桜燕館 -さくらつばめの気まぐれブログ-

日々の雑感と、たま~の旅日記。

青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 18

2017-09-19 | 旅の記録

倉敷 929 -【山陽本線】- 1044 糸崎



糸崎駅の駅名標。
岡山方面の列車と、広島方面の列車は、ここか隣の三原で乗換となります。



JR西日本227系電車
広島地区に、2014年に登場した新型車両。

糸崎 1053 -【山陽本線】- 1306 岩国



瀬野駅では、二日前に乗ったスカイレールサービスの線路?を、パチリ。
タイミングが悪く、真ん中に正体不明の線が入ってしまいましたが。

実は、スカイレールサービスについては、
当初、最終日の倉敷からの帰り、ここで途中下車して乗る予定でした。

予定を変更して、急遽、三日目の夜に乗ったため、この日は、そのままパス。

実は、このいくつか手前の駅から隣に座ったおっさんが、脚を広げて座り、
私のテリトリーにまで侵入してきていました。
旅の荷物もあるし、途中下車するには、かなり勇気が要る感じだった。

三日目のうちに乗っておいて良かった、と思った瞬間でした。

しかし、どの地域でも、おっさんはマナーが悪い。

広島を過ぎ、終点の岩国まで乗車。

岩国では途中下車し、駅前の食事処でランチ。



岩国駅の駅名標。



岩国から先は、再び国鉄型車両となります。
国鉄115系電車

岩国 1412 -【山陽本線】- 1609 新山口



岩国を出てしばらくすると、列車は瀬戸内海沿いに出てきます。



窓越しなので、なんとなく色が霞んでしまいますが。



周防大島が、見えてきました。



本土と周防大島を結ぶ、大島大橋。

大島大橋の架橋により、それまで本土の大畠駅と周防大島の小松港とを結んでいた
国鉄大島航路が廃止されました。



徳山駅の駅名標。
乗務員の交代などの関係で、ここでは数分間停車しました。



カラオケを搭載した特別列車が決して運転停車しなかった、と噂される駅。
‥‥どこにそんな噂が立ったのかは、謎。



富海駅の駅名標。
駅名が示すとおり、この辺りでも、列車は海岸線の近くを走ります。

そんなこんなで、次の乗換駅、新山口に到着。



新山口まで乗ってきた列車と同様、新山口から先も、またまた国鉄115系電車です。
山口県内は、広島寄りの区間で新型車両が走る以外は、ほぼ国鉄型車両しか走っていません。



新山口駅の駅名標。

新山口 1613 -【山陽本線】- 1719 下関



下関駅の駅名標。
いよいよ、九州が近づいてきました。

下関 1724 -【山陽本線/鹿児島本線】- 1738 小倉

小倉では途中下車し、チャチャタウンまで徒歩移動。
チャチャタウンのマクドナルドに立ち寄り、バッテリーが切れかかっていた携帯電話を充電。

まさか、こんな形でチャチャタウンに初めて立ち寄ることになるとは‥‥。

再び小倉駅に戻り‥‥。

小倉 1843 -【鹿児島本線・準快速】- 2125 大牟田

こうして、倉敷から大牟田まで、ほぼ12時間かけて、すべて在来線で帰ってきてしまいました。
岩国と小倉で途中下車した時間を差し引いても、10時間近く、列車に揺られていたことになる。

