣にひっかかっていた赤とんぼを助けたことがあったのです。

 鬼から逃げ出すとき、おばあさんがのった船をおしてくれるのですが、大きな大きな赤とんぼに描かれていて、赤トンボが船をおせるかという疑問が浮かぶ間もありません。

 おばあさんが鬼のところでつくらされたのは「だご」。鬼のところにはしゃもじがあって、このしゃもじを使うと、粉はすぐにいっぱいになり、逃げだした川の水が、赤鬼に飲み込まれそうになって、しゃもじをひとごきすると、水が がっぽ がっぽと増えます。

 赤とんぼが船をこぐのは「えいこら ぎっこら、ぶーんぶーん えいこら ぎっこら、ぶーんぶーん」
 おばあさんがしゃもじで船をこぐのは「えいこら ぎっこら、ほーい ほい えいこら ぎっこら、ほーい ほい」と、なんともいえないリズム感があります。

 赤とんぼども からだを まっかにして、ちからいっぱい ふねをこいだので、それから とんぼのからだは、なおさら まっかになったと。かたってそうろう、かたらいでそうろうという最後も楽しい。




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天下一の弓使い・・中国

2017年09月10日 | 絵本(昔話・外国)

                       天下一の弓使い/松本猛・作 武建華・絵/小学館/2005年


 シルクロードにある敦煌から東へ7日ほど旅すると、そこはユーグ族の国。

 国王には17歳になる美しい姫がいて、「姫と結婚したいと思う勇敢な若者は、三日以内に自分のとった獲物をもって王宮に集まること」とおふれをだします。

 牧場主の息子シャオチェントウは、さっそく金の糸が巻かれ、虎の強い靭帯を絃にした弓、矢じりには銀、矢羽はクジャクの羽という矢を作らせます。一本一本の矢には「天下一の弓使い」ときざんでありました。

 ここまでくるとシャオチェントウが主人公のようですが、じつは脇役です。

 シャオチェントウが腕試しに天に向かって矢を射ると、落てきたのは大きな雁。

 ところが雁に刺さっていたのは、クジャクの矢ではなく、どこにでもある普通の矢でした。

 シャオチェントウが普通の矢を抜き、自分の美しい矢をさしこんで、馬にのって立ち去ろうとすると、ムーラーという若者が、雁はわたしが仕留めたものだと行く手をさえぎります。けれどもシャオチェントウは美しい矢が証拠だと主張します。
 二人は国王の前に進み出ますが、姫は、「いま、向こうに雁がとんでくるのが見えるでしょう。私があの雁を見事に仕留めた人と結婚しましょう」といいます。

 ム-ラーは一羽の雁を射とおしますが、シャオチェントウは手が震えなかなか矢がはなてません。姫がひじをつつくと矢は空に向かってとび、二羽の雁を串刺しにします。偶然の力だったのですが、姫はシャオチェントウと三日後に結婚式をあげることに。

 ところが隣の国から、姫をさしだしたら命だけは助けるが、さからうならせめこむであろうという使者がやってきます。
 シャオチェントウは「天下一の弓使い」と刺繍された旗をもって出陣します。

 もちろん戦いでは、ムーラーが大活躍してお姫さまと結婚することになるのですが・・。

 絵が特徴的で、人物は二頭身、乗る馬は小柄で窮屈そうです。

 ちひろ美術館が、こうした絵本にかかわっているのもはじめて知りました。安曇野ちひろ美術館には、この絵本の原画が収蔵されています。

 話の内容は、お姫さま争奪戦というシンプルなものですが、うわべだけでは本当のところはわからないという教訓も込められているようです。







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クムカン山のトラたいじ

2017年09月09日 | 絵本(昔話・外国)

