SPUTNIK LIFE

旅をするように生きる、そんな旅の道連れたちが集う"SPUTNIK"から、旅のような毎日を。

すべてを失ってしまう前に

2008-09-20 11:31:30 | 会長
人はなぜ旅をするのだろうか。

自らの足で日本全国を歩き続けた、民俗学者であり、そしてなにより旅人であった宮本常一が伝えてくれたのは、自然が内包する豊かな人々の物語だった。民衆の智慧を巡って生涯旅を続けた稀代の民俗学者は、「日本とはなにか」という答えを求めて、土地の風景と人間の営みを記し続けた。

人間はどこからきて、どこへ行くのか。そんな問い掛けを繰り返しながら、宮本は名もなき人々の話にじっくりと耳を傾けた。宮本の目線はいつも地べたを這うように低かった。どこかの総理が標榜していた「美しい国」づくりのスローガンと、生涯に地球四週分を歩き続け、その足跡を日本列島の上に赤インクで印していくと日本列島は真っ赤になる、と評された民俗学者の業績は、まったく似て非なるものである。

日本列島は今や、どのような奥地にも道路も橋も整備され、情報網も行き渡り、宮本が歩いたような僻地はほとんどなくなったとも言われる。しかし、その豊かさと引き替えに失われたものもまた大きい。日本の地方都市のどこを歩いていても、目に付くのは、都会を真似たがゆえに死んでしまったシャッター商店街ばかりである。過疎が叫ばれる地方の農漁村のどこを歩いていても、耳にするのは、少子高齢化と経済格差がもたらす悲鳴ばかりだ。

そのとき、宮本の活動は未来を照らす、ほのかな期待の灯りのように見える。宮本こそ、現実に流れる時間と自然という悠久の世界の掛け橋ともいうべき水先案内人だった。ごく「ふつう」の人々が、「ふつう」に営んでいた衣食住の生活の知恵、自然との関わり方。星の意味や風の匂い、森の静寂、潮の満ち引き、そして自然を取り巻く物語。

しかし宮本が没した僕たちのいまは、その「ふつう」を失ってきてしまっている。失ったことに気付かなくても生きてゆくことのできる生活を、必至に産み出し、創り上げようとしている。

それらの「忘れ去られてしまった」ものは、実際、時代に乗り遅れた過疎の「忘れ去られてしまった」土地にこそもっとも多く残っている。僕たちはまだ辛うじて、旅をすることでそれらに触れることができる。つまり、旅をすることでしかそれに気付けないくらいに、本当に多くの大切なことを失ってきてしまってきたのだろう。

人はなぜ旅を欲するのか。

日常に倦むことがなければ、眠ってしまった感情を呼び起こすための旅などするものではない。ここではないどこか別な場所を探すため、どこかにいるもう一人の自分に出会うため、見知らぬ何かや誰かと出会うためというだけでは、旅の成果は悲しすぎる。

旅とは生きることだ。生きて知ることに情熱を抱くこと。人は遠方に見つめるべきものを必要とし、山々を走り、海に乗り出し、自然を勝手に作り替えていく。狩猟と採集で暮らしていた時代に戻れるはずはないと充分承知しているのに、過酷な自然の中に分け入った人を讚え、風景の意味を考え、森に同化したいとどこかで考えている。

旅とは失ったものを改めて想像力でひも解く行為にほかならない。百年後、僕たちはいない。忘れ去られていくのは自然の方ではなく、僕たちなのだ。

僕は旅が好きだ。日本の名もなき土地を歩き、名もなき人々と触れ合うのが好きだ。

夢見た旅をもう一度考えてみることから始めたい。

すべてを失ってしまう前に。






このブログはこれでお休みします。

呼んでくれた方々、本当にどうもありがとう。

今後僕は、もうちょっと違うカタチで、いろいろ新しいことを始めてみます。

またどこか旅先で逢いましょう。


遠藤穂高
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パソコンの調子が悪い

2008-09-19 13:48:09 | 副会長
最近パソコンの調子がおかしい。スカイプがつながるとPCがどうやら固まって自己防衛反応を示すようである。もしかしたら違うソフトが原因かもしれないけど。まぁいつか新しいPC買います。

