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温泉街の小径に山頭火の句を見つけた

2017年07月16日 22時17分55秒 | Weblog

寂しくなれば湯がわいている    種田山頭火

此処小浜温泉街の裏通りに歴史を感じさせる宿がある。そこにこの句が掛けてある。するとここに宿を取ったのだろうか。もう一句ある

傘の中へにぽっかり椿だった

句のそばには湯が溢れている。ちいさい湯壺だけど。泊まってみたくなったが、安宿には見えない。通り過ぎる。

この小道をもう少し南へ行くと脇浜温泉の看板が掛かっている。山肌から朦々と湯煙が立っている。小高い丘を登って、男湯の暖簾を潜ると番台に老人が座っていた。90才ほどか。幾らかと聞くと120円と答が返ってきた。小銭を取り出すところへ今度は姨(おばば)場殿が駆け込んできて、150円だと訂正した。いかにも不機嫌そうだった。庭で草取りに励んでいたらしい。汗がしたたり落ちている。

油槽が二つある。大きさは同じくらい。3m掛け4mくらいの長方形。源泉の温度は100℃~90℃と表示してあった。水道の蛇口からは冷たい水が流れ込んでいた。熱い。温くなるのを待った。湯はやや緑色をしている。諫早から来たという先客が一人いた。長くは浸かっていられない。水を溜めた水槽がある。盥に水を汲んで先客は体を冷やす。ここで体を冷やし冷やしして湯に入るならいのようだ。

帰る頃には番台の老人は眠っていた。姨は庭先を行ったり来たりしていた。ほっかぶりをして。相当の老婆らしいが、全身生活気力という感じだった。

寂しくなれば湯がわいている

傘の中へぼっかり椿だった

もう一度この句が掛けてある宿に戻ってきた。そして句を味わった。

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