<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

淋しくないと最小単位の一人が浮かび上がってこないのである

2017年07月15日 09時04分43秒 | Weblog

やっぱり一人は淋しい枯草      種田山頭火

いちめんが枯草になった野道を歩く者は山頭火でなくとも淋しい。情感の細胞組織が人の数倍に拡大膨張している山頭火なら、なおさら。「やっぱり」だなんて前置きをしているが、スタートもラストも、朝も昼も晩も、黒塗りのようにさみしいのである。行くところ行くところお弟子衆、支援者衆に迎えられて決していつも一人でいる訳ではない。そこを振り払って、求めたふうにして、一人の山に分け入って行く山頭火である。淋しくないと句が詠めないのである。感情が泣けてこないのである。

人に交じり合って暮らしている現代人とても、一人の時でないと一人は癒やせないのである。淋しくないと命の最小単位の一人が浮かび上がってこないのである。

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