オフィス・ソガ 曽我傑 

曽我傑 関係イベント年度予定

office S.O.G.A. 曽我傑(masaru soga)の予定 2017

2017年04月18日 | weblog

2017年度予定

 

1月9日(月)         睦美・寧呂 舞踏公演

                               (ダンスが見たい 新人シリーズ参加-日暮里 d-倉庫)  開演19:30

1月13日(金)~15日(日)          『一匹狼 クラウス・ノミ』(両国シアターΧ)

                                                          主演 : オイスティン・エル    演出 : ピョートル・ホージンスキ

2月3日(金)4日(土)5日(日)        舞踏舎 天鶏 公演 (座・高円寺)

                                                               『女中たち』  舞踏 : 田中睦奥子、筆宝ふみえ、安田理英

2月14日(火)       ティツィアナ・ロンゴ 舞踏公演 (両国シアターX) 開演 19:00~

                                        『MUT』

2月16日(木)        永守輝如 舞踏公演 (三鷹市芸術文化センター 星のホール)

                                          『をどるいのち』(TPAM 2017 フリンジ参加)

2月18日(土)・25日(土)        秀島実(舞踏)+曽我傑(pf,etc.)  (鎌倉市立第一小学校・多目的室) 開演 : 各日とも19:00

                                                  『ドウーザン・ベッシの石蹴り』

3月6日(月)        MOTIMARU公演 (両国シアターX) 開演 19:00~

                                        『Twilight』(舞踏 : ティツィアナ・ロンゴ、近藤基弥)

3月8日~12日      錬肉工房公演 (上野ストアハウス)

                                              『西埠頭 / 鵺』(原作マリ・コルテス / 世阿弥 ) 構成・演出 岡本章

3月28日(火)・29日(水)      《 中野テルプシコールでのインヴェントリーと機材メンテナンス作業-ワークショップとして 》

                                                    ・午前10時~午後5時の間、音響照明設備に関する実践的ワークショップをメンテナンスと兼ねて行いま                                                         す。参加費用等は一切無しですが参加者は軽作業出来る服装を用意して下さい。尚、途中参加、一部参                                                         加も大歓迎です。直接ご来場下さい。

4月下旬  Asia Tri. Project meeting (Jogjakarta-Indonesia)

5月12日(金)13日(土)      工藤丈輝 + 石坂垓士 公演 (桐生 有鄰館)

                                                        『 恐怖の恋 』

6月2日(金)          小林嵯峨 舞踏公演 (慶應義塾大学日吉校 来往舎)

6月12日(月)          長岡ゆり+正朔 舞踏公演 (慶應義塾大学三田 ノグチルーム)予定

6月17日(土)          錬肉工房公演 『西埠頭 / 鵺』 ( 明治学院大学アートホール)

6月25日(日)          サウンドエンカウンター 即興演奏( 武蔵小金井  双ギャラリー ) 演奏・多田正美 他

7月22日(土)         上杉満代 舞踏公演 (日暮里 d-倉庫)

                                      『白鳥の湖』

8月17日(木)18日(金)       遊行舎公演 (藤沢市民会館 小ホール)

                                             『瓜の涙』 (寺山修司 原作)  脚本演出 白石征

9月2日3日           ASIA TRI.Japan 2017 in AKITA ( 秋田・土方巽記念秋田舞踏会との共催)

                               参加予定 (Indonesia-Nani Topen Losari, Bimo Dance Theater, Korea-Hong SinCha,Werner Sasse, Japan-舞踏舎天鶏、寧呂・睦美、他)

9月5日~8日        ASIA TRI. Special (東京中野テルプシコール予定)  アジア・トライ参加者によるソロパフォーマンスを中心にした交歓会)

9月13日~15日      Hong Sin Cha 公演 ( Cheju-Korea)  " MIRROR "

9月23日(水)~29日(金)    AsiaTri.Jogja2017 その他開催

10月9日~15日        工藤丈輝 舞踏公演 ( 座・高円寺) 予定

10月25日(水)        Hong Sin Cha 公演 (Namwong Kwang ju-Korea) Voice+Live music Concert

12月中旬予定       Hong Sin Cha 公演 ( Che ju-Korea )

 

各詳細含め未掲載で計画進行中のものもありますが諸情報が決まり次第掲示致します。

 

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閑房幻聴録 3

2017年04月11日 | 転写実験

・        「生者必滅会者定離これぞ浮世のならひなり」、そんなこたーこちとら百もご承知だい!何とかなんねーのかコノヤロー!だからなんだってーんだ、たまには「滅者必生離者定会、必ずや浮き世に帰るべし」くれーの事でも言ってみろいってんだ、バカヤローのこんちくしょうめ!伊達に親からもらった命を生きてんじゃあねえんだ、伊達の暗黒舞踏じゃあねえんだぞ!世の理(ことわり)には裏表があっていずれがいずれか往ったり来たりの遊び人たあおいらの事さ。

・         先日、舞踏の長谷川恵美子さんが倒れられその後の様子を案じていた。気丈な方とは言え92歳である。病院のベッドにふせっている姿が想像できないような方でもある。暫く時が過ぎたので様子を伺うべく試しに彼女の携帯をならしてみるとご本人が出られ、現状を色々と例によって早口でお話しされたので、内容はともかく声の張り具合から気力の回復が充分に伝わってくる様であった。中でも強烈だったのは「私は今、週に何日か老人ばかりのある施設に通っていて、知らない人達と長い時間をそこで過ごします。今までの人生では全く経験のない環境で戸惑っている自分がおります。まるで素直な子供に帰っていますよ。でもね、自分はここで本当に舞踏家になれた様に感じてます。私の中のざわつきが舞踏を始めたんですね!ある意味とても面白くなってきてますよ。もしかしたら以前よりも深いところに来ているんでしょうか、ありがたいことです。」とおっしゃった。私もそろそろ老境とは言え足下にも及ばない未熟を痛感させられた言葉だった。

・        「対価」と言うと、とかく相場とかその物に見合う値段、金額等とされるがこれが間違い。資本主義が未完な経済とされるポイントでもある。動産価値が曖昧なままで歴史を重ねたものだからいつの間にか馴れ合い経済学に胡座をかき続けたものに成り下がっている。資本主義は費やすエネルギー、情熱量、愛情量などを計るには限度がそもそもある。史上最高の集金システムであるいろいろな宗教の成立原理に立ち返ってみれば、現代の自由経済社会よりもはるかに整合性が有るのに気付く。つまり感謝やねぎらい、奉仕、お布施、分配の精神等がお金の形でやり取りさせるわけだ。災難時には無償の救援をし、不幸な人々の駆け込みシェルターでもあり、そこでのイベントは生かされている感謝の心を表し奉納するものであった。現代の劇場生活が長いとこの辺りの感覚はおそらく人一倍敏感なんだろうと思う。一つ、「音・光」について徹底的に思考を重ねる訓練を子供の頃からやってみると良い。例えば禅問答みたいなものになるかも知れないが、そこでは見つからない結論をひたすら探す身体時間が必要なんだ。

・  私の場合とにかく移動の激しい仕事で人からよく「あなたはどちらにお住まいですか?」と訊ねられても「私はここに住んでます」と答えられない生活が続く。それでも最近まではこの移動の時間が私には大切で、これから向かう現場のイメージを作ったり気持ちを切り替えたり作った音楽を聞き直したり出来る貴重な時間だった。良く言えば「メリハリのある生活」とも言えるのだろうか、人から見れば特異な生活なんだろうと思う。仕事の特性上仕方ないが、それでもここ数年、この移動する事自体にストレスを覚えてしまう。「時間のロス、経済的負担感、エコノミー症候群への対処」などなど、どうもネガティヴになってきている。かといって今さらどうにも出来ないだろうから、このネガティヴな人生の季節に何とか対応出来る体質改善の方法について考えてみよう。

・  先達ての琵琶湖の傍で開催したイベント「アジア・トライ・ジャパン滋賀・葛川」にインドネシアから大勢のダンサー、ミュージシャン、それに現場作業するスタッフまでもが参加してくれて充実した内容と結果、更に不十分な受け入れ態勢にも快く対応してくれて、改めて彼らの人間性の素晴らしさに触れられ、また教わる事も大いにあった。会場の環境はほとんど冬に差し掛かる山間の野外ステージで宿泊場所も充分な温かさを保てない古民家で、とにかく寒さと戦いながらの時間だった。交通もほとんど無く、ショッピングなど今風の気晴らし出来るチャンスもあげられず本当に申し訳ない思いがした。しかし彼らと一緒に過ごす間、どの人も全く嫌な顔一つ見せずいつもニコニコと私に接してくれて思い出すと涙が出そうになるほど感謝を覚える。全行程終了から数日後、感謝を伝えるべく電話をしてみると、とんでもなくひどい声で出たので「どうしたんだ、その声は?」と訊ねると「風邪で寝込んでいる、熱が下がらない。他の人達も軒並みダウンだよ。でも大丈夫、心配するな、直ぐに回復するから!」とのこと。そこまでしてこの会に参加してくれたんだと改めて感動するばかり。そう言えば、同じく日本人で参加してくれた舞踏の女性三人の臨時ユニットは彼女達として初めての試みで完璧な金粉の化粧によるパフォーマンスを展開してくれた。これには地元の観客数人から「こんなに寒い場所で良く踊れるものだ、私らは鼻水出るほどなのに彼女達はしっかりと立っていたし裸足で地面に長く居て、それだけでも本当に素晴らしいと思います。」と嬉しい感想をもらった。これも或る意味命がけのパフォーマンスだし、言葉に尽くせない感謝を彼女達に覚える。僻地での公演の試みはやはり観客動員が困難だったが、中身の凄さは一切の手抜きの無い誇れるものと自慢したいくらいだ。

・  インドネシア・ジョクジャカルタで、とあるツーリスト向けホテルに滞在した時の事。部屋に置いて在るはずのミネラルウォーターが無かったので届けてくれるように頼んだ。直ぐに持ってきてくれるものと思い、自分の用事に取り掛かる。その内に仕事に夢中になってしまったが、ふと水を頼んだのを忘れていた。時間は既に注文から一時間を過ぎておりこれは催促せねばと、半分頭にきはじめていたちょうどそのタイミングで何やら楽しげな口笛が中庭から聞こえてきてやがて私の部屋をノックした。「水が来た」と、ドアを開けるとお盆に目一杯載せたペットボトルの水を肩に乗せてパンクスターの様な雰囲気のお兄ちゃんが、もう一方の手に持っている煙草をくわえて、両手で大事そうにその重たそうな水のお盆を差し出す。私は受け取り「遅かったけどどうもありがとう」と言うと、何事も無かったかのようにまた煙草をふかしては口笛を繰り返し、その後ろ姿は完全に踊っていた。名前も知らない若者だが私はこいつにノックアウトされた。

・  色々な場所で音響や照明の仕事をしていると先ず環境のクリーニングとそして電源確保のところからの作業が多いのに気付く。更にその電源の不安定にも悩まされることが多い。その影響は例えば音源ならデータがスムーズに実行されないとか照明なら点灯した奴が途中やたらとふわふわしてひどい場合は点いたり消えたりと、客商売としてはほんとに悩ましい思いをする。しかしそのうちにこうした状況の方が人間的なのかも、と思い始めていた。そういう保障されないエネルギーをどこまで使いこなせるか、その不安定なコンディションで劇場を成立させられるか、と言う様な妙な楽しみも生まれている。どこかの国のゼネコン劇場やそんなところで大きな顔をする奴らには想像もできないだろうし、寄りつけない境地の様なもの。この過酷な状況では「おい!何とかしろっ!」と小さなヒエラルキーで怒鳴ったところで全くの時間の無駄なのだ。それよりも何とかしなければならない緊張がある。緩く見える社会から学ぶ緊張感、即充実感。こういう仕事場を得られる事にこの上なく感謝だ。

・    このところは余り暇ではないが、なんとなく今の心境からか却って何かを読んでみたいと思い久し振りの「方丈記」(鴨長明)を読み返した。既に15年も以前だったろうか、これを最期に読んだのは。「行く川の流れはたえずして�・」の名文は相変わらず素晴らしいが、今回は時代の照らしや自分の年齢、生活環境などもあってか随分と別作品のような驚きや感心を刺激される。そう言えばこれを書いたのは鴨長明が今の私の年齢に近い頃、多分60歳前後らしい。前半は移り行く世の儚さを想い後半が天変地異、特に多分南海トラフ地震ではないかと思われる災害レポートに埋まる。加えて小役人の儚い財産のむなしさなどなど。文字通り「方丈」の中で書かれたのだろうが、その思考するスケールの自在さには感動を覚える。私も長く「移動式方丈(と言っても更に半分の広さしかないが)」の生活を続けているが、こう言う人に再会すると気分も救われる。

・    どうも自分の身体と頭の具合は2時間単位でスイッチが切り替わっているようだ。第一スイッチは朝6時から8時迄を正確にオンする。続く第二スイッチが朝8時から10時迄と実にはっきり切り替わる。そしてこのリズムは1日の間、更に年中変わりない。スイッチボタンは結局12個有るわけだが、夜10時から朝6時迄の分はほとんど機能しないから入れ替わるのは都合8個と言うことだ。バイオリズムとか何とかは良く分からないが多分この切り替わりの状態を括るものなのかと思ったりする。こんなどうでもよい事をついつい考えてしまうのは第一スイッチのところ。しかし、色々な計画を立てたり全ての曲が出来るのもこの時だけなので、自分の人生もこの第一スイッチで決まっているのかと実感。後の部分はほとんど世間付き合いみたいなもの。劇場のパフォーマンスは第一スイッチで起きたことの実証の場面になるわけだ。

・ これまでずっと「貴方の職業は本当は何ですか?」と聞かれ答えに詰まった事が何度も有る。「あんたは照明をしたり音響の事だったりイベントを主催したり、時々は演奏や作曲もしているみたいだけど、いったい芯は何なんだ?」と言うものである。年齢を重ねるほどにそう言われる機会が増えているのを実感している。色々と考えてみれば自分の中ではぶれるものは一切無いが何が軸になっているか、と自問してみてやっと見つけた答えは「これは全て音楽現象だ。そうか作曲のカテゴリーで良いんだ。」と気が付いた。以前参加していたGAPの活動も元は「権威的音楽を脱して新たな即興からの出直しを図ろう」とするものだった。それを集団でやる事には社会性の概念が見えてくるし、音響は自然とそれにふさわしい光を呼び出し、機材維持には経済が伴い、それらに沿う生活の現実等々。なにも複雑な事をやっているのではなくて実に単純だった事にあらためて気付く。生涯、嫌悪し続けるであろうことは「権力、保守保身、装飾の経済価値、お山の大将、他人のふんどし・・・」。今後「自分の職業は作曲家です」で通すかな?そうすると仕事が減るかな?まあここまでやってきたから何とかこれからも便利屋さんでいられるだろう・・・。複雑なオヤジ心の時もある。

・ オーロヴィルはチェンナイ(旧マドラス)からベンガル湾沿いに南に160Kmほどの位置にあり、ラーマーヤナなど多くの神話伝説発祥の地でもある。現在は深いジャングルの中だが実は数十年前までは完全な砂漠状態で殺伐とした土地だったとか。想像に難いが、今ある植物は全て人の手で植えられたものだと聞かされた。壮大で偉大な歴史を目の当たりにした気がする。宿泊施設の周囲では名も知らない珍しい鳥やのんびりした犬等が人と共生しており、中でも驚いたのは全長3mにもなろうかと言う野生のクジャクが自由に行き来していて、これがまた素晴らしく美しくて実に高貴な姿を見せていた。私が近くで見ていても「お前なんかとは話す事は何もない」とでも言うように完全無視されてしまった。ここにあるコミュ二ティはこのジャングルを創った人々を元に現在を形作るらしい。生活の形態は様々で、それぞれのペースを尊重しあい共生している。ある日、一人の住民が訊ねてきた。「ここのコミュニティについて貴方はどのように思いますか?」と言うので私は「今時のコミュニティと聞くと何か宗教かイデオロギーか都会を脱走した人達がお互いを慰めあう様な所かと思っていましたがどうも違うみたいですね。私は新参者で何ともまだはっきりとした感想を述べられません。」と言うと、その方は「ここは水のコミューンなんです。この地はほとんど雨が降りません。地下深く掘った井戸から汲み上げる少しばかりの水を最大限の効率で生活に循環させるためだけに村人は連携しているんです。くみ上げポンプの動力は風力発電によるものだし生活で使用する電気エネルギーもそのおこぼれ分の範囲で行います。ここの村人はその水とエネルギーの平等な配分の下でお互いを信頼し合っています。現代的な主義主張や宗教などでは無く実に単純で素朴なものですよ。」と教えられた。「色眼鏡」をかけていた自分に恥じ入ってしまった。近くの野原で火事が起きたかと思うほどの猛烈な煙が出ているところに出くわし「火事ですか?」と聞くと、「いやいや、近くに住む村人の誰かが死んだのでその死体を焼いているだけですよ。」と、日常会話のごとく平然と教えてもらった。「焼いた後はどうすの?」と聞くと、「そこら辺の森に撒くんでしょうね、多分。」それだけの答え。南インドは私達にあるインドの典型的なイメージに近いかも知れない。カーストも残り私達が滞在したホテルには少年のお手伝いさんが何事も世話をしていた。その仕事を手伝おうとすると「手伝ってはダメです、彼らはカーストですから。」と理解に苦しむ作法を教わる。とにかくインドは私にとって未だ現代の神秘に満ちていた。

