人はなぜ旅をするのだろうか。
自らの足で日本全国を歩き続けた、民俗学者であり、そしてなにより旅人であった宮本常一が伝えてくれたのは、自然が内包する豊かな人々の物語だった。民衆の智慧を巡って生涯旅を続けた稀代の民俗学者は、「日本とはなにか」という答えを求めて、土地の風景と人間の営みを記し続けた。
人間はどこからきて、どこへ行くのか。そんな問い掛けを繰り返しながら、宮本は名もなき人々の話にじっくりと耳を傾けた。宮本の目線はいつも地べたを這うように低かった。どこかの総理が標榜していた「美しい国」づくりのスローガンと、生涯に地球四週分を歩き続け、その足跡を日本列島の上に赤インクで印していくと日本列島は真っ赤になる、と評された民俗学者の業績は、まったく似て非なるものである。
日本列島は今や、どのような奥地にも道路も橋も整備され、情報網も行き渡り、宮本が歩いたような僻地はほとんどなくなったとも言われる。しかし、その豊かさと引き替えに失われたものもまた大きい。日本の地方都市のどこを歩いていても、目に付くのは、都会を真似たがゆえに死んでしまったシャッター商店街ばかりである。過疎が叫ばれる地方の農漁村のどこを歩いていても、耳にするのは、少子高齢化と経済格差がもたらす悲鳴ばかりだ。
そのとき、宮本の活動は未来を照らす、ほのかな期待の灯りのように見える。宮本こそ、現実に流れる時間と自然という悠久の世界の掛け橋ともいうべき水先案内人だった。ごく「ふつう」の人々が、「ふつう」に営んでいた衣食住の生活の知恵、自然との関わり方。星の意味や風の匂い、森の静寂、潮の満ち引き、そして自然を取り巻く物語。
しかし宮本が没した僕たちのいまは、その「ふつう」を失ってきてしまっている。失ったことに気付かなくても生きてゆくことのできる生活を、必至に産み出し、創り上げようとしている。
それらの「忘れ去られてしまった」ものは、実際、時代に乗り遅れた過疎の「忘れ去られてしまった」土地にこそもっとも多く残っている。僕たちはまだ辛うじて、旅をすることでそれらに触れることができる。つまり、旅をすることでしかそれに気付けないくらいに、本当に多くの大切なことを失ってきてしまってきたのだろう。
人はなぜ旅を欲するのか。
日常に倦むことがなければ、眠ってしまった感情を呼び起こすための旅などするものではない。ここではないどこか別な場所を探すため、どこかにいるもう一人の自分に出会うため、見知らぬ何かや誰かと出会うためというだけでは、旅の成果は悲しすぎる。
旅とは生きることだ。生きて知ることに情熱を抱くこと。人は遠方に見つめるべきものを必要とし、山々を走り、海に乗り出し、自然を勝手に作り替えていく。狩猟と採集で暮らしていた時代に戻れるはずはないと充分承知しているのに、過酷な自然の中に分け入った人を讚え、風景の意味を考え、森に同化したいとどこかで考えている。
旅とは失ったものを改めて想像力でひも解く行為にほかならない。百年後、僕たちはいない。忘れ去られていくのは自然の方ではなく、僕たちなのだ。
僕は旅が好きだ。日本の名もなき土地を歩き、名もなき人々と触れ合うのが好きだ。
夢見た旅をもう一度考えてみることから始めたい。
すべてを失ってしまう前に。
このブログはこれでお休みします。
呼んでくれた方々、本当にどうもありがとう。
今後僕は、もうちょっと違うカタチで、いろいろ新しいことを始めてみます。
またどこか旅先で逢いましょう。
遠藤穂高
自らの足で日本全国を歩き続けた、民俗学者であり、そしてなにより旅人であった宮本常一が伝えてくれたのは、自然が内包する豊かな人々の物語だった。民衆の智慧を巡って生涯旅を続けた稀代の民俗学者は、「日本とはなにか」という答えを求めて、土地の風景と人間の営みを記し続けた。
人間はどこからきて、どこへ行くのか。そんな問い掛けを繰り返しながら、宮本は名もなき人々の話にじっくりと耳を傾けた。宮本の目線はいつも地べたを這うように低かった。どこかの総理が標榜していた「美しい国」づくりのスローガンと、生涯に地球四週分を歩き続け、その足跡を日本列島の上に赤インクで印していくと日本列島は真っ赤になる、と評された民俗学者の業績は、まったく似て非なるものである。
日本列島は今や、どのような奥地にも道路も橋も整備され、情報網も行き渡り、宮本が歩いたような僻地はほとんどなくなったとも言われる。しかし、その豊かさと引き替えに失われたものもまた大きい。日本の地方都市のどこを歩いていても、目に付くのは、都会を真似たがゆえに死んでしまったシャッター商店街ばかりである。過疎が叫ばれる地方の農漁村のどこを歩いていても、耳にするのは、少子高齢化と経済格差がもたらす悲鳴ばかりだ。
そのとき、宮本の活動は未来を照らす、ほのかな期待の灯りのように見える。宮本こそ、現実に流れる時間と自然という悠久の世界の掛け橋ともいうべき水先案内人だった。ごく「ふつう」の人々が、「ふつう」に営んでいた衣食住の生活の知恵、自然との関わり方。星の意味や風の匂い、森の静寂、潮の満ち引き、そして自然を取り巻く物語。
しかし宮本が没した僕たちのいまは、その「ふつう」を失ってきてしまっている。失ったことに気付かなくても生きてゆくことのできる生活を、必至に産み出し、創り上げようとしている。
それらの「忘れ去られてしまった」ものは、実際、時代に乗り遅れた過疎の「忘れ去られてしまった」土地にこそもっとも多く残っている。僕たちはまだ辛うじて、旅をすることでそれらに触れることができる。つまり、旅をすることでしかそれに気付けないくらいに、本当に多くの大切なことを失ってきてしまってきたのだろう。
人はなぜ旅を欲するのか。
日常に倦むことがなければ、眠ってしまった感情を呼び起こすための旅などするものではない。ここではないどこか別な場所を探すため、どこかにいるもう一人の自分に出会うため、見知らぬ何かや誰かと出会うためというだけでは、旅の成果は悲しすぎる。
旅とは生きることだ。生きて知ることに情熱を抱くこと。人は遠方に見つめるべきものを必要とし、山々を走り、海に乗り出し、自然を勝手に作り替えていく。狩猟と採集で暮らしていた時代に戻れるはずはないと充分承知しているのに、過酷な自然の中に分け入った人を讚え、風景の意味を考え、森に同化したいとどこかで考えている。
旅とは失ったものを改めて想像力でひも解く行為にほかならない。百年後、僕たちはいない。忘れ去られていくのは自然の方ではなく、僕たちなのだ。
僕は旅が好きだ。日本の名もなき土地を歩き、名もなき人々と触れ合うのが好きだ。
夢見た旅をもう一度考えてみることから始めたい。
すべてを失ってしまう前に。
このブログはこれでお休みします。
呼んでくれた方々、本当にどうもありがとう。
今後僕は、もうちょっと違うカタチで、いろいろ新しいことを始めてみます。
またどこか旅先で逢いましょう。
遠藤穂高
コメント (0) |



























