<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

あみりたどんどびそばれい

2017年05月06日 07時54分52秒 | Weblog

これは十甘露呪の最後の呪である。別名、阿弥陀如来根本陀羅尼。陀羅尼は呪の別称である。真言とも言う。諸仏諸尊の言語である。アムリタ「甘露の」とは「不死の」という形容詞。「不死の」だから、「無量寿の」ということである。阿弥陀如来は無量寿如来である。死なない、永久の、永遠不変の存在であるから、如来の智恵も慈悲も、衆生救済措置もまた永久永遠不変である。連綿と続いていて途絶えることがない。あみりたどんどびそばれいの呪文は、「甘露の鼓声あるものよ、阿弥陀如来よ」という呼び掛けである。この後こう続く。「一切の利益を成就せしめる阿弥陀如来よ」「一切の業と煩悩の滅をもたらすものよ、阿弥陀如来よ」「すうぁーふぁー」

モミジの新緑が大空に映えて輝いている。若葉を出したからだ。死なないでいたら、こうはならなかった。秋口に命を落としたからこうなったのである。新緑に輝けたのである。これがアムリタでいる。モミジ葉の生き生きした甘露の生き方である。それをそうせすめる法とパワーが不死だったからである。阿弥陀如来のハタラキ、つまり智恵と慈悲が不死だったからである。永遠不変だったからである。

わたしの命もこうなるのである。死んでいくということが生きていくということなのである。新しく新しく生きていくということなのである。十甘露呪文をそのように解釈して、安らいでみた。

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