・ 仕事を終えた後、「ああ、いつかまたこの劇場で公演が出来たら良いが」と思う劇場がいくつかある。NYのラ・ママ アネックス、ジョイスシアター、リンカーン・センター、パリのオペラ・ガルニエ、テアトロ・デュラヴィル、シドニーのオペラハウス、ソウルの芸術の殿堂(ソウル・オペラシアター)、ミュンヘンのカフェ・テアトルなどなど、更に記憶の奥には名前を忘れてしまったいくつかの小劇場も多い。中でも先日のシンガポールで経験した劇場エスプラネードは私にとってトップクラスの素晴らしい劇場だった。空間や設備のみならず、そこに関わる人々が実にプロフェッショナルで流れるように私の意向に沿ってくれて、本当に気持ち良く現場が進行出来た。良い劇場の条件の一番はやはりそこのスタッフワークなのだろう。彼らは尊敬できる人達であり、無言で私の足りなさを教えてくれる。残念ながら地元の日本は難しい。あえて挙げれば中野テルプシコールに「良い劇場」のプロトタイプを見るくらいか。

・ 食に関する自分の中の大発見、又は再認識。一般に「日本人の主食はコメです」とされる。この「主食」の概念はともすると「一番多く食されている物」とか「食べる機会が最も多い物」として、他のものと比較する統計などで表現される。実はこのことに以前より違和感を覚えていたのだが、もしかして米は他のものと並べる事はどうも間違っているように思う。例えばある日「メシが喰いたい。取りあえず白いご飯だけは有るから何かおかずを・・」とかと言う場面からの飛躍。先ずはコメに向かう胃袋の声があり、次にその上に付加価値を求める食の装飾本能(辛い、甘い、しょっぱい等々)が来て、更に食前イメージの実現に付きその完成度を検証したがる煩悩の部分と、実に楽しいものだ。腹が減った時には食えるものなら何でも良いが、そうでなくても何か「口寂しい」ときは先ずコメのアレンジが欲しくなる。池波正太郎の小説に頻繁に現れる旨そうなものは「こいつにメシ(米)が有れば言う事なし」と思えるほどに食の本能を刺激してくる。いわゆる「食文化」を考える上で「米」はその文化の土台の様なもの。一本の樹に例えると、根っこから幹の芯の部分が「日本人のコメ」であり、ここは文化と呼ぶべきではなく空気や水の様な、生存上不可欠のレベルであり、そこから延びる枝葉の部分が文化となる。文化の部分は浅はかでもチープでもお洒落でも何でもいい。TPPなんとかは経済問題なのだから、農現場の苦労はともかくも私の身体には「コメ」が先ず要る。ああ、先日食べた「塩にぎり」の何と美味かったことか!

・ 踊りは音楽そのものだ。音楽教育の一般的方式(和声や対位法、楽器論、楽理、音楽史などについての教育と価値観の押しつけ)から自由になると、本当に踊りに親しくなってくる。身体を楽器とすると更に空間に放たれるリアルな精神の姿に出会う。豊かな鑑賞の仕方は、味わう事。後で分析なり批評するなりは個人の楽しい自由の時間として取っておくにしても、観客の態勢としては充分にその瞬間を享受する事のみで良い。風を感じるように。逆に、音楽側でも同様の状況が可能だろう。例えばありきたりの理論で鑑賞しないで、愉快不愉快を外して見るとか(この場合、協和音不協和音と呼ばれるものを主に指す)、発音時点のエネルギーを鑑賞するとかすればよい。今よりもっと面白くて奥深くて、益々人や自然の存在そのものの姿に接近してくる。ケージの百年はこうした事も教えている。

・ 先日、早朝にほぼ半円の巨大な虹を目撃した。周囲にさほど高い建物も無いので虹の両側の足元から実に見事に一点の欠落も無く半円を描いていた。職業上の習慣からか、その色分析など無意識に行っていたようだが、そのすぐ後では「いや~、実に美しい!」の感動で支配された。朝の虹は太陽が東なので西側に現れるから、その方角は湿度が高くてやがて天気も下ってくる、あるいは間もなく雨が降り出す兆候だと教えられた。もしかすると、こんな虹がくれる感動の力で直ぐにやってくる悪天候を乗り切れと言う自然からのギフトなのかも。

・ 「信用情報」とかいうものが有るらしい。例えば何かの支払いが遅れたり連絡が取りづらい人などはよくこの信用情報にリストアップされるとか。しかし世の中、私の様に生活フィールドの違う者は大勢いる事だろう、何かの支払期限を忘れたり書類を受け取って無かったりと状況は様々。そうした人々は相手に出来ない社会でありながら、同じように通信サービスや交通提供をするのだから、つまり社会的アウトプットにバランスのとれたインプットシステムなり、フレキシブルなサービスを提供すべきではないのか。現況は余にも幼稚なシステムであり単純すぎる。戦争ごっこに巨大な税金を使う社会の考えそうなレベルなんだろうね。ではどうすれば?簡単です、「信用情報」を管理するところが信用されれば良いんですよ。頑張って下さい。

・ 静岡駅で新幹線からローカル線に乗り換えるときの出来事。ホームの最前列で到着した目的の電車のドアが開き降りてくる乗客は休日だったこともありかなりの人数だった。その内に父親らしき男とその子供の男の子が列に続く。私の前に来た瞬間、男の子がふっと姿を消した。驚いて周りを見渡すと、その子が声も上げずに電車とホームの間に下半身すっぽりと落ちていたのだ。私のすぐ後ろに並んでいた中年の女性が、異様な悲鳴を上げて助けを呼ぶ。私もとっさの事でフリーズ状態になてしまった。肝心のその子の父親はと言うと、その時ずっと片手に携帯、多分スマホだろう、耳にはイヤホンをしていて全くの無関心にも近い状態で、その様な状況でもその子の事に関心を示さず、取りあえず引き上げてやるか、と言うかのように、駆けつけた駅員と一緒に片手でその子を強引に引き上げ、何事も無かったかのように一応その子の手を引いて出口に続く階段に向かったが、相変わらず何の声も出さないその子は時々立ち止まってはびっこになったその足をなでている。「この子は既に諦めているのだろうか?」と深く不憫な気持ちになってしまった。その父親に代わって悲鳴を挙げた女性のすぐ後ろには別の親子連れが並び、これも父親と男の子である。その子は女性の悲鳴から、状況について何かの危機感を感じたらしくその後私と同じ電車の中でもずっと鳴き続けていて「怖いから電車を降りる、もう乗りたくないからお父さん早くおろして!」と叫び続けていた。私がもし数年若い時だったら迷うことなく、先ほどの携帯男を追いかけて行って殴っていたかもしれない。いや、今でも殴っておけば良かったかもしれないと、とても嫌な気分だ。胃の辺りが何だか痛む。

・ 最近まであまり気にも留めていなかったが、インドネシアでは地方や地域ごとにそれぞれ独特の特産コーヒーがある。先日、偶然にも五種類ほどの違ったコーヒーをそれぞれ違う方からプレゼントされ、早速全てを試してみたが、今までの私の「コーヒー」と言うカテゴリーでは収まらないほどに味に幅が有りそれぞれの性格みたいなものの違いを思い知ることとなった。おそらくコーヒー業界ではマイナーな(収穫量的にハンディと言う意味で)味なのだろう、「モカ、ブラジル、キリマンジャロ、ブルーマウンテン・・等々」のメジャーブランドものの口当たりの良さについつい慣れてしまっている自分の舌に新たな経験が出来た。

・ 度々、亡くなった人達が集まって何やら語りあっている夢を見る。皆、私には大切で大好きだった人達で、ただそこではなぜか話に加われずにいる。話の内容はおそらく他愛ない事の様だがやはり気になる。勿論、この現象は私自身の神経の記憶のどこかが睡眠中に回路接続されているのだろう、決して「あの世からの何らかのメッセージ」等では無い、自身の内なるメッセージと受け止めている。だがそれが体調なのか交感神経上の事か栄養の偏りかは良く分らないが。取りあえずメザシでも喰うか。

・ 先日滞在したカリウランのホテル。昼過ぎにチェックインした時には気付かなかったが夜中ふと眼を覚まして壁に一本の太い筋が描かれている事を発見した。しかし「なぜこんなに派手な線が有った事、気が付かなかったか?」と、改めてその線を見直す。なんとそれは無数の地蟻で埋め尽くされて微妙に蠢いていた。どちら側が出発点か分らないが、ともかく往来する蟻たちのラッシュである。どこに続いているかとその筋をたどると、入り口との間にあるドアの隙間を抜け、脇の洗面所の壁、更にクローゼットの天井を過ぎて表の屋根のどこかに一旦は消え、その屋根の付いている壁の中ほどから再び現れた後、地面にある石の土台部分へとつながっていた。全ての蟻が生き生きとしてひたすら何かやってる。彼らにはいちいちの個人名は無いだろうが、ともかく現実に生きている。そこに居合わせた私は彼らにとっては危険の対象だったかもしれない。貴重な出会いをしたものだと存在の不思議を思う。

・ 「ダメだし」。これはモダニズムの習性。「ダメ」は何にとって「ダメ」なのか、つまり商品にならない、と言う無意識と「ダメ」を発する者の力学慣性からくる。こと舞踏にあって「ダメ」というカテゴリーは外される。オモテにとってダメをてこにして生まれる創造のエネルギーは底無しに深く重く迫力を伴う。とかく「ダメだし」は古臭い演劇のプロセスや優等生の学芸会、企業の成績判定の場面で有用かもしれないが、舞踏は無口でも、もっと過激でそれぞれの人生に覚悟を伴っているのを想うべき。

・ 「お・も・て・な・し」の心が委員達に伝わり、その結果今回の開催決定に繋がったのでしょう。あ~、吐き気するコメントだ!自分の運の悪さを思い知る、めったに観ないテレビを点けた途端、これだもの。このコメンテーターは結構有名ないわゆる有識者らしいが、こんな冗談の様なコメント吐いて世間にちやほやされているかと思うと、何も放射能汚染の海水だけでは無く、汚染された世間の空気に晒されているのに等しい。諸々の生活格差の中で、その先には冗談が待っているのみ。「許してはダメだ!」と耳鳴りがいつも自分をしかりつける。

・ その昔、輝く(?)地上が有っての地下活動であったが、その地上が幻想だったりでっち上げられたものと判明したら、その場合の「地下」にはアンチ~の執着か、ロマンチシズム、SMにも近い官能の日々への未練しか残らない。メルヘンだったりもする。その延長で今日の執拗で狡猾でともすると無意識でもある搾取構造に切り込む振りには我慢ならない。薄っぺらな社会性、市民性、公民性、民主主義などについて、その薄皮剥がしを地味にやってゆくしか無いのか。自身の寿命と体力の不足を思い知る今日この頃。

・ 照明と言う事について。特に劇場に於いて勿論デザインは大切であり完成(これで良いと判断出来るレベル)までの試行錯誤は容易ではないが、更に大事な事は場面がシフトする際の時間と言うか変化のスピードの問題。いわゆるフェードタイムというやつで、ここに作品の理解度が現れる。演出の下請け作業でも演出を刺激して新たなインスピレーションを引き出すのも照明家の仕事の一つだ。昨今常套のキューメモリーの感覚は本来の時間的不確定につき真逆の感覚でメガスケールには必要でもブラックボックスでは全く必要の無い技術。ロングランの省エネ公演でも使ってはいけないと肝に銘ずべき。どのような瞬間でも光から生まれ来る生命力にシンクロする感性で照明家自身が光の粒子になれる。

・ この数年、一つの思考軸に「音・音楽のリテラシー」を置いており、この視点、切り口はまた自分の専売特許的立ち位置を感じていた。マリノフスキーやレヴィストロース、デズモンド・モリスらに通ずる冷静な事態観察、現場体験などから様々なサインや言葉をキャッチする感覚、感性についてのアプローチを意図している。更にこの事は「舞踏」「踊り」「演劇」「祭り」などの諸行為に関するための動機付けにもなる事柄である。ところが先日ある楽器店の音楽書籍コーナーでまさに「音楽のリテラシー」と言うタイトルの一冊を発見。驚くと共に俄然興味をそそられてしばしの立ち読みをしてしまった。そこで余の内容の貧弱に愕然としてしまった。そこに書かれていたのは「音符の読み方、聞き取り方、書き方」等、正にべたべたの「読み書き算盤」を一見新しいタイトルに挿げ替えただけの素人向けの古典的「音楽教科書」に他ならないものだったからだ。それでも「まあ、これもリテラシーと言えばそんなんだよな~」と妙な同感も覚えもしたが、それにしてもあまりにも情けない。書籍に表わされるのはやはりこの程度のものか、私の意図するところでは世間では話にならないのだろう、などと感傷的にもなったが「やはりこれはだめだ、何とか自分なりに音楽のリテラシーについてもっと明確にしてゆかねば・・」と、おかげであらためて思い直すことも出来た。

・ 今更ではあるが、ナム・ジュン・パイク、ヨーゼフ・ボイスらの衝撃の強烈さを想う。いや、現代こそ真に必要なアーティストなのではないだろうか。どこか破壊的だし極端だし、明確に反体制で社会に対し直接行動をアートで実践してきた人々である。精神的タフネスと共に溢れるばかりの創造性やメッセージ性、アンチテーゼ、芸術行為についての純粋理念の表明など、今日意図すべき課題モデルがここにある。ボイスは早くに離脱したがフルクサスの運動についても学ぶべき、または継続すべき創造のエネルギーは豊富に在るだろう。

・ ジョン・ケージにとって「きのこ」は「破壊」と「埋葬」の二つを同時に意味していた。そこに美しさがあり、優しさ、こっけいさも観ていた。彼の音楽のヒントでもあり、合理音楽、形式音楽、組織音楽の破壊動機でもあり新たな音楽発生源ともなる。

・ もう一つケージの話で。彼が好んで使う言葉のフレーズがあった。例1)質問「なぜ機能和声を勉強しないといけないんですか?」ケージ「話を面白くするため」。 例2)質問「演劇・美術・音楽・建築などの分野にそれぞれの主張があるのは専門的だからですか?」「いいや、ただ話を面白くするため」。どうもこのフレーズはインド人哲学者の友人の話からのパクリらしいが完全にケージの言葉、作品と一致していると思いませんか?

・ そこで一つの計画が浮上。タイトルは「Cage in Cellar」(地下室の鳥かご)。この場合の地下室は舞踏舎天鶏の稽古場(中目黒マンション地下)のイメージ。

・ マリノフスキー、レヴィストロースから学ぶべきは、実証主義、実地主義と言うよりも「実踏手法」とでも言おうか。真に学問的ジャーナリズムでもある。彼らには自身の感動こそあれ、評価、評論の兆しすら余裕がない。「触手・実踏・記録と生活」。

 

 

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office S.O.G.A. 曽我傑の予定 2016

2016年11月29日 | weblog

office S.O.G.A. 曽我傑の予定2016

(暫定的な予定も含みます)

 

1月20日(水)21(木)     土方巽アーカイブ(慶應義塾大学三田)

2月11日(木)     円空大賞受賞(ノロ燐)記念イベント・舞踏 工藤丈輝 (岐阜県美術館) 

                                   第一回目 午後2時~、第二回目 午後4時~

2月13日(土)     有代麻里絵独舞公演 ( 中野テルプシコール) 開演午後6時 (TPAM参加公演)

                                「オルフェウスの鏡」

3月13日(日)     近藤基弥+ティツィアナ・ロンゴ公演 (中野テルプシコール  開演 午後7時30分)

                                 「 TWILIGHT 」

3月24日~28日     Production Meeting (Seoul)

4月22日(金)    慶應義塾大学日吉校 来往舎イベント 「大野慶人 舞踏公演」

5月24日(火)~30日(月)     ジョクジャカルタ・ミーティング

6月1日(水)~5日(日)      Sin Cha Hong 公演 (韓国 Chang won Art Center) 

6月17日(金)18日(土)19日(日)      上杉満代 舞踏ソロ公演 (中野テルプシコール  開演 17日のみ19:30  18・19日は共に18:00 )

                                                           「 M 」

6月20日(月)    台湾・原舞者公演(台湾原住民の伝統の舞踊と音楽 )

                                                                   慶應義塾大学三田キャンパス北館ホール (慶應義塾大学アート・センター共催)

7月5日(火)      Jocelyne Montpetit 公演 (両国シアターχ IDTF国際舞台芸術祭プログラム)

                                     「 Nuit,Nacht Notte 」

7月15日(金)~18日(日)         ASIA TRI. KOREA 新規開催 ( by Natalie Kim 他 )

7月19日~24日    ニナ・ディプラ公演 (両国シアターχ)

                                    「人生の7つの"歩く"」 

                                         開演 7/22(金) 19:00~ 7/23(土) 24(日) 14:00~  (7/19~21はWS、etc.)

