あけぼの

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同級生ですが、何歳に見えますか?

2016-11-05 08:29:23 | 旅行記、多文化教育、国際

大学の同級生、79歳、80歳、81歳、82歳、83歳、84歳です。毎年1泊2日の旅をし、今年は軽井沢だった。この同級生旅行、当然ながら以前はもっと多勢だったが、80歳代ともなれば6人でも上出来か。宿泊はロッテの保養所、ホテルと勘違いするほどの高級趣味の玄関、応接室兼用の食堂も開放感あり。韓国企業ロッテ社長の別荘を会社保養所に改築したもので居心地満点。敷地は小川に沿っており、散策にも良い雰囲気、お隣は政治家鳩山さん兄弟の別荘だ。猪が出て地面を掘り返している。ミミズでも探したのだろう。1886年(明治19年)カナダ人宣教師アレキサンダー・クロフト・ショーが地元のつるや旅館の祖先の協力を得てこの軽井沢に別荘第1号を建てた。日本を代表する避暑地として彼が外国人呼び込みの礎を築いた。三笠ホテルは軽井沢の鹿鳴館と呼ばれたモダンな西洋館、聖パウロ・カトリック教会は外国人設計による木造建築物で人目を惹く。筆者が最初にここを訪れたのは新婚間もなくだったが、知人の会社社長招待受けて、だった。半世紀前の軽井沢は自然色豊かで田舎っぽく舗装もない別荘地だった。たまに車が通ると身体中に埃を浴びさせられ、庶民の悲哀をつくづく味わった。当時車を持てるのはブルジョア人種、別荘とは金持ちが楽しむ所だった。現今は高級別荘地のイメージではなく、東京の庭に過ぎないようだ。小説家堀辰雄は高原地帯のサナトリユウムで療養していたが、彼が小説の舞台として軽井沢を有名にした。「聖家族」、「風立ちぬ」、「菜穂子」などを乱読した若き日も思い出した。高原の避暑地としての大自然がロマンにピッタリの背景だった。現今の軽井沢も若者を惹きつけるが、スポーツ場としてのようだ。グローバル化の波により観光客は特に中国人が多く、通りで頻繁に聞こえたのは中国語の会話だった。世界的資産家、ビル・ゲイツも軽井沢に広大な土地を買収し何かの事業を開発途上だそうだ。筆者の軽井沢紀行、「ギョッ、大動脈瘤だ!」事件の直後ゆえ、同級会を楽しむより、軽井沢の地の変化と軽井沢に関わる我が人生の回想になってしまった。(自悠人)

写真:雲がかかる浅間山をバックにした同級生

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