ある週末、リラックスするためにビーチに行った。
遠浅の海で泳ぎ、日光浴。おいしい魚を食べて、ビーチでマッサージをしてもらった。
それなのに、なんだか何かが判然としないまま都会の住みかに戻ってきた。
翌週、労働許可証とビザ申請のために入国管理局へ向かった。
そして文字どおり丸二日間、朝から晩まで、いかにも無機質な場所で時を過ごした。
でも心はひだというひだから洗われて、すっかり癒されて帰ってきたのである。
わたしの心を軽くしたのは、「場所」じゃなかった。
それは1冊の本。よしもとばなな著『なんくるない』。
心の動きを表層に押し出しながらも、詩的な美しさを失っていない文章。
ひとつひとつの言葉が織りなす丁寧で豊かな表現に、読んでいていちいち心が洗われる。
登場人物の気持ちが自分のものと呼応して、(限りある)胸という胸がガシッと掴まれる。
物語の展開にぐいぐい引っ張られて胸が躍るような面白い本は山ほどあるけれど、
一文一文をいつまでも噛みしめていたいと思えるようなものって、滅多にないのだった。
わたしもこう言いたかった、そんな風に感じてた、こう表現したかったんだ…
物語の面白さもさることながら、心情表現のピンポイント具合がすごくて、読み進めている間、
背中の本当にかゆいところだけに手が届いている感じで気持ちよかったのなんのって。
混雑して人々のストレスが絶えず吐かれているような場所で、わたしは何度も涙した。
7時間も待たされたけれど、その時のわたしにはむしろ有難かったくらい。
ひさしぶりにすっかり自分を取り戻した感覚を得て、まさに「ザ・癒し」だった。
なんとなくみんなが言うように、疲れたら海に行けばいいような気がしてた。
そうすれば元気が勝手にチャージされて、心も体も満タン!
でも実はそうじゃないんだった。
そうじゃないってことはどこかでわかっていたのだけれど、
頭と心の間をふらふらと浮遊していて、言葉にできるほどじゃなかった。
こういう時はこうしなくちゃと、いつの間にか定型に振り回されてる自分がいたのだ。
空間がどうであれ、いい本、いい言葉にこんなにも救われることがあるんだってことに、
心の神秘を感じた。本当に。心は自由なんだってこと。
それにこの本は、妹が適当に見繕って持ってきてくれた古本のなかの1冊で、
ランダムにわたしの元に運ばれてきたものだった。
表紙を描いたのがタイ人のウィスット・ポンニミットくん(年上だけど)だったのも、
わたしにはよき奇遇に思えて仕方なかった。
彼はちょっと前まで、わたしの好きな雑誌『ビッグイシュー』にマンガを連載していたのだ。
休暇を取ってまとまった時間を自由に過ごしたり、
外界の刺激に身をさらしたりすることで癒されることだってもちろんある。それも大事。
でも、「そうしなきゃ何も変わらないんだ」という変な呪縛から解き放たれたことは、
わたしにとってものすんごく大きな収穫だった。
遠浅の海で泳ぎ、日光浴。おいしい魚を食べて、ビーチでマッサージをしてもらった。
それなのに、なんだか何かが判然としないまま都会の住みかに戻ってきた。
翌週、労働許可証とビザ申請のために入国管理局へ向かった。
そして文字どおり丸二日間、朝から晩まで、いかにも無機質な場所で時を過ごした。
でも心はひだというひだから洗われて、すっかり癒されて帰ってきたのである。
わたしの心を軽くしたのは、「場所」じゃなかった。
それは1冊の本。よしもとばなな著『なんくるない』。
心の動きを表層に押し出しながらも、詩的な美しさを失っていない文章。
ひとつひとつの言葉が織りなす丁寧で豊かな表現に、読んでいていちいち心が洗われる。
登場人物の気持ちが自分のものと呼応して、(限りある)胸という胸がガシッと掴まれる。
物語の展開にぐいぐい引っ張られて胸が躍るような面白い本は山ほどあるけれど、
一文一文をいつまでも噛みしめていたいと思えるようなものって、滅多にないのだった。
わたしもこう言いたかった、そんな風に感じてた、こう表現したかったんだ…
物語の面白さもさることながら、心情表現のピンポイント具合がすごくて、読み進めている間、
背中の本当にかゆいところだけに手が届いている感じで気持ちよかったのなんのって。
混雑して人々のストレスが絶えず吐かれているような場所で、わたしは何度も涙した。
7時間も待たされたけれど、その時のわたしにはむしろ有難かったくらい。
ひさしぶりにすっかり自分を取り戻した感覚を得て、まさに「ザ・癒し」だった。
なんとなくみんなが言うように、疲れたら海に行けばいいような気がしてた。
そうすれば元気が勝手にチャージされて、心も体も満タン!
でも実はそうじゃないんだった。
そうじゃないってことはどこかでわかっていたのだけれど、
頭と心の間をふらふらと浮遊していて、言葉にできるほどじゃなかった。
こういう時はこうしなくちゃと、いつの間にか定型に振り回されてる自分がいたのだ。
空間がどうであれ、いい本、いい言葉にこんなにも救われることがあるんだってことに、
心の神秘を感じた。本当に。心は自由なんだってこと。
それにこの本は、妹が適当に見繕って持ってきてくれた古本のなかの1冊で、
ランダムにわたしの元に運ばれてきたものだった。
表紙を描いたのがタイ人のウィスット・ポンニミットくん(年上だけど)だったのも、
わたしにはよき奇遇に思えて仕方なかった。
彼はちょっと前まで、わたしの好きな雑誌『ビッグイシュー』にマンガを連載していたのだ。
休暇を取ってまとまった時間を自由に過ごしたり、
外界の刺激に身をさらしたりすることで癒されることだってもちろんある。それも大事。
でも、「そうしなきゃ何も変わらないんだ」という変な呪縛から解き放たれたことは、
わたしにとってものすんごく大きな収穫だった。
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