8月11日(木)      上杉満代 公演 (六本木ストライプハウス)

8月12日(金)      舞踏舎天鶏公演 (日暮里 d-倉庫) 

9月2日(金)3日(土)4日(日)    川本裕子 舞踏公演 (日暮里 d-倉庫)

9月10~12日    土方巽メモリアル30 - 大野慶人舞踏公演(秋田市)

9月22日(木)     劇衆・上海素麺工場 公演 ( 福岡ポンプラザスペース) 

                               『わらう骸骨』(新規版の予定)

9月28日(水)29日(木)30日(金)      ASIA TRI. JOGJA 2016 ( Indonesia Jogjakarta )

10月1日 ~16日の間  Bimo Wiwohatmo New Project Event (Indonesia) 

                                      and Asia Tri. Bandon

10月14日(金)   WORLD CULTURE FORUM (Indonesia Bali) Bali Nusadua Convention Center - BNDCC

10月19日(水)~23日(日)   秋田県羽後町田代 「鎌鼬美術館」開館準備作業参加 (10月22日 土曜日に正式開館セレモニーなど)

11月15日(火)     秀島実+YASKAZ 公演 (両国シアターχ) 詳細後日

11月21日(月)~27日(日)     HONG SIN CHA 公演 -  Four Walls ( John Cage )   Jeju, Kwangju, Busan  KOREA

                                                      Hong Sin Cha (Dance)    多田正美 (pf)

12月9日(金)~11日(日)      工藤丈輝 舞踏公演 (新宿スペース雑遊)

12月16日(金)17日(土)18日(日)    遊行かぶき 「小栗判官と照手姫-愛の奇蹟」公演 (藤沢市湘南台市民シアター)

                                                                 作・演出 / 白石征 による 遊行舎公演

 

2017年度の予定

               (2016年度中に確定または計画された予定を掲示致します。年度が変わる時点で改めてリスト化致します。) 

2017年1月9日(月)   寧呂、睦美 舞踏公演 (日暮里 d-倉庫)

2017年2月3日(金)4日(土)5日(日)        舞踏舎天鶏 公演 (座・高円寺)  

                                        「 女中達 」 舞踏 : 田中奥睦子・筆宝ふみえ・安田理恵

2017年2月14日(火)        ティツィアナ・ロンゴ 舞踏公演 

2017年2月16日(木)        永守輝如 舞踏公演 (三鷹市芸術文化センター星のホール)

2月18日(土)25日(土)       鎌倉Deu zan bessie (秀島実+pf,g,etc 曽我 Pf,G,Wind,etc.) 鎌倉の稽古場にて

2017年3月6日(月)           MOTIMARU公演(両国シアターX)

2017年3月8日~12日     錬肉工房(岡本 章 主宰)公演    (上野ストアハウス)

2017年6月2日(金) 予定       小林嵯峨舞踏公演 (慶應義塾大学日吉キャンパス来往舎 新入生歓迎舞踏公演)

2017年8~9月頃    アジア・トライ・ジャパン 2017 (会場未定)予定

2017年9月中旬~10月中旬    アジア・トライ・ジョクジャ~韓国   2017 及び インド、インドネシア、シンガポール他によるコラボ作品「ラーマーヤナ」公演ツアー予定

 

その他時期、期間未設定のものが数件ありますが確定次第掲示致します。

 

 

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office S.O.G.A. 曽我傑の予定 2015

2015年10月17日 | weblog

〔 以下の予定は本情報投稿時点で決定しているものの他、仮予定も掲示してます。経過により変更や追加等は最終決定後に再掲示致します 〕


2月22日(日) 舞踏ライブ(秀島実振り付けによる) 中村早紀/山本かおり 公演 

                                      『夜の大陸』(鎌倉市立第一小学校多目的ホール)

4月10日(金)11日(土)  武内靖彦 舞踏公演 (中野テルプシコール)

                                        『 記憶の影 ー 途中の花 』

4月24日   (金)    大野慶人 舞踏公演 (慶應義塾大学日吉校 来往舎)  午後6時15分

                                        花と鳥』- 内部と外部

5月23日(土) 24日(日)        舞踏舎天鶏 公演 (中野テルプシコール)

                               『断章の トタンに ダンス』鳥居えびす映像展

                             - ソロ映像 + 舞踏(田中陸奥子・サイトウカオリ・月丸花楽)

5月31日(日)     夕湖・田村のん・在ル歌舞巫女 10年ぶりの共演会

                               『 三樹 - みき』 (神田 美学校 開演 17:30) 

6月6日(土)7日(日) 土方巽メモリアル30 秋田2015(秋田市 旧金子家土蔵)

6月17日 (水)      「長井公彦を偲ぶ会」(仮)予定  (座・高円寺にて)

7月4日(土)5日(日) 土方巽メモリアル30 秋田2015(秋田市 にぎわい交流館)

8月1日(土)  上杉満代 舞踏公演「春の祭典」 (東京 D−倉庫)

8月8日(土) 9日(金)      田村のん 舞踏公演  (キッド・アイラック)

8月16日(日)          三上賀代 舞踏公演 「送り火」(京都出町柳)

8月18日(火)    玉野黄市・弘子 / SU-EN 舞踏公演 (慶應義塾大学三田校 ノグチルーム)

8月19日(水)    ドミニクBB / カシア 舞踏公演(慶應義塾大学三田校 ノグチルーム)

8月20日 (木)          工藤丈輝    舞踏公演 「春の祭典」予定   (東京  D-倉庫)

8月22日(土)~27日(木)         土方巽メモリアル30 秋田2015 (男鹿市 大龍寺)

8月28日~9月1日  PSi 国際パフォーマンス・スタディーズ学会2015東北大会 (青森県立美術館)

9月15日(火)~24日(木)    上杉満代、川口隆夫 舞踏公演(ドイツ・ミュンスター、クロアチア・ザグレブ)

9月28日(月)~30日(水)    Asia Tri. JOGJA 2015

10月7日~11日    工藤丈輝、若林淳 その他数名の舞踏家による公演 (東京 座・高円寺)

10月中旬~11月初旬   ASIA TRI. Project ( Jogjakarta,Jakarta,Srabayaその他)

11月9日(月)~13日(金)   ASIA TRI. Japan 2015 - 10th Anniversary event (両国 シアターχ)

11月21日(土) 22日(日)      横滑ナナ 舞踏公演  (中野テルプシコール) 

11月23日(月)        犬吠埼ヂル 舞踏公演 (下高井戸 青の奇跡)

11月28日(土) 29日(日)      田村のん 舞踏公演  (中野テルプシコール)

12月19日(土)      久世龍五郎 ソロ公演 (中野テルプシコール)

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オフィス・ソガ 曽我傑の予定 2014

2014年12月05日 | weblog

1月4日(土)  秀島実 舞踏公演 (鎌倉生涯学習センターホール 開場 18:00 開演 18:30)

            『 小父さんの直覚 』

1月17日(金)18日(土)  新たな一歩会 (大井町きゅりあん小ホール) 

            『 スペシャルDX? プチAsia Tri.? 』

2月8日(土)   池上直哉作品展|シンクロニシティ|大野一雄 (清澄 ギャラリーコンプレックス6階 開廊 2月1日~3月8日)

               Special program 上杉満代 『ゴーストダンス』  O氏は宇宙の生者であり死者であり続ける、その懐に抱かれて遊びたい。  

2月21日~3月2日  BIMO WIWOHATMO + OSMAN Abddul Hamid in Singapore performance

                                " Berkaca Dalam Diri " The Mirro Within (Esplanade Theatre Studio)    

3月3日~5日      ASIA TRI.Jogja & Japan Katsuragawa meeting,etc.

3月9日~21日    Sin Cha Hong Performance tour in India (Chennai,Goa,Auro Ville,etc.)

4月1日~6日    とりふね舞踏舎 KAAT公演 「献花」他 予定 神奈川芸術劇場(詳細後日)

4月11日(金)   京都上賀茂神社式年遷宮奉納舞踏公演 「献花」 (三上賀代、工藤丈輝、若林淳、他) 午後7時~

4月16日(水)    慶応義塾大学新入生歓迎行事 中島 夏 舞踏公演 (日吉校舎 来往舎)

5月11日(日)  境野ひろみ 舞踏公演 (中野テルプシコール 開場 18:30 開演 19:00)

                 美男葛 』

5月15日(木)~18日(日)  笛田宇一朗演劇事務所公演 (中野テルプシコール)

                                        『 4時48分サイコシス 』  出演 : 笛田宇一朗、武内靖彦、他多数予定 

             ( 開演 5/15(木)16(金) pm 7:30, 5/17(土) pm 2:30, pm 7:30, 5/18(日) pm 2:30 )

5月29日(木)~6月1日(日)  江戸糸あやつり人形座公演 (東京芸術劇場 シアターイースト)

                                    『 アルトー24時 』 

                          (開演  5/29(木)30(金) pm7:00   5/31(土)6/1(日) pm3:00 )                   

6月15日(日)  大沼由紀主催公演 (池袋あうるすぽっと 開場 18:30 開演 19:00) 

            舞踊詩 『FABULAE』フラメンコへのオマージュ

6月中旬  Asia Tri.Jogja2014 準備会議 (Jogjakarta)

7月1日(火)  Jocelyne Monpetit ダンス公演 ( 両国シアターχ ) 同日は他数組も出演予定

8月8日(金)9日(土)     田村のん 舞踏公演  (明大前キッドアイラック 5Fギャラリースペース)

                    『 波 』

9月5日(金)6日(土)  東雲舞踏制作・川本裕子舞踏公演 (キッド・アイラック・アートホール)

                   『 イワヲカム 』

9月14日(日)    長谷川恵美子 舞踏公演 (中野テルプシコール)開場18:30 開演19:00

                   『 蜉蝣 かげらふ 』

9月19日(金)~21日(日)  遊行舎公演 (湘南台文化センター)

                                           遊行かぶき 『 小栗判官と照手姫』

9月27日(土)28日(日)29日(月) Jogja International City Festival

9月30日(火)~10月2日(木)   Asia Tri. Jogja 2014 Kariulang & Sleman

10月4日(土)5日(日)  Asia Tri. Jakarta 2014, 

                            Asia Tri. Surabaya 2014

10月18日(土)  Asia Tri.Japan 2014 in Katsura gawa ・ Shiga (大津市葛川細川町7 琵琶湖西側国道367沿い、最寄駅はJR湖西線堅田駅又は安曇川駅)

             かやぶき屋根の古民家「すずめのおやど」を中心に周辺各所での開催を予定

11月15日(土)16日(日)       田村のん  舞踏公演 (中野テルプシコール)

                     『月長石�』

11月28日(金)   秀島実 舞踏公演 (鎌倉生涯学習センター)

               『あねもね奇譚』

12月2日(水)3日(木)      工藤丈輝  舞踏公演 (新宿スペース雑遊)

12月17日(水)18日(木)19日(金)   Sound Object Globe Associate Concert (中野テルプシコール)

                           『 ピアニッシモのテロリズム 』   演奏 : 多田正美 ・  曽我傑 (開場 19:00 開演 19:30)

     第一夜(17日) 「 沈黙と真珠 」 ゲスト 武内康彦(舞踏)

     第二夜(18日) 「 危険な夜 」  ゲスト 大森政秀(舞踏)

     第三夜(19日) 「 涙のパヴァーヌ 」 ゲスト 上杉満代(舞踏)

12月20日(土)21日(日)  神山貞次郎を偲ぶ会 (中野テルプシコール)お手伝い

                        

2015年度予定

4月10日(金)11日(土)  武内靖彦 舞踏公演(中野テルプシコール)

6月6、7日   秋田市 土方巽記念事業公演 

7月4,5日   秋田市 土方巽記念事業公演

7月下旬又は8月中  上杉満代 舞踏公演「春の祭典」(D倉庫)

8月20日頃~10日間程度の間   男鹿・舞踏ワークショップ&デモ公演~青森市でのパフォーマンスに続く

10月~11月      ASIA TRI. 10th anniversary事業(JOGJAKARTA,JAKARTA,JAPAN,SINGAPORE,etc.)

11月9日~13日   ASIA TRI. JAPAN 2015 (両国シアターX)

その他、現在進行中の予定、計画などは詳細決定次第お知らせします。

 

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オフィス・ソガ 関連トピックス

2014年11月11日 | weblog

  2015年度アジア・トライ・ジャパンは第十回目を記念して両国シアターX(カイ)を中心に開催いたします。11月中旬の約一週間にわたる計画でこれからその準備が始まります。このプロジェクトはインドネシア、韓国においても同時に進められ、例年にない内容と参加規模が予定されており、それに伴うコストカバーの高いハードルを越えなければならないが、なによりも先ず参加者の共通の意志の集合こそがこのプロジェクトの土台であり力でもある。「いったい何をする会なんですか?」と訊ねられ続けて十年間やってこられた事実には現代社会の求める、或いは今後こうあるべきフェスティバルのプロトタイプとして世に示されるものである。

≪  2014年12月17日から三日間、「ピアニッシモのテロリズム」のタイトルの下、東京中野テルプシコールにてライブ演奏と舞踏による公演を予定している。演奏は連日、多田正美と曽我傑だが各日毎に共演する舞踏家が異なり、またそれぞれのサブタイトルも付けられる。第一夜は武内靖彦の舞踏で「沈黙と真珠」、第二夜は大森政秀「危険な夜」、第三夜は上杉満代「涙のパヴァーヌ」。詳細はフライヤーなどでご確認頂くことにして、この顔ぶれが集まる三日間を大勢の観客、特に若い世代の人達と時間を共有したいところである。各日毎に終演後は会場にて出演者と共に語り合う時間を設けております。

≪  滋賀県大津市葛川で開催された「アジア・トライ・ジャパン 2014」にはインドネシアより25人のダンサー、ミュージシャン、更に劇場ワークはじめ様々なプロジェクト運営サポートボランティアが参加した。日本からも江戸糸あやつり人形座や安田理恵、川本裕子、ラヴィの舞踏ユニット、地元より尺八演奏の塚本茂氏らの参加を得て多彩な内容が展開した。開演時はまだ日中の太陽の下だったが三時間近い公演のうちに気が付けば山間の深い闇へと誘われ、通常の街中の劇場では味わえない特異な感覚にさせられる催しとなった。しかしこの季節この地方は既に寒冷期に差し掛かり出演者、観客共に同じ寒さと付き合う事になる。ジョクジャカルタ州スレマン県の行政府関係者も十人ほど来日参加して日本側関係者らと共に次年度十周年記念事業に向けての協議も行われた。本イベントを通じ、今後の継続の課題と同時に大いなる可能性、社会的インパクトの強さなど様々な視座を得ることが出来た。

≪  2015年はタデウシュ・カントル生誕100年となり各地で関連の催しが予定されている。演劇におけるその位置は既に周知で、多くはカントルを巡る知識のツアーの様な形で再び展開されようとしているが私達に必要なのは「お勉強」では無く「カントル現象に至るプロセス解析と、共通する芸術の動機」なのであり、勿論、個の才能以外の時代背景やら当時の辺境の価値観のアナライズが冷静になされねばならない。その上で現代の劇場や創作行為に関する様相についても異なる景色が見えてきて新たなる芸術行為を刺激する。日本では早稲田小劇場はじめ、多くの前衛演劇集団から大野一雄に至る舞踏の人々を通じて正面から社会と時代を見直す時でもあり、基本的価値について考える良い機会でもある。先達てのジョン・ケージの百年もそうだったが大事な事柄について記憶喪失になりかかることからの防衛としても、とても重要な機会となるのは言うまでも無い。オフィス・ソガとしてもいくつかの関連事業に参加する事になる。

≪    ジョクジャを中心に開催している「アジア・トライ」が来年2015年度に第10回目の記念イベントを開催するまでになった。今年2014年度開催はその意味でも記念開催のプレイヴェント的なものとなる予定。しかし先日の火山噴火による地域のダメージや会場側の諸事情により本年度の開催場所に変更が予想される事は大変残念な事態である。それでも、諸々の困難を乗り越えてきた人々が土台を支えるこのイヴェントはおそらくこれを機に、私たちの予想に収まらないだろう結果をまた見せてくれるはずと新たに楽しみが増すところでもある。本物のコンテンポラリーがここで生まれるのだろう。

≪ 2014年お正月早々の秀島実舞踏公演(鎌倉)は満員の観客の中で実に舞踏が展開された。観客の中には舞踏に慣れて辛口な見方をする人達も大勢来ていたようだが、この時代に私達が向き合わねばならないこととは何であるかを突き付けられるような、かと言って決して社会的にどうこうと言う月並みな内容ではなく、あくまでも自身に対しての問いかけの様であった。質としてダンサーであり本当に踊りの出来る人でありながら、抑制の効いた秀島の舞台には沢山の感動が満ちていた。以前行われた浄智寺公演、長谷の水道施設跡公演とは違って、基本的には劇場型ソロ公演だが、大野一雄、土方巽の50年を通過した舞踏家として今後も更に私達を刺激し続けて欲しいと思う。

 2013年12月2日と3日に吉祥寺シアターにて開催される「ダンスリンクリング」において、この時代にとても重要で貴重であろう公演が行われる。 『三つの神話』のタイトルの下、石井かほる、上杉満代、加藤みや子の三氏によるコラボで、いずれ神話では無く伝説になるかもしれないほどの濃厚な時間密度を予感させる。それぞれが日頃大きな一枚看板として追随を許さないほどのキャリアの先端で再び出会う事の奇跡の瞬間に現れるスパークによって、観る者が大いに刺激され触発される愉快を味わうに違いない。特に若い世代には、彼らの人生にとって貴重なチャンスとなるだろう。

≪ 「即興・即響・触境」の試みから多くの収穫を得る事が出来ました。充分な広報活動も出来ないままで公演の三日間を過ごしましたが、まるで雑然とした倉庫の中の出来事の様な環境に沢山のゲストと共に出演者のキャリアと存在感のある時間で埋め尽くされた感じで、充実した結果が現れたのではと感じています。またサポートに徹してくれた方々にも改めて本イベントに対する期待感と好奇心の旺盛ぶりを痛感させられ、主催した者の今後の責任を思い知らされました。本来、充分なレポートをしなければならないところですが、余にも内容の厚さに圧倒されてどうにも手が付かない状況ですが、ともかくご支援いただいた皆様方にこの場で厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。