最後の最後で、お疲れ様~な旅となりました。

これで、今回の旅日記、おしまい。
しっかり鉄分を補給し、清々しい気分で、またいつもの日常に戻る私なのでありました。

さて、次回は、どこへ行こうかな‥‥。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 17

2017-09-18 | 旅の記録

最終日。



倉敷駅。
雨は上がったものの、この日も天気はイマイチ。

なので、美観地区など、倉敷市内の見物は、またの機会に回すことに。



ただ、このまま引き返すのでは、わざわざ倉敷に宿をとった意味がない。
今回、倉敷に立ち寄ったもうひとつの目的は、こちらです。



JR倉敷駅に隣接する、水島臨海鉄道・倉敷市駅。
上階は駐輪場となっています。



歴史を感じさせる、倉敷市駅の駅名標。



倉敷市駅のホーム。
右側には、山陽本線の線路も見えます。



なんとなく。



水島臨海鉄道MRT300形気動車
水島臨海鉄道の大半の列車は、この形となっています。

倉敷市 800 -【水島臨海鉄道水島本線】- 828 三菱自工前

朝の通勤・通学ラッシュの時間帯だったので、それなりに混雑していました。
なんとか、座れましたけど。

水島臨海鉄道は、倉敷市の中心部と、臨海部の水島地区を結ぶ鉄道です。

もともとは貨物線として敷設されましたが、
昭和23年、その一部区間で旅客営業が開始されました。

一つ手前の水島で大半の乗客が降りた後、列車は終点の三菱自工前へ。



三菱自工前まで乗ってきた列車。



三菱自工前の駅名標。



三菱自工前駅の周辺は、水島臨海工業地帯の工場群となっています。



人家や商店などは見当たらず、歩く人の姿も皆無。



ただ、なんとなく。



三菱自工前のベンチ。

‥‥どうやって座るんですかコレ?って、一瞬、分からなかった。
少し考えて、ああ、こうか、と思ったけど、やっぱり座りづらかったです。



三菱自工前駅に入線してきた、水島臨海鉄道MRT300形気動車
先ほどの列車とは外観が違いますが、形は同じです。

線路はこの先、貨物線と車両基地への引込線の兼用となっています。

三菱自工前 843-【水島臨海鉄道水島本線】- 915 倉敷市

三菱自工前を出た時点で、乗客は私ひとり。
次の水島までの一駅限りでしたが、列車の"独り占め"状態になりました。



水島駅の駅名標。
駅の周辺は、水島の市街地が広がっています。

三菱自工前を出た列車は、まもなく高架区間に入り、そこからしばらく高架区間が続きます。
それなりに歴史のある地方鉄道で、これだけ長い区間高架が続くのは、珍しいかも。

地上区間に入り‥‥。



福井駅。
もちろん、北陸にある福井駅ではありません。

水島臨海鉄道の沿線は、三菱自工前周辺を除けば、
都市化が進んで市街地が途切れない感じで、地方鉄道っぽさはあまり無いかも。

そんなこんなで、倉敷市駅に到着。

JRの倉敷駅に移動し、駅のキヨスクでお土産を買い、そのまま改札へ。



倉敷駅のホームに入線してきた、国鉄115系電車

ここから、できるだけ新幹線を使わないで、九州まで帰ることにしました。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 16