               クムカン山のトラたいじ/松谷 みよ子・文 梶山 俊夫・絵/ほるぷ出版/1991年

 キルリヨンには、父さんがいません。クムカン山の大トラを退治にいって、それっきりかえってこなかったのです。

 キルリヨンは、八つになったとき、父さんのかたきを討とうと、鉄砲の稽古を始めます。

 三年たっても母さんはうんといいません。さらに三年、もう三年たって、母さんはおくりだしてくれます。

 歩き続けてクムカン山のふもとにつくと、チャカルク チャカルクと機をおっているおばあさんがいて、「いつも、心の目をみひらいていくんだよ」と助言してくれます。

 この助言のおかげで二頭のトラを退治することに成功しますが、やがてあらわれたのは大トラ。

 いくら鉄砲をうっても跳ね返され、キルリヨンは、大トラに飲み込まれてしまいます。

 大トラのはらのなかには、たくさんの骸骨。父さんの骨にも気がつきます。

 さらに一人の娘も。キルリヨンは刀で大トラのはらをさして・・・。

 楽しいのはキルリヨンが娘に「しりのあなから 外をみて、どこに いるかしらせてください」という場面。

 尻の穴からは、山が見えます。

 大トラのはらのなかには、水も果物もあります。三日三晩大トラのはらのなかで生き続けられたのは、このおかげです。
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黄色いリボン・・アメリカ

2017年09月08日 | 昔話(外国)
                    黄色いリボン/2語られると怖い話/赤城かん子・編/ポプラ社/2006年


 編者が語ってもらわないと面白くない話の典型としてあげているアメリカの民話です。

 短くて繰り返しが特徴です。

 「ジョンはジェーンが大好きでした」とはじまります。
 ジェーンは首にいつも黄色いリボンを結んでいました。

 一年生になって何度も、何で首にリボンをまいているのときいても、ジェーンのこたえは「教えてあげない」。

 二年生になって、どうして首に黄色いリボンを巻いているのときいても「教えてあげる。またこんど」

 二人は同じ高校の高校生になりました。

 卒業式の日、どうしていつも首にリボンを巻いているのときくと「卒業式に聞くことじゃないでしょう」

 二人は婚約し、ジェーンは結婚式の日におしえてあげるかもしれないといいますが、ジョンは聞くのを忘れてしまいます。結婚式の次の日、どうして首に黄色いリボンを巻いているのか聞くと「結婚できて幸せでしょう。私たち愛し合っているでしょう。それ以上大事なことって何もないんじゃない」

 ジョンは黄色いリボンのことを聞くことをあきらめます。本当はとても聞きたかったのですが。

 そして重い病気になって息を引き取ろうとしているジェーンにジョンは泣きながら尋ねます。

 答えは?

 どうしてと想像していると、最後のオチに衝撃が走ります。

 確かに、この話は聞くに限るようです。どこかのおはなし会のプログラムにはいっていました。

 比較的覚えやすかったので、勉強会で話してみました。やはりラストは意外に思った方も多かったようです。
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ウサギもトリックスターか・・・カンボジア

2017年09月07日 | 昔話(外国)
 カンボジアにかぎらず、ウサギが知恵をはたらかせるという昔話。

              世界民話の旅7中国・東南アジアの民話/河野六郎他/さ・え・ら書房/1980年初版)

・カワウソとさかな
 水のひあがった浅い池の魚がカワウソにみつかり、食べられそうになります。

 どろがついたまま食べるの?といわれ、カワウソは泥をおとすため水のある深い池に魚をつれていきます。もちろん魚は池からでようとしません。

 そこでカワウソは森の動物たちに池の水をかいだしてほしいと頼み、そのため池の水は少なくなって魚は逃げ出そうとします。
 そこに通りかかったウサギが、ワケを話すと、ウサギは手紙をかきます。

 動物たちは字の読めるものがいません。だれも読めない手紙を、神さまの手紙だと大見えを切ってウサギが読みます。

 「ワシのあしをおるべし。キツネのしっぽをたたくべし、ゾウのキバをぬくべし。ヘビの頭をきるべし。」

 ウサギが池の水をかいだした動物をおどしたので、魚は無事に助かります。

・落とし穴におちたウサギとトラ
 ある日、トラに見つかったウサギが、トラを生け捕る落とし穴におちてしまいます。

 のぞきこむトラに向かって「いまに空が落っこちてきて、地面にいるものはみんな、おしつぶされてしまうのだよ」と驚かしたウサギ。真に受けたトラは、わざと しぶるウサギに頼み込んで自分も穴の中に。

 ウサギはトラのお尻を何度もつねります。腹をたてたトラはウサギを穴の外に放り出してしまいます。

 穴からでたウサギは村人に大声で、トラが穴に落ちていると叫びます。

・恩知らずのワニ
 一人の男がワニを助けますが、いざ助かったワニは、男にむかってするどい歯をむきだします。

 家族にわかれをつげてきたいといった男はウサギと出会い、ウサギと一緒にワニのところにむかいます。
 ウサギはワニが苦境に陥った状況を復元させて、男を助けます。

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