≪ 7月13日に行われた「長谷川恵美子 舞踏公演 蛍」では、舞踏本来の力や感動を見せて頂きました。今年で90歳という年齢と舞台キャリアの底力が、小柄な長谷川さんの存在感自体に満ち溢れ、飾らず作らず徹底した簡素の中に豊饒なる生の力を見せつける、或る意味で究極の舞台だったとも言えるのではないだろうか。この事態は舞踏に限らず、後続の若者にとり「今後如何に生きるか」について、とても重要な指針となるだろうし、その一つの答えを教えて頂いたようにも思える。この舞台に立ち会えた事を深く感謝するのみです。

≪ 8月29日(木) 30日(金) 31日(土)  18:00~

 「 即興・即響・触境—SOKKYOH 」 Dream in a landscape of John Cage 101 (中野テルプシコール) 

      開場・開演は午後6時ですが早めのご来場者は会場内にお入り頂けます。

                 チケット:パスチケット(三日間出入り自由) 2,000円(学生以下無料)

      舞踏 : 武内靖彦  上杉満代

      演奏 : 多田正美(サウンド・エンカウンター)

            河合孝治(サウンド・コンセプター)

            曽我 傑(サウンド・ドロワー)

     (使用楽器、音具 — ピアノ、シンセサイザー、ゴング、ギター、キーボード、PC、その他)

 日本、インドネシア、シンガポール、中国での開催が計画されていたBIMO DANCE THEATERとDYNIOSのコラボレーション公演が、後援機関の関係により、今回は延期し近い将来、適切なところで新たに時期設定するとのこと。理由は主たる後援者がシンガポールに本社を持ち天然ガスと石油を扱う中国系の会社で、先般の尖閣問題により現況下での開催が特に中国内で危ぶまれると言うもの。予想はされていたがやはり残念なことである。しかし主催者の舞台への情熱には変わり無く、今回の延期が更に彼らの、公演実現に向けた期待感を増長させるものと思われる。近々に当事者達により今後について話し合われる場が京都で持たれる予定。

 舞踏家・長谷川恵美子さんの舞台が7月に有ります。今年90歳で『ほたる』と題された舞台は、上杉満代氏の言葉も大いに受けて現在熟成中の様子。希有な舞踏の身体を目の当たりに出来る事は、その場に居合わせた者にとって貴重な「解かれた時間」を体感するものと思います。

≪  2013年6月20日~23日、韓国ソウル・アートセンターに於いて再びジョン・ケージを公演します。今回はFour Wallsの他にThe Perilous Night(危険な夜)を追加して紹介します。二曲共に1944年作で、「危険な夜」はケージが様々にプリペアードを試行する中でも成熟した作品であり、プリペアード素材にまで入念な具体的イメージを織り込んだ秀逸の作品です。後にジャスパー・ジョーンズの作品にも再生されるこの音色とリズムの音楽は踊りの身体にも反映されます。ニューヨーク時代にケージやフルクサスの連中と活動を共にしていた舞踊家シンチャ・ホンのダンス、日本での先鋭的現代音楽グループGAPのメンバーでもあり現代美術家としても活動を続ける多田正美のピアノ演奏が主な公演核を成すこの機会はケージ生誕101年目にして実現する感動を見せてくれるでしょう。

≪ 2013年3月23日(土)24日(日)の二日間、福岡吉塚駅近くの倉庫の二階に劇衆上海素麺工場が操業再開。昨年の横浜公演から半年、この間にも浮世の波はただならず、そろそろ車椅子の男の拳銃が選び出す的の姿が現れ出す頃。会場となる倉庫は普段は何やらお宝の山だとか。蔵の出来事だが現代に於いては「お蔵になるもの」こそに価値が見出せるのかも知れない。この浮世草子は西鶴の日本永代蔵現代版「羅紗面天麩羅その四−的」をあぶり出す。小さなスマホ画面の範囲に標的を求めるような敵の見えない「的外れ」社会がこの際、「的」にされているのかも。血ん潟の産物がまた一つ増えることになる。 

≪ 2013年3月に地球に接触するかもしれない小惑星が現在確認されているとか。サイズは直径200m前後で、かなりの確率で衝突が予想されるらしい。飛行コースがアメリカ・カリフォルニア~東京~北京~、辺りが計算されているが、更に詳細についてはもう少し接近してからでないと質量を量れないので読めないそうだ。「お願いです、あそこに落ちてくれませんか!そしたら、もうちょっとマシな時代に戻るのだけど。」

≪  先日(2012年10月18,19日)韓国ソウルのSeoul National Theaterで行われた「世界の芸術祭」の一環で行った「ジョン・ケージ生誕100年記念公演」において韓国の前衛舞踊家ホン・シンジャの踊りと多田正美のピアノ演奏での公演「Four Walls」が人々に深い感銘を与えたという事で、フェスティバルでの最高の評価を得、11月に再度アンコール公演が決定いたしました。ホン・シンジャはNY活動時期にジョン・ケージとの親交も深くこの作品でも数々の舞台を行っており、私もそのいくつかには以前より関わってきましたが、今回ほどシンプルで緊張感のある舞台は大変刺激的なものでした。大げさで派手な大向こうを張ったような舞台を好む韓国に於いてこのような舞台に最高賞を与える現在の韓国の観客レベルの高さにも驚きですが、そのために再度公演の機会を設けて「なぜこれが良いのか」を皆で改めて確認したいという制作委員会の姿勢にも頭が下がる思いです。日本の公演環境、事情などを顧みるに、先日開催のアジア・トライ・ジャパンの大変さと併せてその違いを痛感します。しかし、作って行く側としては、こういうことを何度も超えられるかどうかが試されて後にそれぞれの人生の「是か非か」の答えが出されるのでしょうか。

≪ 2012年度アジア・トライは日本(横浜)とインドネシア(ジョクジャカルタ、ジャカルタ)開催を無事終了致しました。ご協力下さいました方々には心から御礼申し上げます。特に今回、ジョクジャカルタでの大成功を報告致します。久し振りに三日間の開催を実現できましたが、その全てが超満員の観客の中で行われ、会場に入りきらない観客のために会場外の駐車場に2面の大スクリーンを設置して中の公演の様子を実況中継したほどでした。公演中はインドネシアの日常の雰囲気とは全く異なり、全体が静まり返り集中した空気で、あたかも神聖な時間のようでした。入場料は完全無料で、飲み物や簡単な食べ物は会場提供者であるウレンセンタル(バティック・ミュージアム)の代表者Mr.トーマスからの来場者に対する感謝の気持ちから毎回提供されました。頭の下がる思いです。

ジョクジャの成功は以前より広くインドネシアの他、東南アジア圏に伝わっており、この数年は数箇所のアジア・トライ新規開催が要請され模索されておりましたが、本年開催を機にジャカルタのハリス・ギャラリーコミュニティを主催とした"ASIA TRI. Jakarta”(来年本開催)のプレイベントをジョクジャの後に行い、これも連日の雨の中でしたが大好評でした。ここから本開催のイメージを関係者間で確認し共有することとし、具体的会場となるスペースのグランドプラン作成まで進みました。今後の展開が大いに期待されます。

≪ 日本インドネシア友好年事業の一つとして2008年に開催された「ビモ・ダンスシアター&ディニオスダンスコンサート」は多くの感動とインパクトを人々に残したが、その後、音楽で参加していた私達のかけがえのない友人イニシスリの死によって、熱く舞台の再演を望む声の中、中断していた。そんな中でシンガポールのナショナル・オーケストラ・オフィスからの途切れる事のない要望を受け、最近検討が始められた。ディニオスの本拠地である京都にこの度関係者一同集い、故イニシスリに想いを寄せつつ再び実現の道を探ることとなった。諸々の開催条件をクリアしなければならないが、もし仮に計画が順調に運べばこの秋以降にはシンガポールと京都において、もう一度あの感動の舞台が実現することになる。作品はリメイクするがビモ、ディニオス両者は前作「JIWA」のコンセプトを生かしたいとしているので、また舞台に新しい花が咲く事だろう。

≪ 先日のTPAM(横浜BankARTにて開催)に参加した美学校主催「結晶への憧憬」で、若手6人の女性舞踏家が同じ舞台空間でそれぞれの時間を示した。似た企画は他にもいくつかあるが、これには一貫した企画軸があり、そこでのメッセージには主催者の確かな現代の舞踏の方向を探る意思が観るものに充分に伝えられた。観客の一人としての感想は以下のようなものである。

 (高橋理通子)微細な異化の力、時間感覚のシャープな動きに反映した舞踏体の輪郭は「瞬間即永遠」のリアリズムを見せてくれた。

 (横滑ナナ)背景の言葉達を乗り越える「物質としての身体」性、不確定空間に放出された無垢な不安定感など、舞踏の多彩な在りようの一つが確実に現れてきていた。

 (ラヴィ)舞台プロセスを拠り代にしての幅の有る高い作品性は、後半に組み込んだ(声)に立ち現れる先端の身体状況を生み出した。これは実に挑戦的な出来事であり、当然演劇的との反応を引き受けてあえて踏み込んだ領域で、舞踏の幅をもう一段拡張するものとして鑑賞できた。

 (大倉摩矢子)中空に漂う様な存在感で、決して大きいとは言えないスケールの彼女の舞台は逆にこの企画のタイトルである「結晶への憧憬」を感じさせた。内なる景色が明確に外化する様を見た。

 (田村のん)人が立つためにはどれほどの内的過程に出会う事かと思わせるほど、限りなく訪れる時間の波に翻弄される身体を示した。またそのことに素直に従う心の置き所さえも見せてくれた。

 (百合子)空間に似合ったフォルムとスケール感があり、いわゆる美術作品としても成立しそうな印象の瞬間であった。「アイデアを欲する」身体の動機、背景の深さを見せてくれた。

≪ 今年(2012年)は作曲家ジョン・ケージ生誕からちょうど百年にあたり、様々な記念の催しが世界で開催される予定。彼の誕生日が9月なので(日にちまで詳しくは何かの資料で参照して下さい)、その時期に合わせて沢山のコンサートやイベントが計画されているようだ。近いところでは韓国でニューヨーク時代にジョン・ケージ、ヨーゼフ・ボイス、ナムジュン・パイク、カニングハムらと活動を共にしていた舞踊家ホン・シンジャが中心となってのイベントが計画されている。ケージには今の日本にも縁の深い作曲家、演奏家、美術家など多く、改めて彼の現代への反映の意義を考える機会が改めて訪れる。

≪ 大牟田の古いキャバレー街に出現した劇衆・上海素麺工場の公演「羅紗面天麩羅 其の二 青」は満員御礼の中、まるで水蒸気爆発のようなインパクトを残し、あっという間の出来事が過ぎました。どこかフランス現代劇の様なエスプリの効いた時間のうねりは、とかくアングラに在りがちの大向こうを張った演出や、過剰な表現、エログロナンセンスなどを全く感じさせず、演者達の身体性そのものから発する力、感性から生まれてくるようで、一瞬一瞬に真の前衛を見せてくれました。戯作者でもある役者の支那海 東が座する車いすの足元に拡がる古賀忠昭の「血ん潟」の潮の満ち引きに誘われて見え隠れする舞踏家 上杉満代の醸成する空気や風は、キャリアと実力のある役者達と共に現代に対する最も大切な「人の感性」の姿を示してくれたように思います。おかしく重く、時にはとても軽く、カラカラとしていたり、ガチャガチャだったり、冗談の様な本気の様な、実に多彩に表情を変える、まるでもう一つの有明の干潟を観たようでした。

≪ 皆さん、セシウムの色をご存知ですか?見当もつかない方は11月20日(日)福岡県大牟田市“クラブ富士”で上演される劇衆・上海素麺工場「羅紗面天麩羅 其の二」作:支那海 東)のチラシをゲットしてご覧になり更にはその舞台を観られますと、良っくお分かりになります。

≪ 武内靖彦舞踏公演“舞踏よりの召喚・20世紀牡丹”(踏業40周年記念独舞リサイタル)が座・高円寺において開踏されました。三日間の公演はいずれも盛況で、踏業40年を経てなお前衛で在り続ける孤高の舞踏家の姿を目前にしました。特に若い世代へのインパクトが強かったようで、シアター舞踏以外は通常スタジオ規模の粘質な空気の中で行われる事が多い舞踏状況にあって、座・高円寺の抜けた空間での公演は舞踏の本質、汎用性の高さを垣間見せました。特に武内の舞台では一切の空間装飾を省き(唯一のポイントとして床に開けた穴が一つのみ)劇場環境のハードウェアむき出しの中で展開した事が大いに成功の要因の一つに考えられます。また40年の過去を振り返る感傷も一切無く、いさぎよく「ここから再び始める」決意の様なものまで見せてくれました。いづれこの会は「伝説」になるのだろうが、確実に将来の価値創造に資したものになったことは間違いないことと思います。

≪ 舞踏家・上杉満代が主催するワークショップ「火曜会」が毎月2回のペースで中野スタジオ・サイプレスにおいて開かれており、多くの参加者と共に充実した時間を過ごしているようです。自分の身体と向き合い謙虚に自由について感覚を研ぐ神経を開発してゆくような時間で、ここから新しい舞踏が生まれ新たな舞踏の才能が出てくる事が期待されます。

≪ 去る5月28日に舞踏家、高井富子さんが急逝されました。長い舞台生活の中でたびたびご一緒させて頂く機会も多く、最近ではインドネシア・ジョクジャカルタで開催した「Butoh Exhibition - Life of BUTOH」にもご参加いただき、現地にたくさんの舞踏ファンを創って下さいました。彼女の足跡、功績にたいして私たちの心からの感謝を捧げたいと思います。一旦、高井富子さんの舞台の幕は下ります。

≪ 2011年秋、いよいよ支那海東劇衆上海素麺工場が操業再開に向けて燃料チャージを始めました。強烈作品「羅紗面天麩羅」のニューヴァージョンで大いなる有明の海から時間と空間の大海を目指します。当初目標は大牟田市に亡霊のごとく残されたままの古いキャバレーの建物での公演。船長 支那海東の見ている羅針盤がいずれを指し示すのか、まるで明日の遠足を思い描いて不可思議な興奮で眠られない子供のような日々を私達もこれから過ごします。

≪ 尺八の中村明一が立ち上げた「スタジオ・サウンド ポット」(京王線芦花公園駅又は八幡山駅が最寄り駅)に伺いました。彼の音感覚がそのままスタジオの構造に表現されていると思えるほどに、綿密な設計と徹底して微細音にこだわった素晴らしいスタジオ環境を作り上げています。特に繊細を極めなければならない倍音世界にどこまでも迫ってゆこうとする気迫は、設備を構成する各要素隅々まで行き届き、後は「この場所で人がどこまで音の微細世界に遊べるか、迫れるか、拡げられるか」を試そうとするかのような完成度の高さです。ここまで純粋に音を追求する姿に現代の虚無僧を重ねて見る思いがすると同時に、音楽の精神性の高さに直接触れられた時間でした。

 2011年度インドネシアでのASIA TRI.Jogjaは9月23日~28日の間に開催を予定してますが、その会場の一つにメラピ火山の噴火や度重なる地震災害を粘り強く乗り越えてきている(地域としては現在もなお復興途中ではあるが)カリウラン−ウレンセンタル(バティック・ミュージアム)をメインとして開かれます。世界中から多くのアーティストの参加が予定されており、今の日本の状況に照らしても自分達文化に携わる者の立ち位置について教わるものが多いだろう。ジョグジャに引き続き日本、韓国においてもそれぞれのアジア・トライを計画するが、一番の課題がいつもコストや価値観の問題があり、インドネシアにおけるほどのダイナミズムには程遠いものがありますが、彼らと共にぜひ実現し続けたいものです。

≪ 舞踏の百合子が2010年度舞踊批評家協会賞新人賞を受賞しました。「デルメトーレ」シリーズを通じて着実に舞踏を獲得している姿を評価されたものと思います。一貫して生活基盤である「福祉園」という強力な背景を持ち、日々、多くの人と接するチャンスが有ることが、独特な世界の大きな劇場動機と力を得るきっかけになっているのではと想像されます。若手の一人として更に今後に期待したいものです。

≪ 北京から帰ってまもなくの東北地震で多くの方々にご心配頂きました。私も友人知人の安否確認をとアクションしましたが、通信制限か回線飽和でほとんど不通状態でした。インターネットはほぼ大丈夫ということでこの場で改めて平常通りなのをお知らせいたします。それにしても阪神淡路に続き、同時代人の人生の中でも相当レアケースの災害です。

≪ Landscape Encounters として多田正美の個展が、日本橋高島屋6階美術画廊Xにおいて2011年2月14日まで開催されています。多田正美はボーダーレスアートの前衛者として70年代より変わらずに創作し続けており、美学校当時からのライブパフォーマンスの延長上に美術作品が新鮮に生まれてきます。会場にはサウンドインスタレーションと共に多くの時間が展示されていますので是非一度体験して下さい。

≪ 2010年暮れに友人の相川正明が亡くなった。何とも寂しい。彼とは舞台を通じて35年以上を共に生きてきた。最近は同じ舞台を創る機会が少なくなってしまっていたが、それでも彼の名前をあちらこちらで見かけては内心「すごいな~!」と刺激された。以前は海外の現場で偶然にも良く出くわしたものだ。お互いに「あれーッ?相川さん?」「おーッ!あれーッ、ソガケツじゃん、そっちは何やってんの?」で始まって、時間があればそれぞれの舞台を見せ合ったものだ。思い出す瞬間だけでもエジンバラ、ソウル、インドネシア、成田空港、テルプシコールなどなど。また、芥正彦氏の縁で出会った初め頃は私はほとんど演奏や作曲専門で舞台に関わりその際の照明はほとんど相川さんと先に逝ってしまった赤坂正だった。この二人の優れた芸術家の存在が私の皮膚から剥がれてしまって、新しく生まれた寂しい気持ちと、またこれから付き合わねばならなくなってしまった。もう一回奴らと一緒に、世の中のくだらない部分をアジテイトして清涼な風を吹かせたい!

