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人間容積はどうやって測定できるか?

2017年07月29日 18時01分38秒 | Weblog

立方体の容積は縦x横x高さで求められる。縦40cmx横50cmx高さ60cm=12000立方cmという具合に。文字式に変換すれば、Y=AXBXC。

人間の容積はどうやって求められるのだろうか? もしも立方体に等しいとすれば、その計算式に当てはめたらいいだろう。

横というのは長さなのかもしれない。つまり何年生き長らえたかである。では、横幅は? 知識や智恵の学習量だろうか、それとも体験の量だろうか、それとも自己錬磨の量だろうか。高さとは深さと言い表してもよさそうだ。どれだけ深く人生を味わったか。どれだけ深く苦しみ得たか、悲しみ得たか、喜び得たか。どれだけ高い境地に達し得られたか。或いはどれだけ深く安らぐことができたか。或いは自己執着を離れてどれだけ深く他者に愛情を注ぎ得たか、どれだけ多く他者を喜ばせ得たか。

同じく80年を生きたとしても、縦が2倍で深さが3倍だとすれば? 表の寿命だけでは測定ができないことになる。たとえ短命で死を迎えたとしても、BやCの違いに拠っては、その人の人間容積容量Yは、長命の人のそれを凌駕しているかもしれない。天才的な音楽家とか天才的な画家、小説家、哲学者、数学者、物理学者で短命に終わった人は多い。

でもこの計算式にもう一つの条件Dを加えたとしたらどうだろう? しかもD=0としたらどうなるか? そうするとたちまちにしてすべての人が0となってしまう。0とは人間の錯覚である。空であり無である。宗教はそういう計算式を立てるところがある。人間の錯覚Dという因子とは、神或いは仏の側から見た測定値と言い換えてもよさそうだ。

0というのが如何にも如何にも空しい話だとすれば、1としてもいい。この世を生きたすべての人の人間容積は一定である、と。

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