2月も終わりに近づきましたが、寒さは相変わらずです。
先週の日曜日(2月19日)にサラッと降雪があり、除雪をしていたのですが、寒気のせいか胸の当たりが痛くなってきました。寒いときに息をすると胸が痛くなることはよくあるので、最初は気にしてませんでしたが、次第に痛みが増してきました。
そこで、除雪を止めて家の中に入ったのですが・・・痛みは増すばかりです。
一か所を締め付けるような、突き刺すような痛みに変わりました。激痛です。
横になっていたのですが、全身から脂汗がでるほどの痛みが、3~4時間続きました。
救急車でも呼ぼうかと思いましたが、意外なことに意識はハッキリしていて、痛みを分析している自分がいます。
痛みのある場所がほぼ特定できました。喉の下、呼吸器と声帯の交差する当たりでしょうか。
以前から奇妙な咳と痰、声の嗄(か)れ、胸の痛みがあり、3年くらい前に呼吸器科の診察をうけましたが、肺や気管支は歳相応-多少傷んでいる程度ということ-で、特に問題はないということでした。
ほかの病院にも行ったのですが、呼吸器系は大丈夫、高血圧と腎臓に問題ありということが判明しました。
ですが、”奇妙な咳と痰、声の嗄(か)れ、胸の痛み”についてはついにわかりませんでした。
今回の激痛は、これまで気になっていた部分が一時的に爆発したということでしょう。
さて、その痛みなのですが、最初、激痛のある場所は1ヶ所なのですが、3~4時間も続くと不思議なことに痛みが伝染していきます。
私の場合は、腕の上腕部分、足の太もも部分、歯等に痛みが伝染していきました。
そして、その部分が非常にだるく疲労感があるのです。
このように痛みの拡散が続くと、次第に原因となる激痛は緩和されていきます。無論、痛いのですが、脂汗が出るほどでなくなるわけです。
その代わり、全身の各所が結構な痛みを感じるようになります。
”体”というのは連続体であること、様々な器官が補完関係にあること、分散システムを備えていることなどを思い知らされました。
結局、痛みの原因となった部分は4日ほどで痛みが治まりましたが、その他の移転”痛”部分はその後2~3日続いて、痛みによる疲労感も含めて90%くらいの回復まで1週間を要しました。
まだ完全とは言い難いですが、そこそこの回復段階にあります。
面白いことに、落ち着いていた高血圧と腎臓もここぞとばかりに暴れたようです。
”こっちもあるぞ!”といくことでしょうかw
まぁ、そんな苦痛の一週間だったのですが、色々考えさせられました。
まず、病院のシステムですが、大病院のシステムは根本的に間違っています。
現在のシステムでは、病気になって病院を訪れる場合、診察を受ける”科”を患者が決めなければなりません。
骨を折ったとか、頭をぶつけたとか明らかな場合は良いのですが、どこが悪いのかわからない場合が多いのではないでしょうか?