≪ 舞踏の長谷川恵美子さんの公演が若く新しい多くの舞踏の観客を呼びました。87歳という年齢を忘れさせるほどに集中して一時間に及ぶ会を中野テルプシコールに於いて11月13日と14日両日にかけて行い、独特の舞踏の世界を展開し、また更に自由なイメージを創出するエネルギーを私達に感じさせてくれました。

≪ 昨年惜しくも若くして他界したインドネシアのスーパーミュージシャンINNISISURIを愛してやまない多くの人々によって、生前彼も数多く名演奏で参加し、また大勢の弟子達を伴って私達と一緒にやってきたASIA TRI.を彼の住んでいたジャカルタでも開催しようという動きが本格的になってきています。実現すればASIA TRI. JAKARTAが今後、プロジェクトの大きな柱になってきそうです。
≪ ASIA TRI. Japan が10月28日、29日に大井町きゅりあんホールにおいて、舞踊家の武元賀寿子さんの場をお借りして小規模ながら開かれます。インドネシアより昨年の「越後妻有アート・トリエンナーレ 大地の芸術祭」に出演したTEMBI Dance Company が参加します。諸般の都合で残念ながら今回は前回までのようなツアーが組めず、また韓国からの参加も出来ませんでしたが、それでも多くの日本人ダンサーと共にする舞台はダンスシアターの楽しみを広げてくれるものです。
≪ インドネシア・ジョクジャカルタにまた一つ楽しみな場所が出来ます。以前ジャワ舞踊の巨匠バゴンの創設した芸術学校PADEPOKANの多くの施設を現在、日本でもおなじみのBESAR WIDODOらがディレクションしてリノベイトしており、素晴らしい劇場群に生まれ変わろうとしています。広大な敷地の各所に舞台となる空間が配され、スタジオやカフェ、エキジビションスペースなども併設しており、特にメインの劇場は理想的な空間バランスをもっていて訪れる人は誰もが創造意欲を掻き立てられると思います。今後、アジア・トライ、JOGJA International Arts Performing Festivalの共同開催も協議されているところです。
 劇衆上海素麺工場の微振動が始まります。2010年12月10日(金)11日(土)12日(日)の三日間、福岡の劇団拠点にて開催。タイトル「羅紗面天麩羅」(作 支那海 東)。近未来の大噴火の予兆がここで見られます。出演者の花々も既に痙攣が始まっているようです。
≪ 2010年度のASIA TRI.JOGJAアジア・トライ・ジョクジャが10月7日、盛会裏に終了しました。今年は異常気象で例年開催していたKaliuranの野外舞台が設営出来ず、またメラピ火山活動が活発化していることもあり、そのハイリスクを避けました。代わりにTEMBIの舞台での開催となり、この伝統的雰囲気の舞台で繰り広げられたコンテンポラリーダンスや熱いパーカッションコンサートは独特のエネルギーあるイベントになりました。 また10月3日から三日間開催のJogja International Performing Arts Festival(昨年までJAF Jogja Art Festivalと称していた)が恒例のTAMAN BUDAYA SOCIETEDで開催され、連日通路はじめ立ち見の隙間もないほどの大勢の観客で埋まりました。出演者はインド、チリ、ベネズエラ、日本、フランス、スペイン、インドネシアなど様々な地域から参加を頂きました。
≪ 2010年12月22,23日両日に、上杉満代大森政秀武内靖彦
の3人による舞踏公演が中野テルプシコールに於いて開催されることが決定しました。共に大野一雄に深く関わりを持ち、今日までに大きく影響を受けたその巨星を失ったことについて、大野一雄に対するオマージュ、レクイエム、追悼の心を持ち寄るものでもあります。それぞれが一枚看板を持って活躍する彼らが揃って一つの舞台を創るのはこれが初めてでの事でもあり、土方巽、大野一雄亡き後の舞踏を新たに生みだしてゆこうとする決意の舞台とも見えます。多くの方々に、この記念すべき公演を見届けてもらいたいものです。

 先日、青森県弘前市のSpace DENEGA(スペース・デネガ)に於いて、現地在住の山田スイッチさん制作で、“雪雄子舞踏ソロ公演「復活」”が実現した。これは先達て宇都宮の「ギャラリー悠日」で紹介されたものを再演したのだが、会場の条件や環境、地域の違いなどからか、全く別の息吹となって出現した。会場のスペース・デネガは煉瓦作りで中庭があり、実に北欧か東欧風でもあり、落ち着いた環境で、劇場実現に集中するのに大きな受け皿の条件を持っていた。また、山田スイッチさんを中心に、会場のスタッフの方々、地元ボランティアの方々の打算の全く無い関わりに、本当に気持ちの良い時間を過ごすことが出来た。

 演劇の笛田宇一朗さん(笛田宇一朗演劇事務所主催)と糸操り人形の田中純さん(先代の結城孫三郎さん)お二人が中心となり、山梨の方での新たな演劇祭開催計画があります。今年、7月に山梨での『マクベス』公演を機にその後、9月1日~5日の早稲田公演を通して、計画は更に進展するものと思われます。この時代の“演劇祭”の姿が楽しみなところです。

 南宇都宮駅近くの“ギャラリー悠日(ユウジツ)”で、雪雄子(舞踏)と田口ランディ(公演テキストと朗読)がコラボする公演が行われました。天才放浪絵師“香川大介”個展のオープニングイベントの一つとして、彼の長さ9mに及ぶ圧倒的作品の他、数点の作品に囲まれての公演『復活』は大変充実したものとなり、たくさんの観客に来て頂きました。またこの会場の建物は元大谷石で作られた米蔵だったそうで、「ギャラリー悠日」としてちょうど5年の実績を持ち、既に数々の優れた作品が紹介されており、更に数日前には“ナベサダ”コンサートを行うなど、パフォーマンスも多彩に展開されています。

 舞踏の上杉満代さんが「2009年度 第41回 舞踊批評家協会賞」を受賞されました。

  連続ソロ舞踏公演「ベイビーメランコリア−夢六夜−」(2009年から2010年にかけて中野テルプシコールで行った計6回の公演)が特に評価されたものです。

 昨年度(2009年)の“越後妻有アート・トリエンナーレ 大地の芸術祭”開催を機に、松代地区メイン会場である“農舞台”イベントスペースに約400人収容可能な仮設の客席が用意されました。会期終了後には撤収され資材庫に保管された状態ですが、地元の腕の良い大工さんによって制作され、通常の劇場感覚とは全く違った方式のツールとなりました。取り扱いは、そのスケールからも容易ではないですが、様々なレイアウトの可能性もあり、今後のイベント展開において大いに空間モチベーションが高まったと評価できます。また、この組み立て式客席と共に桟敷席なども加えると、農舞台全体として500~700名程度の収容が可能となりました。開催されるイベント内容もその可能性、バリエーションが飛躍的に広がります。

 支那海東(しなかい あずま)率いる劇団「上海素麺工場」が2009年に福岡県百通地浜(ももちはま)で行った公演「セカンドハネムーン」の記録DVDがリリースされています。全編3時間を超える大作で、海岸に特設の舞台の様子と共に、観客と主演者達の熱気溢れる現場の臨場感が記録されており、そのスケールの大きさがよく伝わって来るような内容になっています。

 プロトシアターが主催する“アジアミーツアジア”が、今年10月に開催され、アジア各地から多くの演劇グループが高田馬場プロトシアターに集い、カンファレンス初め舞台公演など様々に活動が展開されます。お楽しみに。

 先日、群馬県桐生市で行った工藤丈輝(舞踏)石坂亥士(打楽器・神楽太鼓)の公演会場となった“桐生 有鄰館 旧酒蔵”は、現在様々な公演などに使用しながら、文化財として保存されている建物で、内部の特徴的な柱の他、壁を構成するもの全てが現役当時そのままに残されており、周囲の町の状況と調和して、現代に貴重な時間を与えてくれる。また、ここを劇場として活用出来ることに幸運を感じるものです。

 「越後妻有アートトリエンナーレ2009 大地の芸術祭」公式記録集が現代企画室より出版されています。インドネシアから招聘したビモ・ダンスシアタータンビ・ダンスカンパニーの舞台写真、ブラックステージ制作のヘンリク・ハカンソン作品「音の波」の様子などが、他のすべての参加作品と共に紹介されております。

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オフィス・ソガ 曽我傑の予定 2013

2013年12月19日 | weblog

1月26日(土)  講演 『環境とカルティベイション』 東京工芸大学芸術学部 中野キャンパス1102教室 (15:00~16:30)

            主催 : 日本映像学会クロスメディア研究会

3月23日(土)24日(日)  劇衆 上海素麺工場公演 (福岡市JR吉塚駅東口 アンティークモールブーチーマーケット)開場 19:00 開演 19:30

                    羅紗面天麩羅その四 

4月25日(木)   ビショップ山田 講演会+デモ公演 (慶応義塾大学日吉校) pm5:00~

(5月13日~7月8日の主に月水午後)   女子美術大学芸術学部杉並 アートプロデュース表現領域音楽プロデュース演習担当

5月中旬(?)   DINYOS+Bimo Dance Theater コラボレーション公演 (シンガポールNanyang Orchestra音楽) 京都府立芸術文化会館

5月28日(火)29日(水)   上杉満代 ソロ舞踏公演 (新宿スペース雑遊) 開場19:00 開演19:30

                     『 PASSION熱情  

6月20日(木)~29日(土)   Sin Cha Hong ホン・シンジャ舞踊公演 -ジョン・ケージ作品から― 

                                       Dance :Sin Cha Hong   Pf :多田正美 

                                        (Seoul Art Center Jayu theater 6/20~23, Dae gu Suseong artpia Moo hack hall 6/26,27, Masan 3.15Theater 6/29)   

                 『危険な夜- The Perilous Night』 『Four Walls』

7月13日(土)   長谷川恵美子 ソロ舞踏公演 (中野テルプシコール) 開場 18:30 開演 19:00

                                    『 蛍 ほたる 』

7月28日(日)  フランシス・ベーコン展舞踏公演&レクチャー (豊田市美術館)

8月29日(木)・30日(金)・31日(土)  即興・即響・触境 Dream/ in a landscape of John Cage (中野テルプシコール)

             舞踏 : 武内靖彦  上杉満代  

               演奏 : 多田正美(サウンドエンカウンター&インスタレーション) 河合孝治(サウンド・コンセプター) 曽我傑(即興演奏)

9月13日~15日  ASIA TRI.Jakarta (Haris Gallery courtyard) (現地諸事情により準備が間に合わず本年度は見送りになりました)

9月18日~25日  ASIA TRI.Jogja, JIPA(Jogja International Performing Arts Festival)

                  (Jogjakarta:Taman budayah concert hall, Kalliulan Ullen sentalu)

9月28日(土)  藤沢市民祭り 遊行舎公演 「一本刀土俵入り」 (遊行寺にて午後2時~)

10月2日(水)~6日(日)  Sakura Collection  NITA's Fashion show (東京タワーホール)(詳細未定)

10月10日(木)~13日(日)  工藤丈輝+若林淳 公演 (座・高円寺)開演19:30 最終日のみ15:00

                                        「降海の夢」  出演 工藤丈輝:若林淳:浅井信好:河原田隆徳:オグラ・コブラ

10月25日(金)26日(土)27日(日)  遊行舎公演(白石征 脚本・演出) 「狐葛の葉」 (藤沢市遊行寺本堂)

11月11日(月)~16日(土)   Rama Simon 公演 (Singapore)

12月7日(土)8日(日)   芥正彦+結城一糸+室伏鴻 他による公演 (青山草月ホール)

12月10日(火)12日(木)13日(金)  慶応義塾大学アートセンター 土方アーカイブ+港区 共催企画舞踏公演 

                                         (六本木ストライプハウス、慶応義塾大学三田校舎・北館ホール・野口ルームの三会場)

                     出演者としてジョスリン・モンプティ、カミーユ・ムーテル各氏を予定   

12月21日(土)~23日(月)   ラビィ 舞踏ソロ公演 (中野テルプシコール  開演 21,22日 19:30 23日 18:30) 

                          「未来のイヴ」 EVE of the Future

2014年度 予定

1月4日(土) 秀島実 舞踏公演 「 原子と直覚 -atom & intuition- 」 鎌倉生涯学習センター

1月18日(土)  新たな一歩会 〈 スペシャルDX? プチAsia Tri? 〉 大井町きゅりあん小ホール

3月17日~22日(又は4月1日~6日)の間の二日間  三上賀代 舞踏公演 「献花」 共演 若林淳、工藤丈輝 (神奈川芸術劇場)

5月頃  韓国予定(ホンシンジャ公演)

9月初旬~中旬  ASIA TRI.JOGJA その他

 

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閑房幻聴録 2

2013年05月02日 | 雑記帳

・ 人生を舞踏レベルで貫通した人間の死は、まだ現世の舞台上に残る者にとり、日常の悲しみさえも翻弄するほどの圧倒的な言葉と記憶の圧力で迫ってくるものがある。死体は脱ぎ捨てられた衣装だし、いずれ儚く処理されてしまい、一応何かのメディアで資料化されて人々の記憶のヨリシロになるのだろう。特別な死を受け入れるには相応の覚悟とエネルギーが用意されねばならない。強烈な死ほど、それに付き合ってゆけるまでには時間がかかるだろうが、さて、それが自分の生の時間内で収まるかどうか?ここは静かに過ごすのみ、「無」の想念の癒しを待ってみる。日常的な全ての言葉から離れる技の習得訓練に挑戦する。

・ そうだ、歳のせいか忘れかけていた瞬間のこと。ジョン・ケージとロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズ。アール・ブラウンとアレクサンダー・カルダー。クセナキスとル・コルビジェ。サティとマン・レイ等々。それから「アヴァンギャルド」のこと。フランスかどこかの軍隊で使っていた切り込み隊、決死隊をそう呼んだ。「前衛」と訳したのは文字通り正解。抗すべき対象に触れて知覚する身体性、身体反応から防御すべきもの、生き延びるべきものの確認をする。即興(触境、即響いずれもソッキョウ、ソクキョウ)はいつでもそこにあった。

・ 何年か以前に中村明一氏(尺八奏者、作曲家、音楽研究など)の誘いで両国のシアターχで、リチャード・タイテルバウム氏の参加するコンサートを手伝ったことがある。カランやジェフスキーらと共に過激な音楽集団ムジカ・エレクトロニカ・ヴィヴァの設立メンバーでもあるタイテルバウム氏はイメージと違い随分と静かで穏やかな人柄だったのを思い出した。実はこの数年、「ジョン・ケージの100年」を軸に現代の音楽について整理していたのだが、サウンドスケープの辺りで再び触れることとなったわけである。私が音響、照明、舞台設計、構成、イヴェントなど総合的に関わっているのも考えてみるとケージの他、クセナキス、ライリー、シュトックハウゼン、フェッター、MW2アンサンブル(ポーランド)やフェルドマン、ボー・ガメラン・アンサンブルら時代の先駆者たちを観ていたことや、70年大阪万博のドイツ館でアルバイトしているついでに体験、目撃した当時の音楽現場が今尚、記憶の背景になっていると感じる。タイテルバウムの音楽は曲名などは全く忘れているが、その音は実にリアルに身体に残っている。今の自分の行動全ては或る意味、作曲行為の延長に在るのだと改めて思う。当然の事ながら、踊りの身体、テクノロジー、音の環境、社会的条件、言葉と記号、サインの事などがこれからも必須のフィールド要素である事は間違いないだろう。

・ 『論理哲学論考』(ヴィトゲンシュタイン)が書かれたのは1920年代初頭で、そこでは言語記述に関する論理展開がされるが、それから約30年後に書かれた『哲学探究』ではそれまでの自説を或る意味、真逆から捉え直したような、そしてかなりざっくりと切り捨てるように「言語は表現の演じる言語ゲーム」とまで言っている。この差の背景を想像してみたが、そこに至る30年間には第二次世界大戦があり、自身のイギリス帰化や病院勤務などを経ており、『論理~』を書いていたちょうど第一次世界大戦中とは、本人の体力気力(多分20歳代のこと)の差、社会の空気感の違いなど考えられる。ヨーロッパ現代思想バブルと崩壊の両極を見る思いだ。

・ 三浦梅園の断片を読み直している。江戸時代中頃の大分辺りの人でほぼ独学らしいが、その時代に全くの弁証法的論理をもって思索していた事にあらためて驚く。いや、江戸から遠く離れた地であった事が、よりシャープな思考に向かわせたという意味で幸いしたのかも知れない。雑踏から距離を置いて始めて純粋培養の思考が出来るであろうことは、メディア・リテラシーの進化した現代でも同様では。マスキングとチョイシングが時間・空間軸上で可能だという証明を梅園が残している。

