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空中の声の説く教え その1

2016年10月29日 19時18分49秒 | Weblog

爾(そ)の時に、行者、此の語を聞き已(おわ)って、空中の声に問いたてまつる、我は今何(いず)れの処にしてか懺悔(さんげ)の法を行ぜんと。

時に空中に声、即ち是の語を説かん。

釈迦牟尼仏(しゃかむにぶつ)を「毘盧遮那(びるしゃな)、遍一切処(へんいっさいじょ)」と名づけたてまつる。

其の仏の住処を常寂光(じょうじゃっこう)と名づく。

常波羅蜜(じょうはらみつ)に摂成(しょうじょう)せられたる処、我波羅蜜(がはらみつ)に安立(あんりゅう)せられたる処、浄波羅蜜(じょうはらみつ)の有相(うそう)を滅せる処、楽波羅蜜(らくはらみつ)の身心の相に住せざる処、有無(うむ)の諸法の相を見ざる処、如寂(にょじゃく)解脱(げだつ)・乃至(ないし)般若波羅蜜(はんにゃはらみつ)なり。

是の色常住(しきじょうじゅう)の法なるが故に。

是(かく)の如くまさに十方の仏を観じたてまつるべし。

以上は妙法蓮華経の「仏説観普賢菩薩行法経」より抜粋した。原文を書き下し文してある。これをなさったのは庭野日敬師である。次のブログで、日敬師の解釈文のままを取り上げる。

ここまで書いてここまで読んで来て、さぶろうはもう嬉しがっている。この説諭に出遭えただけでもう嬉しがっている。なにしろ空中の声を聞けるのである。

次のブログで解釈文を取り上げるつもりだが、もう眠くなって来たぞ。どうしよう。

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