あそこが痛い、ここが痛いと言っても、原因となる部分はそこでない場合が多いはずです。
医者:「どうしましたか?」
患者:「どこどこが痛いんですよ」
医者:「じゃ、レントゲンを撮ってみましょうか」
患者:「はい」
30分後・・・
医者:「そこは悪くないですねぇ~」「痛み止め出しておきますね」
患者:「はぁ~?」
というわけで、結局、原因は分からないけど薬だけは手に入るという結果になります。
こんなことが日常茶飯事に起きていると思います。
患者は原因を求めて彷徨(さまよ)い、病院は流浪の患者と新規の患者、旧来の患者でごった返し、医者は昼飯を食べる時間もないという日常が繰り返されます。
何が間違っているか!はハッキリしています。
まず、病院を訪れる人(=患者:病院側の言い方です)が自分の<病状>を知っているわけではありません。普通はある<症状を自覚している>だけで、どこが悪いためにそのような症状が生じているかなど、専門家ではありませんから分かろうはずもありません。
にも関わらず、細分化された○○科を選択してそこの通わなければならないのです。
現在の総合病院は<脳のない>肉体に似ています。個々の課題(=患者)を選別し、合理的に再配分する機能がないのです。治療・検査・看護というような分化はあっても、基本となる判断・分析機能がないという欠陥体制になっているのでしょう。
最近はその反省からか”総合診療科”なるものが設置されつつありますが、まだお飾りで機能しているとは思えません。
少なくとも、北海道における私の体験からすると、その”総合診療科”なるところで診断してもらえませんでしたw。希望したのですが・・・
もうおわかりかと思いますが、まず、<症状>の原因を明らかにできる<診断科>のような部門が必要なのです。そこから各専門科へ行ってもらえばいいのです。これは町医者と総合病院との連携で多少は解決できる問題かもしれませんが、中途半端な解決策だと思います。
というのは、医者の育成過程において<トータルな分析ができる専門家>を育成していないと思うからです。
専門分野の人が集まって、チームワークで分析することはあるでしょうが、多分、大学病院の一部事例としてはあっても、日常的に個々の人に対応しているはずはありませんね。
このように、医療の現場における体制の問題が、過剰な患者を量産していることは確かです。
医療の問題で、第二は”医療がニセ科学”に毒されているという問題でしょう。
今回の福島原発人災で、私もいろいろと調べ報告しましたが、死亡原因の第一である癌の原因は、”放射性物質”の降下による影響が最も基本的な原因であることは間違いありません。
日本の医学界ではいっさいこの事実を口外しませんし、”無知である”ことは確かです。
つまり、大半の医者は”放射性物質の影響”についてまったく知識がありませんから、原発による放射能によってでた症状に対応は不能といってよいでしょう。つまり、役に立たない医者がゴマンといるということです。
この点は、医学界が全国の医者を再教育する必要があるのですが、そのような動きはないと思います。良心的な医者の方々が自ら勉強しなおして対応しているだけでしょう。
福島県に行ったミスター100mSvこと山下教授は、学界で20mSvでも危険だという発表していながら、福島県民には100mSvでも安全・安心と吹聴しています。彼は実験材料である福島県民がいつまででも自分の研究材料であるモルモットとなることを望んでいるのであって、福島県民の健康などいっさい気にしていないことは彼の言動から言って間違いありません!
私は宗教研究家の立場から、そのような人間を”人間の姿をした悪魔の僕(しもべ)”と呼びます。
そんな悪魔の僕たちが、放射線医療の第一人者としてその分野を牛耳っている以上、この問題で医学界に未来はありません。
放射線がいろいろな意味で危険であることは、様々な調査で明らかにされているにも関わらず、一旦、事がおこれが”やれ、自然界にもある”とか”医療でも使ってる”とか”たばこの方が危険だ”とか誤魔化そうと必死です。
本当にどうしようもない専門家を気取る医者が多いのには呆(あき)れます。
体は繋(つな)がっていて、一個の肉体という人間を形成します。余りにも当然なことなので、まったく意識しませんが、今回の痛み事件で痛感させられました。
同じように、日本という国も島々が一体のものとして国を形成しています。福島でおきていることは福島というパーツで起きているのではなく、貴方自身、私自身におきていることなのです。
ですから、その痛みを共有し、現在進行中の被害最小限にとどめる方策を考えなければなりません。
何が求められるかは既にハッキリしています。
福島およびその周辺の汚染地域からの大規模避難が第一です。
汚染物の移動の禁止、汚染された食品の流通禁止、残念ですが一定の長期-100年くらいか?-にわたる汚染地域での居住禁止などの措置が必要です。
除染などの行為は無駄な作業であり、税金の無駄です。既に、チェリノブイリで実施済みで、効果がないことが分かっています。
また、被ばくした人々への医療体制の準備なども求められます。
国家とは人の集まりにより形成されるのであり、人のいない国家など存在しません!
今、現政府と役人どもが行っているのは人=国民の殺戮(さつりく)であり、国家滅亡へ至る道を歩んでいるのです。賠償の問題などではありません!
亡国の歩みを貴方がたはいつまで無関心でいるのでしょうか?
では、またお会いしましょう。
一刀斎は、全ての原発の即時停止と全廃を求めます!
