私的CD評
オリジナル楽器によるルネサンス、バロックから古典派、ロマン派の作品のCDを紹介。国内外、新旧を問わず、独自の判断による。
 




Johann Sebastian Bach: L’œuvre pour orgue et orchestre
Calliope CAL 9720
演奏:André Isoir (Orgue), Le Parlement de Musique, Martin Gester (Direction)

今回紹介するCDに収録されている3曲の協奏曲は「バッハの1台のチェンバロのための協奏曲全曲を聴く」で紹介したばかりだが、それをあえて紹介する理由は、これらの協奏曲の楽章が、いずれも教会カンタータのシンフォーニアなどの形でも存在し、それらの楽章では、オルガンが独奏楽器を担っているので、この演奏が単にチェンバロをオルガンに置き換えたという以上の意味を持っているからである。
 このCDの冒頭には、1731年8月27日に行われたライプツィヒの市参事会交代の礼拝において演奏された「我々は感謝する、神よ、我々は感謝する(Wir danken Dir, Gott, wir danken Dir)」(BWV 29)の第1楽章のシンフォーニアが収録されている。このシンフォーニアは、無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番ホ長調(BWV 1006)の第1楽章を原曲としている。しかしこの楽章は、1729年に演奏されたと思われる結婚カンタータ「主なる神、すべての支配者(Herr Gott, Beherrscher aller Dinge)」(BWV 1220a)の第2部のシンフォーニアとして作曲されており、それを転用したものである。原曲のヴァイオリン独奏をオルガンが、それにトランペット3,ティンパニ、オーボエ2,弦楽合奏と通奏低音からなる伴奏をつけた華やかな曲になっている。原曲より1音低いニ長調に移調されているのは、コーアトーンのトランペットに合わせるためである。
 ニ短調の協奏曲(BWV 1059a)は、チェンバロ協奏曲としては、第1楽章の冒頭の9小節のみが記入されている断片として存在するが、その第1楽章は三位一体後第12日曜日のためのカンタータ「心と魂は乱れ(Geist und Seele wird verwirret)」(BWV 35)の第1曲目のシンフォーニアと同一であることがわかっているが、第3楽章も同じカンタータの第2部のシンフォーニア(第5曲目)と同一であると考えられている。第2楽章については異論があるが、この演奏では同じカンタータの第2楽章、アルトのアリアに基づいている。しかしこの協奏曲も、その原曲は何らかの独奏楽器のための協奏曲であったと思われる。カンタータに於いては、3楽章ともオーボエ2,ターユ(Taille ≒ Tenor oboe)が加えられている。
 チェンバロ協奏曲ホ長調(BWV 1053)は、第1楽章が三位一体後18番目の日曜日のためのカンタータ「神のみが私の心を知っておられる(Gott soll allein mein Herze haben)」(BWV 169)の第1曲シンフォーニア、第2楽章が同じカンタータの第5曲アルトのアリア、第3楽章が三位一体後20番目の日曜日のカンタータ「私は行って、あなたを捜し求める(Ich geh und suche mit Verlangen)」(BWV 49)の第1曲のシンフォーニアとしても存在する。このCDで演奏されている協奏曲(BWV 1053a)では、第1、第2楽章のカンタータの調性と同じニ長調になっている。 第1楽章にはオーボエ・ダ・モーレ2、ターユが加えられ、第2楽章はオルガンのみ、第3楽章にはオーボエ・ダ・モーレ1本のみが加えられている。
 最後の協奏曲ニ短調(BWV 1052a)は、第1楽章が復活祭後第3日曜のためのカンタータ「私たちは多くの苦難を経て神の国に入らねばならない(Wir müssen durch viel Trübsal in das Reich Gottes eingehen)」(BWV 146)の第1曲シンフォーニア、第2楽章が同じカンタータの第2曲の合唱、第3楽章は断片ではあるが、三位一体後第21日曜日のためのカンタータ「私には確信がある(Ich habe meine Zuversicht)」(BWV 188)の第1曲のシンフォーニアとしても存在する。原曲は同じ調性のヴァイオリン協奏曲と考えられており、カンタータに転用する際には、第1楽章と第3楽章には2本のオーボエと1本のオーボエ・ダ・カッチア(あるいはターユ)が加えられている。
 このように、オルガンを独奏楽器とするこのCDにおける演奏では、チェンバロ協奏曲ではなくてカンタータの各楽章に基づいた編成によっている。BWV 1053aの第1楽章においても、チェンバロ協奏曲の第12小節の4拍目から第13小節の3拍目にかけてのチェンバロの挿入句が無い、カンタータのシンフォーニアの方を採用している。
 このCDでオルガンを演奏しているアンドレ・イゾアール(André Isoire)は、1935年生まれのフランスのオルガン奏者で、カリオペ・レーベルに15枚からなるバッハのオルガン作品全集を始め、ニコラ・ドゥ・グリニーの作品などフランスのオルガン曲の録音を多数行っている。
 演奏しているオルガンは、ジョルジュ・ウェステンフェルダーが1990年にフランス北部エン県のフェル・アン・タルデノア(Fère-en-Tardenois)のサン・マクル教会に建造した2段鍵盤とペダル、34のレギスターを持つオルガンである。新しいオルガンであるが、そのパイプの構成は、バロック・オルガンと考えてよいようである。ピッチは記されていないが調律はケルナーの音律によっている。ヘルベルト・アントン・ケルナー(Herbert Anton Kellner)の「バッハの音律(Die wohltemperierte Stimmung von Johann Sebastian Bach)」は、1979年に提起された、c-g、g-d、d-a、a-eおよびh-fisを1/5ピュタゴラス・コンマ狭めたもので、ピュタゴラスの音律を基本とした「巧みな調律」の一種である。
 伴奏しているル・パルラマン・ドゥ・ムジークは、1990年にマルタン・ジェスティによってシュトラースブールに設立された独唱者とオーケストラからなる演奏団体で、時に応じて合唱団が加わる。創設以来ジェスティが音楽監督の地位にある。シャルパンティエなどフランス・バロックの作曲家を始め、バロックから古典派に至る声楽曲を主なレパートリーにしている。このCDの演奏では、ヴァイオリン5(一部6)、ヴィオラ2、チェロ、コントラバス各1、オーボエ3、トランペット3、ティンパニとチェンバロという編成である。録音はオルガンとオーケストラがバランスよくとらえられている。
 なお、カリオペ・レーベルには、イゾアールによるバッハのオルガン曲のCDが15枚組の全集や1枚ごとに依然として販売されており、このCDも2008年に装いを変えて、現在も販売されている(CAL 3720)*。

発売元: Calliope


CAL 3720
* この新盤について、筆者は知らずに投稿したが、「一日一バッハ」のaeternitasさんからご教示いただいて、修正しました。

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コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )


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コメント
 
 
 
残暑お見舞い申し上げます (aeternitas)
2010-08-14 13:01:25
紹介されたCD、来週あたりにでもきこうと思っていただけに、ogawa_jさんの投稿をみてびっくりしました。
ちなみに、このCDですが、パッケージを替えて再版されているようですね。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/338467
 
 
 
多謝 (ogawa_j)
2010-08-14 18:28:04
ご教示ありがとうございます。迂闊にも見逃していました。直ちに記事を修正しました。
毎日暑いですね、ご健康にお気を付け下さい。
 
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