2017-09-17 | 旅の記録

三次 1443 -【芸備線/福塩線】- 1632 府中

三次から塩町までは、芸備線。
ここも、前日に通ったところを逆に進む感じです。



八次駅の駅名標。
"三次"は"みよし"ですが、"八次"は"やよし"ではなく"やつぎ"。



中国地方の山間部を走る路線でよく見る、25km/h制限の標識。
この標識がある区間では、一般道路を走るクルマに、余裕で追い抜かれます。



神杉駅の駅名標。
ある意味、"神"な名前の駅です。



塩町駅。
ここから、福塩線に入ります。

余談ですが‥‥。

芸備線で塩町より備後落合方面に一駅進むと、下和知。
ローマ字に直すと、"Shiomachi"と"Shimowachi"。

ちょっぴり紛らわしい。

三次を出た時点でそれなりにお客さんは多かったのですが、
塩町に着くと、さらにお客さんが乗り込んできて、それなりの混雑具合となりました。

私が座っていたボックスシートも、塩町ですべて埋まりました。
18きっぷの利用者というよりは、どちらかというと地元客の方が多かった印象があります。

そんな中で写真を撮りまくるのは、さすがに憚られた。



上下駅の駅名標。
これだけは撮っておきたかったので、望遠機能を使って無理やり撮りました。

そんなこんなで、府中に到着。



4番のりばの駅名標。
車止めがあるため、この4番のりばからは、塩町方面に向かうことはできません。



こちらは、3番のりばの駅名標。

3番のりばからは、福山方面へ向かうことも可能ですが、
現在、塩町方面の列車のみが発着しています。



2番のりばに停車中の、国鉄105系電車



府中駅の跨線橋に張り付けられた、駅名標。
2番のりばからは、福山方面と塩町方面、双方の列車が発着します。



府中駅の写真、もう1枚。

府中 1641 -【福塩線】- 1727 福山

福塩線は、府中駅を境に、がらりと雰囲気が変わります。

塩町から府中までは非電化区間で、山間部や田園地帯をのんびり走るローカル線、
府中から福山までは電化区間で、住宅街を走る都市近郊路線、という感じ。

部分廃止前の可部線も、きっとそんな感じだったんだろうな‥‥。

さて、府中からはロングシートだったので、またまた写真はありません。
さらに、到着した福山でも、乗り換えで時間的余裕がなかったので、写真はありません。

福山 1730 -【山陽本線・サンライナー】- 1806 倉敷



倉敷に到着。



サンライナーに使用されていたのは、この国鉄117系電車でした。



倉敷駅・伯備線のりばの駅名標。



雨の倉敷駅。

今回の旅ではじめて、傘の出番となりました。
そこまで大した雨ではなかったんですが。

四日目の夜は、この倉敷に宿をとりました。
この時点で、五日目の予定は、ある鉄道に乗ることを除けば、完全に"未定"でした。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 15

2017-09-16 | 旅の記録

そんなこんなで、三次駅に戻ってきました。



三次駅に停車中の、国鉄キハ40系気動車



"三次"は"みよし"と読みます。
‥‥私の中ではそんなの常識、なのですが、読めない人も意外と多いらしい。



三次駅の駅名標、その1。



三次駅の駅名標、その2。



2番のりばから、1番のりばに停車中の国鉄キハ40系気動車を望む。
国鉄キハ40系気動車、三次からは、広島方面へのみ運用されています。



ホームに微かに残っていた、"急行のりば"の文字。
下半分が、点字ブロックに隠れてしまっていますが。

かつては、三次駅には"ちどり"、"たいしゃく"など、数多くの急行が停まっていました。
平成19年、最後まで残っていた"みよし"が廃止され、急行はすべて姿を消しました。