先週の日曜日(2月19日)にサラッと降雪があり、除雪をしていたのですが、寒気のせいか胸の当たりが痛くなってきました。寒いときに息をすると胸が痛くなることはよくあるので、最初は気にしてませんでしたが、次第に痛みが増してきました。
そこで、除雪を止めて家の中に入ったのですが・・・痛みは増すばかりです。
一か所を締め付けるような、突き刺すような痛みに変わりました。激痛です。
横になっていたのですが、全身から脂汗がでるほどの痛みが、3~4時間続きました。
救急車でも呼ぼうかと思いましたが、意外なことに意識はハッキリしていて、痛みを分析している自分がいます。
痛みのある場所がほぼ特定できました。喉の下、呼吸器と声帯の交差する当たりでしょうか。
以前から奇妙な咳と痰、声の嗄(か)れ、胸の痛みがあり、3年くらい前に呼吸器科の診察をうけましたが、肺や気管支は歳相応-多少傷んでいる程度ということ-で、特に問題はないということでした。
ほかの病院にも行ったのですが、呼吸器系は大丈夫、高血圧と腎臓に問題ありということが判明しました。
ですが、”奇妙な咳と痰、声の嗄(か)れ、胸の痛み”についてはついにわかりませんでした。
今回の激痛は、これまで気になっていた部分が一時的に爆発したということでしょう。
さて、その痛みなのですが、最初、激痛のある場所は1ヶ所なのですが、3~4時間も続くと不思議なことに痛みが伝染していきます。
私の場合は、腕の上腕部分、足の太もも部分、歯等に痛みが伝染していきました。
そして、その部分が非常にだるく疲労感があるのです。
このように痛みの拡散が続くと、次第に原因となる激痛は緩和されていきます。無論、痛いのですが、脂汗が出るほどでなくなるわけです。
その代わり、全身の各所が結構な痛みを感じるようになります。
”体”というのは連続体であること、様々な器官が補完関係にあること、分散システムを備えていることなどを思い知らされました。
結局、痛みの原因となった部分は4日ほどで痛みが治まりましたが、その他の移転”痛”部分はその後2~3日続いて、痛みによる疲労感も含めて90%くらいの回復まで1週間を要しました。
まだ完全とは言い難いですが、そこそこの回復段階にあります。
面白いことに、落ち着いていた高血圧と腎臓もここぞとばかりに暴れたようです。
”こっちもあるぞ!”といくことでしょうかw
まぁ、そんな苦痛の一週間だったのですが、色々考えさせられました。
まず、病院のシステムですが、大病院のシステムは根本的に間違っています。
現在のシステムでは、病気になって病院を訪れる場合、診察を受ける”科”を患者が決めなければなりません。
骨を折ったとか、頭をぶつけたとか明らかな場合は良いのですが、どこが悪いのかわからない場合が多いのではないでしょうか?