みんな元気にしているでしょうか?俺は昼間ランニングをして下半身の強化をしています。高校時代に体を酷使しすぎて最近になって節々が痛い。昔の筋肉までいかなくてもある程度がんばらなきゃ、体を動かすことができなくなりそうなのでがんばっています。

○○の秋ですよ。HAVE A GOOD AUTUMN
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元気ですか〜

2008-07-30 09:51:04 | 副会長
連日の猛暑。あとしばらくの辛抱です。梅雨すら知らないあの大地、あの島々が待ています。七月も終わり八月がやってきます。それが北海道へのカウントダウンです。

現在、俺の家のネット環境がいかれておりブログに顔を出すこともできなかったが、旅行前の車の整備で車屋に。その車屋のPCを借りて書き込みです。便利な世の中だ。

みんな、体調管理だけは気をつけて楽しい旅にしましょう。SPUTNIKの北海道旅行といえば傑作「道東の旅」が印象深いですが、今となっては知床半島は世界遺産。あのカムイワッカが去年に続き入渓規制ときたもんだ。どんどんいいものが失われていきますね。遺産とは相続されてなんぼなんばだと思うのです。どうやら後世には伝えられないのかもしれないですね。

熊の湯も規制されたらシュプレヒコールをあげるしかないね。

来週プールにいって潜水の練習してきます。
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予言

2008-06-18 11:24:18 | 会長

ブログ復活以来のさいきんのオレの文マジメだなあ、バカ文を書かなくてはなあ、

と、昨日ここ数年のブログを読みかえして思いました。

なにしろ根がバカだからなあ。

しかし、塵も積もれば・・・とはよく言ったモノで、丸二年もブログやってると(合わせりゃ一年分ぐらい休んでいるような気がするが)、いろいろくだらん文章がたまるモノですね。思いのほか読むのに時間を取られてしまった。

自分で言うのもナンですが、改めて読みかえしてみると、

二年前にはこんなこと書いてるし、

一年半前からこんなこと予言してます。

何かがカタチになって結びつき始めているのか、ただただ成長していないのか、謎です。

だからまた、将来の自分のためにいっぱい予言してしまおう。

いまオレがいたくご執心なもの。

鹿児島県三島村
新潟県粟島浦村
沖縄県伊是名村
秋田県上小阿仁村
徳島県美並町
北海道豊頃町

実現を心より願う。

しかしまあ、どれも遠いな・・・。

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地震

2008-06-17 11:00:12 | 会長

岩手・宮城内陸地震の被災に心よりお見舞い申し上げます。

副会長の仙台の自宅も本棚倒壊という憂き目に遭ったほどの大地震だったようです。
先々週に三陸へ旅した僕も、もし一週ずれていたらドンピシャでしたので、人ごとではありません。

それだけでなく、なにより今回の震源地となった栗駒近辺は、仙台から至近でありながら魅力的な山あり沢あり温泉ありと、これまでの僕らの旅には欠かすことのできなかったゾーンでした。花山、栗駒、須川、皆瀬、大湯、小安・・・、いったいこの十年間に何度通ったことでしょう。

週末にヒマさえあればテントを担いでみちのくの温泉巡りと山巡りをしていた会長と副会長にとって、この秋田・岩手・宮城の県境は「魔の三角地帯」と呼ばれ、目的地も決めずに車を走らせているとついつい吸い寄せられてしまう素晴らしい危険地帯でした。素晴らしい危険地帯っておかしいな。

自然はときに限りなく猛威を振るうものです。僕らはいつもそれを忘れてしまう。あまつさえ征服して抑え付けようとしたりもする。しかし、自然は人智を越えてコントロールできない側面を必ず持ち合わせているものです。「自然と共生」なんて言いますが、本当の意味で自然のリズムに合わせた暮らしをしていくのであれば、こういったハードでタフな側面を忘れるわけにはいかないのでしょう。「エコの時代」だ「ロハス」だなどと叫ばれているけれど、自然の持つ不確実性や不安定性を自分たちの生活様式の中に反映させることなくしては、ほんとうに理解することはできないのだな、と思う。