3番のりばに停車中の、JR西日本キハ120形気動車
三江線、口羽行。

廃線まで半年あまりとなったためか、そこそこの乗車率となっていました。
私は過去に2回乗ったので、今回は乗りませんでした。



電光掲示板の乗車案内。



2番ホームに、府中行の列車が入線してきました。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 14

2017-09-15 | 旅の記録

途中でいろいろ変更した結果、当初の計画より、3時間近くも早く三次入り。



駅の跨線橋より、塩町方面を望む。



同じく、跨線橋より、広島方面を望む。
広島から乗ってきた列車は、左側の2番のりばに停車中の列車です。

しかし、見事に国鉄型車両だらけだ。



三次駅。
ここも3年ぶりに訪れましたが、工事中だった新駅舎、完成していました。



時間はたっぷりあるので、駅前の喫茶店でランチ。
ウィンナーコーヒーとトーストにしてみた。

トースト、二日連続です。

残り時間は、三次市内を散策。
雨の心配はありましたが、どうにか持ち堪えてくれました。



三次市の中心部、江の川水系の馬洗(ばせん)川に架かる、巴橋。

もともとの三次地域の中心である旧三次町と、
現在の三次駅や三次市役所がある旧十日市町とを結んでいます。



巴橋より、上流方を望む。
右から流れてくるのが馬洗川、左から合流してくるのが西城川。

ちなみに、西城川の上流には、前日に列車を乗り換えた、備後落合駅があります。

備後落合駅の近くを流れる川が、ここに繋がっている、というのが、
なんか、意外な感じがしました。



巴橋より、下流方を望む。



巴橋、長さは172m。



江の川水系・馬洗川。
ここから、江の川の本流と合流し、島根県を通り、日本海に注ぎます。



馬洗川に架かる、三江線の鉄橋。



三江線は、来年3月いっぱいで廃止となります。

この橋も、あと半年ほどで役目を終えることになるのか‥‥と思うと、
なんか、感慨深いものがあります。

旧三次町の界隈をぶらりと歩き‥‥。



尾関山駅に到着。
三次と江津を結ぶ、三江線の駅です。



尾関山駅の駅名標。



ホームより、三次方を望む。



ホームより、江津方を望む。



三江線の線路は、尾関山を出て左へカーブした後にトンネルに入っていきます。
駅名の由来となっている尾関山公園は、そのトンネルの上にあります。



ホーム側から見た、尾関山駅の駅舎。



尾関山駅の時刻表。

尾関山は旧三次町にある唯一の駅ですが、
集落の片隅に静かに佇むローカル色の濃い駅、という感じでした。

この駅も、半年後には廃駅か‥‥。

さて、時計は12時半を指しています。
ここから三次駅まで戻る訳ですが、時刻表のとおり、三次に向かう列車は、16時台まで無い。

‥‥また、歩いて帰ります。



三次の旧市街を抜け、再び巴橋へ。



正面の鳥居は住吉神社。
その左にある通りが、石畳の"みよし本通り"です。



三次駅近くの踏切。



この先のホテルがあるあたりで、芸備線は左に、三江線は右に分かれてゆきます。



三次駅の南東側に広がる、引込線。



三次駅は、駅舎こそ線路北側にしかありませんが、
エレベーターも完備されている連絡橋で、南側にも出られるようになっていました。

以上、三次散策、おしまい。
それにしても、津山にしろ三次にしろ、地図も一切持たずによう散策したな、私。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 13

2017-09-14 | 旅の記録

四日目。
今回の"青春18きっぷ"の旅も、いよいよ後半となってきました。



今日の旅の始まりは、広島駅。

天気がイマイチだったので、コインロッカーにメインの荷物を預け、
ウエストポーチのみで改札に入ります。

‥‥天気がイマイチだったことと、コインロッカーに荷物を預けるのと
何の関係があるのかについては、また後ほど説明します。

広島 742 -【可部線】- 832 あき亀山

正確には、広島から横川までは山陽本線。
横川から、可部線に入ります。

時間帯が時間帯なので、広島駅構内では写真は撮りませんでした。



可部の駅名標。
今年の春まで、この駅が終着駅でした。

反対方向からの列車の待ち合わせのため、数分間停車します。



可部駅に停車中の国鉄113系電車



一日目や二日目に山陽本線や赤穂線で乗った国鉄115系電車とは、見分けがつきにくい。
特に、塗装を黄色で均一化されてしまったので、余計に見分けがつきにくい。



"かべ"の、壁、じゃない、柱。
‥‥はい、またスベりました。

可部から先は、今年の春に延伸開業した区間に入ります。

可部線は、もともと横川から可部を経て三段峡
(当時の広島県山県郡戸河内町、現在の同安芸太田町)までを結ぶ路線でした。

しかし、可部までの区間が電化されていたのに対し、可部から先の区間は非電化で、
運行本数も極端に少なくなり、輸送密度も段違いとなってました。
そのこともあって、平成15年12月、可部から先の区間は部分廃止されました。

ただ、可部の一つ先にあたる河戸までの区間については、部分廃止の前から電化計画があり、
廃止されてからも電化した上での路線復活を要望する声が大きかったことから、
今年の春、廃線区間の路盤を活かして、あき亀山までの区間が開業した、というワケです。
いったん廃止された路線の一部が再開業するのは、JRとしては初めてのケースとなりました。

旧河戸駅は、復活区間に新設された河戸帆待川とあき亀山の両駅のほぼ中間にありました。
なので、実際は廃線の復活というより、廃線を利用した路線新設、といった方が良さそうです。