あそこが痛い、ここが痛いと言っても、原因となる部分はそこでない場合が多いはずです。
医者:「どうしましたか?」
患者:「どこどこが痛いんですよ」
医者:「じゃ、レントゲンを撮ってみましょうか」
患者:「はい」
30分後・・・
医者:「そこは悪くないですねぇ~」「痛み止め出しておきますね」
患者:「はぁ~?」
というわけで、結局、原因は分からないけど薬だけは手に入るという結果になります。
こんなことが日常茶飯事に起きていると思います。
患者は原因を求めて彷徨(さまよ)い、病院は流浪の患者と新規の患者、旧来の患者でごった返し、医者は昼飯を食べる時間もないという日常が繰り返されます。
何が間違っているか!はハッキリしています。
まず、病院を訪れる人(=患者:病院側の言い方です)が自分の<病状>を知っているわけではありません。普通はある<症状を自覚している>だけで、どこが悪いためにそのような症状が生じているかなど、専門家ではありませんから分かろうはずもありません。
にも関わらず、細分化された○○科を選択してそこの通わなければならないのです。
現在の総合病院は<脳のない>肉体に似ています。個々の課題(=患者)を選別し、合理的に再配分する機能がないのです。治療・検査・看護というような分化はあっても、基本となる判断・分析機能がないという欠陥体制になっているのでしょう。
最近はその反省からか”総合診療科”なるものが設置されつつありますが、まだお飾りで機能しているとは思えません。
少なくとも、北海道における私の体験からすると、その”総合診療科”なるところで診断してもらえませんでしたw。希望したのですが・・・
もうおわかりかと思いますが、まず、<症状>の原因を明らかにできる<診断科>のような部門が必要なのです。そこから各専門科へ行ってもらえばいいのです。これは町医者と総合病院との連携で多少は解決できる問題かもしれませんが、中途半端な解決策だと思います。
というのは、医者の育成過程において<トータルな分析ができる専門家>を育成していないと思うからです。
専門分野の人が集まって、チームワークで分析することはあるでしょうが、多分、大学病院の一部事例としてはあっても、日常的に個々の人に対応しているはずはありませんね。
このように、医療の現場における体制の問題が、過剰な患者を量産していることは確かです。
医療の問題で、第二は”医療がニセ科学”に毒されているという問題でしょう。
今回の福島原発人災で、私もいろいろと調べ報告しましたが、死亡原因の第一である癌の原因は、”放射性物質”の降下による影響が最も基本的な原因であることは間違いありません。
日本の医学界ではいっさいこの事実を口外しませんし、”無知である”ことは確かです。
つまり、大半の医者は”放射性物質の影響”についてまったく知識がありませんから、原発による放射能によってでた症状に対応は不能といってよいでしょう。つまり、役に立たない医者がゴマンといるということです。
この点は、医学界が全国の医者を再教育する必要があるのですが、そのような動きはないと思います。良心的な医者の方々が自ら勉強しなおして対応しているだけでしょう。
福島県に行ったミスター100mSvこと山下教授は、学界で20mSvでも危険だという発表していながら、福島県民には100mSvでも安全・安心と吹聴しています。彼は実験材料である福島県民がいつまででも自分の研究材料であるモルモットとなることを望んでいるのであって、福島県民の健康などいっさい気にしていないことは彼の言動から言って間違いありません!
私は宗教研究家の立場から、そのような人間を”人間の姿をした悪魔の僕(しもべ)”と呼びます。
そんな悪魔の僕たちが、放射線医療の第一人者としてその分野を牛耳っている以上、この問題で医学界に未来はありません。
放射線がいろいろな意味で危険であることは、様々な調査で明らかにされているにも関わらず、一旦、事がおこれが”やれ、自然界にもある”とか”医療でも使ってる”とか”たばこの方が危険だ”とか誤魔化そうと必死です。
本当にどうしようもない専門家を気取る医者が多いのには呆(あき)れます。
体は繋(つな)がっていて、一個の肉体という人間を形成します。余りにも当然なことなので、まったく意識しませんが、今回の痛み事件で痛感させられました。
同じように、日本という国も島々が一体のものとして国を形成しています。福島でおきていることは福島というパーツで起きているのではなく、貴方自身、私自身におきていることなのです。
ですから、その痛みを共有し、現在進行中の被害最小限にとどめる方策を考えなければなりません。
何が求められるかは既にハッキリしています。
福島およびその周辺の汚染地域からの大規模避難が第一です。
汚染物の移動の禁止、汚染された食品の流通禁止、残念ですが一定の長期-100年くらいか?-にわたる汚染地域での居住禁止などの措置が必要です。
除染などの行為は無駄な作業であり、税金の無駄です。既に、チェリノブイリで実施済みで、効果がないことが分かっています。
また、被ばくした人々への医療体制の準備なども求められます。
国家とは人の集まりにより形成されるのであり、人のいない国家など存在しません!
今、現政府と役人どもが行っているのは人=国民の殺戮(さつりく)であり、国家滅亡へ至る道を歩んでいるのです。賠償の問題などではありません!
亡国の歩みを貴方がたはいつまで無関心でいるのでしょうか?
では、またお会いしましょう。
一刀斎は、全ての原発の即時停止と全廃を求めます!