・ 以前(10年ほど前だったか)舞踏舎天鶏のツアーの途中、テキサス州オースティンのFM放送で私の音楽を流すので放送に参加しろと言うので「何かしゃべってやろう!」と思っていたが結局中途半端に終わってしまい今でも心残りがある。その時の親切なDJの人は本当に温かくて私の曲もたくさん紹介してくれとても感謝したが、舞踏の音楽について充分に伝えられず自分の語学力不足を深く感じ入るのみでじつにもどかしくもあった。この時通訳の方もいたが、ワンクッション置く事のもどかしさに伝えたい勢いが勝ってしまい、後で考えるともう少しゆったりと臨むべきだった事を考え続けている。

・ 先日、大阪と和歌山の県境にある信太山近くを通り過ぎる際、ふと遊行寺での公演「きつね葛の葉」(台本演出 白石征)のワンシーンを思い出した。「恋しくば尋ね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」。もちろん原作は浄瑠璃や歌舞伎などの演目「葛の葉」ではあるが、白石征によるこの子別れのシーンでの葛の葉の絶叫は胸に迫るものがあった。公演の現場ではとにかく手元の操作が多くて完璧な演出をと精一杯だったのだが、少し時間が経過したところでふと気付いてみると、しっかりと何かが記憶にインプットされていることに感動する。更にこの物語を典型として日本人の本当の故郷について思考した柳田国男や寺山修司らが一様に言うところの「自分の故郷は生まれ育った場所だが、真に心の故郷は母親の生まれ育った場所にこそある」というのも実感として深くよみがえってきた。

・ インド、マドラス近郊にAuroville(オーロヴィル)と言うコミュニティがあり世界中からアーティストや精神的社会的に平和を求める人々が集まり自給自足生活で独自の文化圏を形成しているエリアが有ると、ホンシンジャさんが教えてくれた。早速ネットで調べると想像を遥かに超えた規模でコミュニティが機能している。この類のムーヴメントには何やら怪しげな宗教や偏向的思想などが背景にあるのではとつい疑いたくなる、私も現代人の一人だが、ここは全くそんなものはなさそうで、最低限の村内ルールだけでお互いの生命を尊重し尊敬しあって暮らす事だけとか。或る意味、現代における理想郷の実現への実験がなされている。現在ホンさん自身は現地に滞在しているが韓国出発前に「あなたも一度でいいから、ただ来てみると良いですよ」と勧めてくれた。多分インドネシアのついでにでも訪ねてみようかと思う。

・ 風の強い日だった。車で狭い路地裏を走っていて前の方をのろのろとベビーカーを押しながら歩く老人の後を付く状況で、広い所に出るまではこのままだろうと、このノロノロさ加減を諦めていたが、やっと道幅の拡がったところでそのベビーカーの老人を追い抜くことが出来た。ずっと後ろに付けていた時には「この風の強い日に孫でも散歩させているのかな?」などと勝手な事を考えていたが、追い抜きざまにその孫の顔でも見てやろうとちらりとその屋根つきのベビーカーを覗いてみると、乗っていたのは大根やらねぎの束。そこからこの老人の人生についての想像が始まった。「かつてはこのベビーカーに自分の赤ん坊を乗せた生活があり、その後その赤ん坊が育った後は・・・」。そう言えば老人の後ろ姿の見え方が何となく・・・。

・ 山田美妙(びみょう)が発端とされる口語詩のインパクトは後に土方巽「病める舞姫」他作品や古賀忠昭「血ん潟」など一連の作品へと川幅を広げる。既に土方に至っては詩も飲み込む濁流となり底なしのエネルギーで私達に覆いかぶさってくる。古賀忠昭の底なし沼のさらにまた奥底からやってくる言葉達の泡ぶくもまた、私達の前で容赦なく破裂する。現代の文明とやらはこうした口語体の身体性に対してドッジボールゲームのように存在の直撃を「かわす」ことに知恵を絞り、そこでまた新たな経済を呼ぶ。即興音楽、民族音楽、ノイズミュージックなどもまた或る意味「口語体」の音版と言えよう。現在必要なのは元気な口語では?こんな感じでよろしかったでしょうか?いらっしゃいませ、こんにちは!うるさい!マニュアル時代からマニュアルを全部取っ払おう!マニエリスムは本物の職人にのみ許される秘伝術として肯定される。虚弱な素人の逃げ込み場所ではない。マニュアルは頼るものではなく文明の歴史的価値としてのみ記されるべき。

・ MEXICALI-メヒカリ(又はメキシカリ)で公演をした事がある。メキシコとカリフォルニアのボーダー付近で工鉱業が中心の新興都市である。特筆はその地が標高マイナス数百メートルらしいこと。海面よりも相当低く、はっきりと気圧の重さを感じる。直前の公演地がメキシコ中央部で標高2,000メートル辺りの土地だったので、その気圧差は身体に随分と負担をかけ、メヒカリでは数度も気が遠くなる想いを味わった。この時の身体感覚と記憶は今でも自分の大事な財産だと思っている。

・ J.S.バッハ - シェーンベルク - ジョン・ケージのラインを眺めることは価値のヒエラルキーについて、その解体のための便利で合理的な道具を得るに等しい。その時系列の中でもヴェルディ、プッチーニの音組織の最高のオルガンが事実であることは現代を生きる私達の至上の財産である。これを知らず、ただいたずらに部分の衣装、飾り物に気を取られる刹那を重ねる者は耳の数でモダニズムをもてあそぶ。大多数はこんな感じですね。

・ 多田正美のサウンド・エンカウンターの表情とジョンケージのチャンスオペレーションを組み合わせると、時間の身体性が見えてくる。かつて「楽器の身体論」をやったレベルから更にもう一段、概念の投網が大きくなったようだ。これは自由度が高まり許容度が増したことを意味する。

・ 大いに関与する「アジア・トライ・プロジェクト」。新規にプレゼンする際に必ず「何でアジアに特定するのか?これでは西洋を排除するのでは?」と聞かれるが、全く逆である。「大いなる器、母なる大地、全てを受け入れ育てる土壌」のこと。マリア様、菩薩、胎蔵界などつまり「母体」に通ずる概念で、カルチャーの本分であるカルチベーション(耕作、農耕、栽培、養殖など)そのもを目指している。そして「パン・ワールド」がフィールドであるのに。少々混乱するネーミングだったかなあ?

・ 「スタイル」について訳も無く考えてみた。坊主の剃髪、これはラスコー洞窟やフィリピンのどこかの洞窟で発見された指の無い古代人の手形が沢山残されている事や、やくざのお兄さんの赤ちゃん指が無い事、つまり身体の一部を切り落とす何らかの信仰、或いは人としての反省やまじないの印にもしかして通底する感覚なんだろうか?出家する際には大体が髪を落とすという事の意味。「腰パン」、これは明快だ。元々がニューヨークの刑務所で囚人の自殺防止や喧嘩の際に武器にするのを防止するため、囚人服のベルトを取ってしまったため、ずるずるとズボンが落ちて腰の位置でやっと引っかかっている状態をハーレムの黒人のガキが真似てみた、「世の中の不公平、差別のシンボル」。ただまあ、それだけのことでアジテーションになるほどの積極的なものではない。「チェ・ゲバラの帽子にひげ、いつも咥えている葉巻煙草」。そういえばカストロも似ている。ゲリラ活動時、ほとんどをジャングルでの行動を強いられて、そこでのしつこい蚊の大群や凶暴な虻から身体の最期の露出部分である顔を少しでも護るために髭を蓄えたりいつも蚊取り線香代わりの葉巻を煙らせていた。彼らのもう一つの戦いが顔の皮膚近辺で展開していたわけだ。東南アジアのあちこちでよく見かける「鼻の下の白い線」。何かの薬品か芳香剤の様なものを塗ってるらしい。これを塗っておくと鼻がスースーと通りが良くなって表情も明るくなるらしい。鼻と上唇の間で起きている楽しい出来事。スタイルもなかなか悪くないかも?

・ バンクーバーでの公演が無事終わり主催者との食事の席での会話。ちょうどその日が3月11日だった事もあり話が2011年の東北の震災と大津波の様々な影響に触れていた。主催者の一人が「今日は私達にとっても特別な日なんです。人生で忘れてはならない日が誰にもありますが、その一つですね。もちろん昨年の津波やら震災の様子はテレビやインターネットで毎日のように流れていましたが、それらが少しづつ間隔が開くようになった頃、近くの海岸に流れ着いた物を実際に目にして身体の奥から衝撃を受けました。それは少しだけ残った瓦をのせた屋根の一部や何とか丸と書かれていた漁船らしき残骸、その文字はおそらく被害の際に受けたダメージか遠く流される途中ではがされたものか不明ですが、ともかく日本で起きた事がリアルにここまで送られてきました。他にも無数の瓦礫が流れてきており、またその後にはアメリカ西海岸のいたるところで同じように日本から流れ着いたことが伝えられています。これは実に日本の出来事ではなく、地球に起きた一大事だと思いますよ。『事実なんだこれは』と言う事を肌で感じ、人々の悲しみや痛みは今は自分の身の上に起きた事に思えます。今日の素晴らしい公演が、その事件の重みと共に在る事に感動しています。遠く日本からのご参加に深く感謝いたします」。私にとってこの言葉以上のギャラは考えられない。それにしてもこの時のメシは美味かったしビールも格別でした。

・ 昨日久しぶりに職質(正義の味方のおまわりさんによる不審者への法的に保障された職務質問と言う名の、人の時間を止める行為)を受けた。勿論私は不審者ではあるが、一応大人の対応をしてあげた。つまり質問にお答えしたわけです。「お仕事か何かですか?」「そうです。」「どこか近くに住んでるんですか?」パスポートと運転免許証を見せて「私はこちらに住所がありますが仕事の都合で今近くのホテルに滞在してます」。人が答えている間に、その見せた書類のデータを、どこかの秘密基地かも知れないところに無線で照会し始めた。「私の答えていること聴いてますか?」と私。一通り連絡が済んで渡したものを返してきたので「じゃあもう良いですね?」と再び私。しかしどこかの秘密基地からの返事待ちらしく「すみません、もうちょっと待ってね」。私も午後のリハーサルには少し時間の余裕があったので「では伺わせてください、私のどういうポイントがあなた達に職質のきっかけになりましたか?」「いやいや、そういう訳じゃあないです。なんせ駅の近くは色々とあるもんで。」「そういうことではなくて私が不審だったんですよね、自分では気が付かないから、どういうところで不審者と判断したか教えて欲しいんですが。目つきですか?服装ですか?」「いやいや、なんせ駅の近くなもので」・・・。正当な質問のはずが対話にはならず残念!庶民にするとかっこいいおまわりさんには、もっと正しい日本語と目上を尊敬する気持ち、人に面と向き合うときの礼儀、なぜ権力が与えられているのかなどなどの基礎的お勉強をもっとしてから外に出ていただきたいものです。正義の味方には税金でユニフォーム着せといても文句は言いませんが。ともかく、ご苦労様!

・ 「ニクシともつれてごんせやシチゴサン、ロクイチハチはあとにしやしゃんせ」。ばあやんが子供の俺を遊ばせていた時に教えてくれた唄。「これはオダイッさんがシナで習うたもんじゃそうな、妙な遊びがあるもんじゃ!ばあやんも子供の頃に教わったんじゃけんどの!」。

・ 最近、電車やバスを利用することが多い。そこでいつも感じる妙な気持ち悪さについて、その原因にふっと気が付いた事がある。車内にうるさく掲示されている様々な宣伝のパネルの何とも美人、美男の綺麗で華やかな写真の数々。その全てが自分の方向を見て(と言うか正面向きの表情だが)何かを伝えようと、とにかく満面の笑み、大げさな表情、うっとりとして見せたりと、実に撮影時の苦労がにじみ出ているのをうかがわせる。おそらくその宣伝の制作者に「もっと笑って!もっと表情たっぷりと、あっ、いいね~、それそれ!」などと励まされた上の作品なんだろう。ご苦労様ですが全て作り表情なんだろう?つまり公共の場(?)でおおっぴらに嘘をついてるわけですね。しかしそれにしてもあまりにも溢れすぎです、こんなものが!「宣伝とはこんなもの」とはよく言うが、やはり煩いし、しつこすぎる。嘘に囲まれていて何で皆さん平気なんだろう?ああ、胃が痛い!

・ 確率論や統計学などが日常的に用いられているが、本来この適用は「~光年」とかでしか測れない程の宇宙規模のスケールについてのアプローチ理論のはず。いつの間にか社会学などという怪しい学問に使われ同時に経済原理にもされるほどに偉くなっている。個人が「大体この範囲の人間」として括られるわけだ。更にはもっと怪しい心理学、精神分析学と結びついた日には、もう決定的に人格までも規定されてしまうほど。分析や引き出される割合は過ぎた時間の解釈、解説以上には何の絶対価値は持ちえない。資料作成過程に過ぎない。統計や確率から引き出される予見は有るにしてもそこまででは。近頃あまりにも過剰な保険社会になりつつある。バカバカしい!

・ インドネシア・ジョグジャカルタの山の中にあるバティックミュージアムの中庭に新しい劇場を造る作業を沢山の友人たちと続けていた。野外で時間も遅く、山なので雨も多い中、さきほどからビモ・ウィヲハトモの顔が見えないと思っているとしばらくして霧の中から彼の姿が現れてきた。片手にはなにやら小さな紙袋を大事そうに提げ、「ソガサン、コレ!」と差し出す。「何?」と聞くと、「コーヒーデス、ドーゾ!」。私は冷えた体でありがたく紙袋の中のコップを連想しながら受け取った瞬間、何やらグニャっとした感触に全身を支配された。しかも異常に熱い。「何コレ?」「コーヒーデス、ドーゾドーゾ!」。中からはビニール袋に入れられた確かにコーヒーらしき液体、しかも袋の口は何重にもゴム紐で縛られている。「どうやって飲むの?」「アナアケマス」と教えてもらった。その間も持っていられないほど熱い。これほどに飲みにくいコーヒーに出会った事がないが、これほど美味かったコーヒーも初めてである。味の裏側に「この時間、この山の中でどこから持ってきたんだろう?一時間近く姿を消してこのコーヒーを探したんだろうか?ずっとこの熱いやつを持ってきたのだろうか?」などの感動もブレンドされていた。しかしあの飲みにくさときたら世界一!

・ ビモは私を見るといつも聞く。「ネコサンゲンキデスカ?」。

・ イタリア・スポレットであちらの蛍を見た。小さいがまるで針のように鋭い強くて棘の様な真っ白な光で、ふんわりと点滅するのではなく「ピーンッ!」という音がするような光を放っていた。

・ 最近になってまた怒りがこみ上げてくる。以前、千葉県浦安市で車上荒らしの被害に会い、貴重品全てを失った。地元警察に被害届を出しに行くとおまわりさんに「そんなところに大事なものを置いておいたあんたが悪い、車は金庫じゃないんだから」。と、いかにも人を諭すかのような口ぶりで更に「まあ一応は被害届は受けときますが、よほど運が良くなければ獲られたもが帰ってきた例は無いね」。その後、無くしたカード類や運転免許証、パスポートなどを再発行してもらうためには身分証明が必要と言うので役場にいって住民票やら住民謄本を申請すると「あなたがご本人だという証明が要ります。例えば運転免許証とかパスポートとか」。「私が本人です」では通じないのです現代社会は。良い勉強にはなったが、この時の何かに対する怒りがしこりになって、その内に自分の精神の癌に成長していっているのではと思う。

・ ベンちゃんの政策基本方針。「除洗した放射能とか地球上のあらゆる放射能は宇宙船で月にでも持って行って捨ててしまえば良いんじゃないでしょうか?」私は大賛成です。

・ 「舞踏って何ですか?舞踏を一言で説明できますか?」などと言う質問の場面によく出くわす。これはいわゆる「ねじれ会話」の典型で、質問の出所は言語文化圏からくるが、答えを待たれる側は「語り得ぬもの」の動機を持っているから。単純に「舞踏」の意は「手の動き、表現を主とする『舞い』と足を踏みならす動きが軸の『踏』の二つを組み合わせ、又は同時生起でなされる行為の形であるにすぎなくて、つまり「このようになる、動く姿」を述べるに留まる言葉だが、これを「ダンス」と捉え解釈しようとしたところに様々な誤解や混乱が生じる原因を生みだす。「語り得ぬもの」を「語ろう」とさせたがる「経済学」とは、そもそも別次元であるにもかかわらず、ついつい西洋的近代の思考構造にはまり込んでいる私たちが振り回されることになる。「舞」で使われる手の動きは「空間が水平方向に広がり、どこまでも自由に空気世界を泳ぎ、「踏」の足踏みは「大地」のエネルギーやら鼓動に感応して「垂直方向」に自由度を拡張させようとする意志の表れ。或る意味で「祈り」の形に近く、またどうしようもない「叫び」の形だったりするわけで、なぜこの原始的な人の表情を「ダンス」(一般的な意味の)としたがるのか?あるいは「ダンス」の解釈、捉え方がそもそも間違っているのか?おそらく後者ではないだろうか。音楽からみれば「ダンス」は「音楽」の一種に過ぎない。そこで「舞踏」は「舞踊」とは別物と理解するべきだろう。そうしたことなどから、土方巽、大野一雄を現代の舞踏の典型としてすっきりと置いてみれば、気持ちは楽になるのに。参考例として 1)ボリショイバレエのプリマが舞う「白鳥の湖」には「舞踏」がある。 2)駅前のスーパーマーケットで魚を売ってるおっさんのだみ声には「舞踏」がある。 3)あの役者は「舞踏」から出てきている。 4)コンクリート塀をピアノのつもりで弾いている洟垂れ小僧は「舞踏」がある。 5)あの激しいモダンダンスには「舞踏」があるから感動する。 ・・・などなど。

・ 臨済と曹洞の違いには例えば一方は前向きで、もう片方は後ろ向きで座禅するなどの行法、作法においてディテールの差こそあれ、共に根本は「止観」法に重心を置くところにある。死に似た形で無く生きる命が「点」になる形として重心をケツの穴周辺に集め、その一点を手掛かりに宇宙空間と往還する。人の体内にあってそのまま宇宙に通じるトンネルが存在するわけだが、そう考えるとただじっとしているだけでも、わくわくとした自由と興奮が味わえる。このケツの穴の前では近代、現代の問題などは糞喰らえ!

