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わが短歌鑑賞 その4 茂吉の歌碑

2016年11月02日 14時18分49秒 | Weblog

わが病やうやく癒えぬと思ふまで嬉野の山秋ふけむとす       斎藤茂吉

この歌の歌碑は嬉野市の轟の滝公園に流れる川を見るようにして建っている。川の川床は急峻な渓谷ではないのに、あるところは洗濯板状の一枚岩であったり、高い奇巌が兀々したりしている。嬉野には虚空蔵山がある。われわれはこれを「こくんぞさん」と呼び習わしている。頂上付近の岩には鎖がつけてあって、これを頼りに登ることができる。もちろんここ嬉野は温泉地である。湯は美肌の湯で滑らかでつるつるしている。ここにきてしばらく病気療養をしたのだろう。その病もどうやら癒えたようだ。体力が幾分回復した感がある。季節はもう秋を迎えている。山々に寒風が吹き下ろすようになった。さあもう平常の生活に復帰していいだろう、彼はこう考えるまでになった。

575と次の77の間には谷間がある。橋を架けてやらないと渡れそうにない。そこがまた短歌らしいところかもしれない。健脚の人なら想像のハイジャンプという手もある。歌の良し悪しはもしかしたらこの谷間の深さをもって測れるのかも知れない。

散文にすればここはこうなりそうだ。

病がようやく癒えたと思うまでになった。長いことここに居てしまったようだ。見上げればここ嬉野の虚空蔵山に秋が来て、全山が赤く染まりだしたようだ。さあ勤務地の長崎に戻って行こうか。

散文はどうしても説明調になる。平道になる。安定はしているが、揺れという面白さに欠けるのかもしれない。

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