Flour of Life

煩悩のおもむくままな日々を、だらだらと綴っております。

沼田まほかる「彼女がその名を知らない鳥たち」

2017-09-21 22:25:24 | 読書感想文(国内ミステリー)



まもなく映画が公開される、沼田まほかるの「彼女がその名を知らない鳥たち」を読みました。前から、読もう読もうと思いつつ後回しにしていたのですが、映画を見る前に読んだ方がいいだろうと思い、ようやく読むことが出来ました。いや、原作読まずに映画を見ても良かったんだけど。


8年前に別れた男・黒崎を忘れられない十和子は、寂しさから15歳上の男・陣治と暮らし始める。
陣治は黒崎とは正反対の、下品で貧層な男だった。十和子は陣治を激しく嫌悪しながらも、離れられずにいた。
ある日、十和子のもとに刑事が訪れ、「黒崎が行方不明だ」と告げる。
十和子は、陣治が黒崎を殺したのではないかと疑うのだが…


えーはい、もうすぐ映画が公開になるので、今回は空気を読んでネタバレを控えます。いや、ここは空気を読んで盛大にネタバレするべきなのかな?

この小説をミステリーとすると、物語の核は「黒崎は殺されたのか?殺されたとしたら犯人は誰か?」ということだと思うのですが、沼田まほかる作品を読んだことがある人なら、そういうことは上に書いた4行のあらすじを読んだだけでもうわかっちゃう気がします。特に、この「彼女がその名を知らない鳥たち」よりもひと足早く公開される「ユリゴコロ」を読んだ人なら。

いや、別にこの2作品のストーリーは似てないんですけどね。ただ、「究極の愛」とは何かとか、全体に漂う空気とか、物語の世界が持つ価値観といったものが重なるので、同じものを別の視点から見ているような気がしてしまうのです。

そんなこんなで、十和子の陣治への疑惑、黒崎の行方不明の真相に、小説の真ん中あたりまで読んだところでうっすら気がついたとしても、この小説の魅力がなくなってしまう訳ではありません。そもそも、十和子は真相に迫るために謎解きをするわけでもなく、せいぜい黒崎が行方不明になった頃の曖昧な記憶をたどくらいで、時計の修理のことで知り合った、デパート社員の水島とのドロドロ不倫のほうに熱心ですから。陣治から逃れるために。黒崎の幻を追うために。冷静に事件を追うのでなく、妄想と現実の間を漂って。

で、この水島っていう男がもう開いた口が塞がらないほどのクズで、実際十和子は大口を開けさせられるけどそれはまあ別の話で、沼田まほかるさんはよくこんなクズを思いつくなあと妙に感心してしまうほどのクズでした。映画で水島を演じるのは松坂桃李ですが、そんなイケメンよりも、もっとぬるっとした、「十和子、目を覚まして!」と往復ビンタしたくなるような感じの、風采のあがらない俳優に演じてほしかったです。松坂桃李だと、不倫に逃げる十和子の異常性がわかりにくそうです。

一方、十和子が嫌悪する陣治はと、いうと、そのしぐさ、見た目、言動のひとつひとつに、読むたびに生理的嫌悪感と憐憫が沸き起こり、同時に暗い洞に吸い込まれるような恐ろしさのある男した。怖いけど見たい、気持ち悪いけど目が離せない。映画の陣治の役は阿部サダヲですが、阿部サダヲなら陣治の卑屈さと狂気と、十和子への不器用な愛情のすべてを表現してくれると思うので、興味があります。

小説の中で、登場人物以上に存在感を発していたのは、十和子と陣治が住む、古びたマンションの部屋と、2人の日常の風景でした。読んでると、ろくに掃除も片づけもせず、塵と檻と油がこびりついた室内の様子が、目の前にあるかのように伝わってきます。偏った食事とずさんな健康管理、未来に1ミリの希望を持たず、ただ怠惰な日々を繰り返す。そのよどんだ空気こそが、この小説の主人公なんじゃないかと錯覚するほどでした。あと、あまりに汚いので、2人の住むマンションを掃除しに行きたくなりました。こんな部屋で十和子に迫ることが出来るんだから、やっぱ水島は最初から異常だったのよねぇ。

読んでる途中、現実に戻って登場人物を振り返ると、「イタい」「アブナイ」「関わっちゃいけない」人ばかりで、いかにも小説、いかにもフィクションの世界の人間、だと思ったのですが、最近報道される諸々の事件のニュースを思い返すと、案外こういう人は身近にいるのかもしれないな、という気になりました。ばれないように、うまく取り繕っているだけで。周りを見渡したら、十和子や陣治や水島や黒崎のような人は、そのへんにゴロゴロしているのかもしれません。若い頃の私なら、そんなこと夢にも思わなかっただろうけど。40過ぎると物の見え方が変わってきました。僧職にもつかれたことのある沼田まほかるさんには、私なんかよりももっと、取り繕ってる面の皮の向こう側がよく見えるのかも。だから、こんな突拍子もないような、でもどこかで起きてそうな物語が描けるのかもしれません。

…ただ、この内容でこのタイトルな理由だけはよくわからなかった…「鳥」って、何のことだったんでしょう…?もう一度読み直せばわかるのかしら?誰か教えて~。


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