ちなみに、可部線はこの部分廃止により、線区全体の輸送密度が大幅に上昇。
地方交通線としては全JR路線で最も高くなりました。



あき亀山の駅舎。



横から撮ってみると、こんな感じ。



改札口。
なお、あき亀山駅は無人駅です。



あき亀山駅に停車中の、国鉄113系電車



車止め。

この先の区間についても復活が検討されていた時期がありましたが、
資金面などの問題で断念、現在は白紙の状態です。



あき亀山の駅名標。

なお、あき亀山の"あき"がひらがななのは、
可部線の部分廃止区間にあった"安芸亀山"駅と区別するため、とのこと。

室木線の廃止後に筑豊本線上に開業した"鞍手駅"の例もあるし、
別に区別する必要はないのではないか、と個人的には思うのですが‥‥まあいいや。

あき亀山 842 -【可部線】- 925 広島

いったん広島駅に戻り、コインロッカーに預けておいた荷物を取り出し、
駅構内のマクドナルドで朝マック。
ホテルでも、チェックアウトの前にモーニング食べてるんですけどね、一応。

そういえば、マクドナルドの店員さん、カープのユニフォーム姿だった。
さすがは、広島の玄関口です。



またまた登場、広島駅。

それにしても、今回の旅で、いったい何回、広島駅の改札を"18きっぷ"で通過しただろう。
‥‥数えてみたら、7回でした。

再び、改札内に入り‥‥。



今回の旅で何度となく乗ってきた、国鉄キハ40系気動車
前日は三次から広島まで乗りましたが、この日は逆に、広島から三次まで乗ります。

昨年までの段階で、広島県内の鉄道線のうち未乗車区間がぶつ切りに残ってしまっていたので、
今回の旅では敢えて"同じ回の旅で、盲腸線でない路線を逆方向に乗る"行程をつくりました。

"18きっぷ"期間中でなければ、このような行程はつくりづらい。
なんか、もったいないので。

広島 1005 -【芸備線・みよしライナー】- 1126 三次

広島を出た列車は、広島市の郊外の住宅街を、三篠川沿いに北進します。



安芸矢口。
もともと芸備鉄道の矢口駅として開業したものを、国有化と同時に安芸矢口に改称。

国鉄にはほかに矢口駅は無かったと思うんですが、
なぜ"安芸"を冠するようになったのかは、謎。

この付近、先ほど乗車した可部線とは、太田川を挟んで対岸を走る形となります。
可部線の駅から芸備線の駅まで徒歩で移動し、乗り換えようと思えば、できないこともない。
私も、当初はそのつもりでした。

しかし、先ほども書きましたが、この日は天気がイマイチだった。
なので、徒歩移動は諦め、おとなしく広島駅まで戻って乗り換えることにしました。

結果、広島駅のコインロッカーにメインの荷物を預けることができた、というワケ。
もし可部線の駅から芸備線の駅まで徒歩で移動するとなると、広島駅に荷物を置けないし。

なお、芸備線の列車内からは、対岸にある平成26年の大規模土砂災害現場の様子も窺えました。
砂防ダムの整備も進んでいますが、まだ土砂崩れの爪痕が生々しく残っていました。



志和口の駅名標。

安芸矢口の近辺と比べると、かなり長閑な雰囲気が漂っていますが、
駅名標に"広"の文字が記載されているとおり、ここも広島市内の駅です。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 12

