<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

死に支度をしておかねばならぬ

2017年05月18日 05時03分57秒 | Weblog

さてと。死に支度をしておかねばならぬ。そう言う気持になる。今日でおしまいになってもいいようにしておかねばならぬ。といって何もすることはないが。してないと死ねないのでもないけれど。しきりにそれが思われる。死に支度とは我が人生の結論付けということか。ああいい人生だったと己の心の内側で結論付けることか。ありがとうございましたと感謝を吐露することか。遺された家族が戸惑わないようにしておかねばならない。本願寺さんから戴いた法名は仏壇の引き出しにしまってある。葬儀場は駅裏の小さなところでいいと告げている。死亡通知は新聞に載せないでいい。ただし、お世話になった方々への御礼言上はすませたくもある。よくぞよくぞお付き合いを頂きました、御礼申し上げます、お陰様をもちまして無事死なせて頂けました。これですっかりいたしました、今は安堵いたしております、と。これから次の新しい旅に出ます、と。溌剌とした気分です、と。まあまあ、大袈裟なことはすまい。このブログをもって替えよう。死に支度なんて大袈裟なのかもしれない。支度なんて要らないかも知れない。そんなことは強要されていないのだから。生き支度生き支度。生きている間は生き支度でもよさそうかもしれない。いやいや、死に支度がすなわち生き支度になっているのかも知れない。死ぬことは新しく生きる支度でもある。次章の次生では、ふふっ、遙か彼方のオリオン座の星人になっているかも知れないな。爽やか縦横無尽の活劇をこなして、楽しくやっているかもしれないな。でもやっぱり法華経を声高らかに音読して仏界交流をしていたいな。

死に支度。バスターミナルにお迎えのバスが来る。バスにはそれぞれ行き先が書いてある。おれは「仏国土行き」に乗ればいい。それが決まっていればそれでお終い。

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« Asakawaさんのブログを読むの... | トップ | たったいま神さまから頂いた... »

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL