<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

己が悪しとしなければ、だから、すべてが良しとなる

2017年05月17日 11時50分12秒 | Weblog

若い頃、そんなものには、恐らく目もくれなかったであろう。老いるとそれが再評価される。そういうことがある。若い頃の目は外を見ているが、老いるとそれが自然と内向きになる。外からの評価が期待出来なくなるからであろうか。まあ早い話がままごと遊びになる。それもひっそりして一人の。淋しくもあるが、気楽でもある。外からの、或いは外に向かって開閉器が開いた、おこぼれ賛辞を当てにしない暮らしは、必然的に己の裁量任せになる。量るべき天秤の載せ皿が右左にないので、両手の平一箇の絶対天秤だ。己がよしとしたものがよいものである。悪しとしなければ、だから、すべてが良しになる。

春に種を蒔いて於いたポピー(芥子)がようやく鮮やかな花を開いて風に戦いでいる。花片も大きい。そよ風だから長く延びた花首も安定している。他に行くところが見つからないといったようにして、紋白蝶が番(つがい)で行き来している。こうして花壇を見ているだけで時が、酒麹菌の加勢を得ておいしく熟成していく。することがない。今日絶対にしておかねばならないと言うことがない。無為といえばこれほど無為の暮らしもない。己が悪しとしなければ、だから、すべてが良しとなる。若い頃にはこのテクニックが手中にはなかった。

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