・ グアテマラで産直のコーヒーを頂いた。別にカフェとかレストランとかではなくて普通の農家の庭先だったが、深炒りでとにかく溢れんばかりのコーヒーの香りに満ちた空気の中での味は忘れられない。

・ 空豆の旨い喰い方。鞘付きのままで片面5分づつ、焦げ目が着く位焼くとふっくらと中の豆が自然に蒸された状態となり、塩でもふりかけて喰うのが旨い、実に自然の味がする。これは、はるかに私よりもずっと若い人から教わりました。

・ 高速道路で追い越し禁止区間、ずっと先の方をノロノロと走る車のために、その後ろが行列となって等間隔で長い列を作る。自分はいつもこのストレスと付き合わされる。望まないのに集団化されてしまう。まるでニュース価値の無い新聞やテレビを無理やり見せられるように感じる。こうして出来上がる長い行列のことを世間では「一般社会」とか呼んでいるようだ。そして通行料金として税金とやらの仕掛けにまんまと嵌められているのだろう。搾取、利権が絡まなければ何の問題は起こらないが。

・ 山片蟠桃(やまがたばんとう)を知ったのは高校生の頃に触れた一冊の本の中だった。わずかな記述だったが妙に魅力的で一瞬にして虜になったように覚えている。江戸時代後期の民間(?)思想家で、何処かの金貸しの番頭をしていたのをもじってその名にしたらしいが、徹底した唯物史観で生涯を貫いたようだ。当時の日本で地動説、無神論、神話と史実の明快な境界線を引くなど、おそらく当時はとんでもない人だったのだろう。更に彼の残した書「夢の代」、なんと素敵な題名なんだとついつい引き込まれてしまったものだ。途中の雑念、数十年が経ってこの数年、再び懐かしさを覚える記憶の一つだ。

・ 夢の中で夢の話をしている夢を見た。現実の(?)夢のシチュエーションは目覚めて間もなく朧になったが、その夢の中で語っていた夢については明確に記憶している。しかしこんなに疲れる睡眠には体力も必要で、これは若い証拠か、はたまたボケの端っこに引っかかったものか?夢のような眠りにあこがれる。

・ 「今日スーパーに行ったら鮭の切り身が一つ百円で安かったので二つ買った。だから一つあげるから焼いて食べな」。私は確かに美味しい愛を頂きました、心からありがとう。こんな舞台を私はやってみたいものだ。

・先日エジプトでの政変のニュースが飛び交っていた。何かの仕事の時にエジプトにトランジットで立ち寄った事があり、数時間ではあるがピラミッド周辺の空気を吸った。そこで飲んだコーヒーが結構インパクトがあり、しっかりと今でも私の身体の中にプリントされている。

・ ドイツには温泉施設が沢山ある。ミュンヘンでの事、とある「労働者温泉」みたいな建物が街の真ん中を流れる川の側に有って、もちろん外からは内部は見えないが、どうも水着で温泉に入るらしいのだが、大勢のご老人達が外の川の中州でスッポンポンの全裸で日光浴していた。そこに若いお姉さんが一人もいなかったのが残念至極。しかしこのじいちゃん達、どのような精神構造なのか、シャイな私には不思議な光景だった。

・ 何かのステップアップのプロセスには「型から入る」「真似る」「定番のセオリーで臨む」「アナライズから割り出す」など様々なルートがあるが、こと舞踏においてはそれでは済まないものが在るらしい。同時に鑑賞眼についてもこの辺の特殊な事情に精通しなければ、まるでピンボケなメガネで見るようなもので、畢竟、変なマイナーな社交界に終わる。ああ、もったいない!ダメなところの数万倍の面白い命が、そこに昼寝している。グタグタと駄々をこねる前に、ご一緒に日向ぼっこでもしてみましょうか!フワーッ!

・ 今日は不覚にも涙してしまった。先の東北大地震のニュースが世界に相当なインパクトを与えたらしく、多くの友人から私の近況について心配する電話が相次いだ。「日本は大丈夫か?お前は無事か?」なのだが、やはりインドネシアと韓国からの電話が多く、インドネシアからは「ビールのボトルが傍に有る、お前が無事で来るまで皆で飲まずに待ってるぞ!(多分直ぐに飲んでるだろうが)」。韓国からは「お前の家はこちらに有るから危ない日本から早く移住しなさい。いつでも準備してるから!」。また、福岡の共犯者から「とにかくこっちに来い、こっちの方が良い、悪い事言わない。なんで早く来ないか?」。等々。自分の人生で犠牲にしたものも数えきれないが、得たものの深さ、大きさ、幅の広さ、そしてそれらの有難さに、ちょっとグッときてしまった。

・ 先日、北京に縁があり初めて一週間ほどそこの空気を吸った。以前抱いていた中国人と中国風土についてかなり違ったものを実感した。政治経済環境が異なるとはいえ、懐かしいほどの日本人の肉体の源流を見せてくれる様だ。良いも悪いも全てオーバーラップでそこにはあった。瞬間の微笑み、無神経な生命力、所在無いときの所作・・・。今まで香港とか上海、更に外国での中華街の人々からのみ、これまでの一方的な中国イメージを作り上げていたが、もろくもたった一週間でまったく違う、また想像を超える国のポテンシャルの高さに圧倒されてしまった。

・ ここのところ世間の空気の重さを感じる。もちろん津波や原発事故なんだろうが、それよりもっと奥深い、根深い何かが顔を覗かせたのではないだろうか?存在とか命そのもののはかなさ。経済価値の便利に馴れきった習慣にちょっとだけ距離を置かれて、戸惑ってる様な。こういう時にも残されているチャンスとは何があるか?

・ 先日の東北地震津波災害ニュースで頻繁にレポートされる中で岩手県の宮古市の画面が出ると、特に胸を痛める。ここは特別の思い出がある。学生でアルバイトや学生運動の真似ごとに出かけたりしながら、しかし金も無く毎日を悶々と過ごしていた頃のこと、ある日多少のバイト代が入り、衝動的に「何処かに行きたい、ここから脱出したい!」と何も考えずに新宿駅に向かった。そこで取りあえず一番でかい列車時刻表を買い「最初に開いたページの列車に乗る」と決めた。命中したのが東北本線のところ。四国出身で関西育ちの自分にとっては東北は文字通り「蝦夷地」であり「これだ!」と即決。切符窓口で「今から乗れる東北本線、どこでも良いです、大人一枚!」。「夜行便だけど盛岡行きなら間に合うよ」「じゃあそれでいいです、下さい、いくらですか?」。で、とにかく盛岡に行った。着いたのが多分朝の8時頃だったとは思うがここの記憶は正確ではない。元々、目的も何も無く来てしまったのだから、その後の行動予定も無かったが、その時点での次の判断基準は「腹が減った、旨い物が喰いたい」である。しかも「海の側で」というキーワードも出てきた。盛岡からは太平洋側に何とか線のローカル鉄道がつながっているので、自然とこれに乗り継ぎ終点「浄土ヶ浜」と名前もそそる駅に降りた。ここが宮古市の海岸端で、当時は海の近くに駅舎が在り少し歩いて、とにかく浄土ヶ浜に行ってみた。電車の中でのイメージ通り、そこで獲れた海産物を焼いて売る屋台などがほんの少しだけ商売していた。お約束で帆立だかさざえだかよく覚えてないが、醤油が焦げた味のするやつを奮発した。その日は晴天で実に静かな浄土ヶ浜の海岸で座っていると実に良い気持ちになって砂浜にそのまま眠ってしまった。物音で目を覚ますと、漁師らしきおじさんが獲ってきた海藻を浜に拡げている。「あんちゃん、これ食ってみな、うめーよ」(多分そのような事を言ったんだろう、土地の言葉で良くは判らないが)。本当に旨かった。この瞬間「この旅は成功だ!」と確信したものだ。わずかなバイト代だったので、その時点で手元に残っているのはぎりぎり東京までの電車賃くらいなので、後はもう考えることも無く駅窓口で「今から乗れる電車で東京まで大人一枚」。そこから2011年の今日までまだ旅が続いている。

・ 以前、マレーシアでカエルの唐揚げを試しに喰ってみたり、メキシコのカンクンでイグアナの炒めものを喰ったことがある。バンコクでは蛇が旨いと勧められたがさすがにこいつだけは勇気が出なかった。もしもこれが日本でならとてもじゃないがおぞましい食事に感じただろう。違った土地に行くと自然と身体の記憶とやらも怪しくなるのを実感する。身体ないし存在そのものの不確定さ加減の底なしを想う。

・ 群馬県片品村の武尊(ホタカ)で1983年~2002年の20年間、「武尊音楽週間」と言う音楽祭を行っていた。主謀のパートナーである小山夫妻はそこでペンション・コスモラマを運営しており、こよなく山を愛し、また山の生活の達人でもあった。音楽祭の20年間には実にたくさんの出会いと別れがあり、自分の人生の大きな歴史を作ってくれた。小山夫妻がある日「ソガちゃん、金あるの?」と心配してくれて「腐るほどあるよ」と答えたら「じゃあ、少し貸してやろうか?」と言うので、「冗談じゃない、また何か悪い事でも考えてんじゃないの?」「ばれたらしょうがないか」。こんな話で一日を過ごしていた。

・ かつて高円寺南口に建っていたアパート「源氏荘」が懐かしい。元陸軍病院だった木造の大きな建物で内部をベニヤ板で細かく仕切ってアパートにしたもので、部屋によっては畳一畳ちょっとくらいの部屋から、大きくてもせいぜいが三畳程度が無数に設えられてあり、私はその中でも特別室に住んだことがある。なんせ角部屋だし部屋の壁に取り付けた物置棚がものを言った。寝るときはその棚の下に足が伸ばせた。問題は隣のおやじだった。そいつはバリバリのやくざおやじで、どうも夜中はどこかで仕事らしく、大体明け方には規則正しく部屋に帰ってから眠りについていた。その頃私は一日のかなりの時間、楽器を練習していて、その日も夜は近所迷惑だろうと午前中に練習を始めた。もちろん大きな音のしないようしっかりと楽器をミュートをしていたのだが、突然このやくざが私の部屋のベニヤ板製のドア(と言うか部屋のふた)をけやぶって怒鳴りこんできた。「てめぇ、このやろう朝からうるせーじゃねーか!こっちは夜中働いてんだ、バカヤロー!仕事もしねーで遊んでんじゃねーぞ!」と朝から有難い説教をされた。こいつはもう誰かに刺されて死んでんだろうな。

・ 千葉幕張メッセ近くを流れる花見川の河口付近に、もう亡くなってしまったがスーパーアイドル野良猫のハナちゃんが住んでいた。生後数カ月で捨てられていたらしいが、とにかくその美貌と頭の良さでたくさんのファンを持っていた。私もその一人で、しょっちゅうご飯をあげていたものだから特になついてくれていた。ある日、私の前を大型犬を連れて散歩にやってきた人が通り過ぎようとした時、ハナちゃんがものすごい表情で私とその散歩の犬の間に割って入ってきて、まるで私を守るかのようにその大きな犬を威嚇した。犬の方が尻尾を縮めてしまい、足早に去っていてしまったのだ。「なんと気の強い猫なんだろう」と感心し、また「なんとカッコ良い猫だ!」とも思ったりしたが、後になるほどに「自分を守ってくれようとしたんだ」という思いが大きくなり、今さらながらに感動を覚える。

・ タイのバンコクから北に列車で数時間、アユタヤに行ったことがある。駅から寺院群までトゥクトゥクに乗ったが遺跡の入り口からは程遠いところで降ろされて「あそこから行けばよい」と運転手に教わり、その「あそこ」に行ってみた。予感はしていたが案の定、蟻塚の様なお土産売りの巣の真只中でした。閑だし金もないし緊張もない私は嬉しくなり、「俺はチャイニーズだけどベトナムで生まれてカンボジアで育ったんだ!」などと適当なこと言ってお土産売りのオヤジ達と仲良しになってしまった。遺跡の入り口にたどり着く頃に一人のオヤジが「これはここから出土した貴重なものだ」と前置きのある怪しい仏陀の手のひらサイズの石像を一つくれた。もともと適当な値段で観光客に売り付けるものだろうが、「ただでもらったら悪いな」の良心をもって、やはり「ここは礼儀だ、ただでもらうしかない」と判断。その後、普通の観光客としてアユタヤを巡り、帰りの駅で列車を持つがなかなか来ない。そこで駅員に尋ねると「直ぐ来るから」の答え。さらに一時間後もう一度尋ねて「直ぐ来る」の答え。これを4回繰り返してやっと列車がカッコよく向こうの方からやってきた。駅にホームなど無く、結局四時間線路に座っていたわけだが、その間にだんだんと太陽が沈んでゆき、空の色もずいぶんと変化を楽しませてくれた。ほど近いところの寺院の屋根が金色に輝いて自分にも光をくれたように感じた。本当に良い気分の一日だったなぁ。

・ コスタリカの首都サン・ホセからバスで4時間ほどの所に何とかと言う富士山に似た形の活火山があり、その一帯は多分国立公園みたいな場所で、ロッジやレストラン、別荘などが多く建ち並んでいる。その山は頻繁に小規模な噴火を繰り返しているので、めったに大惨事になるほどの危険性は低く毒性ガスも少なくて、ふもとの生活は実に平安な雰囲気だった。かなり大きな川を中心に、なんだかレジャーセンターみたいな施設があり、そこではオーガニック料理を売りにしたレストランや川の水を引き込んだプールなどが併設されていて、自分もしばしの時間を過ごすついでで川に入ってみると、何と全て温泉で生まれた川だった。落差20メートルほどの滝や狭くなった場所の急流も全てが温泉。たくさんの人々が水着ではしゃいでいる風景が実に浮世離れしていて、「地球の片隅でこんなにも解放された場所がある」ことに感動した。薄暗くなってから、ふっと富士山似の山を見上げると、てっぺんからだらりと真っ赤な溶岩を涎の様に垂らしていた。

・ 物事の認識、判断、処理は何らかの身体的情報反応システムによるが、さてその際の反応がどの部分で行われるかが問題だ。更にその反応についての検証器官の出来不出来にもよって、その後の身体表象の差異が生じる。大いなる課題は「無意識の読み取り方」の判定。

・ 自分は宗教などは要らないが、例えばイスラム教(シーア派とかスンニとかは別にして)の基本的な考え方などは一つの社会構造における耐震性判断においてバランス・シート的なポジションで見ると大変面白いのではないかと思う。しかし諸宗教で在りがちのバカバカしさや滑稽さ、素朴さなどはいずれもローカルな話で微笑ましいのは同じだが。

・ ドイツとポーランドの国境付近に広大な風力発電地帯が拡がる。ベルリンからの車移動の途中で休憩をその辺りでとった。実に快晴の空の下、その風車の群れを眺めているとまるで「地球のスクリュー」のようで、雲の流れと相まって自分が何処かに運ばれている気分になった。人生が鏡に映っているようでもあった。

・ 音楽の典型の一つに「ペンタトニック(5音音階)」があり、その内のどれかの音をずらすことで地域性やら時代性、気分やメッセージの表現ができる。よく言うヨナヌキというやつだがここに日本の音楽教育の誤りがあるのでは。つまり基本は7音階(西洋の合理的音楽システム)であるように教わる。そもそも歴史が逆さまだ。圧倒的にペンタトニックの歴史と量が違う。これは何を意味するか。更にインド音楽のラーガに至ってはヌキではなくて音を盛り込む。音階を徹底的に複雑にして、それを追いかけるのをヨガの一つとして修行するのだ。音楽システムの超毛細血管。こぶしとかリトルネルロ、前打音などは脈拍なんだろう。そういった意味では無調音楽や12音階音楽はまだまだ現代の音表象のためのキャンバスに成り得る。

・ 江差追分とグレゴリアンチャント(グレゴリオ聖歌)が兄弟音楽として血縁関係にありますが、同じく「演歌、艶歌、恨歌」「パンソリ」「ファド」「ブルース」「カンシオン」「シャンソン」「カンツォーネ「ミロンガ」「カンテホンド」などのローカルな音楽も実は親戚なんですよ。だからみんな仲良くしましょうね!