2017-09-13 | 旅の記録

お出かけ前に、まずは夕食。



広島名物、お好み焼き。
そば麺も入っていて、これだけでかなりのボリュームがあります。

広島 1845 -【山陽本線】- 1905 瀬野

この時間、帰宅ラッシュにつき、無闇に写真を撮るのははばかられました。
しかし、ここまでして出かけなければならなかった理由が、私にはありました。

今回の旅の目的、ひとつは、姫路城の見物。
そして、もうひとつは、"広島県内の鉄道線全線完乗"を達成すること。

ここ数年、島根県、鳥取県、山口県と、
毎年、"鉄道線全線完乗"の都道府県を1県ずつ増やしてきました。

そこで、今年は広島県の"鉄道線全線完乗"を目指すことに。
そのためには、この路線にも乗らなければなりますまい。

そんな訳で、瀬野で下車。

みどり口駅 1912 -【スカイレールサービス】- 1917 みどり中央駅

瀬野駅に隣接するみどり口駅から、みどり中央駅までを結ぶ、スカイレールサービス。
モノレールとロープウェイが合体したような、新交通システムです。



広島市の郊外、瀬野地区に、"スカイレールタウン"として開発された住宅街。
スカイレールサービスは、瀬野駅と住宅街を結んでいます。



駅は基本的に無人で、使用済みの乗車券はこの箱に入れるようになっています。



自動券売機。

スカイレールサービスは、全線均一運賃(160円)です。
といっても、途中の駅はみどり中街だけですが。



自動改札機。

ここの改札機、券売機で購入した乗車券にQRコードが印刷されていて、
そこを改札機上部の青い部分に読み取らせる方式となっています。

みどり口から乗車するとき、切符の挿入口が無いので戸惑っていたら、
通りがかった人が教えてくれました。ホント、あのときは有難かったです。

みどり中央駅 1927 -【スカイレールサービス】- 1933 みどり口駅



夜景、その1。



夜景、その2。
‥‥写真では、まったく伝わらないと思いますが。

瀬野の街並みだけでなく、遠くに広島市街地も望むことができ、なかなかの夜景でした。

なお、これまた写真では分かりづらいと思いますが、
スカイレールサービス、かなりの急勾配を行き来します。

なので、遊園地の絶叫系が苦手な人が乗りつぶすなら、夜の方がオススメかも。



そんなこんなで、みどり口駅に戻ってきました。



みどり口駅。
奥にはJRの瀬野駅も見えます。



山の方から、スカイレールサービスのゴンドラが、降りてきた。



うーん。夜の撮影は難しい。



でも、雰囲気はだいたい伝わったのではないかと。
なお、スカイレールサービスのゴンドラ、中は無人です。

スカイレールサービス、私の中では"鉄道"の仲間に入れるかどうか迷ったんですが、
時刻表の巻頭地図では、水色のジグザグではなく黒で示されているため、
私独自の基準で、鉄道線に含むことにしました。

なお、ケーブルカーは水色のジグザグなので、ロープウェイと同じ扱いとしています。
ケーブルカーまで鉄道線に含めた場合、私は九州の鉄道線を全線完乗していないことになる。
皿倉山もラクテンチも行ったことがないので。



瀬野駅。

夜の駅の雰囲気、なんか、好き。



瀬野駅の駅名標。

東隣の八本松との間の勾配は、機関車時代、"セノハチ越え"と呼ばれ、
難所として知られていました。

瀬野 1943 -【山陽本線】- 2003 広島

こうして、三日目の夜は、更けていきました。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 11

2017-09-12 | 旅の記録

さて、新見を出発。

新見 1301 -【芸備線】- 1425 備後落合

新見を出ると、次は布原に停車します。



布原の両隣の駅は、新見と備中神代。

前回の記事で、伯備線の新見と備中神代の間にひとつ駅を挟む、と紹介しましたが、
その駅が、この布原です。

伯備線と芸備線の正式な分岐駅は、次の備中神代。
備中神代から新見までは、あくまで芸備線の列車が伯備線に乗り入れている形となる。
なので、布原駅は、本来であれば伯備線の駅、ということになります。

ところが、伯備線の列車、なんと、布原には一本も停まらないのです。
布原に停車するのは、芸備線からの乗り入れ列車のみ。

唐津線の本牟田部のように、隣に筑肥線の線路が通っているのにホームが無い、というケースは
全国にもいくつかありますが、ホームがあるのに停まらない、というケースは非常に珍しい。