三陸田野畑村の人達は、しみじみとほんわかとしていて、景色に同化してしまうような優しさを持っている人ばかりでした。自然と対峙している、という印象は全く受けない。しかしそれは、度重なる冷害不作、地震や津波、厳しい自然環境と折り合いをつけざるを得ない三陸のハードさが、自然と彼らをそうさせてきたのかもしれない。

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カメラ

2008-06-16 10:52:52 | 会長

ウチの写真長からお下がりのカメラを譲り受けました。

CANON-20Dというカメラ素人の私にとっては垂涎モノの名機です。

がんばってしゃしんをべんきょうしようとおもいます。


なんだか、最近妙に、モノクロの感じが好きです。

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ごもっともです!

2008-06-15 10:48:19 | 会長

豊かさを実感できる機会は、人それぞれにあるだろう。高額なものを身に纏い、贅沢なものを口にして、大仰な屋敷に住まう。それも豊かさかもしれない。しかし、高価な衣服や食べ物や住まいは、人生の飾りに過ぎない。そして、飾りだけではほんとうの豊かさに辿り着けない。

島の旅は、人間とは生きることとはなにかを、僕に考えさせ教えさせてくれる。学んだことを一言で言い切ることは難しいが、人間だれしもその気になりさえすればどんな環境の許でも、豊かに生きてゆける可能性をもっているということだ。それはもちろん、金額や数値などでは表しようのない、人間がほんとうに必要とする豊かさだ。


僕の好きな島旅の先達の方の本にそんなことが書いてあった。

ううむ、そんなに綺麗に言われると「ごもっともです!」と言うしかない。

そんな豊かさを、辿り、探しに、僕も旅に出掛けたいです。

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つながる。つなげる。

2008-06-13 11:16:44 | 会長

名もなきニッポンの田舎や離島を訪れるのがライフワークになりつつある。

僕のスタンスは「旅」であるから、その地で僕は洗練された都会のニンゲンであり、あくまで他者であり、どこまでも訪問者にすぎない。ひとつのところを定めて通うわけでもないし、移住するわけでもない。

しかし、たとえ旅人であろうとも、そこに住まう人々は、つくづくあたたかく、しみじみとやさしい。見ず知らずの人であっても、きちんと心を通わせて会話をすれば、一発でそれを受け入れる包容力を、ニッポンの田舎は持ち続けている。そしてそこには、これまで日本のどこでもごくあたりまえにおこなわれていた、ごくふつうの人々が営んでいる、生活の知恵とひとのつながりがある。

経済効率と情報過多の渦の中でどこかギスギスとしている都会で毎日を送りながら、ときおり僕は過疎地と呼ばれるような日本の農漁村を訪れる。そこで起きるひとつひとつの出来事の中から、そんな生活本来の豊かさに、そして哀しいかな自分たちがそれを失っていることに、いつもガツンと気付かされてしまう。

わざわざ会社を辞めてまで、日本のあちこちに旅に出て、多くの人と旅を通じてつながってきた。そのほとんどの人は、有名でもなんでもない、その辺にいるバアサンやオヤジたちだ。そして二年経ち、二年分の財産を得た。

その財産を、都市に向けて発信しなくてはならない、といま思っている。

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たいせつなこと

2008-06-12 11:30:49 | 会長

旅とは結局、人との出会いと触れあいなのではないか、と最近強く思う。

旅での出会いは人を豊かにする。

いちばん大切で当たり前のことを教えてくれる。

昨晩TVで秋葉原事件のニュースを見ながら、そう思った。

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なにもないが、すべてある。

2008-06-11 12:06:29 | 会長

目新しいモノなどなにもない、

ニッポンの田舎が好きです。


そこには、

この世の中が忘れていこうとしている、

すべてのモノがあるような気がするのです。

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