・ スコットランドの5月は素晴らしい!ヨーロッパ全体そうかもしれないが、この季節には本当に驚くべき自然の愛に触れられる。前日まで何も無かった草地が、次の日に目覚めると辺り一面タンポポで全く黄色の世界になっていたりする。そのまた次の朝には、更に向こう側どこまでも何かの花で赤と黄色と緑の世界になっているのだ。日本の微妙な四季の移り変わりも良いが、こういうのも実に感覚を刺激してくれる。かつてこの辺りが熱帯地方だった頃の記憶を思い出せとでも言うように。ロンドンがレゲエの進入口になったのも分る気がする。

・ 三浦梅園、山片蟠桃、新井白石など江戸期の異端とも言えるような自由な思想の在りように触れ、その後マルクス「資本論」と妙な具合に混ざり合い、私の頭の構造に影響しているらしい。すんなりと物事を現実社会の中で処理できないでいる。それでも「これで良いんだ」という思いは時間と共にますます強力になっているみたいだ。

・ 文字活字の世界は或る意味「バーチャル」世界だから、それに慣れてしまった者が現実に直面した時の驚き様は想像を絶するものかもしれない。

・ 「人間不平等起源論」(ジャンジャック・ルソー)を通じて、大切な事が見えてくる。事態の差異が風景に見えてくればしめたもの。「生命(いのち)」が作りだす景色を鑑賞する楽しみが生まれる。

・ お釈迦様よりキリスト様より聖徳太子様より天皇陛下様より校長先生より会社の社長さんより代議士様より、どんな人よりも自分の父と母の方が偉い。なんせ色々と怒られたことでさえ有り難いと思えるのだから。

・ かつて赤坂の「何とかホール」とかいう劇場でロンドンから来た演劇グループの舞台照明をしたことがある。その時、劇場の担当の人に提出したライトプロット(照明図面)について、そこのおやじから妙なことを言われた。「知ったかぶりして分りもしないのに、こんな図面なんか書くんじゃねえよ、このやろう!」。いきなりである。私は、この人が何を言ってるのか一瞬理解出来なかった。そこで質問した。「どういうことですか?」。そのおやじ答えて、「英語で書けば偉いかと思いやがって、ウチのホールのことも知らない奴が適当な事してんじゃね~よ、このやろう!」。どうも私は「このやろう」らしい。この図面は当然、主催グループにも提示したものだから内容は欧米式だし、私の基礎教養もロンドンとかニューヨーク辺りで仕込んだものだから、私としてはこの場合、そんなこと言われても、という気持ちではあったが、まあそれは良いとして、それでも話は先に進まないし、早く現場を具体的に進めねば、ということで一言、このおやじに言ってやりました。「じゃあ、私この仕事やめます。おたくの劇場ですべて面倒見てやって下さい」。おやじいわく、「そんなこと言ってんじゃね~よ、ちゃんとしろよ、と言ってんじゃね~か、このやろう!」。あ~、面倒くさい人間がこの世にはいるもんだと、しみじみ思った。面白いでしょ、この業界!

・ USAでは照明デザイナーは完全にアーティストとしてのステイタスを持っている。教育システムも成熟しており、一人前になるにはかなりの難関らしい。それと共に「エレクトリシャン」(照明技術者)も対等に権威あるもので、私などはそのどちらの足元にも及ばない。だがちょっと考えると、そんなに人の能力を分割しなくても、と思ってしまう。この辺りが東洋的なんだろうが、それにしても、それが当然みたいな顔をされると、あまりの単純さにあきれるばかり。もうちょっと呼吸、哲学、ライブ感、自然反応、センスが欲しいもんだ。綺麗な照明はそれで良い。凝った照明もそれで良い。望むべきは「心深く刷り込む」照明について。コストの差が価値の差になってはいけない。いつも新鮮な生命感を持っていたい、と素人の私は思う。

・ 人には時々なんとなく帰ってゆく記憶の場面があるようだ。年齢と共にその場面の数が増えてゆき、終いには現実はその記憶そのものにすり替わるのでは、と思えてくる。逆に考えると、現実とは?と疑問の一つも投げかけてみたくなるものだ。リアリズム、リアリティとははたして何処に。話が飛ぶが、本来、仏教が唯識以上の概念を提示していないように、つまり「解脱」を大願とするのみであるにもかかわらず、やたらとそのプロセスにおける雑音が多い。時に政治の道具になったり、経済構成の核になったりと実に様々。その内容は不動産信仰につきる。ああ情けなや!せめて「あ」字観に留めよ。人として謙虚ではないか。

・ 微細なうごめきの中に見え隠れする「大自然の鼓動」。リアルな命の有難い姿を拝む。振付けても振付無くてもどちらでもいいよ、そんなもの!「センス」が大切。つまり「センサー、触角、感覚、アンテナ」などなどの事です。

・ ロスからティファナに入り、バハカリフォルニアをバスで南下した。途中でどこかのロッジで一泊してから一気に先端のラパスへと向かう。車中、「大体この辺は台湾辺りかな」などと太陽の加減を見ていた。それにしてもでかいサボテンだ。まるで大木の様。心が無性にときめく。「知らないところに来ている」実感。いよいよラパスに到着してこじゃれたホテルにチャックインして「少し街を散歩してみようか」と出てみる。初めに見つけた雑貨屋で発見したもの、「メイドイン香港の下駄」・・。なんで?

・ メキシコ、ユカタン半島の先の方でベリーズとの国境近くにトゥールンというカリブ海に面した村がある。そこにはアステカかマヤの末裔かと思われる人々が暮らしておりかなり古いらしいピラミッドが残るトゥ-ルン遺跡がある。このピラミッドの中の壁画が面白い。アフリカ大陸を起点に赤道辺りをインド洋、太平洋と渡り、この場所を示す位置にたどり着き、更に東に進んで大西洋から再びアフリカまでの足跡が描かれている。足跡のある位置にはちょうどどこかの島が存在するようだ。この足跡が示すのは、太陽のある時期の進路かそれとも自分達民族がかつて海をこのようにして渡ってきたと伝えたものか分らないが、ともかく大きな海の上をテクテク歩いている。

・ 70年代初め、まだ天井桟敷が渋谷に有った頃に三日間稽古場を借りて或る実験コンサートを行った。それは「いかにすれば早く聴衆を出ていかせられるか」がテーマのような、とんでもないもので知恵を絞ったことがある。人並みにチラシなど配ったりして友人知人、さらにはそのまた友人にもおいで頂いて決行したものだ。なぜこんなものをやったかは今だ結論が出ないのだが、それなりの成果も否定できない。思い出してみて以下のような事柄を実証した(?)。

 1.「かなり退屈な曲をかなり退屈に演奏してみる」。これには退屈を感じるまでの最低時間が必要で、早く帰すには失敗か?

 2.「難聴を来たすほどの大音量で全曲やってみる」と、これには大成功!やってる方もいち早く止めたくなってきた。不愉快なほどにでかい音に責められると同時に、あまりの空気振動で呼吸困難になるお客さんもいたりして、本当に危険と隣り合わせの大成功でした。

 3.「逆にやたらと小さな音でやってみる」。聴いていて多分途中で嫌になるだろうと思っていたが、却って神経を立てさせてしまったようでこれは大失敗。

 4.「お客さんを完全無視してやる」。演奏を勝手な方向で勝手なフレーズで好きにやることに徹してみたらどうなるか。客席用の椅子も用意せず、「どのようにして聴いて下さい」とも言わずに突然始めた。だがこれは「新種のパフォーマンスか?」という興味を持たせてしまった。

 5.「やたらと下手くそに演奏する」とどうか?これもパフォーマンスと受け取られたようだ。何と素直でない客達なんだ!

 6.「さも何かが始まる雰囲気だけで時間が過ぎても結局何もしないでおしまい」だと、それでまんまと帰ってしまった人もいれば、次を期待してしまう人もいて成否は半々。

などなど・・。今こんなことやったら、おそらくネットで袋叩きでしょうね。さらに、その時に集まってくれた聴衆からは絶交されていたかもしれません。あんな時代で助かりました。 

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masaru soga 曽我傑の予定 2012

2012年12月25日 | weblog

2月11日(土)  田辺知美+長谷川恵美子 舞踏公演 

             『 ドロップス 』 (中野テルプシコール  開演19:30)

2月16日~19日 『 結晶への憧憬-美学校ソロ舞踏集 1 』  横浜BankART Studio NYK/NYKホール

                 出演者 Aプロ : 大倉摩矢 ・ 田村のん ・ 百合子

                       Bプロ : ラヴィ ・ 高橋理通子 ・ 横滑ナナ             

            2月16日(木) 19:30(A)

              17日(金) 19:30(B)

              18日(土) 15:00(B) / 19:30(A)

              19日(日) 14:00(B) / 18:30(A)

3月2日(金)3日(土)  上杉満代 舞踏公演  (中野テルプシコール)

                                  『ポートレートM - 反デフォルメ』 

                        3月2日(金) 開場 19:00 開演 19:30

                        3月3日(土) 開場 17:30 開演 18:00 

3月8日(木)~12日(月)  工藤丈輝 舞踏公演 (カナダ・バンクーバー)

                      『荒漠器』

3月20日(火)  Jocelyne Montpetit 公演 (神戸 兵庫県立美術館 ミュージアムホール) 午後1時開演~

                           『フランコフォニーフェスティバル2012 in 神戸』の一環として

                他にエティエンヌ・バリリエ氏(スイス)の講演なども予定       

4月21日(土)  Camille Mutel, ウニカ・ユニット  公演 (中野テルプシコール 開演 19:30) 

5月14日(月)~7月9日までの各月曜日(全期間中)、水曜日(6月6日までの間) 女子美杉並講座担当計26回(ゲスト多数予定)

5月22日(火)  室伏鴻 公演 (慶応大学三田 午後7時より)

            『土方巽+中西夏之 背面』エキジビション(5月15日~6月16日の間開催-慶應義塾大学アート・センター主催)の中での特別公演

6月13日(水)  岩名雅記、長岡ゆり 舞踏公演 (慶応義塾大学日吉 来往舎イベントテラス) 開演18:30(開場17:45)

              舞踏セッション The Return 365日の魂へ

6月16日(土)  Jocelyne Montpetit Performance (立教大学新座キャンパス6号館N623教室-ロフト1) 開演午後4時

              [La Danseuse Malade-病める舞姫]

7月16日(日)  雪雄子舞踏公演 (豊田市岩倉町 顕正寺境内) 開演午後5時

             『水の巡礼 (全国巡礼公演の旅)

8月5日(日)   宇都純子「ヒロシマを語る」 語り部の会 (茅ヶ崎 ハスキーズ・ギャラリー) 

                 (昼の部 開場 午後3時00分 開演 午後3時30分  夜の部 開場 午後6時30分 開演 午後7時00分)

               『13人の死を見つめて』 (佐伯敏子さんの記より)

8月10日(金)11日(土)12日(日)  「越後妻有アート・トリエンナーレ大地の芸術祭」 カンボジア・サーカス公演 

                            新潟県十日町市松代 農舞台 (各、午後6時30分開演)

8月22日(水)23日(木)   東海大学設営補助作業

9月7日(金)~9日(日)   遊行歌舞伎-遊行舎公演 (藤沢 遊行寺本堂にて) 

                       『きつね葛の葉 - 安倍晴明誕生秘話 作・演出 白石征  説教節 政太夫

                        (開演 9月7日 午後5時30分 8日・9日 午後3時30分)

9月21日(金)22日(土)  Jocelyne Montpetit 公演 (横浜BankART 3Fホール) 大野一雄フェスティバルにて

                     [La Danseuse Malade -病める舞姫] 予定)

9月21日(金)22日(土)23日(日)  ASIA TRI.Japan (横浜BankART studioNYK開催予定) 大野一雄フェスティバル参加公演

 BIMO Dance Theater 劇衆 上海素麺工場 TEMBI Dance Company

 

  KAZCO 武元賀寿子       

9月21日(金) 開演 午後7時30分  劇衆 上海素麺工場 

             支那海東    上杉満代    劇衆 上海素麺工場

9月22日(土) 開演 午後4時00分 [1部] TEMBI Dance Company / Bimo Dance Theater 

                       [2部]  劇衆 上海素麺工場

9月23日(日) 開演 午後4時00分 [1部] PIXunit / KAZCO / TEMBI Dance Company / Bimo Dance Theater

                                    [2部] 劇衆 上海素麺工場

        (各日とも開場は開演の30分前の予定です)

                        お問い合わせ・ご予約など asiatri.soga@gmail.com まで

9月27日~10月7日  ASIA TRI.Jogja (Indonesia)

 

                               JIPAF Jogja International Parforming Arts Festival (Indonesia)

                               ASIA TRI.Jakarta (Indonesia)

10月9日(火)   川本裕子 舞踏公演 (上野ストアハウス) 開演 昼の部午後3時00分 夜の部午後7時30分 受け付け開始は一時間前より

                             『星屑の ぴかル森』 - 星屑ひろい

10月13日(土)14日(日)   田村のん 舞踏公演 (中野テルプシコール)

                      “HISUIひすい” 

10月18日(木)~22日(月)  ジョン・ケージ生誕100周年記念公演 (韓国 Seoul)

                       ・「Four Walls」(ホン・シンジャ+多田正美による) 、「4分33秒」(舞踏、演劇、デザイナー、建築家、美術家らによる様々なアプローチ)など

10月28日(日)    "Betty Bears' Cabaret" (中野テルプシコール)

11月12日(月)13日(火)   雪雄子 舞踏公演 (新宿スペース雑遊)公演詳細は後日

11月20日(火)21日(水)  ジョン・ケージ “FOUR WALLS"公演 (フェスティバル・アンコール公演)

                     dance : Sin Cha Hong   pf : Masami Tada (Seoul National Theater)

11月23日(金)  長谷川恵美子 舞踏公演 (中野テルプシコール) 開場 午後6:00 開演 午後6:30

                 『断層』

12月21日(金)22日(土)23日(日)  工藤丈輝 舞踏公演 (新宿スペース雑遊) 

             『工場』 (21・22日開場19:00 開演19:30 / 23日開場18:00 開演18:30)

 

2013年度の予定

1月26日(土)  講演 「環境とカルティベイション」(仮題) 東京工芸大学芸術学部・日本映像学会クロスメディア研究会主催

3月23日(土)24日(日)  劇衆 上海素麺工場 「羅紗面天麩羅 その四」 公演  福岡市(会場、開演所間など詳細後日)

5月中~下旬の間で  Bimo Dance Theatre + Dance Company Dinyos コラボレーション公演 (京都府立芸術文化会館 予定)

                 “ JIWA ” そこに・・・・いのちの花が咲いた                                                         

                (京都公演の後、シンガポール、ジャカルタ、ジョクジャカルタ、北京その他数都市での公演が計画されている)

9月18日(水)~22日(日) ASIA TRI.Jogja 2013

                            (前後でASIA TRI.Jakarta,Bali,Japanその他を計画中)

10月10日(木)11日(金)12日(土)  工藤丈輝+若林淳 公演  座・高円寺(詳細後日)

12月(?)  青山草月ホール  

 

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ASIA TRI. Japan 2012 横浜BankART開催 

2012年07月29日 | weblog

ASIA TRI. アジア・トライ2012年 横浜 (大野一雄フェスティバルの一環として開催)      

 

  劇衆 上海素麺工場

開催時期 : 9月21日(金)~23日(日)

会   場  :  横浜BankART studioNYK/NYKホール

入 場 料 : 2,500円(学割シニア割は500円引き) 

 

出 演 者 :  劇衆 上海素麺工場(戯作・演出 支那海 東  振付 ・上杉満代)

           Bimo Dance Theater(振付・Bimo Wiwohatmo)

                TEMBI Dance Company(Director ・ Bambang Paningron)

                Chew Jun Ru (Nanyang Ensemble)

                KAZCO(構成・振付 武元賀寿子)

                PIXunit(芝子&町子ライブユニット)

Bimo Dance Theater     TEMBI    Kazco 武元賀寿子

 

 -Program-

9月21日(金) 開演 午後7時30分 (開場 午後7時00分)

          劇衆 上海素麺工場 上演

          『 羅紗面天麩羅-その参 』(戯作・演出 支那海東 振付 上杉満代)

           挿入詩 「血ん潟」(古賀忠昭 作)

                 役者 : 天津甘栗 / 市川蜂子 / 藩伴爾 / ラヴィ / 支那海東 / 上杉満代(舞踏)

                       支那海 東                  上杉満代

9月22日(土) 開演 午後4時 (開場 午後3時30分)

          第一部  TEMBI Dance Company / Bimo Dance Theater / Chew Jun Ru 

          第二部  劇衆 上海素麺工場 『羅紗面天麩羅-その参』上演

9月23日(日) 開演 午後4時 (開場 午後3時30分)

          第一部  PIXunit / Bimo Dance Theater / TEMBI Dance Company / Chew Jun RU / KAZCO

                  第二部  劇衆 上海素麺工場 『羅紗面天麩羅-その参』上演

 

Committee・Support of ASIA TRI. International

Bambang Paningron (Jalang Gallery), Bimo Wiwohatmo (Bimo Dance Theater)  -  Indonesia

Yang Hye Jin (Sun Cheon Univ.)  -  Korea

Izumi Nagano (AIM Project),  Masaru Soga (office S.O.G.A.)  -  Japan

Kazco Takemoto(Professor/Choreographer) - Japan

 

Supported by :

Jogja International performing Arts Festival

Kedai Kebun Forum

TEMBI Studio

AIM Project

J.J.art

美学校

Padepokan Seni Bagong Kussudiardja

Mr.Chew Sin Hwa

Dance Company DINYOS

劇衆 上海素麺工場(福岡)

 

本開催のアジア・トライでは多くのボランティアスタッフを募集しております。会場における各部署担当の他、舞台準備作業補助、出演者アテンドとケアなど。ご希望の方は下記アドレスにご一報ください。

アジア・トライ・ジャパン 

オフィスS.O.G.A. 代表 曽我

asiatri.soga@gmail.com 

 

        

 

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