さて、次の備中神代から、いよいよ芸備線に入ります。



野馳駅。
駅名標が木造駅舎の窓に張り付けてありました。



東城。
野馳と東城の間で、岡山県から広島県に入ります。

ここから備後落合までは、特に輸送密度が低い区間とされていますが、
18きっぷの利用期間中ということもあり、列車はそれなりの乗車率となっていました。



内名駅のホームには、なぜか季節外れの鯉のぼりが。



東城から小奴可(おぬか)あたりまでは、成羽川に沿って走ります。



道後山駅。
無人駅ですが、駅舎はそれなりに立派な造りとなっています。

駅が無人化されると、小さな待合所みたいな造りのものに建て替えられてしまうケースも
少なくはないのですが、ここはそのまま残っていました。



道後山駅の駅名標。
少しブレてしまいましたが。

そんなこんなで、備後落合に到着。



ここでは、三次行の列車に乗り換えます。

佐用から津山、津山から新見、新見から備後落合と乗ってきたのとこれまた同じ
JR西日本キハ120系気動車ですが、いままでの列車がセミクロスシートだったのに対し、
こちらはオールロングシートとなっていました。



備後落合の駅名標。

芸備線と木次線の分岐駅であるとともに、
芸備線の運転系統も備後落合で分かれているため、三方向の乗換駅となっています。



備後落合駅の駅舎。
この駅を訪れるのは、これで三度目。



新見から乗ってきた列車と、三次へ向かう列車。

木次線の列車も停車していましたが、そちらは人がかなり多くて
とても写真を撮れる雰囲気ではありませんでした。

前回や前々回に訪れたときは、もう少し落ち着いた雰囲気を感じたんだけど、
思えば、二回とも18きっぷの利用期間外だったな‥‥。



ホームより、新見方面を望む。

備後落合 1443 -【芸備線】- 1603 三次

この区間はこれまでにも乗ったことがあるし、ロングシートだし、
窓外の景色を楽しむこともなく、ひたすら俯いていました。



庄原市の代表駅、備後庄原。
反対方向から来る列車の待ち合わせのため、数分間停車。



反対側のホームの駅名標を、撮ってみた。

余談ですが、平成の大合併により、庄原市は近畿以西では最大を誇る面積をもつ市となりました。
先ほど紹介した東城も、現在は庄原市に含まれます。

東城から備後庄原まで、乗り換えの時間を含めた所要時間は2時間弱、というところ。
‥‥どんだけ広いんだ、という感じです。



ホームより、備後落合方面を望む。



ホームより、三次方面を望む。

途中、塩町で、学校帰りの高校生が続々と乗り込んできて、かなりの混雑となりました。
もっとも、三次までの3駅の辛抱でしたが。

そんなこんなで、三次に到着。



三次駅の駅名標。



三次駅では、こちらの国鉄キハ40系気動車に乗り換えます。

三次 1609 -【芸備線・みよしライナー】- 1734 広島

備後落合から乗ってきた列車の混雑具合から、こちらの列車もそれなりの混雑となるのでは
ないかと思われましたが、意外とそうでもなかった。

もっとも、1両編成が2両編成になるので、それだけでもだいぶ違うと思うけど。



そんな訳で、広島に到着。



広島駅の駅名標。
芸備線の列車が映り込んでいますが、これはホームの反対側・呉線のりばのもの。



こちらが芸備線のりばの駅名標です。



こちらは山陽本線・上りの駅名標。



これは一瞬分からなかったのですが、可部線のりばの駅名標でした。



一方、こちらは山陽本線・下りの駅名標。

それぞれののりばがこうして色分けされていると、外国の方にとっても分かりやすいですね。

さて、この日は広島に泊まったのですが、
ホテルでチェックインを済ませた後、再びお出かけしました。

結果的に、この日のうちにこれを済ませておいたから、
あれを達成できた、という訳なのですが‥‥。

そのことについては、後日の旅日記で触れることにします。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 10

2017-09-11 | 旅の記録

朝の津山散策を終え、津山駅へ。



津山駅の駅前広場に保存されているSL、C11-80号。



津山駅。



4番のりばに停車中の国鉄キハ40系気動車、津山線快速の"ことぶき"岡山行。
津山線には中学生の頃に乗ったことがあるので、今回の旅ではこれには乗りません。


津山駅の駅名標。
こちらは津山線カラーとなっています。



反対側は、JR西日本カラーの青でした。



3番線で待っていたら、国鉄キハ40系気動車がやってきた。
この列車に乗るのかな‥‥と思ったら、違った。



キハ47形は、国鉄キハ40系気動車に含まれる形式のうちのひとつです。

キハ40系気動車がホームから出ていき、しばらくすると‥‥。



JR西日本キハ120系気動車が入線してきました。
この列車に乗ります。



ワンマン列車ならではの、運賃表。
最近は、ローカル線でもLED化が進んでいるようです。

津山 1005 -【姫新線】- 1147 新見

本当はボックスシートの部分を確保したかったのですが、
そこは18きっぷ利用期間中ということで、競争率が激しく、ロングシート部分に。

とはいえ、ロングシート部分でも一番前だったので、
腰を半回転すれば、外の景色はそれなりに楽しめました。

津山から新見までは中国山地の南麓を走るので、トンネルが多いのかな?と思っていましたが、
意外にも、途中の中国勝山まではトンネルもなく、山間の田園地帯を駆け抜ける感じでした。

中国勝山の一つ手前、久世で、反対方向から来る列車を待ち合わせ。



久世駅の改札口。



久世駅の駅名標。



津山方面行きのりば。



久世駅の駅舎と、新見行の列車。
いかにも地方の駅、という感じの木造駅舎。趣があります。

さて、再び列車に乗り込みます。



新見駅に到着。
こちらは、姫新線と芸備線のホームの駅名標。



ようこそ、新見へ。



新見駅の駅舎。



お昼どきです。

なお、時計に注目していただければ分かると思いますが、
この写真とひとつ前の全体写真、時系列が逆です。

細かいことですが、念のため。



新見駅前を流れる、高梁川。
こちらは上流側。



同じく、下流側。

この日のランチは、新見駅前の喫茶店で、トーストとアイスコーヒー。

再び、新見駅に戻ります。



伯備線ホームの駅名標。

隣の駅に"びっちゅうこうじろ"(備中神代)と表記されていますが、
実際には、間にひとつ別の駅を挟んでいます。

その辺については、次回ご説明致します。



伯備線ホームに入線してきた、国鉄381系電車
岡山と山陰を結ぶ特急、"やくも"です。

3年前の"出雲・石見・長門への旅"で、私もお世話になりました。



芸備線ホームより、津山・岡山方面を望む。



芸備線ホームより、米子・広島方面を望む。



列車が入線してきました。
またまたJR西日本キハ120系気動車です。

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青春18きっぷの旅 ~広島・岡山・姫路~ vol. 9

2017-09-10 | 旅の記録

さて、三日目の朝です。

この日はダイヤの関係で、予定より一本早い列車に乗る、ということはありませんでした。
なので、ホテルを早めに出たあとは、津山市内を少し散策することにしました。

まずは、踏切を渡って‥‥。



津山駅の西側にある、"津山まなびの鉄道館"。
朝早い時間帯だったので、まだ開館していませんでした。



旧津山扇形機関車庫。



電柱の陰に隠れていますが、転車台もちらりと見えます。



南西方向から、津山駅を望む。



南東方向から、津山駅を望む。

津山駅は線路の北側に駅舎があり、連絡橋などもないので、
線路の南側からは、かなり迂回しないと駅に辿りつくことができません。



題して、"夏草の線路"。
‥‥電柱が思いっきり邪魔ですが。

再び線路を渡り、今度は北へ向かいます。



前日に夕陽を撮った橋の、ひとつ下流側の橋から、さらに下流側を臨む。
正面やや右側にある、三角屋根の茶色い建物は、高校サッカーの強豪校、作陽高校です。



今津屋橋のはじまり。



津山城跡の石垣。



津山城跡は現在、鶴山(かくざん)公園として整備されています。
ただし、入園は有料。

こちらも時間の都合で、中には入りませんでした。



江戸時代に津山城を築城した、森忠政の像。



津山城復元図。
在りし日の津山城は、それなりの規模であったことが窺えます。



津山市の街角にあった、美作国建国1300年の記念碑。



再び、吉井川を渡ります。

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